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 (2014年7月6日記す)


そういち自画像
      著者そういち自画像

ブログ「団地の書斎から」のテーマ

団地の小さな書斎で、たまには「大きなこと」について考える。

世界史の大きな流れ。時代の変化。政治経済などの世の中のしくみ。そして、時代や社会をつくった人びとの生きかた。
    
自分のアタマで考えること。「考え」を文章でどう表現するか。
  
古い団地をリノベして暮らしています。「リノベと住まい」もテーマのひとつ。暮らしの中の小さなたのしみについても。 
    
これらをわかりやすく・ていねいに書きたい。


●著者「そういち」について

社会のしくみ研究家。「文章教室のセンセイ」「団地リノベ研究家」も兼ねる。1965年生まれ。東京・多摩地区の団地で妻と2人暮らし。
大学卒業後、運輸関係の企業に勤務し、事業計画・官庁への申請・内部監査・法務コンプライアンス・株主総会などを担当。そのかたわら教育研究のNPOに参加して、社会科系の著作や講演で活動。その後、十数年勤めた会社を辞め、独立系の投資信託会社の設立に参加するが撤退。浪人生活を経て、現在はキャリアカウンセラーとして就職相談の仕事を行っている。
社会や歴史に関し「多くの人が知るに値する・長持ちする知識を伝えること」がライフワーク。 


●そういちの著書
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団地の書斎のそういち
撮影:永禮賢
2020年09月25日 (金) | Edit |
今の日本のトップにとって、最重要の中長期的課題は「これからの日本の繁栄の基盤をどうするか」だと思います。これはいわゆる「経済政策」よりも次元の高い一般論で、「この国をどうするか」という話よりは具体的な議論です。

しかし、最近の自民党総裁選では、この問題意識による議論は弱かった。新総理が打ち出している方針やメッセージでも、はっきりしていない。菅総理は規制改革のような、もっと実務的・個別的な問題の立て方が得意で、関心があるようです。

たしかに「繁栄の基盤をどうするか」というのは、非常に難しい、議論しにくい問題ではあります。だから踏み込みにくい。

でも、やはり考えなくてはいけないと思います。

この数十年の日本の繁栄の基盤は、「家電や自動車などの工業製品をつくり、輸出すること」でした。つまり「工業立国」ということです。

しかし、この基盤は近年かなり揺らいでいます。中国などの新興国が台頭して「工業立国」のお株を奪われ、IT化の進展で、日本のお家芸だった従来の工業が、産業の花形ではなくなってきたのです。

日本の「繁栄の基盤」については、これまで前提とされていたのは、従来からの「経済大国」路線を、時代にあわせて更新していくことでした。

つまり、最先端の技術や発想によるさまざまな産業を発展させて、世界との競争に勝ち抜く、というイメージです。

でも、それはもうむずかしくなってきている、とかなりの日本人は感じているのではないでしょうか。IT化でも、世界の最先端から遅れを取っているところがあるのですから。

***

そこで、ほかの選択肢を考えるうえで、世界史上に参考になる事例があります。

それは、ベネチア共和国の歴史です。ベネチアは、その長い歴史のなかで、環境の変化に応じて繁栄の基盤を変えています。

ベネチア(ヴェネツィア)は、中世イタリアの有力な都市国家のひとつ。「共和国」というのは、国王ではなく、貴族によって選挙された元首が統治する国だったからです。この元首は、終身制ですが世襲ではありません。

ベネチアは最盛期には人口十数万(このほか周辺の植民地に150万人ほど)でしたが、そのうちの1000~2000人くらいの貴族(商人も兼ねている)の集団が支配する国でした。

その歴史は、西暦400年代から1700年代末までの長きにわたります。

ローマ帝国の衰退期にゲルマン人や遊牧民の攻撃から逃れた人びとがこの地に移り住んだのが、その歴史の始まりです。そして、1797年にナポレオン軍の力に屈してベネチアは独立を失い、共和国の歴史はおわりました。

最初は漁業と塩づくり以外には、何の産業もありませんでした。しかし、800~900年代から東方との貿易業で台頭していきます。東側にビザンツ帝国という、ローマ帝国の末裔の大国があり、そこで仕入れた品物を西欧の国ぐにに売ることを始めたのです。

そしてさらに、イスラムの商品や、さらに東方のインドや中国からの品物もあつかうようになり、ばく大な利益をあげました。その東方貿易のおもな商品は、香辛料と絹でした。また、西欧の毛織物や金属製品をビザンツやイスラムで売ることも、さかんに行いました。造船業、海運業も発展しました。

このような貿易業とその関連産業を繁栄の基盤として、ベネチアは1300~1400年代に絶頂をきわめました。

しかし1400年代末頃から、急激な環境変化が起こります。大航海時代がはじまって、西欧の国ぐにが直接アジアへ航海して、香辛料などのさまざまな商品を仕入れてくるようになったのです。その先鞭をつけたのはポルトガルで、1500年代後半になると、後発のオランダやイギリスが台頭してきました。

その結果、ベネチアの東方貿易のビジネスは大打撃を受け、衰退していきました。そして、ベネチアの国際社会でのプレゼンスは、明らかに低下したのです。

***

そこでベネチアはどう対応したか。まず、毛織物や絹織物の製造に積極的に乗り出しました。

ベネチアは狭い都市で、大きな工場のための土地や工業用水の確保が難しかったので、もともと製造業はさかんではありませんでした。しかし、織物の製造という、当時を代表する産業に活路を見出そうとして、方針転換をはかったのです。

しかし、ベネチアの織物の製造は、あまり成功しませんでした。ベネチアの毛織物は、品質は高かったのですが高コストで、西欧の製品との競争に敗れ、生産は衰えていきました。ベネチアの製造業は、1600年代以降、絹織物、芸術性の高い工芸品、高級家具などのとくに高付価値のものに特化していきました。

また、経済が貿易主導から内需にシフトするということも起こりました。貿易業、海運、造船が衰退する一方で、食料品店、飲食業、その他のさまざまな小売業やサービス業が、1500年代後半から伸びていきました。

そして、ベネチアの港も、かつての国際商業の拠点から、周辺地域の物流を担うローカルな港に変化しました。しかし、船の出入りは活発で、かたちをかえて繁栄し続けたのです。

そして、1600年代以降の衰退期のベネチアは、「文化国家」として評価されるようになります。

多くの劇場がつくられて、オペラという新しい芸術が生まれる。みごとな趣向をこらした祝祭・イベントがさかんになる。出版や学芸もさらに活発に。ベネチアには多くの書店が軒を並べていました。新しい、凝ったデザインの建築も多くつくられた。イスラムから入ってきた飲料であるコーヒーを提供するカフェが、ヨーロッパで最初にオープンするといったこともありました。

そして、こうした文化の振興には、貴族などのリーダーの意思が働いていました。国際社会でのベネチアの地位が低下するなかで、文化的な発信を強化して、国の威信を復活させようとしたのです。ベネチアのリーダーは、かなりの場合、学問・芸術への関心も深く、そこにお金を投じることに積極的でした。

その結果、1700年代になると、ベネチアは「観光立国」化していきます。多くの人びとがさまざまな楽しみや文化を求めて、ヨーロッパ中からベネチアを訪れるようになったのです。

ほかの都市にはない独特の景観。さまざまなグルメ、演劇・音楽、イベントを楽しむことができる。みごとな工芸品やファッション。本屋や図書館も充実。さらにカジノや娼館のような「不道徳」な楽しみの場所でも、ベネチアは有名でした。

衰退期のベネチアは、高付加価値の一定の製造業、内需中心の経済、文化を基盤とするインバウンドの観光業などで成り立つようになりました。そして、国民の生活は高い水準を保ち続けたのです。

どうでしょうか。ベネチアのたどった道は、日本にとって参考になるのではないでしょうか。最近の日本は、かなりベネチア化しているように思えます。経済の内需主導、高付加価値といったことは、かなり言われています。また最近は、さまざまな日本文化や日本的サービスが海外の人びとから支持されるようになり、インバウンドの観光客が急激に増えました。

しかし、衰退期のベネチアのような文化力を、日本は保持できるのでしょうか?

残念ながらこのままでは難しいように、私は思います。

学校教育予算や研究費で、主要国に後れをとっているようでは、おぼつかないです。図書館の予算・運営はかなり厳しい状態になっています。大学にかんしては社会人文系の学部を減らして実学的な学部を拡充すべき、などという主張がかなり有力になったりしている。多くの文化人が「日本では欧米にくらべて芸術に対する公的支援が少ない」とぼやいている。

日本ではベネチアのように、文化が国の基盤になり得ること、つまり何らかのかたちで結構なお金になることが認識されていないのでしょう。

今の日本は、文化の扱いについて再編成が必要だと思います。しかし、もう手遅れかもしれません。高付加価値の産業も観光立国も、基盤は文化力なのに。

***

このような視点で、より詳しくベネチアの歴史について述べた記事を、別ブログ「そういち総研」で立ち上げました。よろしければ、ぜひご一読ください。

こちら→ベネチアの歴史に学ぶ、ゆるやかで幸福な没落

(以上)
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2020年09月13日 (日) | Edit |
先日(9月12日)の日経新聞で、現代の都市化・都市への集中について論じた記事を読みました。(特集記事「パクスなき世界」第6回「新たな『都市像』を描けるか」)

そこでは、武漢という都市で発生した新型コロナウイルスがニューヨークなどの世界の大都市を襲ったことから「都市への集中による経済発展のモデルが揺らいでいる」「規模と効率を追求した都市の存在意義が問われている」などと論じられていました。

人類学者・長谷川真理子さんが関連のインタビューで、現代の都市化を「人類史上の異常な状態」と述べるのも引用していました。今の世界では総人口78億のうち40億が都市で暮らしているのだそうです。

このような「アンチ都市」の考え方から出てくる処方箋は、「大規模な都市を解体・分散すべき」というものです。

これを突き詰めれば、世界から大都市がなくなって、ムラや小都市などのこじんまりしたコミュニティが散在する世界というのが理想だということになる。

私は、こういう「アンチ都市」の言説をみかけると、かなり違和感をおぼえます。(ただし、日経新聞の記事じたいは、いろいろ考えさせる、参考にはなる記事です)

たしかに都市にはいろんな問題があります。人口の密集による感染症の蔓延というのは、その最たるもので、歴史上ずっと続いてきたことです。また「集中」ということでは、今の日本で東京ばかりにすべてが集中して地方都市が落ち込む傾向も、たしかに良くないと思います。

でも、だからといって「都市はそもそも異常なので、解体・分散すべきだ」みたいな方向には賛成できません。

私たちは、これまで築いてきた都市というもを、さらに大事に維持・改良していくしかないのではないか。高いレベルの経済や文化を維持しようとすれば、大規模で整備された都市というものは、社会にとって必要だと思います。都市を拠点とする専門家たちの活動が低下すれば、社会全体の生活や文化の水準は、きっと下がってしまう。

都市の維持・改良にあたって、これまでの常識を再検討することは、もちろん意義があると思います。

この記事の関連インタビューで建築家の隈研吾さん(新国立競技場の設計者)は「高層都市は時代遅れになった」と述べています。たしかに、もう巨大な超高層ビルが最先端の時代ではないのでしょう。

テレワークのようなITでできることをふまえて、働く場所を再設計することも必要。そうなると交通システムも変わってくる。

ただ、、最近よくいわれるような、「コロナ以後の動きとして、テレワーク化がすすんで都市(とくに東京)離れが起きる」という見方には私は疑問を持っています(ここでは立ち入りません)。テレワーク自体は必要だし、普及は良いことと思うのですが。

そして、環境への配慮は、さらに重要になる。地方都市の活性化も、とくに日本では重要な課題。

でも、こういう議論は「都市の存在意義を問う」ようなものではないです。都市化を「異常」とするものでもない。そうではなくて、都市を大切に考え、時代の課題にあわせて磨き上げていく取り組みです。

「都市への集中は異常だから、解体・分散すべき」というのは、現実の都市のさまざまな問題・課題を真正面から解決することをさまたげる思想なのではないかと思います。現実的な対処を放棄して「幻想」に逃げているところがあるように感じます。

このような「アンチ都市」への疑問をもとに、世界史上の都市の歴史について述べた記事を、私の別ブログ「そういち総研」でさきほどアップしました。ご一読いだだければ幸いです。

こちら→都市への集中・都市化は、はたして「異常」なのか?

(以上)
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2020年09月08日 (火) | Edit |
この間の週末、近所の駅前の近くにある、そんなに大きくはない書店に行って、1冊買って帰った。

書店を1時間あまりうろうろして、目についた本を20冊くらいは手にとってめくってみた。歴史、政治、SF、ビジネス、映画、料理など、ランダムに。いろんな刺激があって、アタマが動いて元気になる。私はときどき本屋をうろつかないと調子が落ちる。

昨日の夜も、少し早めに帰ってきたこともあり、この書店を30分くらいうろついた。このときは何も買わなかったが、また今度何か買うだろう。

私は、田舎のほうで暮らすことにもあこがれがあるが、その場合近所に本屋はないはずだ。それは私にとってやはりしんどい。本はネットで買えるけど、本屋を日常的にうろうろする贅沢ができなくなる。

近所にいろいろな本を手に取ることができる本屋さんがあることは、今や贅沢だと思う。

たしかに書店は少なくなってきた。20年余り前にはうちの近所の駅前には3軒の本屋さんがあった。それが今は1軒だけになってしまった。私が仕事で通うターミナル駅の周辺も、かつては大書店が3~4件あったが、この10年で半減した。

近所の最後の1軒がなくなってしまえば、私は本屋のない町に暮らすことになる。それはいやだ。

そう思って、近所で買える本はできるだけ近所で買っている。大書店でないと並んでない本だけをそういう本屋で買う。都会の大書店やネット書店でみかけたけど、近所の本屋でも並んでいた本は近所の本屋で買う。でもまあ、無力だとは思う。

この20年くらいのあいだに、いろいろな個人・中小の商店がなくなるのをみてきた。うちの家電の半分くらいを買った電気屋さんも、さまざまな用紙やペンなどを日常的に買っていた文具屋さんもなくなった。あるときはいつまでもあるように思っていたけど、なくなった。

なくなってみると、それでもなんとかなることはなるんだけど、やはり不便や物足りなさがある。あの本屋さんだけは、少なくとも当分はなくならないで欲しい。

でも私たちは結局いろいろネットで買ったりしているんだから、勝手なものだと思う。

(以上)
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2020年08月25日 (火) | Edit |
こちらのブログの更新がやや滞っていましたが、一方で別ブログ「そういち総研」ではこの1か月で4、5本の記事をアップしました。「そういち総研」は、世界史に特化した記事を載せようと始めたものです。メインの世界史のほか、現代社会を考える記事もあります。いずれも4000~5000文字以上の長文になっています。

最近アップしたもののうち2つをご紹介。

こちら→紙の普及による変革の歴史

ひとつは、紙の歴史に関するもの。紙は紀元前100年代の中国で発明されて、700年代にはイスラム世界に伝わっておおいに用いられるようになり、その後中世ヨーロッパにも広まった。紙の普及は社会に流通する情報量の拡大や、ビジュアル表現の進化をもたらし、さらには行政やビジネスの精緻化、文化の洗練にもつながりました。

おもしろいと思ったのは、そのような影響の様子が、現代の電子メディアの普及の場合と似ているということ。つまり紙の発明・普及の歴史は、電子メディアの意義やこれからを考えるうえでも参考になるのです。

もうひとつは、おもにビザンツ帝国でのペスト流行を話題にしたもの。

こちら→「中世のペスト」より「ビザンツのペスト」

感染症の歴史に関しては、中世ヨーロッパのペストがよく引き合いに出されます。しかし実はより昔の100~200年代のローマ帝国の疫病や、500~600年代のビザンツ帝国でのペストの流行の事例のほうが参考になるのでは、と最近になって考えるようになりました。

中世ヨーロッパのペストの場合、その惨禍のあとに新しい、活気のある社会や文化がおこりました。ペストのあとには「ルネサンス」が来たのです。しかし、これは当時のヨーロッパが活気のある新興の社会だったからではないか?

成熟社会である現代の先進国は、そのような新興の社会とはちがうのでは? 

現代の先進国は、繁栄が始まって長い時間が経った最盛期のローマ帝国やその後継の国家であるビザンツ帝国にむしろ似ているのではないか。そんな「成熟社会」を感染症の大流行が襲った場合、どんな影響が残るのか?

これは、とくにビザンツ帝国の場合ははっきりしています。それまでに盛んだった、ローマ帝国から受け継がれた公共浴場、大スタジアムでの競馬、劇場といった文化が、ペストの大流行のあとはすっかり衰退してしまいました。

それには異民族からの攻撃という要素も大きかったのですが、ペストも影響しているはずです。

成熟社会での疫病は、社会に深刻なダメージを与える。その結果、さまざまな価値あるものが失われるかもしれない。

ペスト(感染症)のあとには、新しい社会が生まれるとしても、その社会が活気ある明るいものとは限らないのです。

ビザンツでペスト流行の時代のあとに公共浴場や競馬や劇場がすたれたことは、ビザンツの専門家やとくに関心を持つ人たち以外にも、もっと知られていい知識だと思います。

たしかにペストの影響については不明確なところはあるので、このあたりの専門的な研究が進むといいと思います。あるいは、私が知らないだけで良い研究があるなら知りたいです。

私はとくに何がくわしいという専門性のない、ぼんやりした世界史好きです。なので、個別的な国やテーマを扱う歴史の本を読んで、このビザンツのペストの件のような、その筋の人は知っているけど、多くの人は知らない、でも知る価値のあることに気がつくとうれしい。それが自分の役目だと思うのです。

(以上)
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2020年08月05日 (水) | Edit |
吉村大阪府知事が、まだ検証も不十分な、イソジンなどのうがい薬の新型コロナ感染症への効果について会見で語っていた。これには驚き、がっかりした。

この人は科学が苦手なのだ。つまり、「科学とは何か」のごく基本的なところがわかっていないのではないか。

多くの専門家による確認作業のうえに成立するからこそ、科学というものは信頼できる。

ある科学者が「実験的にこういう現象や法則が明らかになった」と報告したとしても、それがすぐに「科学的な真理」として認められるわけではない。疑い深いほかの専門家が同様の実験などを積み重ねて、「ほんとうだ」ということを確認してからでないと、認められない。

このような「ほかの科学者による、確認のための実験・検証」を「追試」という。教科書に出てくるような科学上の原理や法則は、ぼう大な追試をくぐり抜けてきたものだ。だから「真理」として信頼できる。

それよりはやや信頼性が落ちるが、医療の世界で妥当とされる治療法や承認された薬も、相当な追試・検証を経ている。

これは、「科学とは何か」に関する、ごく初歩的な話である。それを知事が多少ともわかっていれば、この「イソジンの効果」を研究している医師自身が「研究の途中」と言っている件を、会見で広めるなどいうことはなかったはずだ。

仮に将来「イソジンには効果がある」ことが定説となったとしても、今の時点で吉村知事がその説を広めたことは適切ではない。

私は、吉村知事は「現場の実務」についての感覚では、小池都知事よりもよほどしっかりしているのではと感じて、その点では好感を持っていた。若い頃に弁護士として働いていただけのことはある、そこはテレビタレントから政治家になった都知事とはちがうなあと。

弁護士は、現場の事実関係に分け入り、さまざまな細かいタスクをこなさなければならない実務的な仕事だ(私は企業の法務担当として何度も弁護士と仕事をしたので、そこはイメージできる)。

しかし、そんな吉村知事でも「科学」という素養は欠けていたようだ。それも無理はないかもしれない。「科学は膨大な確認作業のうえに成り立つ」ということは、学校教育では十分に教えていない。学校で教えるのは検証を経た「結果」のほうで、そこに至るプロセスについては、あまり教えない。

しかし、こういう「科学とは何か」の基本については、理系だろうと文系だろうと本来は知っていなければならないはずだ。政治家などのリーダーであればなおさらだ。

しかし、吉村知事でさえこんな調子なのだから、私たちのリーダーの多くはきっと科学がトコトン苦手なのだろう。

小池都知事も、実務が苦手なだけではなく、おそらく科学も苦手だ(スピーチやキャッチコピーは達人だが)。

先日の会見で都知事は「家庭内感染の防止のため、歯磨き粉は別々に」という主旨のことを述べていた。なんだかあやしい話だ。そのことを知事はどこかで小耳にはさんだのだろう。しかしその話はどれだけの検証を経ているのか?

歯磨き粉という「洗剤(一般にはウイルスを壊す界面活性剤を含む)」の一種が入った容器を共用することに、どれだけのリスクがあるのだろう?プッシュ式の手洗いの石鹸容器を共用するのと、どれだけちがうのだろう?歯磨き粉のチューブにウイルスのついた手で触ることがあると危険だからか?でも、そういうことは歯磨き粉にかぎった話ではないはずだ。

そんな私のような素人でも突っ込みどころがある話を、軽々しく、知事が会見で話してはいけない。

***

そして、科学が苦手なリーダーほど、科学者を自分の召使のように考える。

政府(つまり総理・官邸)の、専門家への態度はまさにそうだ。たとえば以前の専門家会議を廃止・改組して今の「部会」があるわけだが、その廃止・改組について、尾身ドクターのような有識者の中心人物が事前にきちんと知らされていなかった。政府側が記者会見で「これまでの専門家会議は廃止」と発表するまで知らなかったのだ。たしかに「召使」には、そんなことを知らせる必要はない。

心配なのは、リーダーが科学者を召使のように扱ううちに、リーダーのもとで働く科学者たちが召使マインドになってしまうことだ。あるいは召使として適応できた人ばかりが残って、科学者としての気概を持つ人たちが去ってしまわないか。そうなったら、わが国の新型コロナへの対応から「科学」というものが決定的に欠落してしまうことになる。

専門家部会の尾身会長は、今のところ「召使としての適応」と「科学者としての矜持」のあいだで揺れ動いている。

「国のリーダーが科学が苦手」というのは、ほんとうに困ったことだ。ただし、そのようなリーダーの姿は、私たちのあり方を反映しているのだろう。うがい薬は売り切れ続出のようだ。

(以上)
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2020年07月27日 (月) | Edit |
手洗い・マスクなどの努力

「ファクターX」とは、ノーベル賞の山中伸弥教授による言葉で、「新型コロナウイルスの感染拡大が、これまでのところ、日本で比較的抑えられた原因」のことだ。それがよくわからないので「X」という。

ファクターXの候補のひとつとして言われるもののひとつに、「手洗いの励行やマスク着用、外出自粛などの個々人の努力」ということがある。

たとえばマスク。今現在(2020年7月現在)、少なくとも都会では、日本人のほとんどは外出時や仕事中にマスクをしている。

しかし、報道をみると欧米ではマスクへの抵抗感は強く、「マスクを強制すべきか否か」についての議論がなかなか決着しない様子だ。

当局がマスク着用を呼びかけたり義務化したりしても、それに従わない人たちがいる。アメリカやブラジルのように、大統領がマスクに抵抗している国もある。そして、マスクに抵抗するような人たちが、どこまでこまめに手を洗っているのか、かなり不安な感じがする。


「感染は自動時得」と思うか

では、なぜ多くの日本人はマスクを着け、手洗いをまじめに行うのだろう?

これも、多くの人が薄々は感じていることだと思うが、世間体を強く気にする「同調圧力」が大きく作用しているのではないか? 

もちろん「病気が怖い」ということはあるわけだが、それに加えて「マスクをするなどして、しっかり対策しています」というスタンスでないと、周囲から冷たい目でみられてしまう、という意識があるのでは、ということだ。

このことは、「たぶんそうだろう」と思っても、立証はむすかしいところがある。しかし、そこに関係する研究を新聞記事で知った。

それは、三浦麻子・大阪大学教授らの研究グループが行ったもので、コロナなどの感染症について「感染は自業自得だと思うか」について各国の人たちに行ったアンケート調査である。

この調査は“3~4月、日本、米国、英国、イタリア、中国の5か国で各400~500人からインターネットで回答を得た”もので、“「感染は自業自得だと思うか」の質問に「全く思わない」から「非常に思う」まで6段階で尋ねた”。

その結果「どちらかといえばそう思う」「ややそう思う」「非常にそう思う」の3つのいずれかを選んだ人の割合は、つぎの通りだった。

日本11.5% 中国4.83% イタリア2.51% イギリス1.49% アメリカ1.0%

また、“反対に(感染が自業自得だとは)「全く思わない」と答えた人は“他の4か国は60~70%だったが、日本は29.25%だった”。

この結果について三浦教授は“日本ではコロナに限らず、本来なら「被害者」のはずの人が過剰に責められる傾向が強い……こうした意識が、感染は本人の責任とみなす考えにつながっている可能性がある」としている”。

(読売新聞オンライン2020年6月29日『「コロナ感染が自業自得」日本は11%、米英の10倍……阪大教授など調査』より)


感染したときの社会的非難への恐怖

「感染は自業自得」という人の割合は、最も高い日本でも11%であり、全体からみれば少数派ではある。しかし、米英とくらべてその割合は10倍も高い。やはり日本と米英ではこの件に関し、大きな意識の違いがあることはまちがいないだろう。

つまり、日本ではコロナ感染は、責められるべきことなのだ。非常に「世間体が悪い」のである。

日本人の多くがマスク着用や手洗いをしっかり行うのには、単なる衛生観念だけでなく、このような社会心理的なものが作用しているのではないか?

つまり、「病気への恐怖」だけでなく、「感染したときの社会的非難への恐怖」がマスク着用や手洗い励行の大きな原動力となっている。


個人主義が弱い社会

日本社会には、周囲の目や世間体を強く気にして人に合わせようとする「同調圧力」的な雰囲気が存在する、とよくいわれる。私も経験的にそれはあると思う。

日本では、コロナに感染した人は感染症の被害者ではなく、「自分のせいで世間に迷惑をかけた者」とみなされる。「世間に迷惑をかける」というのは、「同調」からの逸脱である。そんなふうに考えるのは、それだけ同調圧力が強いということなのだろう。

同調圧力が強いというのは、個々人の価値観や判断を打ち出しにくい、「個人主義」が弱い社会だということだ。

そして、この個人主義の弱さは、感染症対策にはプラスに働く。政府が強権を発動しなくても、お互いに世間体を気にしてマスクを着けてこまめに手を洗い、さらにそのほかの行動を自粛する社会は、たしかに感染症を食い止めるうえでは有利なはずだ。

あるいは、個としての意識が弱いならば、マスクをつけることや、さまざまな予防を行うことを「弱さ」として忌み嫌う「強い人間」志向が邪魔することも比較的少ない。

以上をまとめると、「感染症の拡大をおさえるファクターXの根底にその社会の“個人主義の弱さ”という要素があるのでは」ということだ。


各国の人口あたりの感染者数

では、ほんとうに「個人主義が弱い」国では「個人主義が強い」国よりも感染拡大が抑えられているのだろうか?

以下は、2020年7月22日時点の「人口10万人あたりの新型コロナウイルス(累計)感染者数」の各国比較である。(日本経済新聞のウェブサイト「チャートで見る世界の感染状況 新型コロナウイルス」より)

米国1195人 ブラジル1048人 スペイン569人 ロシア541人 イタリア405人 フランス272人 韓国27人 日本21人 中国6人

※日経新聞のこのサイトにはデータがないが、ドイツと英国について同様の計算を私そういちが行ったところ、ドイツ 240~250人程度 英国 440~450人程度

どれだけ感染が拡大・蔓延したかの国際比較は、感染の絶対数ではなく人口あたりでみるのが良い。


先進国のあいだで状況が違う

今回の新型コロナの感染拡大で印象的だったことのひとつに「アメリカや西欧の主要国のような、医療や保健衛生が発達している先進国での蔓延」ということがある。

しかし、同じく先進国あるいは準先進国といえる日本、韓国、中国(そして台湾も)では、感染は比較的抑えられている。

感染症の蔓延というのは、一般的には発展途上国でより深刻であり、経済発展の進んだ社会は感染症への抵抗力があるというのは、基本的には正しいだろう。

清潔な水や石鹸もろくに手に入らない人が多くいるような社会では、感染症が深刻になるのは当然だ。

そして、アフリカなどの発展途上国の感染者数のデータは、調査・把握ができないためにおそらく過小になっている。だから、先進国のデータと一緒に比較はできない。

一方、先進国あるいは中国のような「新興国」レベルにまで発展している国ならば、感染者数について一定以上の把握ができているので、一応は比較可能と考えていい。その比較のなかで、欧米の人口あたり感染者が多く、日本、韓国、中国の感染者が少ないのは顕著な傾向だ。つまり、先進国のあいだで状況が違うのだ。

ただし、ここでいう「先進国」は、人口数千万(4000~5000万)以上の大国であり、北欧諸国やニュージーランドなどの人口数百万規模の国は含まない。

これらの小規模な先進国は、政府の方針を徹底しやすく、国民の団結も強固な傾向がある。そこで、感染症対策において大国とはかなり条件がちがうのではないか。そこで、ここでの考察からは除外する。また、人口2000万人台の台湾やオーストラリアは「中間型」といえるが、これも一応除外である。


「個人主義の弱さ」という共通性

日本、韓国、中国――これらの東アジアの国ぐに共通していることは何か?

まず、個人主義の弱さということ。

ここでいう「個人主義」をもう少し説明すると、「自分の考えや意思で自由に行動することを大切にする価値観」だ。こういう価値観のもとでは他人の価値観や意思も尊重しないといけないということになる。また、自分の考えに基づいて組織や社会のために行動することと個人主義は矛盾しない。

これは、自分の利益ばかりを考える「利己主義」とは区別される。米国や英国は欧米のなかでも、とくに個人主義が強いといわれるのはご承知のとおり。

一方韓国は、日本と同様に、あるいは日本以上に世間体を気にする「個人主義の弱い」社会なのではないだろうか。特別な情報・知識がなくとも、多少ニュースなどをみているだけでも、そのことは伝わってくる。それは日本と似たところがあるからだろう。

不祥事を起こした韓国の著名人の謝罪会見などの様子は、まさにそうだ。「世間をお騒がわせして申し訳ない」という感じ、世間様に吊し上げられている感じが場合によっては日本以上に強くなっている。

それにしても、三浦教授らはほんとうはぜひ韓国についても「感染は自業自得か」の調査をしてほしかった。

中国はどうか。中国人はかなり個人主義的だともいわれる。ただしそれは「家父長や社長、国家のリーダーなどの権力者が圧倒的な力を持っていて、その権力者にバラバラの個人が服従して束ねられている」という独裁国家的な社会のあり方に根ざしたものだという見解がある(たとえば、益尾知佐子『中国の行動原理』中公新書)。

中国に「個人主義」の傾向があるとしても、それは欧米的な「自分の考えや意思で自由に行動することを大切にする価値観」とは異質なものだということだ。

三浦教授らの調査で「感染は自業自得」とする人の割合が中国は約5%と、1%台の米英にくらべて大幅に高く、調査対象のなかで日本と米英の中間的なレベルにあるのは、中国が欧米とは異質であることを示すひとつの材料だろう。


もう一つの共通性「一定の経済発展」

そして、このような「個人主義の弱さ」に加えて、もうひとつの要素が日本、韓国、中国にはある。

それは「経済発展」という要素である。産業・経済が発達していて、感染予防のためのさまざまなリソースを多くの人たちが利用できる条件が備わっているということだ。

これは、たとえば同調圧力のもとで「マスクをしなければ」ということになれば、それを比較的スムースに実行できるということだ。発展途上国では、たとえ同調圧力があったとしても、なかなかそうはいかない。マスクなどのいろんなものが手に入りにくい。一方欧米では、マスクが入手できるとしても、自分の考えからあえてそれをしない人たちがいるわけである。

なお、今の中国も、完全に先進国とはいえないが、先進国に準じた技術や工業力を持っている。分野よっては欧米や日本を凌ぐ力がある。先進国に及ばない面があったとしても、独裁国家ならではの力の結集や人民への強制力によってカバーができる。


「東アジア的社会」というカテゴリー

日本、韓国、中国には、もちろん違いがある。しかし、「個人主義の弱さ」「一定以上の経済発展」という2点については、この3国は共通している。その2点についても、個人主義の弱さの具体的な中身や、経済発展の度合いなどに違いはある。

しかしこれらの東アジアの3国は、欧米(とくに米英)のような個人主義の伝統が強くある国ぐにとも、経済発展が不十分なアジア・アフリカの発展途上国とも明らかに異なる、独特なカテゴリーとなっている。

これは「東アジア的社会」といったらいいだろうか。このカテゴリーには、台湾もおそらく含まれるだろうし、東南アジアの一部の国も含まれるかもしれない。

以上、「個人主義が弱く、かつ経済発展の進んだ国=東アジア的社会で、コロナの感染が比較的抑えられている」というのが結論である。

この2つの要素・条件はかなり漠然としていて、「ファクターX」といえる次元のことがらではないかもしれない。しかし、ファクターXを成り立たせている(かもしれない)社会の基本条件とはいえるだろう。

これは、「当たり前じゃないか」と言われてしまいそうな結論ではある。「個人主義」も「経済発展」も、社会を論じるうえではごくありきたりの概念だ。しかし、ここで述べた「当たり前」のことも、じつはあまり明確には述べられていないのではないかと、私は思っている。


「東アジア的アプローチ」と「合理的アプローチ」

そして、気になるのはここでいう「東アジア的社会」は、これからもコロナ感染症との戦いで、欧米よりも優位であり続けるかどうか、ということだ。

私はこのような東アジア的なアプローチには、限界があると思っている。コロナとの戦いで最も強いモデルは、これではない。最強なのは「当局が明確で科学的・合理的な方針を打ち出し」かつ「国民の多くがそれに自発的に合意・納得して協力する」というかたちのはずだ。

これまでの欧米では、この2つのうちの片方もしくは両方に弱いところがあった。未知のウイルスに対して科学的・合理的な方針を打ち出すことには困難が伴ったし、そのような状態では危機意識に個人差があるのも当然だった。そこで、個人主義的な国民は必ずしも当局の方針に従わなかった(マスクの件は典型的だ)。

しかし、このウイルスとの戦いでの経験値が増すにつれて「当局の合理的方針」と「合意・納得に基づく国民の協力」の2つが機能するようになっていくのではないか。

このようなあり方は「合理的アプロ―チ」とでもいえばいいだろうか。

たとえば新型コロナの感染者が今のところ(2020年7月下旬現在)激減してきたニューヨーク市の状態は、そのような「合理的アプローチ」による事例の先駆けなのかもしれない。ニューヨークでは、一時は感染が蔓延したものの、最近は大量のPCR検査、3000人もの専門スタッフによる感染者やその周辺の行動の追跡、感染者・濃厚接触者の隔離といった対策を行う体制整備を着々とすすめていた。このことは、最近さかんに報じられている。

そして、韓国(そして台湾)には、「東アジア的アプローチ」だけでなく、「合理的アプローチ」の要素もあったのである。一時よく報道されたような、感染者の検査・隔離・追跡などについての運営の様子をみれば、それは明らかだ。


日本での「合理的アプローチ」の弱さ

日本では、残念ながら「合理的アプローチ」の要素は弱かったといえるだろう。

だから「何で日本はこんなに感染者が少ないのだ」と世界から言われるのだ。「アベノマスクみたいな政府の不合理な対応や不手際が目立つのに、なぜ?」というわけだ。「ファクターX」というのも、そういう問いかけの一種ともいえる。日本は最も純度の高い「東アジア的アプローチ」の事例なのだ。

7月下旬現在の日本の状況は、弱い個人主義や同調圧力のもとでの「東アジア的アプローチ」の限界を示しているのかもしれない。政府は相変わらず系統だった方針を打ち出せていない。「感染対策をしっかりと」と呼びかけながら「旅行に行こう(ただし東京は除く)」と言っている。

また、当局には明確な軸がないので、目の前の事象に反応するばかりという面が強く、感染が再拡大した将来に備えての体制整備もあまりしてこなかった。そのことは、最近(7月)になってはっきりしてきた。

日本の私たちは、コロナ禍をのり越えるために、これまでの「東アジア的アプローチ」を卒業して「合理的アプローチ」に移行しなければならないはずだ。しかし、できるだろうか?

私たちは(とくに指導者は)過去の成功体験にこだわる傾向が強いので不安だ。もしもその移行ができなければ、遠くない未来に欧米、韓国、中国、台湾でコロナが終息したのをみながら、自分たちはまだ苦しみ続けるという事態になってしまうかもしれない。

そのときには「日本で感染が抑えられた原因=ファクターXは何か」などという議論は、まったく消えてしまっているわけだ。そんな未来はほんとうに避けなければならない。

(以上)
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2020年06月27日 (土) | Edit |
今日6月27日発売の雑誌『プレジデントウーマン プレミア』2020年夏号(プレジデント社)に、私そういちへの取材をもとに感染症の歴史について概説した記事(世界を変えた「感染症の歴史」スピード講義)があります。4ページほどのコーナーです。

4月に取材を受けて、世界史における感染症について1時間余りお話しをして、それをライターの池田純子さんがまとめたテキストを、私のほうでも確認をして(さらに編集や校閲のチェックもあるわけです)……といったプロセスでつくられた記事です。本文とリンクした「主な感染症の歴史」の年表もあるのですが、こちらの原案も作成しました。

取材のときは、あらかじめ私のほうでは手持ちのレジメをつくって、それに沿って講義のように、来てくださった編集者やライターの方にどんどんお話をしていきました。当時、お休みしていた妻の書道教室の部屋を借りて、全員マスク着用で、3mくらい互いに席を離して、窓を全開にしてというシチュエーションでした。

取材の最後に編集者の方からは「濃密な講義を受けている感じでした」との言葉をいただきました。そのような1時間分の「講義」を、大幅に圧縮した内容になっています。

このときの取材で話した内容は、別ブログ「そういち総研」でも記事にしましたが、こちらは商業誌のきめこまかい編集によってまとまられた美しい誌面です。そういう、多くのプロの技術や労力の詰まった、紙の雑誌の良さを感じていただけると思います。

感染症の歴史については、私も世界史の一環として一定の認識はありましたが、特別に重視していたわけではありません。しかし、今回のコロナ禍をきっかけに、意識して勉強するようになりました。その矢先、今回の取材のお話があったので、積極的にお引き受けしました。貴重な機会をいただいたと思います。

記事本文は、こう始まります。

“そもそも感染症は、文明とは切り離すことのできない副作用です。つまり多くの人間が密集して暮らす“都市化”、そして遠く離れた地域と交流を持つ“グローバル化”という2つの文明の要素が、激しい感染症の被害という副作用をもたらすということです”

この視点で、文明の始まりの時代から現代までの感染症の歴史について、ざっと見わたしていきます。いろいろ網羅して詳しくというのは無理ですが、10分くらいで読める感じでかいつまんで述べています。

プレジデントウーマンさんには、以前に同誌の「歴史と経済」の特集で取り上げていただいたことがあります。私の著書『一気にわかる世界史』(日本実業出版社)などをもとにした世界史を概説するページづくりに、今回と同じようなかたちで関わりました。そのご縁で今回の取材もあったのかと思います。

今本屋さんに並んでいますので、よろしければ手にとってご覧ください。


プレジデントウーマン表紙


プレジデントウーマン感染症 見開き

記事の最初の2ページ。紙の汚れのようなものは、そういうデザイン。

(以上)
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2020年05月27日 (水) | Edit |
つい先日、緊急事態宣言が全国すべてで解除になったので、これまでについての検証をしてみよう。まだまだコロナ禍の問題は続くだろうから、とりあえずの中間的な検証だ。

といっても、政府の対応についてではなく、自分が今回の各時点で事態をどうとらえたか、ということ。自分に対する検証である。

おととい(25日)の記者会見で、安倍総理は「今の時点でこれまでの政府の対応についての検証はしないのか」という質問に対し「今はしない。事態が収束してからだ」という答えだった(でもWHOに対しては、このあいだ「これまでの対応を検証すべきだ」と主張した国のひとつだし、このときの記者会見でもその話をしていた)。

こういう、検証や反省を避ける姿勢は良くないなと思ったので、自分は自分のことを検証してみようと思ったしだいです。

検証の材料としては各時点で書いたブログがある。2月以降、当ブログと別ブログの「そういち総研」で書いた記事(あわせて10数本、そんなに書いてないけど)のほとんどはコロナ関連だ。

最初にコロナのことを書いたのは、2月下旬。別ブログ「そういち総研」で、コロナウイルス対策からみた中国と日本の社会構造の比較というテーマで長文の記事をアップした(2月23日)。中国は専制(独裁)国家であり、日本は集団・組織のあいだの調整を重視する「団体構造」の社会で、そのことが今回のコロナへの対応でも端的にあらわれている、という内容だ。この記事を紹介する記事を、当ブログでも書いた(2月24日)。

専制国家・中国の社会構造と行動の特徴←2月23日の「そういち総研」の記事

この頃の記事を読み返すと、「コロナ問題をまだまだ対岸の火事だと思っていたなあ」と感じる。

この記事の切り口は、「コロナ問題は中国をおもな舞台として今後も進行する」というイメージに基づいている。コロナウイルスが中国を超えてあれだけの猛威を振るうとは予想していなかった。1か月後にオリンピックの延期が決まるなんて、思っていなかった。

また、今回のコロナの問題が展開しだいでは、習近平の支配に大きなダメージを与える可能性についても述べた。しかし、中国政府は今のところコロナをかなり抑え込んだようなので、習政権の明らかな危機ということは起こっていない。

記事のなかではそれほど踏み込まなかったが、当時の私は、中国での混乱の拡大・深刻化や、それが政権を揺るがすという可能性は、相当にあるとイメージしていた。そういう展開が短期間のうちにはっきりするかもしれないと。習政権自身が、少なくとも2月にはその危機感を強く持っていたはずだ。

しかし、思っていた以上に中国の独裁体制はしぶとかったようだ。それどころか、中国のような相当な国力を持った独裁体制は、強力な感染症対策を推進しやすい一面があるということが、今回の件で明らかになった。少なくとも短期的にみて、政権が大きく揺らぐ様子は、今のところみられない。

ただし、中期的には経済不振や感染拡大の再燃が深刻化する可能性はあるので、中国の体制にとって強い緊張感は続くのだろう。独裁国家の権力者は、権力の座を追われたら命さえ危なくなるので、その緊張感は先進国のリーダーとは比較にならない。

ここまで「予想やイメージどおりではなかった」という面について述べた。でも、2月23日の記事で、つぎのところは今も有効な見方だと思っている。(以下、赤い文字は記事からの引用)

“一方、新型コロナウイルスの問題に対する日本社会の反応はどうか。これは「縦に連なる重層的な関係性」で成り立つ「団体構造」ならではのことになっていると思う。「縦に連なる重層的な関係性」というのを私なりに補足すると「さまざまなレベルの中間団体に権威や責任が分散し、それが幾層にも積み重なって社会全体が構成されている」ということだ。

こういう社会は、手慣れた問題だと、さまざまな組織(中間団体)の間の連携や協力がスムースに行われるが、未経験の問題に対しては、お互いの組織の立場や利害に配慮するあまり、現場が身動きしにくくなる傾向がある”


このような日本社会の特徴は、その後のコロナ対策にずっとマイナスの影響をあたえつづけた。私たちは、2月以降のさまざまな局面で、総理をはじめとするリーダーが「スピード感をもって調整していきます、再来週をめどに…」みたいなことを言うのを見聞きしてきた。これからもそれが続く可能性はおおいにあるだろう。

そして、ここでいう日本的な「団体構造」の特徴としては、「明確な方針や責任感をもったリーダーシップの不在」ということもある。このこともその後の政府中枢の様子をみていると顕著だった。しかし、この点についての認識は、2月下旬の時点ではまだ不十分だったと思う。

一方で、この2月下旬の記事では、こうも書いた。

“しかし一方で、日本人は目的やなすべきことが明確ならば、お互いに「調整」を重ねたうえでということになるが、立場を超えて協力しあうことも得意なはずだ”

これは、緊急事態宣言後にさまざまな事業者や多くの個人が「自粛」に協力した様子をみれば、当たっていたイメージだと思う。

ただし、このときの私は(記事では述べていないが)、日本社会における「立場をこえた協力」のひとつのあり方として、「日本株式会社の団結」ということもイメージしていた。

つまり、日本の主だったメーカーや総合商社などが、この問題への対応で何か大きく貢献してくれるのではという期待だ。医療機器の生産、あるいは物資の調達などで、こうした企業が目立った動きをするのではないかと。

ところが、こういう「日本株式会社の団結」は、不発だった。もちろん、社会を維持するうえでさまざまな企業が努力していたのはたしかにちがいないが、プラスアルファの大きな何かは、ほぼみられなかった。

とくに、最近のトヨタのCMで「関連会社でフェイスガードをつくっています」みたいなことを言っているのをみると、そう思う。世界のトヨタがそんなものか、と残念な気になる。トヨタは自分で医療系の何かをつくるのではなく、医療機器のメーカーにトヨタ的な生産管理を指南することにしたのだそうだ。「お茶を濁す」とは、こういうことをいうのだろう。

シャープは自社製マスクをネット販売しようとしてシステムダウンしてしまった。ユニクロはようやく夏の販売開始をめどにマスクをつくりはじめたとのこと。伊藤忠商事はアベノマスクの調達に尽力したが、いろいろうまくいかなかったようだ。うーん…

日本株式会社が今回のコロナ禍で、めざましい動きができなかったことについては、専門性のちがいなど困難な事情も多々あっただろう。自動車メーカーにいきなり医療系のなにかで貢献しろと言われても、ということだ。でも、ほんとうに「ムリだ」で終わっていいんだろうかと、今も思う。もしも「さすがはトヨタ」といわれるような何かができたなら、トヨタ自身も得るものは大きかったはずなのに。

日本株式会社は、やはり活力が落ちているのだ。それはわかってはいたが、思っていた以上だったのだと、今回感じた。

このことをマスコミは言わない。とくにテレビはスポンサー批判になるのでまったく言えない。日経新聞では、外国の記者がこの「日本株式会社の不発」について言及しているのをみかけたことがあるが。

検証・反省すべきことはこのあと3月、4月、5月の分と続くのだが、長くなってきたので、いったんこのへんでやめておこう。ただ、2月頃の、日本で事態の深刻化が明らかになる以前の「見立て」がどうだったかは、とくに重要だ。

こういうふうに自分について一定の検証・反省ができるのは、「ぜんぜんダメだったわけじゃない」「甘いところや間違いもあったが、正しいところもかなりあった」と今も思えるからだろう。

これが「全然ダメだった、間違いばかりだった」ということになると、検証なんてまっぴらだと思うにちがいない。検証などしたら、ボロボロになってしまう。今の安倍総理の認識は、そういうことなのだろう。

(以上)
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2020年05月12日 (火) | Edit |
今日5月12日は、フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910 イギリス)の誕生日だ。しかも生誕200年。コロナ禍の今、人びとの命と健康を守るために多くの仕事をした彼女のことを、ぜひ取りあげたい。(このブログでは過去にも取りあげたことがあるが、あらためて)

ナイチンゲールは何をした人だったのか? 多くの人を救った立派な看護師? 

それはまちがいではないが、不十分な答えだ。

ナイチンゲールは、看護という専門分野の確立者である。彼女以前には、看護という仕事は、専門知識や高いスキルを要するとは思われていなかった。「誰でもてきる」と誤解されていた。しかし、彼女が看護の現場でリーダーとして活躍し、さまざまな改革を行い、看護師を養成する学校を立ち上げ、当局や世論に働きかけたことによって、変わった。

ナイチンゲールが有名になったのは、クリミア戦争(イギリス・トルコなどとロシアの戦争、1853~1856)で、イギリス軍の野戦病院の看護婦長として活躍したときからである。当時の彼女は30代半ば。

彼女が派遣される前、スクタリ(戦場となったトルコの地名)の野戦病院の管理・運営はガタガタだった。不衛生な環境に多くの傷病兵が詰め込まれ、薬品その他の医療物資が不足していた。食事の質にも問題があった。このため、病院内では「本来は死なずにすんだはずの患者」が、おおぜい亡くなっていた。

彼女は病院の管理体制を立て直して、多くの兵士の命を救ったのである。彼女が率いる看護師チームは、病院内を清掃し、寝具や衣類を清潔に保ち、さまざまな医療物資を調達し、食事を改善した。この改革を、私たちが一般に「看護師の仕事」と思う患者のケアを行いながら、すすめていった。

しかし、この「立て直し」は、戦いの連続だった。イギリス陸軍という官僚機構との戦いである。

当初、陸軍当局は病院の管理に問題が生じていることを認めようとはしなかった。「物資は十分に行きわたっている」と言い張った。現場から「もっと物資を」と訴えても、積極的に動こうとはしなかった。いざ何かを調達するとなっても、陸軍の部署間のさまざまな調整や手続きが煩雑で、なかなか進まない。ナイチンゲールたちを敵視する、反改革派の妨害もあった。ナイチンゲールを誹謗中傷するウソだらけの「秘密報告書」が出回った。

しかし、新聞の現地取材や報道によって、世間は野戦病院のひどい状況を知るようになった。ナイチンゲールたちが求めるさまざまな救援物資を送るための「基金」がつくられ、多くの資金が集まった。ナイチンゲールも、いろいろ手配をして独自に物資を調達した。彼女は上流階級の出身で、政界や実業界に少数派ではあるが支援者がいたので、そういうことができたのだ。

しかし、そうやって寄せられた物資を、陸軍の官僚たち(一部の軍医も含む)は活用することを拒んだ。「物資は足りている」と言ってきた自分たちの体面を気にしたのである。せっかく届いた物資(栄養補給のためのライム果汁)が、1か月間まったく支給されないまま、ということもあった。これは、ライム果汁が「支給規則」のなかの項目に含まれていないためだった……

以上はほんの序の口である。ナイチンゲールのクリミア戦争における活躍では、切迫した現場での「腐敗し、硬直化した官僚機構との戦い」が延々と続く。

それでも、あの手この手でなんとか戦いを続けて、彼女は成果をあげていった。たんに「戦う」だけでなく、現場の医師たちとの信頼関係構築には、気を配った。現場での取り組みのほかに、政府高官の支援者と連携して、世論に訴えるさまざまなキャンペーンや権力者への根回しも行った。

また、環境の変化と死亡率の相関関係など、現場で起きていることの統計的分析にも力を入れている。のちに彼女は野戦病院の状況について、数値やグラフを駆使した詳細な報告書を作成・公表している。彼女は、こうした統計研究の先駆者でもある。

ナイチンゲールは、「白衣の天使」という表現などではとてもおさまらない、ものすごい人だった。今の世界には、「ナイチンゲール」がもっと必要なのかもしれない。

ただし、それは命がけの現場で献身的に働く医療・看護のスタッフという意味での「ナイチンゲール」ではないのだろう。そのような現場を支えるために戦う指導者としてのナイチンゲール、ということだ。

だから、医療従事者に限らず、政治家や官僚やそのほかのリーダー的な人が「ナイチンゲール」にぜひなってほしいし、誰かがならないといけない。そういうリーダーがいたら、私たちはぜひ応援していこう。でも、どこにいるのだろう?きっと、社会のあちこちのどこかで戦っているはずなのだが……

(以上)

参考文献
板倉聖宣,松野修編著『社会の発明発見物語』仮説社(1998)、長島伸一著『ナイチンゲール』岩波ジュニア新書(1993)、多尾清子著『統計学者としてのナイチンゲール』医学書院(1991)
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