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 (2014年7月6日記す)


そういち自画像
      著者そういち自画像

ブログ「団地の書斎から」のテーマ

 団地の小さな書斎(左上の写真)で,
 たまには「大きなこと」について考える。

 世界史の大きな流れ。時代の変化。
 政治経済などの世の中のしくみ。
 
 そして,時代や社会をつくった人びとの生きかた。
    
 自分のアタマで考えること。
 「考え」を,文章でどう表現するか。

  
 古い団地をリノベして暮らしています。
 「リノベと住まい」もテーマのひとつ。
 暮らしの中の小さなたのしみについても。
 
    
 これらを,わかりやすく・ていねいに書きたい。


●著者「そういち」について

 〈近代社会〉のしくみ研究家。「文章教室のセンセイ」「団地リノベ研究家」も兼ねる。1965年生まれ。東京・多摩地区の団地で妻と2人暮らし。
 大学卒業後,運輸関係の企業に勤務し,事業計画・官庁への申請・内部監査・法務コンプライアンス・株主総会などを担当。そのかたわら,教育研究のNPOに参加して,社会科系の著作や講演で活動。その後,十数年勤めた会社を辞め,独立系の投資信託会社の設立に参加するが撤退。浪人生活を経て,現在はキャリアカウンセラーとして,若い人のための就職相談の仕事を行っている。
 社会や歴史に関し「多くの人が知るに値する・長持ちする知識を伝えること」がライフワーク。 


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団地の書斎のそういち
撮影:永禮賢
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2017年07月14日 (金) | Edit |
最近、世界史と日本史のかかわりについて考える機会があったので、簡単にメモしておきます。

私は、日本史についてはあまり論じてきませんでした。でも、拙著『一気にわかる世界史』(日本実業出版社)の読者からのお便りで「日本史の本も書いてください」といった声も複数いただきました。当然ながら「歴史を学ぶ」というとき、日本史へのニーズというのは、つよくあるわけです。世界史以上にあります。

***

どの国もそうですが、日本の社会や文化も、その歴史のなかで外国の影響を受けて形成されてきました。何もかもをその国のオリジナルでつくりあげた国や民族は存在しません。

世界と日本史のつながりをみるときは、「世界史上のどの国が、日本にどのような影響を与えたか」という視点が、まず重要です。

そうやってみてみると、世界史上の各時代において最も繁栄していた、あるいは最先端で活気があった、という国が、日本に大きな影響を与えてきたということがわかります。

まず、600~700年代の飛鳥・奈良時代。「律令国家」といわれる天皇中心の体制が形成されていく時代です。このときは、中国の唐が日本に大きな影響を与えました。唐は当時の日本にとって先生でした。

当時の唐は、東アジアにおいて圧倒的な大国だったというだけではなく、世界全体を見渡しても最大・最強の国家でした。400年代に西ローマ帝国が滅びて、イスラム帝国(600年代以降)が形成されてまだ間もないという状況のなかでは、文化的な面も含めた総合力において、600年代~700年頃の唐は「世界の中心」といえる存在だったのです。

唐が滅びたあとも、日本は中国の歴代王朝から影響を受け続けます。唐が衰退してからは遣唐使が廃止されたりするわけですが、正式の国交がなくなっても、中国との交流がなくなったわけではありません。

唐から宋(1000年頃最盛)あたりまでは、世界史における中国の絶頂期といえます。あるいは、その後の元(1300年頃最盛)、明(1400年頃最盛)の頃までを「絶頂」に含めてもいいかもしれません。つまり、中国が世界の文明の先端を歩む超大国であった時代。そのような絶頂期の中国から、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町の日本は学んで、今につながる社会や文化の基礎を形成したのです。

その中で1200年代には、モンゴル帝国(元)の大軍がせめてきました(文永の役1274、弘安の役1281)。1200年代の世界は、モンゴル人が制覇していました。侵略という悪しきかたちで、当時の世界最大の勢力から強い影響を受けたわけです。

***

その後戦国時代の1500年代になると、ヨーロッパ人が日本にやってきます。最初はポルトガル人とスペイン人が、のちにオランダ人やイギリス人もやってきます。ポルトガル人が種子島に漂着して鉄砲を伝えたのが1543年です。

とくに当時のスペインは、ラテンアメリカとアジアに広大な植民地を持つ、ヨーロッパ最強の国家でした。中国やイスラムの大国と比べれば、国全体のスケールやパワーで優っていたとはいえませんが、やはり最先端をいく大国でした。

当時のヨーロッパは、航海術や軍事技術では世界の最先端にありました。その技術の中心は、銃や大砲などの火器です。日本はこの火器の技術を急速に習得したわけです。戦国末期の天下統一がなされようとしていた時代の日本には、ヨーロッパ全体に匹敵する火縄銃があったといわれます。

江戸時代になると、日本はいわゆる「鎖国」に入り、ヨーロッパの国ではオランダにかぎって関係を続けることになりました。当時、つまり1600年代から1700年代初頭までのオランダは、ヨーロッパで最も繁栄した先進的な国でした。その国とだけつきあっても「世界のことが相当にわかる」という国だったのです。

***

そして、幕末~明治(1850年頃~1900年頃)において日本に最も影響を与えた外国といえば、イギリスとアメリカです。明治維新(1868)の頃のイギリスは「大英帝国」として世界に君臨していましたし、アメリカも新興の大国として頭角をあらわしていました。アメリカは1800年代末には、工業生産でイギリスを抜いて世界一になります。

明治初期において、日本の最大の貿易相手国はイギリスでした。また、日本人の留学先のトップは、明治初期にはアメリカだったのです。ただし、留学先は明治後期(1890年頃以降)には、ドイツがトップになっています。ドイツは1800年代末以降急速に発展して、1900年代初頭にはヨーロッパ最大の工業国となっていました。日本人は、そのようなドイツに注目して学ぼうとしたのです。

そして、第二次世界大戦後から現在。これはもう、圧倒的に超大国・アメリカの影響を受けてきました。良しにつけ悪しきにつけ、です。その一方で冷戦時代(とくに1950~60年代)には、アメリカのライバルであったソヴィェト連邦が発信する社会主義の思想にも、日本の多くの人びと(とくに知識人)は影響を受けたのです。

さらに1990年代以降は、新興国として台頭してきた中国の影響を強く受けています。ただし、中国との関係ではまだ日本が「先進国」の立場であって、中国のほうが日本から多くを学んでいるという状態です。

***

さて、このようにしてみると、日本という国は世界史において主役をはるスターであったことはないのですが、それぞれの時代の主役・スターとはかなり深くからんできたということがわかります。

つまり、世界史の本流といえる先端的な流れから落ちこぼれることなく、歩んできたということです。1000数百年にわたって世界史の先端に食らいつき、真剣に学んできた結果、今の日本があります。

幸せだったのは「先端的な流れ(当時の最強の国)」と深くかかわっても、征服されることなく(ほぼ)独立を保てたことです。それは祖先の才覚や努力のたまものといえるのでしょうが、東アジアの端にある島国というロケーションも有利に作用したことは、まちがいないでしょう。

このように、日本という国は「世界史のなかで育った」といえます。そのことが顕著な国だといえるでしょう。

ということは、日本が今後も繁栄を続けようとするならば「世界史の先端的な本流の流れ」から目を背けてはいけないわけです。

そして、今の時代の難しさは「何が世界史の本流か」が以前ほどは明確ではないということです。それはまず、日本自身が世界史の先端に立つ先進国となったことによります。同時に「近代社会」の発展ということ自体が、これまでとはちがう領域に入ってきているということもあるように思います。このことはまたあらためて。

(以上)
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2017年07月01日 (土) | Edit |
「イスラム国」(IS)が追い込まれている。最も重要な拠点であるモスルが陥落寸前(7月1日現在)で、支配地域も2015年初頭の、勢いのあった時期にくらべ半分程度に減った。

しかし、イラク・シリア地域でのイスラム国が、壊滅状態になったとしても、その残党が世界各地に逃げて、「テロの拡散」という事態を招く恐れも大きい。

そのようなことが、この何日かのニュースでは語られています。
ここでは、報道やその解説とはちがう視点の、中長期のことを考えてみたいと思います。

「イスラム国」が、このまま衰退したとしても、テロリストが「偽りの国家」をつくることは、今後も繰り返されるのではないか。「イスラム国」は、先例をつくったわけです。イスラム国の残党が近いうちにどこかでそれを行うかもしれないし、別系統の集団が行うかもしれない。

「偽りの国家」とは、イラクの首相が、最近の声明のなかで敵の「イスラム国」をさして言った言葉。ここでは「既存の国家からみて異様と思える、国家的な力を持つ組織」という、かなり広い意味で使います。

しかし、今時点では「偽りの国家」の勢力には、世界のなかで「中心」といえる先進国(欧米・日本など)の体制を崩壊させるような影響力はありません。

もちろんテロで犠牲者も大勢出ていますが、それで政府が危機に陥る、というのではない。ただし、シリアやイラクのような「周辺」的な地域では、既存の国家を崩壊させかねない影響力を持っています。

そこで気になるのは、未来において世界の「中心」をも脅かすような「偽りの国家」があらわれるのではないか、ということです。

私は、その可能性は「ある」と思います。少なくとも「十分にあり得る」という前提を、世界の「中心」に暮らす多くの人が共有すべきだと思うのです。

ほんとうは、そんな恐ろしいことを考えたくはないのですが、仕方がない。ただし、その時期についてはよくわかりません。近未来かもしれないし、数百年のうちに可能性がある、ということかもしれません。

***

そこで私は、世界史のなかの、ある事例を思い出します。紀元前の西アジアの「海の民」という人びとのことです。「西アジア」は世界史上の地域区分で、「アラブ」「中東」と、だいたいイコールです。

「海の民」は、紀元前1200年(3200年前)頃にあらわれ、西アジアのアナトリア(今のトルコ)やシリア・パレスティナ地域(地中海東部に面した地域)を席巻した人びとです。特定の民族ではなく、いくつかの民族をまとめた総称です(1800年代の歴史学者による命名)。彼らはみな「海(地中海)」からやってきたのでした。

「席巻」したとは、武力で既存の国家を攻撃し、大打撃を与えたということです。

たとえば当時のアナトリアの大国だったヒッタイトは、海の民の一派に滅ぼされました。エジプトは、海の民の軍勢をなんとか食いとめましたが、非常な危機に陥りました。

海の民によって、当時の世界で最も繁栄する「中心」であった西アジアは、大混乱に陥り、それまで繁栄していた大国が大きな影響を受けたり滅びたりしたのでした。その影響は紀元前1000年頃まで続きました。

しかし一方で、海の民が新しい世界秩序を樹立したということもなかったのです。海の民による本格的な国家建設の試みもありましたが、ほぼ失敗に終わっています。やがて彼らは、既存の西アジアの社会のなかに埋没していきました。

海の民は、当時の既存の国家の人びとからみて「偽りの国家」的な、異様なものに映ったことでしょう。そして彼ら自身、そのような異端的な段階から脱することはできなかったのです。

彼らのルーツは不明な点が多く、「系統不明」とされます。しかし、東地中海(エーゲ海やその周辺)で、西アジアの影響を受けてすでに一定の文明を築いていた人びとが、大量に押し寄せた侵入民に追い出されて難民化したもの、という(有力な)説があります。

ではなぜ海の民は、当時の世界の「中心」を席巻する力を持ったのか?

くわしいことはわかりません。しかし、彼らが航海術はもちろん、ほかに鉄器のような、軍事的に重要な技術を使いこなしていた点は重要です。海の民は、世界史上はじめて鉄製の武器を本格的に用いた人びとなのです(異説もあります)。

「鉄器の実用化」は、紀元前1500年頃のヒッタイトが有名なのですが、ヒッタイトではまだ貴重品だった鉄器を、武器として活用するようになったのは、海の民だったということです。

文化や経済を含む、社会の全体的な実力では劣る人びとであっても、軍事的に有用性の高い技術を駆使できれば、先進地域をもおびやかすことができる。

もちろん、軍事技術だけでなく、集団としての強烈な行動力や結集力などがないと、それだけの力は生じません。

海の民はそのような事例だったのではないか。難民化して追い詰められた人びとが、安全や豊かさをもとめて文明の中心へ押し寄せた。その想いや行動力は、強烈なものだったでしょう。

そしてその人びとは、単なる後進民族ではなかった。文化や経済などでは劣っていても、「中心」をしのぐ、軍事技術のいくつかを使いこなすことができた。

ただし、そのような技術の基礎は、彼ら自身が生み出したものではない。彼らは文明の中心で生まれたものをもとに、アレンジして使いこなしたのでした。

なお、航海術も鉄器も、今の私たちからみれば「技術の王道」のように思えますが、当時の「中心」の西アジアの人びとからみれば、なじみの薄い、異端的なものです。

メソポタミア(今のイラク)やエジプトなどの、西アジアで古くから栄えた主な文明地帯は、おもに内陸に広がっています。鉄器については、メソポタミアやエジプトでは、ほかの周辺的な地域(アナトリアやシリアなど)よりも普及が遅れました。エジプトで鉄器が広く普及したのは、紀元前600年代のことで、海の民の出現の数百年後です。

***

このような「強烈な行動力と、異端の・強力な軍事技術を持つ人びと」が、世界の中心を脅かし、席巻した例はほかにもあります。騎馬遊牧民、とくに西暦1200年代のモンゴル人の活動です。

モンゴル人は、中国やイスラムの帝国のような、当時の世界の「中心」を攻め、そのかなりの部分を征服してしまいました。1200年代の世界は、彼らの活動で大混乱に陥ったのです。

騎馬と騎馬戦術という技術は、当時の世界できわめて強力なものでした。また、騎馬遊牧民以外の多くの人びとにとっては、ややなじみの薄いものでした。

騎馬のためには馬具などの道具が要りますが、それをつくる技術は、騎馬遊牧民が生み出したものではありません。騎馬遊牧民は、文明の中心で生まれたものをアレンジして用いたのです。

このように、「技術」という視点でみたとき、海の民と騎馬遊牧民には共通性があります。そして、文化や経済などの力では、騎馬遊牧民が「中心」に対して対抗できなかった点も同様です。

しかし、騎馬を核とする軍事技術という、その一点において、騎馬遊牧民は多くの文明国をはるかにしのいでいたわけです。

ただし、モンゴル人による征服国家を「偽りの国家」だと、そこまで低く評価すべきではないでしょう。彼らの国家は一定の期間存続し、一時は国際色豊かに繁栄したこともあるのです。

しかし、征服の時代から百数十年のうちにはそれらの国家は消えていきました。征服した地域の文化に対し創造的な影響を与えることも、ほとんどありませんでした。そのような、限界があったのです。

***

では、これからの世界で「海の民」があらわれて、その「偽りの国家」が世界を席巻することはあるのか?

つぎの条件がそろえば、あり得るわけです。

①文明の中心ではそれほど重視されていない、あるいは異端視されているテクノロジーで、使い方しだいで強力な軍事力や破壊力をもたらす何か。そのような危険な技術を、周辺的な集団が使いこなし、他の追随を許さないようになること。

②その集団が、世界の中心に全面的な戦いを挑むだけの、強烈な想いや行動力を生じさせる、何らかの切実な社会的状況。

以上のように、

①「異端の危険な技術」(それを周辺的な集団が手に入れる) 
②「切実な状況」

といった条件がある、ということです。

①「異端の危険な技術」とは、どのようなものか。もちろん具体的にはわかりません。核兵器や生物化学兵器のような、現存する大量殺りく兵器かもしれませんし、ネット関連の技術かもしれません。あるいは、私たちが想像できない何かかもしれない。

いずれにせよ、未来において「海の民」が生まれるとすれば、それが特徴的なテクノロジーに支えられているのは、まちがいないでしょう。

「イスラム国」などの現代のテロリストたちも、インターネットのような現代的なテクノロジーを活用しようとして、一定の成果をあげました。しかし、今のところかつての海の民や騎馬遊牧民のように、決定的な技術を手に入れることができていないのです。

では、②「切実な状況」とは、どういうことか。それは「生存がおびやかされる」ということです。物質的に、というのはもちろんですが、非常な屈辱といった精神的なこともあるでしょう。

この世界の特定の集団が、自然災害や戦乱や環境破壊や、その他の社会的な変動で、「切実な状況」に追い込まれることは、これまでに何度も起こっています。だから、未来においても起こり得る。

それは、特定の民族のこともあれば、さまざまな民族や国民を含む場合もあるでしょう。あるいは、複数の国にまたがる特定の階層や役割の人びと、ということもあるかもしれません。世界中のなんらかの異端的な立場にある人びとの結びつきだったりするのかもしれない。世界の「中心」である先進国のなかの、疎外された人たちであることも考えられます。とにかく、そうした周辺的・異端的な人びとが追い詰められる状況。

世界の「中心」に暮らす人びと、とくに指導的な人びとが鈍感で傲慢であればあるほど、上記①②の条件がそろうリスクは高まります。

つまり、「切実な状況」に追い込まれた、「異端の危険な技術」を使える周辺的な人たちが出現するということです。「技術」が先か「状況」が先かはともかく、2つの要素を同時に備えた存在があらわれること。それが、未来の世界における「海の民」です。

その出現を防ぐために、「異端の危険な技術」をどうコントロールしていくのか。そのような技術に十分に目を向ける柔軟性も大切です。硬直化した発想のもとでは、主流から外れた技術は見落とされ、ノーマークとなってしまう。

そして、「切実な状況」が生じる前段階の、社会の緊張や歪みにどう対処するのか。富の一極集中、先進国と途上国の格差、環境問題、差別や弾圧といったことは、そのような「緊張や歪み」です。つまり、「切実な状況」を生む温床となるのです。

こうしてみると、未来の世界で「海の民」があらわれるというのは、荒唐無稽ではないと思えます。

(以上)
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2017年06月18日 (日) | Edit |
最近はまた、出版や発表のあてのない世界史の原稿を書いています。
それが、かなり進んできました。
そのほかの私事も重なって、ブログの更新が疎かになってしまいました。

***

最近ニュースや、いろいろな言論をみていて気になるのは、
「“理想の過去”への回帰にこだわる人びと」のことです。

その「理想の過去」とは、
大きなところだと、イスラム帝国が世界の文明の中心だった時代だったり、
中華帝国がヨーロッパをはるかにしのいでいた時代だったりします。

もう少しスケールを小さくすると、
アメリカが偉大だった時代(まあ、1950~60年代のことか)だったり、戦前の日本や、高度成長期の日本や、あるいはバブル時代の日本だったり。

こういう「〇〇の頃に帰れ」という主張は、現状への強い不満や問題意識から生まれています。その問題意識じたいは、根拠や意義のあるものが多いです。イスラム諸国や中国のなかに「反欧米」の思想が強く存在するのも、たしかにそれなりの根拠があります。

「アメリカを再び偉大に」というのも、「戦前の日本」「成長期の日本」に帰れ、というのもやはり、それ相応の問題意識があります。とくに、「〇〇の頃の日本に帰れ」という思いの背景には、私たちにとって身近で実感を伴う状況がある。たとえば…

なぜ今どきの若者は、やたらと用心深くなって、将来に夢を持ったり、積極的に遊んだりしないのだろう。オレが若かった頃(バブルの頃)は、そんなんじゃなかった。

なぜ今の日本経済では、モノつくりへの想いや勤勉さや未来への希望が失われたのか。高度成長時代の精神を取り戻すべきだ。

なぜ現代の(戦後の)日本人は、本来持っていたはずのさまざまな美徳を失ったのか。親や先生などの年長者や、社会の重要な立場にある人びと、そして「国」に対する敬愛の気持ちや礼節を失って、子供じみた自己主張ばかりしている。

これらの主張には、私にも共感できる部分(あくまで“部分”ですが)はあります。

だがしかし、こういう「過去への情念」みたいなものをベースにしている主張は、用心すべきだと思っています。この情念をもとに現代の問題に具体的に取り組むと、とんでもない間違いをしそうです。

バブルを懐かしむおじさんの言うことを聞いて、楽天的すぎる生活や人生設計でいったら、たしかに危険な気がします(たとえば過大な住宅ローンを組むとか)。あの頃と今では、経済や仕事や生活の前提条件があまりにちがいます。

製造業が経済の中心だった時代の感覚で、経済政策をおしすすめたら、これもとんでもないことになるでしょう。また、個々の企業で「つくるべきモノ」の方針を、過去の成功体験に求めてしまった結果、現在の望ましくない状況があるはずです。

「戦前」的なものへの思い入れも、同様です。たとえば、あの戦争に大敗したときの思想や精神とセットで国防の強化を論じるとしたら、やはり危険です。

私も、若者には夢をもってもらいたいし、勤勉な精神・モノづくりの精神は大事だと思うし、礼節を忘れた自己主張をとくにネット上で多くみかけるのを残念に思います。国防の問題も、たしかに重要だと思う。

でも、そのあたりの「問題」をよい方向に動かすうえで大事なのは、過去への思い入れではない。

抽象的な言い方ですが、やはり前に行くしかない。

今の、成熟した低成長の、超高齢化の時代でどう生きるのか。金融やITやサービス業が先進国の主要産業になった時代で、何をつくることが有効なのか。多くの人がもっとよく考えた主張や発言をするように、何をすべきか。

要するに、「今の」現実に向き合って、いろんな工夫や研究や勉強や教育をしていくということです。私たちの先輩や祖先は、時代に合わせてそのような努力をしてきた。逸脱もありましたが、大筋でそうやってきた。私たちも、これからの時代に合わせて、「前に行く」取り組みをするしかない。

昔の言葉でいえば、「啓蒙」とか「進歩主義」的なスタンスですね。

その手の主張に、教師の説教のようなうさん臭さを感じる人もいるでしょう。「啓蒙」や「進歩主義」の主張には、反抗心を起こさせるところがあります。そこから「理想の過去」への回帰という考えに惹かれていく人もいる。でも、「そちらに行ってもダメなのでは」と私は思っています。

「理想の過去」への回帰にこだわる、そのベースにはある種の反抗心があるのかもしれない。いかにも「正統派」な理想論を説く教師(あるいは親、上司、その他の権威)への反抗心です。「教師」が言うこととはちがう価値観を求めて、「理想の過去」に行き当たった。

なんだか抽象的な話になってしまいました。
でも、今気になっているところなので、書きました。

(以上)
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2017年04月24日 (月) | Edit |
「近代社会を精いっぱい生きる」というエッセイ。前回の続きの、後編です。

(前回の要約)

・現代社会は近代社会である。近代社会とは「自由な社会」。自由とは「したいことがでること」。

・技術の発達や政治的・法的な制約が撤廃されたことで、私たちの自由は拡大している。昔なら特権的な人にしかできなかったが、今は多くのふつうの人にもできる、ということが多数ある。

・そのような「自由」を、まず自覚しよう。しかし一方で(当然だが)なんでも思いどおりにはいかない。

・世の中には供給に限りがあるさまざまな「希少」なものがあり、これらを手に入れることは「自由」にはいかない。たとえば、良質の天然素材でできた何か、一流のアーティストのライブを体験する、就職先として人気のある有名企業への入社等々。

・このような希少なものにこだわるのではなく、数に限りのないよろこびや楽しみに目を向けよう。たとえば、何かを学んだり、つくりだしたりする喜び。

・これらは、誰かがそれを手に入れたからといって自分の分が減るということはない。いわば「食べてもなくならないケーキ」のようなもの。これに関心を向けることが重要だ。

***

近代社会を精いっぱい生きる

未来のごちそう


●希少なものを変質させる

こんどは、「“希少性”をどう扱うか」について、もう少し考えます。

本来、最も創造的といえるのは、「従来は希少だった“あこがれ”を、誰もが手にできるようにする」ことです。希少性を克服する革新は、大きな業績です。

だからこそ、活字印刷の発明者のグーテンベルクや、産業革命におけるワット(蒸気機関の発明者)のような人物は偉大なのです。近年だとスティーブ・ジョブズ(アップル創業者)のような人物も同様です。大組織でしか使わない希少な存在だったコンピューターを、個人の日常に持ち込むことに貢献したのですから。

希少性を克服する革新のやり方には、共通の基本があります。それは「希少なもの」を、量産に適合するように変質させることです。「希少なもの」をそのままのかたちで、みんなにいきわたらせることは、多くの場合できません。

たとえば、すばらしい絵画のオリジナルをみんなが所有することはできないので、コピーを印刷したり、画像データで複製したりするのです。あるいは昔の貴族や富豪のように「お抱えの楽団」を所有することはできないから、オーディオ機器を使うわけです。

手書きの写本が印刷になることも、人力や家畜が動力機関に置きかわることも、このような「希少性を克服する変質」です。
パーソナル・コンピューターも、従来の本格的な業務用コンピューターとくらべ、大幅に簡素なつくりです。パソコンの初期の時代には、「こんなものはおもちゃだ」といわれることも多かったのです。

音楽ソフトは、希少性の克服が近年で最もすすんだ分野です。この10数年でたいていの楽曲の海賊版が、タダでいくらでも聴けるようになりました。音楽業界は大変です。

これは、音楽ソフトのデータ容量を、音質を落とさずに削減する技術が進歩して、ネットでの送信や複製が容易になったためです。
データの意味や価値を保ったまま容量を削減する技術を「圧縮」といいます。1990年代半ばに音声データの画期的な圧縮技術である「mp3」という規格が開発され、その後数年のうちに普及しました。

mp3によって、CDのデータを12分の1に圧縮できます。それでも、人間が感じにくい部分のデータをうまく取り除く技術によって、再生したときCDとくらべ遜色がないのです。このような技術は「希少性を克服する変質」の、近年の代表例です。*11


●未来のごちそう

これからの時代は、「希少なものを変質させて普及可能にする」ことは、さらに重要になるでしょう。発展途上国の生活水準が向上し、多くの人たちがより良いものを求めるようになります。そこで、さまざまなものがますます希少になる。

たとえば未来において、世界じゅうの100億の人たちみんなで天然のいいマグロを食べるのは、おそらくむずかしい。地球上にそれだけの天然のマグロはいません。マグロの種のなかで「王様」といえるタイヘイヨウクロマグロ(クロマグロ)は、国際自然保護連合(IUCN)という機関によって2014年に絶滅危惧種に指定されました。*12

それでも100億人でうまい寿司が食べたければ、「いい寿司、うまい寿司」の概念を変えていかざるを得ない。たとえば養殖魚を質・量ともに充実させ、積極的に評価する。これについては現時点でさまざまな取り組みがあります。*13

さらにいえば、何十年後かの世界では、アマゾン川やアフリカの湖あたりで養殖した何かの魚を「トロ」と呼んで食べているかもしれません。あるいは、カニカマのようなフェイクの食品が、重要な寿司ネタになっているかもしれない。最近でも、貴重になったウナギのかば焼きの高度なフェイクが開発されたりしているのです。なお、ヨーロッパウナギは2010年に、ニホンウナギは2014年に絶滅危惧種となっています。*14

これをさらに突き詰めれば、もはや寿司とはいえない何らかの新しい「ごちそう」が生まれるかもしれません。

養殖魚やフェイクのネタによる寿司、あるいはその先にある何かのような、希少なものを変質させた食べものは、いわば「未来のごちそう」です。


●感覚を柔軟にして適応する

そのような「未来のごちそう」をおいしく食べるには、私たちの感性や価値観を変えていく必要があります。従来の「希少なもの」を称賛する感覚から距離を置くのです。「天然」「本物」にこだわり過ぎない、ということです。

フェイクの寿司ネタであっても、それが絶妙につくられていて美味しいということもありえます。そうであれば、「これはこれでいい」と考える。

これからは、暮らしの中のさまざまな要素が「未来のごちそう化」していくでしょう。つまり「多くの人にいきわたらせるために変質させたもの」が浸透していく。

たとえば住まいについては、いい木材を使った家具やインテリアは、これからますます希少なものになるでしょう。そこで、合板(いわゆるベニヤ板)のような、もともとはフェイク的な位置づけの素材が重要になります。

合板とは、薄い木の板などを接着剤で貼り合わせたものです。上等な無垢の板がとれるくらいに十分に育った樹でなくても、つくることができます。これも「希少性を克服する技術」のひとつです。

近年は下の写真のように、合板独特の薄い板が積み重なった切り口を「味わい」として前面に出すことがあります。

 ベニヤっぽい切り口
 ベニヤっぽい切り口
 筆者・そういちの自宅のテーブル

こういうことは、日本ではこの20年くらいで一般的になりました。昔は、このような切り口は化粧板を貼って隠すことが多かった。でも近年の私たちは、「合板の美」を「未来のごちそう」としてたのしむようになったのです。

とはいえ、無垢のいい木材も、もちろん好きです。つまり、私たちの木材についての「美」の感覚は、より幅広く柔軟になったということです。

私は趣味として建築やインテリアに興味があるので、やや細かい例をあげました。みなさんも興味のある分野をみると、「未来のごちそう化」が起きているなんらかの事例に気がつくでしょう。

「美しさ」や「いいもの」についての感覚を柔軟にして「未来のごちそう」に適応する――これは、これからの世界で気持ちよく生きるうえで大事な姿勢です。

ただし最近は、合板でさえかなり希少になってきました。カフェなどの「木を使ったナチュラル風」のインテリアが、木目をプリントした合成樹脂で出来ていたりします。かなり精巧な「木目」もありますが、そこに「美」を見出すことは、私にはまだできていません。こういうプリントは、素材の本来の姿をごまかす不正直な感じがするのです。

いくら「量産に適合するように変質させる」といっても、この手の不正直なやり方は「未来のごちそう」としてはどうかと思います。

これに対し、ありのままの「合板の美」を前面に出すのは「正直」なやり方ということです。こうした「正直・不正直」をかぎ分けることも、「未来のごちそう」的なものとつき合う上では、重要なはずです。


●「未来のごちそう」をつくり出す

そして、「未来のごちそうに適応する」ことをおし進めると、自分で「未来のごちそう」をつくり出すことに行きつくはずです。つまり、希少なものをうまく変質させて多くの人に届ける。そのことで暮らしや社会を変えていく。

前にも述べたように、そのようなことは、近代社会における多くの創造的な偉業の核心です。

偉大な発明家や起業家は、グーテンベルクやワットやジョブズの場合のように、しばしば「希少性の克服」という課題に取り組んでいます。そして、その解決のために「希少なものを変質させる」ことを行ってきました。

最近の身近な・劇的な技術革新の例として、音声データの圧縮ということも、取り上げました。

mp3で圧縮されたデータはオリジナルの音源とくらべ多くのものが抜け落ちているので、貧弱なフェイクにすぎないともいえます。そこで、これを低くみる音楽関係者やマニアもいます。しかし、送受信や複製のしやすさという機能を持ち、それによって多くの人が楽しむことができます。

それはここでいう「食べてもなくならないケーキ」や「未来のごちそう」なのです。

mp3がもたらしたことについての評価は、まだ定まっていません。その恩恵を受けている人たちが世界じゅうにいる一方、海賊版に著作権ビジネスを侵害された音楽業界にとっては大問題です。音楽のつくり手が経済的に報われにくくなり、音楽文化が衰退するのではと心配する声もあります。

「未来のごちそう」は、反発されたり物議をかもしたりすることがあるのです。とくに、「本物」志向のつよい人や、既得権の側からは嫌われやすいです。

しかしそれでも、このようなインパクトの大きな「未来のごちそう」を生み出すのにかかわった人たちは、現代の創造的な人間の典型といえるでしょう。

mp3開発の中心となったカールハインツ・ブランデンブルク(1954~、ドイツ)はもちろんのこと、海賊版のデータを共有するのに使われた画期的なソフトやサービス(1999年に開発されたナップスター)をつくったショーン・ファニング(1980~、アメリカ)のような人物も、大きな業績をあげたといえます。


●いろんな分野でつくり出せる

「未来のごちそう」は、いろんな分野でつくり出すことができるはずです。mp3のような技術の世界にかぎった話ではありません。先端技術がメインの要素ではない、生活や文化のきめ細かなサービスの領域でも、できることがあるはずです。

たとえば、ほんの一例ですが、つぎのようなことです。

・住宅建築の分野では、安価な素材で美しく快適な住まいをつくる技術やセンスが、一層重要になる。これには素材や工法だけでなく、設計やデザインを革新することが重要。つまり、住まいに対する考え方を変えていく必要がある。

・安価な材料で(できれば手軽に)おいしいものをつくるノウハウの開発は、食べものに関わる多くのプロやアマチュアがすでに取り組んでいる。まさに「未来のごちそう」をつくる取り組み。これは、今後ますます盛んになり、さまざまな成果が生まれるだろう。

・教育分野でも「未来のごちそう」を生み出すことは必要。それはつまり、特別な先生に出会う、環境の整ったエリート校に行くなどの希少な機会に恵まれなくても、質の高い教育を受けられるようにすることである。そのためには、たとえば「多くのふつうの教師にも充実した実践が可能となるメソッドやプログラムの開発」といったことが課題である。*15

社会のあらゆる分野で、大小さまざまの「未来のごちそう」はつくり出せるはずです。それがうまくできれば、人びとの自由の拡大に貢献したことになります。

そして、つくり出す側でなくても、新しい「未来のごちそう」があらわれたとき、その価値を認めてユーザーやサポーターになることも、創造的といえます。評価の定まらない新しいものを早くから支持するのは、なかなかできないことです。

たとえば私も「現在よりも大幅に安価で、しかも美しく住みやすい住宅」が開発されたら、ぜひ欲しいです。しかしそのような住宅は、従来とはちがう発想や価値観でつくられるので、最初はかなりの人が「これって、どうなんだ?」というはずです。それを人よりも早く支持するのです。

でもそんな家って、どんなだろう? こじんまりとした、簡素な小屋のようで、しかし一定の設備はコンパクトに備わっていて……想像していると、たのしいですね。

やはり近代社会は、いろいろと考える余地や自由があるので悪くないです。「昔はよかった」「自由や平等のような近代の価値観を疑え」という人もいますが、それよりもあらためて「自由な社会」の可能性に目を向けたらいいのです。(おわり)


(注)
*11 mp3の開発・普及の歴史については、スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』早川書房、2016年 がある。mp3は、当初は権威のある人たちにはなかなか理解されなかった。しかし無名の若者たちによる、海賊版を流通させたナップスターなどのサービスやそのコミュニティによって、急速に広まっていった。同書は、その経緯を興味深く描いている。

*12 マグロその他の水産資源の状況については、勝川俊雄『魚が食べられなくなる日』小学館新書、2016年、22~25ページ による。
  
*13 マグロの養殖では、近畿大学水産研究所が2002年に完全養殖(稚魚からでなく卵を孵化するところから飼育すること)に成功した「近大マグロ」が有名。

*14 うなぎのかば焼きのフェイクとしては、カニカマのような「すり身」の技術でつくられた「うな蒲ちゃん」(株式会社スギヨ)などがある。

*15 私がよく知る(その会員でもある)民間の教育研究団体「仮説実験授業研究会」は、1960年代からこのような観点の研究を行っている。これについては、板倉聖宣『仮説実験授業のABC 第5版―楽しい授業への招待』仮説社、2011年 など。

(以上)
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2017年04月18日 (火) | Edit |
以前、30歳くらいの若い人が立ち上げるという小さな雑誌に寄稿することになった、と書きました。そこで昨年末には、いくつかの原稿を仕上げて渡していたのです。

しかし、その雑誌が出せる見通しが立たない状態となってしまいました。雑誌を立ち上げる中心の人の心身の不調や、自身が書くはずの原稿がすすまないといったことからです。ほんとに残念です。このままその原稿を長いことしまっておくのも無念なので、このブログにアップすることにしました。

おもに若い人に向けての「現代社会での生き方入門」みたいな話を、説教臭くならないようにしているつもり。新学期、新年度にもあっているかと思います。

***

近代社会を精いっぱい生きる

食べてもなくならないケーキ


●近代社会とは「自由な社会」

私たちは「近代社会」という、世界の歴史のなかの、ある特殊な社会に生きています。それは、長い時間をかけて人類が到達した、今のところ最も発達した社会のあり方です。

では、「近代社会」とは要するにどういう社会なのか?

ひとことでいうと、「多くのふつうの人でも、したいことがいろいろとできる社会」のことです。いわゆる「自由な社会」。

では「自由」とは何か?

「自由」とは「したいことができる」ということです。身もふたもない定義ですが、要するにそういうことです。

数百年以上昔の社会では、世界のどこをみても人びとの「したいことをする自由」を、法などで制限していました。
たとえば、多くの国・社会で「どんな仕事に就くか」が、生まれながらにしてほぼ決まっていました。江戸時代の日本なら、武士の子は武士に、農民の子は農民に。「身分社会」というものです。*1

この数百年の世界は、「自由な社会=近代社会」を築く方向で動いてきました。「自由」に対する法的な制約をなくしていったのです。とくにフランス革命(1789~1799)や明治維新(1868)のような「市民革命」といわれる政治の大変革は、「自由な社会」が成立するうえでの重要な節目でした。

市民革命後のさまざまな変革のなかで「職業選択の自由」が確立されたことは、「身分社会を脱した」ということです。近代社会は「子どもや若者が“将来何になる?”と考える余地や自由のある社会」です。

今の社会でも、誰もが就きたい仕事に就けるわけではありませんが、それは能力や経済力などが関係しているのであって、法的に職業の自由を制約しているわけではないのです。

このような「自由」に関し、「まだまだ」という国も多くあります。しかし、欧米や日本のような先進国では「近年はかなり自由になった」といえるでしょう。*2


●特別だったことが多くの人にもできる 

でも、こういう話はいかにも抽象的です。自由について、もう少し生き生きとイメージできる手がかりはないでしょうか。

そこで「昔は特別な恵まれた人にしかできなかったことが、今はふつうの多くの人にもできるようになった」という話をしたいと思います。そのような切り口で友人に話をしたところ、「わかってもらえた」ということがありました。

たとえばこういうことです。今の子どもたちは、生まれたときからビデオやデジカメでいっぱい撮影されて育ち、ぼう大な映像が残っています。 では、「生まれたときから、たくさんの映像(動画)が残っている、史上初めての人物は誰か?」なんて、考えたことがありますか?

「それはおそらく、今のイギリス女王のエリザベス2世(1926~)だ」という説があります。映画の発明は、1800年代の末です。エリザベス女王が生まれた1920年代には、映画撮影の機材はたいへん高価なハイテク機器でした。そんな機材と専門家チームを投入して、日常的に撮ってもらえる赤ちゃんは、当時は大英帝国のお姫様くらいだった、ということです。この説がほんとうに正しいかどうかは、立証がむずかしいところがあります。でも十分にありうる話です。*3

90年ほど前には、世界中でエリザベス2世でしかありえなかったことが、今ではだれでもできるようになっているのです。

こういうことは、ほかにも山ほどあります。クルマに乗ってでかけることは、昔はかぎられた人だけの贅沢でした。「好きなときにプロの演奏する音楽を聴く」ことは、蓄音機の発明(1870年代)以前には、自分の屋敷に「お抱えの楽団」がいるような、富豪だけの特権でした。しかし今、多くの人は携帯の音楽プレイヤーという「ポケットに入るお抱えの楽団」を所有しているのです。

すべての自由の基本になる、健康や医療に関してだと、今の私たちは昔の富豪よりも恵まれています。

たとえば1836年に59歳で亡くなった、ネイサン・ロスチャイルドというイギリスの大富豪(当時、世界一の銀行家)の死因は、敗血症という感染症の一種でした。これは、今なら医者に行けば抗生物質などによって比較的簡単に治せる病気です。でも当時の医学では、原因も治療法もわかりません。細菌学が成立するのは、1800年代後半、抗生物質の発見・発明は1900年代前半のことです。ロスチャイルドは、当時の最高レベルの名医に診てもらったのですが、ダメでした。*4


●自由があるという自覚 

たしかに私たちの「自由=できること」は増えているんだろうな、政治の変革や技術の進歩のおかげだな……

そこで、いろいろ考えるわけです。

だったら、今の社会で、私たちはどんなことができるんだろう? 少し昔の感覚で思うよりも、ずっと多くの自由や可能性があるかもしれない。

その可能性を、できるかぎり使い切って生きていけないだろうか。それが、「近代社会を精いっぱい生きる」ということです。

では、「可能性を使い切る」ために重要なことは何でしょうか? 

まず、「自分で自由に制約をかけない」「自己規制しない」ことです。「私たちには、多くの自由=できることがある」という自覚を失わない、といってもいいです。

かなりの人たちは、自分たちの自由を少し前の時代の感覚で考えてしまう傾向があります。「そのようなことを望むのは贅沢だ、分不相応だ」などと、いろんな場面で考えてしまう。


●古い価値観による自己規制

学歴のことは、そのような「自己規制」を考えるうえでよい例です。

2015年(平成27)の、日本における大学への進学率は52%ですが、今から60年ほど前の1955年(昭和30)には8%にすぎませんでした。今のお年寄りが子どもか若者だったころには、そんなものだったのです(進学率=その年の18歳人口に占める大学への進学者の割合)。

2015年の高校への進学率は99%。1955年当時は52%で、今の大卒とほぼ同じ割合です。60年ほど前には高卒は、それなりの「高学歴」でした。*5

このような大学などへの進学率の低さは「昔の日本は貧しかったので、家庭の経済的事情で上の学校に進めない人が多かった」と一般には理解されているはずです。たしかに経済的な問題は、最も大きなことでした。

しかし一方で、それなりの経済力がある親でも「うちは子どもを大学(や高校)にやるような家柄ではない」「そんな“贅沢”をしたら隣近所に気まずい」などと考えて進学させない、といったケースもありました。

たとえば、私がよく知るある男性のお年寄り(1930年代の生まれ)は、経済力のある家に育ち成績もよく、大学進学を希望しましたが、父親の反対で断念しました。1950年代のことです。この人の家は、戦後に商売が成功して裕福になりました。しかし、父親は「ウチはまだお前を大学に行かせるような家の“格”ではない」といったそうです。

その父親の頭には、当時よりやや前の、戦前の社会の感覚が残っていたはずです。つまり「大学は、ごくかぎられたエリート家庭の子弟が行くもの」というイメージです。

では戦前の大正~昭和(戦前)の進学状況はどうだったのか? 1915年(大正4)には、義務教育への就学率(ここでは≒進学率)は98%ほどでしたが、今の高校に相当する中等教育(旧制中学など)の就学率は20%を少し切るくらいでした。

そして、今の大学に相当する高等教育の就学率は1%ほどでした。ここで高等教育とは、当時の「旧制高校」「専門学校」「旧制大学」といった学校のことです(教育制度が今とちがう)。とにかく、高等教育への進学率はきわめて低かったのです。なお、中等教育の就学率は1930年(昭和5)には36%になっています。*6

また、戦前の典型的なエリートとされた学歴に、旧制高校→帝国大学というコースがあります。帝国大学とは、東京帝大などの少数の国立大学のことで、高等教育の最高峰です。旧制高校は、一応は高等教育ですが、大学への準備段階的な位置づけでした。旧制高校の卒業生は、ほとんどが帝国大学へ進みました。

1930年(昭和5)には、20歳(旧制高校卒業の年齢)の男子に占める旧制高校生の割合は、わずか0.9%でした。なお、当時の旧制高校は男子しか行けません。*7

こういうことから、「大学はふつうの人間にとってかけ離れた世界」とされたのです。

著名人の例もあげましょう。小倉金之助(1885~1962)という、昭和に活躍した数学者は、山形県酒田市の裕福な商家の子でしたが、義務教育より上の学校に行くことを、家族に反対されています。明治時代後半の1900年ころの話です。家族としては、早く家を継いでほしかったのです。それでも小倉はくい下がって進学し学問を積んで、学者になったわけです。*8

このように、経済以外の問題でも進学が阻まれることがありました。それで人生における自由や可能性を狭めることになった若者がいたのです。その数はともかく、ここでは「そういうケースがあった」ということが大事です。

「経済以外の問題」とは、その当時の大人たちの価値観にもとづく「自己規制」でした。その価値観は、少し前の時代のあり方につよく影響を受けています。

近代社会では、「人びとの自由=できることの拡大」が続いています。そこで「自由の拡大」という変化に、かなりの人の頭や気持ちがついていかない、ということがあるのです。

今の社会では、経済的問題は昔ほどは深刻ではなくなりました。だからこそ「人は古い価値観で自由を自己規制することがある」のを自覚して、用心したほうがいいです。

創造的・挑戦的な何かをやろうとしたとき、周囲から「それは贅沢だ・高望みだ」「お前にそんなことできるのか」といわれることがある。自分自身のなかからそんな声が聞こえることも多い。

そこで、冷静に考えてみるのです。「やはり難しいのかも」と考えるのもいいです。しかし、「ほんとうは十分に可能性があるのに、自己規制していないか」「“贅沢”というのは昔の感覚であって、これからはちがうのでは」という方向でも、よく考えることです。


●しかし、手に入るものは限られている 

ではさらに、「自由を自覚する」という「基本」の先のことを考えてみましょう。

さきほど「私たちは、昔なら“贅沢”“高望み”と思われたことも、自己規制せずに追求すればいい」と述べました。しかし、だからといって「なんでも手に入る」わけではありません。「手に入るものは限られている」という自覚も重要です。しかしこれは、かならずしもあたりまえにはなっていないようです。

近年の大学生の就職活動は、それを示しています。
大学生の就職活動では、少数の企業に応募が集中する傾向があります。とくに人気の企業では、エントリーが採用人数の数百倍(かそれ以上)に達します。

ここ10年来(2006~2015)の毎年の大学の卒業生は、55万人前後であまり変わっていません。うち就職者は年によって変動があり33~41万人。それに対し、学生の人気ランキングの上位100社(「日経人気企業ランキング」による)の新卒採用の人数は、推定で2万人ほどです(2010年)。*9

つまり、有名な人気企業からの内定は、相当に希少なものです。そのかぎられた「席」を得ようと学生が殺到しているのです。

インターネットで手軽にエントリーできるようになったことは、たしかにこれに影響しているでしょう。しかし、さらに根本的なことがあります。多くの学生が「人気企業への就職という希少な成果を、自分も手に入れる権利がある」とつよく思っている、ということです。

このあたりを、チャールズ・イームズ(1907~1978)というアメリカのデザイナーが、すでに1970年代に述べています。*10

“今私たちが生きている世界は、情報とイメージが徹底的に均質化され、多くの面で誰もが同じものを受け取っている状況にあります。……この状況はテレビによるところが大きいでしょう。ともかく、ひとつ確かに感じるのは、この20年で人々の期待が大きくなったということです。今日では、ある普遍的な期待が存在します。他人がもっているものは自分にも手に入れる権利があると誰もが感じているのです”
(イームズ・デミトリオス『イームズ入門』日本教文社、127ページ)

ここで「テレビによる」というところは、今なら「インターネット」も加えればいいでしょう。今の学生の就職活動は「多くの面で誰もが同じものを受け取っている状況」の最たるものです。学生たちは就職について知識も経験もないまま、ごく少数の大手就活サイトから大きな影響を受けているのですから。

だからこそ「他人が持っているものは自分にも」という期待が、とくに大きくなりやすい。「手に入るものは限られている」という自覚は、片隅に追いやられてしまう。それは、特定の人気企業へのエントリーの集中につながっています。そして、なにしろ競争率が「何十倍」「何百倍」ですから、ほとんどの学生の期待は裏切られるのです。


●希少性の克服

多かれ少なかれ、今の私たちには就活中の学生と同じような傾向があります。つまり、他人のもっているものを自分も手に入れたい、手に入れることができるはずだという考えが一般的になっている。

これは、これまでの近代社会の歩みの結果です。

「技術革新などによって昔は特別な人間にしかできなかったことも、多くのふつうの人にもできるようになる」ことが積み重なってきたので、私たちの期待も大きくなったのです。

こうした技術革新は、「希少だったものを大量生産する」という方面で、とくに成果をあげました。

1400年代後半のヨーロッパでは活字印刷の技術が発明され、それまで手書きの写本だった書物が安くなり、大量の書物が流通するようになりました。1700年代イギリスの産業革命は、木綿産業からはじまりました。これによって品質のよい衣類が多くの人にいきわたるようになったのです。もともとは書物や良質の衣類は希少なものでしが、それを技術革新が克服しました。

このような「希少性の克服」が最もすすんでいるのは、ソフトの分野です。文章・映像・音楽・ゲームなどの世界。デジタル化とインターネットのおかげで、このようなソフトに関しては、いろんなものがタダで手に入るようになりました。

一方、希少性の克服がそれほどはすすんでいない分野もあります。天然の良質な素材を使った何か、すぐれたプロが手間暇かけてつくりあげる製品やサービスなどです。

良質の素材で一流のシェフがつくった料理、すばらしいアーティストのコンサートなどは、その典型です。これらの供給には限りがあります。さまざまな高級ブランドの製品も、ある程度それに近いです。

有名な人気企業に入るという「席」も、希少性が克服されていません。経済発展によってその席はかなり増えましたが、大学生の増加がそれを大幅に上回っています。人気企業への就職活動は、限られた席をめぐって競争し、参加者のほとんどが残念な結果に終わらざるを得ないという意味で、まさに「椅子取りゲーム」です。

これまでの文明や技術は、さまざまなモノの希少性の克服を重要なテーマにしてきました。しかし、それがすすんでいる分野とそうでない分野がある。

多くの人がまずあこがれ、関心を持つのは後者です。一流シェフの料理や高級車のようなもの、あるいは人気有名企業に入ることなどです。それらはたしかに魅力的ですが、そればかりを追い求めても、多くの人には無理があるように思います。なにしろ数に限りがあります。


●あこがれの新しい対象(食べてもなくならないケーキ)

だとすれば、希少性に縛られない世界に関心をもつことが重要ではないでしょうか。

このことに関し、さきほどのチャールズ・イームズは「あこがれの新しい対象」ということを述べています。ややわかりにくい表現ですが、「食べてもなくならないケーキのようなたのしみ」だと、私はイメージしています。

たとえば、外国語のような「新しい何かを学ぶたのしみ」は、食べてもなくならないケーキです。このたのしみを味わう席には、かぎりがありません。何かを学ぶたのしみは、得ようと行動するなら、誰もが得ることができます。努力は要りますが、たいていはお金もそれほどはかかりません。

イームズは“大事なことは、それらがどんなに分配されても決して減らないこと”“それを手に入れるために必要な貨幣は、その習得に全力を傾けられる能力”である、と述べています。

彼はこういうたのしみを、たとえば高級車のような、多くの人がまず関心を持つ従来の「あこがれ」とは異なるものとして「あこがれの新しい対象」と呼んだのです。(『イームズ入門』127~128ページ)

今の私たちが本来持っている自由や可能性を活かし切るには、「あこがれの新しい対象」あるいは「食べてもなくならないケーキ」の世界を追求することです。そうすると、成果や満足を得やすいはずです。きびしい競争をともなう「椅子取りゲーム」からは距離を置くことを考えるのです。


●「調和」のあり方を追求する

これは、前に述べた「贅沢や高望みと思えることでも、挑戦してみよう」というのとは食いちがう、と思うかもしれません。

しかし、「贅沢」「高望み」ということと、「食べてもなくならないケーキを求める」「椅子取りゲームから距離を置く」ことは、両立することがあります。

外国語の学習でいえば、そこで高いレベルに達して外国語を使う仕事に就きたい、という望みを抱いたとします。かなり高い目標で、簡単ではありません。しかし、そのような職のポストは社会の中にいろいろあるので、少ない席を争うような椅子取りゲームとはちがいます。勉強するための手段も、さまざまな方法があり、やる気さえあれば多くの人がその手段にアクセスすることが可能です。

このような「両立」は、私にもおぼえがあります。それは「文章を書く」ことです。私は、ほかの仕事をしながら、世界史などのテーマで本を出しています(最新刊は去年8月に出した『一気にわかる世界史』日本実業出版社)。

本の出版(商業出版)は、それなりに高いハードルですが、出版社は世の中にたくさんあります。商業出版に耐えるレベルの原稿を書けば、いつかどこかで出してもらえる可能性はあります。「椅子」が、世の中のいろいろな場所にいくつもあるのです。

また、自分の書きたいことを書くのには、「食べてもなくならないケーキ」を味わうような、飽きの来ないよろこびがあります。出版しなくても、限られた範囲で読者を得るというたのしみもある。

この雑誌(今回頓挫してしまった小規模出版の雑誌)を創刊し(ようとし)た人たちも、その活動を「食べてもなくならないケーキ」としてたのしむつもりなのでしょう。(私が参加しようとした雑誌は実現していませんが、最近は欧米でも日本でも小規模出版社もしくは個人で雑誌をつくる動きはさかんになっている)

自分なりの「食べてもなくならないケーキ」をみつけましょう。大きなケーキでなくてもいい。小さなケーキをいくつも積み重ねていくというやり方もあります。

それは「自分の持つ本来の自由や可能性を、自己規制しないで使い切る」という方針を、「手に入るものは限られている」という現実に調和させることなのです。

そのような「調和」のあり方を追求することが、近代社会を生きるコツです。

そこで役立つ道具も、いろいろとできています。

この雑誌を立ち上げ(ようとし)た人たちは、創刊の資金を「クラウドファンディング」という手段によって、寄付で集めました。これは「フィンテック」(「ファイナンス」と「テクノロジー」を合わせた造語)といわれる、インターネットなどを使った新しい金融の手段のひとつです。何かのプロジェクトを立ち上げたい人が、ネットを通じ出資や寄付を募る。それを容易にする機能を持つサイトを運営する企業や組織が、最近はあります。

また、さまざまなコンピューターソフトが手軽に使えることも、雑誌づくりを支えています。たしかに、私たちの「自由=できること」は増えているのです。(つづく)


(注)
*1 江戸時代の身分別の人口割合は、武士とその家族が全体の6~7%、農民が85%程度、町人が5~6%、その他(僧侶・神主など)が3%程度。(板倉聖宣『日本歴史入門』仮説社、1981年、13ページ。近代社会における「職業の自由」の重要性も、同書に学んだ)

*2 現在の世界でも身分制度のようなものはある。たとえば、今もすべての中国人の戸籍は農村戸籍(全人口の6割)と都市戸籍(4割)に分けられている。農村戸籍の者が都市に移住することには、きびしい制限がある。医療や社会保障について、都市戸籍の人が受けられるのと同じサービスを、農村戸籍の人は原則として受けられない。農村から出稼ぎに来ている人びとは農村戸籍のまま都市で働いており(農民工という)、都市戸籍の人たちと同権利ではない。大学入試でも、たとえば北京大学の合格ラインは、農村出身者は北京出身者よりも不利だったりする。このような「身分制度」は1950年代後半に、農村からの大量の人口流入を防ぎ、都市の食料事情を安定させるなどの目的で定められた。(中島恵「中国人が逃げられない、「戸籍格差」の現実」東洋経済ONLINE、2015年5月26日)

*3 この「エリザベス女王」のことについては、出典不明。筆者が学生時代に授業で読んだ英文のエッセイにあったと記憶している。

*4 D・S・ランデス『富とパワーの世界史 「強国」論』三笠書房、2000年、20~21ページ)。ロスチャイルド家は、ユダヤ系の金融資本家で、当時の世界の金融経済で支配的なパワーをもっていた。

*5 「文部科学統計要覧」「学校基本調査」による。

*6 大正~昭和戦前期の学歴:岩瀬彰『「月給百円」サラリーマン 戦前日本の「平和」な生活』講談社現代新書、2006年、112ページ。当時の義務教育は6年制の尋常小学校で、その上の中等教育には5年制の旧制中学や高等女学校などがあった。また、義務教育以外では、男女によって学校がきびしく区別・差別されていた。

*7 竹内洋『学歴貴族の栄光と挫折(日本の近代12)』中央公論新社、1999年、34ページ

*8 小倉金之助『一数学者の回想』筑摩叢書、1967年、19ページ。小倉のこのエピソードは、もともとは、板倉聖宣『かわりだねの科学者たち』仮説社、1987年 から知った。

*9 「学校基本調査」、海老原嗣生『就職に強い大学・学部』朝日新書、2012年、45~47ページ

*10 チャールズ・イームズは、ミッドセンチュリー(20世紀半ば)を代表するデザイナー・映像作家。妻レイ(1912~1988)とともに「チャールズ&レイ・イームズ」として活躍。成型合板(ベニヤ板の一種)や繊維強化プラスチックなどの新素材を用いて、イスのデザインを革新した。イームズが取り組んだのは、大量生産が可能な質の高い家具をつくることだった。住宅「イームズ自邸」や短編科学映画「パワーズ・オブ・テン」も評価が高い。

(以上)
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2017年04月13日 (木) | Edit |
しばらくぶりですが、元気でやっております。

この1か月ほどで行ったことというと、まず家の中を整理・整頓しました。

本(雑誌含む)を500~600冊処分し、保存箱5~6箱ほどの書類・資料、着ていない洋服、使っていない文具・雑貨などの諸々のものを捨てました。また、妻は書道教室を主宰していて、この数年で書道関係の資料・紙類も増えたので、妻はおもにその整理を行いました。

処分した500~600冊の本というのは、もともと5000冊ほどの本があったので、持っている本の1割強といったところ。ほかのものについても、捨てたのはもともとの分量の1~2割ほどです。

捨てたといっても、「断捨離」というほどの劇的なものではありません。でも、明らかにもう要らないもの、「ときめかない」ものを捨てて、残ったものの置き場所をあらためて考えてそれなりの秩序で配置していく。ひとつひとつの引き出しや収納箱のなかまで、よく考えてものを収めていく。すると、家のなかに新しい活気や秩序が生まれてくる感じがします。

とくに本棚は、私にとって大切なもの。ぎっしり詰まっている本棚は、勉強やアウトプットの楽しみや生産性を損ないます。

本棚に空きがないと、新しい本(新しい知識やものの見方)を受け入れにくくなります。これは風通しの悪い状態です。理想的なのは、本棚の収容力の7割くらいの本が、自分なりの秩序で整理されて収まっている状態です。それだと、これまでの蓄積と新しい要素が、しっかりと関連性を持って並んでいて、「これは活用できる」という感じになるのです。

ただし、今回の整理でも、私の本棚は「7割」の状態にはなりませんでした。「ほぼ100%ぎっしり」が「8割5分くらい」になっただけです。それでもよしとしましょう。

そのような整理を、2~3年に1度は行ってきましたが、今回のは10年に1度の、かなり踏み込んだものになりました。それでもまだ「やりたい」と思っている整理の8割くらいが済んだところです。残り2割の整理は、ぼちぼちやっていきます。

このような整理整頓は、今の自分・近未来の自分に合わせて、家のなかの状態をカスタマイズしているのです。

今回の整理をする以前の我が家は、数年前の私たち夫婦の関心や活動に基づいて、持ち物とその配置が決まっていました。しかし、それはもう現状に合わなくなってきたので、改定を行ったのでした。

これは、『七つの習慣』という自己啓発本のベストセラーにあった言い方だと、「刃を研ぐ」ということです(斧の刃をしっかり研ぐ木こりは、生産性が高い)。

自分のたいせつな道具や環境やコンディションを入念に整えるということ。それは、人の活動を支える大事な要素です。まあ、『七つの習慣』によれば、「刃を研ぐ」ことは、何年かに1回の大掃除ではなく、毎日のようにこまめに行うべきことなのですが。

今回の整理整頓で生まれた環境は、少なくとも今後2~3年の私の活動を支えてくれるはずです。

というわけで、斧の刃を研いでばかりいるのは、もうこのへんにして、樹を切る作業に戻ります。

(以上)
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2017年02月26日 (日) | Edit |
トランプ大統領は「アメリカとメキシコの国境に壁をつくる(費用はメキシコに負担させる)」といっています。すでに両国の国境にはフェンスなどがかなりあるので、それをさらに強化するということでしょう。

アメリカとの国境近くにあるメキシコの町には、アメリカへの入国を希望する人たちが、大勢やってきます。夜の闇にまぎれてフェンスを越えていく人も多くいる。そしてかなりの場合、アメリカの国境警備隊につかまって強制送還されたりしている。

国境を越えようとする人の中には、貧困に苦しむだけでなく、犯罪組織の脅威から逃れてきた人も少なくありません。メキシコでは麻薬組織などのマフィアが一般市民に金銭を要求し、拒めば恐ろしい報復をする、といったことがある。アメリカをめざす人の多くは、アメリカ社会の、より安全で快適な環境を欲しているのです。しかし一部には、麻薬などの犯罪を持ち込む人間もいる。

メキシコとアメリカの国境にあるフェンスは、「安全で快適な社会」と、そうではない外部の世界を隔てる「壁」です。壁の内側の人びとが、自分たちを守ろうとして築いたものです。

このような「壁」を、有史以来人間はつくり続けてきました。

中国の万里の長城は、最も有名なものです。秦の始皇帝(紀元前200年代)は、以前の時代からあった、北方の異民族が「中華」に侵入するのを防ぐ壁を、計画的に整備しなおしました。このような「壁」の伝統は、その後の中国に受け継がれていきます。ローマ帝国(100~200年代にとくに繁栄)でも、万里の長城ほどの規模ではありませんが、一部の辺境地域で「蛮族」の侵入を防ぐ壁をつくっています。

さらにさかのぼると、4000年ほど前のメソポタミア(今のイラクなど)でも、そのような壁はつくられました。チグリス川とユーフラテス川の間に挟まれた地域のなかで、両方の川のあいだをつなぐ形でつくられた壁です。

メソポタミアは5000年余り前から、最古の文明が栄えた地域です。その周辺には、メソポタミアという「中華」からみれば「蛮族」の人たちがいて、メソポタミアに侵入する動きがあったのです。

さらに、当時のメソポタミアでは、いくつかの大きな都市を中心として国家ができていましたが、それらの都市は日干しレンガの壁で囲まれていました。

その壁の内側では、数万人の人びとが暮らし、当時の世界では最先端の安全や快適さ、豊富な食料や、美しいさまざまなモノが存在していました。そして、そのような都市へ入ろうとするよそ者は、あとを絶ちません。その中には「ならず者」もいたので、野放図に入れるわけにはいかない。壁をつくらないことには安心できない。

今、トランプがめざしていることは、4000~5000年前のメソポタミアで行われたことと本質的には同じです。こういうところでは、人間は変わっていないのです。

つまり、その時代なりに魅力的な高度の文明が栄えると、その外部から自分たちを守るための「壁」をつくる、ということが有史以来くりかえされてきた。「中華」へ侵入しようとする人々を防ぐ壁です。それは今も続いているのです。

そして、そのような「壁」は長期でみると、結局は破られてきました。中国では始皇帝の時代から数百年以上経つと、北方異民族による王朝ができるようになりました。ローマ帝国も、その西半分(西ローマ帝国)は、多くの「蛮族」が侵入して崩壊していきました。

メソポタミアでも、結局は外部の民族の侵入は防ぐことができず、支配的な民族の交代がおこりました。

アメリカとメキシコの国境にある「壁」も、同じ末路をたどるのではないでしょうか。つまり、長期的には多くの人々の侵入を防ぎきれずに終わる。近年も、メキシコとの国境からのアメリカへの不法入国者は、年間で数十万人から100万人にのぼるといいます。「壁」を頑張ってつくっても、穴だらけになってしまうものなのです。そもそも、国を超えた交通や交流の発達した現代においては、辺境の「壁」にかつてほどの意味はない。

しかし、だからといって「壁」など無意味だ、愚かなつまらないものだ、といって片づけてはいけない。文明のはじまりの時代から、人は自分たちの文明社会を守る「壁」をつくってきたのです。だとすれば、それはきわめて根本的な欲求や感情にうったえるものだといえるでしょう。

もしも、メキシコとの国境に堅牢な壁がつくられたら、「これで守られる」という安心を感じる人たちが、アメリカにはおおぜいいるはずです。その「安心」にたいした根拠などなくてもです。そして、壁をつくった権力者への信頼は高まるのです。

「壁をつくること」は、「外敵から社会を守る」ということの象徴です。それは人々が権力者に求めることのうち、最も基本的な事項なのです。トランプや彼の周辺の人たちは、そのあたりをよくわかっているのかもしれません。

(以上)
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2017年02月18日 (土) | Edit |
一連の記事の3回目ですが、ここから読んでも大丈夫です。

1900年代において、世界の「中心」であり、覇権国であったアメリカ。そのアメリカが「世界の警察官」的な面を後退させ、内向きになろうとしています。「アメリカ優先」という動き。それが進むと、世界はどうなるか。

それぞれの国ぐにには「自分で自分を守る」ことが、以前よりも求められるようになります。それは、国防や外交、そのための国民の動員、治安の維持などの、国家の役割のなかの「統治」にかかわる面の強化を伴います。

このことは、比較的あちこちで言われています。「統治」という言葉はまず使っていませんが、「それぞれの国が独自に行うべきことが増えそうだ」というイメージは、多くの人が語っています。

しかし、ここでいう「統治」以外にも、国家の重要な役割はあります。国民の生活により密着した、さまざまな規制や利害調整、サービス、福祉などにかかわる領域です。これは「行政」といいます。

国家の能力は有限です。だから、国防や治安などの「統治」についての国の仕事や予算が増えると、国民生活により密着した「行政」の面が割を食うことになります。

目につきやすい分野でいうと、社会保障や福祉、学校教育、さまざまなインフラや公共施設の維持管理といった部分で、国の仕事が劣化していく恐れがあるということです。少なくとも、ますます増大するであろう国民の期待やニーズに対応できなくなっていく。期待とのギャップが大きくなっていくのです。

つまり、年金が減ったり、公立学校がひどく荒れたり、穴のあいた道路が放置されたり、公園や図書館が閉鎖されたりするわけです。

このような、国の「統治」面での負担の増大にともなう「行政」の劣化の恐れは、それほどは論じられていません。

経済発展が急速な新興国なら、経済とともに政府の規模や予算も成長しているので、こういう問題はそれほどは生じないのかもしれません。しかし、経済成長が停滞する一方で財政の肥大化に苦しむ先進国では、「行政の劣化」の問題は、とくに深刻になるはずです。先進国では、政府の人的・予算的なリソースを大幅に増やすことはできないので、「統治」を拡充すれば「行政」を削減せざるを得ないのです。

ただし、「行政の劣化」の恐れは、「アメリカの覇権の後退→各国の統治の強化」という流れが明確になる以前に、先進国では財政の悪化(おもに高齢化にともなう社会保障費の負担増による)という面から問題が生じつつあります。

だから、アメリカの覇権の後退→各国の統治の強化(行政が割を食う)という流れは、すでに生じつつあることを後押しする、という意味があるのでしょう。

***

では、国家における「行政の劣化」が進むと、社会のなかでどういう動きが出てくるでしょうか。

政府が生活に密着したさまざまな活動やサービスを十分に供給し得ない社会では、その不足を埋める活動へのニーズが高まるでしょう。かつて国家が行っていたことを、国家以外の存在が行おうとする動きです。

そのような「国家以外の存在」としては、有力な企業、NGOやNPOなどの民間組織、もっとプライベートなサークルなどの人のつながりといったものが考えられます。

それから、国家財政が疲弊しても、地方・地域によっては経済力があって財政などが充実していることがあるので、そのような「有力な地方自治体」という存在も、国家にかわるものとして考えられるでしょう。地方自治体は、ここでいう「政府」「国家」の一部ではありますが、全体として弱った国家の機能を穴埋めする存在として期待が高まるケースが局所的にある、ということです。

つまり、首相や大統領に暮らしを守ってもらう、というだけでなく、どこかの社長・CEOや民間組織のリーダーやある種の知事や市長に守ってもらう、ということがクローズアップされてくる、ということです。

これに関する現象はあちこちで起こっています。最近の一部の大企業は、従来の「株主利益優先」を改めて、公益への貢献を意識した動きをしています。NPOへの関心は、日本ではこの10年あまりで急速に高まったといえるでしょう。「政府はもう頼れないから、仲間とのつながりがセーフティーネットになる」といったことは、最近はかなり言われています。また、有力な自治体で注目を浴びる知事があらわれてもてはやされたりする。

これは、主体的・積極的な立場で考えれば「政府にかわる存在として、新しいサービスをつくりだす貢献をすることが、これからの社会ではきわめて意義のある活動だ」ということになります。企業の公益的な活動、NGOやNPO、ある種のネットワークで重要な役割を果たすことが、これまで以上に評価される社会になるということです。

もう少し受け身の立場で考えると、「政府に代わる存在にうまくアクセスして、そのサービスを享受することが自分を守ることだ」という発想になるでしょう。「政府に代わる存在」は、政府ほど幅広く万人に開かれた存在ではないので、主体的にアクセスしないとそのサービスや保護を受けられません。

これは、国民国家という今の国の枠組みが崩壊するということではありません。国を外部の脅威から守ったり、治安やさまざまな秩序を維持したりといった政府の活動によって、社会が国としてまとまっている状態は維持されるでしょう。

そのような、国家による治安や秩序が維持されないと、企業もNPOも個人も安定した活動はできません。国家は依然として個人や組織が存在するための基礎的な枠組みなのです。しかし、政府による国民へのきめ細かいサービスは後退する恐れがあるので、それに伴っていろいろな変化があるだろう、ということです。

このへんで、アメリカというこれまでの「中心」の衰退・後退に伴って(とくに先進国で)何がおきるか、についての考察はひと段落ということにします。このように、大きくものごとをみて連想や推論を広げていくことは、ときどき行ったらいいと思います。

(以上)
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2017年01月22日 (日) | Edit |
トランプ大統領の就任演説について、テレビのニュースやワイドショーに出ている識者の評価は、だいたいネガティブでした。

「選挙演説のときと同じで中身がない」「大統領就任演説というより、トランプのファン感謝祭」「トランプ支持者以外への語りかけがない」「具体的な政策がなく抽象的」「アメリカは世界に責任があるはずなのに内向きの話ばかり」「アメリカ製品を買おう、アメリカ人を雇おうというのは、昔の製造業の時代を想定しており、時代錯誤」等々。トランプ大統領に抗議するデモの様子も、かなり報じられている。

たしかに、トランプに批判的な立場、あるいは政治や経済の専門家の立場からみると、「ダメだなあ」ということなのでしょう。インテリ的な立場からは、あれを評価するわけにはいかない。

でも、非インテリ的な、トランプに期待を寄せる立場からみたら、どうなのか。
シンプルに力強く、大切なことを伝えている、とはいえないでしょうか。

そこには、明確なわかりやすいメッセージがあります。(以下、就任演説からの引用。日経新聞による訳)

「首都ワシントンからあなた方、米国民へ権力を戻す」「エスタブリッシュメントは自らを保護したが、米国民を守らなかった」「我が国の忘れられた男女は、もう忘れられることはない」「米国はほかの国を豊かにしたが、我々の富、力、自信は地平線のかなたへ消え去った」

そして、最も主要な原則・主張。

「今日から米国第一主義だけを実施する。米国第一主義だ」「我々は2つの簡単なルールに従う。米国製品を買い、米国人を雇うというルールだ」「職を取り戻す。国境を取り戻す。富を取り戻す。そして夢を取り戻す」「国家全域に、新しい道、高速道路、橋、空港、トンネル、鉄道をつくり、福祉に頼る生活から人びとを抜け出させ、仕事に戻らせる」

シンプルで明快な行動原理と、実行する強い意志を示すトランプ。
そして、従来のワシントンの政治家たち、とくに「リベラル」な人たちに引導を渡します。

「意見をいうだけで、行動を起こさない政治家にはもう容赦しない。文句をいい続け、それが仕事になっているような政治家たちだ。中身のない対話の時代は終わりだ」

そして最後にもう一度、「忘れられた人びと」への呼びかけ。

「あなた方が無視されることは、もう二度とない。あなた方の声、希望、夢が米国の未来を形づくる」

「米国を再び強くしよう」

具体的な政策論なんてよくわからないし、大統領の就任演説で聞きたいとも思わない人たちは、きっとおおぜいいるはずです。そういう人たちがトランプを当選させたのです。

トランプの「抽象的」で「中身のない」演説を、まるでキング牧師やリンカーンの演説のように感動して聞いた人たちが、きっといたはずです(でもあまり報道されていないように思う)。そして、(キング牧師の演説がそうであるように)中学高校の英語の教科書に載ってもいいような、平易な英語表現。

こむずかしく具体的な政策論など語っていたら、そのような感動は生まれない。少なくともトランプの場合は、そうにきまっています。実務的で具体的なトランプなど、魅力的ではない。キング牧師の演説だって抽象的ですし、“アイ・ハブ・ア・ドリーム”の演説で人種差別撤廃に向けての現実的な法整備のあり方について論じていたなら、それほど感動的にはならなかったでしょう。

「アメリカ第一主義」は、抽象的で時代錯誤で、非現実的なものだと、多くの識者はいいます。私もその点は同感です。しかし、「誤っている」としても侮ってはいけない、とも思うのです。

誤っていても、ウソだらけでも、単純素朴でバカっぽくても、影響力のある考え方というのは、あります。

「アメリカ第一主義」という基本方針は、それ自体は抽象的です。しかし、政策のさまざまな分野や個々の具体的場面で、明確な行動指針となり得る考え方です。単純明快ゆえの力を持っている。

これに対し、たとえば「世界に自由と平和と発展を」といったメッセージは、たしかに「すばらしい」のですが、それを実現するための行動指針が具体的にみえてこないところがあります。「対話を大切に」というのも、「とにかく話しあいましょう」といっているだけであって、対話のテーマになっている複雑な問題について解決策を示すものではない。話しあってもどうにもならないことは、たくさんあるわけです。

昔、ヒトラーがシンプルな(しかし事実を歪めた、矛盾に満ちた)メッセージで人びとに訴えたとき、多くのインテリはバカにしていました。

ヒトラーは、ドイツを再び偉大にすることを目標に掲げましたが、そのためのビジョンは軍拡と侵略による領土拡張です。単純で幼稚で、邪悪とも思えますが、そのために何をすべきかが明確に導き出せる。そういう「強さ」があるのです。具体的な方法や技術的なことはヒトラーに共鳴する専門家がしだいに集まってきて、やってくれました。

トランプの「アメリカ第一主義」にたいしても、そういう「専門家」があらわれるかもしれません。アメリカにはいろんな人材がいますし、権力は人材を集めるのです。

トランプの演説は、テレビや新聞で解説するような人をうならせるものではもちろんない。だからといって侮ってはいけない。やっぱりこの人物には、大きな何かをやらかす可能性・危険性がある。心配したほどではなかった、という結果になればいいのですが・・・

大統領選挙の結果で、識者や有力者たちは懲りたはずなのに、相変わらずです。エスタブリッシュメントやインテリに反発する人たちの思いに対し、あまりに鈍感すぎる。その鈍感さが、トランプ大統領を生んだのに。

この鈍感さが続くかぎり、たとえトランプが敗北していなくなったとしても、問題は終わらないはずです。

(以上)
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