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 (2014年7月6日記す)


そういち自画像
      著者そういち自画像

ブログ「団地の書斎から」のテーマ

団地の小さな書斎で、たまには「大きなこと」について考える。

世界史の大きな流れ。時代の変化。政治経済などの世の中のしくみ。そして、時代や社会をつくった人びとの生きかた。
    
自分のアタマで考えること。「考え」を文章でどう表現するか。
  
古い団地をリノベして暮らしています。「リノベと住まい」もテーマのひとつ。暮らしの中の小さなたのしみについても。 
    
これらをわかりやすく・ていねいに書きたい。


●著者「そういち」について

社会のしくみ研究家。「文章教室のセンセイ」「団地リノベ研究家」も兼ねる。1965年生まれ。東京・多摩地区の団地で妻と2人暮らし。
大学卒業後、運輸関係の企業に勤務し、事業計画・官庁への申請・内部監査・法務コンプライアンス・株主総会などを担当。そのかたわら教育研究のNPOに参加して、社会科系の著作や講演で活動。その後、十数年勤めた会社を辞め、独立系の投資信託会社の設立に参加するが撤退。浪人生活を経て、現在はキャリアカウンセラーとして就職相談の仕事を行っている。
社会や歴史に関し「多くの人が知るに値する・長持ちする知識を伝えること」がライフワーク。 


●そういちの著書
【最新刊】
中心の移り変わりから読む 一気にわかる世界史←こちらをクリック
(日本実業出版,2016年8月末より全国書店・アマゾンなどで発売中,1300円+税)

  一気にわかる世界史・表紙

 
『自分で考えるための勉強法』(ディスカバー・トゥエンティワン,電子書籍)
『四百文字の偉人伝』(古今東西の偉人100人余りを紹介,ディスカバー・トゥエンティワン,電子書籍)
『健康と環境』(子ども向けの社会科の本,小峰書店,共著)
『フラッグス・る?』(世界の国ぐにをGDPでみる社会科の本,楽知ん研究所)


 
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↑以上は,アマゾンなど多数のネット書店で発売中。電子書籍はスマホやパソコンでも読めます。

 
【講師いたします】
このブログでテーマにしている世界史,社会のしくみ,勉強法,文章術などについて。グループでも個人でもどうぞ。

お問い合わせは so.akitaあっとgmail.com まで(あっとは@に変換) 


団地の書斎のそういち
撮影:永禮賢
2019年08月24日 (土) | Edit |
*この記事は当分のあいだ2番目に表示します。最新の記事はこのひとつ前です。2019年7月13日投稿。

2019年8月25日(日)に西新宿で下記のセミナーを開催します。今回で5回目。
半日(4時間半)で世界史5000年の流れを一気にみわたすというもの。

高校生以上の子どもさんと親子で、または高校生の参加もぜひ(これまでにも高校生とお父さんの参加がありました)。
よろしくお願いします。

親子・高校生も
5000年を半日でみわたす・大人のための
世界史「超要約」セミナー

●日時
2019年8月25日(日) 
13:00~17:30(12:45開場)

定員9名 予約制 

講師:このブログの著者・そういち
プロフィールは下記に

●会場
新宿・ノマドカフェ 「BASE POINT」(ベースポイント) 2F D
東京都新宿区西新宿7-22-3
*地図は下に

●参加費
6000円(学生4000円)
親子参加は2人で9000円(子どもさんが成人・社会人でも) 
当日支払い、フリードリンク付き

●お申込み・予約制です
メールにて so.akitaあっとgmail.com まで。(「あっと」は@に変換)
その際お名前(ハンドルネーム可)をお知らせください。
返信は翌日になることがあります。

こちらのイベント告知サイトからも予約できます
こくちーず

会場(ベースポイント)地図
ノマドカフェ地図
JR新宿駅西口より徒歩8分
丸の内線西新宿駅より徒歩6分
大江戸線新宿西口駅より徒歩11分

ベースポイント
BASE POINT(会場)

世界史セミナー2018年3月24日その2
本セミナーの様子(2018年3月)

***

●講師プロフィール
そういち:社会のしくみ研究家。1965年生まれ。企業勤務のかたわら社会科系の著作やセミナーを行う。
著書は『一気にわかる世界史』(日本実業出版社)のほか『自分で考えるための勉強法』『四百文字の偉人伝』(いずれもディスカヴァー・トゥエンティワン、電子書籍)など。
このほか、以下で世界史関連の記事を監修。
雑誌『プレジデントウーマン』(プレジデント社)2017年10月号「大人の学び直し 経済&歴史」特集
ムック『おとなのための教養入門』(プレジデント社、2018年7月刊)

***

世界史の勉強がむずかしいのは、対象範囲が非常に広いからです。
膨大な国や民族が出てきますが、学校の教科書では、
それらをできるだけ幅広く扱おうとして詰め込みすぎています。

そこで、大人が世界史を学ぶ場合は、つぎのことが大切です。

①大まかな時代と出来事をおさえる
細かい年号や固有名詞にとらわれず、まずはざっくりと。

②それぞれの時代の中心的な大国をおさえる
世界史では時代ごとに繁栄した強国・大国があります。
古代ギリシア、ローマ帝国、中国の王朝、イスラムの帝国、大英帝国、アメリカ合衆国など……
それらを追いかけていくと、世界史の流れがつかめます。

以上の方針で、
古代から現代までの世界史5000年の流れを、
半日で一気にお話しします。


本セミナーによって、アタマのなかの断片的な知識が
「ひとつの物語」としてつながっていくでしょう。
世界史の本を読むための基礎知識も養えます。

世界史は自然科学と同様に、
世界の成り立ちについての基本的な学問です。
また、政治・経済や美術など、さまざまな教養の基礎になっています。

どの分野の本を読んでも、世界史の知識があるのとないのとでは
理解が大きく違ってくるでしょう。

こんなふうに世界史は「役に立つ」ことも多いですが、
それ以前に知る喜びのある分野です。
世界史を学ぶ最大の効用は、単に「楽しいから」と言ってもいいのです。

「大人のための」世界史セミナーですが、高校生以上の子どもさんと親子で、
または高校生の参加もぜひ。
若い人にこそ、受験のためだけではない「大人の世界史」を。

***

最後に、昨年度の本セミナーでお父さんと参加された高2男子の方の感想

世界史については“カタカナが多くて教科書も時間軸がややこしくて頭に入ってこない”と感じていたとのこと。これはほとんどの人にとって、そうでしょう。

でも“このセミナーを聞いているうちに先入観を捨てて、少しずつ好きになることができました。特に文化などが国から国へと移り、新しくなっていく過程が気になったので、これから調べてみて、親しくなっていこうと思います。本当にありがとうございました”とのことでした。

こちらこそ、ありがとうございます。
みなさまとお会いできることをたのしみにしています。

プレジデントウーマン地図
世界史上の繁栄の中心の移り変わり
『プレジデントウーマン』2017年10月号より

(以上)
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2019年08月17日 (土) | Edit |
テレビ(民放)で外国人の受け入れの問題について、若手の識者が議論しているのをみた。だいたい20~30代の、たとえばミュージシャン、NPOのリーダー、弁護士、コンサルタントで、社会に向けてさまざまな発信をしている男女。話ぶりが魅力的な人が多く、つい聞き入ってしまった。

論者の意見は当然、外国人の受け入れ反対派と賛成派に分かれる。反対派は「日本の文化が壊れる」「少なくとも中長期的には民族間の激しいあつれきが起こる(テロだって起きる)」という。「ヨーロッパでは移民の受け入れは失敗だったというのが一般的な認識だ」とも。

賛成派の人たちは「日本の社会にはもっと多様性が必要」「これからの世代にはさまざまな文化を受け入れる素地が育っているので、対立が深刻化することは避けられる」ということを言っていた。

これに対し反対派からは、社会の現状をふまえ「そのような多様性を受け入れることがほんとうにできるか?無理なのでは」という突っ込みがあった。

発言者の表現に忠実ではないが、主旨としてはそんなところだ。

これを聞いていて私は「この人たちは本当に“文化人”だなあ」と思った。少しおどろいたところもある。文化人というのは、ここでは文化というものを、じつに大事しているということだ。「文化」が今回の議論のキーワードだった。受け入れ反対派は「文化が壊れる」といい、賛成派は「多様な文化が大事だ」といっている。

でも、外国人受け入れの問題は、文化はもちろん大事だけど、それだけのことでもないはずだ。

今年4月の法改正(改正出入国管理法)だってそうだ。あれば在留資格として「特定技能」なるものを新たにつくって、それに該当する外国人を働き手として迎え入れようというものだ。

「特定技能」の対象分野は、介護、ある種の製造業、建設業、宿泊業、飲食業、農業、漁業、ビル清掃など。これらの業界の現場で身体を使って頑張る仕事。どの分野も人手不足が深刻な状態。このままだと社会のニーズにこたえきれなくなる、従来の生活を社会全体として維持できなくなる……そこで、海外からの働き手を受け入れようと考えた。

つまり、労働や産業の問題に対応するため、外国人受け入れの枠を増やしたのである。

ではなぜ人手不足なのか。日本人で「特定技能」的な仕事に就きたい人が大きく減ったからだ。

今の日本人の多くはエアコンのきいたオフィスでのデスクワーク、さらには知的・文化的な要素のある仕事を志望するようになった。

このような「文化人」的傾向は若い世代ほどはっきりしている。私は若い人の就職・採用に関係する仕事をしているので、現場感覚としてここはよくわかるつもりだ。ただし、「特定技能」的な仕事の非正規化など、処遇の悪化ということもある。

文化人は多くの場合、「特定技能」的な仕事は好きではない。少なくともそれを本格的な職業とすることはイヤがる。そのような現場仕事は、ほかの誰かにやってもらい、自分はもっと知的・文化的な何かに関わりたい。そこまでの志向がなくても、とにかくオフィスでの事務的な仕事がいい。そのような日本人が増えた。ひと昔くらい前よりも、さらに増えたのだ。

これは、日本が豊かになり成熟した結果であり、必然的なことだ。少なくともある程度は、そうならざるを得ない。

それを、昭和的なオジさんの感覚で「けしからん」「なげかわしい」などというつもりはない。豊かになったんだから、これはあたりまえだ。オレだってそういう文化人志向の気持ちがわかるよ、といいたい(こんなブログをやっている、文化人・知識人志向のオジさんですから)。

昭和的オジさんたちだって、自分の子どもには「特定技能」的な仕事よりも、オフィスで働く仕事に就いてほしいという人が多いはずだ。そもそも、誰にも仕事を選ぶ自由がある。これは何より尊重されなくてはならない。

テレビに出ていた、もっぱら「文化」の問題として外国人受け入れのことを語る若い識者たち。この人たちは、みんなが「文化人」になった、新しい日本人の典型なんだと思う。

労働や産業の現場のこと、そして産業が支える日々の生活の問題は、どこに行っちゃったんだろう。討論が限られた時間だったとはいえ、このあたりへの言及は皆無だった。

外国人の受け入れに反対というのなら、「特定技能」的な領域での人手不足をどうするのかについても、触れるべきだろう。

くわしい処方箋はむずかしいとしても、一般的な方向性は示せるはずだ。たとえば、それらの業界での働き手の処遇改善といったことは、常識的に考えられる。

でも、いわゆる処遇改善だけでは、効果は薄いのではないか。つまりそれだけでは「文化人」の若い人たちは集まってこない。そこに「文化」を感じさせる何かを加えないといけないのだ。うーん、可能かもしれないがむずかしそうだ……

あるいは、もっと根本的に社会や生活のあり方を変えていくという選択肢もあるかもしれない。

建設業で人手が足りないなら、新しい立派な建物なんていらないじゃないか、みたいな(ただし、水道のような基本的なインフラの整備やメンテナンスの人手は何とか確保する)。外食産業だって今ほどはいらない、ビルの中もそんなにキレイでなくても大丈夫、とか。

介護はどうしよう……家庭でも施設でもない、別の何らかの人の結びつきで対処するのか……でも、それってどんなものなのだろうか? いずれにしても、簡単ではない。

「外国人が大勢来ると我が国の文化が壊れる」というのは、「あいつらはオレたちとちがうから、とにかく嫌いだ」と言っているだけにも思える。ただし「嫌いだ」という感情は根源的で手ごわいものなので、侮れない。でもそれだけでは、知識人の発言としてはもの足りないのではないか。

もの足りないといえば、「多様性は大事だから、外国人を受け入れよう」というのも、「とにかく、みんな仲良くしましょう」とだけ言っている感じだ。たしかにそれは大事だとは思うが、それだけでは知識人としてはやはりさみしい。とにかく、それだけではいけないように思う。

(以上)
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2019年08月12日 (月) | Edit |
この時期は、先の戦争(第二次世界大戦、太平洋戦争)についての追悼や振り返りがさかんだ。ではそもそも、あの戦争によって世界全体でどのくらいの人が亡くなったのだろう? 第二次世界大戦は、一般には1939年から45年にかけてあったとされる。1940年の世界人口(推定)は23億人である。なお、2018年現在の世界人口は76億人だ。

選択肢で考えてみよう。ア.100~200万人 イ.500~600万人 ウ.1000~2000万人 エ.5000~6000万人 オ.1~2億人



第二次世界大戦による世界全体の死者は、軍人2305万人、民間人3158万人、計5400万人余りにのぼった。正解はエだ。(以下、日本以外の戦死者数はウッドラフ『概説現代世界の歴史』で引用するデータによる)

では、世界で最も多くの犠牲者を出した国はどこだったか?

それはソ連(今のロシアなど)だ。ソ連の戦死者は、軍人1360万人、民間人772万人。合計で2100万人を超える。1940年のソ連の人口は2億人だった。2100万人は総人口の1割強である。ソ連はおもにドイツと戦ったのだが、その戦い(独ソ戦)は、きわめて激しいものだったのである。戦争というよりも、まさに地獄だったといっていいだろう。

そしてドイツの犠牲者は、軍人400万人、民間310万人で、合計710万人。1936年のドイツの人口は6700万人。戦死者の割合は1割強で、ソ連とほぼ同程度だ。

日本では軍人・軍属230万人、民間人80万人が亡くなり、合計で310万人(厚労省のデータ)。1940年の日本の人口は7200万人である。

中国は、軍人132万人、民間1000万人。中国はおもに日本と戦い、ソ連に次ぐぼう大な死者を出した。第二次世界大戦当時の中国の人口については、よい統計がみあたらないが、1950年の人口は5億5000万人である。

こういう戦死者の数字は、諸説ある。国によっては統計の精度が低かったり、政治的なバイアスがかかっている場合もあるだろう。しかしいずれにせよ、最近の大災害やテロなどで目にする犠牲者を大きく超える、ケタはずれの悲惨な数字であることにかわりはない。

そしてこれは70~80年前の世界で現実に起こったことなのだ。ほんとうに、想像を超えたとんでもないことがあったのだと思う。

世界大戦があったことについて、私たちは子どもの頃からいろんな機会に聞かされてきたので、あたりまえになっている。しかし、もしもこの戦争について知識を得る機会のないまま成長した人間が、世界大戦についていきなり聞いたとしたら、どう思うだろうか? 簡単には消化できないのではないだろうか。「うそだろ?」「信じられない」という反応があってもおかしくない。

現に最近は「日本とアメリカって戦争したことがあるんですか?」などという若い人がいるらしい。その現場に立ち会ったことはないが、あり得る話だ。

今後、こういう無知な人は増えていくだろう。戦争を体験した世代や、その世代からじかに話を聞いた人たちがいなくなれば、戦争に関する記憶や知識は意識的に勉強しないと得られないものになる。学校の教科書にはもちろん書かれているだろうが、そんなものはいっさい読まない、授業もろくに聞かないという人は大勢いる。そして最近はテレビをみない人も増えているのだ。今でもたとえば「日露戦争」というものがあったことを知らない日本人は、若い世代ではかなりの割合でいるはずだ。

そして、教科書や本で戦争について読んだとしても、それだけでは抽象的で手ごたえが足りない。「あなたのひいおじいさんは戦争に行って…」「おばあさんは空襲で焼け出されて…」みたいな身近な人からのインプットは、知識にリアリティを与えるうえでやはり重要なのだ。しかし、戦争を体験した世代はこれからは本当にいなくなる。

あと何十年かのうちに日本や世界のかなりの人たちが、世界大戦というものがあったことを知らない世の中になるのではないか。戦争を経験していないとか、その悲惨さをわかっていないというのではなくて、それがあったこと自体を知らないのだ。

その先には、さらにおぞましいことが起きる。「世界大戦などというものはなかった」と主張する者たちが出てきて、それなりに影響力を持つようになるのだ。「進化論はまちがっている」とか、「ワクチンのような現代医療の多くが効果のない有害なものだ」といった主張の類のひとつとして「世界大戦はなかった」論が出てくる。

「世界大戦はなかった」論者は、たぶんこんなことを言うだろう。……そんな、何千万人もの死者が出るような大戦争があったなんて信じられますか?あり得ないでしょう。そんなことが本当にあったとしたら、すでに世界は滅びてますよ。あれは〇〇(←差別・攻撃の対象)がでっちあげたフェイクです!そのようなウソを人びとに信じこませて、自分たちの都合のよい方向に動かしているんです。戦争体験者へのインタビューとか、戦争のドキュメンタリー映像というのは、みんなCGです……

上記のような全否定の極論だけでなく、その被害や悲惨さを矮小化する主張ならば、もっと出てくるだろう。たとえば「5000万人も死んだなんてウソ。本当はヒトケタ少ない」みたいな。あるいは個別の事件・事実の否定がもっとさかんになる。すでに「ホロコーストはなかった」論というのがあるが、いつか「ヒロシマ、ナガサキはなかった」などという狂ったデマが力を持つかもしれない。

私は決してふざけているのではなく、そのようなことがほんとうに未来に起こりうるのではないかと真面目に心配しています。今のフェイクニュースだらけの世の中をみていると、そう思ってしまう。言われてみると「たしかにあり得るのでは」と、あなたも思いませんか? 

世界大戦についての記憶が失われ、「そんなものはなかった」などという大ウソが蔓延したら、世界大戦がくり返される危険はおおいに高くなってしまうだろう。重大な過ちについての教訓を失えば、失敗しやすくなるのは当然だ。

だからやっぱり、大人は子どもや若い人に戦争についての話をしよう(たいした知識などなくてもいいのだ。本記事の犠牲者数のことも素材になる)。勉強させよう。大人も少し勉強しよう。今のシーズンはいい機会だ。テレビで戦争体験を語る人たちが、本当に高齢な様子をみていると、そう思う。

***

世界史関連のさらに踏み込んだ内容の長文を載せる別ブログ「そういち総研」というのをやっていて、そこに第二次世界大戦の概要を私そういちがまとめた記事をのせています。ブログの記事としてはかなりの長文ですが、ヨーロッパの戦争と太平洋戦争の両方を視野に入れ、基本的事実を読みやすい文章で堅実にまとめたつもりです。1~2時間で初心者の人がかなりまとまった知識を得ることができます。夏休みの機会にぜひ。

初心者のための、一気に読める第二次世界大戦の要約←クリック

(以上)

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2019年08月02日 (金) | Edit |
最近「ビザンツ帝国」についての本を何冊か読んだ。とくにビザンツ研究の大家・井上浩一さんの著作(『ビザンツ 文明の継承と変容』京都大学学術出版会)を中心に。

ビザンツ(ビザンチン)帝国というのは、ローマ帝国が300年代末に東西に分裂したあとの東半分をさす。首都はコンスタンティノープルという、今のイスタンブールにあたる都市。ビザンツの呼び名は、コンスタンティノープルの古い名称であるビザンチウムにちなんだものだ。なお、ローマ帝国の西半分というのは、今の西ヨーロッパにあたる地域である。

じつは、ビザンツ帝国の住民は自分たちを「ビザンツ人」と称したりはしていない。

では何と自称したかというと、「ローマ人」である。つまり偉大なローマ帝国の人間であるということだ。

「ビザンツ」というのは、だいぶ時代が下ってからの西ヨーロッパ人による呼び方だ。そこにはビザンツへの対抗意識や嫌悪がある。「あんなものは正当なローマ帝国ではない。ローマ文明の正当な後継者はこちら側(西ヨーロッパ)だ」という意識。そこでビザンツ人を「ギリシャ人」と呼ぶことも多かった。ビザンツ帝国の領域の中心はギリシア周辺で、人種的にもギリシャ人が中核を占めていたからだ。

しかし、ルネサンス以降、西ヨーロッパで古代ギリシアの文明が崇拝されるようになると、「ギリシャ人」というのも「ローマ人」同様に栄誉あるものになった。そこで西ヨーロッパの人びとは、ローマでもギリシャでもない「ビザンツ」という名でローマ帝国の東側を呼ぶようになった。ビザンツという名称には、そういう、ちょっとめんどくさい経緯がある。

300年代末に東西分裂したローマ帝国のうち、西側は400年代後半に体制崩壊して滅びてしまった。しかし、東側のビザンツ帝国は1000年余りの長期にわたって存続した。

ビザンツ帝国が滅びたのは1453年のことだ。この年にオスマン朝(オスマン・トルコ)の攻撃で、コンスタンティノープルが陥落した。長く続いたとはいえ、末期の頃のビザンチン帝国はすっかり衰退して、コンスタンティノープル周辺だけを支配する小国になっていた。

ビザンツ帝国について興味をひかれるのは、そこに現代の世界と似たものを感じるからだ。とくに、その初期の200~300年間の頃のあり方について、そう思う。

ビザンツ帝国は、古代ギリシアの文明を受け継いで発展させたローマ帝国の末裔である。その文明はギリシア・ローマの文明が長い過程を経てたどりついたものだ。だから、古典的なギリシア・ローマの文明にあったさまざまなものが変質・形骸化して存在している。

まず、民主主義・共和政的な政治のあり方。つまり、多くの市民が政治参加して、それが権力を拘束するということ。その伝統は民主主義で有名な古代ギリシアだけでなく、最盛期のローマ帝国にもあった。ローマ皇帝は、有力者の合議体である元老院やさまざまな法・慣習から一定の拘束を受けた。軍隊や市民の支持を絶えず意識して政治を行った。何にも縛られない専制君主というわけではなかった。

しかし、ビザンツ帝国の皇帝は、絶対的な専制君主だった。ビザンツ帝国では民主主義・共和政の伝統は過去のものになっていた。ビザンツ帝国の役人は自分たちを「皇帝の奴隷」だと意識していた。それを嫌がるのではなく、偉大な存在の「奴隷」であることにそれなりの誇りを持っていた。

しかし一方で民主主義的な伝統の「化石」といえるような儀式もあった。皇帝が就任するときの、市民たちによる歓喜の声。これは国家が動員した「市民」だった。そしてその「市民」は、国家のなかのひとつの官職になっていた。民主主義を演出するための役人という、奇妙なものがいたのである。

最盛期のローマ帝国では、コロッセオのような施設で連日さまざまな見世物が行われて、市民が熱狂した。巨大な競走場での戦車(馬車)によるレース(競馬のようなもの)もさかんだった。また、市民に対し無償で食糧配給も行われた。「パンとサーカス」といわれる一種の福祉政策だ。

「パンとサーカス」はビザンツ帝国にも引き継がれた。ビザンツではコロッセオで行われたような剣闘士の戦いは廃れ、人気を集めたのは戦車競走だった。戦車競走の名選手はスーパーヒーローとしてもてはやされた。戦車競走の運営を支えるものとして、「青組」「緑組」という集団が組織され、市民はどちらかに思い入れをもって熱心に応援した。なんだかサッカーや野球の応援みたいである。

最盛期のローマ帝国では、おもに都市を単位とする、地域ごとの自治組織が強固で活発だった。「市参事会」という公式の機関があり、それが地方政府のようなものだった。市参事会が中心になって、都市のインフラ整備などさまざまな行政活動が行われた。人びとはコミュニティに対し強い帰属意識をもっていた。

しかし、ビザンツ帝国ではそのような自治組織はすっかり衰退してしまった。人びとの地域コミュニティへの帰属意識も失われ、ばらばらの個人が皇帝という最高権力者によって支配される、という構図になった。

ビザンツの人々は、きわめて個人主義的だった。しかし、それは「かけがえのない自分」のような強い自我をともなう近代的なものではない。「自分たちは皇帝の奴隷」という意識のもとでの個人主義なのである。

このように、ビザンツの文化・社会は、古典時代の古代ギリシアや最盛期のローマとはかなり異質なものだった。しかし一方で、ビザンツ人は古代ギリシア以来の伝統を大事に守っていた。ビザンツの知識人が書くものは、ギリシア・ローマの文献の引用や注釈ばかり。社会が変わっても、古くからの「ローマ法」を後生大事にして、判決などの根拠にする。つまり、古い伝統をひきずったままそれを超えるものを生み出せない停滞状態だったともいえる。

技術的にみれば、ビザンツの建造物や生産の技術は、最盛期のローマ帝国を超えることはなかった。コンスタンティノープルでも、最盛期のローマ市にあったような巨大建築は建てられたが、ようするに同じようなものが(ややスケールダウンして)再現されたという感じである。

ビザンツ帝国を支配したイデオロギーはキリスト教だった。ビザンツの人びとの圧倒的多数はキリスト教徒だった。キリスト教は、皇帝の権力を正当化する役割も担った。ローマ帝国は特別な「神の国」で、ローマ皇帝(ビザンツ皇帝)は神に選ばれた支配者であると説明された。

キリスト教万能の社会では、自由な学問研究は抑圧され衰退してしまった。とくに古代ギリシア以来発達してきた、合理的に自然現象を説明しようとする学問は、神の否定につながるものとして敵視される傾向があった。

また美術では、古典期のギリシア彫刻のような、リアルで生き生きとした表現は衰退し、観念的で誇張の多い、平面的な表現が主流になっていく。それはそれで独特の味わいや深さがあり、現代美術的ともいえる。しかし、素直な子ども目線でみれば「絵がヘタになった」感じである。

どうだろうか。古典的な民主主義の衰退・化石化。地域コミュニティの衰退と個人主義の台頭。しかし自立した個人ではなく権威に隷属する個人。観念的なイデオロギーが強くなり、合理主義は後退。芸術表現にもそれがあらわれている。また科学・学問の創造性の低下……これって、現代世界と重なりませんか?

現代世界の文明も、ヨーロッパで生まれ、アメリカで展開した近代文明が長い時間を経て到達したものだ。その意味で、ギリシア・ローマの文明のなれの果てといえるビザンツの文明と似た立ち位置にある。井上教授もいうように、今の世界は「ビザンツ化」しているのではないか。

現代の世界を考えるうえでビザンツ帝国のことは参考になる。これからもこのテーマは考えていきたい。

(以上)
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2019年07月30日 (火) | Edit |
参議院選挙での各政党の主張をみていて残念に思ったのは、やはりというべきか、暮らしに関わる経済・社会についての長期的な視点からの議論の弱さだ。

たとえば、年金などの社会保障、介護、女性の活躍、子育て、非正規労働者、高齢者の就労、外国人労働者、障害者、性的マイノリティーの人たち……こうしたテーマについては、安倍総理のような自民党の「保守派」の人たちは得意ではないだろう。おそらくそもそも関心を持ってこなかった。

自民党の保守派にとって関心があって比較的得意なのは、外交、国家の安全保障、政府や役所の組織・運営、金融政策などの、政治学の用語でいう「統治」の分野だ。選挙翌日の安倍総理のスピーチでも、憲法改正のような「統治」についての話に重きが置かれていた。

なお、「統治」と対になる、暮らしに関わる経済・社会の領域については「行政」という言い方がある。野党が自分たちの持ち味を発揮できるとしたら、この「行政」分野のはずだ。

今の政権の中心にいる人たちは、明らかに昭和的な価値観を大事にしているオジさんたちだ。つまり正社員のお父さんが働いてお母さんは専業主婦で、お年寄りは少数で大事にされ、親や先生は権威があって……というのがあるべき姿で、それに当てはまらないことは「あってはならない」とする感覚。

そのような「モデル」は、もちろん今の時代では非現実的だ。オジさんたちも多少はそのことはわかっているが、どうしても感覚がついていかない。

野党はそのような政権の弱いところへうまく斬りこむべきなのに、成功していない。

暮らし・経済関連であっても、目前の消費税率アップの是非のような短期的な議論になったり、長期的な話として「2000万円」問題に絡んで年金について主張したりはしたが、不発ぎみだった。年金に関しては、勉強不足で説得力や迫力のある話ができなかった。支給を手厚くしましょう、といいながらも財源を説明できないみたいなことが目についた。

これからの政治では、暮らしに身近な「行政」分野の長期的課題について魅力的な・説得力のある構想を打ち出せる政党が、きっと多くの支持を集めるだろう。その分野は、今現在ほぼすべての政党にとってこれといった考えが出せない空白地帯になっている。野党やこれから国政に参入しようとしている人たちには、そこにチャンスがある。

しかし、既存の野党はそれだけの構想力を持ち得るだろうか? なんだか難しい気もする。むしろ、自民党の次の世代のほうが「空白地帯」に積極的に参入してくるかもしれない。

あるいは、まったくの新興勢力が「行政」分野の「空白地帯」に関するさまざまな構想をかかげて急速に台頭することもあるかもしれない。元俳優が党首の新しい政党があったが、今回の選挙でのあの党首の演説を聞いていると、その可能性を感じる。

あの党の主張の多くに私は賛同できない。しかし、「消費税を廃止しよう」「奨学金の借金をチャラにしよう」「安く住める住宅を」といった主張は、ここでいう「空白地帯」への国民のニーズを察知したうえでのものだ。

今後、暮らしに関わる「行政」分野の長期的課題についての議論は、さらにさかんになっていくだろう。ならなかったら、もうどうしようもない。

では、議論が深まっていったとして、私たちはどういう方向性を支持するだろうか? あり得るのは3つ。1.いろいろ欠陥や不満足な点はあるが現実的で建設的な方向 2.結局何も決められない 3.徹底したバラマキ政策(財政がどうなろうとも) 

こうやって選択肢を並べると、「2.何も決められない」か「3.徹底したバラマキ」になる可能性が有力な気がして、心配になる。とくに、今後急速に新しい政治的勢力が台頭するとしたら、「3.徹底したバラマキ」路線の人たちなのだと思うが、どうだろうか?

(以上)
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2019年05月18日 (土) | Edit |
ゴールデンウィークは、あまり遠くへは行かず、出かけるとしても都内だった。都内を散策するなかで、工事中の新国立競技場を観に行った。巨大だが、調和のとれた周囲にもなじむ感じ。たしかに完成したら素晴らしい、立派なものになりそうだ。

しかし一方で、「ものすごい」という感じはない。センスのいいデザインで、高度の技術が用いられているのはまちがいないだろう。だが、あれだけ大きな建物なのに、おどろきがない。大きなスタジアムはすでにあちこちにあるので、それに慣れてしまっているのかもしれない。また、そもそも人をおどろかせようという建物でもないのだろう。

でもこれだったら、もとのザハ案のほうがよかったかもしれないーーそんなふうにも思った。

「ザハ案」というのは、今建設中の隈研吾によるものの前に、一度決まっていた新国立競技場のプランである。イギリスを拠点にしていたイラク出身の女性建築家ザハ・ハディド(故人)によるもので、巨大な宇宙船のような、とんがったデザインだった。技術的にも挑戦的な要素が多々あったようで、プランをもとにくわしい見積もりをしてみると、当初の想定よりも大幅に予算オーバーすることが明らかになった。デザインについても違和感を感じる人が、かなりいたようだ。結局ザハ案は白紙となり、改めてコンペが行われ、現在の案が決まった。

ザハは現代の世界を代表する建築家の1人だった。「アンビルド(建設されない・計画倒れ)の女王」などというあだ名もあった。彼女が得意だった大じかけでびっくりするような建築は、予算や技術面で実現困難なところがあり、新国立競技場のように計画倒れで終わってしまうことが何度もあった。

じつは私も、もともとはザハ案に否定的だった。あんなUFOのオバケみたいなのは…みたいに思っていた。私が好きなのは、20世紀の「古典」とされるようなモダニズム建築だ。ザハや、そのほかの何人かに代表される、今どきの「びっくり建築」には違和感を感じていた。

でも先日、建設中の新国立競技場の前に立ってみて、これほどの大きさであの「UFOのオバケ」が実現していたら、それはそれですごいインパクトがあっただろうなと感じた。未来的なデザインは、たしかに周囲からは「浮く」かもしれない。でも、東京というのはもともとデザインの調和とは無縁の都市だ。未来的なものと古い下町っぽいものが混在していたりする。それが、外国人観光客を引き寄せる今の東京の「クール」なところなのだ。

ザハ案の新国立競技場が(ザハのイメージにきちんと沿って)実現していたら、「未来的な東京」を象徴するランドマークになったのではないか。もちろん予算の問題はあるので、やはりザハ案の実現は困難だったにちがいない。

今建設中の新国立競技場は、失敗作などではなく、立派な作品だ。しかし、同時代の多くの人たちの常識やイメージを大きく超えるようなものではない。「こんなへんなデザインは…」みたいな声は、そんなには聞かない。少なくともザハ案のようなことはない。

つまり、今の私たち日本人は、冒険はやめて、無難で「調和」を感じるほうを選んだということだ。

しかし高度成長期の日本では、注目される巨大プロジェクトで、当時の大衆の常識や感覚とはかけ離れた冒険的プランが実現することがあった。

たとえばオリンピックといえば、先の東京オリンピックにおける丹下健三の代々木体育館。あの造形や構造は、当時たいへん挑戦的なものだった。今もあの建物の前に立つと「すごいなー」と圧倒される。あるいは大阪万博での岡本太郎による太陽の塔。あんな前衛芸術的なへんてこなオブジェが高さ70メートルの巨大さで、国家的イベントの会場にそびえたっていたのである。

また、東海道新幹線(1964年開業)も、当時の常識とはかけ離れた構想だったといえる。当時は「あんなものは無用の長物だ」という反対意見も強かった。しかし、十河信二という当時の国鉄総裁が執念で計画を推進して、東海道新幹線は完成したのである。

岡本太郎は「ベラボー」なものをつくりたい、ということを言っていた。ものすごい、強烈なインパクト。そこにしっかりとした構想力も伴っている―ーたぶんそれがベラボーということだろう。太陽の塔はまさにそのベラボーだ。代々木体育館も、東海道新幹線も、少なくとも当時の感覚ではベラボーなものだった。ザハ案もベラボー系といえるだろう。

今度の新国立競技場はちがう。ベラボーを意識的に拒否しているところがある。

こういうことが気になるのは、平成末から令和にかけての現在、かつての勢いを失った日本の「衰退の予感」ということを、ますます感じるからだ。

今の私たちは、高度成長期の頃のように挑戦的な選択肢を選ぶことがなくなってきている。完成度が高く、技術的にも難しい課題をこなしてはいるのだが、ベラボーではないほうを選ぶようになった。ベラボーな案を主張しても、つぶされる。

新国立競技場は、そのような日本の「今」を、よくあらわしている建築なのだ。実現したプランとは別に、没になったザハ案があるので、とくにそうなるのである。平成から令和に変わるタイミングにふさわしい建築散歩となりました。

(以上)
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2019年04月02日 (火) | Edit |
「大正時代」ではなく、「大正期」という言い方がある。大正という元号が使われた時期だけでなく、明治の末期―-おおむね日露戦争が終わってしばらく経って以降―ーも含めて、そのように言うことがある。「大正」らしい社会の要素が、すでに明治末にはあらわれていたからだ。

明治末には、維新以降の近代化がそれなりに軌道に乗って、「資本主義」「市民社会」といえるものが、姿をあらわしてきた。それがのちに「大正デモクラシー」などのかたちで開花する。明治末に、時代はすでに「大正期」に入っていた。

これは、あたりまえといえばあたりまえ。始皇帝やナポレオンのようなとてつもない君主でないかぎり、あるいは革命によるものでないかぎり、国のトップや「象徴」の代替わりということが、大きな時代の転換点になるなんてありえない。

明治という元号は、維新という革命によるものなので、「元号が変わるとともに、ひとつの時代が始まった」といえる。しかし、大正、昭和、平成はそうではない。令和もそうだ。

令和という元号が使われた時代も、ずっと先の未来では、平成の後半と合わせて「令和期」などと呼ばれるかもしれない。

つまり、平成の最後の10年余りで姿をあらわした日本社会のさまざまな傾向が、令和では一層明らかになる。そしてその傾向は、「令和」的なものとして未来の人びとの記憶に残る―ー私はそんなふうに予想する。その意味で、時代はすでに「令和期」に入っている。

では、令和的なものって、何だろうか。

とくに2つの要素・側面があると思う。ひとつは国家としての衰退・停滞の傾向だ。とくに、世界のなかでの相対的な国力やシェアの低下ということ。平成の前半(1990年代)には、日本が世界のGDPに占めるシェアは15%前後で、アメリカに次いで「単独2位」だった。それが、この何年かは数パーセントのシェアに落ち込んでいる。また、経済の生産性を示す1人あたりGDPでも、90年代末には世界トップクラスだったが、今は先進国では下位になってしまった。

しかし一方で、成熟によって輝いたり、深い何かが生まれたりといった側面も、この10年余りで明らかになってきた。昭和の後期(1970年代)に先進国への仲間入りをしてから、何十年も経ってやっとそうなった。これに関しては、たとえば「クールジャパン」的なものが海外で評価されたり、外国人観光客が急激に増えたりということがあるだろう。

令和の時代において私たちは、「衰退の悩み」と「成熟による輝き」の両方に向き合っていくのではないだろうか。そして、この2つの要素は、平成後半の日本のなかにすでにある。

しっかりと、うまくやらないといけない。まずい対応をすると、輝きを台無しにして、衰退のマイナス面ばかりになってしまう。

気を付けなくてはいけないのは、「傲慢」「頑な」ということではないかと思う。

つまり、今はある程度の「輝き」があるからといって、「自分たちはすばらしい」と思い過ぎないことだ。そうなってしまって、外国のすぐれたものに学ぶことができなくなったら、非常にまずい。他者(中国や欧米など)に真剣に学び、自分たちのものにしてきたからこそ、今の日本があるはずだ。

史上初めて日本の古典を典拠にした元号、令和。その背景には、成熟による自信や誇りがあるのだろう。

自信や誇りを持つことはたしかに大切である。しかし、その感情は取扱い注意だ。まちがった方向で育つと、他者に学ぶことを妨げる。近代以降のイスラムや中国は、それで苦境に陥った。「自分たちは世界の中心だ」と思い込みすぎて、台頭する西洋文明を過小評価した。そして、近代化で後れをとってしまった。

一方、自分たちを「周辺」の存在だと思っていた日本人は、それとはちがう方向へ行った。なお、日本人の「周辺」意識は、中国の古典をずっと長いあいだ元号の典拠にしてきたことにもあらわれている。

これから私たちは、自信や誇りを大切にしながら、同時に他者に学び続けることができるんだろうか?

(以上)
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2018年12月16日 (日) | Edit |
「そういちカレンダー2019」発売中!

歴史や科学などに関する記事がぎっしり詰まった、雑誌感覚の「読むカレンダー」をつくって販売しています。トイレの壁とか、家族や仲間が立ち止まって読むようなところに貼ってください。
周りの人との共通の話題や、「話のネタ」「考えるきっかけ」を得られるはずです。


2014年版から制作していて、今回で6年目。
このカレンダーづくりは、私にとって「1年のまとめ」のような活動です。

イラストも含めた原稿作成、編集レイアウト、さらに印刷まで自分でやっています。結構エネルギーを費やしております。

こういう、時間や手間のかかる「遊び」ができるのは、いろんな環境に恵まれているからこそ。今年もこのカレンダーを制作できたことに感謝。

記事の内容、購入について詳細は、以下に。

 *** 

我が家の壁に貼ってある「そういちカレンダー」(2014年版)。

 カレンダー使用例 (2)


これは2019年版の1月のページ。

そういちカレンダー2019画像

【このカレンダーのコンテンツ】
①四百文字の偉人伝 古今東西の偉人を400文字程度で紹介
②名言 世界の見方が広がる・深まる言葉を集めました。
③コラム 発想法・社会批評・世界史等々
④知識 統計数値・歴史の年号・基本用語などを短く紹介
⑤各月の日付の欄に偉人の誕生日

これらの記事は、このブログの記事と私そういちの著作(『一気にわかる世界史』『四百文字の偉人伝』『自分で考えるための勉強法』)がおもな素材です。
 
【カレンダー仕様】 B5サイズ,全14ページ
ダブルループ製本、極厚口の上質紙(アイボリー)

【価格】1冊1000円(送料込み) 
10冊以上ご注文の場合、2割引きの1冊800円

【購入方法】
下記のメールアドレスまで「①お名前②お届け先住所③カレンダー〇冊」の3点を書いたメールをお送りください。

カレンダーの発行者である「そういち」のメールアドレスです。

メール送り先:so.akitaあっとgmail.com  「あっと」は@に変換

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(以上)
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2018年10月28日 (日) | Edit |
私そういちは、勉強法や読書術などの「知の技法」に関心があります。本ブログでも「自分で考えるための勉強法」というシリーズがあるのです。そして、とくに「独学」ということには、強い想いを抱いています。私自身がいろいろなことで「独学者」といえるからです。今回は勉強法、とくに独学の意味について。


勉強は成功のためのものではない

世の中には、ビジネスマンなどの大人を対象とした、「勉強法」や「知の技法」をテーマにしたさまざまな本や記事があふれている。それらの多くに、私はやや違和感を感じる。

それは勉強というものを、人生における一般的な成功と安易に結びつけているからだ。

そこで論じられている「勉強」の先にあるものは、たいていの場合、高度の資格を身につけたり、会社勤めなどの仕事で成果を上げたり、あるいは知的なエリートとして周囲に認められたり、といったことである。

でも、読書術のような「知の技法」は、じつはそのような「成功」とはあまり関係がない。

「これからのビジネスマンには、リベラルアーツ(要するに深い教養のこと)が求められる」などと最近ときどき言われる。しかし、歴史や哲学や芸術についての教養が、会社での成果や出世にプラスになるなどということは、ほとんどあり得ない。そのような教養が本当に「役立つ」としたら、よほどのエリートにかぎられるだろう。そのことは、会社勤めなどの社会経験がある大人ならわかるはずだ。

もちろん仕事をするうえで、いろいろと真剣に学ぶことは大事だ。しかし、私たちが収入を得るために行っている仕事のほとんどは、知識人(学者・研究者、作家、コンサルタントなど)が説くような「知の技法」や「教養」が役立つ性質のものではなく、もっとシンプルで現場的なものだろう。だからこそ、本など読まなくても、いい仕事をしている人はたくさんいる。

おそらく知識人は、自分たちの「芸」を普通の人たちに買ってもらうために、役に立たないものを役に立つかのように無理に言っているだけなのである。

試験勉強だって、「知の技法」をとやかく言うまえに、しっかりとテキストを読み込んで覚えれば、たいていはなんとかなる。


人生を楽しくするために勉強する

では大人の勉強は、なんのためにするのだろうか? それは「人生を楽しくするため」だ。そして、人生を楽しくするような勉強というのは、それなりに方法論やノウハウが要る。

なぜかといえば、あたりまえかもしれないが、初歩的で簡単なこと、浅いことを学んでも楽しくないからだ。

それなりに高度で深い世界に分け入らないことには、興味や感動はわいてこない。そして、高度で深い世界を扱えるようになるには、それなりの技法やノウハウが必要になってくる。

たとえば、さきほど述べた「リベラルアーツ」的な深い教養の世界は、売上や出世には役に立たないが、知ること自体が楽しい。しかし、本当に楽しくなるには、やはりそれなりの方法論や積み重ねが要る。私自身、それを実感してきた。

私そういちは、大学の法学部を出たあと会社勤めを続けながら、おもに歴史や社会科学――とくに世界史に興味を持って独学を続けてきた。そしてこの数年は、世界史に関する解説書(『一気にわかる世界史』日本実業出版社刊)を出版したりもしている。

また世界史の本のほかに古今東西の偉人について述べた著作や、このブログとも重なる勉強法・読書法についての著作もある。(『四百文字の偉人伝』『自分で考えるための勉強法』いずれもディスカヴァー・トゥエンティワン刊)この2冊は電子書籍だが、出版社が認めて商業出版してくれたものだ。

なお、会社のほうは十数年務めたあと辞めて、それから10年余りの間に、会社を立ち上げたり、カウンセラーの仕事をしたりしているのだが、その辺についてはまたあとで。

このような本の出版は、一応の成果といえるだろう。これは、ただぼんやりと、あるいはやみくもに読書したり勉強したりするのではなく、一定の方法論を意識しながら取り組んだ結果だと思っている。そのことで、世界史という膨大で複雑な対象を自分なりにとらえることができるようになった。深いレベルで「知るよろこび」を味わえるようになったのである。

そして、それがたのしくて勉強を続けることができた。指導してくれる先生がいたわけではなく、まったくの独学だった。

私にとって世界史の勉強は、当然ながら仕事にはまったく関係がなく、周囲には「そんなことをして何になる」という人もいた。しかし、楽しくてやめることができなかった。

まあ、「楽しい」といっても、ワクワクと盛り上がるという感じではない。あくまでじんわりとした楽しさであって、ついそれに時間を割いてしまう、というものだった。

そして、出版したといっても、私の本はあんまり売れていないので、ほとんどお金になっていない。もの書きとしての評価も得られてはいない。世間の反応としては、世界史の本に関連して、ビジネス雑誌の「教養特集」で取材を受けたことが少しあるくらいだ。いわゆる「成功」とは程遠い状態である。

しかしこのように、読書による独学を、商業的な出版物というかたちで世に出せたのは、やはりうれしいことだった。好きな独学を続けたことは、たしかに私の人生をより楽しいものにしてくれたのである。


独学が支える楽観的な見通し

これから先、仮に本の著者としての成功とは無縁のままだったとしても、私はこれまで続けてきた路線の独学や著述をやめないだろう。私は今50代前半だが、「60代、70代になっても、これを――読んだり書いたりを続けていたい」という気持ちだ。まあ「ぼちぼち」というペースであっても、とにかく続けているだろうと。

これは幸せなことだと思う。最近は「定年後をどうするか」といった、老後の孤独や退屈、あるいは虚しさを心配する人たちに向けた指南本が売れているが、私は「自分が老後に退屈することはないだろう。楽しむネタはいくらでもある」と思っている。

そのような楽観的な見通しを支えているのが、若い頃から続けてきた独学ということだ。

そんな私であれば、「人生を楽しくする独学術」について、初心者の人に述べてもよいのではないかと思うのだが、どうだろうか。


私のいろいろな独学

もう少し言わせてもらえば、私が独学してきたのは、著作のある世界史などの分野だけではない。

10年余り前、40歳を過ぎた頃に私は会社を辞めて、小さな会社を立ち上げ、その代表取締役になった。投資信託という金融関係の事業を行う会社である。会社員のときの仕事とはまったく異なる分野なのだが、これも独学から足を踏み入れたのである。

30代半ばから投資の世界に関心を持った私は、自分なりの勉強をしつつ、ファンドを買うなどして運用した。その結果得た何千万円かの利益をこの会社に投じた。

しかしこちらは、いろいろあって2年余りで手をひいてしまった。ただし、会社の事業であるファンドの運営は今も続いている。なお、私はこの起業で貯金を大きく減らしたが、借金は背負っていない。

その後私は、3年ほどぶらぶらと浪人生活を送った。そして現在は、非常勤で若い人の就職の相談に乗る「キャリアカウンセラー」の仕事をして、夫婦2人で細々と暮らしている。

その仕事の傍ら、書くことをしているのである。キャリアカウンセリングも、私にとっては未知の世界だったが、自分なりに勉強を重ねている。

また、住まいについても興味があって、独学をした。30代の頃、建築や住宅の本を読むのが好きだった。インテリアショップも、何も買わなくてもときどき覗いていた。

私の家は、古い団地を2006年にリノベーションしたものだ。当時はまだ「リノベーション」「団地リノベ」は現在ほど一般的ではなかった。しかし、自分なりの勉強で「比較的ローコストで、思うような住まいを手に入れる方法」として、団地リノベに注目したのである。

そして、建築家の寺林省二さんに設計を依頼して実現した。その後、団地リノベの実例として何度か雑誌や本に取り上げられ、私自身もこの家を気に入っている。

この家は、寺林さんたち専門家の仕事によるものだが、私は依頼者として全体の方向性やどんな専門家に(つまり誰に)頼むかなどを考えた。それが良い結果を生んだのは、住まいについての独学の成果だと思っている。


個として生きるためのエンジン

以上「自分語り」をしたが、どの取り組みもたいしたことないと言われれば、たしかにその通りだ。本は売れてないし、会社は経営しきれなかったし、お気に入りの自宅も所詮は古い団地にすぎない。そして、非常勤(非正規)の仕事で食いつなぐ毎日……。

しかし、自分のやりたいことを、自分のアタマで考えながらやってきたという感じはある。ひとつひとつの取り組みは、その過程ではやはり楽しかった。そしてこれからも、退屈したり絶望したりせずに、人生を過ごせるように思える。

私の場合、その推進力の核に「独学」の能力がある。

つまり、自分の目的や関心に沿ってものごとを探求し、それを楽しむ能力である。

そのような独学のセンスや経験については、私には一定のものがあると自負している。そのほかの能力――行動力や社交性や、強い意志や執念などについては人並み以下のようだ。他人の整理した知識の体系を覚える試験勉強も、大人になってからは本当に嫌だし苦手だ。だから成功とは縁がないのだろう。

そこで、ここで述べる独学の方法論を、ほかの面で私よりもすぐれている人が学んだら、きっと世間的な「成功」にも役立つはずだ。

独学ということが、会社を立ち上げることや家づくりにもかかわるなら、やはり「勉強法」や「知の技術」は、何かと使えるということだろう。最初のほうでは「役立たない」と言ったが、じつはそうでもないようだ。

独学術は、会社員などの組織人としてのときよりも、一個人として自分が本当に実現したいことをかなえるうえで役に立つ。つまり、「個として生きるためのエンジン」となるのである。

(以上)
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