2014年11月04日 (火) | Edit |
 東京・多摩からターミナル駅まで,片道約50分の電車通勤。
 あえて,やや空いている各駅停車に乗ります。
 そこでの読書は,毎日のたのしみです。

 最近読んだ本を紹介します。

●カフカ著,頭木弘樹編訳『絶望名人カフカの人生論』新潮文庫,2014

絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)
(2014/10/28)
フランツ カフカ

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 カフカ(1883~1924)は現代文学に大きな影響を与えた作家。その作品は「不条理」「疎外」「孤独」「不安」などの言葉であらわされることが多い。たとえば代表作「変身」は,主人公が朝起きるとなぜか大きな虫になっている,という書き出し。

 今でこそ「20世紀を代表する作家」といわれるカフカですが,生前はほとんど無名でした。
 作家としては生活できず,会社勤めをしながら作品を書き続け,多くの作品を発表できないまま,結核のため40歳で亡くなりました。しかし,友人が彼の遺稿を出版し,それが後世で高い評価を受けたのです。

 そんなカフカの「名言」を集めた本。
 たとえばこんな感じです。

 将来にむかって歩くことは,ぼくにはできません。
 将来にむかってつまづくこと,これはできます。
 いちばんうまくできるのは,倒れたままでいることです。


 もうひとつ。

 すべておしまいのように見えるときでも,
 まだまだ新しい力が湧き出てくる。
 それこそ,おまえが生きている証なのだ。

 もし,そういう力が湧いてこないなら,
 そのときは,すべておしまいだ。
 もうこれまで。

 
 うーん,ネガティブですね・・・
 しかし,編訳者の頭木さんが言うように,こういうネガティブな言葉が,かえって元気を与えてくれる,という面はあると思います。研ぎ澄まされた感覚から出てくる言葉だからこそ,でしょう。絶望の底を垣間見たあと,光がさしている上のほうも見上げたくなる。

 世の中にあふれている「ポジティブな言葉」にうんざりしている人には,おすすめ。

 ***

●呉智英『吉本隆明という「共同幻想」』筑摩書房,2014

吉本隆明という「共同幻想」吉本隆明という「共同幻想」
(2012/12/07)
呉 智英

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 2012年に亡くなった,「戦後最大の思想家」といわれる評論家・吉本隆明。

 しかし著者は「吉本隆明って,そんなに偉いんですか?」と問いかけます。
 そして,吉本思想はわけのわからない言葉で書かれた「神学」である,というのです。
 「難解」とされる吉本の著作の一節をわかりやすく書きなおして「わかってしまえば,いかにたいしたことがない内容か」を示そうとしたりする。
 そして,こんなものをありがたがるのは「信者」だけ。「すごい」というのは「幻想」であると。

 著者の呉さんは「王様はハダカだ」と言っているわけです。

 帯にあるように,吉本隆明を読んでいなくても,たのしめます。
 思想とは何か,思想家が評価されるとはどういうことか,を考えさせてくれる本。
 
 ***

●孫埼亨『戦後史の正体 1945-2012』(創元社,2012)
●倉山満『検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む』(光文社新書,2012)


戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)
(2012/07/24)
孫崎 享

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検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む (光文社新書)検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む (光文社新書)
(2012/03/16)
倉山 満

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 『戦後史の正体』は再読。当ブログの記事で「戦争と格差」のことなどを書くうち,「日本を支配している,動かしている力」について考えたくなって,家の書棚で眠っていた本を取り出した。

 『戦後史の正体』は,第二次大戦後,米国が日本の政治に与え続けた「圧力」がテーマ。元外交官の著者だけに,さまざまな文献にあたりつつ,裏話や実体験などもまじえ,豊富な材料をもとに論じています。「米国からの圧力」について,これだけまとまった著書がなかったためか,出版当時,話題になりました。

 「米国が日本の政治に圧力を加えている」というのは,ある程度は想像がつきます。でも,この本にあるように詳細に論じられると,「これほどまでに・・・」というおどろきはあります。
 批判はあるかもしれない。でも,重要な視点を提示していると思います。

 『検証 財務省の近現代史』は,「日本を動かす」とされる,財務省(旧大蔵省)について,いわゆる官僚批判からは距離を置いた立場で論じています。

 印象的だったのは,第二次大戦と大蔵省の関係についてです。
 「軍部が暴走して,あの戦争に突入していった」というのが,私たちの常識でしょう。
 たしかにそれはまちがいではない。

 しかし,「軍部の力の前に,官僚機構の頂点である大蔵省もたちまち屈服し,大蔵省は『陸軍の財布』になってしまった」というイメージは,一方的である。
 昭和戦前期の日本は一定の法治国家であり,予算編成にかんする法的権限を握っている大蔵省の力は,戦争前夜であっても絶大だった,というのです。

 ただ,そのような「法治」を突き崩した力があった。
 戦争やその勝利を望む世論の力です。
 そのような「世論」を意識した政治家が力を持ち始めたところから,風向きが変わった。戦争を遂行する軍部の力もより大きくなっていった。官僚や軍人にも,戦争に懐疑的な人たちがいたが,戦争推進派が有力になっていった・・・

 私なりに要約すると,そのようなことが述べられています。
 「とにかく軍部が横暴で」という話は,戦争に突入した責任をすべて軍部に押しつけているのかもしれません。
 ほんとうは,国民も含め,社会のいろんな「力」が働いているのに,そのことを無視した見方ではないか・・・

 著者の倉山さんもいうように,戦後の日本の国を動かしてきた権力は,3つ。
 財務省(大蔵省)と自民党と,そして米国です。
 そして,その「権力」は,国民や大衆に大きく影響をうけている。
 読みながら,そんなことを考えました。

 ***

●広瀬洋一『西荻窪の古本屋さん 音羽館の日々と仕事』(本の雑誌社,2013)

西荻窪の古本屋さん 音羽館の日々と仕事西荻窪の古本屋さん 音羽館の日々と仕事
(2013/09/19)
広瀬 洋一

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 東京・西荻窪の古本屋「音羽館」は,住宅街と商店街の境目あたりにある,こじんまりしたお店。2000年にオープンして,今年で15年。本屋好きのあいだでは知られたお店です。
 このお店のご主人が書いた,開店までの道のり,日々の商売のこと。
 
 私も先日,妻と音羽館に行ってきました。
 この本の帯にある,穂村弘さん(歌人)の言葉どおり「誰が行ってもあそこには,必ず好きな棚がある」のを実感しました。

 音楽,美術,映画・演劇,サブカル,文芸,旅行,建築,歴史,人文,料理,マンガ,絵本・・・広くはないお店にいろんなジャンルの本がならなんでいます。
 「特徴がない」といえばそうかも。特別珍しい本があるわけでもない。でも,「手にとってみたい」と思える本があちこちにみつかります。値段もかなり安い。

 床がフローリングだったり,インテリア的にも,古典的な古本屋とはちがいます。心地よい空間。でも「いかにもおしゃれ」という感じではなく,そこが好きです。音楽好きの店主が選んだBGMも心地いい。

 私も妻も,それぞれ自分の好きな棚をながめながら,30分ほどお店で過ごしました。
 私は5冊ほど買って帰りました(安い本ばかりですが)。
 上記の『吉本隆明という「共同幻想」』も,その1冊。

 それから,この本『西荻窪の古本屋さん』も。
 さすがにこの本は古本ではなく,新刊として店頭に並んでいました。

 本書を読むと,「商いのよろこび」が伝わってきます。
 店主は,「本が好き」というより,「本を商うことが好き」なのだと。
 それが,商売にとって大事なのでしょう。
 古本屋をめざす人,小さなお店を開きたい人にも,参考になる。

 西荻窪は,音羽館のほかにもステキな新刊書店,古本屋があることで知られています。
 私も何軒かハシゴして,「たしかにそうだ」と思いました。
 また西荻に行ってみたいと思います。

(以上)
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2014年06月24日 (火) | Edit |
 東京・多摩からターミナル駅まで,片道約50分の電車通勤。
 あえて,やや空いている各駅停車に乗ります。
 そこでの読書は,毎日のたのしみです。

 最近読んだ本を紹介します。
 このシリーズの前回では,中沢弘基『生命誕生』をややくわしく紹介しました。
 さらにもう1冊紹介したいです。 

●板橋拓己『アデナウアー 現代ドイツを創った政治家』中公新書,2014

アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)
(2014/05/23)
板橋 拓己

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73歳から87歳まで西ドイツの首相を務めた

 ドイツの大政治家の生涯。
 アデナウアー(1876~1967)は,1949年に西ドイツの初代首相となり,以後1963年まで首相をつとめた人物。第二次世界大戦で敗れたあとのドイツは,1990年に再統一されるまで東西に分かれていました。

 首相となったとき,彼は73歳。もともとはケルン市長であり,中央政界で要職を担うのは,このときがはじめて。そして,なんと87歳まで首相の座を守り続けた。その在任期間を歴史家は「アデナウアー時代」と呼ぶ。この時代に,現代ドイツの基礎的な枠組みがつくられました。

 著者の板橋さんによれば,アデナウアー時代の政治のポイントは「自由民主主義体制の定着」と「米英などの〈西側〉への結合を決めたこと」です。

 アデナウアーは現代ドイツだけでなく,世界史的にも重要な政治家の1人といえるでしょう。
 でも,私たちはあまり知りません。私も,上記の基本的なことくらいは知っていましたが,彼のまとまった伝記に触れるのははじめてです。彼の生涯を通じて,20世紀のドイツ史が垣間見える本。現代ドイツ史について知りたい方には,おすすめです。

 アデナウアーや現代ドイツ史については,セバスチャン・ハフナー『ドイツ現代史の正しい見方』(草思社,2006)もおすすめ。同書では,アデナウアーを「奇跡の老人」と賞賛しています(この本はいずれきちんと紹介したい)。

ドイツ現代史の正しい見方ドイツ現代史の正しい見方
(2006/04)
セバスチャン ハフナー

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時代の要請にこたえた「奇跡の老人」
 
 「奇跡の老人」か・・・たしかにアデナウアーのように,「老人が新しい時代をきりひらく役割を担う」ということもあるのですね。板橋さんやハフナーも述べるように,そこには「第二次大戦後」の特殊な状況もあったでしょう。

 ヒトラーという比較的若い指導者(40代で首相になっている)が,ドイツをめちゃくちゃにしたあとの時代。ナチスに深くかかわったエリートたちの多くも比較的若かった。彼らは処刑されたり「公職追放」となりました。だから戦後のドイツでは一時期,指導者層に「世代の空白」が生まれたのです。また,「若い指導者が描く新時代のビジョン」というものに,人びとが幻滅した時代でもあった。

 そんななか,「奇跡の老人」の出番がまわってくるわけです。

 この老人が,歴史のなかで重要な役割を担うことができたのは,新しい時代の要請にこたえる仕事をしたからでしょう。

 つまり,「自由民主主義」をドイツに定着させることや,それまでの「英米などの西側に対立するドイツ」ではなく「西側の一員としてのドイツ」といった選択をおし進めた。老人だからといって,時計の針を逆にまわすようなことはしなかった。そのような「反動」勢力にたいしては戦う役割を担った。

 そしてそのような彼の選択は,後世からみて「まちがっていなかった」ということです。

 アデナウアーは,既得権とは離れたところで,「時代の課題」と本気で向き合うことができました。
 老人の有力者で,それはめずらしいです。ふつうは,「既得権」と距離のある老人が権力を得るなどということは,まずあり得ない。しかし,時代の特殊な状況がそれをもたらした。

 たいていの場合,権力を得る「老人」は,既得権にまみれています。
 その既得権や,そこにかかわる古い価値から離れることができない。そして「時代の要請」を見過ごす。あるいは歪めてとらえてしまう。劣悪な場合は,時代の要請を知りつつ,それに背をむけて保身に走る。
 そのような弱点を自覚しつつ頑張る「老人」もいますが,少数派です。

 
老人・オジさんの罪

 「老人」というコトバは「オジさん」といいかえてもいいでしょう。

 ここで最近読んだ,古市憲寿『だから日本はズレている』(新潮新書,2014)のことを思い出しました。

だから日本はズレている (新潮新書 566)だから日本はズレている (新潮新書 566)
(2014/04/17)
古市 憲寿

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 この本のテーマは著者が述べるように「現代日本におけるオジさんの罪」です。今回の文脈でいえば「時代の要請からズレまくっているオジさん」への批判。古市さんは20代おわりの若い社会学者で,売れっ子です。
 
 古市さんによれば「オジさん」とは「既得権に無自覚に乗っかっている人」ということになるでしょう。 
 そういう人が,今の日本にはあふれている。
 
 今の日本ではアデナウアー的な「奇跡のオジさん」「奇跡の老人」の登場は,ちょっと期待できないように思います。天下泰平の時代のあとだと,どうしてもそうなります。
 まあ,アデナウアーのような人物は,古市さんの定義だと「オジさん」とはいえないわけですが。
 
 ところで,私ももうすぐ50歳。年齢的にはすっかり「オジさん」なんですが,どうも「オジさん」になじめないままです・・・

(以上)
2014年06月22日 (日) | Edit |
 前回の記事で,中沢弘基『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』(講談社現代新書)という本を紹介しました。
 これにかかわる補足の話を。まだ,いい足りないことがあります。

 この本は,生命誕生についての新説を述べた本です。

 「最初の生命は,30数億年~40億年前の太古の海で生まれた」という通説に挑んでいます。「最初の生命は地下深くで生まれ,その後海底に出て,海の中で多種多様に分化していった」というのです。その内容については,前回の記事をご覧ください。

 「生命は地下で生まれた」というのは,一見いかにも突飛です。
 私も,この仮説の妥当性を具体的に論評する能力がありません。

 でも,突飛にみえても「トンデモ科学」とはちがいます。
 そこは私にもわかる。

 それは,この説が説明の根拠に用いているのが,あくまで物理・化学の一般的な自然現象だからです。
 そんな自然現象の積み重ねの末に,「生命誕生」という,一種の「奇跡」が起こったと述べているのです。

 この姿勢は,「生命誕生」についての,ある種のほかの「突飛」な説とはちがいます。
 たとえば,「最初の地球生命は,隕石にのって宇宙からやってきた」と主張する科学者がいます。そういうのとはちがうのです。

 世の中には,既存の科学で説明がむずかしい現象について,「宇宙からやってきた」と説明する人がいます。
 「宇宙から」というかわりに,「霊界」や「異次元」を持ち出す人もいる。

 たとえば,「最初の文明」について。
 「最初の文明」といわれるものは,今から5500年ほど前に,メソポタミアのシュメール人という人たちが築きました。この時期,何万人もの人間が暮らす巨大な都市が,乾燥地帯のなかにあらわれました。
 そのような都市の発展は,当時としてはきわめて急激なものでした。
 だから,「都市文明が,こつぜんとあらわれた」という印象があります。

 そこで,「シュメール人は宇宙からやってきたのだ」という人がいるのです。「そうでなければ説明がつかない」などという。これこそ「トンデモ科学」の世界です。

 都市が急激に巨大化するというのは,「説明のつかない」話などではないはずです。
 それは近代の文明の発展をみればわかります。西暦1800年ころ,世界最大の都市は,せいぜい人口100万人ほどでした(ロンドン,江戸など)。それが200年ほど経った現在,「最大の都市」というと「人口数千万人」になっている。

 説明しにくい現象に出くわしたとき,私たちは安易に「宇宙人のせい」にしないで,踏みとどまらないといけないのでしょう。「生命誕生」や「文明誕生」については,まさにそうです。

 ***

 その一方で,この本を読んでいて,「生命誕生」というのはまさに奇跡だ,とも感じました。

 有機分子が大量に形成されることが,いかに困難か。
 つまり,きわめて特殊な条件下でのみ起こる,ということ。
 それらの有機分子が結合に結合を重ね,生命のパーツとなる複雑・巨大な分子を形成することは,さらに困難。
 「母なる海」のなかで,なんとなく「自然に」形成される,などということはありえない。
 しかるべきときに,しかるべき現象が,幾度も積み重なってはじめて現実化すること。

 そういうイメージを,この本から受け取りました。

 ということは,地球に生命が誕生して,今私たちが存在しているというのは,やはり途方もないことだと思います。

 「この銀河系や宇宙全体には,無数の星があるのだから,地球外生命や地球外文明も,数多く存在するにちがいない」という考え方があります。
 私たちはそんな「地球外」の存在について,まだ知らないだけだ,というわけです。
 「さしあたり,火星に生命がみつかるかもしれない」という見解もあります。
 
 でも,ほんとうにそうなのか?

 「生命誕生」について,それが「きわめて困難なプロセスの末に実現する」というイメージを持つと,「宇宙にいるのは,私たちだけかもしれない」などとも思います。
 少なくとも銀河系では,生命が存在するのはこの地球だけかもしれない。

 著者の中沢さんは,こう述べています。

《・・・有機分子が出現して,高分子になり,さらに組織化して生命の発生にいたる,さまざまな化学反応が順序よく起こるためには,原料や触媒,あるいは反応の場の温度・圧力など,非常にたくさんの条件があります。しかもすべては都合の良い順番と時間でなければなりませんので,その星の歴史に大きく影響されます。歴史まで地球と同じことを条件に加えれば,そして恒星の数が天文学者の推定どおり2000億個であるなら,銀河系内の地球外天体に生命がある可能性は・・・おそらくゼロに近くなるのではないでしょうか》(84ページ)

 だとしたら,寂しい。
 どうなんだろうか……

 たまには, 「宇宙規模」のことを考えてみました(^^;)

(以上)  
2014年06月20日 (金) | Edit |
 東京・多摩からターミナル駅まで,片道約50分の電車通勤。
 あえて,やや空いている各駅停車に乗ります。
 そこでの読書は,毎日のたのしみです。
 この3~4週間で読んだ本で,印象深かったものをご紹介します。
 
 といっても,今回は1冊だけ,ちょっとくわしく。


●中沢弘基『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』講談社現代新書,2014

生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像 (講談社現代新書)生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像 (講談社現代新書)
(2014/05/16)
中沢 弘基

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 地球史や生命の歴史にかんする本は,かなり好きです。私の本棚の一画を占めています。きちんとした科学の知識がないので,読んでいて「よくわからない」と思うところもあります。しかし,「この世界の成り立ちを知りたい」という気持ちで読んでいます。

 私の本棚でいちばん多くを占めるのは「世界史」関係の本なのですが,「地球史・生命史」は,世界史の一部だと思っています。「世界史(人類の文明の歴史)に至るまでの長い序章」ということです。

 さて,この本は「生命誕生」にかんする新しい仮説を唱えたもの。
 最初の生命は,30数億年~40億年前に,太古の海で誕生した,というのが通説です。

 しかし著者が唱えるのは「最初の生命はまず地下で誕生し,その後海洋に出て,さまざまな種に分かれていった」というもの。生命誕生の時期は,やはり30数億年前。

 「生物有機分子の地下深部進化仮説」です。


 「何を突飛な」と思うかもしれません。しかし,読んでみると相当な説得力があると思いました。

 著者の中沢さんによれば,今までの生命誕生にかんする研究では,「海水の中で,単純な有機物から,生命の源になる複雑な有機分子が生まれるプロセス」が解明できていない,といいます。

 いくつかの仮説もありますが,実験室でそれを再現しようとしても,十分な成果があがらない。大量の水の中というのは,本来はさまざまな物質が「分子レベルでバラバラになりやすい」環境なのだそうです。複雑な有機分子ができるための,分子どうしの結合・融合が起きにくいのです。

 そこで著者が唱えるのが,「地下」という環境での「物質の進化」です。
 以下のような説明。

 まず,太古の地球には大量の隕石が降り注いだ時期があった(40~38億年前。これはほぼ定説となっている)。隕石の衝突で生じた高温の蒸気流のなかで,生命の源となる有機分子が海中で生まれた。

 この有機分子の中には水溶性で,「粘土」の粒子に吸着する性質のものがあった。それが海水中の粘土粒子に吸着していった(この粒子は,水を含んでいる)。

 有機物質の吸着した粘土粒子は,海底に沈殿・堆積。
 この堆積が重なっていくと,堆積の下のほうでは圧力によって,水分が圧力の少ない堆積の上部に逃げていく。つまり,「脱水」ということが起こる。
 また,地下深くなるほど,温度は上がっていく。

 地下の圧力,脱水,温度上昇――これらは有機物質が濃縮し,互いに結合していくのには好条件なのだそうです。
 このような環境で最初の生命は生まれたのではないか。

 では,地下で生まれた生命は,どうやって海洋へ出たのか?

 地下深い堆積層にある熱水は,一定のプロセスを経て海底に噴出することがあるそうです(温泉みたいな感じでしょうか)。原始の生命は,その熱水に運ばれて,海底へ進出したというのです。

 著者は「生命誕生に向け,具体的にどのような物質ができていったか」の仮説もうち出しています。

 そして近年,賛同する科学者たちが,以上のような「隕石衝突時」や「高圧の地下」と共通する条件を実験室でつくりだし,この仮説を支持する実験結果を得ている。

 「生命有機分子の地下での進化」という説を,中沢さんが最初に唱えたのは90年代のこと。
 当初はほとんど注目されませんでした。それはそうでしょう。「地下に堆積した粘土の中で最初の生命が生まれた」などといっても,簡単には受け入れられないでしょう。

 しかし近年,仮説を裏付ける実験結果が出てきたことで,注目されるようになってきたのです。

 著者はこう述べています。

《代謝や遺伝機能をすでに具備した「生物」が,比熱が大きくつねに穏やかな大量の水の中で進化したことは確かです。…しかし,だからといって,生命になる前の無生物の「分子」も,穏やかな水の中で「自然に」進化したとする根拠はどこにもありません。
・・・分子進化のそれぞれの過程には,それぞれに物理的,化学的,地球史的必然性があるはずです。20世紀末以降,新しい地球観が成立するまで,生命が発生した頃のダイナミックな地球の姿はほとんどわかっていませんでしたので,専門家でも「太古の海は生命の母」が固定感念となっ(たのかもしれません)》
(200~201ページ)

 ***

 「粘土」というものに着目したのが,この説のポイントでしょう。「粘土」には,親水性(水に溶ける)有機分子をよく吸着する性質があり,有機化合物間の化学反応を進める触媒的機能もあるそうです。

 じつは,中沢さんは「生物の専門家」とはいえないのです。もともとは物質・材料の性質についての研究者で,その分野では「大家」といえる実績のある人です。
 そういう人が,中高年になってから,「生命誕生」について研究をはじめました。そこで,「粘土」というものに着目した。

 また,中沢さんの視点には,「地球の進化と,生物進化の関連」をしっかり捉えようとしている,という特徴があります。

 生物学者は,地球という「無生物の物質」に関する視点は弱い傾向があるでしょう。しかし,本来は「地球環境」についての突っ込んだ理解がないと,生命の誕生や進化の謎は解けないのではないか。それは私のような素人でもなんとなくわかります。そして,「地球」を理解するうえで,「物質・材料」の専門家の視点は,有効なのです。

 ***

 私には,著者の説明の具体的なところを理解し検討する能力が欠けています。
 だから,この本の「仮説」をきちんと論評することはできません。

 でも,著者が専門の生物学者ではないとはいえ,一流の科学者であること,その仮説を支持する科学者たちがいて,実験的な解明をすすめているということは,たしかなようです。「生命は地下で生まれた説」は,「トンデモ科学」などではない,ということでしょう。「科学的議論に値する,それなりに有力な仮説」ということです。

 ところで,中沢さんの研究に触れて連想するのは,「大陸移動説」を最初に唱えた,アルフレッド・ウェゲナー(1880~1930)のことです。

 ウェゲナーは,じつは地質学者ではなく,気象学者でした。

 視野の広い気象学者だった彼は,ふつうの地質学者が目を向けないような自然環境についての多様な情報に関心を持ちました。たとえば「海を隔てた大陸の両岸で,同種の生物が存在する」といったことにも着目していました。それは,「大陸移動説」を発想する源にもなったのです(もともとひとつの大陸に住んでいた同じ種が,大陸の分裂・移動によって,別々の大陸にすむようになった)。

 つまり,大陸移動説は,「異分野出身の科学者による,専門の垣根を越えた研究」から生まれたわけです。そして,その発想が,「常識」を大きく超えるものだったので,当初はなかなか受け入れられなかった。

 中沢さんも,自身とウェゲナーが重なると思うのか,本書の冒頭で大陸移動説やウェゲナーについてかなりのページを割いています。

 中沢さんの仮説が,もしも十分な検証を経て「定説」となったら,すごいことです。

 「生命」にかかわるほぼすべての科学者が信奉してきた「生命は太古の海で誕生した」という考えが,覆されるのですから。「大陸移動説」的な衝撃があるわけです。

 そして,そのような説を日本の科学者が提唱している。
 もちろん,さまざまな検証をくぐり抜けて,「科学」として信頼できる,というところまでたどりつけばの話です。

 「30何億年前の地球で何が起こっていたか」なんて,「どうでもいい」といえば,たしかにそうです。
 でも,こういう「途方もない話」も,たまにはいいです。科学の醍醐味といっていいでしょう。
 通勤電車で,それをたのしませてもらったわけです。
 
(以上)
2014年04月15日 (火) | Edit |
 このあいだの週末は,都内の繁華街にある大きな書店へ行って,2~3時間過ごしました。
 昨日も,仕事の帰りに,職場の近くの大書店に立ち寄って,30分くらいうろうろしました。

 本が好きだから,そういうことは習慣になっています。
 本好きが本を探しに,本屋さんへ行くのは,あたりまえです。

 しかし,この数年は「本を探しに行く,買いに行く」という以上の意味を,「大書店に行くこと」に感じています。

 それは,「賢い人,物知りな人が大勢いる場所に相談に行く」ような感覚です。

 巨大な博覧会場に,講演会やカウンセリングのブースが無数にあって,大勢の「賢い人たち」が,お客さんと話している。私は,いくつもの好きなブースを訪ねて,講演を聴いたり,「賢い人」に相談したりする。

 大きな書店を,そんな場所のように感じるのです。ずっと前からそうでしたが,ここ数年とくにそう思います。

 「好きな場所を訪ねて,そこでの語りに触れる」というなら,ネットはまさにそうではないか,と思うかもしれません。

 しかし,私はネットは少しちがう,と思っています。
 開設されてる「ブース」の質が,やはりちがうのです。
 そこで語られている情報や意見の質が,平均すると書籍のほうが,大幅に高いわけです。
 
 それは常識的な話とも言えますが,実際に巨大書店をうろうろしていると,実感できると思います。
 この数年で,私もネット上の記事を読むことが増えました。勉強にもなるし,たのしいことも多いのですが,そこで得られるものの限界も感じます。

 書店に並ぶ本を書いた人たちは,やはり相当な知識や経験や思索を積み重ねた人たちです。中には「残念」な著者もいますが,その一方で,世界的な人,歴史に名を残すような人もいる。

 そんな人たちのアタマの中の「最も価値がある」とされる部分が書かれたものが,大量に並んでいる場所。
 「本という,書いた人の分身」が並んでいる,とも言えるでしょう。
 それが大書店です。

 図書館もそういう場所ですが,大書店のほうが,より現代的な,鮮度の高い知恵や情報が並んでいる傾向があります。
 ネット書店は,立ち読みがほとんどできないので,著者と対話している気分にはなれません。

 大勢の知恵のある人たちにものを尋ねに行くような気持ちで,大書店に行くといいです。
 
 具体的に「こういうことを知りたい・勉強したい」というときは,その方面の棚へ行けばいい。

 でも,具体的な「テーマ」などなくてもいいのです。
 ぼんやりと店内の棚のさまざまな本を手にしながら,「今の自分はどういう場所にいて,どこへ向かいたいのか」といったことを考える。そして,著者からさまざまな刺激や示唆や励ましを受ける。

 そんなことをしたくて,大書店に行くことも,私は多いです。
 本屋さんを出るときには,素晴らしい講演やカウンセリングを経験した後のような気分になっている。

 何かの企画やレポートに取り組んでいて,「よく知らない世界で,何をどう考えたらいいかわからない」という人は,大書店へ行ってうろうろしながら,ネタを探し,考えてみましょう。

 本屋さんの書棚におさまっている,大勢の専門家やコンサルタントの「分身」に,話を聞くことです。
 机の前に座って,ネットに向かいながら考えるよりも,ずっと多くのことがみえてくるはずです。

 というわけで,大きな本屋さんに行ってみましょう。そして,1冊か2冊は本を買って帰りましょう(もっとたくさん買ってしまうかもしれませんが)。
 書店というすばらしい場所への「投げ銭」を忘れずに。いつもそうする必要はないと思いますが,できるだけ。

 大書店が近くにない,行く時間がないという人は,身近な本屋さんに行けばいいのです。「賢い人」「物知りな人」との対話ができるのは,同じです。

(以上)
テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2014年03月26日 (水) | Edit |
 東京・多摩からターミナル駅まで,片道約50分の電車通勤。
 あえて,やや空いている各駅停車に乗ります。
 そこでの読書は,毎日のたのしみです。
 この3~4週間で読んだ本で,印象深かったものをご紹介します。

 このシリーズは3回目ですが,前回から何か月も経ってしまいました。
 これからはもっと頻繁に,と思っています。

 ***

●児美川孝一郎『キャリア教育のウソ』ちくまプリマ―新書,2013

キャリア教育のウソ (ちくまプリマー新書)キャリア教育のウソ (ちくまプリマー新書)
(2013/06/05)
児美川 孝一郎

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 2000年代初頭から学校などで広まった「キャリア教育」について論じた本。
 それをまるっきり「ウソ」だと批判しているわけではない。
 ただ,いろんな限界や落とし穴もある,と述べています。
 
 たとえば,「自分のやりたいこと,なりたい職業をみつけよう」という,よくあるテーマ。「やりたいこと」主義のような傾向が,今の「キャリア教育」にはあるという。
 しかし,著者は言います。

《子どもや若者の「やりたいこと」は,必ずしも特定の職業や仕事という次元に落とし込まれる必要はない。
 技術系なのか,事務系なのか,広い意味での対人サービスなのかといった「方向感覚」と,自分が働いていくうえで何を大切にしたいのか,何をやりとげたいのかといった「価値観」が,大まかにつかめれば十分である。》(78ページ)


 私も,この考えに賛成です。
 私は,若い人の就職相談の仕事をしていて,「キャリア教育」の世界と縁がありますが,「方向感覚と価値観がつかめればよい」というのは,「現場」の感覚としても賛同できます。こういう考え方が,はやく多くの人の常識になればと思います。



●伊東孝之ほか編著『新版世界各国史20 ポーランド・ウクライナ・バルト史』山川出版社,1998
ポーランド・ウクライナ・バルト史 (世界各国史)ポーランド・ウクライナ・バルト史 (世界各国史)
(1998/12)
伊東 孝之、 他

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 「問題」となっているウクライナについて知りたくて,本棚から引っ張り出した。
 ネットだけではわからないことが,こういう本を読むとわかるのだと思います。
  
 大国の「狭間(はざま)」にあって,大国の圧迫や侵略を受け続けてきた国ぐにの歴史です。

 この本が対象とする「ロシアとドイツ(プロシア)の狭間の地域」は,この数百年で何度も何度も「勢力図」が大きく塗り替わってきました。その経過は複雑で,ほんとにややこしい。

 これにくらべると,日本の歴史はシンプルに思えます。
 
 日本とは大きく異なる歴史の歩み。
 「狭間の国」としての苦しみは,今も続いている。

 具体的なことはアタマに残らなくても,そのような歴史の「イメージ」だけでも知っておくと,世界が広がる気がします。
 


●西内啓『統計学が最強の学問である』ダイヤモンド社,2013

統計学が最強の学問である統計学が最強の学問である
(2013/01/25)
西内 啓

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 ベストセラーになっている,統計学入門の本。

 冒頭に,1800年代のロンドンでコレラが大流行した際に,統計的分析を使ってその流行をおさえることに貢献したジョン・スノウの話が出てきます。
 こういう歴史的な「原点」をおさえているのは,好感がもてます。

 後半以降は「統計学の6つの分野」(統計学がフル活用されている6つの分野)をとりあげ,それぞれの「統計学」について論じています。「社会調査」「疫学・生物統計学」「計量経済学」等々の分野。

 こういう構成は,「現実のいろんな問題を解くために統計は使える,そのために統計学はある」という視点が明確だということです。だから,生き生きした新しい入門書になっている。

 また,最近流行の,多額の予算を投じた「ビッグデータ」の手法には懐疑的で,「データを活かすのにお金は要らない」と述べています。統計学の基本がわかっていれば,少ない費用で十分な統計的な分析や判断ができるというのです。これにも共感。

 でも,一か所気に入らないところがありました。

 「古い時代のダメな統計」のことを「ナイチンゲール的統計」と呼んで,けなしていること。
 「白衣の天使」ナイチンゲールは,1800年代に専門分野としての「看護」を確立した人。病院や軍隊での健康や衛生の状況を把握するために,統計的な手法も用いました。

 彼女は,現実の問題を解くために,熱意をもって統計的研究を行ったパイオニアでした。

 のちの統計学の水準からみれば限界があったとしても,「ダメ統計」の代名詞みたいに言うのはまちがいです。ナイチンゲールは,この本の著者が高く評価するジョン・スノウなどと同じ系列に属する仕事をしたのだと,私は思います。


●フランシス・フクヤマ『政治の起源 上・下』講談社,2013

政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで
(2013/11/06)
フランシス・フクヤマ

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政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで
(2013/12/25)
フランシス・フクヤマ

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 原始時代からフランス革命のころまで,世界史上のさまざまな国家や政治体制を比較・分析して,政治制度発展の理論を構築しようとした本。

 とりあげるのは,秦・漢の中国,マウリヤ朝のインド,イスラムのマムルークの制度,そしてスペイン・フランス・イギリス・ロシア・ハンガリーなどのヨーロッパの絶対王政……

 こういう大風呂敷な話は,「しろうと談義」「与太話」になってしまいがちです。

 しかし,この本はちがう。歴史学のさまざまな成果を引用しながら,一定の学的根拠に基づいた幅広い議論を展開しています。その主張に賛成しない人もいるでしょうが,やはり「学問」にはなっている。

 フクヤマは日系3世の米国の学者。1990年ころ,ソ連が崩壊した「冷戦終結」の際,その世界史的意味について論じた「歴史の終わり」論で世界的に有名になりました。

 こういう大風呂敷な本が,「ステイタスのある学者・知識人」によって書かれ,ある程度は売れている。
 これはアメリカのすごいところだと思います。

 この本については,あらためて論じたいと思います。この10日ほど,おもに電車のなかで読み続けて,今日読み終わったばかり。また読み返すでしょう。

  関連記事:世界史から謎を解く(『政治の起源』について)

(以上)
テーマ:本の紹介
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年09月14日 (土) | Edit |
 東京・多摩からターミナル駅まで,片道約50分の電車通勤。
 あえて,やや空いている各駅停車に乗ります。
 そこでの読書は,毎日のたのしみです。
 この3~4週間で読んだ本で,印象深かったものをご紹介します。

 関連記事:通勤電車の立ち読み書斎

●馬場マコト『花森安治の青春』白水社,2011

花森安治の青春花森安治の青春
(2011/09/16)
馬場 マコト

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 雑誌『暮らしの手帖』を創った編集者・花森安治の伝記。

 花森の少年時代から,戦後間もなく(1948年)『暮らしの手帖』を創刊し,軌道に乗せるまでを描いています。花森については,酒井寛『花森安治の仕事』などもありますが,青年期に焦点をあてているのがこの本です。

 花森は太平洋戦争のころ,「大政翼賛会」という,戦争のための国家的組織の宣伝部で,メインのプロデューサーとして働きました。

 それを「戦争協力」として非難する向きもあります。
 ことさら弁護するつもりはありませんが,この本を読んでいて,「とにかくこの人は,置かれた状況で精いっぱい生きようとしたんだ」と感じました。

 花森や彼がスカウトした人材が入ってくるまで,大政翼賛会の宣伝は低レベルなものでした。また,組織全体としても,偉そうにするばかりで,ロクに仕事をしないのがあたりまえの状態。

 そのなかで,花森たちだけが,せっせと「創造的な,いい仕事」をしていた。
 そうせずにはいらなれなかった,という感じがします。
 ただ,それは「戦争」という忌まわしい目的に奉仕するものだった。

 終戦直後の1945年の暮れに,34歳の花森は,大橋鎮子(当時25歳)と,出版社を立ち上げます。大橋は,当時花森が仕事をしていた小さな新聞社の社員でした。大橋が社長で,花森が編集長。そして,3年ほど後に『暮らしの手帖』が生まれます。

 若い2人は,焼け跡のなかで,まさに精いっぱい生きようとしたのです。そして今度は,権力におしつけられた課題でなく,自分でえらんだ「目的」や「価値」にむかっていったわけです…


●小林登志子『シュメル――人類最古の文明』中公新書,2005

シュメル―人類最古の文明 (中公新書)シュメル―人類最古の文明 (中公新書)
(2005/10)
小林 登志子

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 8月に「1万文字の世界史」というシリーズをこのブログでアップしました。その関連で手にして,再読。
 「シュメル人」は,今から5500年ほど前に「最古の文明」を築いた人びと。

 この本の冒頭に,シュメルの「大洪水伝説」がでてきます。

 大洪水で世界が壊滅したあと,「巨大な船」に乗って生き残った人たちが,ふたたび文明を再建しはじめる…

 旧約聖書の「ノアの方舟」も,このあたりがルーツなのでしょう。

 私たちの国は,つい2年前に「大洪水」を経験しました。今も再建の途中です。
 5000年前も今も,同じようなことを,「文明社会」は背負っているのだな…


●青木正夫・岡俊江・鈴木義弘『中廊下の住宅』住まいの図書館出版局,2009

中廊下の住宅―明治大正昭和の暮らしを間取りに読む (住まい学大系)中廊下の住宅―明治大正昭和の暮らしを間取りに読む (住まい学大系)
(2009/03/01)
青木 正夫、鈴木 義弘 他

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 「中廊下住宅」というのは,明治のおわりから昭和にかけて,中流家庭の住宅の間取りとして一般的だったもの。 玄関から廊下がのびていて,そこに沿ってふすまなどで仕切られたいくつかの部屋が配置されている…
 
 「ウチの実家は,そうだった」という人は,大勢いるはずです。
 その間取りの形成史を,綿密な調査に基づいて,明らかにした本。
 
 この本によれば,「中廊下住宅」は,大衆(生活者)が生み出した間取りであって,建築家が主導したものではない。

 「接客」をなにより大事にする,江戸時代以来の間取りをもとにして,ふつうの人たちが試行錯誤しながら発展させたもの。「接客中心」を残しながら,近代の新しい暮らしと折り合いをつけるなかで,生まれた。

 ここでいう「接客」は,上下関係をともなうような,あらたまった接客です。封建的な社会では,それがすごく大事だった。

 今どきの住宅では,「接客空間」は省略され,「居間(リビングルーム)」が中心の間取りとなっています。
 団地の間取りも,リビングルーム中心かどうかは別にして,接客専用の部屋というのは,ありません(狭くて無理)。

 でも,この本によれば「接客中心」から「居間中心」へという変化は,じつはそれほど進んでいないのだそうです。日本の住宅は,今現在大きな変革期にある。

 「団地リノベ」をテーマ(のひとつ)とする,このブログとも大きくかかわる内容です。この本のことは,またとりあげます。


●トム・ピーターズ『エクセレントな仕事人になれ!』阪急コミュニケーションズ,2011
●大前研一『稼ぐ力 「仕事がなくなる」時代の新しい働き方』小学館,2013


エクセレントな仕事人になれ! 「抜群力」を発揮する自分づくりのためのヒント163エクセレントな仕事人になれ! 「抜群力」を発揮する自分づくりのためのヒント163
(2011/09/29)
トム・ピーターズ

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稼ぐ力: 「仕事がなくなる」時代の新しい働き方稼ぐ力: 「仕事がなくなる」時代の新しい働き方
(2013/09/05)
大前 研一

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 ビジネス書の巨匠2人の本を,おとといから昨日にかけて読みました。
 トム・ピーターズは,若い人はご存じないのでは? 80~90年代に一世を風靡した経営論の人。
 この10年くらい本は出していなかったそうです。しかし,ここ数年で書いていたブログの記事をもとに,本書をまとめました。

 どちらの本も,「きびしい時代だから,がんばって勉強して,頭を使いながら,がんばって働こう」と言っています。
 ひどい要約で,すいません…

 個別的な内容は置いときます。
 とにかく,2人の熟年の元気さが印象的です。
 
 トム・ピーターズ(1942~)も大前研一(1943~)も,年齢はほぼ70才。
 そんな人たちが,今どきの産業・ビジネスについて,さまざまな事例や情報をもとに生き生きと論じているのです。本当の「最先端」の人からみれば「ジジイ」なのかもしれません。でも,70になっても貪欲に新しい知識を求め,考え,発信していこうとしているのは,たしかです。
 やっぱりすごいです。

 ただ,大前さんの本を読むと「英語は必須だ」とくりかえし強調されているので,耳が痛い。
 私は40代のおわりですが,とうとう英語がモノにならないで終わりそう…

 その点,トム・ピーターズの本は「英語を勉強しろ」とはとくに書いてないので,気持ちよく励まされます……でも,アメリカ人だからあたりまえか(苦笑)……昨日の朝は,そんなことを考えながら,駅から職場まで歩きました。

(以上)
テーマ:本の紹介
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年07月04日 (木) | Edit |
 最近,1日でいちばん好きな時間は,朝の通勤電車で本を読んでいるときでしょうか。
 
 私の職場の出勤時間は,ふつうよりも少し遅い。
 だから,電車も混雑のピークを過ぎています。

 そして,あえてより空いている各駅停車に乗る。
 座れはしないけど,ゆったりと立ち読みできます。
 たいていは出入口のあたりに陣取ります。

 最寄駅から副都心のターミナル駅まで,50分あまり。
 「通勤電車の立ち読み書斎」です。

 今週もこの時間にいくつかの本に出会いました。

 月曜日は,先日のこのブログの記事でも紹介した,

 『魂の錬金術 エリックホッファー全アフォリズム集』中本義彦訳 作品社

 を再読。

 ファシズムや共産主義のような,思想の大問題にかかわる鋭い格言がいっぱい出てきます。でも,ちょっとした「生活の知恵」みたいな格言もあって,それもなかなか。
 終点にさしかかったとき,

 われわれを疲れさせるのは,終わっていない仕事である。

 というフレーズが目に飛び込んできました。
 そういえば,あの仕事がまだ終わってなかったよな,たしかに疲れる…今日がんばってやってしまおう。

 火曜日は,

 上野佳恵『「過情報」の整理学 見極める力を鍛える』中公選書

 ネット時代における情報リテラシーの本。著者は有名なコンサルティング企業出身。
 地味な本です。ビジネス書にありがちな刺激的な言い方や「煽る」かんじはありません。でも,丁寧で堅実で,入門書として,私はいいと思います。

 水曜日は,

 ロバート・アレン『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』グローバル経済史研究会訳,NTT出版

 グローバルな,大きな視点でみた経済史の本。
 今の世界に豊かな国と貧しい国が生まれたのは,産業革命などの革新をいちはやく行った国ぐにと,その革新で立ち遅れた国ぐにがあるから。
 では,イギリスなどの西欧諸国で,なぜのような革新がおこったのか。また,アジア・アフリカではなぜ起こらなかったのか。

 有力な説明のひとつに,西欧諸国における財産権の保障とか公正な裁判などの社会制度が,経済発展の重要な基礎になった,という説があります。私もその考えに基本的には賛成。
 でも,この本の著者は,これには反対です。

 なぜ反対なのか,かわりにどう説明するのか,と思って読んでいくと,どうも納得いきません。

 この著者にとって,「西欧には,近代化になじむ,すぐれた社会制度や文化があった」というのは,「正義」に反しているようです。
 欧米はすぐれた伝統を持っている,といってしまうと,その他の国ぐにに申し訳ない,という感じがある。
 その「正義」で世界史を解釈しようとして,歪んでしまっている。

 この本のテーマは,私の読書のど真ん中の世界。
 この本については,いずれちゃんと書こう…

 最近は,電車のなかで本を読んでいる人は少ない。
 スマホとかタブレットに向かっている人が目立ちます。

 でも,「通勤電車の立ち読み書斎」は,なかなかいいです。集中できます。

 これから,その時間です。いってきます。
 
(以上)
テーマ:読書メモ
ジャンル:学問・文化・芸術