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2020年03月17日 (火) | Edit |
*3月31日現在の状況をふまえた「追記」を文末に加えました

昨日(3月16日)、NHKの新型コロナ関係の特集番組に、政府専門家会議の尾身副座長(おなじみの眼鏡のドクター)が映像で出演していた。そのなかで「なぜもっとPCR検査をしないのか」という主旨の視聴者からの質問を、アナウンサーが尾身氏に投げかけていた。

しかし、その答えはこれまで繰り返されてきたとおり。「PCR検査は、重症化が疑われる人のための検査ということです」の一点張り。あるいは、のらりくらりとはぐらかす。

番組をみていて、どうしてこんなに頑ななんだろうと気になってきた。これはやはり背景に何かがあるのでは?「何か」というのは「権力者の指図」ということではなく、専門家としてのそれなりの考え方があってのことだろうと、最近は思える。

その考え方とは、(私が推測するところでは)要するにこういうことだろう。

「積極的なPCR検査はしません。それを行うと多くの感染者が発見され、その人たちを隔離入院させれば、医療崩壊が起こる危険性があります。医療崩壊が起これば、本当に医療が必要な、重篤な新型コロナの患者さんや、その他の深刻な病気の人を助けることができなくなる。それだけは絶対に避けるべきです」

「PCR検査を限定することで、多くの感染者を発見できずに、その人たちが感染を広げてしまう恐れはあります。しかし、このウイルスの感染力や毒性には一定の限界があります。感染者の大多数は、他人に感染させることはありません。もし感染しても、重症化する可能性は低いです。それは、これまでのデータで確認されています」

「そこで、町のドクターなどの医療現場で、これは検査したほうがいいという人を見極めてもらい、その人だけを検査して、もしも陽性なら隔離入院させる」

「そのようにすれば、新型コロナによる入院は限られるので、医療現場でも十分な治療をすることができ、重篤になってもおそらくは命を救えます。日本では、諸外国とちがって、多くの人が町のドクターに気軽にアクセスできます。これは健康保険をはじめとするさまざまな制度や慣習でそうなっているのです。だから、身近な医療現場による、検査すべきかどうかの“選別”は有効に機能するはずです」

尾身副座長は「日本の医療には底力がある」とも述べていた。それは「町のドクターによる患者(感染が疑われる人)の選別」と「設備の整った病院での、重篤な患者に対する手厚い治療」の両者がしっかりと機能するのが日本の強みだ、という考えを抽象的に表現したものなのではないか。

政府の専門家が以上の方針だとして、そこに一定の合理性はあると思う。またその方針は、今のところはまずまずの結果をもたらしているのだろう。イタリアなどと比較するとそう思える。もちろん今後の展開はわからない。政府の専門家が、この病気の感染力や毒性などの性質を、大事なところで読み違えている可能性もあるかもしれない。

いずれにせよ、政府による上記のような明確な説明は、なされていないようだ。少なくともテレビのような目立つ場所では、行われていない。

それはそうだろうと思う。そんな説明をしたら、感染を不安に感じている多くの人が怒りだす。「このまま放っておけというのか!」と。

あるいは別の考えの専門家からみれば、突っ込みどころ満載である。感染力や毒性に限界があるとして、それは具体的にどの程度なのか?そのことについてのエビデンスはあるのか等々……

そして、データや証拠は十分ではないはずだ。少なくとも批判的な専門家を納得させるだけの厳密なものはない。ただし、「おそらくは」というレベルの一定の証拠ならある、といったところなのだろう。

町のドクターの立場では、「検査すべきかどうか、適宜判断して」というなら、もっと判断基準を明確にしてほしいということがあるだろう。でもこの病気はまだわからないことが多いので、それは難しい。だから「現場でうまくやってください」としか言えない。

うーん、だとしたら、いかにも日本的な問題への対処方法だと思う。明確で系統だった方針をリーダーが示すことなく、あいまいなまま。あとは現場や関係者が察して上手くやってくださいというわけだ。

また、「厳密で突っ込みどころのない材料がそろわないと、きちんと説明できない」という前提でものごとが動いているのだとしたら、それもいかにも日本的だ。

緊迫した現場では、「一定の蓋然性(確からしさ)」で意思決定していくことは、当然あっていいはずだ。しかし、日本では「お上はとにかくまちがいがあってはならない、絶対に確かなことでなければ言うべきでない」という雰囲気がある。これは、政府内だけでなく、国民のあいだにもある。

今回の新型コロナの件は、その日本的な手法によって、結果的にまずまずのところに落ち着くのかもしれない。もちろん油断はできないが。

しかしいずれにせよ、このままでは自覚的な行動に基づく「経験」というものが社会的に蓄積されない。経験というのは、「自分(たち)が何のために何をしているのか」を明確に意識して行動し、その結果を検証・反省してこそ得られる。今回の「政府の方針」のように、明確で系統だった説明が不十分なままでの取り組みでは、それは望めないだろう。

また、指導的な人たちが国民を信頼していない感じも、伝わってくる。「どうせ下々には説明してもわからないだろう」ということだ。

以上は、限られた・ありふれた情報から、私なりに推測を重ねた素人談義ですが、どうでしょうか?多くの人がある程度は感じていることをまとめたに過ぎないのかもしれません。とにかく、この「推測」が当たっているかどうかは、これからだんだんはっきりするでしょう。

(以上)

*3月31日追記 その後の報道で専門家の発言をみていると、この記事で述べた「政府筋の専門家の方針」についての理解は、ズレていなかったと感じます。

たとえば、先週時点で押谷仁教授(厚労省クラスタ―対策班の中心の1人)は、NHKのニュース番組のインタビューで「PCR検査をおさえているからこそ、医療崩壊に至っていない」という主旨(正確な再現ではないが、ほぼこれに近い踏み込んだ言い方)のことを述べていました。

また、この記事では述べていないことですが、「クラスターを個別につぶしていく」(まとまった感染があった場合、そこに接点のあった人たちをフォローして隔離や行動の規制をする)という地道で大変な作業に、当局の専門家が尽力したことも、効果があったようです。

ただし、現時点では局面は明らかに変わってきたと思えます。つまり、今までのやり方はもう限界なのではないか。今の段階では「症状の程度に合わせて患者を振り分ける」ことを徹底するという前提で「積極的な検査の実施(現状把握)」ということが求められるのではないか。

これまでのように、あいまいさを含んだ「最前線の現場に任せる」やり方ばかりではなく、上部からの明確で系統だった方針・基準に基づいた運営を確立していくということです。しかし、そのための体制や枠組みづくりは、どうなっているのだろう?

また「振り分け」をした患者を収容する病床の確保、専門の医療施設の整備(臨時の建設も含む)、その他医療関係の物資・機器の調達は必須なはずですが、当局の対応のテンポには不安を感じざるを得ません。

2020年02月28日 (金) | Edit |
昨日、マンガ雑誌『モーニング』に掲載された「手塚治虫AI」を用いて制作されたという短編マンガ「ぱいどん」(前編)を読んだ。試みとしては、なかなかの出来栄えだった。

たしかに「今の時代に手塚治虫が生きていて、マンガを描いたらこんな感じかも」と思えるような。ただわずかに手触りや雰囲気はちがうとは思うが、それでも相当近いものになっているかと。

なお、私は少年時代は手塚マンガが好きで、かなり読んだ。「手塚治虫全集」全300巻プラスアルファにある作品の、半分くらいは読んでいると思う(つまり、手塚治虫についてはそれなりには知っているつもりだと言いたい)。

ただし、今回AIが担当したのは、マンガ制作のほんの一部だ。「プロット(物語のネタ・構成要素)のキーワード生成」と「キャラクターデザインの原案の生成」に限られている。その制作過程は、マンガ本編に付属する記事でくわしく紹介されていた。

つまり、つぎのような過程である。

まず、手塚作品(おもに1970年代のもの、「ブラック・ジャック」などが描かれた頃)のストーリーやキャラクターの顔を選択・整理してデータ入力する。つぎに、それをもとにAIが「物語を構成するキーワード」や「キャラの顔のデザイン画像」をアウトプットする。AIが動くためのデータの作成には、技術者のほかに手塚治虫の子息で映画監督の手塚真さんや、手塚プロダクションの人びとがたずさわった。

そして、AIが出力したものをクリエイターたちが取捨選択して描き直したり、物語として構成していったりする。ここでも手塚真さんが重要な役割を果たしたようだ。

さらにそうやってつくった設定や物語をもとに、脚本家がシナリオを書き、マンガ家がそのシナリオに基づく「ネーム」というマンガのコマ割や構図などの素案(絵コンテみたいなもの)をつくり、その「ネーム」に沿って、手塚プロダクション関係のマンガ家などからなる作画チームが絵を描いて…という流れだ。

要するに、ほとんど人間がつくっているのである。エンジニアのほか、手塚作品をよく理解するクリエイターたち大勢によってつくりあげた作品ということだ(このマンガの作者名は、「TEZUKA2020プロジェクト」となっている。手塚治虫AIではない)。雑誌側も「まだまだ『AIが描いた漫画』と呼べるものではありません」と断っている。

結局このマンガ制作でAIが行ったのは、「クリエイターの発想やイメージのきっかけとなる素材のアウトプット」ということだ。それに限定される。

しかし、「人間が考えるための素材やきっかけの提供」というのは、AIの典型的な使い方ではないだろうか。少なくとも当面可能なAIとはそういうものではないか。

でも、そんなふうに「何かを生み出すためのネタ出し」的なことを、ある程度コンピュータが担えるなんて、たいした技術の進歩だと思う。人間の能力を拡張・強化する「道具」としてのコンピュータが、さらに進化しているということだ。

そして、人間がコンピュータと一緒に働きはじめて何十年か経つけど、「コンピュータと働くこと」がさらに進化しつつあるということなのだろう。「アイデアの素材をコンピュータに訊く」ということ、つまり「コンピュータとネタを考える」ことが、これから一般的になるかもしれない。

その先駆は、おそらくコンピュータを使ったチェス競技だ。チェスのAIとチェス棋士がチームを組むと(正確にはチェス棋士がAIの支援を受けてチェスを指すと)、まさに「最強」になるのだそうだ。その場合、AIが提示する手を参考に人間がチェスを指していくのである(経済学者タイラー・コーエンの本で知った)。

つまり、AIという進化したコンピュータとうまく仕事ができれば、人間の能力や可能性はさらに大きなものになる。

そんなことを、今回の「手塚治虫AI」を使ったマンガであらためて感じました。

それにしても、最近は「AI美空ひばり」と称するCG画像と合成の歌声(やや気味が悪かった)もあったし、「AI○○」というのはいろいろつくられて一般化していくのだろうなあ。「AIビートルズ」「AIプレスリー」「AIピカソ」みたいなのが、本家の公認・非公認問わずたくさん出てくるのだろう。

それらにはかなり良いのものもあるだろうが、大部分はつまらないものになるはずだ。玉石混交の、過去の巨匠の幽霊みたいなコンテンツが世の中にあふれるということ。それはなんだか気持ち悪い。

(以上)
2019年11月11日 (月) | Edit |
今から30年ほど前、私そういちが若者だった1980年代後半から1990年頃、活字文化はまだそれなりに元気だった。

当時の私(大学生から新入社員の頃)は読書好きの1人として、社会・人文系の古典を読むことに大きな意義を感じていた。神保町の古書店街にもときどき足を運んだ。給料をもらうようになって、学生時代から欲しかった岩波のヘーゲル全集やアリストテレス全集を何万円かで買ったりもした。こういう古典は、活字文化のなかで高い位置を占めていた。

1990年代前半の頃、インターネットはまだ一部の科学者やマニアのもので、家庭でのパソコンの普及も限られていた。私はワープロ専用機で書いた文章を印刷し、仲間との集まりで配ったりしていた。

1990年代の終わりに、私は初めてパソコンを買ってインターネットも始めた。パソコンやインターネットの急速な普及は1990年代半ばからだというから、その動きに対し、やや後ろのほうからついていく感じである。

そして、Eメールの機能を使ってグループをつくり交流する「メーリングリスト」の集まりに参加するようにもなった。私が参加したのは、科学教育、科学史・科学論に関心を持つ、数十人のアマチュアの集まりだった。なお、当時は今のようなSNSのプラットフォームはまだない。

会社勤めから帰ると夢中になって、メーリングリストにさまざまな書き込みをした。今書いているもののベースになるような歴史や社会に関する議論も、全国のメーリングリストの仲間と行った。これは本当に楽しかった。また、その仲間とはときどき「研究会」というかたちで、顔を合わせた。

2000年代(ゼロ年代)半ばには、ブログというものがあることを知って、自分も始めてみた。そのときのブログは数か月でやめてしまい、その数年後(2013年)に今のこのブログを始めた。メーリングリストのほうは、最初にブログを始めたあたりから私の中では停滞ぎみになり、やがてやめてしまった。2000年代後半は、SNSの時代の始まりである。

さて、今はどうか? 今どきヘーゲルみたいな古典を読むのはその方面の研究者か、そうでなくてもかなり特殊な人だけに限られるようだ。知的な素養としてそうした古典をぜひ読んでおこう、という価値観はすたれてしまった。そのような価値観は私が若い頃にもかなり下火にはなっていたが、今はもう本当に「終わった」という感じだ。

また、最近の私は古書店に行くことが減って、古本はおもにアマゾンで買っている。書いた文章を最初に発表するのは、たいていは自分のブログである。

2016年には私のブログをみた出版社の方から声がかかり、世界史に関する本を出す、などということもあった(拙著『一気にわかる世界史』日本実業出版社)。そんなかたちで本の著者になることなど、若い頃にはもちろん想像できなかった。遅ればせながら、最近になってツイッターも始めた。

知識・情報のやり取りに関する環境は、この30年で激変したのである。私が若い頃の「旧世界」はパソコンやインターネットの普及などで消滅し、新しい今の世界が出現した。

今50代半ばの私は、ちょうどその新旧2つの「世界」をある程度深く体験できた世代だと思う。それぞれの体験が中途半端かもしれないが、両方の世界を知ることができたのは良かったと思っている。

(以上)
2019年10月25日 (金) | Edit |
ギャラップ社の調査(2017年)によると、アメリカでは「神が人類を創造した」という創造論を信じる人の割合は38%である。進化ということを認めながらも「人類の進化には神の導きがある」とする人も38%。

そして、「神の導きなしに人類は進化した」という進化論を支持する人は20%である。

この数字は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書、2019年)で知った。アメリカでの「科学不信」の実態や背景について掘り下げた本だ。

アメリカでは、進化論者は2割しかいないのだ。「進化に神が関与」という人も含めれば5~6割。

そして4割弱の人は創造論者である。おそらくその大部分は聖書にある創造論、つまり6000年ほど前にさまざまな生物を含むこの世界が神によって創造されたという話を信じているのだ。アメリカでは授業で進化論とともに創造論を教える学校も少なくないという。

日本ではどうなのか? ネットで検索してみると、2006年の海外の研究者による調査で、進化論の支持率は8割ほどという数字があった。調査の信頼性がどの程度かはわからないし、上記のアメリカのデータとの比較がむずかしい面もある。だが、数字として「まあそんなところかな」という感じはする。

日本とアメリカの違いはどこから来るのか? アメリカではキリスト教がきわめて有力であること、個人の主義主張を大事にする精神や、権威や知識人への反発心が強いことなどが考えられる。

アメリカにおけるさまざまなカルト的な思想・運動について述べた、カート・アンダーセン『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史(上・下)』(東洋経済新報社、2019)も、だいたいその立場だ。ただし同書では、もっと強く「狂気や幻想も含め何でもあり」というのがアメリカなのだと論じている。

上記の本で三井さんは、進化論のような「科学」を人が受け入れるのは、そんなに簡単ではないと述べている。人類の歴史の大部分は石器時代で、人間の脳や心は石器時代に基礎ができた。一方科学はつい最近に生まれた。だから本来石器時代的な人間の脳にとって、受け入れがたい面がある、というのだ。

「人が科学を受け入れるのは容易ではない」という点は、私もまさにそのとおりだと思う。しかし「現代人には石器時代の心が宿っている」とまでは言わなくもいいのではないか。そんなことをどうやって科学的に証明するのか。

それよりも「科学の理屈や説明には、日常的・常識的な感覚におおいに反するところがある」と言うべきだと思う。

「大地は平らではなく巨大な球体である」「太陽が地球のまわりをまわっているのではなく、地球は自転しながら太陽の周りをまわっている」「この世界や物体は真空と微細な粒子(原子)から成り立っている」「この世界の生命はすべて、単細胞の微生物が40億年ほどかけて進化・分化した結果生まれた」

たしかにこういう見解は、日常的な常識とは本来はかけ離れたものだ。大地は平らだと思うのが、普通の感覚だ。

だから「この説は科学という、権威のある真理なのですよ」と知識を押しつけたときに、それに反発する人や落ちこぼれてしまう人がいるのは当然なのだ。その困難を乗りこえるそれなりの教育的な方法というものは、やはり必要だ。「人は科学が苦手」という前提は大事なことだと思う。

しかし、科学の普及についての楽観的な見通しも、描けないわけではない。最初に述べたギャラップ社の調査をみると、1999年には「神の導きなしで人類は進化した」とする進化論者の割合は10%ほどだった。2017年にはそれが20%になった。

進化論者は、アメリカではまだ少数ではあるが、勢力を伸ばしつつあるようだ。最近は「科学不信が広まっている」ということがよく語られるが、そればかりではないように思う。

(以上)
2019年10月24日 (木) | Edit |
「リベラル」「保守」という言葉があるが、どういうものか、あなたは説明できるだろうか?

両者は政治的な立場の代表的なものだ。現代の先進国における2大勢力といっていい。

まずリベラル。リベラルは、個人の自由を重視する立場である。

たとえば中絶、同性愛に対しては寛容。「みんながしたいことをすればいい」という考えからだ。また、移民にも寛容である。人間には好きな場所で暮らす自由がある。ならば、国外の人びとが自分たちの国に移り住むことも自由である。

また、リベラルの考えでは、自由を広く実現するため政府は積極的に社会に介入すべきだとされる。その一環としてさまざまな福祉の充実も重要である。だから「大きな政府」志向。一方、軍備の増強には消極的で、話し合いによる国際協調を重視する。

アメリカの民主党は、おおむね以上の立場だ。

一方、保守はこうした「自由万歳」に批判的な立場である。中絶や同性愛は人の道に反する。伝統的な家族を大切に。移民は国の経済・文化に大きな悪影響がある。過度の福祉は国家を破たんさせる(「小さな政府」志向)。強い軍事力で国益を守ろう。

アメリカの共和党は、おおむねこちら。

ただし以上の2つに収まらない主張もある。たとえば個人の自由を何よりも重視する一方、極限まで「小さな政府」志向する「リバタリアン」(リバタリアニズム)という立場がある。これは少数派だが、今のアメリカで一定の勢力ではある。

リバタリアンの立場では、政府というのは個人の自由を妨げる存在なのだ。政府による福祉など要らない。大きな軍隊も要らない。

***

リベラルの考え方は、それまでの古い社会から近代社会が生まれ発展するなかで出てきた、この200~300年の産物である。

その根底には、古い社会の暗黒な部分を是正して理想的な社会を実現しようとする発想がある。近代以前の身分社会には、あまりにも自由がなかったので、もっと自由を。封建領主の政府は民から搾取するばかりで、何もしてくれなかった。だからもっと福祉を。長い歴史を通じて、国際社会はいつもむき出しの弱肉強食だった。だからもっと国際協調を。

保守の考え方は、そんなリベラルの理想に「待った」をかけるものだ。

人間や社会というのは、そんなに急速には変わらないし、アタマで考えた「理想」どおりにはいかないものだ。長い伝統のなかで培われてきたものをもっと大事しないと、足もとをすくわれる。

現に行きすぎた自由の追求によって、社会にはいろんな混乱が生じているではないか。また、大きな政府がますます肥大化することで、国家財政は破たんの危機にあるのではないか。安易な国際協調路線が、邪悪な敵国やテロリストをのさばらせているのではないか。

一方、「自由な社会」という理想を掲げながらも、「大きな政府」や軍拡路線を強く批判するのがリバタリアンということだ。

以上、ごくおおざっぱな見取り図です。日本人は欧米人にくらべると、こういう系統だった主義主張の世界が苦手だ。でも少しは知っておくと、政治のニュースを理解するうえで役立つのでは。

とくにこれからの政治の動きでは、たとえばリバタリアンのような、従来の主流派の枠に収まらない運動が力を持つ可能性が高いと思う。トランプ政権にしても、ここで述べた保守≒共和党の従来のあり方からは逸脱したところが多々ある。たとえば従来の保守にあったはずの手堅さよりも、自分の「理想」にあわせて都合よく現実を解釈する危うい傾向が目立つ。そういう「枠組みの崩壊」を理解するには、「従来の枠組み」についての常識が必要だ。

(以上)
2019年10月23日 (水) | Edit |
デヴィッド・グレーバーという文化人類学者がうち出した「どうでもいい仕事」という概念がある。bullshit jobsという英語の訳だが、「要らない仕事」と言ってもいいかもしれない。

彼によれば、今のホワイトカラーの仕事の多くが「どうでもいい仕事」である。たとえば管理職、人事・広報・コンプライアンス(法令順守)の部署、コンサルタント、金融関係のプロたち……これらの多くはそれにあたる。

そして、こうした仕事に就く人たちは本音では「自分は人の役に立っていない」と感じている。それを示すアンケート結果もある。にもかかわらず、高給をもらっていたりする。

現代社会では「どうでもいい仕事」は増えているのだという。グレーバーは、美術の世界はひとつの典型だという。昔はアーティストと画廊のオーナーがいただけだったが、今はキュレーターなどのやいろんな専門家が美術作品の取引に関わっている。

たしかにそうだ。昔はコンプライアンス部なんて会社にはなかった。人事や広報のスタッフはもっと少なかった。こんなにさまざまな分野のコンサルタントはいなかった。

今の社会は「どうでもいい仕事」「要らない仕事」が蔓延しているのだ。

そして、自分の仕事をむなしいと感じる高給取りが多くいる一方、社会に必要な、ニーズの高い仕事をする人たちが不遇な目にあったりしているのではないか。

グレーバーも言うように、生産現場などのブルーカラーの仕事は、この何十年かで効率化がすすんで「どうでもいい仕事」はあまり存在しなくなった。しかしその現場では多くの非正規社員が働いている。

医療や介護の現場は、いつも人手不足。本来なら「どうでもいい仕事」が存在する余地はないはずだが、いろんな記録や打ち合わせなどの業務負担が大きく、本来の業務にしわ寄せが生じることもあるという。記録も打ち合わせもたしかに必要な仕事だが、やりすぎると「どうでもいい仕事」の側面が生じてしまう。

なんだかまずい状況だ。

なお、グレーバーの「どうでもいい仕事」に関する著書は、まだ日本語版が出ていない。私は、大野和基によるインタビュー集『未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来』PHP新書(グレーバーへのインタビューが収録されている)で、この概念について知った。

(以上)
2019年10月22日 (火) | Edit |
今日の即位に関する儀式のなかで、天皇は憲法と皇室典範特例法に基づいてご自身が即位したことをまず述べられた。

平安時代の装束を着た人が「憲法」や「特例法」といった近代的な枠組みのなかで存在している。何ともいえない、不思議や驚きのようなものを感じた。

1000年ほど前の平安時代に主な部分が形成された伝統が、博物館のなかではなくて、今現在の国家の生きたイベントとして姿をあらわしているのだ。

しかし、今の世界のさまざまな国家・社会というのは、みなそうなのだとも思う。つまり、近代的な原理で日常は動いているけれども、古い層の部分を掘り起こすと、近代とは遠く隔たった古い要素が存在している。

たとえば近代に建国されたアメリカ合衆国でさえそうだ。大統領の就任式では、「神よご照覧あれ」という決まり文句が出てくる。神とはキリスト教の神だ。教義の中身はいろいろ変遷をたどったとしても、古代ローマ帝国の時代以来、2000年の歴史を持つ信仰における神。近代的な人工国家アメリカの古い層にも、古代以来の神が存在しているのだ。

長い歴史の積み重なりのうえに、私たちはいる。

とにかくこれは日本だけのことではない。今日の儀式を報道でみた世界の人たちのなかにも、自分たちの古い伝統について思った人がいたはずだ。

ただ日本の儀式は、とくに純度も完成度も高いかたちで「古い伝統」ということを示している。その意味で、世界のなかでやはり特別なものではあると思う。

(以上)
2019年10月15日 (火) | Edit |
台風19号の被害について、テレビのニュースでいろいろと報じている。ずっとみていると悲しくつらいので、チャネンルを変えることもある。

これからの日本では、台風やその他の自然災害は、さらに増えていくのだろう。そこには温暖化などの世界的な気候変動がかかわっているという。年に何度か「スーパー台風」が日本を襲うようになるとしたら、「災害の時代」がやってくるということだ。

「災害の時代」への対処として、政府は防災のためのさまざまな建設や投資を行う必要がある。しかし、これからの日本に、そのための財政的な余力があるのだろうか?

テレビでは、ある専門家が水害防止について「すべての河川に十分なハードを備えることは無理だ。だから、組織運営や人びとの行動、つまりソフトで対応するしかない」と言っていた。

たしかにそうかもしれない。しかしその「ソフト」の肝は「しかるべきときに避難する」ことだという。ということは、避難が終わって家に戻ったとき、家が泥に埋まっているのもやむを得ないということなのだろう。

うーん、それじゃあ困るなあ……命は助かるとしても自宅の浸水は防げないんじゃ、安心して暮らせないなあ……

いつ災害にあうかわからないような場所には、やはりできれば住みたくない。これからの日本では、災害に強い安全なエリアの地価や家賃は相対的に上がっていくのではないか。一方で、災害リスクの高いエリアの地価は下がっていく。なおこれは、おもに都市部でのことを言っている。

もちろん、災害への安全度が地価に影響することは従来からあるのだが、今後は一層拍車がかかっていくということだ。水害や地震の被害に関する「ハザードマップ」が地価に与える影響は、今後ますます強くなる(ということは、ハザードマップが経済的利権に深くかかわるようになるということで、ややこしい問題を生むかもしれないが、ここでは立ち入らない)。

その行きつく先は、都市のなかで安全なエリアは富裕層ばかりが住み、危険なエリアは庶民・低所得者が住む、という「分断」だ。

そして、危険なエリアに住む庶民は、それに適応したライフスタイルを選択するのかもしれない。それは「限られたモノで暮らす身軽な生活」である。

江戸時代の長屋に住む人びとは、家具や食器などの家財道具への関心が薄かったという。だからたいていの人は「ミニマリスト」のような暮らしをしていた。それは貧しかったからというだけでなく、江戸では頻繁に大きな火災があったからだともいわれる。いつ火事で燃えてしまうかわからないから、モノをためこんでも意味がないという価値観が定着したということだ。

そのような説明がほんとうに正しいかどうかは、立証が難しいところもある。だがともかく、「少ないモノで暮らす」のは、災害が頻発する状況では合理的な選択だろう。

極論だが、住んでいるところが賃貸で、スーツケースひとつに家財道具がすべておさまってしまうくらいだったら、それを持って避難すればかなり安心だ。もしも家が浸水や倒壊ということになっても、ダメージは少ない。

未来の日本では、防災上安全なエリアには金持ちが、危険なエリアには貧しい人ばかりが住むようになり、危険エリアでは、江戸の長屋暮らしのような「ミニマリスト」の生活がスタンダードになっている……

日本がそのような「分断」社会になるのはイヤだが、十分あり得ることではないだろうか。

(以上)

別ブログ「そういち総研」の新しい記事も、アップしました。
日本と世界の文化で創造の活力が低下している?

今年みたいくつかの展示・作品……工事中の新国立競技場、高畑勲展、建築家のアアルトやル・コルビュジエ、現代芸術のトム・サックス展などをみて考えたことをまとめています。当ブログの過去の記事も使い、そこにいろいろ加えたもの。
2019年09月01日 (日) | Edit |
大規模な抗議デモが続く、最近の香港。香港人の犯罪の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能とする、条例の改正(「逃亡犯条例」改正)への反対から、このような抗議活動が起こった。

香港の人たちが「逃亡犯条例」改正に反対するのは、香港の法治がそれで失われるのを恐れるからだ。このことについて、抗議活動の中心の1人である周庭(アグネス・チョウ)さんが、今年6月の明治大学での講演で、わかりやすく説明している。(ハフポスト日本版2019年6月12日「香港が想像できない場所になる」 “民主の女神“が訴えた、逃亡犯条例の危険性)

「逃亡犯条例」改正によって香港はどうなるか。周庭さんは、こう述べる。

“自由や権利の保障、司法の独立が全部無くなります。私たちの身の安全すら保障されない場合があります。なぜ香港は外国からの観光客が多く、外国の企業も多いのでしょうか。香港には国際金融都市という地位があるからです”

“なぜその地位があるかというと、1国2制度という制度があって、私たちは法治社会であり、司法の独立や公平な裁判が行われる場所なので、外国の人も安心して商売ができる場所なんです。でも、この特別な地位は無くなるかもしれません”。

“今デモに参加している香港人は、可決されたら香港はもう香港じゃないというか、私たちが想像できない場所になるかもしれないという考えを持っています”

周庭さんは8月30日の朝、香港警察に逮捕され、夜には釈放されたそうだ。テレビのニュースをみていると、彼女は釈放後のインタビューで「今闘わないと香港は死ぬ」「逮捕は怖くない、当局に殺されることが怖い」ということを語っていた。

そこには危機感というより悲壮感が漂っている。市民運動といわれるものでは「今は深刻な危機だ、立ちあがろう!」ということが叫ばれるものだが、深刻さをおおげさに言っているんじゃないかと思えるケースもないわけではない。しかし今回の香港は、ほんとうに深刻なのだ。今までの、法治に支えられた自由が社会から失われようとしている。香港が香港でなくなろうとしている……

今の香港の状況は、ときどきひきあいに出される、1989年に中国本土でおこった天安門事件(民主化を求める若者らの運動に対し中国当局が武力を用いて、多くの死傷者が出た)のときとは大きくちがう。天安門事件のときは、自由や民主主義が成立していない発展途上国での民主化要求だった。しかし香港では、イギリス統治時代から形成され、すでに社会に根付いた法治や自由が失われようとしているのである。ただし、基本の構図がちがうといっても、香港でも天安門事件のような中国政府の武力介入は、十分起こり得るだろう。

私たちが「自由を求める抗議活動」で思い浮かべるのは、ふつうは天安門事件のときのような「発展途上国型」のものだろう。これに対し、今回の香港のように、すでに自由が根付いていた社会で、それが失われる危機に直面して抗議が起こるというパターンは、「先進国型」といってもいい。

「先進国型」の政治的な抗議活動がこんなにも深刻なかたちで行われるというのは、じつは私たちにはなじみのないことだ。

欧米や日本で一般に行われる政治的な抗議活動には、今回の香港ほどの深刻さはない。「我が国は民主主義からは程遠い独裁国家だ!」と批判する人も、じつは自由の根本が自国から失われることはないとタカをくくっているところがあると思う。しかし香港の人たちは、法治を否定した正真正銘の独裁国家である、今の中国にすべてを支配されるという恐怖に直面しているのだ。

今までの世界では、人びとが独裁的な国家から自由を勝ち取ろうとする戦いが繰り返されてきた。それはこれからも続くだろう。しかしその一方で「これまでの自由が失われることへの抵抗」が、世界のあちこちで起こるかもしれない。要するに先進地域での「自由の後退」ということだ。

もしそうだとすれば、香港はそのような世界的な「自由の後退」現象の先駆けとなるのだろう。その意味で、今の香港で起こっていることは、世界史の最先端なのではないか。

今の世界では、中国のような自由に制限のある独裁国家が、巨大な経済力で世界に影響を与えるようになった。そして、中国との経済的な関係に配慮してか、日本や欧米諸国の政府が香港の抗議活動を援護するという動きはあまりみられない。

20、30年前の世界では、大きな経済力を持つのは自由や民主主義が発達した、欧米や日本などの先進国だけだった。もしもその当時、今の香港のようなことがあったら、圧倒的なパワーを持つ先進国側が中国をけん制することも期待できただろう。しかし今ではそういう構図はかなり崩れてしまった。自由や民主主義を原則とする国家の相対的なパワーは衰えている。それが世界的な「自由の後退」のベースとなり得る。

そしてほんとうの「自由の後退」ということに、まだ私たちは慣れていない。そのせいか、香港についてのマスコミの報道も「この混乱はまだ当分続きそうです」みたいなしめくくりで、ずいぶん能天気だったりする。周庭さんたち香港市民の悲壮感をわかっていない。あの人たちは「混乱」などではなく「自分たちの世界の崩壊」に直面しているのだろう。

(以上)
2019年09月01日 (日) | Edit |
別ブログで「そういち総研」というのを、昨年開設しました。こちらの「団地の書斎から」よりも長文の論考的なものを載せています。

以前は当ブログに1万文字を超えるような記事も載せていたのですが、それは「そういち総研」のほうで、ということにしました。「そういち総研」は今のところ世界史関連ばかりですが、そのうちほかのテーマの記事も載せるかもしれません。

その「そういち総研」に、昨日新しい記事をアップしました。ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史(上・下)』(河出書房新社、2016年)という世界史関連のベストセラーについて批判的に取り上げたもの。

この本はおおいに売れました。この本の「文明によって人類は幸せになったのか?」という問いかけや「農業は詐欺だ」といった文明批判の主張に驚き、感銘を受けた人がおおぜいいたようです。

しかし、こういう文明批判は、1700年代の思想家ルソーも述べている古典的なもので、そんなに驚くようなものではありません。ルソーの『人間不平等起源論』には「人類を堕落させたのは鉄と小麦」という、文明の根本を批判した、思想史では有名なフレーズがあります。

しかし、農業という文明の根本を否定する「反常識」の主張は、文明の問題について真剣に考えたいという現代人の多くの人たちに訴えるものがあった。たぶん、そこに「学校で教わった月並みな常識を超える真理がある」と感じたのでしょう。

でも、私のような「文明の問題は、文明で解決するしかない」と考える人間からみると、「農業は詐欺だ」的な主張こそ月並みなものに思えてなりません。また、文明がもたらした成果についての過小評価や歴史上の事実についての無理な解釈も『サピエンス全史』のなかに感じます。

以上について、数千文字でやや詳しく書いています。以下の記事、お読みいただければ幸いです。

ルソー的文明批判の現代版←こちらをクリック

そういち総研トップページ

(以上)
2019年08月17日 (土) | Edit |
テレビ(民放)で外国人の受け入れの問題について、若手の識者が議論しているのをみた。だいたい20~30代の、たとえばミュージシャン、NPOのリーダー、弁護士、コンサルタントで、社会に向けてさまざまな発信をしている男女。話ぶりが魅力的な人が多く、つい聞き入ってしまった。

論者の意見は当然、外国人の受け入れ反対派と賛成派に分かれる。反対派は「日本の文化が壊れる」「少なくとも中長期的には民族間の激しいあつれきが起こる(テロだって起きる)」という。「ヨーロッパでは移民の受け入れは失敗だったというのが一般的な認識だ」とも。

賛成派の人たちは「日本の社会にはもっと多様性が必要」「これからの世代にはさまざまな文化を受け入れる素地が育っているので、対立が深刻化することは避けられる」ということを言っていた。

これに対し反対派からは、社会の現状をふまえ「そのような多様性を受け入れることがほんとうにできるか?無理なのでは」という突っ込みがあった。

発言者の表現に忠実ではないが、主旨としてはそんなところだ。

これを聞いていて私は「この人たちは本当に“文化人”だなあ」と思った。少しおどろいたところもある。文化人というのは、ここでは文化というものを、じつに大事しているということだ。「文化」が今回の議論のキーワードだった。受け入れ反対派は「文化が壊れる」といい、賛成派は「多様な文化が大事だ」といっている。

でも、外国人受け入れの問題は、文化はもちろん大事だけど、それだけのことでもないはずだ。

今年4月の法改正(改正出入国管理法)だってそうだ。あれば在留資格として「特定技能」なるものを新たにつくって、それに該当する外国人を働き手として迎え入れようというものだ。

「特定技能」の対象分野は、介護、ある種の製造業、建設業、宿泊業、飲食業、農業、漁業、ビル清掃など。これらの業界の現場で身体を使って頑張る仕事。どの分野も人手不足が深刻な状態。このままだと社会のニーズにこたえきれなくなる、従来の生活を社会全体として維持できなくなる……そこで、海外からの働き手を受け入れようと考えた。

つまり、労働や産業の問題に対応するため、外国人受け入れの枠を増やしたのである。

ではなぜ人手不足なのか。日本人で「特定技能」的な仕事に就きたい人が大きく減ったからだ。

今の日本人の多くはエアコンのきいたオフィスでのデスクワーク、さらには知的・文化的な要素のある仕事を志望するようになった。

このような「文化人」的傾向は若い世代ほどはっきりしている。私は若い人の就職・採用に関係する仕事をしているので、現場感覚としてここはよくわかるつもりだ。ただし、「特定技能」的な仕事の非正規化など、処遇の悪化ということもある。

文化人は多くの場合、「特定技能」的な仕事は好きではない。少なくともそれを本格的な職業とすることはイヤがる。そのような現場仕事は、ほかの誰かにやってもらい、自分はもっと知的・文化的な何かに関わりたい。そこまでの志向がなくても、とにかくオフィスでの事務的な仕事がいい。そのような日本人が増えた。ひと昔くらい前よりも、さらに増えたのだ。

これは、日本が豊かになり成熟した結果であり、必然的なことだ。少なくともある程度は、そうならざるを得ない。

それを、昭和的なオジさんの感覚で「けしからん」「なげかわしい」などというつもりはない。豊かになったんだから、これはあたりまえだ。オレだってそういう文化人志向の気持ちがわかるよ、といいたい(こんなブログをやっている、文化人・知識人志向のオジさんですから)。

昭和的オジさんたちだって、自分の子どもには「特定技能」的な仕事よりも、オフィスで働く仕事に就いてほしいという人が多いはずだ。そもそも、誰にも仕事を選ぶ自由がある。これは何より尊重されなくてはならない。

テレビに出ていた、もっぱら「文化」の問題として外国人受け入れのことを語る若い識者たち。この人たちは、みんなが「文化人」になった、新しい日本人の典型なんだと思う。

労働や産業の現場のこと、そして産業が支える日々の生活の問題は、どこに行っちゃったんだろう。討論が限られた時間だったとはいえ、このあたりへの言及は皆無だった。

外国人の受け入れに反対というのなら、「特定技能」的な領域での人手不足をどうするのかについても、触れるべきだろう。

くわしい処方箋はむずかしいとしても、一般的な方向性は示せるはずだ。たとえば、それらの業界での働き手の処遇改善といったことは、常識的に考えられる。

でも、いわゆる処遇改善だけでは、効果は薄いのではないか。つまりそれだけでは「文化人」の若い人たちは集まってこない。そこに「文化」を感じさせる何かを加えないといけないのだ。うーん、可能かもしれないがむずかしそうだ……

あるいは、もっと根本的に社会や生活のあり方を変えていくという選択肢もあるかもしれない。

建設業で人手が足りないなら、新しい立派な建物なんていらないじゃないか、みたいな(ただし、水道のような基本的なインフラの整備やメンテナンスの人手は何とか確保する)。外食産業だって今ほどはいらない、ビルの中もそんなにキレイでなくても大丈夫、とか。

介護はどうしよう……家庭でも施設でもない、別の何らかの人の結びつきで対処するのか……でも、それってどんなものなのだろうか? いずれにしても、簡単ではない。

「外国人が大勢来ると我が国の文化が壊れる」というのは、「あいつらはオレたちとちがうから、とにかく嫌いだ」と言っているだけにも思える。ただし「嫌いだ」という感情は根源的で手ごわいものなので、侮れない。でもそれだけでは、知識人の発言としてはもの足りないのではないか。

もの足りないといえば、「多様性は大事だから、外国人を受け入れよう」というのも、「とにかく、みんな仲良くしましょう」とだけ言っている感じだ。たしかにそれは大事だとは思うが、それだけでは知識人としてはやはりさみしい。とにかく、それだけではいけないように思う。

(以上)
2019年07月30日 (火) | Edit |
参議院選挙での各政党の主張をみていて残念に思ったのは、やはりというべきか、暮らしに関わる経済・社会についての長期的な視点からの議論の弱さだ。

たとえば、年金などの社会保障、介護、女性の活躍、子育て、非正規労働者、高齢者の就労、外国人労働者、障害者、性的マイノリティーの人たち……こうしたテーマについては、安倍総理のような自民党の「保守派」の人たちは得意ではないだろう。おそらくそもそも関心を持ってこなかった。

自民党の保守派にとって関心があって比較的得意なのは、外交、国家の安全保障、政府や役所の組織・運営、金融政策などの、政治学の用語でいう「統治」の分野だ。選挙翌日の安倍総理のスピーチでも、憲法改正のような「統治」についての話に重きが置かれていた。

なお、「統治」と対になる、暮らしに関わる経済・社会の領域については「行政」という言い方がある。野党が自分たちの持ち味を発揮できるとしたら、この「行政」分野のはずだ。

今の政権の中心にいる人たちは、明らかに昭和的な価値観を大事にしているオジさんたちだ。つまり正社員のお父さんが働いてお母さんは専業主婦で、お年寄りは少数で大事にされ、親や先生は権威があって……というのがあるべき姿で、それに当てはまらないことは「あってはならない」とする感覚。

そのような「モデル」は、もちろん今の時代では非現実的だ。オジさんたちも多少はそのことはわかっているが、どうしても感覚がついていかない。

野党はそのような政権の弱いところへうまく斬りこむべきなのに、成功していない。

暮らし・経済関連であっても、目前の消費税率アップの是非のような短期的な議論になったり、長期的な話として「2000万円」問題に絡んで年金について主張したりはしたが、不発ぎみだった。年金に関しては、勉強不足で説得力や迫力のある話ができなかった。支給を手厚くしましょう、といいながらも財源を説明できないみたいなことが目についた。

これからの政治では、暮らしに身近な「行政」分野の長期的課題について魅力的な・説得力のある構想を打ち出せる政党が、きっと多くの支持を集めるだろう。その分野は、今現在ほぼすべての政党にとってこれといった考えが出せない空白地帯になっている。野党やこれから国政に参入しようとしている人たちには、そこにチャンスがある。

しかし、既存の野党はそれだけの構想力を持ち得るだろうか? なんだか難しい気もする。むしろ、自民党の次の世代のほうが「空白地帯」に積極的に参入してくるかもしれない。

あるいは、まったくの新興勢力が「行政」分野の「空白地帯」に関するさまざまな構想をかかげて急速に台頭することもあるかもしれない。元俳優が党首の新しい政党があったが、今回の選挙でのあの党首の演説を聞いていると、その可能性を感じる。

あの党の主張の多くに私は賛同できない。しかし、「消費税を廃止しよう」「奨学金の借金をチャラにしよう」「安く住める住宅を」といった主張は、ここでいう「空白地帯」への国民のニーズを察知したうえでのものだ。

今後、暮らしに関わる「行政」分野の長期的課題についての議論は、さらにさかんになっていくだろう。ならなかったら、もうどうしようもない。

では、議論が深まっていったとして、私たちはどういう方向性を支持するだろうか? あり得るのは3つ。1.いろいろ欠陥や不満足な点はあるが現実的で建設的な方向 2.結局何も決められない 3.徹底したバラマキ政策(財政がどうなろうとも) 

こうやって選択肢を並べると、「2.何も決められない」か「3.徹底したバラマキ」になる可能性が有力な気がして、心配になる。とくに、今後急速に新しい政治的勢力が台頭するとしたら、「3.徹底したバラマキ」路線の人たちなのだと思うが、どうだろうか?

(以上)
2019年05月18日 (土) | Edit |
ゴールデンウィークは、あまり遠くへは行かず、出かけるとしても都内だった。都内を散策するなかで、工事中の新国立競技場を観に行った。巨大だが、調和のとれた周囲にもなじむ感じ。たしかに完成したら素晴らしい、立派なものになりそうだ。

しかし一方で、「ものすごい」という感じはない。センスのいいデザインで、高度の技術が用いられているのはまちがいないだろう。だが、あれだけ大きな建物なのに、おどろきがない。大きなスタジアムはすでにあちこちにあるので、それに慣れてしまっているのかもしれない。また、そもそも人をおどろかせようという建物でもないのだろう。

でもこれだったら、もとのザハ案のほうがよかったかもしれないーーそんなふうにも思った。

「ザハ案」というのは、今建設中の隈研吾によるものの前に、一度決まっていた新国立競技場のプランである。イギリスを拠点にしていたイラク出身の女性建築家ザハ・ハディド(故人)によるもので、巨大な宇宙船のような、とんがったデザインだった。技術的にも挑戦的な要素が多々あったようで、プランをもとにくわしい見積もりをしてみると、当初の想定よりも大幅に予算オーバーすることが明らかになった。デザインについても違和感を感じる人が、かなりいたようだ。結局ザハ案は白紙となり、改めてコンペが行われ、現在の案が決まった。

ザハは現代の世界を代表する建築家の1人だった。「アンビルド(建設されない・計画倒れ)の女王」などというあだ名もあった。彼女が得意だった大じかけでびっくりするような建築は、予算や技術面で実現困難なところがあり、新国立競技場のように計画倒れで終わってしまうことが何度もあった。

じつは私も、もともとはザハ案に否定的だった。あんなUFOのオバケみたいなのは…みたいに思っていた。私が好きなのは、20世紀の「古典」とされるようなモダニズム建築だ。ザハや、そのほかの何人かに代表される、今どきの「びっくり建築」には違和感を感じていた。

でも先日、建設中の新国立競技場の前に立ってみて、これほどの大きさであの「UFOのオバケ」が実現していたら、それはそれですごいインパクトがあっただろうなと感じた。未来的なデザインは、たしかに周囲からは「浮く」かもしれない。でも、東京というのはもともとデザインの調和とは無縁の都市だ。未来的なものと古い下町っぽいものが混在していたりする。それが、外国人観光客を引き寄せる今の東京の「クール」なところなのだ。

ザハ案の新国立競技場が(ザハのイメージにきちんと沿って)実現していたら、「未来的な東京」を象徴するランドマークになったのではないか。もちろん予算の問題はあるので、やはりザハ案の実現は困難だったにちがいない。

今建設中の新国立競技場は、失敗作などではなく、立派な作品だ。しかし、同時代の多くの人たちの常識やイメージを大きく超えるようなものではない。「こんなへんなデザインは…」みたいな声は、そんなには聞かない。少なくともザハ案のようなことはない。

つまり、今の私たち日本人は、冒険はやめて、無難で「調和」を感じるほうを選んだということだ。

しかし高度成長期の日本では、注目される巨大プロジェクトで、当時の大衆の常識や感覚とはかけ離れた冒険的プランが実現することがあった。

たとえばオリンピックといえば、先の東京オリンピックにおける丹下健三の代々木体育館。あの造形や構造は、当時たいへん挑戦的なものだった。今もあの建物の前に立つと「すごいなー」と圧倒される。あるいは大阪万博での岡本太郎による太陽の塔。あんな前衛芸術的なへんてこなオブジェが高さ70メートルの巨大さで、国家的イベントの会場にそびえたっていたのである。

また、東海道新幹線(1964年開業)も、当時の常識とはかけ離れた構想だったといえる。当時は「あんなものは無用の長物だ」という反対意見も強かった。しかし、十河信二という当時の国鉄総裁が執念で計画を推進して、東海道新幹線は完成したのである。

岡本太郎は「ベラボー」なものをつくりたい、ということを言っていた。ものすごい、強烈なインパクト。そこにしっかりとした構想力も伴っている―ーたぶんそれがベラボーということだろう。太陽の塔はまさにそのベラボーだ。代々木体育館も、東海道新幹線も、少なくとも当時の感覚ではベラボーなものだった。ザハ案もベラボー系といえるだろう。

今度の新国立競技場はちがう。ベラボーを意識的に拒否しているところがある。

こういうことが気になるのは、平成末から令和にかけての現在、かつての勢いを失った日本の「衰退の予感」ということを、ますます感じるからだ。

今の私たちは、高度成長期の頃のように挑戦的な選択肢を選ぶことがなくなってきている。完成度が高く、技術的にも難しい課題をこなしてはいるのだが、ベラボーではないほうを選ぶようになった。ベラボーな案を主張しても、つぶされる。

新国立競技場は、そのような日本の「今」を、よくあらわしている建築なのだ。実現したプランとは別に、没になったザハ案があるので、とくにそうなるのである。平成から令和に変わるタイミングにふさわしい建築散歩となりました。

(以上)
2019年04月02日 (火) | Edit |
「大正時代」ではなく、「大正期」という言い方がある。大正という元号が使われた時期だけでなく、明治の末期―-おおむね日露戦争が終わってしばらく経って以降―ーも含めて、そのように言うことがある。「大正」らしい社会の要素が、すでに明治末にはあらわれていたからだ。

明治末には、維新以降の近代化がそれなりに軌道に乗って、「資本主義」「市民社会」といえるものが、姿をあらわしてきた。それがのちに「大正デモクラシー」などのかたちで開花する。明治末に、時代はすでに「大正期」に入っていた。

これは、あたりまえといえばあたりまえ。始皇帝やナポレオンのようなとてつもない君主でないかぎり、あるいは革命によるものでないかぎり、国のトップや「象徴」の代替わりということが、大きな時代の転換点になるなんてありえない。

明治という元号は、維新という革命によるものなので、「元号が変わるとともに、ひとつの時代が始まった」といえる。しかし、大正、昭和、平成はそうではない。令和もそうだ。

令和という元号が使われた時代も、ずっと先の未来では、平成の後半と合わせて「令和期」などと呼ばれるかもしれない。

つまり、平成の最後の10年余りで姿をあらわした日本社会のさまざまな傾向が、令和では一層明らかになる。そしてその傾向は、「令和」的なものとして未来の人びとの記憶に残る―ー私はそんなふうに予想する。その意味で、時代はすでに「令和期」に入っている。

では、令和的なものって、何だろうか。

とくに2つの要素・側面があると思う。ひとつは国家としての衰退・停滞の傾向だ。とくに、世界のなかでの相対的な国力やシェアの低下ということ。平成の前半(1990年代)には、日本が世界のGDPに占めるシェアは15%前後で、アメリカに次いで「単独2位」だった。それが、この何年かは数パーセントのシェアに落ち込んでいる。また、経済の生産性を示す1人あたりGDPでも、90年代末には世界トップクラスだったが、今は先進国では下位になってしまった。

しかし一方で、成熟によって輝いたり、深い何かが生まれたりといった側面も、この10年余りで明らかになってきた。昭和の後期(1970年代)に先進国への仲間入りをしてから、何十年も経ってやっとそうなった。これに関しては、たとえば「クールジャパン」的なものが海外で評価されたり、外国人観光客が急激に増えたりということがあるだろう。

令和の時代において私たちは、「衰退の悩み」と「成熟による輝き」の両方に向き合っていくのではないだろうか。そして、この2つの要素は、平成後半の日本のなかにすでにある。

しっかりと、うまくやらないといけない。まずい対応をすると、輝きを台無しにして、衰退のマイナス面ばかりになってしまう。

気を付けなくてはいけないのは、「傲慢」「頑な」ということではないかと思う。

つまり、今はある程度の「輝き」があるからといって、「自分たちはすばらしい」と思い過ぎないことだ。そうなってしまって、外国のすぐれたものに学ぶことができなくなったら、非常にまずい。他者(中国や欧米など)に真剣に学び、自分たちのものにしてきたからこそ、今の日本があるはずだ。

史上初めて日本の古典を典拠にした元号、令和。その背景には、成熟による自信や誇りがあるのだろう。

自信や誇りを持つことはたしかに大切である。しかし、その感情は取扱い注意だ。まちがった方向で育つと、他者に学ぶことを妨げる。近代以降のイスラムや中国は、それで苦境に陥った。「自分たちは世界の中心だ」と思い込みすぎて、台頭する西洋文明を過小評価した。そして、近代化で後れをとってしまった。

一方、自分たちを「周辺」の存在だと思っていた日本人は、それとはちがう方向へ行った。なお、日本人の「周辺」意識は、中国の古典をずっと長いあいだ元号の典拠にしてきたことにもあらわれている。

これから私たちは、自信や誇りを大切にしながら、同時に他者に学び続けることができるんだろうか?

(以上)
2018年06月10日 (日) | Edit |
今年2018年は生誕200年ということで、カール・マルクス(1818~1883)のことが取り上げられる機会が増えているようです。

『週刊東洋経済』(2018年6月2日号)に掲載されたカール・ビルトさん(元スウェーデン首相)のコラムによると、マルクスの生誕地であるドイツのトーリアでマルクス像が設置されたり、中国の祝賀式典で習近平主席がマルクスについて「抑圧や搾取のない理想社会への道筋を示した」と礼賛しているとか。

また、ドイツの祝賀行事では、欧州委員会のユンケル委員長がマルクスを擁護して「自身が意図しなかったことに対して責任を負わされている」と発言したのだそうです。

そして、コラムの筆者・ビルトさんは、そのようなマルクス礼賛や擁護の発言をつよく批判しています。それを要約すると、こんな感じです。

・共産主義国家による残虐行為はマルクス思想が歪曲されたせいだ、などど擁護したところで、マルクスの描いた未来構想の影響はやはり無視できない。

・資本主義を否定した国がたどった末路と、資本主義を受け入れた国の発展をみれば、マルクス主義の失敗は明らか。そして、私有財産制を否定し、国家が経済をコントロールする社会からは、経済の活力だけでなく自由そのものが奪われてしまった。

こうした見解は、現代では一般的なものでしょう。私も基本的にはその通りだと思います。

では、なぜマルクス主義をかかげる国はみな、抑圧的な全体主義国家となってしまったのか?

「全体主義国家」とは、個人の自由を否定した、国家権力が無制限の独裁的な力を持つ国のことです。かつてのソ連やそれに従属する東ヨーロッパ諸国は、まさにそうでした。

ビルトさんは、あるポーランドの哲学者(レシェフ・コワコフスキ)の主張を引用して、マルクスは生身の人間にまるで興味がなかった、マルクスの無機質な教義が全体主義へとつながっていった、という主旨のことを述べています。

“(コワコフスキいわく)「人間には生死がある。男もいれば女もいる。老いも若きもいれば、健康な者もそうでない者もいる。マルクス主義者はこうした事実をほぼ無視している」 マルクスの無機質な教義に基づく政府が例外なく全体主義に向かったのはなぜか。その理由を、コワコフスキ氏の洞察は教えてくれている”(『週刊東洋経済』2018年6月2日号、72ページ)

これはちょっと……と私は思いました。

これは要するに「マルクスの思想は人間味がなく、だからその理論に基づく国は非人間的なものになった」という話です。いくらなんでも、幼稚で単純すぎる感じがしませんか?

マルクスを礼賛する習近平の主張は、自分たちの共産党独裁を正当化するためのものです。これは、世界の多数派の人には受け入れられないでしょう。

「マルクス主義の失敗はマルクス自身のせいではない」という擁護論については、マルクス礼賛よりは支持者がいるかもしれませんが、その数はかぎられるでしょう。

やはり、マルクスの考えには根本的なまちがいが含まれていたのでしょう。

それは、マルクス主義をかかげた国家がどうなったかをみれば、明らかです。マルクスの考えに大きなまちがいがないのに、それを受け継いだマルクス主義者があれだけの失敗をおかすなんて、ふつうは考えられません。でも、なぜかマルクス主義にかんしては「悪いのはマルクス主義者で、マルクス本人はまちがっていない」みたいなことが、たまにいわれます。

でも、マルクスの何がどうまちがっていたのか正確につかんでおかないと、私たちはまた同じようなまちがいをくり返すのではないでしょうか。社会主義国だけでなく、西側の先進国にも、マルクス主義の信奉者はおおぜいいたのです。

つまりこれから先、マルクス主義をかかげる国の失敗の記憶が薄れてしまえば、どうなるのか? 

そこに現代的な何か―ーたとえばエコ、共生、格差解消、インターネットのもたらす「解放」等々の新しい装いの「人間味」や「理想」の要素を取り入れた、21世紀バージョンの「マルクス主義」的な何かがあらわれたら? 

「マルクス主義の国家は失敗したから」「マルクスの理論は人間味がないから」みたいな認識しかなかったら、また大きな失敗をするかもしれません。

おととし(2016年に)亡くなった政治学者の滝村隆一さんは、マルクス主義者として出発した人でしたが、ソ連などの社会主義国家のひどい状況が広く認識されるようになった1970年代以降、「マルクスの何がまちがっていたのか」を解明しようとしました。

滝村さんは、マルクスの残した政治理論・国家理論について再検討しました。一方で、世界史におけるさまざまな国家についても研究を重ねています。

そして、滝村さんが達したひとつの結論は、「マルクスには、三権分立という考え方がまったく欠けている」ということでした。

立法府や行政府の行うことを、司法が憲法などに基づいてチェックするという国家の基本構造。それを絶対的に守るべきものと考える国民のコンセンサス。それが近代国家の根幹をなしているという認識がマルクスには欠けていて、マルクス主義者たちもその誤りをそっくり引き継いでいるのだと、滝村さんはいいます(滝村『国家論大綱』など)。

三権分立は、立憲主義(国家権力が憲法によってコントロールされること)を具体的に実現するしくみです。近代国家の基本設計といってもいいです。その観念がないまま、政治・経済のすべてをにぎる政府をつくったら、それはもうどうしようもない強力な全体主義国家になるしかありません。*

マルクス主義の根本的なまちがいは、私有財産の否定だけではないということです。

社会主義国家は、少なくとも当初は一定以上の民衆の支持を得ていたし、民主主義をかかげてもいました。外見的には西側諸国と似た体裁の「憲法」も制定されています。しかし、現実には民主主義も立憲主義も全否定する国家が生まれてしまった。

その根本には三権分立の否定ということがあった。そして、その誤りはマルクス自身のものだった。マルクスほどの学識・教養のある人物でも、そのような基本的なところでまちがえてしまった。

こうやって滝村さんの主張を述べると、じつにあたりまえな感じもします。
でも、世界の常識にはなっていないようです。

なにしろ、ビルト元首相のような欧米のインテリでさえ、「マルクスの理論には人間味がない」みたいなことしかいっていない。

そんな議論よりも、滝村さんのほうがはるかに深く・具体的に問題をとらえていると、私は思います。

ここで述べた滝村さんの主張(「三権分立の欠如」論)がのみこめない、あるいは全面的には賛成できないという方もいるでしょう。それでも、滝村さん的な探究の仕方のほうが、はるかに真剣で意味がありそうだとは思いませんか?

(以上)
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2018年05月24日 (木) | Edit |
この社会には、職場や学校やご近所やサークル等々の無数のコミュニティがあり、そのなかには大小さまざまな形での権力者と、それに従う立場の人たちがいる。

そして、コミュニティの権力者がひどい暴君になって、従う人たちを不幸にすることがあります。そういうことは、この社会では無数に起きている。

今回の日大アメフト部の一件も、そのひとつです。

では、そんな暴君による不幸を防ぐには、どうすればいいのでしょうか。
むずかしい問題です。

一定の割合で、小さなコミュニティの暴君というのは、かならずあらわれるものです。

だから、人びとを不当に苦しめる暴君がいたら、それに注意や処罰を与える上位の権力が必要です。苦しんでいる人にとっての訴える先が要るわけです。それが人権を守るうえでは重要です。

「訴える先」といえば、警察や裁判所、あるいはその分野の所管官庁、つまり国家があると思うかもしれません。

たしかに国家に求められる役割に、支配する側とされる側を超えた第三者的な立場で、公正なジャッジをするということがあります。「第三者的な権力」ということが、近代国家の本来の立ち位置です。

そして、そのことは先進国ではある程度実現しています。現代の先進国では、国家はかならずしも社会の有力者の味方とはかぎらない。

しかし、国家というのは、ふつうの人間にとってはきわめて遠いものです。権威がありすぎて、おいそれとアクセスできないところがある。身近なコミュニティ内のトラブルで警察にかけこんだり、裁判を起こすというのは、大きな抵抗があります。たとえば学校の部活で、不当に「干された(試合に出してもらえない)」からといって、裁判はなかなか起こせないでしょう。日本ではとくにそうです。

また、国家による権力行使というのは重たいことですから、対応は慎重です。国家がなかなか動いてくれないということもある。

つまり、遠い存在の「第三者権力」では、十分に機能しない恐れがあるのです。きめ細かく人権を守ることができないかもしれない。

だから、個人と国家のあいだに立つ「中間団体」が必要なのです。特定の地域や分野などにおいていくつもの小さなコミュニティを束ねて、そのうえに立つ「第三者権力」です。

それは個人にも、身近でアクセスしやすい存在です。そのような中間団体に対し、個人が比較的容易にを相談や訴えをすることができて、公正なジャッジが期待できるなら、人権を守る力となります。

たとえば、大学の部活で指導者がひどいことをして、大学に相談したけどとりあってもらえないとき、あとは警察や裁判沙汰しかないというのでは、人権というのは守られにくいのです。

しかしそんなときに、各大学や運動部に対し、強力な指導・処罰の権限をもった、大学の連合会やスポーツの協会のような組織があれば、救われる人がいるはずです。そういう「連合会」「協会」は、ここでいう「中間団体」です。

日本にも、無数の連合会や協会はあります。しかしそのほとんどは、個人と国家のあいだに立って人権を守る機能を果たせていないように思います。その意味で、日本では中間団体が十分に育っていないのではないか。

そのような組織運営は、欧米のほうが上手なのかもしれない(ただ、具体的な実情について、私は知りません)。

じっさい、最近のスポーツ界の不祥事(人権侵害)において、相撲でもレスリングでも、その世界の「協会」というのは、ほとんど「第三者権力」として機能しませんでした。その基本的なスタンスは、世論が騒ぎ出すまでは、小さなコミュニティの権力者(たとえばパワハラの疑いのあるコーチ)を守るということばかりでした。

やはり、十分に発達した中間団体は、私たちにとって必要です。そして、これからの課題のようです。

そのような中間団体には、コミュニティの自治や自由を侵害する恐れもあります。あるいは中間団体に訴える権利を個人が乱用して、別の人権侵害が起こる危険もあります。たとえば学校の部活で、モンスターペアレント的な訴えで無実のコーチが苦しむようなことがあるかもしれません。

しかし、そのような副作用があるとしても、今の日本では中間団体をもっと強化する必要があるように思うのです。多くの人にとって、副作用を上回る利益があるのではないか。

また、コミュニティの「自治」が強く自覚されている世界では、暴君がはびこることがとくに多いようです。スポーツ界や大学、あるいは宗教法人などは、そういう自治の世界の典型なので、注意や自覚が必要です。

あとはあまり言われませんが、町内会などの地域の自治組織も、似たところがあるかもしれません。

地域の自治組織を規制する団体というのは、国家以外には存在しません。たとえば、権威のある「全国町内会連合会」なんてものはないわけです。町内会のなかで人権侵害やひどい不正があって、内輪の話し合いで解決しないとき、あとは裁判沙汰しかありません。でも裁判沙汰というのは、非常に抵抗がある。ということは、「暴君」にとっては、やりやすいわけです。

このように社会において一般的な、大きな構造的問題と関わっているからこそ、今回のアメフト部の問題がこれだけの騒ぎになるのでしょう。

そして、ここまで書いて最後に思うのは、ではそういう強力な中間団体を育てるとして、私たちはそれを健全に運営できるだろうか?ということです。個人の権利を守るのではなく、けっきょくはコミュニティの権力の後ろ盾、利権の温床、国家の代理人といった方向で育ってしまうのではないか。その疑念も抱かずにはいられません。

(以上)
2018年05月22日 (火) | Edit |
日本の映画作品が、カンヌ映画祭で一番の賞をとったニュース。たしかに素晴らしいことで、映画にさほど関心があるわけではない私も、うれしいです。

でも、ふと思いました。

ニュースでは、「世界3大映画祭のひとつ」とか言っているけど、日本にはそんな映画祭はないのだなあ、と。それは、さびしい。

もうそろそろ、外国の賞をもらって「何年ぶりの受賞です!」みたいに喜んでばかりはいられないのではないか。

もちろん、その立派な賞を受けた個人や関係者は、ほんとうに喜ばしいことだと思います。そのことは別にして、日本の国や社会としては、ちょっと冷静に考えてもいい。

日本は、先進国レベルにまで経済が発展して、もう50年は経ちます。もうそろそろ、賞をもらって喜ぶ側ではなく、賞をあげるほうの国になることを、本気で考えたらどうだろうか。

世界のなかでほんとうに優位な国は、ほかの国の人が欲しがる賞を、たくさん主宰している国です。

「賞をあげる国」というのは、文化において、「何が価値があるか」を管理している側です。それができるだけの系統だった考えや、表現力、組織運営の能力などを持っている。その点で、私たちは欧米人にまったく歯が立ちません。

たぶん、これから10年くらいのうちが、「賞をあげる側の国」になれるラストチャンスです。そういう国になるための、一歩を踏み出すのです。

外国からの観光客が増えて、喜んでもらえているようなのですから、まだ可能性はあります。外国人が評価してくれる、日本人の得意な世界で、「何が価値か」を打ち出していけるようになれないものだろうか。

たとえばマンガやアニメーションで、圧倒的に権威のある賞とか、できてもよさそうです。

でも宮崎監督や故高畑監督でさえ、外国の映画賞への参加を、おおいに喜んだりしていました。あの2人の監督は、ほんとうは外国人から賞をもらう側じゃなくて、アニメの分野では、世界のすぐれた誰かに賞をあげて励ます側でしょう。

そういう状態では、ぼんやりしているうちに、ラストチャンスを逃してしまう。

なにしろ、こういう大きな受賞があったとき、「賞をあげる国になろう」という人が、あまりいないのですから。

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2018年02月25日 (日) | Edit |
ピョンチャンオリンピックが、閉会しました。

北朝鮮の参加、韓国との合同チームの結成では、「オリンピックの政治利用」をめぐっての話もありました。多くの場合「オリンピックの政治利用はいけないに決まっている」という前提で語られるわけです。

しかし、オリンピックというのは、本来の目的からして巨大な政治的装置ではないでしょうか。たんなるスポーツの祭典などではない。

もちろんスポーツ大会ではあるのですが、それを素材として、国際的な「平和」を演出することが、オリンピックの最も重要な特徴です。そこが多くの国際スポーツ大会とのちがいです。サッカーワールドカップでさえ、オリンピックとくらべれば、たんなるスポーツ大会です。

だからこそ、開会式や閉会式などの儀式的な面に、異様なまでに力を入れる。儀式を通じての理念の確認やメッセージの発信が、オリンピックでは大事なのです。

古代オリンピックは、その開催時期の3か月のあいだ、ポリス(ギリシアの都市国家)の間でなんらかの戦争が行われていても、停戦となっていました。

そのルールは、ポリス間の戦争が絶えなかったギリシア世界を、戦争の泥沼に陥らないようにする、歯止めの意味を持っていたはずです。

そのコンセプトを、近代世界において再現したのが、今に続く近代オリンピックです。それはひとつの社会的な発明でした。

オリンピックというのは、そもそも非常に政治的なものなのです。

戦争が絶えない国際社会のなかで、破滅的な戦争の歯止めに少しでもなれば、というのがオリンピックというイベントの果たすべき機能です。

それを実現するには、むき出しの国威発揚やナショナリズムはたしかにマイナスです。しかし、国家を代表する選手の対抗戦である。だから、話がややこしい。

オリンピックじたいは、本来政治的なもの。しかしそれは「国際協調」とか「世界平和」という政治目的であって、そのためには、個々の国家の国益を押し出すような政治利用は排除されるべきだ、ということ。

その点で、今回の北朝鮮や韓国の動きは、それぞれの国益や政治的意図があまりにも前面に出ていたので、問題視されて当然でしょう。

そのような各国の政治的利害を、ほんの一時であれ棚上げにして忘れさせてくれる(そんな気分にさせてくれる)ことこそが、オリンピックの目指す政治的機能であり、平和への貢献なのです。

スポーツそのものは、おそらく平和にはほとんど貢献しない。

しかし、スポーツを素材としたオリンピックという国際イベントは、世界の平和に対し、それなりの影響力を持つ政治的装置です。だからこそ、私たちの多くは、このイベントに妙にひきつけられるのです。

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2018年02月03日 (土) | Edit |
ビットコインのような今の仮想通貨は、自分では持っていませんが、重要なものだと思っています。

今は投機の手段としてのブームであり、それは一過性のものでしょう。最近のコインチェック騒動みたいなさまざまな不祥事が、これからもあるでしょう。技術的にもいろいろな変化があるはずです。

でもそういう短期的なことは別にして、数十年以上のスパンの長期でみれば、仮想通貨は、お金の歴史における世界史的な革新では、と思います。キワモノではないということです。

紀元前500年代にギリシアや中国でコインが本格的に流通しはじめたことや、西暦1000年頃の宋代の中国や1600年代以降の近代ヨーロッパで紙幣が使われるようになったことにも匹敵する革新なのではないかと。

この仮想通貨の技術で、決済(お金のやり取り)は、すごく簡便でローコストになります。巨大な組織による集中管理も不要です。

こういうことは一般に言われているわけですが、やはりその意義は大きく、いろんな使いみちがあるはずです。海外とのやり取りやスモールビジネスの決済に便利なのは明らかです。でも、それだけにはとどまらないでしょう。

今後は「投機対象」としてではない、「新しい決済手段」の技術革新としての仮想通貨の本来の価値のほうが、クローズアップされていくでしょう。そして、その価値を生かすための法制度などの社会的な枠組みをどうするのか、という議論が一層さかんになってくる。

そして、やがては仮想通貨の「価値」は「あたりまえ」になるはずです。

つまり、今の仮想通貨(もしくは仮想通貨的な技術)は、お金のデジタル化ということが、いよいよ本格的に実現する、そのスタートだと。

そもそも、コインにせよ紙幣にせよ、お金の技術革新によって登場する新しいお金は、みな「仮想通貨」だった、ともいえます。

コインは、それまでの青銅器文明で用いられた貨幣である金銀の粒やインゴット(かたまり)という「本来のお金」にかわる「仮想通貨」でした。しかし、コインという仮想通貨は社会に定着し、ふつうの、本来のお金になっていきます。

コインとは、額面などが刻まれ、権力や権威によって発行される金属の貨幣のこと。これは、それまでの金属の粒やインゴットにくらべ、決済の道具として簡便でした。粒やインゴットは、取引のたびに重さを天秤などで確認することが求められましたが、コインはそれが不要です。権力や約束によって、そのコインの価値(金額)が決まっているからです。

お札(紙幣)も、コインという「本来のお金」対する仮想通貨でした。デジタル技術ならぬ、当時の最新テクノロジーの「印刷」を用いた仮想通貨です。高額の取引のとき、コインを多く持ち運ぶのは重くて大変ですが、紙幣は軽くて便利です。紙幣もまた決済の簡便化をもたらしたのです。

昔は「兌換紙幣」(だかんしへい、金貨・銀貨という本来のお金との交換が保証されている紙幣)というしくみがありました。お札という仮想通貨をみんなに信用してもらうには、必要な制度でした。

しかし、今のお札は基本的に「不換紙幣」となりました。これはつまりお札が「本来のお金」に昇格したということ。

コインだって、もともとはその額面に相当する量の金銀などの「本来のお金」を含んでいる、という前提でした。しかし、のちには金銀の含有量は少なくなっていきます。つまりコインもまた不換紙幣的になっていきました。

でも、少ししか貴金属を含まないコインであっても、その価値を人びとは認め「本来のお金」として扱うようになっていったのです。

それならば仮想通貨も、いずれ事実上「本来の・本物のお金」になることが考えられます。

ただしそのときには、今のように比較的緩やかな規制でのもとで発行できるものではなく、国家権力の強い統制下におかれるのではないかと思います。

通貨発行は、公共性がきわめて高く、発行者に大きな利益をもたらし得る「ビジネス」です。国家は放っておかないです。ITによる電子的な通貨発行、つまり今の仮想通貨は、紙幣の印刷よりもコストの少ない、究極のビジネスになる可能性があります。

コインや紙幣にも、過去には比較的自由にいろんな主体が発行していた時代がありました。しかしその後、統制が強くなり、国家による独占の方向に進んでいったという歴史があります。

しかし一方で、ネット上の仮想通貨というのは、国家が統制しにくい面もあるかもしれない……それでも国家が本気になれば、わかりません。

このように、仮想通貨を「(あぶないかもしれない)儲け話」というのとは違う視点でみることも大事ではないでしょうか。ただし、今時点の仮想通貨はまだまだ発展途上であり、「本来のお金」とは相当な距離があることは、忘れてはいけないはずです。

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2018年01月05日 (金) | Edit |
元旦に、NHKのドラマ「風雲児たち~蘭学革命篇~」をみました。みなもと太郎の歴史マンガの原作を、三谷幸喜による脚本でドラマ化したもの。

1700年代後半の江戸時代に、オランダ語の医学書「ターヘル・アナトミア」の日本語訳である『解体新書』を出版した杉田玄白(1733~1817)、前野良沢(1723~1803)らのお話。

『解体新書』は、日本初の西洋の学術的書物の翻訳でした。「ターヘル・アナトミア」に感動した玄白と良沢(江戸に住む、それぞれ異なる藩の藩医)が中心となって、3年半かけて苦労の末に翻訳書を出版した。1774年、明治維新(1886)の110年余り前のことです。

同書の翻訳を志したとき、玄白は「ABC」もおぼつかない初心者。それなりにオランダ語を学んでいた良沢も、数百語の単語がわかる程度。蘭和辞典などまだ存在しない。

書物の翻訳なんて、ほんらいは無謀なことでした。それでも彼らは成し遂げた。翻訳の経緯や苦労を、杉田玄白は晩年に『蘭学事始』という手記にまとめています。

『解体新書』によってヨーロッパの科学や学問が圧倒的にすぐれていることが日本で知られるようになり、一部の知識人によって本格的にヨーロッパの学問を吸収しようとする動きが活発化しました。「蘭学」の成立です。

「鎖国」をしていた当時の日本では、西洋ではオランダとだけ国交があったので、ヨーロッパの知識はオランダをとおして入ってきました。だから、西洋の学問≒オランダ(阿蘭陀)の学問、つまり「蘭学」ということでした。

NHKのドラマは、史実と脚色をおりまぜながら、『解体新書』が生まれる物語を、感動的に面白く伝えていました。元旦にふさわしい良いドラマでした。

現実的でプロデューサーとしてすぐれていた玄白と、翻訳作業の中心で一途な学者肌の良沢。異なる個性を持つふたりのコンビネーションや、異なるがゆえの対立や葛藤などもうまく描かれていました。

***

それにしても、なぜ『解体新書』『蘭学事始』の物語は、感動的なものとして広く知られているのでしょう?

見方によっては、たんに「西洋の本を翻訳しただけ」といえなくもない。なにか大きな新発見をしたわけではない。

翻訳者が歴史上の「偉人」「英雄」として語られ、これだけ多くの人に知られている、というのはじつに日本的なことなのではないでしょうか。

その日本的な発想とは、「自分たちの外側に世界の“中心”があり、その“中心”に学ぶことがきわめて重要である」という意識です。

そのような意識が、みんなの前提となっている。だからこそ、みんながすんなりと『蘭学事始』の物語に感動できる。

日本人にとって「中心に学ぶ」ことは、少なくとも飛鳥時代くらいからの、国ができて以来、最高に意義のある課題や仕事であり続けました。この考えは現代にいたるまで多くの日本人のなかに深くしみついているといえるでしょう。

玄白や良沢は「学ぶべき、新しい中心を発見した」ということになります。

それまでの中国にかわる「西洋」という新しい中心の発見。中国にかわる中心の発見は、日本の歴史上かつてない画期的なことでした。

玄白たちは医学のなかの解剖学的知識という、比較的白黒をつけやすい分野で、中国の医学書よりも西洋の医学書のほうが圧倒的にすぐれていることを発見したのですが、それはたんに医学だけにとどまらず、科学技術や文明全般において西洋が優越することを示すものでした。

玄白は『解体新書』の序文ともいえる「凡例」のところでこう述べています(酒井シヅによる現代語訳。講談社学術文庫『解体新書 全現代語訳』より)。

“思うにオランダの国の技術はひじょうにすぐれている。知識や技術の分野において、人力の及ぶかぎりきわめつくしていないものはない”

西洋の科学技術は圧倒的にすぐれている――のちの時代には常識であっても、玄白たちの時代には、まだ常識ではない、新しく過激な見解でした。

そして「異端」「危険思想」として弾圧される恐れもありました。だからこそ弾圧を受けないよう、玄白たちは手をまわしています。

たとえば、ドラマでも描かれていますが、将軍の奥医師を務める蘭方医の名家・桂川家の四代目であった桂川甫周(ほしゅう)に、『解体新書』の翻訳でそれだけの貢献はしていないにもかかわらず、「閲者」(監修者)という高い肩書きを与えたりしているのです。

“このようなかたちで彼(桂川)の名をあげておけば、いかにも『解体新書』は官許をうけて出版されたかのような印象を与えたから”ということです(赤木昭夫『蘭学の時代』中公新書)。

「西洋はすぐれている、学ぶべき新しい中心だ」――それが弾圧のリスクを背負いながら玄白たちが伝えた最大のメッセージでした。このメッセージは、その後の日本に重大な影響を与えたわけです。

やはり玄白たちの仕事は、たんなる「翻訳」を超えた、挑戦的・創造的なものでした。学ぶべきものを新たに発見し、それを選びとることは、見識や勇気の要る、難しいことです。

***

でもそのうち、日本人は『蘭学事始』の物語には、感動しなくなるかもしれません。

「外部である“中心”に学ぶことの重要性」という意識が薄れてきているように思います。

自分たちが中心になってきた、外部に学ぶべきことは少なくなった、むしろ自分たちが世界に発信する“中心”となるべきだ――そんな意識が最近の日本では強くなっています。日本の技術や文化を礼賛する言論やテレビ番組があふれ、外国へ出て本格的に学ぶ留学生が減少傾向だったりする。

一方で、主流派の知識人は欧米で権威を認められた学説や言論を輸入することには相変わらず熱心です。

欧米の権威を翻訳・輸入することは、たしかに重要で意義のあることです。でも、今の時代では弾圧される危険もない、ごく安全な行為です。江戸時代でいえば、国家公認の儒学をやっているようなもの。玄白のときのような挑戦的・創造的な感じとはちがう。

本気の、それこそ命がけの情熱をもって“中心”に学ぶというのが、今の日本では薄れているのかもしれません。

それは無理のないことだと思います。蘭学の時代のような創業期ではないのだから。そして、日本はたしかに先進国にはなったのだから。

でも、ほんとうに今の日本にはもう「蘭学」にあたるような、学ぶべき外部の技術や文化はないのでしょうか。

そんなはずはないでしょう。

たとえばインターネット関連や金融の分野。この分野では、自動車産業のような成功を、日本の企業は達成していないわけです。つまり、自動車産業に代表される近代工業の場合ほど、うまく“中心”であるアメリカに学ぶことができませんでした。

今のアメリカの経済や世界でのリーダーシップを支えているこれらの産業(ITや新しいタイプの金融)がアメリカで勃興したのは1980年頃からのことでしたが、その重要性を日本の主流の人びとが認識するには、ずいぶん時間がかかりました。日本人でも早くから認識していた人もいましたが、天下を取ることはできませんでした。

今でもインターネット関連の新しい産業や、従来型ではない金融の新しい動きに対して「あんなものは」というオジさんはたくさんいるし、その人たちの影響力は小さくない。

私には具体的には見当もつきませんが、今現在にも自分なりの「蘭学」をアメリカなどのどこかの外国に発見して、夢中で取り組み、日本に広めようとしている人がいるはずです。

そういう人たちが逮捕・処刑されることは今の時代ではないでしょうが、たいていの場合、社会の主流からは冷たくされたりバカにされたりされるはずです。

私も創造の最先端を担うなどということはできないとしても、せめて「蘭学」に挑んでいる人の足を引っ張るようなことはしたくないものです。その程度には創造的でありたい。

今回のドラマでも幕府の医術の主流だった漢方医が、『解体新書』を非難して邪魔をする場面がありましたが、ああいう側にはなりたくない。でも、よほどしっかりしていないと、今の日本だと私たちは創造的な挑戦をしている人たちの足を引っ張ってしまう恐れがあると思います。

停滞や衰退の兆しのある国というのは、そういうものです。だから、自覚が必要なのです。

たとえば、「民泊」のような欧米で始まった新しいサービスに対して、日本ではいくつかの自治体が積極的な規制をかけておさえようとしています。自治体は多くの住民の意向を汲んで、そうしているのです。

「住民」というのは、私たちのことです。ドラマ「風雲児たち」に感動した人でも、「民泊なんていうものが近所にできて、自分の生活に悪い影響がないか心配だ」と思う人がいるはずです。

民泊というのは、じつはそんなに重要ではないかもしれませんし、ほんの一例です。ただ、欧米などの海外で生まれ広まったいろいろなものが日本では広まるのに時間がかかりそうだという例は、ほかにもあるはずです。「タクシーにおける民泊」といえるウーバーのようなサービス(民間の一般車両の配車・旅客輸送)も、日本では規制によって本格的にはまだ始まっていません。

たぶん、そういうことが積み重なって、国は衰退していくのです。

『蘭学事始』の物語は、これからも日本人に重要なことを教えてくれるはずです。大事にしたほうがいいでしょう。その意味で、今回の正月のドラマは良かったと思います。

(以上)
2017年12月07日 (木) | Edit |
11月19日(日)の日経新聞で、こんな記事がありました。
見出しはこうです。

“歴史の教科書 龍馬が去る?”
“ガリレオも…高校の用語半減案”
“暗記→流れ学ぶ教育重視”


記事の冒頭には、こうあります。

“高校の日本史、世界史で学ぶ用語を現在の半分弱の1600程度に減らすべきだとする提言案を高校、大学の教員団体がまとめた。暗記項目を絞り、社会の成り立ちを流れで学ぶ歴史教育を重視する……教科書会社の対応が注目される”

記事によれば、今のおもな日本史・世界史の教科書には3400~3800の用語がのっているのだそうです。これは10年前とくらべ1割増で、1950年代の3倍弱。これを思い切って整理しよう、というわけです。用語が多すぎて、先生も生徒もうんざりしているのです。

“この提言案をまとめたのは高校、大学で歴史教育に携わる教員らでつくる高大連携歴史教育研究会(高大連)”という組織だそうです。私(そういち)は存じあげないのですが、この新聞記事や団体のホームページをみると、私も見聞きしたことのある学者のお名前などがあります。一定の影響力があるのでしょう。

その「削減案」の中身については、記事はこうまとめています。

“高大連は、「教科書本文に必ず載せ、入試でも知識として問える用語」を目安に、約1年かけて用語を精選。特に人名や文化に関する用語は、知名度が高くても歴史上の役割を考慮して大幅に減らした。「上杉謙信」「坂本龍馬」「ガリレオ・ガリレイ」「マリー・アントワネット」などは(教科書に載せるべき用語から)外れた”

このような検討、私も意味があると思います。

しかし、ほんとうは「半減」「○割減」以上のことを考えるべきです。既存の体系を一度置いて、ゼロから「限られた時間でぜひとも教えるべきことは何か」について考えるのです。

それによって用語の数は、ヒトケタ少なくなったり、何十分の一になったりする可能性があります。

学問や教育が進歩すると、知識の蓄積は膨らんでいきます。こんなに増えていって、どうなるんだろうと不安になるかもしれません。

しかし、その進歩が一定の高いレベルまで達すると、知識は整理されていくはずです。

膨大な知識が高いレベルの視点からまとめられ、かつて大事だと思われていた多くのことが、枝葉として位置づけられ、大きな幹が浮かびあがる。その結果、教育の場で教えるべきことがらも大幅に整理される。「幹」をまず教えよう、となるわけです。学問や教育の体系が洗練される、ということ。

手前味噌ですが、拙著『一気にわかる世界史』(日本実業出版社)は、徹底的に「ゼロベースから、多くの人が知るに値する情報だけを伝えよう」という姿勢で書きました。この本に出てくる用語(事件名や人物名など)は、教科書の数十分の一です。

ところで、この歴史教育にかんする新聞記事のヨコには“生物は4分の1に削減 日本学術会議指針”という記事がありました。“高校の生物では、重要用語を現在の2千から4分の1に減らすべきだとする指針を日本学術会議の生物科学分科会がまとめた”とのこと。

日本学術会議は、高大連よりも有力な権威です。
おそらく、自然科学の世界の認識のほうが、歴史研究・教育よりも一歩先をいっているのでしょう。

「4分の1」に削減、というならヒトケタ減らすのも可能でしょう。この数十年の生物学の急速な進歩や洗練を反映した動きだといえる。

「学問・科学の進歩による知識の洗練」という観点は、重要です。

生物学でおこっていることは、その良い例です。歴史学者や先生は、自然科学やその歴史にもっと目を向けたらいいはずです。でも、そこらへんはやや弱いのでは。ガリレオを教科書から外すなどという見解をみると、そう思います。

この話題はテレビのワイドショーでもとりあげれられていて、解説の歴史研究家の方が「私の推測だが、ガリレオについてはこれといった発見をしていないから、と考えたのでは」と述べていました。

いずれにせよ、ガリレオはそれほど重要ではない、ということでしょう。実験を通じて力学や地動説を確立した、つまり近代科学の扉をひらいた人物をそんなふうに評価するのは、やはりどう考えても無知か、歪んだ見識です。

科学の歴史についてそんな理解では、「学問・科学の進歩による知識の洗練」ということも、とうていわからないのでは、と心配になります。科学はいうまでもなく、現代の社会に根底から影響をあたえています。科学の歴史を少しは知らなければ、世界史がわかるはずもありません。

(以上)
2017年08月26日 (土) | Edit |
「中心」衰退の時代

アメリカの覇権の後退で国家のあり方はどう変わるか



アメリカの覇権の後退

私が昨年出版した『となり・となりの世界史』(日本実業出版社)では、「5000年余りの世界史における、世界の繁栄の中心=覇権国といえる大国・強国の移り変わり」を追いかけることで、世界史を「ひと続きの物語」として述べることをめざしました。

つまり、西アジア(メポソタミア・エジプトなど)→ギリシア→ローマ→イスラムの国ぐに→西ヨーロッパ(詳しくみるとスペイン・イタリア→オランダ→イギリス)→アメリカと、世界の繁栄の中心は移り変わってきました。今の世界は、1900年代前半から続くアメリカの時代です。

では、アメリカの時代はいつまで続くのか?

アメリカが総合的にみて世界最強の大国である、という状態ならば、これからも少なくとも何十年かは続くでしょう。もっと続くのかもしれません。

しかし、その圧倒的な力で世界を仕切るという状態=覇権は、これからますます明らかに後退していく。あと20~30 年もすると、かつてのようなアメリカの覇権は過去のものになる。少なくともすっかり様子が変わっている。どこかで、一定の「復興」もあるかもしれませんが、それは限定的なかたちで終わる。

あいまいでおおざっぱな予想ですが、ひとつの視点としては意味があるでしょう。私たちの多くが生きているうちに、大きな変化が一区切りついているのでは?という問いかけでものごとをみてはどうでしょうか。


2000年頃からの変化

アメリカの覇権の後退ということは、1970~80年代にはすでに言われてはいました。

たしかにその頃、アメリカの勢いは1950~60年代よりは後退していました。その一方で「アメリカの後退」という見解には、圧倒的な大国に反発する感情もあったように思います。「こんな国、衰退してしまえ」という願望が混じっている面もあった。

そこで、本当に後退するまでには、まだ時間がかかりました。1990年代には、ライバルだったソヴィエト連邦の崩壊によって、唯一の超大国となったアメリカがまさに世界を制覇したような状況になりました。

しかし、そのようなアメリカの「世界制覇」は、10年ほど続いただけでした。

2000年代(ゼロ年代)初頭の、9.11テロへの対抗策として行ったアフガニスタン侵攻や、その後のイラク戦争は、大きな転換点でした。このとき、アメリカはいろいろな誤りを犯しました。その後、1990年代にひとつのピークに達したアメリカの覇権がさまざまな面で崩れていきます。

一方で、中国をはじめとする新興国の発展がすすみ、世界のなかで大きな存在感を示すようになる、という流れも2000年ころから明確になりました。

今現在の世界の、アラブ・中東のひどく混乱した状態や、中国が新たな超大国として自己主張を強めていることの直接の出発点は、2000年代初頭にあります。

そして、2000年代初頭のアメリカは、勇ましくアフガニスタンやイラクを攻めたのですが、近年のアメリカはシリアなどの中東の情勢に対してかつてのような積極的な行動はとれないでいます。中東で積極的に動いているのは、ソ連崩壊後の混乱から一応は復活してきたロシアだったりするのです。


「アメリカ優先」は「覇権」以前への回帰

トランプの言う「アメリカ優先」は、「覇権国として世界を仕切るスタンスを見直す」ということです。

近年は米国民のあいだで「世界でのリーダーシップよりも自国の問題に専念すべきだ」という世論が高まってはいました。トランプの当選も、そのような流れが生んだといえます。やはり、こういう大統領が出てきたことは、大きな転換点でしょう。

たしかに、昔のアメリカも自国優先の孤立主義をとっていました(「モンロー主義」という)。しかし、そのような内向き志向が優勢だったのは1900年代前半までのことで、それ以前のアメリカは世界の中心=覇権国ではありませんでした。

「アメリカ優先」は、1900年代半ばの「偉大なアメリカ」の復活ではなく、「覇権国となる以前のアメリカへの回帰」を意味するのです。

つまり「世界トップの経済力や軍事力を持つ大国にはちがいないが、世界を仕切るような“中心”ではない」ということ。それがこれからのアメリカのポジションなのだと。

現実としてそうなりつつあったことを、トランプの主張は、基本方針として確認していることになります。そのような方針は、現実の流れを後押しするはずです。つまり、世界の「中心=覇権国」としてのアメリカの役割の大幅な後退です。

ほんとうは「再びアメリカを偉大な国にする」ではなく、「100年以上前の“ふつうの大国”としてのアメリカに回帰する」というべきです。でも、それではあまり輝かしい感じがしないので、選挙に勝てませんね。


「世界の警察官」がいなくなると

このように「アメリカ第一主義」をかかげる大統領が就任するなど、アメリカが覇権国として世界にあたえる影響が大きく後退する流れが明確になってきたわけです。

その影響について、中国やロシアはどう出るか、アラブ・中東の情勢はどうなるかなどの、比較的短期の国際情勢の話はとくにいろいろ出ています。しかしここでは、アメリカという「中心」の衰退が、おもに先進国における国家や政府のあり方に、中長期的にどう影響するのかについて考えたいと思います。これは、私たち日本人にとっても切実な問題です。

アメリカが覇権国として世界を仕切ることに消極的になると、つまり「世界の警察官」をやめると、世界の国ぐにの国家としての機能は、再編成を迫られます。

この何十年かは、世界の諸国のあいだの大小さまざまなもめごとの多くは、アメリカによる仲裁が有効でした。当事者どうしで話し合いがつかないことも、アメリカのジャッジによって一応のケリがつくことがあった。アメリカが前面に出なくても、アメリカが大きな影響力を持つ国際機関がジャッジしたりもした。

軍事的にも、アメリカの傘下に入ることで、ある程度の「属国」的な立場と引き換えに、相当な安全が保障された。

本来は国際社会には、国内の警察や裁判官にあたるような権力は存在しません。

「世界統一政府」がない以上、国際社会にはそれを統制する権力が存在しません。つまり、究極的には個々の国の「力」がものをいう世界です。その点では、かつての日本などの「戦国時代」と変わりません。

そして、20世紀前半までの国際社会は、まさに「戦国時代」だったわけです。

近代以降(1500年代以降)だけをみても、ヨーロッパ諸国は頻繁に戦争をしていますし、そのヨーロッパ諸国を主体として、アジア・アフリカ・アメリカ新大陸でも侵略的な戦いが行われました。あげくの果てに世界大戦です。

近代以前でも、さまざまな国がおこったり滅びたり、領土を広げたりというのは、結局は戦争をしているのです。この何千年のあいだ、世界はおおむねいつも「戦国時代」だった、といってもいい。

しかし、1900年代後半のアメリカは、国際社会の「警察」「裁判官」に準ずるような役割を果たしていました。もちろんそれは「世界統一政府」的な権力とは大きな隔たりがあります。

1900年代後半にも、世界各地ではさまざまな戦争がありました。それでも、1900年代後半の世界では、アメリカの存在が国際社会の「戦国時代」的な本質を、かなりおさえこんでいたのは事実でしょう。

アメリカの覇権の後退は、国際社会の本質が「戦国時代」であることを、再びあきらかにするはずです。

それは、かならずしも世界大戦のような大戦争に直接つながるということではないでしょう。

しかし、「自国優先」を掲げる利害や立場を異にする国ぐにがせめぎあい、ときにはげしく対立し、一方で利害が一致すれば、協力したり同盟したりする。そのような局所的な対立や同盟が、あちこちで起こる。

その動きを仕切る有力な存在はなく、もちろん国のあいだのもめごとをさばく警察官や裁判官はいない。

トランプ大統領は2017年1月の就任演説でも、これまで述べてきた「アメリカ優先」という原則をあらためて強く主張していました。そして、ほかの国もアメリカにならえばよい、と。

これは、「世界は戦国時代に戻る」という宣言です。


国家の「統治」的活動の強化

戦国時代的な国際社会では、それぞれの国は、ほかの国ぐに(油断のならない危険な存在)に対し対抗できるだけの力や体制を強化することが求められます。

その最も切実な要素が、国防・軍事にかかわることです。

軍隊そのものの組織や装備を強化するだけではありません。有事の際に、社会全体が軍を支える体制を築く必要があります。いざというとき国全体が安全保障のために結集できるようにする。その体制の邪魔になる反対者を排除するしくみも、当然重要になります。

日本でも、現総理をはじめ一部の政治家は、この問題をこれまで以上に真剣に考えていることでしょう。一方でその動きをおおいに危惧している人たちもいます。

「外敵から自分たちの社会を守る」という機能や目的は、国家にとって最も根本的なものです。近代国家では、国民であれば否応なくそのための国家の活動に動員されてしまう。直接軍隊にとられることがなくても、何らかの協力や関与、あるいは犠牲を求められる。

そして、そのような動員をするだけの力を、行政の発達した現代の国家は持っています。第二次世界大戦のときなどよりもはるかに、です。

「社会を外敵から守る」「そのために国民を動員する」「動員の体制やしくみをつくる」というのは、法の体系では「公法」といわれる分野の活動です。政治学の言葉でいえば国家の「統治」的な活動です。

「戦国時代」的な本質があらわになった国際社会では、国家の「公法」あるいは「統治」的な活動は、強化されることになるでしょう。逆にそれができなかった国は、「戦国」の世のなかで不利な立場になる。

「公法」「統治」の面では、国家や政府の存在感は、今後大きくなるのではないか。今のように国際情勢が不透明さを増すときには、ばくぜんと「国家の解体」みたいなことをいう人がたまにいますが、まちがいだと思います。


「行政」面での劣化

しかし一方で、国家の存在感が薄くなったり、機能が弱体化したりする領域もあるのではないか。

ここでいう「統治」以外にも、国家の重要な役割はあります。国民の生活により密接な、さまざまな規制や利害調整、サービス、福祉などにかかわる領域です。これは「行政」といいます。

国家の能力は有限です。だから、国防や治安などの「統治」についての国の仕事や予算が増えると、「行政」の面が割を食うことになります。

目につきやすい分野でいうと、社会保障や福祉、学校教育、さまざまなインフラや公共施設の維持管理といった部分で、国の仕事が劣化していく恐れがあるということです。少なくとも、今後ますます増大するであろう国民の期待やニーズに対応できなくなっていく。期待とのギャップが大きくなっていくのです。

つまり、年金の支給額が減ったり、公立学校がひどく荒れたり、傷んだ水道管や道路が放置されたり、公園や図書館が閉鎖されたりする恐れがあるわけです。

経済発展が急速な新興国なら、経済とともに政府の規模や予算も大きくなっていくので、こういう問題は顕在化しないのかもしれません。

しかし、経済成長が停滞する一方で財政の悪化に苦しむ先進国では、「行政の劣化」の問題は深刻になるはずです。先進国では、政府の予算や人員などを大幅に増やすことはできないので、「統治」を拡充すれば「行政」を削減せざるを得ないのです。

ただし、「行政の劣化」の恐れは、「アメリカの覇権の後退→各国の“統治”の強化」ということ以前に、先進国では財政の悪化(おもに高齢化にともなう社会保障費などの負担増による)という面から問題が生じつつあります。

だから、アメリカの覇権の後退→各国の統治の強化(“行政”が割を食う)という流れは、すでに生じつつあることを後押しするものといえるでしょう。


「国家に代わる存在」による補完

では、国家における「行政の劣化」が進むと、社会のなかでどういう動きが出てくるでしょうか。

政府が生活に密着したサービスを十分に供給し得ない社会では、その不足を埋める活動へのニーズが高まるでしょう。かつて国家が行っていたことを、国家以外の存在が行おうとする動きです。

そのような「国家に代わる存在」としては、有力な企業、NPOやNGOなどの民間組織、さらにプライベートなサークルなどの人のつながりといったものが考えられます。

それから、国家財政が疲弊しても、地方・地域によっては経済力があって財政が充実していることがあるので、そのような「有力な地方自治体」という存在も、国家に代わるものとして考えられます。

地方自治体は、ここでいう「国家」「政府」の一部ではありますが、全体として弱った国家の「行政」的な機能を補完する存在として期待が高まるケースがあり得る、ということです。

つまり、首相や大統領に暮らしを守ってもらう、というだけでなく、どこかの社長・CEOや民間組織のリーダーや一部の知事や市長に守ってもらう、ということがクローズアップされてくるのです。

これにかかわる現象はあちこちで起こっています。

最近の一部の大企業は、従来の「株主利益優先」を改めて、公益への貢献を意識した動きをしています。

NPOへの関心は、日本ではこの10数年で急速に高まりました。「政府はもう頼れないから、仲間とのつながりがセーフティーネットになる」といったことは、最近はかなり言われています。

また、有力な自治体で注目を浴びる知事があらわれ、もてはやされたりもしている。

これは、主体的・積極的な立場で考えれば「国家に代わって新しいサービスをつくりだす活動は、これからの社会ではきわめて意義がある」ということです。企業の公益的な活動、NPOやNGO、ある種のコミュニティで重要な役割を果たすことが、これまで以上に評価されるということです。

やや受け身の立場で考えると、「国家に代わる存在にうまくアクセスして、そのサービスを享受することが自分を守ることだ」という発想になるでしょう。「国家に代わる存在」は、国家ほど幅広く万人に開かれた存在ではないので、主体的にアクセスしないとそのサービスや保護を受けられません。

これは、国家の枠組みが崩壊するということではありません。

国を外部の脅威から守ったり、治安や秩序を維持したりといった政府の活動によって、社会が国としてまとまっている状態は維持されるでしょう。

そのように、国家によって治安や秩序が維持されないと、企業もNPOも個人も安定した活動はできません。国家は依然として個人や組織が存在するための基礎的な枠組みなのです。

しかし、政府による国民へのきめ細かいサービスは後退する恐れがあるので、それに伴っていろいろな変化があるだろう、ということです。

以上、アメリカというこれまでの「中心=覇権国」の衰退・後退に伴って(とくに先進国で)何がおきるか、について考えてみました。

このように、大きくものごとをみて連想や推論を広げていくことは、ときどき行ったらいいと思います。もしも「読み」が当たらなかったとしても、これから起こることをより深く認識するための視点や手がかりにはなるはずです。


(注)
*アメリカの覇権の後退によって、戦国時代的な国際社会が再びあらわれるという見方は、すでに“「Gゼロ」後の世界”といういい方で、イアン・ブレマーという人が以前から述べています。ブレマーによる2012年の著作『「Gゼロ」後の世界』(日本経済新聞出版社)は、今あらためて読むと、見事だと思います。数年前の本ですが、今現在や近未来の状況を理解するのに、おおいに参考になります。

また、アメリカの覇権の衰退やその影響については、私が若いころから影響を受けてきた政治学者・滝村隆一さんも、ブレマーと重なる見解を述べています(『国家論大綱 第二巻』勁草書房、2014年)。国際社会の基本が「戦国時代」であるという見方や、国家の「統治」的活動といった概念は、滝村さんからのものです。私は、ブレマーや滝村さんの主張を、自分なりに編集・要約して述べているつもりです。

(以上)
2017年08月16日 (水) | Edit |
今回の記事は、もともとは若い人が編集・発行する小さな雑誌にのせるためにまとめたものですが、その雑誌が出せないことになったので、当ブログにアップすることにしました。



日本のすべての法令を分類する

みえてくる社会のしくみ


この日本には、どんな法律があるのか、それはどのくらいの分量なのか――そんなことは考えたことがない、という人が多いと思います。でもこれは、世の中のしくみを知るうえでそれなりに大事なことなのです。


日本の法令を全部集めた本は?

では、「日本で現在通用している法令(法律やそれに準じた政令など)を全部集めた紙の本」というのは、あると思いますか?

『六法全書』(発行・有斐閣)などがあるのでは?と思うかもしれません。でもあれは、主要な法令だけを集めたもので、全部を集めたのではありません。

なお、「六法」とは、憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法の6つをいいます。法律はこの6つ以外にも数多くありますが、「この6つがとくに代表的で重要」ということです。また、いろいろな法令を集めた本(法典集)のことを一般に「六法」といいます。

***

日本の今の法令を全部集めた紙の本というのは、あります。

『現行法規総覧』と『現行日本法規』という2つの本です。『現行法規総覧』は衆議院・参議院の両院の法制局で、『現行日本法規』は法務省で編集しています。どちらも「加除式」といって、法令の改正に応じてページをさしかえる方式です。両者はほぼ同内容ですので、ここでは『現行法規総覧』(発行は出版社の第一法規)に沿って話をすすめます。

「法令」とは、「法律」と「命令」の両方のことです。法律は、国会で制定された社会のルールです。命令は、法律の枠内で内閣や各省庁などの行政機関がつくったルールで、内閣による「政令」と、各省庁の大臣による「省令」などがあります。命令にも法律のように政府や国民を拘束する効力があります。

法律は基本的なルールで、細かいことを規定していないことも多いです。命令(政令や省令など)で細かいことを決めているのです。なお、「法規」という言葉は、法令とほぼ同じ意味で使われます。*1


『現行法規総覧』の分量

では、『現行法規総覧』は、どのくらいの分量になると思いますか?

これは、「全何巻くらいか」で考えてみます。『現行法規総覧』の1巻は、2000~4000ページです。1ページは2段組みになっていて、日本国憲法なら5~10カ条ほどの条文がのっています。

おおまかに「『現行法規総覧』の1巻には百科事典1冊分くらいの情報が書かれている」とイメージしていいでしょう。

それが何冊分あるのか?――10冊分、30冊分、100冊分? それとももっと多い?
 
***

私が調べた2001年11月時点では、『現行法規総覧』は本文が98巻、索引が5巻で、計103巻です。本文98巻の総ページ数(目次除く)は、27万ページになります。*2

このおよそ100巻に、日本という国家・社会をどう運営するかについてのルールが詰まっています。それは「法令というコードで書かれた日本国の設計図」といっていいでしょう。あるいは、「日本国という巨大な怪物の遺伝情報」といってもいいです。


どんな法令が大きな比重を占めるか

では、この27万ページのなかでは、どんな法令が最も大きな比重を占めているのでしょうか?

それを考えるには、そもそも「どんな法令があるのか」のイメージが必要です。そこで『六法全書』で、法令をどう分類しているかをみてみましょう。(分類の名称は『六法全書』によるが、説明は筆者・そういちによる)

(法令の分類)
①公法…国の根本的な法である憲法、政府の組織と運営に関する法令(憲法、国会法、裁判所法、行政手続法、地方自治法、警察法、教育基本法、所得税法など)

②民事法…個人の権利関係や商取引に関する法令(民法、商法、会社法、民事訴訟法など)

③刑事法…犯罪の処罰や防止に関する法令(刑法、監獄法、刑事訴訟法など)

④社会法…福祉・社会保障、保健衛生、労働、環境に関する法令(健康保険法、生活保護法、労働基準法など)

⑤産業法…経済活動や業界への規制・支援(独占禁止法、銀行法、農地法、建設業法、鉄道事業法、電波法など)

⑥条約…外国との取り決め(国連憲章、日米安保条約など)

条約も、政府の活動や国民生活を規制(≒拘束・制限)するので、広い意味での法令だといえます。

では、①公法、②民事法、③刑事法、④社会法、⑤産業法、⑥条約 のうち、『現行法規総覧』で最も多くのページを占めているのは、どれだと思いますか?

***

『現行法規総覧』(2001年11月確認)のページ数の内訳は、つぎのようになっています。

日本の法令白黒

①公法(憲法や政府の組織・運営) …8.2万㌻(全体の30%)
②民事法(個人の権利関係・商取引など) …0.8万㌻(3%)
③刑事法(犯罪の処罰・防止) …0.2万㌻(0.7%)
④社会法(福祉・社会保障や労働など) …2.5万㌻(9%)
⑤産業法(業界規制など) …10.6万㌻(39%)
⑥条約(外国との取り決め) …4.6万㌻(17%)
合計 26.9万㌻

このデータはやや古いですが、基本的な状況は今も変わらないとみていいです。

最も大きな比重を占めるのは⑤産業法で、全体の約4割。つぎは①公法で、全体の3割です。

一方、②民事法には民法・商法などの、③刑事法には刑法などの基本的で重要な法律が含まれますが、全体に占めるページ数は多くありません。

日本の法令の分類グラフ

さらに細かく分類したグラフを書くと、次のようになります。

現行の全法令

⑤産業法でページ数が多いのは、鉄道事業法、道路運送法などの「交通・運輸」(2.4万㌻)と、農地法などの「農林水産」(1.7万㌻)に関するものです。交通・運輸の規制は、昔から政府の重要な仕事だったので、それを反映しています。

また「農林水産」の法令は、農業などが今の経済に占める比重の割に、かなり多いです。小売業や機械・化学・繊維などの、製造業に関するさまざまな法令を含む「商工業」(1.0万㌻)よりも多いのです。農業に対する多くの規制や保護があることのあらわれです。

①公法で最も重要なのは、憲法とその関連法令(4000㌻)や、「国会・選挙」(2500㌻)に関する法令(国会法・公職選挙法など)ですが、それらは公法のなかのほんの一部です。

公法にはこのほか、内閣法や行政手続法などの「行政一般」(9000㌻)、地方自治法などの「地方自治」(1.1万㌻)、裁判法などの「司法・法務」(5000㌻)のほか、「警察・消防」「教育・文化」「財政」「国土計画」「国防」「外交」と、さまざまな分野があります。

つまり、今の法令でとくに大きな比重を占めるのは、「政府の組織・運営(公法)」「業界の規制(産業法)」などの行政にかかわるものです。「行政」とは、「政府(国と地方自治体)が政策のために積極的な・踏み込んだ規制やサービスを行うこと」です。*3

そのような「政府の組織・仕事」に関する法令をまとめて、「行政法」といいます。民法や刑法のような意味での「行政法」という法律があるわけではなく、広い範囲の法律を含む総称です。

福祉・社会保障や労働などにかかわる社会法も、政府による積極的な規制やサービスについて定める、行政法的なものといえます。これに対し民事法は、一般的な商取引などの国民の私的な活動に関するものです。刑事法は、政府による規制としては消極的な最低限のルールです。

つまり、今の日本の法令で分量の大部分を占めるのは、行政法といわれる分野です。


政府の変化と法令の変化

昔(明治時代~昭和の戦前期)は、産業法や社会法は、今ほど大きな比重を占めていませんでした。

つぎのグラフは、1918年(大正7、第一次世界大戦終結の年)の日本の法令をすべて集めた『現行法令輯覧(しゅうらん)(大正七年版)』(内閣記録課編・帝国地方行政学会刊)という本のページ数の内訳です。分類の仕方は、上記のグラフとだいたい同じです。

『現行法令輯覧』は、上下2巻で4800ページですが、『現行法規総覧』よりも本のサイズが大きく、文字もびっしり詰まっています。1ページあたりの情報量は、『現行法規総覧』の数倍~10倍ほどです。そこで、当時の法令の分量は、現在(2001年)の『現行法規総覧』の数万ページ分=今の10分の1~数分の1だったと考えられます。

大正の全法令

1918年当時、法令のなかで圧倒的に大きな比重を占めていたのは、政府の組織・運営を定めた①公法で、全体の56%でした。

現在は39%を占める⑤産業法は27%で、今ほど大きくありません。④社会法は現在の9%に対し、当時は3%でした。現在17%を占める⑥条約は、4%です。そのぶん②民事法、③刑事法の占める割合が大きくなっています。

昔の政府は、規制やサービスを今ほどは行いませんでした。それが戦後(1945年以後)になって、福祉を充実させたり、企業に対する規制を強めたりしました。国際的な交流も活発になりました。
 
政府の活動は、法律とそれに基づく命令に従って行われます。これは、「根拠になる法律がないと政府は動けない」ということです。だから、政府の活動範囲が広がると、それに応じて法律は増えていきます。*4

④社会法、⑤産業法、⑥条約は、政府の活動範囲が拡大・変化したことで大きくなった分野なのです。


特殊六法の世界

ところで、「六法」と名のつく本には、『六法全書』のように「いろいろな分野の主要法令を集めた本」のほかに、特定の分野や業界にかかわる法令だけを集めたものもあります。こうした本を「特殊六法」といいます。

企業や役所などにとって、自分たちの業界に関する法令を知ることは必要なので、そのニーズにこたえる本です。民間の出版社が編集・発行しています。

たとえば、鉄道関係者(鉄道会社や国土交通省などの人たち)のために『鉄道六法』という本があります。トラックやバス・タクシーの関係者には『自動車六法』があり、人事・労務の担当者のためには『人事六法』や『労働法全書』があります。

証券業界の人には『証券六法』、不動産業界の人には『不動産六法』、医療関係者には『医療六法』、自治体の職員には『自治六法』、学校関係者には『教育六法』、警察官には『警察六法』、そのほかにも『環境六法』『登記六法』『栄養・調理六法』『廃棄物・リサイクル六法』『スポーツ六法』等々……さまざまな分野の特殊六法があります。

これらの特殊六法は、行政法的な法令をおもにおさめています。

最近は、インターネットによる法令の検索という手段もありますが、企業や役所では、オフィスのどこかに、自分たちの業界や仕事に関する特殊六法が置いてあることが多いのです。

 
知っておくべきこと 

ここまでをまとめると、つぎのとおりです。

・世の中には、社会のさまざまな分野をカバーするぼう大な法令が存在する。憲法、民法、刑法などのよく耳にする法律は、法令全体のなかのほんの一部である。(ただし、分量は小さくても、影響の大きな重要な法律ではある)

・法令の大部分は、「政府の組織・運営」や「政府が積極的に行う規制やサービス」に関する行政法的なものである。

そこで、今の社会で活動的な人は、行政法と向き合わざるを得ないのです。企業や役所で責任のある仕事をしている人は、とくにそうです。

たとえば企業で新しく店を出す、工場を建てるといったとき、さまざまな許認可を得ないといけません。許認可とは、法律で規制されていることについて、行うための承認を役所から得ることです。法律によって「免許」「許可」「認可」「届出」などいろいろないい方をしますが、それらをまとめてここでは「許認可」といいましょう。

スーパーマーケットであれば、各種の食品販売(乳類・食肉・魚介類・酒類など)、飲食店営業、建築、消防、労務等々に関する許認可の手続きをしないといけない。つまり、それぞれの分野の法令の基準を満たすようにすべてを整えて、説明する書類を所管の役所に提出するのです。

個人でも、消費者ではなく何かをつくる側になろうとすれば、行政法がかかわることが多々あります。小規模であっても起業するなら、行おうとするビジネスについて、それを規制している法令はないか、許認可の手続きはどうなっているかを確認しないといけません。

許認可なしで、カフェやカットサロンや古本屋を営むことは、法令違反です(刑事罰の対象になる)。カフェは食品衛生法、カットサロンは美容師法、古本屋は古物営業法に基づく営業許可が必要です。*5


ベンチを置くには

もっと限られたことをする場合でも、行政法がかかわることがあります。

たとえば、近所の公道に、みんなが休憩するベンチを置こうとしたとします。行政に頼むのではなく、自分でベンチを用意して設置しようと考えた。

それならば、道路法に基づいて「道路占用許可」というものを「道路管理者」から得ないといけません。道路管理者とは、原則として国・都道府県・市町村のいずれかです。国道なら国土交通省の国道事務所など、県道なら県の、市道なら市の道路管理課(名称は自治体により異なる)が担当です。

もしも許可を得ないでベンチを置いたら、法令違反です。「ここにベンチを置けば、みんなが喜ぶのだからいいじゃないか」というわけにはいかないのです。

占用許可にあたっては、ベンチの材質・形状、設置の場所や方法、道路交通への影響などについて審査されます。場合によっては、道路交通を管轄する警察からも承認を得る必要があります。そして、原則として一定の占用料を、道路管理者に対し定期的に支払わないといけない。

たかがベンチひとつで、面倒ですね。

でも、道路占用許可のような規制がなかったら、公道を占拠するいろんなものがあふれて、多くの人が迷惑する恐れがあります。規制には、やはりそれなりの理由があります。


教わる機会が少ない

私たちが学校の授業でよく教わる法令といえば、おそらく憲法の「平和」や「人権」に関する部分です。テレビのドラマやバラエティで法律が出てくるときは、民法や刑法にかかわることが多いです。行政法的な話は、学校でもメディアでも触れる機会が少ないです。

しかし、これまでみてきたように、行政法のさまざまな規制は、社会のなかできわめて重要なものです。社会の中で活発に動こうとすれば、関係する分野の行政法的なルールを知って、対処することが求められます。

こういうことは、社会についての基本知識なのですが、きちんと教わる機会がなかなかありません。

私(そういち)は、大学は法学部でした。しかし若手社員のときに、会社の事業(運輸関係)の許認可手続きを担当してはじめて、「この社会には大小さまざまの、多くの規制や許認可というものがある」ことがよくわかりました。

教科書で行政法の概論を少しはかじったはずですが、「社会の現場における許認可」のイメージは、つかめませんでした。

また、会社でも許認可の担当者や管理職以外は、会社の事業に関する法令について、特別な機会がなければ、それほどは意識しない傾向がありました。

これはコンプライアンス(法令遵守)ができていない、ということではありません。

社員は社内の規則やマニュアルを守って仕事をしており、そうであれば法令遵守はできるのです。ただ、マニュアル等の根拠となる法令にまでは普段は関心を持たない、ということです。たとえば飲食店のスタッフでも、食品衛生法の条文そのものを勉強している人は、かぎられるはずです。

しかし多くの場合、何かで本格的な専門家になりたければ、その分野を規制する法令を知っておくべきなのです。

行政の許認可については、煩雑で硬直的である、社会の発展をさまたげているといった批判もあります。「規制緩和」の議論です。そのことには、ここでは踏み込みません。

それよりもまず、「行政法の世界というものがあり、それは社会の隅々にまで大きな影響を与えている」という現実をおさえることです。それはこの社会を積極的に生きるうえで、役立つ知識のはずです。

「日本のすべての法令を分類する」ことで、私たちは行政法の世界が法令全体のなかでどんな位置を占めるのかをみることができます。それは、法や社会について、多くの人が見落としがちな部分に光をあてることなのです。

(以上)

注・補足

*本稿は、2001年12月と2002年2月に、教育研究団体の楽(らく)知(ち)ん研究所が主催するワークショップ・研究会で発表したレポートに、大幅な加筆・修正を加えたものである。

*1 政令・省令は、具体的には「○○法施行(しこう)令」「○○法施行(しこう)規則」などの名称になる。どれも法律の細則(細かなルール)であるが、多くの場合、施行規則で施行令よりもさらに詳細なことや手続きなどを定めている。法律で何でも決めようとすると、国会で法案を通すのには時間がかかるので、柔軟な対応ができない。そこで(あくまで法律の枠内で)内閣や大臣の権限で細かなルールを決めることになっている。

また、詳細な事柄は、「通達」などで対応する場合も多い。通達は、役所の中での法令の解釈・運用の方針を定めたもので、上位の役所が組織内の下位の役所に出した指示である。通達は国民を直接拘束するものではなく、正式には法令とはいえない。しかし、役所の対応のあり方を決めるものなので、現実には法令に近い影響力がある。

*2 『現行法規総覧』『現行日本法規』は、都道府県立の図書館や大きな市の図書館などで、みることができるだろう。法令の調べ方については、国立国会図書館のウェブサイト「リサーチ・ナビ」の「日本の法令の調べ方」のページが参考になる。

*3 行政の定義としてはこのほかに、国の権力を「立法(国会など)」「行政」「司法(裁判所など)」の3つでとらえる三権分立の考え方に基づき、立法と司法を除く国家の役割全般をさすことも多い。この場合は、刑事法の分野も行政の一部と考え得る。ここでは、より積極的な政府の活動として行政をとらえる立場(行政法の専門家のあいだではひとつの有力な見方)で説明している。

*4 「根拠になる法律がないと政府は動けない」という考え方は、行政法学では「法律による行政の原理」という。つまり、「行政は法律に従わなければならない」という原則。とくに、国民の権利や財産を侵害する場合には、法律上の根拠が厳格に求められる。映画『シン・ゴジラ』(2016年公開)では、ゴジラとたたかう自衛隊の活動について、政府関係者が法的な根拠を検討するシーンがある。ゴジラを「敵国からの侵略」とみなし、安全保障関連の法律を根拠にするのか?――いや、ゴジラはやはり「国」ではない。では、「自然災害」ととらえて、災害対策の法律でいくのか――そんな検討をしていた。

*5 たとえば美容師法第12条には“美容所の開設者は、その美容所の構造設備について都道府県知事(筆者注:具体的には保健所)の検査を受け、その構造設備が第13条の措置を講ずるに適する旨の確認を受けた後でなければ、当該美容所を使用してはならない”とある。そして同法の第13条では“美容所の開設者は、美容所につき、次に掲げる措置を講じなくてはならない”として“1.常に清潔に保つこと”“2.消毒設備を設けること”等を定めている。さらに、それらの措置に関して、美容師法施行規則に細かい規定がある。たとえば同施行則第25条では、かみそりの消毒について“沸騰後2分以上煮沸する方法”“エタノール水溶液(エタノールが76.9パーセント以上81.4パーセント以下である水溶液をいう…)中に十分以上浸す方法”等々……のいずれかによらなくてはならない、としている。

2017年07月01日 (土) | Edit |
「イスラム国」(IS)が追い込まれている。最も重要な拠点であるモスルが陥落寸前(7月1日現在)で、支配地域も2015年初頭の、勢いのあった時期にくらべ半分程度に減った。

しかし、イラク・シリア地域でのイスラム国が、壊滅状態になったとしても、その残党が世界各地に逃げて、「テロの拡散」という事態を招く恐れも大きい。

そのようなことが、この何日かのニュースでは語られています。
ここでは、報道やその解説とはちがう視点の、中長期のことを考えてみたいと思います。

「イスラム国」が、このまま衰退したとしても、テロリストが「偽りの国家」をつくることは、今後も繰り返されるのではないか。「イスラム国」は、先例をつくったわけです。イスラム国の残党が近いうちにどこかでそれを行うかもしれないし、別系統の集団が行うかもしれない。

「偽りの国家」とは、イラクの首相が、最近の声明のなかで敵の「イスラム国」をさして言った言葉。ここでは「既存の国家からみて異様と思える、国家的な力を持つ組織」という、かなり広い意味で使います。

しかし、今時点では「偽りの国家」の勢力には、世界のなかで「中心」といえる先進国(欧米・日本など)の体制を崩壊させるような影響力はありません。

もちろんテロで犠牲者も大勢出ていますが、それで政府が危機に陥る、というのではない。ただし、シリアやイラクのような「周辺」的な地域では、既存の国家を崩壊させかねない影響力を持っています。

そこで気になるのは、未来において世界の「中心」をも脅かすような「偽りの国家」があらわれるのではないか、ということです。

私は、その可能性は「ある」と思います。少なくとも「十分にあり得る」という前提を、世界の「中心」に暮らす多くの人が共有すべきだと思うのです。

ほんとうは、そんな恐ろしいことを考えたくはないのですが、仕方がない。ただし、その時期についてはよくわかりません。近未来かもしれないし、数百年のうちに可能性がある、ということかもしれません。

***

そこで私は、世界史のなかの、ある事例を思い出します。紀元前の西アジアの「海の民」という人びとのことです。「西アジア」は世界史上の地域区分で、「アラブ」「中東」と、だいたいイコールです。

「海の民」は、紀元前1200年(3200年前)頃にあらわれ、西アジアのアナトリア(今のトルコ)やシリア・パレスティナ地域(地中海東部に面した地域)を席巻した人びとです。特定の民族ではなく、いくつかの民族をまとめた総称です(1800年代の歴史学者による命名)。彼らはみな「海(地中海)」からやってきたのでした。

「席巻」したとは、武力で既存の国家を攻撃し、大打撃を与えたということです。

たとえば当時のアナトリアの大国だったヒッタイトは、海の民の一派に滅ぼされたという説があります。エジプトは、海の民の軍勢をなんとか食いとめましたが、非常な危機に陥りました。

海の民によって、当時の世界で最も繁栄する「中心」であった西アジアは、大混乱に陥り、それまで繁栄していた大国が大きな影響を受けたり滅びたりしたのでした。その影響は紀元前1100年頃まで続きました。

しかし一方で、海の民が新しい世界秩序を樹立したということもなかったのです。海の民による国家建設の試みもありましたが、失敗に終わっています。やがて彼らは、既存の西アジアの社会のなかに埋没していきました。

海の民は、当時の既存の国家の人びとからみて「偽りの国家」的な、異様なものに映ったことでしょう。そして彼ら自身、そのような異端的な段階から脱することはできなかったのです。

彼らのルーツは不明な点が多く、「系統不明」とされます。しかし、地中海(エーゲ海やその周辺)で、西アジアの影響を受けてすでに一定の文明を築いていた人びとが、大量に押し寄せた侵入民に追い出されて難民化したもの、という(有力な)説があります。

ではなぜ海の民は、当時の世界の「中心」を席巻する力を持ったのか?

くわしいことはわかりません。しかし、彼らが航海術はもちろん、ほかに鉄器のような、軍事的に重要な技術を使いこなしていた点は重要です。海の民は、世界史上はじめて鉄製の武器を本格的に用いた人びとなのです(異説もあります)。

「鉄器の実用化」は、紀元前1500年頃のヒッタイトが有名なのですが、ヒッタイトではまだ貴重品だった鉄器を、武器として広く活用するようになった先駆けが、海の民だったという見方がある。

文化や経済を含む、社会の全体的な実力では劣る人びとであっても、軍事的に有用性の高い技術を駆使できれば、先進地域をもおびやかすことができます。

もちろん、軍事技術だけでなく、集団としての強烈な行動力や結集力などがないと、それだけの力は生じません。

海の民はそのような事例だったのではないか。難民化して追い詰められた人びとが、安全や豊かさをもとめて文明の中心へ押し寄せた。その想いや行動力は、強烈なものだったでしょう。

そしてその人びとは、単なる後進民族ではなかった。文化や経済などでは劣っていても、「中心」をしのぐ、軍事技術のいくつかを使いこなすことができた。

ただし、そのような技術の基礎は、彼ら自身が生み出したものではない。彼らは文明の中心で生まれたものをもとに、アレンジして使いこなしたのでした。

なお、航海術も鉄器も、今の私たちからみれば「技術の王道」のように思えますが、当時の「中心」の西アジアの人びとからみれば、なじみの薄い、異端的なものです。

メソポタミア(今のイラク)やエジプトなどの、西アジアで古くから栄えた主な文明地帯は、おもに内陸に広がっています。鉄器については、メソポタミアやエジプトでは、ほかの周辺的な地域(アナトリアやシリアなど)よりも普及が遅れました。エジプトで鉄器が広く普及したのは、紀元前600年代のことで、海の民の出現の数百年後です。

***

このような「強烈な行動力と、異端の・強力な軍事技術を持つ人びと」が、世界の中心を脅かし、席巻した例はほかにもあります。騎馬遊牧民、とくに西暦1200年代のモンゴル人の活動です。

モンゴル人は、中国やイスラムの帝国のような、当時の世界の「中心」を攻め、そのかなりの部分を征服してしまいました。1200年代の世界は、彼らの活動で大混乱に陥ったのです。

騎馬と騎馬戦術という技術は、当時の世界できわめて強力なものでした。また、騎馬遊牧民以外の多くの人びとにとっては、ややなじみの薄いものでした。

騎馬のためには馬具などの道具が要りますが、それをつくる技術は、騎馬遊牧民が生み出したものではありません。騎馬遊牧民は、文明の中心で生まれたものをアレンジして用いたのです。

このように、「技術」という視点でみたとき、海の民と騎馬遊牧民には共通性があります。そして、文化や経済などの力では、騎馬遊牧民が「中心」に対して対抗できなかった点も同様です。

しかし、騎馬を核とする軍事技術という、その一点において、騎馬遊牧民は多くの文明国をはるかにしのいでいたわけです。

ただし、モンゴル人による征服国家を「偽りの国家」だと、そこまで低く評価すべきではないでしょう。彼らの国家は一定の期間存続し、一時は国際色豊かに繁栄したこともあるのです。

しかし、征服の時代から百数十年のうちにはそれらの国家は消えていきました。征服した地域の文化に対し創造的な影響を与えることも、ほとんどありませんでした。そのような、限界があったのです。

***

では、これからの世界で「海の民」があらわれて、その「偽りの国家」が世界を席巻することはあるのか?

つぎの条件がそろえば、あり得るわけです。

①文明の中心ではそれほど重視されていない、あるいは異端視されているテクノロジーで、使い方しだいで強力な軍事力や破壊力をもたらす何か。そのような危険な面のある技術を、周辺的な集団が使いこなし、他の追随を許さないようになること。

②その集団が、世界の中心に全面的な戦いを挑むだけの、強烈な想いや行動力を生じさせる、何らかの切実な社会的状況。

以上のように、

①「異端の危険な技術」(それを周辺的な集団が手に入れる) 
②「切実な状況」

といった条件がある、ということです。

①「異端の危険な技術」とは、どのようなものか。もちろん具体的にはわかりません。核兵器や生物化学兵器のような、現存する大量殺りく兵器かもしれませんし、ネット関連の技術かもしれません。あるいは、私たちが想像できない何かかもしれない。

いずれにせよ、未来において「海の民」が生まれるとすれば、それが特徴的なテクノロジーに支えられているのは、まちがいないでしょう。

「イスラム国」などの現代のテロリストたちも、インターネットのような現代的なテクノロジーを活用しようとして、一定の成果をあげました。しかし、今のところかつての海の民や騎馬遊牧民のように、決定的な技術を手に入れることができていないのです。

では、②「切実な状況」とは、どういうことか。それは「生存がおびやかされる」ということです。物質的に、というのはもちろんですが、非常な屈辱といった精神的なこともあるでしょう。

この世界の特定の集団が、自然災害や戦乱や環境破壊や、その他の社会的な変動で、「切実な状況」に追い込まれることは、これまでに何度も起こっています。だから、未来においても起こり得る。

それは、特定の民族のこともあれば、さまざまな民族や国民を含む場合もあるでしょう。あるいは、複数の国にまたがる特定の階層や役割の人びと、ということもあるかもしれません。世界中のなんらかの異端的な立場にある人びとの結びつきだったりするのかもしれない。世界の「中心」である先進国のなかの、疎外された人たちであることも考えられます。とにかく、そうした周辺的・異端的な人びとが追い詰められる状況。

世界の「中心」に暮らす人びと、とくに指導的な人びとが鈍感で傲慢であればあるほど、上記①②の条件がそろうリスクは高まります。

つまり、「切実な状況」に追い込まれた、「異端の危険な技術」を使える周辺的な人たちが出現するということです。「技術」が先か「状況」が先かはともかく、2つの要素を同時に備えた存在があらわれること。それが、未来の世界における「海の民」です。

その出現を防ぐために、「異端の危険な技術」をどうコントロールしていくのか。そのような技術に十分に目を向ける柔軟性も大切です。硬直化した発想のもとでは、主流から外れた技術は見落とされ、ノーマークとなってしまう。

そして、「切実な状況」が生じる前段階の、社会の緊張や歪みにどう対処するのか。富の一極集中、先進国と途上国の格差、環境問題、差別や弾圧といったことは、そのような「緊張や歪み」です。つまり、「切実な状況」を生む温床となるのです。

こうしてみると、未来の世界で「海の民」があらわれるというのは、荒唐無稽ではないと思えます。

(以上)
2017年06月18日 (日) | Edit |
最近はまた、出版や発表のあてのない世界史の原稿を書いています。
それが、かなり進んできました。
そのほかの私事も重なって、ブログの更新が疎かになってしまいました。

***

最近ニュースや、いろいろな言論をみていて気になるのは、
「“理想の過去”への回帰にこだわる人びと」のことです。

その「理想の過去」とは、
大きなところだと、イスラム帝国が世界の文明の中心だった時代だったり、
中華帝国がヨーロッパをはるかにしのいでいた時代だったりします。

もう少しスケールを小さくすると、
アメリカが偉大だった時代(まあ、1950~60年代のことか)だったり、戦前の日本や、高度成長期の日本や、あるいはバブル時代の日本だったり。

こういう「〇〇の頃に帰れ」という主張は、現状への強い不満や問題意識から生まれています。その問題意識じたいは、根拠や意義のあるものが多いです。イスラム諸国や中国のなかに「反欧米」の思想が強く存在するのも、たしかにそれなりの根拠があります。

「アメリカを再び偉大に」というのも、「戦前の日本」「成長期の日本」に帰れ、というのもやはり、それ相応の問題意識があります。とくに、「〇〇の頃の日本に帰れ」という思いの背景には、私たちにとって身近で実感を伴う状況がある。たとえば…

なぜ今どきの若者は、やたらと用心深くなって、将来に夢を持ったり、積極的に遊んだりしないのだろう。オレが若かった頃(バブルの頃)は、そんなんじゃなかった。

なぜ今の日本経済では、モノつくりへの想いや勤勉さや未来への希望が失われたのか。高度成長時代の精神を取り戻すべきだ。

なぜ現代の(戦後の)日本人は、本来持っていたはずのさまざまな美徳を失ったのか。親や先生などの年長者や、社会の重要な立場にある人びと、そして「国」に対する敬愛の気持ちや礼節を失って、子供じみた自己主張ばかりしている。

これらの主張には、私にも共感できる部分(あくまで“部分”ですが)はあります。

だがしかし、こういう「過去への情念」みたいなものをベースにしている主張は、用心すべきだと思っています。この情念をもとに現代の問題に具体的に取り組むと、とんでもない間違いをしそうです。

バブルを懐かしむおじさんの言うことを聞いて、楽天的すぎる生活や人生設計でいったら、たしかに危険な気がします(たとえば過大な住宅ローンを組むとか)。あの頃と今では、経済や仕事や生活の前提条件があまりにちがいます。

製造業が経済の中心だった時代の感覚で、経済政策をおしすすめたら、これもとんでもないことになるでしょう。また、個々の企業で「つくるべきモノ」の方針を、過去の成功体験に求めてしまった結果、現在の望ましくない状況があるはずです。

「戦前」的なものへの思い入れも、同様です。たとえば、あの戦争に大敗したときの思想や精神とセットで国防の強化を論じるとしたら、やはり危険です。

私も、若者には夢をもってもらいたいし、勤勉な精神・モノづくりの精神は大事だと思うし、礼節を忘れた自己主張をとくにネット上で多くみかけるのを残念に思います。国防の問題も、たしかに重要だと思う。

でも、そのあたりの「問題」をよい方向に動かすうえで大事なのは、過去への思い入れではない。

抽象的な言い方ですが、やはり前に行くしかない。

今の、成熟した低成長の、超高齢化の時代でどう生きるのか。金融やITやサービス業が先進国の主要産業になった時代で、何をつくることが有効なのか。多くの人がもっとよく考えた主張や発言をするように、何をすべきか。

要するに、「今の」現実に向き合って、いろんな工夫や研究や勉強や教育をしていくということです。私たちの先輩や祖先は、時代に合わせてそのような努力をしてきた。逸脱もありましたが、大筋でそうやってきた。私たちも、これからの時代に合わせて、「前に行く」取り組みをするしかない。

昔の言葉でいえば、「啓蒙」とか「進歩主義」的なスタンスですね。

その手の主張に、教師の説教のようなうさん臭さを感じる人もいるでしょう。「啓蒙」や「進歩主義」の主張には、反抗心を起こさせるところがあります。そこから「理想の過去」への回帰という考えに惹かれていく人もいる。でも、「そちらに行ってもダメなのでは」と私は思っています。

「理想の過去」への回帰にこだわる、そのベースにはある種の反抗心があるのかもしれない。いかにも「正統派」な理想論を説く教師(あるいは親、上司、その他の権威)への反抗心です。「教師」が言うこととはちがう価値観を求めて、「理想の過去」に行き当たった。

なんだか抽象的な話になってしまいました。
でも、今気になっているところなので、書きました。

(以上)
2017年04月24日 (月) | Edit |
「近代社会を精いっぱい生きる」というエッセイ。前回の続きの、後編です。

(前回の要約)

・現代社会は近代社会である。近代社会とは「自由な社会」。自由とは「したいことがでること」。

・技術の発達や政治的・法的な制約が撤廃されたことで、私たちの自由は拡大している。昔なら特権的な人にしかできなかったが、今は多くのふつうの人にもできる、ということが多数ある。

・そのような「自由」を、まず自覚しよう。しかし一方で(当然だが)なんでも思いどおりにはいかない。

・世の中には供給に限りがあるさまざまな「希少」なものがあり、これらを手に入れることは「自由」にはいかない。たとえば、良質の天然素材でできた何か、一流のアーティストのライブを体験する、就職先として人気のある有名企業への入社等々。

・このような希少なものにこだわるのではなく、数に限りのないよろこびや楽しみに目を向けよう。たとえば、何かを学んだり、つくりだしたりする喜び。

・これらは、誰かがそれを手に入れたからといって自分の分が減るということはない。いわば「食べてもなくならないケーキ」のようなもの。これに関心を向けることが重要だ。

***

近代社会を精いっぱい生きる

未来のごちそう


●希少なものを変質させる

こんどは、「“希少性”をどう扱うか」について、もう少し考えます。

本来、最も創造的といえるのは、「従来は希少だった“あこがれ”を、誰もが手にできるようにする」ことです。希少性を克服する革新は、大きな業績です。

だからこそ、活字印刷の発明者のグーテンベルクや、産業革命におけるワット(蒸気機関の発明者)のような人物は偉大なのです。近年だとスティーブ・ジョブズ(アップル創業者)のような人物も同様です。大組織でしか使わない希少な存在だったコンピューターを、個人の日常に持ち込むことに貢献したのですから。

希少性を克服する革新のやり方には、共通の基本があります。それは「希少なもの」を、量産に適合するように変質させることです。「希少なもの」をそのままのかたちで、みんなにいきわたらせることは、多くの場合できません。

たとえば、すばらしい絵画のオリジナルをみんなが所有することはできないので、コピーを印刷したり、画像データで複製したりするのです。あるいは昔の貴族や富豪のように「お抱えの楽団」を所有することはできないから、オーディオ機器を使うわけです。

手書きの写本が印刷になることも、人力や家畜が動力機関に置きかわることも、このような「希少性を克服する変質」です。
パーソナル・コンピューターも、従来の本格的な業務用コンピューターとくらべ、大幅に簡素なつくりです。パソコンの初期の時代には、「こんなものはおもちゃだ」といわれることも多かったのです。

音楽ソフトは、希少性の克服が近年で最もすすんだ分野です。この10数年でたいていの楽曲の海賊版が、タダでいくらでも聴けるようになりました。音楽業界は大変です。

これは、音楽ソフトのデータ容量を、音質を落とさずに削減する技術が進歩して、ネットでの送信や複製が容易になったためです。
データの意味や価値を保ったまま容量を削減する技術を「圧縮」といいます。1990年代半ばに音声データの画期的な圧縮技術である「mp3」という規格が開発され、その後数年のうちに普及しました。

mp3によって、CDのデータを12分の1に圧縮できます。それでも、人間が感じにくい部分のデータをうまく取り除く技術によって、再生したときCDとくらべ遜色がないのです。このような技術は「希少性を克服する変質」の、近年の代表例です。*11


●未来のごちそう

これからの時代は、「希少なものを変質させて普及可能にする」ことは、さらに重要になるでしょう。発展途上国の生活水準が向上し、多くの人たちがより良いものを求めるようになります。そこで、さまざまなものがますます希少になる。

たとえば未来において、世界じゅうの100億の人たちみんなで天然のいいマグロを食べるのは、おそらくむずかしい。地球上にそれだけの天然のマグロはいません。マグロの種のなかで「王様」といえるタイヘイヨウクロマグロ(クロマグロ)は、国際自然保護連合(IUCN)という機関によって2014年に絶滅危惧種に指定されました。*12

それでも100億人でうまい寿司が食べたければ、「いい寿司、うまい寿司」の概念を変えていかざるを得ない。たとえば養殖魚を質・量ともに充実させ、積極的に評価する。これについては現時点でさまざまな取り組みがあります。*13

さらにいえば、何十年後かの世界では、アマゾン川やアフリカの湖あたりで養殖した何かの魚を「トロ」と呼んで食べているかもしれません。あるいは、カニカマのようなフェイクの食品が、重要な寿司ネタになっているかもしれない。最近でも、貴重になったウナギのかば焼きの高度なフェイクが開発されたりしているのです。なお、ヨーロッパウナギは2010年に、ニホンウナギは2014年に絶滅危惧種となっています。*14

これをさらに突き詰めれば、もはや寿司とはいえない何らかの新しい「ごちそう」が生まれるかもしれません。

養殖魚やフェイクのネタによる寿司、あるいはその先にある何かのような、希少なものを変質させた食べものは、いわば「未来のごちそう」です。


●感覚を柔軟にして適応する

そのような「未来のごちそう」をおいしく食べるには、私たちの感性や価値観を変えていく必要があります。従来の「希少なもの」を称賛する感覚から距離を置くのです。「天然」「本物」にこだわり過ぎない、ということです。

フェイクの寿司ネタであっても、それが絶妙につくられていて美味しいということもありえます。そうであれば、「これはこれでいい」と考える。

これからは、暮らしの中のさまざまな要素が「未来のごちそう化」していくでしょう。つまり「多くの人にいきわたらせるために変質させたもの」が浸透していく。

たとえば住まいについては、いい木材を使った家具やインテリアは、これからますます希少なものになるでしょう。そこで、合板(いわゆるベニヤ板)のような、もともとはフェイク的な位置づけの素材が重要になります。

合板とは、薄い木の板などを接着剤で貼り合わせたものです。上等な無垢の板がとれるくらいに十分に育った樹でなくても、つくることができます。これも「希少性を克服する技術」のひとつです。

近年は下の写真のように、合板独特の薄い板が積み重なった切り口を「味わい」として前面に出すことがあります。

 ベニヤっぽい切り口
 ベニヤっぽい切り口
 筆者・そういちの自宅のテーブル

こういうことは、日本ではこの20年くらいで一般的になりました。昔は、このような切り口は化粧板を貼って隠すことが多かった。でも近年の私たちは、「合板の美」を「未来のごちそう」としてたのしむようになったのです。

とはいえ、無垢のいい木材も、もちろん好きです。つまり、私たちの木材についての「美」の感覚は、より幅広く柔軟になったということです。

私は趣味として建築やインテリアに興味があるので、やや細かい例をあげました。みなさんも興味のある分野をみると、「未来のごちそう化」が起きているなんらかの事例に気がつくでしょう。

「美しさ」や「いいもの」についての感覚を柔軟にして「未来のごちそう」に適応する――これは、これからの世界で気持ちよく生きるうえで大事な姿勢です。

ただし最近は、合板でさえかなり希少になってきました。カフェなどの「木を使ったナチュラル風」のインテリアが、木目をプリントした合成樹脂で出来ていたりします。かなり精巧な「木目」もありますが、そこに「美」を見出すことは、私にはまだできていません。こういうプリントは、素材の本来の姿をごまかす不正直な感じがするのです。

いくら「量産に適合するように変質させる」といっても、この手の不正直なやり方は「未来のごちそう」としてはどうかと思います。

これに対し、ありのままの「合板の美」を前面に出すのは「正直」なやり方ということです。こうした「正直・不正直」をかぎ分けることも、「未来のごちそう」的なものとつき合う上では、重要なはずです。


●「未来のごちそう」をつくり出す

そして、「未来のごちそうに適応する」ことをおし進めると、自分で「未来のごちそう」をつくり出すことに行きつくはずです。つまり、希少なものをうまく変質させて多くの人に届ける。そのことで暮らしや社会を変えていく。

前にも述べたように、そのようなことは、近代社会における多くの創造的な偉業の核心です。

偉大な発明家や起業家は、グーテンベルクやワットやジョブズの場合のように、しばしば「希少性の克服」という課題に取り組んでいます。そして、その解決のために「希少なものを変質させる」ことを行ってきました。

最近の身近な・劇的な技術革新の例として、音声データの圧縮ということも、取り上げました。

mp3で圧縮されたデータはオリジナルの音源とくらべ多くのものが抜け落ちているので、貧弱なフェイクにすぎないともいえます。そこで、これを低くみる音楽関係者やマニアもいます。しかし、送受信や複製のしやすさという機能を持ち、それによって多くの人が楽しむことができます。

それはここでいう「食べてもなくならないケーキ」や「未来のごちそう」なのです。

mp3がもたらしたことについての評価は、まだ定まっていません。その恩恵を受けている人たちが世界じゅうにいる一方、海賊版に著作権ビジネスを侵害された音楽業界にとっては大問題です。音楽のつくり手が経済的に報われにくくなり、音楽文化が衰退するのではと心配する声もあります。

「未来のごちそう」は、反発されたり物議をかもしたりすることがあるのです。とくに、「本物」志向のつよい人や、既得権の側からは嫌われやすいです。

しかしそれでも、このようなインパクトの大きな「未来のごちそう」を生み出すのにかかわった人たちは、現代の創造的な人間の典型といえるでしょう。

mp3開発の中心となったカールハインツ・ブランデンブルク(1954~、ドイツ)はもちろんのこと、海賊版のデータを共有するのに使われた画期的なソフトやサービス(1999年に開発されたナップスター)をつくったショーン・ファニング(1980~、アメリカ)のような人物も、大きな業績をあげたといえます。


●いろんな分野でつくり出せる

「未来のごちそう」は、いろんな分野でつくり出すことができるはずです。mp3のような技術の世界にかぎった話ではありません。先端技術がメインの要素ではない、生活や文化のきめ細かなサービスの領域でも、できることがあるはずです。

たとえば、ほんの一例ですが、つぎのようなことです。

・住宅建築の分野では、安価な素材で美しく快適な住まいをつくる技術やセンスが、一層重要になる。これには素材や工法だけでなく、設計やデザインを革新することが重要。つまり、住まいに対する考え方を変えていく必要がある。

・安価な材料で(できれば手軽に)おいしいものをつくるノウハウの開発は、食べものに関わる多くのプロやアマチュアがすでに取り組んでいる。まさに「未来のごちそう」をつくる取り組み。これは、今後ますます盛んになり、さまざまな成果が生まれるだろう。

・教育分野でも「未来のごちそう」を生み出すことは必要。それはつまり、特別な先生に出会う、環境の整ったエリート校に行くなどの希少な機会に恵まれなくても、質の高い教育を受けられるようにすることである。そのためには、たとえば「多くのふつうの教師にも充実した実践が可能となるメソッドやプログラムの開発」といったことが課題である。*15

社会のあらゆる分野で、大小さまざまの「未来のごちそう」はつくり出せるはずです。それがうまくできれば、人びとの自由の拡大に貢献したことになります。

そして、つくり出す側でなくても、新しい「未来のごちそう」があらわれたとき、その価値を認めてユーザーやサポーターになることも、創造的といえます。評価の定まらない新しいものを早くから支持するのは、なかなかできないことです。

たとえば私も「現在よりも大幅に安価で、しかも美しく住みやすい住宅」が開発されたら、ぜひ欲しいです。しかしそのような住宅は、従来とはちがう発想や価値観でつくられるので、最初はかなりの人が「これって、どうなんだ?」というはずです。それを人よりも早く支持するのです。

でもそんな家って、どんなだろう? こじんまりとした、簡素な小屋のようで、しかし一定の設備はコンパクトに備わっていて……想像していると、たのしいですね。

やはり近代社会は、いろいろと考える余地や自由があるので悪くないです。「昔はよかった」「自由や平等のような近代の価値観を疑え」という人もいますが、それよりもあらためて「自由な社会」の可能性に目を向けたらいいのです。(おわり)


(注)
*11 mp3の開発・普及の歴史については、スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』早川書房、2016年 がある。mp3は、当初は権威のある人たちにはなかなか理解されなかった。しかし無名の若者たちによる、海賊版を流通させたナップスターなどのサービスやそのコミュニティによって、急速に広まっていった。同書は、その経緯を興味深く描いている。

*12 マグロその他の水産資源の状況については、勝川俊雄『魚が食べられなくなる日』小学館新書、2016年、22~25ページ による。
  
*13 マグロの養殖では、近畿大学水産研究所が2002年に完全養殖(稚魚からでなく卵を孵化するところから飼育すること)に成功した「近大マグロ」が有名。

*14 うなぎのかば焼きのフェイクとしては、カニカマのような「すり身」の技術でつくられた「うな蒲ちゃん」(株式会社スギヨ)などがある。

*15 私がよく知る(その会員でもある)民間の教育研究団体「仮説実験授業研究会」は、1960年代からこのような観点の研究を行っている。これについては、板倉聖宣『仮説実験授業のABC 第5版―楽しい授業への招待』仮説社、2011年 など。

(以上)
2017年04月18日 (火) | Edit |
以前、30歳くらいの若い人が立ち上げるという小さな雑誌に寄稿することになった、と書きました。そこで昨年末には、いくつかの原稿を仕上げて渡していたのです。

しかし、その雑誌が出せる見通しが立たない状態となってしまいました。雑誌を立ち上げる中心の人の心身の不調や、自身が書くはずの原稿がすすまないといったことからです。ほんとに残念です。このままその原稿を長いことしまっておくのも無念なので、このブログにアップすることにしました。

おもに若い人に向けての「現代社会での生き方入門」みたいな話を、説教臭くならないようにしているつもり。新学期、新年度にもあっているかと思います。

***

近代社会を精いっぱい生きる

食べてもなくならないケーキ


●近代社会とは「自由な社会」

私たちは「近代社会」という、世界の歴史のなかの、ある特殊な社会に生きています。それは、長い時間をかけて人類が到達した、今のところ最も発達した社会のあり方です。

では、「近代社会」とは要するにどういう社会なのか?

ひとことでいうと、「多くのふつうの人でも、したいことがいろいろとできる社会」のことです。いわゆる「自由な社会」。

では「自由」とは何か?

「自由」とは「したいことができる」ということです。身もふたもない定義ですが、要するにそういうことです。

数百年以上昔の社会では、世界のどこをみても人びとの「したいことをする自由」を、法などで制限していました。
たとえば、多くの国・社会で「どんな仕事に就くか」が、生まれながらにしてほぼ決まっていました。江戸時代の日本なら、武士の子は武士に、農民の子は農民に。「身分社会」というものです。*1

この数百年の世界は、「自由な社会=近代社会」を築く方向で動いてきました。「自由」に対する法的な制約をなくしていったのです。とくにフランス革命(1789~1799)や明治維新(1868)のような「市民革命」といわれる政治の大変革は、「自由な社会」が成立するうえでの重要な節目でした。

市民革命後のさまざまな変革のなかで「職業選択の自由」が確立されたことは、「身分社会を脱した」ということです。近代社会は「子どもや若者が“将来何になる?”と考える余地や自由のある社会」です。

今の社会でも、誰もが就きたい仕事に就けるわけではありませんが、それは能力や経済力などが関係しているのであって、法的に職業の自由を制約しているわけではないのです。

このような「自由」に関し、「まだまだ」という国も多くあります。しかし、欧米や日本のような先進国では「近年はかなり自由になった」といえるでしょう。*2


●特別だったことが多くの人にもできる 

でも、こういう話はいかにも抽象的です。自由について、もう少し生き生きとイメージできる手がかりはないでしょうか。

そこで「昔は特別な恵まれた人にしかできなかったことが、今はふつうの多くの人にもできるようになった」という話をしたいと思います。そのような切り口で友人に話をしたところ、「わかってもらえた」ということがありました。

たとえばこういうことです。今の子どもたちは、生まれたときからビデオやデジカメでいっぱい撮影されて育ち、ぼう大な映像が残っています。 では、「生まれたときから、たくさんの映像(動画)が残っている、史上初めての人物は誰か?」なんて、考えたことがありますか?

「それはおそらく、今のイギリス女王のエリザベス2世(1926~)だ」という説があります。映画の発明は、1800年代の末です。エリザベス女王が生まれた1920年代には、映画撮影の機材はたいへん高価なハイテク機器でした。そんな機材と専門家チームを投入して、日常的に撮ってもらえる赤ちゃんは、当時は大英帝国のお姫様くらいだった、ということです。この説がほんとうに正しいかどうかは、立証がむずかしいところがあります。でも十分にありうる話です。*3

90年ほど前には、世界中でエリザベス2世でしかありえなかったことが、今ではだれでもできるようになっているのです。

こういうことは、ほかにも山ほどあります。クルマに乗ってでかけることは、昔はかぎられた人だけの贅沢でした。「好きなときにプロの演奏する音楽を聴く」ことは、蓄音機の発明(1870年代)以前には、自分の屋敷に「お抱えの楽団」がいるような、富豪だけの特権でした。しかし今、多くの人は携帯の音楽プレイヤーという「ポケットに入るお抱えの楽団」を所有しているのです。

すべての自由の基本になる、健康や医療に関してだと、今の私たちは昔の富豪よりも恵まれています。

たとえば1836年に59歳で亡くなった、ネイサン・ロスチャイルドというイギリスの大富豪(当時、世界一の銀行家)の死因は、敗血症という感染症の一種でした。これは、今なら医者に行けば抗生物質などによって比較的簡単に治せる病気です。でも当時の医学では、原因も治療法もわかりません。細菌学が成立するのは、1800年代後半、抗生物質の発見・発明は1900年代前半のことです。ロスチャイルドは、当時の最高レベルの名医に診てもらったのですが、ダメでした。*4


●自由があるという自覚 

たしかに私たちの「自由=できること」は増えているんだろうな、政治の変革や技術の進歩のおかげだな……

そこで、いろいろ考えるわけです。

だったら、今の社会で、私たちはどんなことができるんだろう? 少し昔の感覚で思うよりも、ずっと多くの自由や可能性があるかもしれない。

その可能性を、できるかぎり使い切って生きていけないだろうか。それが、「近代社会を精いっぱい生きる」ということです。

では、「可能性を使い切る」ために重要なことは何でしょうか? 

まず、「自分で自由に制約をかけない」「自己規制しない」ことです。「私たちには、多くの自由=できることがある」という自覚を失わない、といってもいいです。

かなりの人たちは、自分たちの自由を少し前の時代の感覚で考えてしまう傾向があります。「そのようなことを望むのは贅沢だ、分不相応だ」などと、いろんな場面で考えてしまう。


●古い価値観による自己規制

学歴のことは、そのような「自己規制」を考えるうえでよい例です。

2015年(平成27)の、日本における大学への進学率は52%ですが、今から60年ほど前の1955年(昭和30)には8%にすぎませんでした。今のお年寄りが子どもか若者だったころには、そんなものだったのです(進学率=その年の18歳人口に占める大学への進学者の割合)。

2015年の高校への進学率は99%。1955年当時は52%で、今の大卒とほぼ同じ割合です。60年ほど前には高卒は、それなりの「高学歴」でした。*5

このような大学などへの進学率の低さは「昔の日本は貧しかったので、家庭の経済的事情で上の学校に進めない人が多かった」と一般には理解されているはずです。たしかに経済的な問題は、最も大きなことでした。

しかし一方で、それなりの経済力がある親でも「うちは子どもを大学(や高校)にやるような家柄ではない」「そんな“贅沢”をしたら隣近所に気まずい」などと考えて進学させない、といったケースもありました。

たとえば、私がよく知るある男性のお年寄り(1930年代の生まれ)は、経済力のある家に育ち成績もよく、大学進学を希望しましたが、父親の反対で断念しました。1950年代のことです。この人の家は、戦後に商売が成功して裕福になりました。しかし、父親は「ウチはまだお前を大学に行かせるような家の“格”ではない」といったそうです。

その父親の頭には、当時よりやや前の、戦前の社会の感覚が残っていたはずです。つまり「大学は、ごくかぎられたエリート家庭の子弟が行くもの」というイメージです。

では戦前の大正~昭和(戦前)の進学状況はどうだったのか? 1915年(大正4)には、義務教育への就学率(ここでは≒進学率)は98%ほどでしたが、今の高校に相当する中等教育(旧制中学など)の就学率は20%を少し切るくらいでした。

そして、今の大学に相当する高等教育の就学率は1%ほどでした。ここで高等教育とは、当時の「旧制高校」「専門学校」「旧制大学」といった学校のことです(教育制度が今とちがう)。とにかく、高等教育への進学率はきわめて低かったのです。なお、中等教育の就学率は1930年(昭和5)には36%になっています。*6

また、戦前の典型的なエリートとされた学歴に、旧制高校→帝国大学というコースがあります。帝国大学とは、東京帝大などの少数の国立大学のことで、高等教育の最高峰です。旧制高校は、一応は高等教育ですが、大学への準備段階的な位置づけでした。旧制高校の卒業生は、ほとんどが帝国大学へ進みました。

1930年(昭和5)には、20歳(旧制高校卒業の年齢)の男子に占める旧制高校生の割合は、わずか0.9%でした。なお、当時の旧制高校は男子しか行けません。*7

こういうことから、「大学はふつうの人間にとってかけ離れた世界」とされたのです。

著名人の例もあげましょう。小倉金之助(1885~1962)という、昭和に活躍した数学者は、山形県酒田市の裕福な商家の子でしたが、義務教育より上の学校に行くことを、家族に反対されています。明治時代後半の1900年ころの話です。家族としては、早く家を継いでほしかったのです。それでも小倉はくい下がって進学し学問を積んで、学者になったわけです。*8

このように、経済以外の問題でも進学が阻まれることがありました。それで人生における自由や可能性を狭めることになった若者がいたのです。その数はともかく、ここでは「そういうケースがあった」ということが大事です。

「経済以外の問題」とは、その当時の大人たちの価値観にもとづく「自己規制」でした。その価値観は、少し前の時代のあり方につよく影響を受けています。

近代社会では、「人びとの自由=できることの拡大」が続いています。そこで「自由の拡大」という変化に、かなりの人の頭や気持ちがついていかない、ということがあるのです。

今の社会では、経済的問題は昔ほどは深刻ではなくなりました。だからこそ「人は古い価値観で自由を自己規制することがある」のを自覚して、用心したほうがいいです。

創造的・挑戦的な何かをやろうとしたとき、周囲から「それは贅沢だ・高望みだ」「お前にそんなことできるのか」といわれることがある。自分自身のなかからそんな声が聞こえることも多い。

そこで、冷静に考えてみるのです。「やはり難しいのかも」と考えるのもいいです。しかし、「ほんとうは十分に可能性があるのに、自己規制していないか」「“贅沢”というのは昔の感覚であって、これからはちがうのでは」という方向でも、よく考えることです。


●しかし、手に入るものは限られている 

ではさらに、「自由を自覚する」という「基本」の先のことを考えてみましょう。

さきほど「私たちは、昔なら“贅沢”“高望み”と思われたことも、自己規制せずに追求すればいい」と述べました。しかし、だからといって「なんでも手に入る」わけではありません。「手に入るものは限られている」という自覚も重要です。しかしこれは、かならずしもあたりまえにはなっていないようです。

近年の大学生の就職活動は、それを示しています。
大学生の就職活動では、少数の企業に応募が集中する傾向があります。とくに人気の企業では、エントリーが採用人数の数百倍(かそれ以上)に達します。

ここ10年来(2006~2015)の毎年の大学の卒業生は、55万人前後であまり変わっていません。うち就職者は年によって変動があり33~41万人。それに対し、学生の人気ランキングの上位100社(「日経人気企業ランキング」による)の新卒採用の人数は、推定で2万人ほどです(2010年)。*9

つまり、有名な人気企業からの内定は、相当に希少なものです。そのかぎられた「席」を得ようと学生が殺到しているのです。

インターネットで手軽にエントリーできるようになったことは、たしかにこれに影響しているでしょう。しかし、さらに根本的なことがあります。多くの学生が「人気企業への就職という希少な成果を、自分も手に入れる権利がある」とつよく思っている、ということです。

このあたりを、チャールズ・イームズ(1907~1978)というアメリカのデザイナーが、すでに1970年代に述べています。*10

“今私たちが生きている世界は、情報とイメージが徹底的に均質化され、多くの面で誰もが同じものを受け取っている状況にあります。……この状況はテレビによるところが大きいでしょう。ともかく、ひとつ確かに感じるのは、この20年で人々の期待が大きくなったということです。今日では、ある普遍的な期待が存在します。他人がもっているものは自分にも手に入れる権利があると誰もが感じているのです”
(イームズ・デミトリオス『イームズ入門』日本教文社、127ページ)

ここで「テレビによる」というところは、今なら「インターネット」も加えればいいでしょう。今の学生の就職活動は「多くの面で誰もが同じものを受け取っている状況」の最たるものです。学生たちは就職について知識も経験もないまま、ごく少数の大手就活サイトから大きな影響を受けているのですから。

だからこそ「他人が持っているものは自分にも」という期待が、とくに大きくなりやすい。「手に入るものは限られている」という自覚は、片隅に追いやられてしまう。それは、特定の人気企業へのエントリーの集中につながっています。そして、なにしろ競争率が「何十倍」「何百倍」ですから、ほとんどの学生の期待は裏切られるのです。


●希少性の克服

多かれ少なかれ、今の私たちには就活中の学生と同じような傾向があります。つまり、他人のもっているものを自分も手に入れたい、手に入れることができるはずだという考えが一般的になっている。

これは、これまでの近代社会の歩みの結果です。

「技術革新などによって昔は特別な人間にしかできなかったことも、多くのふつうの人にもできるようになる」ことが積み重なってきたので、私たちの期待も大きくなったのです。

こうした技術革新は、「希少だったものを大量生産する」という方面で、とくに成果をあげました。

1400年代後半のヨーロッパでは活字印刷の技術が発明され、それまで手書きの写本だった書物が安くなり、大量の書物が流通するようになりました。1700年代イギリスの産業革命は、木綿産業からはじまりました。これによって品質のよい衣類が多くの人にいきわたるようになったのです。もともとは書物や良質の衣類は希少なものでしが、それを技術革新が克服しました。

このような「希少性の克服」が最もすすんでいるのは、ソフトの分野です。文章・映像・音楽・ゲームなどの世界。デジタル化とインターネットのおかげで、このようなソフトに関しては、いろんなものがタダで手に入るようになりました。

一方、希少性の克服がそれほどはすすんでいない分野もあります。天然の良質な素材を使った何か、すぐれたプロが手間暇かけてつくりあげる製品やサービスなどです。

良質の素材で一流のシェフがつくった料理、すばらしいアーティストのコンサートなどは、その典型です。これらの供給には限りがあります。さまざまな高級ブランドの製品も、ある程度それに近いです。

有名な人気企業に入るという「席」も、希少性が克服されていません。経済発展によってその席はかなり増えましたが、大学生の増加がそれを大幅に上回っています。人気企業への就職活動は、限られた席をめぐって競争し、参加者のほとんどが残念な結果に終わらざるを得ないという意味で、まさに「椅子取りゲーム」です。

これまでの文明や技術は、さまざまなモノの希少性の克服を重要なテーマにしてきました。しかし、それがすすんでいる分野とそうでない分野がある。

多くの人がまずあこがれ、関心を持つのは後者です。一流シェフの料理や高級車のようなもの、あるいは人気有名企業に入ることなどです。それらはたしかに魅力的ですが、そればかりを追い求めても、多くの人には無理があるように思います。なにしろ数に限りがあります。


●あこがれの新しい対象(食べてもなくならないケーキ)

だとすれば、希少性に縛られない世界に関心をもつことが重要ではないでしょうか。

このことに関し、さきほどのチャールズ・イームズは「あこがれの新しい対象」ということを述べています。ややわかりにくい表現ですが、「食べてもなくならないケーキのようなたのしみ」だと、私はイメージしています。

たとえば、外国語のような「新しい何かを学ぶたのしみ」は、食べてもなくならないケーキです。このたのしみを味わう席には、かぎりがありません。何かを学ぶたのしみは、得ようと行動するなら、誰もが得ることができます。努力は要りますが、たいていはお金もそれほどはかかりません。

イームズは“大事なことは、それらがどんなに分配されても決して減らないこと”“それを手に入れるために必要な貨幣は、その習得に全力を傾けられる能力”である、と述べています。

彼はこういうたのしみを、たとえば高級車のような、多くの人がまず関心を持つ従来の「あこがれ」とは異なるものとして「あこがれの新しい対象」と呼んだのです。(『イームズ入門』127~128ページ)

今の私たちが本来持っている自由や可能性を活かし切るには、「あこがれの新しい対象」あるいは「食べてもなくならないケーキ」の世界を追求することです。そうすると、成果や満足を得やすいはずです。きびしい競争をともなう「椅子取りゲーム」からは距離を置くことを考えるのです。


●「調和」のあり方を追求する

これは、前に述べた「贅沢や高望みと思えることでも、挑戦してみよう」というのとは食いちがう、と思うかもしれません。

しかし、「贅沢」「高望み」ということと、「食べてもなくならないケーキを求める」「椅子取りゲームから距離を置く」ことは、両立することがあります。

外国語の学習でいえば、そこで高いレベルに達して外国語を使う仕事に就きたい、という望みを抱いたとします。かなり高い目標で、簡単ではありません。しかし、そのような職のポストは社会の中にいろいろあるので、少ない席を争うような椅子取りゲームとはちがいます。勉強するための手段も、さまざまな方法があり、やる気さえあれば多くの人がその手段にアクセスすることが可能です。

このような「両立」は、私にもおぼえがあります。それは「文章を書く」ことです。私は、ほかの仕事をしながら、世界史などのテーマで本を出しています(最新刊は去年8月に出した『一気にわかる世界史』日本実業出版社)。

本の出版(商業出版)は、それなりに高いハードルですが、出版社は世の中にたくさんあります。商業出版に耐えるレベルの原稿を書けば、いつかどこかで出してもらえる可能性はあります。「椅子」が、世の中のいろいろな場所にいくつもあるのです。

また、自分の書きたいことを書くのには、「食べてもなくならないケーキ」を味わうような、飽きの来ないよろこびがあります。出版しなくても、限られた範囲で読者を得るというたのしみもある。

この雑誌(今回頓挫してしまった小規模出版の雑誌)を創刊し(ようとし)た人たちも、その活動を「食べてもなくならないケーキ」としてたのしむつもりなのでしょう。(私が参加しようとした雑誌は実現していませんが、最近は欧米でも日本でも小規模出版社もしくは個人で雑誌をつくる動きはさかんになっている)

自分なりの「食べてもなくならないケーキ」をみつけましょう。大きなケーキでなくてもいい。小さなケーキをいくつも積み重ねていくというやり方もあります。

それは「自分の持つ本来の自由や可能性を、自己規制しないで使い切る」という方針を、「手に入るものは限られている」という現実に調和させることなのです。

そのような「調和」のあり方を追求することが、近代社会を生きるコツです。

そこで役立つ道具も、いろいろとできています。

この雑誌を立ち上げ(ようとし)た人たちは、創刊の資金を「クラウドファンディング」という手段によって、寄付で集めました。これは「フィンテック」(「ファイナンス」と「テクノロジー」を合わせた造語)といわれる、インターネットなどを使った新しい金融の手段のひとつです。何かのプロジェクトを立ち上げたい人が、ネットを通じ出資や寄付を募る。それを容易にする機能を持つサイトを運営する企業や組織が、最近はあります。

また、さまざまなコンピューターソフトが手軽に使えることも、雑誌づくりを支えています。たしかに、私たちの「自由=できること」は増えているのです。(つづく)


(注)
*1 江戸時代の身分別の人口割合は、武士とその家族が全体の6~7%、農民が85%程度、町人が5~6%、その他(僧侶・神主など)が3%程度。(板倉聖宣『日本歴史入門』仮説社、1981年、13ページ。近代社会における「職業の自由」の重要性も、同書に学んだ)

*2 現在の世界でも身分制度のようなものはある。たとえば、今もすべての中国人の戸籍は農村戸籍(全人口の6割)と都市戸籍(4割)に分けられている。農村戸籍の者が都市に移住することには、きびしい制限がある。医療や社会保障について、都市戸籍の人が受けられるのと同じサービスを、農村戸籍の人は原則として受けられない。農村から出稼ぎに来ている人びとは農村戸籍のまま都市で働いており(農民工という)、都市戸籍の人たちと同権利ではない。大学入試でも、たとえば北京大学の合格ラインは、農村出身者は北京出身者よりも不利だったりする。このような「身分制度」は1950年代後半に、農村からの大量の人口流入を防ぎ、都市の食料事情を安定させるなどの目的で定められた。(中島恵「中国人が逃げられない、「戸籍格差」の現実」東洋経済ONLINE、2015年5月26日)

*3 この「エリザベス女王」のことについては、出典不明。筆者が学生時代に授業で読んだ英文のエッセイにあったと記憶している。

*4 D・S・ランデス『富とパワーの世界史 「強国」論』三笠書房、2000年、20~21ページ)。ロスチャイルド家は、ユダヤ系の金融資本家で、当時の世界の金融経済で支配的なパワーをもっていた。

*5 「文部科学統計要覧」「学校基本調査」による。

*6 大正~昭和戦前期の学歴:岩瀬彰『「月給百円」サラリーマン 戦前日本の「平和」な生活』講談社現代新書、2006年、112ページ。当時の義務教育は6年制の尋常小学校で、その上の中等教育には5年制の旧制中学や高等女学校などがあった。また、義務教育以外では、男女によって学校がきびしく区別・差別されていた。

*7 竹内洋『学歴貴族の栄光と挫折(日本の近代12)』中央公論新社、1999年、34ページ

*8 小倉金之助『一数学者の回想』筑摩叢書、1967年、19ページ。小倉のこのエピソードは、もともとは、板倉聖宣『かわりだねの科学者たち』仮説社、1987年 から知った。

*9 「学校基本調査」、海老原嗣生『就職に強い大学・学部』朝日新書、2012年、45~47ページ

*10 チャールズ・イームズは、ミッドセンチュリー(20世紀半ば)を代表するデザイナー・映像作家。妻レイ(1912~1988)とともに「チャールズ&レイ・イームズ」として活躍。成型合板(ベニヤ板の一種)や繊維強化プラスチックなどの新素材を用いて、イスのデザインを革新した。イームズが取り組んだのは、大量生産が可能な質の高い家具をつくることだった。住宅「イームズ自邸」や短編科学映画「パワーズ・オブ・テン」も評価が高い。

(以上)
2017年01月22日 (日) | Edit |
トランプ大統領の就任演説について、テレビのニュースやワイドショーに出ている識者の評価は、だいたいネガティブでした。

「選挙演説のときと同じで中身がない」「大統領就任演説というより、トランプのファン感謝祭」「トランプ支持者以外への語りかけがない」「具体的な政策がなく抽象的」「アメリカは世界に責任があるはずなのに内向きの話ばかり」「アメリカ製品を買おう、アメリカ人を雇おうというのは、昔の製造業の時代を想定しており、時代錯誤」等々。トランプ大統領に抗議するデモの様子も、かなり報じられている。

たしかに、トランプに批判的な立場、あるいは政治や経済の専門家の立場からみると、「ダメだなあ」ということなのでしょう。インテリ的な立場からは、あれを評価するわけにはいかない。

でも、非インテリ的な、トランプに期待を寄せる立場からみたら、どうなのか。
シンプルに力強く、大切なことを伝えている、とはいえないでしょうか。

そこには、明確なわかりやすいメッセージがあります。(以下、就任演説からの引用。日経新聞による訳)

「首都ワシントンからあなた方、米国民へ権力を戻す」「エスタブリッシュメントは自らを保護したが、米国民を守らなかった」「我が国の忘れられた男女は、もう忘れられることはない」「米国はほかの国を豊かにしたが、我々の富、力、自信は地平線のかなたへ消え去った」

そして、最も主要な原則・主張。

「今日から米国第一主義だけを実施する。米国第一主義だ」「我々は2つの簡単なルールに従う。米国製品を買い、米国人を雇うというルールだ」「職を取り戻す。国境を取り戻す。富を取り戻す。そして夢を取り戻す」「国家全域に、新しい道、高速道路、橋、空港、トンネル、鉄道をつくり、福祉に頼る生活から人びとを抜け出させ、仕事に戻らせる」

シンプルで明快な行動原理と、実行する強い意志を示すトランプ。
そして、従来のワシントンの政治家たち、とくに「リベラル」な人たちに引導を渡します。

「意見をいうだけで、行動を起こさない政治家にはもう容赦しない。文句をいい続け、それが仕事になっているような政治家たちだ。中身のない対話の時代は終わりだ」

そして最後にもう一度、「忘れられた人びと」への呼びかけ。

「あなた方が無視されることは、もう二度とない。あなた方の声、希望、夢が米国の未来を形づくる」

「米国を再び強くしよう」

具体的な政策論なんてよくわからないし、大統領の就任演説で聞きたいとも思わない人たちは、きっとおおぜいいるはずです。そういう人たちがトランプを当選させたのです。

トランプの「抽象的」で「中身のない」演説を、まるでキング牧師やリンカーンの演説のように感動して聞いた人たちが、きっといたはずです(でもあまり報道されていないように思う)。そして、(キング牧師の演説がそうであるように)中学高校の英語の教科書に載ってもいいような、平易な英語表現。

こむずかしく具体的な政策論など語っていたら、そのような感動は生まれない。少なくともトランプの場合は、そうにきまっています。実務的で具体的なトランプなど、魅力的ではない。キング牧師の演説だって抽象的ですし、“アイ・ハブ・ア・ドリーム”の演説で人種差別撤廃に向けての現実的な法整備のあり方について論じていたなら、それほど感動的にはならなかったでしょう。

「アメリカ第一主義」は、抽象的で時代錯誤で、非現実的なものだと、多くの識者はいいます。私もその点は同感です。しかし、「誤っている」としても侮ってはいけない、とも思うのです。

誤っていても、ウソだらけでも、単純素朴でバカっぽくても、影響力のある考え方というのは、あります。

「アメリカ第一主義」という基本方針は、それ自体は抽象的です。しかし、政策のさまざまな分野や個々の具体的場面で、明確な行動指針となり得る考え方です。単純明快ゆえの力を持っている。

これに対し、たとえば「世界に自由と平和と発展を」といったメッセージは、たしかに「すばらしい」のですが、それを実現するための行動指針が具体的にみえてこないところがあります。「対話を大切に」というのも、「とにかく話しあいましょう」といっているだけであって、対話のテーマになっている複雑な問題について解決策を示すものではない。話しあってもどうにもならないことは、たくさんあるわけです。

昔、ヒトラーがシンプルな(しかし事実を歪めた、矛盾に満ちた)メッセージで人びとに訴えたとき、多くのインテリはバカにしていました。

ヒトラーは、ドイツを再び偉大にすることを目標に掲げましたが、そのためのビジョンは軍拡と侵略による領土拡張です。単純で幼稚で、邪悪とも思えますが、そのために何をすべきかが明確に導き出せる。そういう「強さ」があるのです。具体的な方法や技術的なことはヒトラーに共鳴する専門家がしだいに集まってきて、やってくれました。

トランプの「アメリカ第一主義」にたいしても、そういう「専門家」があらわれるかもしれません。アメリカにはいろんな人材がいますし、権力は人材を集めるのです。

トランプの演説は、テレビや新聞で解説するような人をうならせるものではもちろんない。だからといって侮ってはいけない。やっぱりこの人物には、大きな何かをやらかす可能性・危険性がある。心配したほどではなかった、という結果になればいいのですが・・・

大統領選挙の結果で、識者や有力者たちは懲りたはずなのに、相変わらずです。エスタブリッシュメントやインテリに反発する人たちの思いに対し、あまりに鈍感すぎる。その鈍感さが、トランプ大統領を生んだのに。

この鈍感さが続くかぎり、たとえトランプが敗北していなくなったとしても、問題は終わらないはずです。

(以上)
2016年12月28日 (水) | Edit |
今年のまとめのような記事を書きました。
タイトルの「一挙解決願望」ということは、これまでにも書いたのですが、ほかの素材とも合わせてまとめなおしたものです。

***

これを何とかすれば、すっきりする?

私たちは、ときどき「問題を一挙に解決したい」という切実な思いにとらわれます。「これを何とかすれば」というポイントさえ片付ければ、すべてがすっきりする、と思い込む。いわば「一挙解決願望」です(筆者の造語)。

たとえば「会社を辞めればすっきりする」「この人と別れれば自由になれる」と考える。

でもたいていは、会社を辞めても、配偶者と別れても一挙解決とはいかないのです。むしろ、辞めたり別れたりしたことで、経済的問題などの、新たな苦しみを抱えることになったりする。

辞めたり別れたりする前に、すべきことはないでしょうか? 会社で不満があるなら、プライベートを充実する、会社での人間関係を少しでも修復するなど、劇的ではないけど現実的な対処を重ねる、というやり方もあります。

昨年(2016年)6月、イギリスでは「EU離脱」を国民投票によって決めました。

移民さえいなければ、EUのさまざまな縛りさえなければ、いろんなことがよくなるはずだ。離脱してすっきりしよう……。イギリス国民のあいだでは、一挙解決願望が大きな力を持っているのです。

昨年11月のアメリカ大統領選挙の結果も、米国民の一挙解決願望がもたらしたといえます。

近年のグローバル化や格差の拡大などに不満を持つ人たちが、トランプ候補を支持した、とされます。トランプなら、問題を一挙に解決してくれるはずだ、と。


世界大戦をもたらした「一挙解決願望」 

さらに極端に「一挙解決」を求める方向に行かないか、という心配もあります。

第一次世界大戦や第二次世界大戦は、そのような願望が暴発した、最大の事例です。このときは指導者や国民が、深刻な失業や、国際関係での緊張のような、さまざまな問題を戦争によって、世界をリセットするような感じで一挙解決しようとしたのでした。

たとえば、第一次世界大戦(1914~1918)はこうでした――この大戦は、バルカン半島(ヨーロッパ東南部)での、オーストリアとその支配下にある諸民族、近隣のロシアの間の紛争がきっかけです。しかし大戦争になったのは、その紛争に介入したドイツによる暴挙のせいです。その暴挙に「一挙解決願望」が絡んでいます。

ドイツは、オーストリアを支援してバルカン半島の問題に介入する一方で、長年対立関係にあった隣国のフランスを大軍で攻撃したのです。そして、「バルカン方面で戦う間にフランスに攻められないよう、先にフランスを攻撃しよう」と考えた。それで大きな戦争になっても構わない……。ドイツによるフランス侵攻をうけてイギリスはドイツに宣戦布告し、大戦がはじまりました。

当時のドイツ人には、つよい「一挙解決願望」がありました。

ドイツは1800年代後半に急速に発展し、その産業や軍事力はヨーロッパ最大となりました。しかし、植民地の獲得では先に発展したイギリスやフランスに遅れをとり、国際社会での地位は今ひとつ。ドイツ人はそれに苛立っていました。戦争に勝利すれば英仏中心の国際秩序を一挙にリセットできる。ドイツの指導者はそう考え、勝負に出たのです。
(木村靖二『第一次世界大戦』ちくま新書などによる)

しかし結局、英仏およびアメリカの陣営に敗れました。第一次世界大戦の結果、国際秩序はドイツに一層不利になりました。さらに大恐慌(世界的な大不況、1929~)以後は、失業や貧困が深刻化しました。

第二次世界大戦(1939~45)をひきおこした中心人物のヒトラーは、さまざまな問題を一挙に解決する新しいリーダーとして期待されたのです。


解決手段としての植民地

昭和の戦前期(第二次世界大戦前夜)の日本人も、当時の英米中心の国際秩序に反発していました。農村は貧しく、若者が都会に出ても仕事がない。

問題解決の手段として指導者が選んだのは、植民地の拡大です。植民地の資源や労働力を利用して、富や仕事を生み出す。国民の多くも、それを支持しました。

昭和戦前期の日本は、はげしい格差社会でした。人口の1%の最上位の高所得層が、全国民の所得の2割を占めていました(この「1%シェア」は、現代の日本だと1割ほど。(『週刊エコノミスト』2014年8月12日・19日号の記事による)

戦前を知る下村治という昔のエコノミストは、50年ほど前にこんな主旨のことを述べています。

「当時の社会問題の根底には、人びとに十分な富や職をいきわたらせることができない“人口過剰”の問題があった。当時の状況では、これを内部的な成長や福祉政策では解決できないと思われた。そこで資本主義を崩すことが解決だと思った人は社会主義のほうへ行き、領土を広げて植民地から富を得ることで解決しようとした人は軍国主義へ走った」
(原田泰『世相でたどる日本経済』日経ビジネス人文庫による)

そして、軍国主義が選択されたのです。地道に時間をかけて問題に取り組むのではなく、侵略戦争で一挙に解決しようとした。


「ポピュリズム」でいいのか?

最近の世界は、あちこちで一挙解決願望が大きくなっています。ひと昔以上前の世界では、この願望が力を持つのは、おもに発展途上国でした。貧しく・苦しい状況を一挙に変えてほしいという人びとの願いが、さまざまな革命やクーデターの背景となってきました。

しかし、近年はもっと発展した国ぐにで、一挙解決願望が力を持っています。昨年のイギリスとアメリカでの出来事は、それを明確にしました。

この現象は、マスコミでは「ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭」などといわれます。そこには「政治家が無知な国民を煽っている」というニュアンスがあります。

しかし、何かちがうというか、足りないように思います。それより、この現象は「人の心の、よくある基本的な傾向と深く結びついている」という点に、もっと注目すべきではないか。

そのような「傾向」の中心にあるのが、ここでいう「一挙解決願望」です。そういう願望が、人の行動に大きな影響をあたえることがある。

「無知な大衆が煽られている」という枠組みだけでものごとをみても、ピンときません。まさに「上から目線」になってしまって、その現場にいる人たちの感覚がわからない。

一挙解決願望を抱く人たちが、何に不満を感じているかも、「グローバリゼーションに取り残された人たちの怒り」みたいな調子で、簡単に決めつけないほうがいいでしょう。経済はたしかに関係しているのでしょうが、それだけではないかもしれません。

私たちが、辞めたい、別れたい、それですっきりしたいと思うのだって、簡単には説明できないことも多いです。説明しにくいことを、なんとか感じとろうとする姿勢が今は必要に思えます。「これは、ポピュリズムだ」などとまとめてしまうと、感じとることのさまたげになる。

ぜひとも、「一挙解決願望にご用心」ということを、忘れないようにしましょう。個人の小さなことでも、世界情勢についても。
まずは、自分自身がその願望にとらわれないように。
そして世の中でそのような「願望」がどうして力を持っているのか、決めつけることなく、あらためて自分の心のうちや現実に問いかけてみよう。来年はとくにそれが大事な年になるのでは?

(以上)
2016年11月12日 (土) | Edit |
アメリカは、私たちが思っていた以上に、深く分断されていた。
そんなことを、今回のアメリカ大統領選挙の結果を受けて、負けたクリントン候補は言っていました。

テレビや新聞をみると、多くの識者もそんなことを言っています。
そして「この分断という現実を、私たちは深刻に・真摯に受けとめなければならない」みたいに話を結ぶ。

その通りだと、私も一応は思います。
では、「国民や社会の分断」ということを問題として深刻に受けとめた先には、どんな考えがあり得るでしょうか。

今、よく目につくのは「団結」という言葉です。
アメリカ国民は深く分断されてしまっているけど、もう一度アメリカの旗のもとに団結しよう。
こういう論調は、今後さらに強くなるのではないか。

でも私は団結という言葉は、用心すべきものだと考えます。

団結ということが言われるとき、まず思い浮かぶのは「多様な立場を超えて、社会のさまざまな存在が信頼関係を結ぶ」というイメージです。これはたしかに理想です。理想的であるだけに、実現にあたってはさまざまな困難が生じます。多様な立場が共存しようとすると、さまざまなあつれきや緊張が生じるので、疲れます。

そこで、団結を掲げるときには、しだいに「団結に加わることが無理そうな、不純な存在を排除しよう」という動きが強くなることがしばしばあります。不純なものを排除する、つまり集団の均質性を高めて結束を強化する、ということです。

これは、大小さまざまな人間の集団でおこなわれてきたことです。少数の反対派を排除する、よそ者を排除するといったことは、どこでもよくある話。

世界史をみわたしても、国家的なレベルで「不純な存在の排除によって社会の結束をはかる」という方向の政策は行われてきました。

***

たとえば、1685年のフランスのルイ14世の「ナントの勅令の廃止」という、世界史の教科書などにも出てくる事例があります。ルイ14世はベルサイユ宮殿をつくった、「太陽王」といわれるフランス史上最も権勢をふるった国王です。そのルイ14世は、「プロテスタントというマイノリティ迫害」の政策を強く打ち出したのでした。

それ以前には、フランスでは1598年に国王アンリ4世によって「キリスト教徒の従来の主流であるカトリックと、新興勢力のプロテスタントの両者に、ほぼ対等の権利を認める」という「ナントの勅令(国王による命令)」が出されました。

このときまで、フランスでは、既存のキリスト教に反対して1500年代前半におこったプロテスタント(フランスではユグノーと呼ぶ)と旧来の勢力であるカトリックのあいだの激しい争いが続いていました。

ナントの勅令は、その争いをおわらせました。

そして、プロテスタント=ユグノーには、当時勢いのあった商工業者が多くいたので、ユグノーに権利や自由を認めたことは、その活動を活発にして、フランス経済の発展をもたらしました。

しかし1600年代末になって、ルイ14世はそのような「カトリックとプロテスタントの共存」を終わらせたのです。プロテスタントの教会は破壊されました。プロテスタントは海外への脱出も許されず、財産を没収されるとともにカトリックへの改宗を強要され、拷問や奴隷的な強制労働といったこともしばしばあったのでした。

ルイ14世がこのようなことを行ったのには「カトリックとプロテスタントのあいだのあつれきによる社会のさまざまな問題を一挙に解決したい」という思いがありました。ナントの勅令のもとでも、やはり両者のあいだには深い溝があります。とくに、カトリックの側には商工業で栄えるプロテスタントへの不満や嫌悪がありました。今でいえば「格差」への怒り、ということです。

フランス王家はカトリック教徒であり、国民の多数派もカトリック。ルイ14世は、異端のマイノリティーをフランスから排除することで、国の安定や結束をはかろうとしたのでした。そして、プロテスタントの徹底的な弾圧という、強引な手段を実行するだけの権力をもっていたのです。

「ローマ教皇にもできないことを実行した」と、当時の国際社会は驚き、震撼したのでした。

ルイ14世はある意味で成功したといえます。ルイ14世の治世は、フランス王国の最も華やかな時代だったとされるのですから。

しかしその一方で、プロテスタントを壊滅させたことで、フランスの商工業は大きなダメージを受け、経済の停滞や国の財政悪化の大きな一因となりました。国際的にも孤立していきます。それは最終的にはフランス革命という体制崩壊につながっていきます。

また、海外脱出を禁じられていたとはいえ、多くのプロテスタント(ユグノー)がフランスからどうにか逃げ出し、近隣諸国へ移住していきました。その後のドイツ(プロイセン)、スイスなどの経済の発展に、ユグノーは貢献しています。

つまり、フランスでのユグノーの迫害は、長期的にはフランスの停滞や混乱をもたらし、周辺諸国の利益になったのです。

おそらく、そのような結果を予測して警鐘を鳴らした人も、同時代にいたことでしょう。しかし、そうした見解は、当時は力を持ちませんでした。

当時の権力者は「不純なものを排除して、国を強固にする」という考えを採用し、国民の多数派でであるカトリックの人びとも、それを支持しました。だからこそ、ルイ14世の政策は実効力を持ちました。

そして、それなりの「結果」も出たのでした。ルイ14世時代のフランスは華やかな文化が栄え、国の勢いを誇ったのです。ルイ14世が建設したベルサイユ宮殿は、フランス王国の偉大さの象徴でした。ヨーロッパを制覇しようと対外戦争をさかんに行うだけの軍事力もありました。しかしその一方で経済の停滞、財政の悪化などの問題が深刻化していきました。

後知恵でみれば、ルイ14世時代のフランスは、1600年代のナントの勅令のもとで培った成果や遺産を食いつぶしていたのでしょう。しかし、社会を純化して結束することで、少なくとも一時的には「偉大な国家」があらわれたようにもみえる。このようなことは、ルイ14世時代のフランス以外でもみられます。

こういう「社会を純化することによる、うわべの一時的効果」は、問題をややこしくしています。

ルイ14世と同様の例は、歴史上ほかにもあります。私たちがまず思い浮かべるのは20世紀のヒトラーがユダヤ人に対して行った、さらに残虐で徹底した迫害でしょう。そしてヒトラーも一時的には「偉大なドイツ」を再建したといえるのです。世界中を相手に戦争ができるだけのパワーを持つ国に、ドイツを立て直したのですから。しかし、その先には破滅があったわけです。

***

国民の分断が自覚されたとき、まず思い浮かべないといけない言葉は「団結」ではなく、「寛容」です。
あるいは「妥協」といってもいい。

それは、不純や混乱や不安定さや緊張を受け入れる、ということです。そこにある問題を、一挙に全面的に取り除くのではなく、いろんな調整で緩和していこうとする発想です。そこには、純粋な理想や正義ばかりでなく、多くの打算などのズルいことが混じっている。でもそれが「寛容」ということだと、私は考えます。

子ども向けのような言い方をすれば「気に入らないヤツがそばにいても、仲間はずれにしないでガマンしよう。相手の取り柄や、妥協できるところ、利用できる点などをさがそう」という考え。

ちなみに「ナントの勅令」は、じつに現実的な妥協の産物です。

この勅令を出したアンリ4世は、もともとはプロテスタントの首領といえる存在でした。前王が暗殺されて即位したのですが、そのときまでに続いていたカトリックとプロテスタントの間の内戦をおさめるために、カトリックに改宗しました。多数派と徹底対立しては国王として国を治めることは困難です。しかし、もともとの仲間だったプロテスタントも納得させないといけないので、プロテスタントの権利を認めるナントの勅令を出しました。

「国王はプロテスタントからカトリックに改宗、一方でプロテスタントの権利を認める」というのは、なんだかいかにも妥協的です。でも、そういうスタンスが寛容ということの基礎になっています。ナントの勅令が生きていた1600年代のフランスは、ヨーロッパのなかで最も宗教的に寛容な社会でした。そしてその寛容は、繁栄を生んだのです。

これからのアメリカをみていくうえで私が注目したいのは「トランプが、あるいはそれに反対する人たちが、どこまで妥協的になれるか」ということです。

きまじめな人たちからみて「いいかげんだ」「不純だ」と批判するような落としどころの模索が、いろんな分野で起きるなら、まだアメリカには救いがあるでしょう。

しかし、トランプ側であれその反対派であれ、どちらかが「これですべてがすっきりする」と喜ぶような方向へ行くなら、いずれにしてもまずいと思います。

どうなるでしょうか? これまでのアメリカ人はほかの国民にくらべて、妥協や調整は得意なほうでした。寛容ともいえるし、ズルいともいえる現実的な人たちだった。今後その性質が失われていくようだと、アメリカはいよいよ劣化してきた、ということです。

以上