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2013年01月30日 (水) | Edit |
今日は「偉人伝」を,もうひとつ。今日1月30日は,幕末の偉人・勝海舟の誕生日です。

そこで勝海舟の「四百文字の偉人伝」を。「四百文字程度で,古今東西のさまざまな偉人を紹介する」シリーズ。

その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア,楽天kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)。

なお,この「勝海舟」は未発表の新作です。最近もぽつぽつ新しい「四百文字の偉人伝」を書いてます。

勝海舟(かつ・かいしゅう)

自分の「蘭学」をみつける

 勝海舟(1823~1899)は下級武士の出身でしたが,幕末の動乱のなかで頭角をあらわし,幕府のトップリーダーとなりました。
 しかし,「日本は生まれ変わるべきだ」と考え,のちには幕府の支配を終わらせる方向で動きました。幕府を倒そうとした薩摩・長州にたいし,徹底的に戦うのを避ける決断をしたのです。そのおかげで長期の内戦がさけられ,日本はスムースに新しい時代をむかえることができました。
 勝にはそのような「先見の明」がありました。
 これは,若いころから蘭学(西洋の学問)を学んでいたことが大きいです。蘭学は,進んだ知識や新しい世界観をもたらしてくれました。
 しかし,西洋にたいし国をとざしていた江戸時代には,蘭学者たちは一般に白い目でみられていました。勝も迫害を受けたことがあります。
 それでも勝は蘭学に賭けて学び続けました。それがのちに花ひらいたのです。
 創造的に生きたいなら,自分なりの「蘭学」をみつけましょう。
 つまり,「まだ評価の定まらない,新しい世界」をみつけて取り組むのです。
 ただし,それが新しいものであるほど,「周囲にわかってもらえない」のは覚悟する必要がありますが。

(参考文献)板倉聖宣『勝海舟と明治維新』(仮説社),松浦玲『勝海舟』(中公新書)

【勝海舟】
1823年1月30日生まれ 1899年1月19日没

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2013年01月30日 (水) | Edit |
今日1月30日は,アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトの誕生日です。

そこでルーズベルトの「四百文字の偉人伝」を。「四百文字程度で,古今東西のさまざまな偉人を紹介する」シリーズ。その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(アマゾンKindleストア,楽天kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)。


ルーズベルト
心の丈夫なリーダー

 フランクリン・ルーズベルト(1882~1945 アメリカ)が大統領に就任した1933年,アメリカ経済は大恐慌の真っ只中。最悪期の失業率は,なんと約25%。この危機への対応が,最初の大仕事でした。
 つぎは第二次世界大戦(1939~1945)です。ナチス・ドイツや日本帝国との全面戦争。
 アメリカ大統領の仕事はいつの時代もたいへんですが,このときとくらべれば,ほかはまだ「楽なもの」に思えます。
 こんな状況で,彼は4選して12年にわたり大統領を務めたのです(4期目の途中で病死)。
 その間ひたすら冷静に,さまざまな難題に判断を下し続けました。恐ろしいことですが,原爆の開発についてさえも淡々と取り組んでいます。
 そんな彼に批判すべき点がないとはいいません。しかし,あやまちがあっても,「重圧や激情で自分を見失った」というようなことではなかったのです。彼は何があっても,夜はぐっすり眠れました。
 こういう心の丈夫なリーダーを危機の時代に持てたことは,アメリカ国民にとっては幸運だった,といえるでしょう。

ガンサー著・清水俊二訳『回想のルーズベルト(上)(下)』(六興出版社,1950)による。ほかに参考として,フリードマン著・中島百合子訳『フランクリン・ルーズベルト伝』(NTT出版,1991)

【フランクリン・ルーズベルト】
大恐慌~第二次大戦の時期のアメリカ大統領(任1933~45)。大恐慌に際し,国家が経済に積極的に介入する「ニューディール政策」を推進した。1920年代に患った病気の後遺症で,車椅子生活を送りながら活動。
1882年1月30日生まれ 1945年4月12日没

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2013年01月28日 (月) | Edit |
リノベ暮らし表紙
 
2.3日前に出た本です。これに我が家が載っています。

アトリエコチ 団地リノベ暮らし (アスペクト,1600円+税) 

「団地リノベ」というのは,古い団地を全面的に改装(リフォーム)して,自分好みの部屋にすることです。最近は,全面的なリフォームのことを「リノベーション」といったりします。略して「リノベ」。
 
本の帯にはこうあります。
 
《団地を買う。間取りや内装を変える。
自分にぴったりの部屋で暮らす。
そんなライフスタイルが話題になっています。
10世帯の生活をのぞいてきました。》
 
ウチは,そのうちのひとつとして,とりあげられています(下の写真)。

多摩地区の築30年ほどの古い団地を「リノベ」して暮らしているのです。
設計は寺林省二さん(テラバヤシ・セッケイ・ジムショ)にお願いしました。

リノベ暮らし中身

本に出てくる10世帯はまさに十人十色。

我が家を撮影にいらしたフォトグラファーの永禮賢さんも言っていたのですが,「団地のリノベだからといって,みんな同じような感じになるかというと,そうはならない」のですね。
 
今回はこのくらいの,「本が出た」という話だけにしておきます。私の「団地リノベ(リフォーム)暮らし」については,おいおいお話ししていきます。

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テーマ:建築デザイン
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年01月27日 (日) | Edit |
今日1月27日は,作曲家モーツァルトの誕生日です。

そこでモーツァルトの「四百文字の偉人伝」を。「四百文字程度で,古今東西のさまざまな偉人を紹介する」シリーズ。

その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(アマゾンKindleストア,楽天kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)。


モーツァルト

音楽では几帳面

 作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791 オーストリア)は,「天才だけど,だらしない人」というイメージが,一般にはあります。
 たしかに,かなりの収入がありながら浪費家で借金まみれだったことなど,自己管理の甘いところがありました。
 しかし,音楽のこととなると別です。彼は20代の終わりころから,数多くの自分の作品についてカタログをつくってデータを整理し,管理していました。
 当時,そんなマメなことをする作曲家はいませんでした。のちに「作曲家が自分の作品のカタログをつくる」ということが普及しますが,彼はその先駆者だったのです。
 モーツァルトは,私生活ではだらしなくても,音楽に関してははとても几帳面だったのです。
 それだけ自分の仕事に誇りと愛着を持っていたということです。

礒山雅著『モーツァルト=二つの顔』(講談社,2000)による。ほかに参考として,柴田治三郎著『モーツァルト』(岩波ジュニア新書,1983)

【ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト】
18世紀なかばにおこった「クラシック(古典派)音楽」を完成の域に高めた大作曲家。20代後半からはウィーンに住み,旺盛な創作を続け名声も得たが,浪費による経済的問題には悩んだ。35歳で病死。
1756年1月27日生まれ  1791年12月5日没

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2013年01月26日 (土) | Edit |
イームズは,建築やデザインの世界ではたいへん有名な人です。しかし,多くの一般の人たちには,かならずしも知られていません。

以下は,「建築・デザインにとくに興味がない」という人にむけて,それこそ高校生でも読んでもらえるようにイームズの最も代表的な仕事を紹介したものです。イームズが取りくんだデザインの世界や,その考え方は,多くの人たちが知る価値があります。デザイン系の人たちのあいだだけではもったいない。

とくに,若い人には知ってもらいたいです。「デザイン」の世界に興味があるという人が,これからはもっと増えたほうがいい。それが日本のためです。イームズは,「デザイン入門」の格好の素材です。

写真は,おもに『Eames design』という,イームズの仕事を集大成した本からのものです(ただし「空港の待合イス」は『カーサブルータス特別編集 Eames The Universe of Dsigin』から)。
 
イームズの仕事

イームズ夫妻


「これ,みたことある」というイスをつくった人
チャールズ・イームズ(1907 ~1978)は,モダンデザインの名作イスをつぎつぎと生み出したデザイナーです。建築家,映像作家としても後世に残る仕事をしました。その仕事の多くを,「チャールズ&レイ・イームズ」の名義で,画家・デザイナーの妻レイ(1912 ~1988)と協力して行いました。
 
どんな仕事をした人かというと,たとえば代表作のひとつにこんなイスがあります。1953年につくられた「プラスチックサイドチェア」というイスです。その名のとおり,おもにプラスチックでできています。背もたれと座面がひとつながりになっているのが特徴です。

シェルサイドチェア

こういうイスを,駅のホームやスタジアムなどでみかけたことがありませんか? そのほとんどは,イームズのデザインを直接・間接にマネたものです。

こういう「これ,みたことある」というイスの「オリジナル」をいくつもつくったのが,イームズです。

イームズのイス,いくつか
ほかにもイームズがデザインしたイスをみてみましょう。
 
これは1951年につくられた「ワイヤーメッシュチェア」。針金のような細い金属(ワイヤー)でできています。

ワイヤーチェア


これは1958年につくられた,「アルミナムグループ」というオフィスチェア。

アルミナム


これは1962年につくられた空港の待合用のイス。

空港のイス

どうでしょうか。このうちどれかひとつくらいは,似たようなのをみたことがあるのではないでしょうか。

「今はあたりまえ」を生み出した
これらのイスの写真や現物を前にして,「1950~60年代のデザインだ」ということを話すと,「へえ,そんなに昔のものなんだ。もっと新しい感じがする」と感心する人がいます。

その一方で,「こんなイス,どこにでもあるあたりまえのものじゃないの?」と思う人もいるかもしれません。

たしかにそうです。たとえば空港用の待合イスなんて,この手のものがあちこちの空港にあります。

でも,「この手のイス」を最初に生み出して「あたりまえ」にしたのは,イームズなのです。イームズ以前には,こういうイスはあたりまえではなかったのです。

「プラスチック製の,背もたれと座面が一体のイス」「ワイヤーでつくったイス」などというのは,イームズ以前にはありませんでした。彼が最初につくり出したときには,非常に新しいものでした。

「アルミナムグループ」も,発表当時は斬新なものでした。金属を強調したシンプルなデザインは,高級なオフィスチェアとしては,考えにくいことでした。当時,それなりのイスを使うような,地位のある人には,もっとクラッシックな重厚なデザインが好まれました。

空港のイスも,イームズ以前にはこういうものはありません。これといった定番はなく,座り心地や機能性はずっと劣るものでした。

イームズの空港のイスは,見た目や座り心地だけではありません。メンテナンスを考え,座面などの傷みやすいところは取り外して新しいパーツと交換できるようになっています。公共の場で使うイスとしては重要なことです。シートの足元は空間を多くとってあり,荷物を置くことができます。

このように考え抜かれた,すぐれたものだったので,のちに類似品がたくさんつくられ,今は世界じゅうの空港にあるわけです。
 
そもそも,空港の待合イス(たかが待合イス)をこんなにも考え抜いてデザインするという発想じたいが,新しいものでした。

イームズは,「彼ら以前にはなかったけど,今はあたりまえ」のデザインをいくつも生み出したのです。これはデザイナーとしては最高級の仕事です。

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2013年01月20日 (日) | Edit |
おとといの1月18日は,大正から昭和にかけて活躍した実業家・大原孫三郎の亡くなった日でした。そこで大原の「四百文字の偉人伝」を掲載します。「四百文字程度で,古今東西のさまざまな偉人を紹介する」シリーズ。
 
その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア,楽天kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)。以下の大原の話は,その電子書籍から。ほんとうは18日に,と思っていましたが,忘れていました。
 

大原孫三郎(おおはら・まごさぶろう)

すぐれたコレクションは志がちがう

 大正~昭和初期の実業家・大原孫三郎(1880~1943)は,地元の倉敷市(岡山県)で紡績会社などを経営しながら,孤児院,研究所,病院,美術館などさまざまな社会事業を手がけました。
 そんな大原が集めた西洋絵画は,現代でも「日本有数のコレクション」といわれます。彼の依頼でヨーロッパへ渡り,絵を買い付けたのは,大原の親友で洋画家の児島虎次郎でした。
 制約もある予算の中で児島が選んだ作品は,その選択が的確で,のちに評価が高まっていったものばかり。
 絵は,まず地元の学校を借りて公開されました。それが盛況だったので,さらに多くの絵を買い集め,のちに「大原美術館」を建てました(1930年開館)。
 日本初の「本格的な西洋美術のコレクションを有する美術館」です。
 大原は,みんなにみてもらうために絵を買ったのです。現代の企業や金持ちが,値上がり目当てで買った高い絵を,金庫にしまっておくようなのとは志がちがいます。

(参考文献)
山陽新聞社編『夢かける 大原美術館の軌跡』(山陽新聞社,1991)による。ほかに参考として,城山三郎著『わしの眼は十年先が見える』(新潮文庫,1997)


                        *

以上,大原美術館のことを書きましたが,これは大原の社会事業の一部にすぎません。大原のことを人名事典ふうにまとめると,こうです。

【大原孫三郎】
大正~昭和初期の実業家・社会事業家。若くして父が経営する倉敷紡績を継ぎ,おおいに発展させた。若いときに「岡山孤児院」の創設者・石井十次と出会って影響を受け,社会事業にも力を注ぐ。私財を投じ大原社会問題研究所(労働問題等を研究,1919年設立),倉敷中央病院(1923年),大原美術館(1930年)などを創設した。倉敷紡績の労働条件改善にも取り組む。いずれの仕事も当時画期的なものであった。
1880年(明治13)7月28日生まれ  1943年(昭和18)1月18日没


このように多方面の活動をしています。大原は,近代日本におけるNPO活動の最高峰のような人です。
 
「NPOによって新しい公のサービスを作り出すこと」は,社会の重要テーマになっています。大原孫三郎は,これからますます注目・評価されるようになるでしょう。

つい最近(先月)つぎの本が出ました。

兼田麗子著 大原孫三郎―善意と戦略の経営者 (中公新書)

じつはこれまで,大原については,「多くの人が手軽に読めるまとまった伝記」がありませんでした。城山三郎『わしの眼は十年先がみえる』(新潮文庫)という,大原の生涯を描いた小説があるくらい。大原に縁のあった人たちでつくった『大原孫三郎傳』(昭和58年)という基本文献もありますが,手軽に買えないし,読みやすい本とはいえません。
 
兼田さんには『大原孫三郎の社会文化貢献』(成文堂,2009年)という著作もありますが,今回新書というかたちで,まとまった大原伝が出たわけです。この本を今日買ってきました。これから読みます。

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2013年01月14日 (月) | Edit |
「四百文字の偉人伝」というのを,この10年くらい書いています。時代・国・分野を問わず偉人をとりあげて,ひとつのお話につき「400文字前後」で紹介したものです。

「400文字」という制約が,ポイントになっています。

偉人とは,「それぞれの分野で著しい業績をあげ,歴史に名を残した人」のこと。すばらしい仕事をした人が中心ですが,「反面教師的に名を残した人」「功績も罪悪も大きい」という人物も取り上げます。

去年の春に,これまでに書いた「偉人伝」101話をまとめて,電子書籍として出版しました。
『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン,400円)という本です。アマゾンKindleストア,楽天kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売しています。

今回は『四百文字の偉人伝』に収録されている話の中から,ベンジャミン・フランクリンをとりあげます。アメリカ独立(1776年)で活躍した,政治家・科学者です。フランクリンの誕生日は1月17日。「もうすぐ誕生日」ということでとりあげるわけです。

自立のための金儲け

「時は金なり」ということわざは,アメリカ独立で活躍したベンジャミン・フランクリン(1706~1790 アメリカ)の作だとされています。彼は,丁稚小僧から身をおこして,印刷業で財を成しました。

商売上手だった彼を,「拝金主義者」という人がいます。

しかし,フランクリンは,働かなくても食うに困らないだけの資産を築くと,40代で事業から手をひき,好きな科学の研究に没頭するようになります。とくに電気学の分野では,世界的な権威になりました。

また,大学や病院の設立,郵便制度の改革などの社会事業でも活躍しました。そして,晩年のアメリカ独立の際には,外交の仕事などで大きな役割を果たしたのです。

お金のことを気にしなくてよかった彼は,どの仕事も自分の信念に沿って,思いきり取り組むことができました。彼は,お金を「自立して自由に生きる」ための手段と考えましたが,人生の目的とは考えなかったのです。

参考:板倉聖宣著『フランクリン』(仮説社,1996),フランクリン著,松本・西川訳『フランクリン自伝』(岩波文庫,1957)。池田孝一訳・亀井俊介解説『アメリカ古典文庫1 フランクリン』(研究社,1975)

【ベンジャミン・フランクリン】
ワシントン,ジェファーソンと並ぶアメリカ独立の功労者で,電気学などの科学研究や,さまざまな社会事業で活躍した。哲学や社会科学の分野でも業績がある。アメリカでは最もおなじみの偉人の1人。
1706年1月17日生まれ 1790年4月17日没

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2013年01月14日 (月) | Edit |
このブログでは,いろいろなテーマを扱うつもりです。「世界史」「社会のしくみ」「発想法」「勉強法」,それから「団地リフォームと住まい」……雑多なのですが,私としてはこれらに共通するひとつの視点があります。

それは,「近代社会を精いっぱい生きる」という大テーマです。

「近代社会」ってなんのことか?

ひとことでいうと,「多くのふつうの人でも,したいことがいろいろとできる社会」のことです。いわゆる「自由な社会」。

「自由」とは「したいことができる」ということです。

数百年以上昔の社会は,世界のどこをみても「したいことをする自由」を,法律などで制限していました。

たとえば,「どんな仕事に就くか」が,生まれながらにしてほぼ決まっていました。江戸時代の日本なら,武士の子は武士に,農民の子は農民に。「身分社会」というものです。

この数百年の世界は,身分社会を脱して「自由な社会=近代社会」を築く方向で動いていきました。「まだまだ」という国もかなりありますが,欧米や日本のような先進国では,近年は「かなり自由になった」といえるでしょう。

でも,こういう話は,いかにも抽象的です。「自由」について,もう少し生き生きとイメージできる手がかりはないでしょうか。

そこで,「昔は特別な恵まれた人にしかできなかったことが,今はふつうの人にもできるようになった」という話をしたいと思います。その切り口で話すと,「わかってもらえた」ということがありました。

たとえばこういうことです。今の子どもたちは,生まれたときからビデオやデジカメでいっぱい撮影され,ぼう大な映像が残っています。では,「生まれたときから,たくさんの映像(動画)が残っている史上はじめての人物は誰か?」なんて,考えたことがありますか?

「それはおそらく,今のイギリスの女王のエリザベス2世(1926~)だ」という説があります。

映画の発明は,1800年代の末です。エリザベス女王が生まれた1920年代には,映画撮影の機材は高度なハイテク機器でした。そんな機材と専門家チームを投入して,日常的に撮ってもらえる赤ちゃんは,当時は大英帝国のお姫様くらいだった,ということです。

この説がほんとうに正しいかどうかは,立証がむずかしいところもあります。でも,あり得る話です。

90年ほど前には,世界じゅうでエリザベス2世でしかあり得なかったことが,今では誰でもできるようになっている。

こういうことは,ほかにも山ほどあります。クルマに乗って出かけることは,昔はかぎられた人だけのぜいたくでした。「好きなときに音楽を聴く」ことは,蓄音機の発明(1870年代)以前には,自分の屋敷に「お抱えの楽団」がいるような,富豪だけの特権でした。ipodは,「ポケットに入るお抱えの楽団」です。

たしかに私たちの「自由=できること」は増えているんだろうな。技術の進歩や経済発展のおかげだな……

そこで,いろいろ考えるわけです。

だったら,今の社会で,私たちはどんなことができるんだろう? 少し昔の感覚で思うよりも,ずっと多くの自由や可能性があるかもしれない。

その可能性を,できるかぎり使いきって生きていけないだろうか。それが,「近代社会を精いっぱい杯生きる」ということです。

 ***

「団地リフォーム」も,私にとっては「近代社会を精いっぱい生きる」ことのひとつです。

私は,数年前に築30年ほどの公団住宅(団地)を買って,全面リフォームして住んでいます。

設計は寺林省二さんという建築家にお願いしました。いろいろと要望をして,自分好みのインテリアをつくってもらったのです。 「建築家に家をつくってもらう」などというのは,私たちの親の時代には,相当に恵まれた人だけができることでした。それを今は,団地住まいの私でも行っているわけです。
 
これも,今の社会があたえてくれる「自由」や「可能性」を活用した一例です。

そんな「活用」が,人生のさまざまな場面でできるようになるには,いろんな「発想」や「勉強」も必要になるでしょう。「社会のしくみ」についての知識や,その背景となる歴史もおさえておきたい。

どうでしょうか。一見雑多なもろもろのテーマは,「近代社会を精いっぱい生きる」という視点で,結構つながっているとは思いませんか?

(以上)
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テーマ:自由への道程
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年01月12日 (土) | Edit |
書斎の写真 - コピー

はじめまして。「そういち」といいます。今年48歳になるオジさんです。

今,上の写真にある,小さな書斎でこの記事を書いています。夫婦で暮らす団地の一画を,棚でラフに仕切った,3畳ほどのスペース。この団地の書斎で読んだり考えたりしたことを,書いていきたいと思います。

テーマは,おもに「世界史」や「(政治経済などの)社会のしくみ」といったこと。あとは,「発想法」「勉強法」といったことも。

ただし,専門的なこまかい話は苦手です。やりたいのは,初歩の・入門的な話をざっくりと整理していくことです。まあ,それしかできないということなんですが……
 
できれば高校生でも読めるような話にしたいです。しかし,そういう初心者向けの話というのは,意外と「本質」に迫る深い内容だったりもするのです。

あと,もうひとつテーマにしたいことがあります。「団地リフォーム」とか「住まい」のことです。
 
ここ10年くらいで「古い集合住宅を自分好みにリフォームして住む」という人が増えています。私も,その1人です。築30年ほどの古い団地を,リフォームして住んでいます。このあたりのことも,書きたいです。

いろいろなテーマを書き過ぎると,「何の店か」がわからなくなってしまって,よろしくないのかもしれません。でも,まあいいでしょう。とにかく,はじめましょう。

(以上)
テーマ:建築デザイン
ジャンル:学問・文化・芸術