FC2ブログ
2013年01月14日 (月) | Edit |
「四百文字の偉人伝」というのを,この10年くらい書いています。時代・国・分野を問わず偉人をとりあげて,ひとつのお話につき「400文字前後」で紹介したものです。

「400文字」という制約が,ポイントになっています。

偉人とは,「それぞれの分野で著しい業績をあげ,歴史に名を残した人」のこと。すばらしい仕事をした人が中心ですが,「反面教師的に名を残した人」「功績も罪悪も大きい」という人物も取り上げます。

去年の春に,これまでに書いた「偉人伝」101話をまとめて,電子書籍として出版しました。
『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン,400円)という本です。アマゾンKindleストア,楽天kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売しています。

今回は『四百文字の偉人伝』に収録されている話の中から,ベンジャミン・フランクリンをとりあげます。アメリカ独立(1776年)で活躍した,政治家・科学者です。フランクリンの誕生日は1月17日。「もうすぐ誕生日」ということでとりあげるわけです。

自立のための金儲け

「時は金なり」ということわざは,アメリカ独立で活躍したベンジャミン・フランクリン(1706~1790 アメリカ)の作だとされています。彼は,丁稚小僧から身をおこして,印刷業で財を成しました。

商売上手だった彼を,「拝金主義者」という人がいます。

しかし,フランクリンは,働かなくても食うに困らないだけの資産を築くと,40代で事業から手をひき,好きな科学の研究に没頭するようになります。とくに電気学の分野では,世界的な権威になりました。

また,大学や病院の設立,郵便制度の改革などの社会事業でも活躍しました。そして,晩年のアメリカ独立の際には,外交の仕事などで大きな役割を果たしたのです。

お金のことを気にしなくてよかった彼は,どの仕事も自分の信念に沿って,思いきり取り組むことができました。彼は,お金を「自立して自由に生きる」ための手段と考えましたが,人生の目的とは考えなかったのです。

参考:板倉聖宣著『フランクリン』(仮説社,1996),フランクリン著,松本・西川訳『フランクリン自伝』(岩波文庫,1957)。池田孝一訳・亀井俊介解説『アメリカ古典文庫1 フランクリン』(研究社,1975)

【ベンジャミン・フランクリン】
ワシントン,ジェファーソンと並ぶアメリカ独立の功労者で,電気学などの科学研究や,さまざまな社会事業で活躍した。哲学や社会科学の分野でも業績がある。アメリカでは最もおなじみの偉人の1人。
1706年1月17日生まれ 1790年4月17日没

関連記事
テーマ:歴史上の人物
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年01月14日 (月) | Edit |
このブログでは,いろいろなテーマを扱うつもりです。「世界史」「社会のしくみ」「発想法」「勉強法」,それから「団地リフォームと住まい」……雑多なのですが,私としてはこれらに共通するひとつの視点があります。

それは,「近代社会を精いっぱい生きる」という大テーマです。

「近代社会」ってなんのことか?

ひとことでいうと,「多くのふつうの人でも,したいことがいろいろとできる社会」のことです。いわゆる「自由な社会」。

「自由」とは「したいことができる」ということです。

数百年以上昔の社会は,世界のどこをみても「したいことをする自由」を,法律などで制限していました。

たとえば,「どんな仕事に就くか」が,生まれながらにしてほぼ決まっていました。江戸時代の日本なら,武士の子は武士に,農民の子は農民に。「身分社会」というものです。

この数百年の世界は,身分社会を脱して「自由な社会=近代社会」を築く方向で動いていきました。「まだまだ」という国もかなりありますが,欧米や日本のような先進国では,近年は「かなり自由になった」といえるでしょう。

でも,こういう話は,いかにも抽象的です。「自由」について,もう少し生き生きとイメージできる手がかりはないでしょうか。

そこで,「昔は特別な恵まれた人にしかできなかったことが,今はふつうの人にもできるようになった」という話をしたいと思います。その切り口で話すと,「わかってもらえた」ということがありました。

たとえばこういうことです。今の子どもたちは,生まれたときからビデオやデジカメでいっぱい撮影され,ぼう大な映像が残っています。では,「生まれたときから,たくさんの映像(動画)が残っている史上はじめての人物は誰か?」なんて,考えたことがありますか?

「それはおそらく,今のイギリスの女王のエリザベス2世(1926~)だ」という説があります。

映画の発明は,1800年代の末です。エリザベス女王が生まれた1920年代には,映画撮影の機材は高度なハイテク機器でした。そんな機材と専門家チームを投入して,日常的に撮ってもらえる赤ちゃんは,当時は大英帝国のお姫様くらいだった,ということです。

この説がほんとうに正しいかどうかは,立証がむずかしいところもあります。でも,あり得る話です。

90年ほど前には,世界じゅうでエリザベス2世でしかあり得なかったことが,今では誰でもできるようになっている。

こういうことは,ほかにも山ほどあります。クルマに乗って出かけることは,昔はかぎられた人だけのぜいたくでした。「好きなときに音楽を聴く」ことは,蓄音機の発明(1870年代)以前には,自分の屋敷に「お抱えの楽団」がいるような,富豪だけの特権でした。ipodは,「ポケットに入るお抱えの楽団」です。

たしかに私たちの「自由=できること」は増えているんだろうな。技術の進歩や経済発展のおかげだな……

そこで,いろいろ考えるわけです。

だったら,今の社会で,私たちはどんなことができるんだろう? 少し昔の感覚で思うよりも,ずっと多くの自由や可能性があるかもしれない。

その可能性を,できるかぎり使いきって生きていけないだろうか。それが,「近代社会を精いっぱい杯生きる」ということです。

 ***

「団地リフォーム」も,私にとっては「近代社会を精いっぱい生きる」ことのひとつです。

私は,数年前に築30年ほどの公団住宅(団地)を買って,全面リフォームして住んでいます。

設計は寺林省二さんという建築家にお願いしました。いろいろと要望をして,自分好みのインテリアをつくってもらったのです。 「建築家に家をつくってもらう」などというのは,私たちの親の時代には,相当に恵まれた人だけができることでした。それを今は,団地住まいの私でも行っているわけです。
 
これも,今の社会があたえてくれる「自由」や「可能性」を活用した一例です。

そんな「活用」が,人生のさまざまな場面でできるようになるには,いろんな「発想」や「勉強」も必要になるでしょう。「社会のしくみ」についての知識や,その背景となる歴史もおさえておきたい。

どうでしょうか。一見雑多なもろもろのテーマは,「近代社会を精いっぱい生きる」という視点で,結構つながっているとは思いませんか?

(以上)
関連記事
テーマ:自由への道程
ジャンル:学問・文化・芸術