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2013年01月20日 (日) | Edit |
おとといの1月18日は,大正から昭和にかけて活躍した実業家・大原孫三郎の亡くなった日でした。そこで大原の「四百文字の偉人伝」を掲載します。「四百文字程度で,古今東西のさまざまな偉人を紹介する」シリーズ。
 
その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア,楽天kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)。以下の大原の話は,その電子書籍から。ほんとうは18日に,と思っていましたが,忘れていました。
 

大原孫三郎(おおはら・まごさぶろう)

すぐれたコレクションは志がちがう

大正~昭和初期の実業家・大原孫三郎(1880~1943)は,地元の倉敷市(岡山県)で紡績会社などを経営しながら,孤児院,研究所,病院,美術館などさまざまな社会事業を手がけました。そんな大原が集めた西洋絵画は,現代でも「日本有数のコレクション」といわれます。

彼の依頼でヨーロッパへ渡り,絵を買い付けたのは,大原の親友で洋画家の児島虎次郎でした。制約もある予算の中で児島が選んだ作品は,その選択が的確で,のちに評価が高まっていったものばかり。

絵は,まず地元の学校を借りて公開されました。それが盛況だったので,さらに多くの絵を買い集め,のちに「大原美術館」を建てました(1930年開館)。日本初の「本格的な西洋美術のコレクションを有する美術館」です。

大原は,みんなにみてもらうために絵を買ったのです。現代の企業や金持ちが,値上がり目当てで買った高い絵を,金庫にしまっておくようなのとは志がちがいます。

(参考文献)
山陽新聞社編『夢かける 大原美術館の軌跡』(山陽新聞社,1991)による。ほかに参考として,城山三郎著『わしの眼は十年先が見える』(新潮文庫,1997)


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以上,大原美術館のことを書きましたが,これは大原の社会事業の一部にすぎません。大原のことを人名事典ふうにまとめると,こうです。

【大原孫三郎】
大正~昭和初期の実業家・社会事業家。若くして父が経営する倉敷紡績を継ぎ,おおいに発展させた。若いときに「岡山孤児院」の創設者・石井十次と出会って影響を受け,社会事業にも力を注ぐ。私財を投じ大原社会問題研究所(労働問題等を研究,1919年設立),倉敷中央病院(1923年),大原美術館(1930年)などを創設した。倉敷紡績の労働条件改善にも取り組む。いずれの仕事も当時画期的なものであった。
1880年(明治13)7月28日生まれ  1943年(昭和18)1月18日没


このように多方面の活動をしています。大原は,近代日本におけるNPO活動の最高峰のような人です。
 
「NPOによって新しい公のサービスを作り出すこと」は,社会の重要テーマになっています。大原孫三郎は,これからますます注目・評価されるようになるでしょう。

つい最近(先月)つぎの本が出ました。

兼田麗子著 大原孫三郎―善意と戦略の経営者 (中公新書)

じつはこれまで,大原については,「多くの人が手軽に読めるまとまった伝記」がありませんでした。城山三郎『わしの眼は十年先がみえる』(新潮文庫)という,大原の生涯を描いた小説があるくらい。大原に縁のあった人たちでつくった『大原孫三郎傳』(昭和58年)という基本文献もありますが,手軽に買えないし,読みやすい本とはいえません。
 
兼田さんには『大原孫三郎の社会文化貢献』(成文堂,2009年)という著作もありますが,今回新書というかたちで,まとまった大原伝が出たわけです。この本を今日買ってきました。これから読みます。

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