2013年04月30日 (火) | Edit |
 今日4月30日は,独裁者アドルフ・ヒトラーが死んだ日です。連合軍の攻撃によってベルリンが陥落したあと,当時の参謀本部であった地下壕で自殺したのです。
 「ヒトラーが偉人(エライ人)だって?」と疑問に思う人もいるでしょう。私は,「偉人」とは,「それぞれの分野で著しい業績をあげ,歴史に名を残した人」と定義しています。そこには「反面教師的に名を残した人」も含みます。ヒトラーはそれにあたります。大きな罪や過ちを犯しているのですが,人類の歴史のなかで特筆すべき存在ではあるわけです。

ヒトラー

元ホームレスの「ヨーロッパ征圧」

 1910年代のドイツに,1人のフリーターの青年がいました。彼,アドルフ・ヒトラー(1889~1945 ドイツ)は貧しく,ホームレスだったこともあります。
 その後,第一次大戦(1914~1918)に従軍。
 戦後の1919年には,ドイツ労働者党(のちのナチ党)に入党します。
 「党」といっても,カギ屋の主人や土建業の社長や売れない物書きやら,無名の変わり者が集まって政治談議をしているだけ。きちんとした綱領(党の基本理念)も予算も何もない。
 定職もなくヒマなヒトラーは,党の活動にのめりこんで働きます。演説会のチラシをつくって配ったり,募金を集めたり。新聞広告を出した演説会に100人ほどが集まったときは,うれしかった……

 その後,1930年代後半。ヒトラー総統率いるナチス・ドイツは,全ヨーロッパの制圧をめざし,戦争をはじめます。
 元ホームレスの青年が,十数年後にはそんなことに……! ヒトラーの生涯を追っていると,想像を絶する事実を前にして,「なぜこんなことが?」と問わずにはいられなくなります。

参考:ハフナー著・赤羽龍夫訳『ヒトラーとは何か』(草思社,1979),カーショー著・石田勇治訳『ヒトラー 権力の本質』(白水社,1999)。ほかにマンガの水木しげる著『劇画ヒットラー』(ちくま文庫,1990)もよい入門であり参考にした。

【アドルフ・ヒトラー】
ファシズムという反民主主義の思想に立って独裁権力を手にし,世界を大戦争に巻き込んだ政治家。1933年選挙を通じ政権を獲得。39年ポーランドに侵攻し大戦勃発。45年終戦直前に自殺。ユダヤ人虐殺を行った。
1889年4月20日生まれ 1945年4月30日没

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                        *

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ジャンル:学問・文化・芸術
2013年04月29日 (月) | Edit |
 「社会の変化はゆっくりになっている?」シリーズの7回目。

(前回まで)
 社会の変化は,じつはゆっくりになっているのでは?世界的にみて,文化全般で新しいものが生まれなくなっている。(第1回) (第2回)
 技術革新も,ここ数十年,停滞しているという説もある。(第3回) 一方「これまでもそうだったのだから,今後も急速な技術革新は続く」とする見方も根強い。(第4回)
 だが,「急速な技術革新」は,これまでの近代に特殊なことだったのかもしれない。世界史の数千年間には,「急速な進歩」もあれば「停滞」もあったとする技術史の研究もある。しかし,材料の選択が主観的である。(第5回)

 そこで,技術進歩の速度をたどる指標として「最大の都市の規模」はどうか。「世界史数千年における「最大の都市の規模」の変遷をグラフ化すると,やはり「急速な進歩」と「停滞」がくりかえされている。(第6回)

 * *

 以下が,前回示した,私による「〈最大の都市〉の人口の変遷」のグラフ。
 その下は,リリーという研究者による「過去数千年の発明のペース」のグラフです(リリーが「重要」と判断した世界史上の発明を,時代ごとにカウント。発明のさかんな時期は数値が高くなる)。

「最大の都市」の人口の変遷
 
 私のこのグラフは,「最大(級)の都市の規模は,その時代の技術水準を反映している」という考えにもとづいています。
 だから,このグラフは「世界史における技術革新の速度の変遷」をあらわしたものだ,ということです。
 そして,「最大の都市の人口」のグラフと,「発明のペース」のグラフは,結論がほぼ同じです。勢いのある時期と,停滞している時期が,2つのグラフはほぼ重なるのです。

 ちょっと話が抽象的すぎるかもしれません。

 そこでとりあえず,このグラフが示しているのが「ヤカンに入っている水の温度の変化」だと思ってください。
 水の入ったヤカンを火にかけて,そこに温度計をさしこみ,時間ごとにはかった結果をグラフ化した,としましょう。

 その「ヤカンの水の温度の歴史」をみると,水温の上昇が急速な時期もあれば,あまり変化のない時期もあります。
 水温は,急速な温度上昇によって,それまでとはちがう「つぎの段階」へと昇っていきます。
 そして,ある時点からは,あまり温度が上がらなくなっていく。そのように段階的に変化していきます。

 「最大の都市の人口」というデータは,技術水準という「水温」をはかる温度計のような役目をはたしているのです。

 このグラフが伝える結論は,こういうことになるでしょう。

 世界史には,「進歩の急速な時期」と「停滞している時期」がある。それらの時期を交互にくりかえしながら,歴史は段階的にすすんできた。

 だとしたら,「これまでそうだったから,これからも急速な進歩は続く」というのは,たいして根拠がないのではないか。現代はこれまでの「急速な進歩」の時代から「停滞」の時代へ移ろうとしている,過渡期だと考えてもおかしくはない。


 * *

 でも,気になる人もいると思います。
 「都市の人口のデータは,信頼できるのか?」と。

 重要なことは,「このグラフのデータにかなりの誤差があっても,このおおざっぱな対数グラフだと,主張の根本はくずれない」ということです。
 数値にプラスマイナス100%くらいの誤差があっても,大丈夫。
 それだけさっくりした長期の傾向を論じているからです。

 たとえば,西暦100年代のローマ市の人口は,今の通説的な推定だと,50~100万人です。でも,これが30万人でも,150万人でも,グラフのストーリーにはそれほど影響がありません。

 なぜなら,その千数百年後,1800年ころの最大の都市(江戸やロンドン)の人口は,100万人ほどなのですから(この数字はほぼ確かです。その時代の人口調査や戸籍的な資料に基づいています)。

 それから,西暦1000年ころのイスラムや中国の大都市は,このグラフだと「古代のローマを超えない」ことになっていますが,ローマよりも大きかったとする見解もあります。でも,「300万人」「500万人」という話ではありません。せいぜい「100~200万人」といったところ。

 だとしたら,やはり全体のストーリーにはあまり影響しません。つまり,古代ローマの時代以降「長く停滞が続いた」ということにかわりないのです。
 西暦100年ころから1000年近くかけて「2~3倍(数十万から100~200万に)」というのは,このグラフではゆるやかな変化です。少なくとも近代の急速な変化とくらべればそうです。

 また,「西暦1000年ころに100~200万人」だとしたら,その後数百年~1000年のあいだ,最大の都市の規模はそのレベルを超えなかったということです。その停滞は,1800年ころ以降の,近代の革新によってはじめてのりこえられたのです。

 このように,このグラフのストーリーが崩れるためには,「今までの数字が一桁ちがっていた」くらいの,大幅な数字の書きかえがいくつも必要になります。
 それが現実になる可能性は低いと,私は考えます。

 というのは,この30~40年で,歴史学が以前よりもずっと「人口」について研究するようになったからです。数十年以上前には,近代以前の人口についての推定は,いいかげんな数字ばかりでした。たとえば古代のローマの人口について,「200万人」とか,今からみるとずいぶん過大に見積もることもあったのです。

 しかし,近年はかなり信頼できる数字が出されるようになってきました。西暦100年代のローマの人口が「数十万~100万」に落ち着いてきたのも,そのひとつ。

 まだまだ議論の余地はありますが,このグラフを描くのに耐えるくらいの精度にはなってきた,と思います。

 また,私が数字を引用した文献はさまざまですが,どれも該当する時代や地域の専門家の著作を使っています。
 ウルクならメソポタミア史の研究者,ローマなら古代ローマ史の研究者……といった具合です。それも,おもに1990年代後半以降の比較的新しい文献です。

 * *

 まだまだ説明が足りないかもしれません。
 でも,この「大都市の人口=技術の水準」のグラフについて,「かなり信用できるはずだ」ということを述べてきました。いろんなことを考える材料にできるのではないかと。

 では,なにを考えるのに使うのか。
 そもそもの話に戻りますが,こんなグラフを描いたのは,「現代の世界の変化は,だんだんゆっくりなっているのではないか」という「仮説」について検討するためです。

 そして,得られたのは「世界史をみわたすと,急速な変化から停滞へ,ということも起こっている。だったら今,それが起こっていると考えてもおかしくはない」ということ。

 あとは,このグラフの最近の部分について,検討してみたほうがいいでしょう。
 「近年の〈最大の都市の規模〉は,どう変化しているのか?あいかわらず急速に伸びているのか,それとも停滞ぎみなのか?」ということです。こうした課題もありますが、ひとまずこのテーマにかんしては筆をおきます。

(以上)
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2013年04月28日 (日) | Edit |
 三連休で,のんびりしています。
 きのうは近所をぶらぶら。
 書店で本を買い,カフェでお茶をしながら読んだりしました。
 そうやってウチに帰ると,カミさんに「今日はすっきりした顔をしてるね」といわれます。

 きのう手にした本の1冊に,大杉栄『獄中記』(大杉豊解説,土曜社)があります。
 明治末から大正にかけて活動した「無政府主義」の思想家・大杉栄(1885~1923)が,政治犯としての刑務所暮らしを綴ったもの。原著は1919年(大正8)の出版です。
 それを読みつつ,大杉の「四百文字の偉人伝」を書いてみました。

大杉栄

監獄のなかでできあがった人間

 「無政府主義」という思想を日本に広めた大正期の思想家・大杉栄(1885~1923)。無政府主義やそれにかかわる社会主義の思想じたいは,現代ではすたれました。しかし,人間や文化を語る彼の言葉には「〇〇主義」を超えた魅力があり,今も読者がいます。
 大杉は自分を「監獄のなかでできあがった人間だ」といいました。
 彼は政治犯として何度か刑務所暮らしをしています。短いときは数か月,長いときは2年あまり。
 当時の監獄は,居住環境は劣悪でしたが,本を読んだりする時間はかなりありました。社会科学や自然科学の本を差し入れてもらっては,読み漁る毎日。エスペラント語やドイツ語も勉強しました。『ファーブル昆虫記』の日本初の翻訳ということも監獄で行っています。大杉にとって,監獄は集中できる場所でした。
 また,雑居房での囚人たちとの共同生活のなかで,人の心の機微にも関心を深めていきました。
 監獄での勉強や体験は,彼の視野を大きく広げてくれたのです。
 私たちも,「監獄に2~3年入るとしたら,何をするか(本やちょっとした道具は持ち込めるとして)」ということを考えてみるといいかもしれません。
 それは,「自分にとって大切なことは何か」を考えるということです。

                       * 

 以上は,「刑務所はいいところだ」というのでは,もちろんありません。

 しかし,外界から隔離された場所で,勉強に打ち込んだり,深く考え続けたり,という機会は価値のあるものです。
 アメリカの大学・大学院に留学して真面目に勉強してきた人の話を聞くと,「まるで刑務所暮らしだ」と思えます。授業に出て,図書館で勉強して,学生寮に帰ってまた勉強して寝る。そのくりかえし。キャンパスという「塀の中」から出ることはめったにない。大都市の近郊にある大学に数年いても,街にくりだしたことなんて,数えるほどしかなかった……といいます。

 勉強でも仕事でも,「塀の中」にいるような,ほかのことができずに,そのことにひたすら取り組んでいる状況というのは,かなり苦しいはずです。でも,あとでふりかえると,一種の「黄金時代」のように思えるのではないでしょうか。

 もし私が,「自由時間のたっぷりある刑務所」に2~3年入るとしたら,何をするでしょうか?

 たぶん,「世界史」に関する本を書こうとすると思います。世界史のイメージを初心者に伝えるための,啓蒙的な本。若干の資料を持ち込んで,ときどき必要な本を差し入れてもらって,ノートにボールペンで書くでしょう。
 私がそんなものを書いても,発表のあてもないし,たぶんなんにもならないのでしょうが,いいのです。それをやりたいのです。
 
 でもじつは,もうそれは実行してしまいました。

 起業に失敗して,無職で3年あまり過ごしたことがあります。
 そのころは,自由にできるお金がかぎられていたので(ほんとうは働けばいいんですが),行動範囲もせまかったです。近所の本屋や図書館や公園をぶらつくのが,気晴らしでした。カフェなんかめったに入らなかった。
 とくによく「ぶらついた」のは,自宅の本棚です。「つんどく」になっていた本をずいぶん読みました。
 当時の私は,近所や自宅という「塀の中」で,したいことをしていました(「あんたは幸せな人だ」というなら,まあそういうことにしておきましょう)。

 そんななかで,自分にとって「懸案」だった世界史関連の原稿もかなり書いたのです。
 「書く」というのは,お金をかけない時間つぶしとしては,最高です。
 それからしばらくの中断を経て,その原稿の整理・仕上げにも取り組んでいます。このブログにもいずれアップしていきたいです。

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テーマ:思うこと
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年04月28日 (日) | Edit |
 「自分で考えるための勉強法」シリーズの11回目。
 前回(4月24日),こんなことを述べました。

 勉強は,まず「何か」を選ばないといけない。つまり,「どんなことをしたいのか」「誰に学ぶのか」を決めるのである。とくに大事なのは「誰に学ぶか」ということ。特定の分野への関心は,特定の「誰か」の仕事にたいする感動からはじまる。その感動できる誰かが,あなたの「先生」である。何かを選ぶとは,先生を選ぶことだ。

 今回はそのつづきです。


じかに教えてもらえなくても,
最高の先生をさがそう。


 ここで「先生」というのは,あなたが「こんなふうに考えることのできる頭になりたい」と思える人です。「その思考のすべてを真似したくなる人」です。

 でも,その人があなたにとって遠い世界の人だったら,どうすればいいでしょう? 
 先生が高名な文化人や学者などであって,じかに教えを受けることが困難な場合は?

 会えなくても,著作をくり返し読みましょう。講演会があれば,行きましょう。
 先生は,ひとつしかないあなたの頭をデザインするためのお手本です。「この人だ」と心から思える人を選びましょう。

 じかに教えを受けることができなくたって,最高の先生をさがすことです。

 担任の先生のように,あなたの身近にいてものを教えてくれる人はもちろん大切です。でも,根本的なものの考え方に関して,安易に「身近な先生」の言うとおりに自分の頭をデザインしてはいけません。

 でもかなりの場合,「身近な先生」に情が移ってしまって,「最高の先生」が言っていることよりも,身近な先生の言うほうを尊重してしまうものです。学校でたまたま受け持ちになった先生や,会社の上司などを基準にものを考えてしまう。
 身近な先生が駄目な人だと,「オレの言うことだけ聞いていればいいんだ」と言うはずです。自分が最高の先生を求めることなく,身近な先生だけを大切にして育ってきたからです。

 もし,身近な先生がすぐれた人なら,「世の中にはすごい人がいるんだ,自分なんかを〈先生〉にしたら駄目だ」と言うでしょう。
 その人にはきっと最高の先生がいて,その大切さがわかっているのです。

 私が高校生のとき出会った若い先生が,そんな人でした。
 その人は,高校の剣道部でコーチをしていたのですが,部活のミーティングでどういうわけか,哲学の講義を始めてしまう。それが,どの授業よりも面白かった。

 身近な先生に素敵な人がいたら,「あなたの〈先生〉は誰だったのですか?」と聞いてみてください。傾倒している人や愛読書を聞くのです。
 「身近な先生の先生」があなたにとっての「先生」になるかもしれません。
 私もそうやって,自分にとっての最高の先生をみつけたのです。

(第11回おわり,つづく)

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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年04月27日 (土) | Edit |
 今日4月27日は,はじめて世界周航を行った航海者・マゼランが亡くなった日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。

マゼラン

究極の地図のない旅

 まともな地図はなく,自分がどこにいるのかはっきりしない。目的地にたどりつくルートがあるのかさえ,確証はない……大航海時代の有名な航海は,みなそういうものでした。
 その代表格が,フェルディナンド・マゼラン(1480?~1521 ポルトガル)です。
 彼は,「南米と南極の両大陸を分かつ海峡が存在し,未知の大洋(太平洋)へ抜けられる」という未確認情報を信じて出発し,南米大陸の南部にやってきました。
 しかし,海峡はみつかりません。
 海峡かと思って進んでも,河口や入り江です。
 ようやく海峡を発見し,太平洋に抜けたのは,スペインの港を出てから1年2ヵ月後のことでした(1520年)。
 しかし,この大洋の大きさも,目的地の香料諸島(モルッカ)まで海が続いているかどうかも,まだわからない……未知に挑む,超人的な冒険の世界です。
 でも,じつは私たちそれぞれの人生も,地図のない,マゼランの航海のようなものなのかもしれませんね。

野口悠紀雄著『「超」整理法3』(中公新書,1999)に教わった。参考として,ツバイク著,関・河原訳『マゼラン』(みすず書房,1972),ペイヤール著・高田勇訳「マジェランの世界一周」『世界ノンフィクション全集5』(筑摩書房,1968)。

【フェルディナンド・マゼラン】
 初の世界周航を指揮した航海者。地球が丸いことを劇的に証明。1519年9月スペインを出航。太平洋に出てグアム経由でフィリピンに到達し,ここで現地民に殺された。部下が航海を続け,22年9月スペインに帰還。
1480年?生まれ 1521年4月27日没

                        *

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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テーマ:歴史
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2013年04月25日 (木) | Edit |
 このブログで書いているいくつかのシリーズの中に「GDPでみる経済入門」というのがあります。これは,ほかの記事にくらべると「拍手」が少なくて,読んでいただけているのか不安になります(^^;)
 でも,めげずに続けていきたいです。
 このシリーズがめざすのは,「マクロ経済学の入門の入門」。
 (「マクロ経済学」とは,「国全体の経済をみわたす経済学」のこと)
 高校の「政治経済」の授業と,大学の教養課程の経済学のあいだをつなぐような話,といってもいいです。

 ここでいう「マクロ経済学」とは,「ケインズ経済学」のことです。
  
 このシリーズの今までの記事では,つぎのことを述べました。

 「GDPとは国全体の総買い物額であり,総所得であり,生産された付加価値の総額である」
 「1人あたりGDPは,その国の経済の発展度や生活水準を示す重要な指標である」
 「GDPは,個人の買い物+企業の買い物+政府の買い物」

 これから先は,「個人の買い物≒個人消費」と「企業の買い物≒設備投資」と「政府の買い物(政府支出)」の相互の関係を述べていきます。個人消費と設備投資と政府支出は,相互に作用しあっています(あとこの3つに加え「純輸出(輸出-輸入)」という要素も,GDPに含まれます)。
 これら3つ(+純輸出)の相互作用で,経済(GDP)は動いていきます。

 それから,GDPそのものには含まれないけど,GDPに影響をあたえる数字というのもあります。
 たとえば,円・ドルの為替レート,株価,金利,物価。
 これらは何かと何かの「交換比率」とでもいうべき数字です。たとえば為替レートは「ある国の通貨と外貨の交換比率」ですし,物価というのは「モノとお金の交換比率」といえます。
 これらが,さきほどの「GDPの3つの要素+純輸出」にどう作用するのか。

 そんなことの基礎の基礎の話をしたいのです。
 それがひととおりできたら,「国の経済」のしくみがざっくりとみわたせるでしょう。
 いろんな要素や「交換比率」が相互に作用しあっている,ひとつの大きな「システム」として,経済がみえてくるはずです。

 20世紀前半に活躍した経済学者ケインズは,今述べたさまざまな概念の成立・確立に貢献しました。GDPの概念,「消費」と「投資」,政府支出の位置づけ,各要素の相互関係……

 よく勉強している人のなかには,こういう経済の見方について,「そんな古臭いケインズ経済学なんて今さら」という人がいるはずです。「今の経済学はそんなんじゃないだろう」と。
(ケインズ経済学は,40~50年前はマクロ経済学の代名詞といえる主流派でしたが,その後,基本的な発想を異にする「新古典派」の経済学が台頭した)

 たしかにそうなのです。今の経済学者の主流派は,「ケインズ経済学は,もう古い」という人たちです。
 たとえば,アベノミクスのブレーンのエコノミストたちはそうです。
 その多くは「マネタリズム」という考え方に立っています。つまり,経済の動き,たとえば「デフレ」という「物価全般の下落が続く」現象を,「貨幣現象」として説明するのです。「貨幣現象として説明する」というのは,「社会に流通するマネーの量を変化させることで,その現象を左右できる」ということです。

 ケインズ経済学では,そのように「デフレ」をとらえたりはしません。もっと「実体」的に,経済における需要の低迷が続いた結果としてとらえます。

 このあたりは説明不足ですが,とりあえずの説明ということで。

 経済学者の主流派のあいだで「もう古い」とされるケインズ経済学。

 ただし,「古くなんかない」という専門家もいます。
 私はそちらに共感します。
 私たちはそれについて基礎の基礎くらい,知っておいていいのではないか。というか,私たちがまず知るべきなのはそんな「古い経済学」ではないか。

 というのは,経済について語ったり,政策にかかわったりする専門家の多くは,結局は「古い経済学」の整理に基づいて,考えているからです。少なくとも私はそうみています。
 これはその専門家たちが「遅れている」からではなく,「古い経済学」に,現実的な有効性があるからではないかと思うのです。
 経済の現実をよくとらえている(少なくともそういう面がある)ということです。

 アベノミクスも,「金融緩和」のような,いかにも「マネタリズム」的な政策ばかりではありません。「賃金を上げるべきだ」とか,公共事業にも力を入れていく,といったことは,ケインズ経済学の発想とつながっています。
 「成長戦略」とかいう話もあります。それが「官僚が主導して特定の産業を振興させよう」という方向へいくなら,それは学派を問わず今の多くの経済学者が疑わしいとする考え方です。

 つまり,ある学派の考えで一貫しているのではなく,「利きそうなこと」は,ごちゃまぜだろうが何だろうが,とにかく取り入れてみる。
 たぶん,「政策」とはそういうものなのでしょう。

 なんだか,ほんとに説明の足りない話になってしまいました。

 でも,「GDPでみる経済入門」のシリーズのなかで,おいおい述べていくつもりです。
 基礎の概念をコテコテ説明したりして,ちょっと「かったるい」こともあるかもしれません。でも,きちんと理解していくためには,必要なこともあるはずです。
 今後ともおつきあいいただければ,と思います。

(以上)

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テーマ:思うこと
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2013年04月24日 (水) | Edit |
 「自分で考えるための勉強法」の10回目。

 これまでは第1章でした。おもに「何のために勉強するのか」「興味のあることを勉強するのが大事」ということを述べてきました。
 今回から,第2章突入です。「よい先生がみつかったら,勉強はうまくいく」ということをテーマにしていきます。


まず,「何か」を選ばなくてはならない。
何かを選ぶとは,先生を選ぶこと。


 まず,「何か」を選ばないといけません。
 ただばくぜんと「何か勉強したい」というのでは,前に進めません。
 ただばくぜんと「強くなりたい」というのではなく,空手なのか柔道なのかボクシングなのかを決めて,どこかの道場の門をたたかなくてはならないのと同じです。
 「どんなことをしたいのか」「誰に学ぶのか」を決めるのです。

 そのうちとくに大事なのは,「誰に学ぶか」ということです。

 「どんなことをしたいのか決めなさい」というのは,よく言われます。でも本当は「どんなことをしたいのか」よりも,「誰に学ぶのか」という問題のほうが優先されるのです。

 ふつうは,「興味のある分野がまずあって,それに合った先生を選ぶ」というのが筋のように思われます。
 しかし,何かある分野にのめり込んでいくきっかけというのは,その分野へのばくぜんとした関心よりも,むしろ「特定の誰かの仕事に感動して」というほうが多いのです。
 文学にのめり込む人は,ある作家の作品に感動したことから入っていきます。音楽なら,特定のアーティストから入っていく。学問なら,誰かの理論や学説です。

 ある「誰か」との出会いこそが,決定的な意味を持っています。
 その誰かがみせてくれる豊かな世界が,あなたの関心や志をつくっていくのです。
 感動できる誰かを見出すことが,まず必要です。その誰かが,あなたの「先生」です。

 「中立・公平な偏らない立場でいたい」というのでは,いつまでも初心者のままです。
 特定の先生にのめり込んで,偏っていくことではじめて,本格的な上達への道がひらけます。

 ぜひ,何かを選んでください。そして,何かを選ぶとは,先生を選ぶことなのです。

(第10回おわり,つづく)

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テーマ:思うこと
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2013年04月23日 (火) | Edit |
コロンボのライト

 ウチにあるモノをいろいろ紹介するシリーズ。

 リビングの隅に置いている,フロアライトです。
 照明の最低限の要素だけでできています。
 円形のベースから,まっすぐな棒がのびていて,先端に飾りのないシェードとランプ。
 素っ気ない感じさえしますが,団地に合います。
 もちろん団地だけでなく,いろんな空間に合うでしょう。

 8年ほど前,今住んでいる古い団地に越す少し前に,ネットでみつけて買いました。
 フロアライトの「素っ気ない」のが欲しいな,と思ってさがしていたら,「これだ!」というのがあったのです。値段も3万円くらいで,(デザイナーものの照明としては)それほど高くないと思いました。

 あとで知ったのですが,このライトは,1960年代に活躍したイタリアのデザイナー・ジョエ・コロンボ(1930~1971)の作だそうです(ウチのリノベーションの設計を手がけた寺林省二さんから教えてもらいました)。
 コロンボは,デザインの世界では「ミッドセンチュリーのイタリアを代表する1人」とされます。
 そんな人のデザインだったんだ……オレって目が高いなあ,とうれしくなりました(^^;)

 こんなふうに,小さな照明ひとつ買うにも,ネットや雑誌などでいろんなものをみて,買っています。身近なお店で済ませたり,デパートでたまたまあったものを買う,ということはないわけです。買ったあとは,「これは〇〇のデザインで…」などとウンチクをたれてます。

 私みたいな人は,今はあたりまえに,おおぜいいます。
 でも,私が子どもだった30~40年前には,少なかったでしょう。

 雑貨ひとつであっても,ぼう大な選択肢からこだわって選んで…というライフスタイルの「元祖」といえるような人物を,私は知っています。

 文化学院の創立者の西村伊作(1884~1963)です。
 彼は山林地主の大富豪で,建築家でもありました。生活の隅々までこだわりを持っていて,ちょっとした日用品も,アメリカの通信販売のカタログから選んで取り寄せたりしていました。大正時代のことです。
 当時,そんなことをしている日本人は,ごくごくかぎられていたでしょう。西村くらい徹底して行っている人は,日本で彼1人だったかもしれません。

 今の私たちは,大正時代の特別な趣味の大富豪がしていたことを,ごくあたりまえに行っているのです。

 1月14日の記事近代社会を精いっぱい生きるで,「昔は特別な人にしかできなかったことが,今はふつうの人にもできるようになった」「私たちの自由=できることは確実に増えている」という話をしました。西村のようなライフスタイルの普及も,その一例といえるでしょう(でも,アメリカでは当時すでにカタログにある数多くの選択肢から選ぶ,といった消費のかたちがあったのですね)。

                   *

 そういえばこの前,デパートの案内の前で,こんな光景をみました。
 品のよい80歳前後の男性が,受付嬢にたずねています。
 「帽子を買いたいんだけど」
 「〇階の売り場にございます」

 郊外の中規模のデパートなので,品数は豊富ではありません。
 でも,あの男性は,ふらっと立ち寄ったデパートで,たまたま手にしたモノのなかから,何か買うんだろうな……「サザエさん」の世界の人みたいだ。

 そういうのが,なんだか新鮮に感じられたのでした。
 こういうのも,悪くないなと,最近は思います。
 
(以上)

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テーマ:建築デザイン
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2013年04月23日 (火) | Edit |
春の風景 (2)

 昨日の朝撮った写真です。うちの団地の前の歩道。
 桜がおわったあとは,若葉が茂ってきました。
 つつじや,そのほかの花も咲きはじめました。

 古い団地の敷地内には,いろんな木々や草花が植わっています。
 年月を重ねているので,緑に「厚み」がある感じ。

 こういう環境は,古い団地の大きな魅力のひとつです。
 写真の歩道を,毎日通っていますが,気持ちがいいですね。

(以上)
 
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テーマ:建築デザイン
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2013年04月22日 (月) | Edit |
 今日4月22日は哲学者カントの誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。
 イラストは,私のです。高校生のとき,教科書のスミにこんなのを描いてました。
 
カント

町を出ずに世界を語る

 「ドイツ観念論」の大哲学者イマニュエル・カント(1724~1804 ドイツ)は,大学で哲学のほかに,地理学の講義も行いました。
 その講義は大好評で,多くの学生や市民が聴講しました。彼は世界の町や自然を,目にうかぶように生き生きと語りました。
 しかし,じつはカントは,生まれ育ったドイツの地方都市ケーニヒスベルクをめったに出たことはありませんでした。
 規則正しい生活をしながら研究に打ち込み,市内の大学で講義する毎日。その合間に,いろいろな職業のお客さんを食事に招いては世間話を楽しみました。地理学の講義はすべて,そんなふうに書物や人から得た知識で話していたのです。
 「それで世界を語るなんて,ホラ吹きだなあ」と思うかもしれません。
 でも,「リアルなホラを吹くこと」は知性の力なのです。豊富な知識と,想像力・構成力のたまものです。

ヤハマン著・木場深定訳『カントの生涯』(理想社,1978),小牧治著『(人と思想)カント』(清水書院,1967)による。

【イマニュエル・カント】
 哲学の古典的な学派「ドイツ観念論」の原点となった哲学者。感覚を超えた「真の実在」を想定して世界を説明する理論(これが観念論)を,『純粋理性批判』などの著作で綿密に構築した。
1724年4月22日生まれ 1804年2月12日没
カント2
                        *

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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2013年04月21日 (日) | Edit |
 「社会の変化はゆっくりになっている?」シリーズ,6回目。

(前回まで)
 社会の変化は,じつはゆっくりになっているのでは?たとえば,ウルトラマンのような古いキャラクターが,今も子どもたちに人気である。(第1回) 世界的にみても,文化全般で新しいものが生まれなくなっているのではないか。 (第2回)
 技術革新も,ここ数十年の停滞を指摘するタイラー・コーエンのような論者もいる。身の回りの文明の利器の多くも,数十年前から普及していた。(第3回)
 一方「これまでもそうだったのだから,今後も急速な技術革新は続く」とする見方も根強い。(第4回)
 しかし,「急速な技術革新」は,これまでの近代における特殊なことだったのかもしれない。技術史家のリリーは,世界史の数千年のあいだに,「急速な進歩」と「停滞」がくり返されていたことを示すグラフを描いている。しかし,材料の選択が主観的であることは否めない。(第5回)

 * *

 今回は,主観性や恣意性をできるだけ排除した「世界史における技術革新のペース」を示すグラフについて考えたいと思います。

 前回は,長期の視点で世界史上の重要なイノベーションをカウントし,それをグラフ化した仕事を紹介しました。
 まず,1400年代以降を対象とし,1900年代以降,イノベーションがスローダウンしているとするヒューブナーのグラフ。そして,過去7000年間を対象とした,リリーのグラフ。そこでは,近代以前にも急速な進歩があったことや,その後の長期の停滞といったことがみてとれます。

 しかし,両方とも「主観的」といわれても,しかたありません。自分でグラフの材料を選択したりポイントをつけたりしているのですから。

 「世界史上の重要な発明をピックアップし,カウントする」というやり方は,やはり限界があるのです。たしかに,私のように,もともとヒューブナーやリリーに近い見方をしている者からみれば,それは説得力があります。でも,異質な考えを持つ人には,そうではありません。

 だから,別の発想のグラフが描けないか,と思います。

 そのためには,「技術の進歩の度合い」を示すなんらかの指標を見出さないといけません。その変化をグラフ化するのです。

 その指標は,技術の進歩と結びついていて,こちらの恣意が入る余地が少なく,しかも数千年にわたって追跡可能である,というものでないといけません。

 たとえば「世界人口の変化」というのはどうか? 
 人口の増加と技術の進歩は,結びついているでしょう。食料などの物資を生産する技術の向上が,現在の世界人口を支えています。数字としても,客観性があります。

 しかし,「数千年にわたって追跡可能」という点で,ダメです。

 世界人口についての,あるていど信頼できる統計は,せいぜい1800年以降です。近代以前の古い時代には,戸籍や統計などの資料がほとんどないのです。国全体の人口がそれなりに正確にさかのぼれるのは,一部の先進国(ヨーロッパの一部,日本)で1600~1700年代までです。

 ときどき,数千年にわたる「世界の人口の変遷」のグラフもみかけますが,あれは推定に推定を重ねて,きわめて強引に描いたものです。描いた人の世界史に対するイメージをなぞっているようなところがあり,「主観的」です。参考にはなりますが,世界史を考えるうえでの基礎にはなりません。

 * *
 
 そこで私が考えたのは,「その時代の世界における,最大の都市の人口規模」という指標です。

 「その時代の,都市の大きさの世界記録」といってもいいです。

 それは,グラフの作成者が恣意的に選べる数字ではないはずです。
 それを数千年にわたって追いかけてみる。

 最大の都市の規模と,技術の進歩は結びついているでしょう。
 現代の「〇千万人」という規模の大都市は,現代の技術にささえられているのです。巨大な建造物も,発達した交通網や衛生設備も,大量の生活物資の流通も,みんな現代の技術のたまものです。これを否定する人は少ないはずです。

 たとえば,鉄道や自動車がなければ,都市の規模は,せいぜい徒歩で行き来できる範囲にとどまるでしょう。そして,実際に長い間,都市の規模は徒歩圏の範囲だったのです。
 上下水道のような衛生設備が整備されていなければ,伝染病が蔓延してしまうので,何百万人も密集して住むのは,まず無理でしょう。

 そして,「世界人口の変遷」とちがうのは,数千年にわたって追跡可能なことです。
 その時代における「最大の都市」というのは,やはり目立つ存在なので,いろいろな資料や痕跡があるのです。ざっくりとした数字なら,「世界人口」の推定などよりも,はるかにあてになります。

 たとえば古代の都市でも,遺跡の規模で,当時の市街の面積がわかります。断片的な戸籍資料が残っていることもあります。

 そのようなことから,今から1900年前に世界最大の都市であったローマ(ローマ帝国の首都)の人口は,20~30万人から100万人程度だったと推定されています。
 ずいぶん数字に幅がありますが,これはいくつかの説があるからです。
 でも,ここでの議論では「数十万人くらいであって,数万人でも数百万人でもなかった」とわかれば十分なのです。

 5000年ほど前に世界最大級だったメソポタミア(今のイラク)の都市・ウルクも,遺跡の規模(100~200ヘクタール)から,人口1~2万と推定されています。
 
 「人口統計のない時代に,世界ナンバーワンの都市なんてわかるのか?」と気にする人もいるかもしれません。でも,厳密に「ナンバーワン」を割り出す必要はありません。ここでの議論では,「世界最大級」ならいいのです。それでおおまかな傾向はわかります。

 5000年前の最大の都市の人口が「1~2万人」。
 それが2000年前には,「数十万人~100万人」。
 そして今は,カウントの仕方にもよりますが,「2000~4000万人」になっています。東京,ニューヨーク,メキシコシティ,ムンバイ,上海,サンパウロといった世界の主要都市の都市圏(東京なら首都圏)は,そのくらいの規模です。

 * * 

 私は,世界史にかんするさまざまな本から,いろんな時代の「世界最大(級)の都市」の人口をひろって,グラフを描いてみました。
 それが以下の「〈世界最大の都市〉の人口の変遷」です。
 その下のグラフは,前回紹介したリリーのグラフ。過去7000年の主要な発明をカウントしたもの。発明のさかんな時期ほど,グラフの線は高い値を示しています。

「最大の都市」の人口の変遷

 この「〈世界最大の都市〉の人口の変遷」のグラフは,縦軸が「対数」というものになっています。「1万人」「10万人」「100万人」「1000万人」のように,「比」(ここでは10倍)が同じ場合は,同じ目盛の幅になっているのです。

 こういう目盛では,成長の勢いが同じだと,グラフの傾きが同じになります。ものごとの成長率の変化をみるのに便利です。
 そして,数字のとらえ方も非常にざっくりしたものになります。たとえば「100万か50万か」といったちがいは,この目盛のうえではそんなに大きなものではありません。
  
 「最大の都市の規模」の成長は,この数千年でつぎのような経緯をたどっています。

1.紀元前4000年~3000年ころに急成長。1000人規模から紀元前3100年ころには1~2万人に。さらに紀元前2800年ころには4~5万人に(メポソタミアのウルクなど)。

2.その後の停滞。紀元前2800年ころから?

3.ふたたび急成長。その開始時期は定かでないが,紀元前2000年~1000年ころのどこか。この急成長の結果,数十万人~100万人規模の都市があらわれた(ローマ)。

4.その後(西暦100年代以降)また停滞。ローマ帝国が衰退したあと,イスラムの帝国や中国の王朝が繁栄したが,その中心都市の規模は,数十万人~100万人ほど。西暦100年代のローマを超えるものではない。

5.1800年代以降,3度目の急成長。1800年ころの世界最大の都市は,イギリスのロンドンや江戸,北京などで,その人口は100万人ほど。それが1850年には300万人ほどに(ロンドン)。1920年代には1000万人を超える都市もあらわれた(ニューヨーク)。


 そして,このような「最大の都市の規模」の成長期と停滞期は,リリーのグラフと重なっています。私のグラフで右肩上がりな時期は,リリーのグラフの,発明がさかんだった「波」の時期とほぼ同じなのです。
(上記の2つのグラフは,年代の目盛が重なるように並べています)

 なんか,話がうますぎる? そう思う人もいるかもしれません。

 数年前に描いたグラフですが,自分としては,相当に重要なことを示していると思っています。
 「世界的だな」と思うことさえあります(^^;)。

 でも,この数年で少なくとも数十人の人に説明したり,資料を配ったりしましたが,あまり共感や理解は得られませんでした。かなりの関心を示してくれた人も,少数はいたのですが……

 このグラフのことは,また次回に,もう少し説明させてください。

(第6回おわり,つづく)
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2013年04月20日 (土) | Edit |
 4月18日に「アリストテレスはすごい,フレームワーク(整理の枠組み)と概念規定の鉄人だ」という話をしました。
 アリストテレス的な「論理的な整理」の力は,私たちも少しは身につけておいていいものだと思います。

 今回は,アリストテレスといっしょに,ちょっと大きめの「概念」の定義を考えます。いっしゅの練習問題をやってみたいのです。
 テーマは,「国=国家とは何か」ということ。

 「国家とは」についての有名な説に,イェリネック(1851~1911)という学者の「国家三要素説」があります。「1.領域(領土・領海),2.国民,3.内外に排他的に行使される権力の3つの要素を兼ね備えているのが国家だ」という考えかたです。100年以上前に提唱された説ですが,今も有力です。

 ここで,「問題」です。1990年代にヒットしたマンガ,かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』にちなんだもの。
 『沈黙の艦隊』は,こういう話です―――自衛隊の最新型原子力潜水艦の艦長と乗組員が反乱をおこし,独立の行動をとるようになる。その潜水艦「やまと」を,アメリカ軍が攻撃したり,それを迎え撃ったりと,話は展開していきます。反乱の目的も,しだいに明らかに……

 それはともかくとして,このマンガで,反乱のリーダーである「やまと」の艦長が,「われわれは,独立国〈やまと〉である」と宣言するシーンがあります。そして,自分たちが「国家」である根拠として,イェリネックの「三要素説」を持ち出すのです。潜水艦という「領土」があり,乗組員という「国民」がいて,それを束ねる,艦長や士官などの「権力」がある。だから「国家」である,と。

 あなたはこれをどう思いますか? 
 潜水艦「やまと」は国家なのでしょうか?
 
 これは,政治学者の滝村隆一さんが20年ほど前に著書でとりあげていた話題です(『世紀末「時代」を読む』春秋社,1992年)。滝村さんのことは,以前にこのブログで三権分立について論じたときに,その説を紹介したことがあります。

 「国家三要素説」に照らすと,たしかに潜水艦「やまと」は国家かもしれません。
 でも,潜水艦が国家だなんて,なんかへんです。だとしたら,「国家三要素説」がおかしい?

 アリストテレスだったら,どう考えるでしょうか?

 もちろん,2300年前のアリストテレスが,直接イェリネックの説について論じているということはありません。
 でも,彼が「国家とは何か」を論じたものは残っています。
 それをみるがぎり,アリストテレスはつぎのようにいうと思います。

「国家三要素説の定義は不完全だ。だから,それに照らすと〈潜水艦が国家である〉などという,おかしなことになってしまうのだ。じゃあ,海賊の船は国家なのか?概念規定が甘い!」

 アリストテレスは,「国家」について,こんなことを述べています。出隆『アリストテレス哲学入門』(岩波書店)からの引用です。ただし,読みやすいように若干手を入れています。

《幾多の村落から成り立つ,究極の共同体が国家(ポリス)である。これは自足自治のいわばまったくの極限に達している共同体である。国家は,もともと人間が生きるために発生したものだったが,とくに「よく生きるため」に現に存在している》(前掲書303ページ)

 「共同体」とは,「生活するための,人と人の結びつき」だと一応理解すればいいでしょう。
 「自足自治」とは,「物質的にも精神的にも独立して生きていける」ということです。

《すべての国家は,…ある種の共同体である。そしてすべての共同体はなんらかの〈善〉をめざして組織されている。…そして,これらのすべての共同体のうち,最も包括的な共同体こそが,あらゆる善のうちでもっとも包括的な,すぐれた善をめざしているといえるだろう。そしてそのような共同体が,すなわち国家なのである》(209ページ)

 そして,こうも述べています。

《究極の善とは,自足自治であると考えられる》(305ページ)

 つまり,アリストテレスにいわせれば,国家とは

 「独立して存続できる(自足自治できる),最も包括的な共同体」 

 ということになるのでしょう。

 そして,このような「国家」の定義に照らすと,潜水艦「やまと」は,たぶん国家ではありません。
 
 まず,乗組員は男性ばかりなので,子孫を残すことができません。つまり,長期的には存続できない集団なのです。燃料や食糧や武器弾薬などの物資も,生産できません。女性をさらってくるとか,物資を外から奪ったりすることも考えられますが,限界があるでしょう。つまり,「自足自治」がむずかしいのです。

 これは,滝村隆一さんの考えとも一致します。滝村さんは「やまとは国家か?」について,こう述べています。(『世紀末「時代」を読む』より)

《〈国家〉とは何かというと,生理的再生産(子孫を残す)という意味あいだけでなく,生活の再生産,食料とか燃料とか生活手段を生産するか,あるいは…略奪でも交換でもいいけど,とにかく生活資料(物資)を安定的に供給できるかどうかが大問題なんです。もう少しわかりやすくいうと,〈国家〉とは実体的には社会そのものなんです》

《そして,「社会」とは何かといったら,そういう生活手段の再生産です。…海の中だろうが,地の底だろうが,…宇宙にいようが,生活の資料さえ確実に獲得できればいいんです。(だから)土地とか海とかが(絶対必要なものとして)はじめから直接関係してくるわけではないんです。その意味において人間の規模が問題なんです(規模がないと,さまざまな必要なものを確保できない)》


 「やまと」は,「社会」ではなく,軍事組織にすぎない。だから,国家ではない。

 そして,滝村さんによる国家の定義は,こうです。

《〈国家〉というのは,(生活の再生産の単位である)社会の構成員が特定の法律に全部服従している状態をいうんです。むずかしくいうと,〈国家〉とは法的に総括された(束ねられた)社会です。…特定の法律に人々を服従させる特殊な独立的な組織が国家権力(政府)です》

 滝村さんは,別の場で《いわば社会というアンコを包んだ饅頭の皮が国家》とも述べています(『朝日新聞』2003年9月7日)。
 
 私も,アリストテレスや滝村さんの考えに賛成です。アリストテレス≒滝村的な「国家」の定義のほうが,現実の国家のあり方をうまく説明できると思います。

 とはいえ,こういう定義の話は,実験的に「どちらが正しいか」を決めるのがむずかしいです。
 異なる考えどうしで議論すると,水掛け論になりがちです。
 「オレのように考えるならば,オレのほうが正しい」みたいな主張になってしまう。(この表現は,板倉聖宣さんが述べていたと思います) 

 だから,今回の「国家とは何か」も,「こっちが正しい」などと押しつけるつもりはありません。
 議論の内容も,わかりにくいところがあったかもしれません。

 ただとにかく,「〇〇とは何か」というのは結構奥が深い,と感じてもらえればいいのです。
 「通説」「権威」といわれる考えだって,結構ツッコミどころがあるわけです。別の考え方を探求していく余地がある。自分なりの「定義」をあみだして,それをもとに自分の考えを展開することだってできる。

 そういうことを感じていただければ,と思います。

(以上)
 
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2013年04月20日 (土) | Edit |
 「自分で考えるための勉強法」シリーズの9回目。

「基礎」から始めるのではなく,
「面白いところ」から始める。


 勉強は,「基礎」から始めてはいけません。「基礎」ではなく,あなたにとって「面白いところ」から手をつけます。
 「基礎」と一般に言われているところは,たいていつまらないところです。せっかくやる気になっているのに,そういうつまらないところに無理につきあっていると,意欲がなくなってしまいます。

 たとえ,「それは初心者向きでない」と言われても,自分の興味のあるところから始めましょう。

 興味があるということは,完全ではないにしても,あなたにはそれを消化する能力があります。まったく理解不可能なものに,興味をおぼえることはないからです。「面白い」と思う部分まず手がけ,そこからだんだん興味を広げていくのです。

 さて,そういう「興味のおもむくまま」という勉強は,大切な基礎が抜けているために,壁に突きあたるかもしれません。
 そのときこそ,「基礎」をやればいいのです。
 ある程度勉強したのだから,自分に何が欠けているのかということも,もうわかるはずです。あなたが基礎だと考えることは,一般に「基礎」と言われているものとはちがうかもしれません。でも,自分の感覚を信じることです。

 基礎の習得には,地道な努力が要求されます。でも,「自分の興味を深めていくのに,これが必要なんだ」と自覚していれば,がまんできます。結構楽しかったりします。何もわからないうちに,「これが大切な基礎なんだよ」と言われて,なんとなく取り組むのとはちがいます。

 基礎をやる前に,「楽しさ」を知るほうが先です。それを知ることが,本当の基礎なのです。「つまらない」という感覚からは,何も始まりません。

(第9回おわり,つづく)

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テーマ:思うこと
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年04月18日 (木) | Edit |
 前回は,古代ギリシアの哲学者アリストテレスの「四百文字の偉人伝」でした。それがきっかけで,きのう今日とアリストテレスを読みかえしました。
 といっても,岩波文庫を何冊かぱらぱら,といった程度。
 あとは,出隆『アリストテレス哲学入門』(岩波書店,1972)という,解説+アリストテレスの著作からのさまざまな抜粋(ミニ選集)の本。これは電車のなかでかなりじっくり読みました。
 ちゃんと読みとおしたのは二十代のとき以来。あのころも電車のなかでした。

 それで,「やっぱりアリストテレスってすごい」と思いました。
 何がって,とにかく学問への執念がすごい。

 全世界について,徹底的に「認識の網」をかけるような感じ。
 それも,さまざまな事実にくわしく分け入ったうえでのことです。
 「いろいろあって,ややこしい」と思えるような対象も,彼の手にかかればみごとに整理されます。

 たとえば,こんなかんじです。

 「何かを述べるときの述語には,どんなかたち・種類があるのか」を,アリストテレスが論じている一節。「〇〇は,△△である」というときの,「△△」には,つぎのようなパターンがあると。
 学問全般に通じる,概念とか説明のあり方についての議論です。

 それを『アリストテレス哲学入門』から引用します。ただし,出隆による訳文を,読みやすいように若干変えています。読んでいて「かったるい」と思ったら,軽く流してください。とにかく彼の「執念」だけ,少し感じてください。

 述語の諸形態(カテゴリー)にはつぎのものがある。
 1.実体をさす,2.ものがどれほどあるか(量),3.ものがどのようにあるか(性質),4.それが他のものに対してどうあるか(関係),5.どこにあるか(場所),6.いつであるか(時),7.どう置かれているか(位置),8.何をつけているか(様態・状態),9.何をするか(能動),10.何をされるか(受動)

 「実体」とは,おおまかにいうと,たとえば人間とか馬である。
 「量」というのは,たとえば二尺とか三尺である。
 「性質」というのは,たとえば白いとか文法的といったことである。
 「関係」というのは,たとえば2倍とか半分とか,より大きいといったことである。
 「場所」というのは,たとえば「学校に」とか「市場で」とかである。
 「時」というのは,たとえば昨日とか昨年である。
 「位置」というのは,たとえば横たわっているとか,座っているということである。
 「様態」というのは,たとえば靴をはいているとか,鎧をつけているとかである。
 「能動」というのは,たとえば切るとか焼くとかである。
 「受動」というのは,たとえば切られるとか焼かれるとかである。


 こういう議論は,対象としているものごとにたいし,整理の枠組みをつくっているわけです。
 
 「ロジカル」なビジネス書で,「フレームワーク」などという世界。

 その整理の枠組みについて,これもビジネス書に出てくる概念で「もれなくダブりなく(MECE,ミーシー)」というのがありますが,アリストテレスの議論はまさにそれです。
 
 彼は,もれなくダブりなく,うまくものごとを整理していると思いませんか?

 だって,彼が述べているカテゴリーのほかに,「述語」のパターンを思いつきますか? 
 あるいは彼が述べているカテゴリーで,「ダブっている」と思えるものはありますか?

 まあ,くわしく検討したら,アラをみつけられるかもしれません。
 でも,これは2300年前の人間の議論ですので。今の私たちからみて多少のアラがあってもおかしくないでしょう。

 この「述語のカテゴリー」というのは,「アリストテレスの世界」のなかでは,かなり枝葉の部分です。

 もう少し大きなテーマの一例として,たとえば「事物の運動とは何か,運動の諸形態にはどんなものがあるか」といったことがあります。
 ここで「運動」というのは,身体をうごかすスポーツではなく,「ものごとがAからBに転化すること」一般をさします。

 そして,「運動」にはつぎのカテゴリーがある,とアリストテレスは述べます。さきほどの「述語のカテゴリー」とも関連する話です。

 1.性質にかんする運動は,これを「変化」と呼ぼう。…2.量にかんする運動は,…「増大」と「減少」がある。3.場所にかんする運動は,「移動」である。

 とにかく,万事この調子。フレームワークや概念規定の「鬼」なのです。

 そして,世界全体をカバーするような,大きな大きなフレームワークとして,「哲学史入門」の本にかならず出てくる「質料」と「形相」,「可能態」と「現実態」のような,アリストテレス独特の概念があります。

 その内容は,ここではどうでもいいです。

 とにかく,この世界にたいしていろんなレベルで,彼は独自のフレームワークをつくっていったのです。もれなくダブりなく,ち密に・正確に,それを行おうとしました。
 そして,何千ページもの論文を書いていった……

 前回のくりかえしですが,2300年前に,そんな学者がいたのです。

(以上)
 
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2013年04月17日 (水) | Edit |
 前回(4月15日)の記事で,「古代の文明レベル」を論じた際に,哲学者アリストテレスのことに触れました。そこで,今日はアリストテレスの四百文字の偉人伝を。

アリストテレス

2300年前に書かれた1万ページの論文

 古代ギリシャの大哲学者アリストテレス(前384~前322)の著作は,岩波書店の『アリストテレス全集』で読むことができます。
 『全集』は,1冊平均500ページほどで全17巻。
 合計すると,なんと1万ページ近く(約9000ページ)にもなります。論理学,政治学,経済学,心理学,力学,天文学,気象学,生物学,生理学など,「森羅万象」(この世のすべて)といえるほどの幅広い分野を扱った論文集です。
 アリストテレスは,数世紀分にもおよぶ「古代ギリシャの歴史はじまって以来の哲学の文献」を徹底的に集めて検討したり,何百種類もの生物について観察や解剖をしたり,さまざまなギリシャの都市国家の政治体制を調査するなどして,これらの論文を書いたのでした。
 そんなすごい学者が,日本でいえば縄文時代の終わりころの今から2300年前にいたのです。
 彼の学説はその後2千年近くの間,最高の権威であり続けました。それもうなずけます。

とくに板倉聖宣著『ぼくらはガリレオ』(岩波書店,1972)に教わった。ほかに参考として,堀田彰著『(人と思想)アリストテレス』(清水書院,1968),出隆著『アリストテレス哲学入門』(岩波書店,1972)。

【アリストテレス】
 古代ギリシャの学問を集大成した哲学者・自然学者。近代科学が成立するまでの約2千年間,最高の権威とされた。ガリレオなどの近代初頭の科学者に対しては,「検証や反論の対象」として影響や刺激を与えた。
紀元前384年生まれ 紀元前322年没
アリストテレス

                       *

 イラストは私のらくがきです(^^;) 高校生のとき,教科書やノートのスミに,よくこういうのを描いてました。先生や友人の似顔絵が多かったのですが,偉人も描いてたなあ……。
 
 それから,うちの本棚にある『アリストテレス全集』の写真も。こういう,『全集』を撮った写真は,板倉聖宣さんの本(『ぼくらはガリレオ』岩波書店)にあり,それをマネたものです。

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「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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2013年04月15日 (月) | Edit |
「社会の変化はゆっくりになっている」シリーズ,5回目。

(前回まで)
 社会の変化は,じつはゆっくりになっているのではないか。たとえば,ウルトラマンや仮面ライダーのような,古いキャラクターが,今も子どもたちの人気者であったりする。(第1回) 世界的にみても,たとえばポピュラー音楽のように,文化全般において新しいものが生まれなくなっているのではないか。 (第2回)

 技術革新にしても,この数十年,どれだけの進歩があったのか。パソコンやインターネットをのぞく,身の回りのさまざまな文明の利器(冷蔵庫,テレビ,電話,自家用車など)も40~50年前には,先進国ではすでに普及していた。「近年における技術革新の停滞」を指摘する,タイラー・コーエンのような論者もいる。(第3回)

 一方,「急激な技術革新に多くの人がついていけないことが,最近の混乱や停滞の原因」とする,ブリニョルフソンらのような見解もある。「活発な技術革新はこれからも続く」とする人たちの最大の根拠は,「これまでもそうだったから」という歴史への認識である。(第4回)

 * *

 今回は,「活発な技術革新はこれからも続く。それはこれまでずっと続いてきたのだから」という見方を再検討してみます。
 それにしても,「世界史における技術革新の速度」などということが,わかるものでしょうか?
 客観的な・数量的なデータで話ができれば,すっきりするでしょう。

 「近年における技術革新の停滞」を主張するタイラー・コーエンは,その著書『大停滞』(原著2010年)のなかで,あるグラフを示して,自説のひとつの根拠にしています。

 それが,以下の(上のほうにある)「近代における重要なイノベーションの件数」です。
 ヒューブナーという研究者が,1400年代後半以降の重要な発明をピックアップし,その件数を「人口10億人あたり」に換算してグラフにしたものです(2005年)。これによれば,技術革新のペースは,1900年代以降,スローダウンしています。
 このグラフは,タイラーの本のなかでも,とくに評判が悪いようです。「〈重要なイノベーション〉なんて,どういう基準で選ぶんだ?主観的じゃないか」と。

技術革新の速度のグラフ
 じつは,ヒューブナーよりも何十年も前に,すでに同じような発想のグラフが描かれています。
 それがヒューブナーのグラフの下にある「過去7000年間の発明のペース」のグラフです。リリーという技術史の研究者が,『人類と機械の歴史』(岩波新書)という著書(原著1945年)で示したものです。
 
 リリーもまた,世界史上におけるおもな発明と,その年代を調べあげました。そのうえで,それぞれの発明の「重要度」に応じて,ポイントをつけました。ポイントの高い発明が多くなされた,技術革新の活発な時期ほど,グラフの線は高い数値を示します。
 ヒューブナーとのちがいは,まず,数千年にわたる超・長期を対象としていること。それから,グラフの線が「1900年代以降も急速な技術革新が続いている」ことを示している,という点です。

 そして,このグラフも,評判が悪かったようです。というのは,『人類と機械の歴史』は,1965年に増補改訂版が出ているのですが,そこではこのグラフは削除されているからです。「主観的だ」といわれたのでしょう。

 * *
 
 しかし,リリーのグラフは,20代のときにはじめてみて以来,私にはどうも捨てがたいのです。
 というのも,このグラフが示していることが,私がさまざまな本を通じて得てきた世界史の大まかなイメージに合致しているからです。

 そのイメージとは,つぎのようなものです。 

「ずっと進歩が続いてきたのは,この数百年の,近代以降のこと。数千年の世界史をみわたせば,進歩や変化が何百年以上の長期にわたって停滞していた時代はあった」
 
「それも,近代以前の古い時代が全体として停滞していた,というのではない。この数千年のあいだには,(たとえば古代にも)比較的急速な進歩の時代もあれば,一方で,革新の少ない,停滞の時代もあった」
 

 私がこのようなイメージを持つようになったのは,今から20年ほど前の,20代後半のころでした。意識的に世界史の本を読むようになって,しばらくたってからのことです。

 当時の私が世界史の本を読んでいて「新鮮だ」と感じたことのひとつに,古代の文明レベルの高さがありました。

 たとえばこんなことです。

 今から2300年前の古代ギリシアで活躍した哲学者・アリストテレスの残した著作は,今の本にすると,数千~1万ページ分にもなります。それは,論理学,政治学,経済学,力学,天文学,生物学など,幅広い分野をあつかったぼう大な論文集です。そんな学者が,当時すでにいたのです。

 2000年ほど前(西暦100年代)のローマ帝国では,720万平方キロの領域のなかに,のべ8万キロあまりの公道が整備されていました。石畳などで舗装された道路です。
 この「8万キロ」というのは,1900年代後半のアメリカ全土(940万平方キロ)における高速道路網の長さ(9万キロ弱)に匹敵します。

 こういうことを知って,「このレベルを人類が明らかにのりこえたのは,近代に入ってからの,この数百年のことなのでは?」というイメージを持ったのです。

 1600年代のガリレオやニュートンは,アリステレスの学問をのりこえる,新しい科学(古典力学)を築きました。近代科学以前には,アリストテレスは,学問の世界の圧倒的な権威でした。
 ということは,アリストテレス以降千数百年のあいだ,学問はたいして進歩していなかったのです。

 学問がそうであれば,文明のさまざまな面が,停滞していたのではないか。

 古代ローマの公道は,ローマ帝国が滅亡したのち,その一部は1600~1700年代になっても使われていました。ヨーロッパ人が,ローマ帝国を大きく超えるインフラを整備するようになったのは,1800年代以降のことです。

 2000年前の水準を大きく超える文明は,近代になるまであらわれなかった。だとしたら,長い停滞の時代があったということだ……

 さらに,「古代の文明はある時期に急速に発達して,高いレベルに達した」ということも,知りました。

 たとえば,アリストテレスの時代から400~500年もさかのぼると,本格的な哲学や科学の論文は,世界のどこにも,まだあらわれていません。いろんな知識の集積はありますが,まだまだ「論理的」「学問的」ではないのです。
 それが,数百年ほどで「1万ページ」の論文を残す学者があらわれるまでになった。それだけ急速に学問が発達したということです。 

 * *

 以上のようなイメージがあったので,リリーの「発明のペース」のグラフは,腑に落ちるところがありました。

 リリーのグラフでは,「発明のペース」が高くなっている「波」が,3つあります。
 ひとつは,西暦1000年以降,とくに1500年以降の波。近代の技術革新です。
 これは多くの人が知っています。そして,「技術革新の波」というと,たいていの人はこれしか思いうかびません。

 しかし,リリーによれば,「波」はほかにもあるのです。

 そのひとつが,紀元前1000年ころから紀元1年ころまでのもの。2000~3000年前の波。
 これは,さきほど述べた古代ギリシアやローマ帝国の文明とかかわりがありそうです。

 それから,紀元前5000年ころから紀元前3000年ころにかけても,「発明のペース」が高止まりしています。そして,紀元前3000年(5000年前)ころ以降,急速に落ち込んでいる。

 紀元前4000年から3000年ころというのは,「文明のあけぼの」の時代です。
 「最古の文明」とされるメソポタミア文明やエジプト文明が開花したのは,このころです。紀元前3000年ころにおわった技術革新の波は,最古の文明を生んだのです。
 
 * *
  
 リリーのグラフは,「世界史のなかには,長い停滞の時代もあった」「その一方,近代以前の古い時代にも,急速な進歩の時代があった」というイメージを,グラフで示していると思えます。

 とはいえこのグラフは,「主観的」と批判されても,やはりしかたないでしょう。
 グラフのもとになる材料(重要な発明)を,自分で選択し,自分でポイントをつけているのですから。

 こういうグラフをのりこえる,ちがう視点からのグラフは描けないものでしょうか。もう少し「主観的」でない,「世界史における技術革新のペース」をあらわすグラフ。
 次回はその話をしたいと思います。

(第5回おわり,つづく)
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2013年04月14日 (日) | Edit |
 今日4月14日は,新幹線をつくった国鉄総裁・十河信二の誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。

十河信二(そごう・しんじ)

多くの人が反対した新幹線建設

 今からみると不思議な気がしますが,東海道新幹線(1964年開業)の建設計画は,当時多くの反対を受けました。国鉄(現在のJR)の内部でも,「そんなものは無用の長物だ」という意見が主流でした。
 そんな中,本気で「新幹線をつくろう。これからの日本にぜひ必要だ」と主張していたのは,当時の国鉄総裁・十河信二(1884~1981)と,技術責任者の島秀雄くらいのものでした。
 国鉄総裁といえども,この計画を実現するためには,反対する周囲や関係者に対し説得に説得を重ねなければなりませんでした。
 彼ら2人の構想力と執念で,東海道新幹線は実現したのです。
 あとで,開業した新幹線が大盛況なのをみると,多くの人が「自分も最初から建設に賛成だった」といいはじめました。そういうことって,ありますよね。

葛西敬之著『未完の「国鉄改革」』(東洋経済新報社,2001)による。

【十河信二】
 新幹線をつくった国鉄総裁(在職1955~63)。東海道新幹線開業の前年(1963年)に総裁を辞任。新幹線建設の大幅な予算超過と62年の三河島事故(死者160人の鉄道事故)の責任を取った,とされる。
 1884年(明治17)4月14日生まれ 1981年(昭和56)10月3日没

                        *

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
 その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)

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2013年04月13日 (土) | Edit |
※ついさきほどテレビをつけたところ,関西での地震のことを知りました。淡路島方面には友人もいます。とにかくみなさんご無事であることを願っています。

 「GDPでみる経済入門」の5回目。
 これまでGDPは「国全体の総買い物額」という説明をしてきましたが,GDPには別の側面があります。それは「付加価値である」ということ。その話をします。
 理屈っぽくてとっつきにくいところもありますが,やはりだいじなところです。

このシリーズの過去記事
第1回 GDPは「総買い物額」 
第2回 1人あたりGDP×人口=経済 
第3回 『地球家族』という本(1人あたりGDPと人々の暮らし)  
第4回 「総買い物額」の内訳

「付加価値」としてのGDP 

「ダブり」を取り除く
 「GDPは総買い物額である」というと,「ほかの本で読んだ説明とちがう」とか,「総買い物額がなんで〈総生産〉なの?」といわれることがあります。ここで,そんな疑問に答えます。

 「総買い物額」というけど,じつはそこにはふくまれない,特殊な「買い物」があります。
 それは,「そのモノを誰かに売ることを前提にモノを買う場合」です。日常的な言葉なら,「仕入れ」と言えばいいでしょう。
 「仕入れ」は,個人が日常生活でする「買い物」ではなく,企業がビジネスのためにするものです。
 「仕入れ」としての買い物は,GDPにはカウントしません。

 「仕入れ」には,①仕入れたモノをそのままの形で売る場合と,②原材料として仕入れる場合とがあります。

 たとえば,「スーパーがパン工場からパンを仕入れる」のは①のパターンで,「パン工場が原材料の小麦粉を仕入れる」のは②のパターンです。
 なぜ,そんなやり方なのか。「そうしないと,生産されたモノの価値をダブって計算してしまうことになるから」です。

 経済の入門書でよくあるのは,つぎのような説明です。

・スーパーで食パンが100円で売られている。私たちがそれを手にするまでには,いろんな過程を経ている。
(イメージ)
 農家がコムギを育てる
 コムギを原料に製粉業者が小麦粉をつくる
 その小麦粉を原料にメーカーが工場でパンをつくる
 そのパンを小売店が仕入れて消費者に売る


・コムギは,ひとつの段階を経るごとに手を加えられ,そこでの仕事(労働)の分の値段を上乗せされていく。
(イメージ)
 100円の食パンの材料に使うコムギが10円
 それが,小麦粉になると20円
 その小麦粉でつくったパンを,メーカーは80円でスーパーに売る
 さらに,スーパーはそのパンを100円で私たちに売る


・GDPの計算では,以上のすべての段階の金額(買い物額)を合計するということは行わない。最終的に生産さ れたパン100円の価値だけをカウントする。つまり,コムギ10円+小麦粉20円+パン80円(メーカーからスーパーへの卸価格)+パン100円(スーパーでの販売価格)=200円 ということは,しない。

 なぜこのように考えるのでしょうか。
 この過程で生産されたのは,あくまで100円の価値のパンです。小麦粉などの原材料費や,スーパーが工場から仕入れるときの値段は,スーパーでの販売価格100円の中にふくまれています。
 そこをダブってカウントしないようにしているのです。最終的に生産された100円の価値だけをカウントします。

中間投入,付加価値
 このように,「ダブリ」を除いて,国全体の買い物額をカウントしていったのが,GDPです。
 このダブリの部分のことを経済学では「中間投入」といいます。

 「中間投入(ダブり)を除く」という一定の操作を加えた「総買い物額」。
 そうやって「生産された価値」を把握した数字。


 それがGDPの,よりくわしい定義です。「生産された価値」のことは,「付加価値」といいます。

 つまり,GDPは「国全体で,さまざまな労働によって生産されたモノやサービスの付加価値の合計」なのです。国内で生産された価値の合計。だから,「国内総生産」といいます。

誰かの支出は誰かの所得
 じつは,「国内総支出」という言葉もあります。さしているものは「国内総生産」と同じです。
 ただ「総支出」というのは,生産された価値あるモノやサービスを誰かがお金を「支出」して買っている,という面からものごとをみています。「買い物」としてGDPをとらえた言葉です。
 最初に出てきた「GDPは総買い物額」というのは,「総支出」としてGDPをみたものなのです。

 「総生産」と「総支出」は,コインの表と裏のような関係です。同じものを,どちら側からみるか,というちがいです。

 さらに,「総所得」という言葉もあります。これも,「総生産」「総支出」と同じものを,別の側面からみたものです。つまり,誰かがお金を支出してモノやサービスを買ったとき,それは売った者(企業やその従業員)の所得になります。つまり,「それだけのお金が入ってくる」ということです。

 誰かの支出は誰かの所得。だから両者もイコールだ,というわけです。

 「誰か」というのは,要するに私たちのことです。「誰かの支出は誰かの所得」というのは,

 私たちが買い物をすれば,それは誰かの所得となる

ということです。
 言ってしまえばなんでもないことですが,これはじつは経済をするうえで非常に重要なことです。

生産された付加価値は誰かの所得
 また,「生産された付加価値は,誰かの所得」ということもいえます。付加価値というのは,売上から原材料費などの中間投入を除いた分のことでした。これは,かみくだいていえば商売の「儲け」の一種だといっていいでしょう。

 この「儲け」は,どうなるのかというと,会社の従業員と会社,そして会社に出資した株主などで分けることになるのです。
 
 つまり,従業員の給与,役員への報酬,株主への配当,会社の蓄え(内部留保という)などになります。「儲け」が山分けされてみんなの「所得」になるのです。そして,「儲け」とは言い換えれば「付加価値」のことなのです
 ここのところはややむずかしいので,あとでまた補足します。

(以上)
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2013年04月11日 (木) | Edit |
 前回の記事で「研究的に勉強する」ということを述べました。
 「研究的」とは,「自分のテーマを設定し,勉強の成果をひとつの作品にまとめあげ,公表する」こと。そのようなプロセスをふくんでいる,ということ。
 
 ひとつの作品にまとめあげるうえで,重要な方法のひとつに,「整理・編集」ということがあります。

 そして,今は多くの人が,日常的にたくさんの情報の断片を集めては,整理・編集をしています。

 さまざまな文書や写真やその他のデータをパソコンやネット上に保存したり,音楽プレーヤーに何百何千という曲をダウンロードしたり,ハードディスクに好きな番組や映像をため込んだり,ブログやツイッターやフェイスブックを更新したり。

 これは,いろんな「断片」を,ぼう大な選択肢のなかからチョイスして,自分の気に入るように,並べているのだと思います。
 今私がこの文章を書いているのは,「断片」よりは大きなまとまりである,書物や日常や思考のなかから,ちょっとした何かを取り出して,ブログという場所においているのです。

 ブログを書きはじめて,そういう感じがいくらかわかってきました。

 今の時代は,さまざまなツールを使って,「整理・編集」のような研究的なことを,手軽に行えるのだなと。

 「手軽に」といいましたが,その行為に費やすエネルギーは決して「軽い」ものではありません。
 私たちは,「情報の断片を集め,整理・編集する」ということに,毎日相当な時間や手間をかけています。
 「忙しいな」と思いながらも,それをせずにはいられない。
 やはりそれがたのしいからです。
 整理・編集する毎日。
 まあ,懸命に遊んでいるのですね。

 このことを,40年以上前に予見していた人物がいます。梅棹忠夫(1920~2010)という民族学者です。
 民族学という枠を超えて,文明全般にわたってさまざまな発言をした人。

 梅棹は,1970年代初頭に,「情報を整理する場としての家庭」「情報創造の場としての家庭」ということをいっています。
 カメラの普及はその先駆形態で,手の込んだ料理をつくることは「情報創造」だ,と。

 そして,こうも述べています。

 《家庭を,全身全霊をうちこめる娯楽場として構築しなおすことこそ,あたらしい家政学(家庭についての学問)の課題であろう。》
(初出:1972年,梅棹『情報の家政学』 中公文庫

 今の家庭は,全身全霊で文化や情報で遊ぶ場所となりました。
 今日もこうやって遊んでいます。

(以上)

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2013年04月10日 (水) | Edit |
 「自分で考えるための勉強法」シリーズの8回目。

研究者でなくても,「研究的」に勉強する。

 「自分で考えるための勉強」には,4つのポイントがあります。

 1.興味のあることを勉強する
 2.よい先生をみつけ,徹底的に学ぶ
 3.「科学とは何か」といった本質を押さえる
 4.勉強の成果を文章で表現する
 

 これらのことについて,このシリーズでは述べていきます。
 でもじつは,それはみな同じひとつのことを言っています。
 
 それは,「研究的に勉強する」ということです。

 「研究」なんて言うと,「私は別に学者や研究者になろうとしているわけじゃない」と,とまどう人もいるかもしれません。
 たしかに,このシリーズはいわゆる「研究者」をめざしている人を対象としているわけではありません。そういう人にも役立つかもしれませんが,もっと広い範囲の「自分の勉強を仕事や生活に役立てたい」という人に向けて書いています。

 でも私は,「研究的に勉強しよう」と言いたいのです。

 ここで「研究的」というのは,「テーマを自分で設定し,勉強の成果をひとつの作品にまとめあげ,公表する」ということです。

 学者は,自分の問題意識に沿って研究テーマを決め,研究の成果を論文にまとめ,学会で報告したり学会誌に発表したりします。「自分で研究テーマを決める」というのは,さっき述べた「興味のあることを勉強する」ということです。
 「先生をみつけて……」ということなら,プロの研究者は,大学の研究室などで先生の指導を受けてプロになるのです。研究論文は,「勉強の成果を表現する」ということです。

 そうした,プロのやっていることを,自分なりのレベルや人間関係の範囲内でやっていこう,ということです。

 ちょっと興味があって調べたことや考えたことを,紙一枚くらいの短い文章にまとめる。それを,ひとりでもいいから,誰かにみせて読んでもらう。まずは,そういうことを意識的にやっていくのです。

 最初は,たわいのないテーマでいいのです。最近気になるタレントのこととか,「なぜあのチームは近頃勝てないのか」とか。政治・経済やビジネスのような「まじめな」テーマである必要はありません。
 もちろん,はっきりした関心や目的意識があるなら,そのほうがいいでしょう。たとえば,資格試験のために何かの専門分野の勉強をしているなら,自分が勉強したことについて友だちにわかりやすく解説する文章を書いてみる。

 特別なことを書く必要はありません。「少し勉強した人なら常識であるような知識を,ちょっと整理してみた」といったものでもいいのです。

                       *

 多くの人は,画期的な発見やすばらしい意見でないかぎり,それを文章にして人にみせる価値はないと思っています。でも,それはちがいます。
 たとえ,社会全体でみれば「画期的」とは言えないものであっても,あなたの友だちの中には,あなたの書いたものに関心を持ってくれ人がいるかもしれません。あなたは,身近な人にとって役立つもの,面白いものを書けるかもしれません。

 身近な人が少しでもよろこんでくれるなら,書く意味があります。

 「自分の勉強したことが,人によろこんでもらえる」というのは,うれしいものです。それがたったひとりでも,ほんの少し関心を持ってもらっただけでも,です。

 私は,ずっと活字にならない文章を書いていました。ただ書くだけでは,むなしいです。そこで,書いたものに興味を持ってくれそうな人にみせては,何か言ってもらうようにしていました。そのとき,ちょっとでも「いいね」と言われると,うれしかった。また何か書こう,という気持ちになりました。

 大発見をした科学者は,そういう「うれしさ」を最高のレベルで味わっているわけです。
 一流の科学者というのは,いわばプロ中のプロですが,そういう人のやっていることを,自分とは縁のないものと考えてはいけません。

 一流のプロがやっていることは,「うまくなりたいなら,誰もがこうしなくてはならない」というモデルを示しているのです。

(以上,つづく)

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2013年04月08日 (月) | Edit |
 「社会の変化はゆっくりになっている」シリーズ,4回目。
 前回までに,こんなことを述べました。

 社会の変化は,よくいわれているのとは逆に,じつはゆっくりになっているのではないか。
 そのことは,社会のあちこちにあらわれている。
 たとえば,ウルトラマンや仮面ライダーのような,今の親世代が子どものころに登場したキャラクターが,今も子どもたちの人気者でありつづけている。 (第1回)

 これはミクロな・日本での現象だが,世界的にみても,たとえばポピュラー音楽のように,文化全般において新しいものが生まれなくなっているのではないか。 (第2回)

 もっと大きな現象だと,技術革新の停滞ということはないか。
 40年以上前,月にアポロ宇宙船が着陸して以降,どれだけの進歩があったのか。史上最速の実用的な旅客機は,1970年代に就航したコンコルドである。
 パソコンやインターネットをのぞく,身の回りのさまざまな文明の利器(冷蔵庫,テレビ,電話,自家用車など)も1950年代までには,最先進国アメリカでは,すでに普及していた。(前回=第3回)

 そして,「近年における技術革新の停滞」を指摘する,経済学者タイラー・コーエン(『大停滞』)の見解について紹介しました。

 * *

 「技術革新が停滞している」という見方には,批判も多いです。
 たとえば,エリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーは,その共著『機械との競争』(日経PB社)で,タイラーの説を批判しています。

 この30~40年,アメリカ経済が一種の「停滞」にある,という点はブリニョルフソンらも,タイラーに同意します。しかし,その原因はちがうと。

《彼ら(「大停滞」論者)は技術革新のペースがスローダウンしたからと主張するが,私たちは,ペースが速くなりすぎて人間が取り残されているのだと考える。》

 つまり,ITの急激な進歩によって,経済・社会は大きな再構築の時代をむかえている。
 そのなかで,多くの労働者が「テクノロジーとの競争」に負けている。
 たとえば,従来のような事務職や中間管理職が陳腐化して,ニーズが大きく減る一方,それで職を失った人たちは新たな仕事をみつけられないでいる。

 また,企業や政府も,急激なデジタル技術の進歩に対応した価値観や組織をつくることができていない。
 この傾向は,今後さらに加速するだろう。

《いま私たちが直面している問題の根本原因は,大不況でも大停滞でもない。人々が「大再構築…」の産みの苦しみに投げ込まれているということである。》

 「大停滞」のタイラーと,「大再構築(テクノロジーとの競争)」のブリニョルフソンたち。
 両者は真っ向から対立しているようにもみえますが,じつはひじょうに近い立場だと,私は思います。

 まず,「技術革新」に注目する点で,両者は「近い」です。 
 現代の経済を論じるほかの論者たちは,「この数十年における技術革新の状況」などまず問題にしません。

 それから,ブリニョルフソンらの「技術革新に多くの人がついていけていない」という「大再構築」論に近い見方が,タイラーにもあります。

 タイラーは,《(近年の技術革新は)大半の労働者の技能に適した雇用を創出できていない》と述べています。インターネットなどの今日の新しい技術については《私たちの生活に大きな恩恵をもたらしたが,多くの人に就職先を与えることはできていない。しかるべきIT関連の技能の持ち主は別だが》といっています。

 また,「IT・デジタル技術こそが,現代における技術革新の中心である」という認識も共通です。

 ブリニョルフソンらとタイラーのちがいは,「これから先,ITが社会の多数派の人のための雇用を創出するといった,今以上の大きな変化をもたらすかどうか」という点です。
 この点で,ブリニョルフソンらは楽観的で,タイラーは懐疑的なのです。

 しかし,両者はひじょうに近い問題意識や,現状認識を持っていると思います。
 ただ,未来への見通しがちがう。
 「さらに,急激な進歩が続く」という未来像と,「停滞を迎えつつある」という未来像。

 このあたりになると,議論は平行線になってしまいがちです。
 未来のことなんて,やはりわかりません。

 でも,「進歩」の未来像と,「停滞」の未来像が根拠としているものを点検しておくといいと思います。
 それによって,私たちは未来についてもっと深く考えることができるのではないでしょうか。

 * *

 「進歩」派の根拠は,煎じ詰めると「これまでもそうだったから」ということ。そういう歴史への認識です。
 
 タイラーの「大停滞」論への批判で典型的なのは,「こういう技術進歩の限界を主張する悲観論は,過去にもあったが,ことごとく覆されてきた」というものです。

 たとえば,マルサスという学者は,1800年ころの著作で「人口増加に食糧生産の技術的発展は追いつけない」と述べました。1970年ころに「ローマクラブ」という学者のグループは,世界的な「成長の限界」ということを主張しました。これらの見通しは,みんな「はずれ」だったではないか,というわけです。

 「大停滞」派が,この批判にどう応じているかは,よくわかりません(最新の海外の議論までフォローできないので……)。
 しかし少なくとも,「社会の変化はゆっくりになっている」論者の私は,この批判に答えることができます。

 「これまでそうだったからといって,これからもそうとはかぎらない」というだけではありません。つぎのように,私は考えます。

「これまでずっと進歩が続いてきた,というその前提はまちがっている。そう思うのは,せいぜいここ300~400年の近代の歴史しかみていないからだ。数千年を視野に入れて世界史をみわたせば,進歩や変化が何百年以上の長期にわたって停滞していた時代はあった」
 
 というと,「昔の時代に,進歩がゆっくりだったのはあたりまえじゃないの?」と思うかもしれません。
 でも,そういうことではないのです。

「近代以前の古い時代が全体として停滞していたのではない。この数千年のあいだには(つまり古代や中世にも),比較的急速な進歩の時代もあれば,一方で,革新の少ない,停滞の時代もあった」

「だとしたら,今後の近代社会が,大きな停滞期に入ってもおかしくないのでは?過去に同じようなことがあったのだから……」


 なんだか,大風呂敷すぎて,ますますあやしくなってきましたが……

 でも,「社会の変化はゆっくりになっている」論は,そういう大風呂敷なものなのです。
 つまり,「数百年」「数千年」単位で世界史をみわたすような視点が必要です。

 その点,タイラーやブルニョルフソンらは,風呂敷の広げ方が足りません。

 「大停滞か,そうでないか」という話は,「サブプライム危機以降の世界経済」といった,世界史レベルでは「超短期」の議論とは,ほんらいは次元がちがうのです。
 たしかに2人の論者は,短期の視点にとどまらない議論をしようとしています。しかし一方で「現代の課題」にこたえようともしている。少し中途半端なのです。だから,短期的な視点しか持てない人たちから,的外れな批判も受けます。

 たとえば「1973年からアメリカ経済の成長率は低下しているが,その年を境に技術革新のスローダウンが起こったとはいえないだろう」などという人がいます。

 何いってんだ,と思います。わかってないなあ。

 もっと風呂敷を広げないと。もっとざっくり議論しないと。

 そこで次回は,「ここ数千年の世界史における,技術進歩の速度の変化」を論じます。

(以上,つづく)
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2013年04月07日 (日) | Edit |
サッシ

サッシ2

 きのうから今日にかけては,全国の広い範囲で,天気が大荒れだったようですね。
 私の住む東京・多摩地区も,今日は風が強かったです。

 そんな日には,我が家はビュービュービュービューうるさいです。
 窓のサッシの,すきま風の音がするのです。

 古い団地をリノベして住んでいる,我が家のアルミサッシは,1978年に建てられた当時のままです(上の写真)。
 
 昔の建築工事は,今ほどの精度はありません。
 だから,建て付けがイマイチです。サッシの窓はどこかガタガタしていて,すきまがあります。しっかりと閉めたつもりでも,風が強い日は,ビュービュー風の音がする。

 こういう,施工の技術的な限界は,古い団地のデメリットのひとつでしょう。
 
 でも私は,この「昭和のアルミサッシ」の窓が気にいっています。
 
 このサッシは,ガラスも昔のままです。下半分が擦りガラスになっているのですが,今はまずみかけない仕様です。これは程よく光や外界をさえぎってくれて,なかなかいいです。

 それから,上のほうをみると,窓のなかにさらに小さな窓が。

サッシの小窓

 これは,換気用につけられたもののようです。こういうのも,今はみかけません。
 冬のシーズンに,ガスストーブを使っているときや,鉄板で焼肉をしているときなどに,この小窓を開けたりしています。これも,なかなかいいです。

 ビュービューうるさいときもあるけれど,このサッシを,これからもだいじに使っていきたいと思います。

(以上)
 
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2013年04月06日 (土) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの7回目です。
 「〇〇とは」という,基本的定義のことがテーマ。もっとあとのほうで取りあげるつもりでしたが,4月3日の記事で「団地とは」「建築家とは」「リノベーションとは」,4月4日の記事で「偉人とは」という話をしたので,その関連です。


まず,「〇〇とは」という基本的定義を押さえよう。

 私は勉強を始めたころ,「学問とは,宗教とは」のような,「〇〇とは何か」といったことをいくつもいくつも学びました。
 「科学とは」「哲学とは」「精神とは」「社会とは」「生命とは」……どれも,シンプルな定義のかたちで学びました。そうやっていくうちに,世界観の基礎ができていきました。
 これは,学生時代に私に学問の手ほどきをしてくれた若い先生が,大切なこととして教えてくれたのです。

 ちょっとむずかしげな言い方をすれば,「本質を押さえろ」ということです。

 「本質」とは,「そのモノ・コトの性質のうち,それなくしてはそのモノ・コトが成り立たないような核心の部分」のことです。

 たとえば,「科学」とは何か。
 科学とは,「仮説を立て,それを実験的に確かめることで成立する知識の体系」です。「仮説・実験」ということがなければ,科学は成立しません。だから,「仮説・実験」こそが科学の本質・核心ということになります(「科学とは何か」については,またあらためて)。

 高いレベルをめざすなら,早いうちにいろんな大切なことについての「○○とは」を勉強したらいいと思います。あまり言われていないことですが,この方法は,上達への極意です。

 だからと言って,やたらと人に「〇〇とは?」などと聞いてまわってはいけません。そういうことは,関係する本にもあたりながら,まず自分の頭で考えるのです。

 それから,「〇〇とは」について,ひとつの答えがみつかったと思っても,それを簡単に「正解」だと決めつけないこと。
 あくまで一種の「仮説」として扱い,いろんなことを考える上での手がかりとして使ってください。「科学とは」のような大きな事柄ほど,そうした慎重さが必要です。
 そうやってあれこれ試すうちに,当初「これだ」と思っていた「〇〇とは」が修正されることも,よくあるのです。

 このあたりは,かなりの上級編です。少なくとも,国語の辞書に書いてある定義が絶対だと思う,中高生のようなレベルからは早く卒業しましょう(でも,辞書は引きましょう。とにかく参考にはなります)。

                       *

 学問というのは,細かな議論も積み重ねますが,結局は基本的な命題にたちかえっていきます。たとえば,経済学なら商品やサービスの「価値」とは何か,「市場」とは何か,といったことです。

 エコノミストが具体的な景気刺激策を論ずるにしても,つきつめていけば「市場」とは何か,その機能をどう評価するのか,といった原理的な問題に突きあたります。「政府の市場への介入を,どの程度・どのように行うのか」といったことが議論の焦点なのですから。経済学における「新古典派」と「ケインジアン」の議論は,これです。

 さらに古典的なところだと,「近代経済学」と「マルクス経済学」では,商品の「価値」がどこから生まれるかについて,見解が大きく異なります。「価値とは」という問いに対する答えがちがうのです。

 このように,学派の対立というのは,基本事項に関する見解の相違がもとになっています。

 たくさん本を読むわりには,学問的な上達がいまひとつという人がいます。その中には,基本的なことがらについての「〇〇とは」をおろそかにしてきた人が少なくありません。そのため,頭の中が整理されないのです。プロの学者や知識人でも,そんな人はいます。

 論じていることがらに関する基礎概念――「〇〇とは」があやふやな本は,結構多いです。逆に,そこをきちんと書いてある本なら,いい本である可能性が高いと言えます。

 「〇〇とは」をおろそかにしている人の議論は,あぶなっかしいです。
 それは,「卵とはどういうものか」があいまいなまま,オムレツのつくり方を論じているようなものなのです。

(第7回おわり,つづく)

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2013年04月05日 (金) | Edit |
 「自分で考えるための勉強法」シリーズの6回目です。

まず,「いいな」と思う人を応援しよう。

 会議や打ち合わせで,いい意見を言う人がいたとします。そうした場では,「それいいね」ということを,はっきり表現することです。できればその場で,気が小さくてそれができないなら,あとで個人的に。

 いい意見を言う人は,その場の「主役」になっています。それに嫉妬を感じる人もいます。私も「いいな,うらやましいな」と思うことがよくあります。
 嫉妬にかられる人は,「それいいね」と言うかわりに,「でもね」とケチをつけます。
 主役よりもオレのほうが頭がいいんだぞ,というわけです。

 これでは,仲間はできません。

 私も,もともとはそういうタイプなのですが,がまんするように気をつけています。

 「いいな」と思ったときに,「それいいね」「すごいね」と拍手できる人は,自然と仲間ができていきます。

 もちろん拍手は,ゴマすりであっては意味がありません。「この人は,わかってないのにゴマをすっている」というのは,すぐにわかります。
 その意見や考えについて,本当に「いい」と感じられなければ駄目です。
 
 「いい」と感じるセンスは,勉強して自分でつくっていくしかありません。

 「主役」をめざすのは,よいことだと思います。でも,自分が主役になることばかり考えて,人に拍手を送れない人には,なかなか主役はまわってこないでしょう。

 将来の主役は,「それいいね」と拍手する人の中からあらわれます。
 そういう人は感性豊かな勉強家で,よい友だちやよい先生に出会うことができるからです。よい人間関係の中で,自分を磨いていけるからです。

 やさしい心がけとして「人にあたたかい言葉をかけましょう」と言っているのではありません。「人に拍手を送ることを忘れている人は,いつまでもさびしいままだし,自分自身の向上もない」という「必然」を言っているのです。

 まず,他人の価値ある仕事を見きわめ,応援できる人になりましょう。そのことにプライドを持ちましょう。

(第6回終わり,つづく)

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2013年04月04日 (木) | Edit |
 昨日の記事で「団地とは」「建築家とは」「リノベ―ションとは」という定義の話をしました。
 
 今日は,「偉人とは」です。
 これまで「四百文字の偉人伝」をはじめ,偉人ネタを多く載せてきたのですが,「偉人とは何か」については,あいまいにしてきました。このへんで私の考えを説明しておきます。

 【偉人】
 それぞれの分野で著しい業績をあげ,歴史に名を残した人。


 「著しい業績」というのは,「すばらしい仕事をした」というのが中心ですが,「反面教師的に名を残した」とか,「功績も罪悪も大きい」といった場合も含みます。
 つまり,かならずしもストレートに「偉い,尊敬できる」人でなくてもいい,と。

 たとえばヒトラーなどは,「反面教師的に名を残した」という部類に入ります。

 「功績も罪悪も大きい」というと,たとえば毛沢東がそうでしょうか。
 中華人民共和国の建国という大きな功績がある反面,政策の誤りで経済の大混乱や飢餓などをひき起こし,何千万人もの犠牲者を出したりしているからです。

 また,「著しい業績」というのは,「その業績が,今の世界に直接・間接に影響をあたえている」という意味を込めています。
 芸術家ならその作品が,科学者ならその研究が,実業家ならそのビジネスが,政治家ならその政策が,後世に大きな影響をあたえたということです。「後世に遺産をのこした」といってもいいです。

 世界レベルでの遺産を残した人もいますし,日本などの国内レベルの場合もあります。あるいは,「地域・地元の偉人」というのもあるでしょう。
 
 また,「歴史に記録は残っているけど,何を後世に残したのかよくわからない」という人物もいます。
 たとえば,一部の歴史好きしか知らない,「業績」のはっきりしない戦国武将などはそうです。これは「歴史上の人物」とはいえますが,「偉人」とは別ものだと思います。

 それから,「それぞれの分野で」というのにも,意味を込めています。
 「広く一般には知られていなくても,ある分野では大きな業績があり,専門家のあいだでは高く評価されている」という人物がいます。それも「偉人」に含まれる,と考えます。「その分野の偉人」ということです。
 そして,どの偉人にも自分の分野があります。その分野がメジャーかマイナーかによって,偉人の知名度が変わってきます。

                        *

 電子書籍『四百文字の偉人伝』では,時代・国・分野を問わず100人ほどの偉人をとりあげています。
 つまり,「世界レベル」の偉人が中心です。さまざまな分野をみわたしたうえで,その分野における「人類の代表」といえるような人が多いです。
 たとえば,科学におけるガリレオやニュートンやアインシュタイン,音楽におけるバッハモーツァルトやビートルズのような,おなじみの人たち。
 
 それに加えて,「日本レベル」の偉人もとりあげています。
 たとえば西郷隆盛や大久保利通や勝海舟のような,幕末の偉人はそうです。この人たちの仕事の影響は,おもに日本国内に限定されています。ただし,「アジアで最初の近代国家をつくる社会変革をおしすすめた」という意味で,「世界的」ともいえるのですが。

 同じ日本人でも,たとえば「トヨタ生産方式」を生み出した技術者・大野耐一は,「工業技術」という分野で,ストレートに「世界的な仕事をした」といえるでしょう。
 大野の時代(20世紀後半)になると,グローバル化がすすんだので,日本での突出した仕事が,世界に直接影響をあたえるということが,しばしばおこってきます。現在はますますそうなっているわけです。

                        *
 
 「四百文字の偉人伝」のシリーズを,私は「人類のさまざまな文化遺産への入門」というつもりで書いています。それだけではありませんが,そこは重要な柱です。
 それぞれの偉人がかかわるさまざまな世界・分野を知るきっかけになれば,ということです。

 少しおおげさにいうと,100人あまりの偉人をとりあげた『四百文字の偉人伝』という本には,人類の文化遺産のいろいろな領域につながるドアが,いたるところにセットされているのです。科学,哲学,発明,探検,美術,音楽,政治経済,企業経営,社会事業などなど……

 そして,この本にある,そんな「さまざまな世界」を垣間見ることを100回もくり返すことで,みえてくるものがあります。

 「この世にはいろいろなすばらしいもの,意義のある仕事,知るに値することがあるんだなあ」 

 そんな視野がひらける感覚です。
 これは,私自身が100人あまりの偉人のことを書いていて,味わった感覚でもあります。
 そして,「400文字」だからこそ,わりと手軽に100回のくり返しができるのです。

(以上)

電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は,アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページにて400円で販売中。

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2013年04月03日 (水) | Edit |
夕暮れの団地

 これまで何度か「団地リノベーションを建築家に依頼して……」という話を書いてきたのですが,そもそも「団地とは」「建築家とは」「リノベーションとは」といったことをあいまいにしていました。

 では,「団地」とは何か。

【団地】
 おもに1950年代から70年代の日本で,住宅公団などの公的機関によって建てられた,鉄筋コンクリート造りの集合住宅。


 「団地」のもともとの意味は,「一定の範囲に,ある種の施設があつまっている状態」です。工場があつまっている「工業団地」というものもあります。戸建て住宅のあつまりを「団地」ということもあります。
 でも「団地リノベ」でいう「団地」は,上記のとおりです。

 1950年代以前にも鉄筋コンクリート造りの集合住宅はありました。でも,デザイン・間取りの傾向が,団地とはちがいます。団地よりも「ハイソ」な感じです。団地以前の時代には,コンクリートの集合住宅は,ぜいたくな高級品でした。

 1980年代以降は,それまでの団地独特のデザイン・間取りは衰退していきます。
 公団住宅がつくる住居も,バリエーションが大きく広がったり,あるいは民間のマンションと同じようになったりしていきました。

 「公的機関」とは,住宅公団のほか,都道府県などをさします。「公団住宅」は,団地の代表的なものですが,都営住宅,県営住宅というのもあります。これらの公的機関が建てる集合住宅と民間のマンションとでは,はっきりと傾向がちがっていました。その間取りのちがいは,2月24日の記事で述べました。
  
 1950年代~70年代は,おおざっぱに「高度経済成長」の時代です。
 団地は,「高度成長時代の産物」といっていいでしょう。
 その時代の,エネルギーや知恵が詰まっています。当時のすぐれた建築技術者たちが,心血を注いでつくりあげたものなのです。

                      *

 つぎに,「建築家」とは何か。

【建築家】
 建物の設計をおもな専門とする,独立の建築技術者。


 この定義は,建築家の渡辺武信さんが述べていたことをアレンジしました(住まいのつくり方―建築家といかに出会い、いかに建てるか (中公新書))。
 ポイントは「独立の」というところ。
 会社などの組織に属していない,独立自営ということです。

 だからこそ,「施主(依頼者)の代理人」の役割をはたしやすいのです。
 組織の影響を受けず,お客さんである施主の立場にたって,施工をする業者やその他の関係者に働きかける役割を,専門家として行ってくれる。少なくとも,それを期待できます。

 そして,「独立の建築技術者」であれば,無名の若い人も世界的な巨匠も,同じく「建築家」です。
 
 新聞で,ある大きな建設会社の設計部長さんが,ご自身を「私も建築家の1人であり…」と述べているのをみかけたことがあります。でもこの人は,「世界でもトップクラスの建築技術者」ではありますが,「建築家」ではないと思います。 

                        * 
 
 では,「リノベーション」とは何か。「リフォーム」とちがうのか?

【リノベーション】
 建物の価値や機能を向上させる,全面的な改装=リフォーム。


 「全面的」というのは,その家・建物の大部分を対象とするということです。
 だから部分的な改装では,リノベーションとはいえない。
 
 2~3年前にみた中古マンションのチラシに,「全室リノベーション済み」とありました。3LDKの物件ですが,部屋のすべてが「リノベーション」してある,とのこと。
 でも,全面的に直しているからリノベーションなのであって,変な言い方だと思いました。
 また,地元の不動産屋さんの地味なチラシに「リノベーション!」とうたっていたのも印象的でした。「この言葉もずいぶん普及したなあ」と。

 そのうち「バス・トイレ,リノベーション済み」というチラシも,でてくるかもしれません(もう,あるかも)。

 以上,どれも私なりの定義です。ものの本には,またちがうことが書いてあるかもしれません。

(以上)
 
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2013年04月01日 (月) | Edit |
 「キャリア・カウンセラー」「キャリア・コンサルタント」という仕事があります。
 人の職業・キャリアにかんする相談にのる仕事です。
 おもにアメリカで発達し,日本にも入ってきました。日本で多少認知されるようなったのは,せいぜいこの十数年でしょうか。
 
 私は,ある組織で若い人の就職相談をしているので,その系統の仕事をしているといえるでしょう。
 
 キャリア・カウンセラーの資格というのもあります。
 国家資格ではなく,民間資格です。また「医師免許のように,その資格がないと仕事ができない」というのでもありません。厚労省が指定する「キャリアコンサルタント」の資格が,いくつかあります。

 私もそのような資格のひとつを持っています。資格取得に必要な講座に通い,筆記と実技の試験に合格したのです。

 「実技試験」というのは,相談者(クライエントという)に扮したスタッフと,カウンセラー役の受験者が10分くらい面談をするのです。その様子を試験管が採点する。
 クライエント役の人には,「役柄の設定」があります。たとえば「30代の女性。独身。〇年契約社員として勤めた商社の事務職の仕事が,最近契約打ち切りとなり……」とか。

                        *
 
 先日,今度キャリアカウンセラーの実技試験を受ける知人の男性から,「面談の練習の相手になって,アドバイスしてほしい」といわれ,引き受けました。
 このあいだの日曜日,新宿の喫茶店で,2時間ほどその「練習」を行いました。私がクライエント役で,知人がカウンセラー役。

 「こんにちは,キャリアカウンセラーの〇〇です。今日は,どうされました?」
 「じつは,会社の早期退職の制度を利用しようか迷っていまして…」

 みたいな「お芝居」を,オジさん2人でくりかえしました。きわめて真剣に(^^;)

                       *

 キャリアカウンセリングにかぎらず,専門的に人の相談にのるという行為で,最も重要な核は,「傾聴」という技(わざ)です。

 相談してきた人の話にしっかりと耳を傾ける。
 肯定・否定の判断をせずに,聞く。
 話の腰を折ったりしない。
 結論を急がない。
 自分の考えを押しつけない。
 相手の話を,そのまま受けとめる。

 これって,なかなかできないです。
 ふつうの会話は,こんなふうになりがちです。

 「あたし,もう部活辞めたいな…」
 「最後までがんばったほうがいいよ,がんばれば光がみえてくるから」

 こんなふうに自分の価値観のほうへ,話をもっていこうとしてしまいます。
 よかれと思ってそれを行うことも多いです。
 
 私たちは,つい「ためになる話」をしようとしてしまう。
 それでは,相談の対話は,だいなしです。相談した側は「話すんじゃなかった」となります。

 「傾聴」をテーマにした一般向けの入門書に,

 鈴木秀子著 心の対話者 (文春新書)

 という良書があります。上記の「傾聴」の説明も,この本がベースです。
 
 鈴木さんは,相談の対話がうまくいかない心理について,こう述べています。

《(傾聴せずに)相手を受け入れまいとする姿勢を生む第一の要因は,「自分が正しいと思っている方向に行きたい」という願望にある。その背後には「自分には正しいことがわかっている」という思い込みがある。》

《対話が破綻する前提には,「会話とは自分の意見や話を披露する場」という思い込みがある。》


 私も,この手の「思い込み」にどっぷりつかっている人間のひとりでした(今も抜けきってないかもしれませんが)。
 
 「たがいの意見や話題を出しあって交流する」という対話が求められる場面も,もちろんあります。
 というか,そういう対話のほうが,社会生活のなかでは主流でしょう。
 でもそうではない,「傾聴」を軸とした対話もある。それが必要なときがある。
 
 こんなことを私が言うと,私をよく知る人は笑うでしょう(^^;)。
 親しい人と話すと,自分の見解や知識の「披露」ばかり。放っておくとそれを何時間も続けている人間ですので。(このブログも,その精神でみちあふれています。まあ,ブログですから)
 
 私も,いろいろ勉強して,成長しようとしているのです……。

(以上)

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2013年04月01日 (月) | Edit |
 今日4月1日は,血液循環の発見者ハーヴィーの誕生日。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。「四百文字程度で,古今東西のさまざまな偉人を紹介する」シリーズ。


ハーヴィー

「謎解き」の魅力にハマったエリート医師

 医師ウィリアム・ハーヴィー(1578~1657 イギリス)は,「血液循環」の発見者です。彼の研究は,長い間絶対的な権威だった古代の学者たち(ガレノスなど)の説をくつがえすものでした。そこで当時は激しい非難も多く,自説を発表してからは患者も減ってしまいました。
 では,彼は「世間での立場や損得を考えず,ひたすら真理を追究した人」だったのでしょうか?
 いいえ,彼の出世欲は人並み以上で,「国王付きの医師」や医師会の幹部にもなっています。また,患者の遺族と報酬をめぐって争うなど,お金にもこだわりました。
 その一方,手術室にこもって解剖や実験をくりかえし,権威をくつがえす真理の探究を続けたのです。
 「自説を発表することによる損得やリスク」を,世慣れた彼は承知していたでしょう。
 それでも,研究せずにはいられなかった――科学という「謎解き」の深い魅力にハマってしまったのです。

中村禎里著『血液循環の発見』(岩波新書,1977)による。

【ウィリアム・ハーヴィー】
 「血液循環」の発見者。「心臓は筋肉でできている」「その働きで血液は体内を循環している」という私たちの「常識」を,主著『心臓と血液の運動』(1628年刊)ではじめて明らかにした。
1578年4月1日生まれ 1657年6月3日没

                        *

 以上のような101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)

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