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2013年05月31日 (金) | Edit |
今22時過ぎなので2時間ほどフライングですが,明日6月1日は女優マリリン・モンローの誕生日です。そこで彼女の「四百文字の偉人伝」を。

モンロー

演技派になりたい

 マリリン・モンロー(1926~1962アメリカ)は,おもに1950年代に活躍し,今も語り継がれる映画女優です。
 彼女は,セクシーな魅力で人気者になりました。それを彼女はよろこぶ一方,「演技派の女優になりたい」と願っていました。
 彼女は,デビュー前から借金をして演技のレッスンを受けたり,人気絶頂の50年代なかばには,仕事を犠牲にして演技指導の巨匠のもとに通ったりしています。その後の作品では,批評家も認める名演技を残したのでした。
 今でこそ,女優が「セクシー路線から演技派へ」というのは,十分アリです。
 しかし,モンローの時代には「女(女優)は,可愛いければそれでいい」という偏見も強く,彼女はなかなか理解されず悩みました。
 ほかにもさまざまな心労が重なって彼女は心身の健康を害し,36才で亡くなりました(睡眠薬の飲み過ぎによる。自殺・事故・他殺の諸説あり)。
 今も,「カワイイだけで終わりたくない」と,努力する若い女優やタレントがいます。もしモンローがみたら,「がんばってね!」と心から応援することでしょう。

亀井俊介著『マリリン・モンロー』(岩波新書,1987),サマーズ著・中田耕治訳『マリリン・モンローの真実(上)(下)』(扶桑社,1988)による。

【マリリン・モンロー】
ハリウッド女優。孤児院などで苦労して育つ。その死の謎を論じた本,男性遍歴を主題にした本がいくつもあるが,ゴシップだけでなく,20世紀なかばの「時代」を象徴するアイドルとして今も多くの人に知られる。
1926年6月1日生まれ 1962年8月5日没

「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
 その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)


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2013年05月30日 (木) | Edit |
26日日曜日,テラバヤシ・セッケイ・ジムショで,「初夏の書家」という,書道をたのしむ会が行われました。

この設計事務所を主催する寺林省二さんは,私の住む古い団地のリノベーションを手がけた建築家。

国立市内にある寺林さんの自宅兼事務所では,ときどき「テラ・コヤ」というタイトルでイベントが行われています。今回の書道の会もそのひとつ。講師は,書道教師の奈昌さん。ウチのカミさんです。奈昌さんは,公民館やカルチャーセンターなどで子どもや大人に書道を教えているのです。

私も奈昌先生のカバン持ちとして,このイベントに参加してきました。

テラバヤシ・セッケイ・ジムショは,南武線谷保駅から3~4分。地元商店街のエリアにあり,こんな外観です。寺林さんは,以前から国立市内で古い借家を改造した自宅兼事務所を構えていましたが,2年前に自宅を新築して,ここに越してこられました。もちろんご本人による設計です。

テラバヤシ邸

トビラをあけると,こうなっています。

この家は,住居と設計事務所だけではありません。奥様の眞紀さんが経営する雑貨店(「くらしのどうぐのお店」)musubiも併設されているのです。なんだか「魅かれてしまう」モノがいろいろ並んでいます。

musubi0.jpg

musubi1.jpg

musubi2.jpg

musubi4.jpg

もう少し全体がわかる写真も。右側のやや暗くなっている一画が寺林さんの仕事場。囲われたコクピットみたいな感じがいいなあ。

お店と仕事場2

お店と事務所の奥は,キッチンとダイニング,あるいはその他いろいろなかたちで使われるスペース。黄色いイスが置かれたワークスペースは,眞紀さんの仕事場。階段下のこんなスペース,ステキです。

居間と店主の仕事場

書道の会の様子。こういう空間だと,さらにたのしい。

初夏の書家1

キッチン・ダイニングで休憩のお茶

初夏の初夏・休憩

musubiがオープンしている日は,どなたでもこのスペース(店舗部分)を訪れることができます(開店の曜日などをお店のホームページで確認してください)。まさに「雑誌に出ているような空間」です。じっさい,何度も雑誌に出ていますが…

興味を持った方は,ぜひこの場所へ行ってみてください。すると「こじんまりした空間に,ショップやワークスペースや生活の場が,いいかんじでおさまっている」というのがよくわかります。それは写真ではなかなかわからないものです。

(以上) 
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2013年05月29日 (水) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの19回目。
 
このところ,「自分の先生をみつけよう」という話をしています。「この人の仕事はすばらしい,その仕事のすべてを知りたい」と思えるような著者・アーティストなどをみつけて追いかけよう,ということです。それが,広い世界・深い世界への出発点となります。

今回は,よい先生に出会うための,心のあり方について。


従僕の目に英雄なし。

「従僕の目に英雄なし」――この言葉は,哲学者ヘーゲル(1770~1831,ドイツ)の『歴史哲学講義』(上・下,岩波文庫,長谷川宏訳)で知りました。ヘーゲルの創作ではなく,「そういう言葉がある」という形で紹介されています。

《それは英雄が英雄でないからでなく,従僕が従僕だからだ》(長谷川訳)と,ヘーゲルは言います。

どんなすごい英雄でも,そばについてお世話している召使い(従僕)の目から見ると,偉大な人物には見えてこない。「英雄」が,私生活ではだらしのない酒飲みだったり,好色だったり,といった様子を見ているからです。「英雄と言ったって,一皮むけばつまらない俗物だ」というわけです。

さらに,ヘーゲルは続けます。

《歴史的人物も,従僕根性の心理家の手にかかるとすくわれない。どんな人物も平均的な人物にされてしまい,ことこまかな人間通たる従僕と同列か,それ以下の道徳しかもたない人間になってしまう。》(『歴史哲学講義(上)』六二ページ,長谷川訳)

私たちは,そんな「従僕」の目で書かれた話が大好きです。偉人や英雄のゴシップを書いた本は,たくさんあります。

でも,「従僕の目」しか持てない人は,偉業とか創造といったことを,正しく評価することができません。すごい仕事をした人に対しても,「でも,あの人は酒ばかり飲んでいるから」などと言って,その仕事を見ることはないのです。

「従僕の目」しか持てない人は,「すごい」と思える「先生」に出会うこともないでしょう。

(以上,つづく)

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2013年05月27日 (月) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの18回目。

これまで,「この人の仕事はすばらしい,その仕事のすべてを知りたい」と思えるような著者・アーティストなどをみつけて追いかけよう,と述べてきました。

誰かのすばらしい仕事への感動が,広い世界・深い世界への出発点となります。その「誰か」を「先生」とここでは呼んでいます。 

今回は,「先生とはどういう人か」について。これまでとはちがった側面からの話です。


あなたをほめてくれる人が,
あなたの「先生」とはかぎらない。


「どんな先生を選んだらいいか」ということは,一概には言えません。

私にも自分の「先生」だと思っている人がいるわけですが,その人があなたにとってよい先生かどうかはわかりません。あなた自身で,あなたが感動してついていきたくなる先生をさがしてください。

でも,先生選びについて,「こういう人は気をつけて」というアドバイスならできます。

まず,「私についてきなさい」という人には気をつけましょう。にせものの可能性があります。拒んでも人が集まってくるくらいが本物です。あるいは,本物は自分の仕事に必死で,弟子など集めるヒマがないのです。

もちろん,権威ある大学教授が「自分の研究室にいらっしゃい」と言ってくれるような場合は別です。でも,そういう声がかかる秀才は例外です。ふつうの若い人は,誰にも声をかけてもらえません。私も,そうでした。

「にせもの」があなたをひきよせる手段として,そういうあなたのさびしさを突いてくることがあります。「にせもの」があなたをほめるのです。「君は才能があるね。みどころがある」と言うのです。

ほめるだけだったら,その人はあなたを勇気づけてくれたありがたい人です。素直に感激して励みにしましょう。そういうときに感激できる,というのは大事なことです。

しかし,「にせもの」の場合,ほめ言葉であなたをとり込もうとするのです。

「感動」が出発になる,と私は言いました。でもその感動というのは,「先生のすばらしい仕事」への感動です。これと,「自分をほめてもらった感激」とを混同してはいけません。

そのうち「にせもの」は,高い「お布施」を取ったり,「出家」をせまったりするようになるでしょう。それが「にせもの」ということです。

先生に値する人は,あなたに学校や会社を「やめろ」とは言いません。たとえば科学者をめざしている人が,大学をやめてどうやって研究を続けるのでしょう。

先生に値する人ならば,他人の生活や人生を左右してしまうことの重さを,十分にわかっているはずです。

(以上,つづく)

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テーマ:思うこと
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年05月25日 (土) | Edit |
ふたりのイームズ
 
この前の日曜日,「渋谷アップリンク」というミニシアターで,『ふたりのイームズ 建築家チャールズと画家レイ』(監督:ジェイソン・コーン,ビル・ジャージー,2011年)という映画を,カミさんと観てきました。

チャールズ&レイ・イームズ(イームズ夫妻)は,20世紀のアメリカを代表するデザイナーで,映像作家でもあります。彼らについてのドキュメンタリー映画です。関係者へのインタビュー,資料映像,そしてイームズ自身の映像作品などで構成されています。イームズのことは,このブログでも何度かとりあげています。

関連記事 イームズの仕事  イームズ伝1  イームズ伝2

この映画は,おそらく「イームズの仕事の幅広い領域を,かなり包括的に紹介した最初の映画」です。

彼らの仕事で最も有名な,イスのデザインや建築だけでなく,生涯で百数十本製作した映像作品や,科学や歴史にかんする展示の製作といった,日本ではあまり知られていない仕事についても,きちんと取りあげています。たくさんの素材を,うまくまとめています。
 
だからこの映画は,「イームズ入門」の,ひとつの定番となるでしょう。イームズファンとしては,こういう映画ができてよかった,と思います。

でも,これだけの映画をつくれる,イームズをわかっている監督なら,もっともっと「入門」に徹してほしかった。チャールズとレイの人間的な部分や,夫婦としての関係や,チャールズに「愛人」がいたなんて話はカットして,「イームズは何をした人か」ということを,もっと紹介して欲しかった。

たとえば,映画のなかで,ある関係者が「チャールズは,たんなるモノのデザインを超えて,概念を表現した」といっていました。たしかにそうだと思います。

では,その「概念」ってどんなものだったのか? そもそもデザインで「概念」を表現するって,どういうこと? こういうことは,彼のつくった映像や展示にもあてはまります。

イームズは,何を考え,何をつくったのか。もしも,このあたりのことに,さらに踏み込めたら,さらによかったのですが……

それは「ないものねだり」でしょうか? 「概念」なんて,映画じゃムリ?

でも,イームズの映画は,それをやっていました。たとえば,イームズ映画の代表作「パワーズ・オブ・テン」は,「宇宙における,極大から極小までのイメージ,その階層性」といった大きな概念を,8分あまりで表現したものです。

今度は,「イームズの仕事」という大きな世界や概念を,さらに伝える映画ができたらいいと思います。つまり,「イームズの映画みたいに,イームズのことを伝える」映画。

たしかにむずかしそうです。やっぱり「ないものねだり」かもしれません。

(以上)
 
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2013年05月25日 (土) | Edit |
マスコミの仕事は,「人びとが社会についてより賢明に判断するために,情報や考え方を知らせる」ということでしょう。じっさい,マスコミはその役割をそれなりに果たしていると思います。

でもたまに「そのときどきの出来事に反応して,気分を煽るだけ」になってしまうこともあります。

「株式相場」とか「景気」にかんしては,とくにその面がつよいです。

たとえば,株価が低迷しているとき,マスコミはほとんど株のことを話題にしません。読者(視聴者)も見向きもしません。でも,株価が上がってくると,あちこちで特集が組まれます。読者も関心を持ってくれます。「今,株を買ったらいいですよ」という「イケイケ」のメッセージを,人びとはそこから受け取ります。
 
でも,「株価の安定性」という面からみると,相場が低迷しているときこそ,株を話題にして,相場に勢いがあるときには,もっと冷静な態度をとるほうがいいはずです。

「安定性」「安定的な変化」というのは,社会にとって重要です。「急激」な変化は,しばしば問題や副作用をひきおこします。

ところで,テレビの科学番組でみたのですが,ある種の向精神薬と,ある種の違法薬物は,「脳に作用して,効いているときの状態」が似ているのだそうです(分析の画像でみると,たしかに似ている)。

では何がちがうのか。「効く」速度がちがうのです。違法薬物は,急激に効いて,急激に消えていく。正しい薬は,もっとゆっくりと作用する。

物価だって,1~2年で2倍に上がったら,大問題になりますが,20年で2倍なら,むしろ「健全」といわれます。

マスコミはときどき,「急激な変化」に加担することがあります。たとえば「不安が不安を呼ぶ」ときの,「社会の気分の増幅装置」になってしまう。ほんとうは「安定化」に貢献しないといけない場面でも,そうなってしまう。

でも,最新のニュースを報道する以上,そうなりがちなのは,しかたがないともいえます。

たとえば,それまで何か月も上昇一本やりだった株式相場が,ある日急落した。その事実を1面で大きく報道することじたいが,「気分の増幅」につながります。どんなに淡々とした表現であっても,「不安」は伝わります。

だから,そこから先がマスコミ人の腕のみせどころなのでしょう。ことがらの背景にあるいろんな側面を,コンパクトにうまく伝えられるかどうか。むずかしいことだとは思いますが,それができたらみごとに「役割」を果たしたといえます。
 
***

きのう,駅のスタンドでいくつかの新聞(朝刊)を買って,読みくらべてみました。株価の急落をどう報じているか。こういうときは,「読みくらべる」いい機会だと思ったのです(ヒマ人ですね)。

23日の株式市場のことは,どの大新聞も1面トップでした。見出しを並べてみましょう。

【日本経済新聞】 過熱警戒で売り増幅 株急落,1143円安 一時的調整の声
【読売新聞】 株急落1143円安 史上11番目の下げ幅 金利上昇の悪影響懸念
【産経新聞】 東証急落1143円安 NY株乱高下 世界市場混乱 期待先行に水差す
【朝日新聞】 東証暴落1143円安 13年ぶりの下げ幅 円・金利も乱高下 アベノミクス危うさ露呈


読売と産経は,淡々とした,客観的「事実」中心の表現。そのぶん,記事を読むと,ややぼんやりした感じがします。

これに対し,あるメッセージを打ち出している新聞もあります。日経は「これは一時的な調整だ,景気失速ではない(はずだ)」。朝日は「ほら,アベノミクスはやっぱり危ない」。

日経は,「株式市場が盛り上がってほしい」というスタンスが明確な新聞です。そういう読者層の新聞なのです。だから「イケイケ」な気分を増幅するところがあります(ところで,株価に影響しない出来事には,日経は冷淡です。株価急落と同じ日の「80歳三浦さんエベレスト登頂」のニュースは,他紙では1面でしたが,日経では社会面の扱いなのです)。

朝日は,「株式市場」というのが,キライなのでしょう。そういえば,今回の株価の急落を「暴落」と表現したのは,このなかでは朝日だけです。

記事全体をだいたい読んだのですが,今回については,朝日新聞は,事件に反応して「不安」「不信」を煽ることをしている,と感じました。そのように「〈警鐘をならすこと〉こそがマスコミの仕事だ」と思っている人が,紙面をつくっていると。それが見出しにあらわれているわけです。
 
いつも朝日がそうだということではないでしょう。別の場面では別のマスコミが,同じような「増幅」をしていることもあるはずです。気をつけたいものです。

(以上)
  
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2013年05月24日 (金) | Edit |
昨日の株価の急落(日経平均株価が1143円下げた)をみていると,つくづく「金融経済と実体経済のテンポのズレ」ということを感じます。

実体経済は,企業業績や個人消費など,よくなる動きがみえていて,それは一応続いている。

株価などの金融経済は,実体経済よりもせっかちに先に行こうとしてしまう。実体経済と金融経済のあいだには,どうしてもズレやギャップが生じてしまう。

そのなかで「市場」の参加者の心理を揺さぶるような何かが起きると,それにたいする反応がわっと起きてしまう(今回のその「何か」は,新聞によれば,「中国景気への懸念」などでした)。

こういう動きをみて,「やっぱり,金融とか株とか好景気とかいうのは,いかがわしい」ということがあちこちでいわれるのかもしれません。

でも,感情や気分で「いかがわしい」とばかりいわないで,経済にたいするもっと明確なイメージにもとづいてものごとをみる人が増えてほしいと思います。

たとえば,金融経済について,それが「短期志向」でせっかちになるのは,「社会のお金の流れを活発にする」という金融本来の役割からして,当然といえば当然です。 

関連記事:金融のいかがわしさの根底にある短期志向

実体経済だと,たとえば新しい設備投資が実行されて成果を上げるまで,年単位の時間を要することもあります。これは金融で求められるテンポとはちがいます。「市場」参加者は,もっと早く成果を出したいのです。

そういう「金融」と「実体」のテンポのズレのようなものを,基本イメージとして持っているだけでも,経済の見方はちがってくるように思います。

たとえば,「実体」が徐々によくなっていても,「金融」が先に行きすぎると,「調整」がおきることもある。今回についてもそんな見方が(ひとつの仮説的イメージとして)うかんでくるはずです。

そういう見方ができないと,今回のようなことは,ただ「わけのわからない不安なできごと」として映ってしまいます。

もし「わけのわからない不安」が広がってしまうと,とにかく「急いで株を売らなきゃ」とか「やっぱり財布のヒモを締めないと」といった動きになっていく……

でもほんとうは,世の中で「株価が少し下がったから,ここでちょっと買っておこう」なんていう人が増えたほうが,株価も安定してくるわけです。

そういう「ちょっと冷静な人」が世の中で分厚くいる経済は,安定性が高いです。「金融」と「実体」のギャップからくるあつれきを,いろいろ緩和してくれる動きが生じるから。

私自身も含め,経済についての教育・啓蒙がもっと必要だと思います。

(以上)
 
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2013年05月23日 (木) | Edit |
私のナリワイは,若者の就職相談に乗るキャリア・カウンラーの仕事です。今回は,就活の話をします。このブログの読者に就活生はまずいないと思いますが,大人にも読んでいただけると,参考になる点があると思います。
 
***

5月は,それまでがんばってきた就活生が,ヘコたれてくる季節です。大手人気企業が続々と内(々)定を出したりしています。

そのなかで決まらなかった人は,多かれ少なかれ落ち込みます。「もう就活やめたい」という人も出てきます。

でも,これまで志望していた会社に入れなかったことを,あまり深刻に考えないでほしいです。

深刻になるのは,「最初に入った会社で,人生が決まってしまう」と思っているところがあるから。でも,じっさいはそんなことはありません。

なぜなら,今の社会では「仕事人生の中長期の展開が,ほとんど読めない」からです。

「この会社に入れば,10年後はこのポストでこんな仕事で,つぎはこうなって…」などというビジョンを描くのは,ひじょうに困難です。どんな有名企業に入っても,それは変わりません。

その会社が数年以上先にどうなっているか,そこで自分がどういう立場にあるかは,ほんとうにわからないのです。これは,今の親世代が若者だった時代(1970~80年代)とは,大きくちがいます。

だから,だいじなのは「明るい未来を約束してくれる会社」に入れるかどうかではないはずです。

未来に向けての地図が描けないなら,「地図なしでも,どうにか自分で方向をみつけて歩いていける力」を身につけることです。自分なりのコンパスを頼りに進むのです。

これは,おおげさに考える必要はありません。「その業界や職種の人間として,そこそこの仕事ができる」といったレベルで,まずはいいと思います。

若者が就職して,3~4年も働けば,そんな「それなり」になる基礎が身につきます。「世の中を渡っていくための基礎」です。それは,たいていの会社で身につけることができるのです。

真剣にアタマや体を使いながら働くほど,高いレベルでその「基礎」をモノにできるでしょう。そうなれば,自分なりの努力や戦略で,仕事人生をきりひらくこともできます。
 
だから,だいじなのは,まずは本格的に働くことです。つまり,就職すること。

*** 

じゃあ,どうすればいいのか。これからも「受ける会社をさがして,受けつづける」ことだと思います。

受ける会社がみつからない? そんなことはないはずです。その年の「就職戦線」というのは,5月くらいで終わるものではありません。そんな早い時期に終わってしまうのは,大手企業の一部だけです。つまり,とくに有名で人気のある企業だけ。そのほかの企業の採用活動は,ほぼ「これから」です。

中小企業を含めた就職戦線は,1年を通して続きます。新しい求人が,これからつぎつぎと出てきます。

しかし,そういうことを知らない人も多いです。テレビなどで「就活」というと,有名企業のことばかり取りあげるせいかもしれません。

具体的にはまず,つぎのようなチャネルをあたってみましょう。

・「リクナビ」のような就活サイト。これをもう一度掘りおこす。
・大学のキャリアセンターに届いている求人。
・ハローワークの新卒求人。これは「大卒等就職情報WEB提供サービス」というサイトでみることができます。ここは,中小企業の求人が中心です。

「いや,さがしていても,みつからないんです」という人がいます。

でも,たいていの場合「よく知らない会社」をスルーしてしまっています。「知らない会社」もめんどうがらずに,ちゃんとみてください。きっと発見があります。会社の規模や知名度や,業種や職種などについて,今までよりも条件を少し広げて,さがしてみてください。

(以上) 
 
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テーマ:思うこと
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年05月21日 (火) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの17回目。前回(5月20日)の記事もあわせてお読みいただければ,幸いです。

これまで,「この人の仕事はすばらしい,その仕事のすべてを知りたい」と思えるような著者・アーティストなどをみつけて追いかけよう,と述べてきました。そういう「著者」などのことを,「先生」とここでは呼んでいます。

そして,「先生の本は全部読む」という気持ちで徹底的に追いかけることで,知識のネットワークを広げよう,とも述べました。


まず,「芋ヅル式読書」を心がけよう。

「先生の本をベースに知識のネットワークを広げていく」というのは,理想的なかたちです。でも,まだ「先生」といえるほどの対象がみつからない人でも,これから紹介する方法は,有効な読書法として使えます。

「いい本だな」と思ったら,同じ著者の別の著作を読む。参考文献などの関連図書を読む。ある本を出発点として,「芋ヅル式」に本を読んでいくのです。

その第一歩は,「読んで少しでもいいと思った本は,著者の名前を憶えておく」ということです。

「そんなことあたり前じゃないか」と思うかもしれません。しかし初心者は,まずそれができていないことが多いのです。

「この前面白い本を読んだ」と言うので,誰の書いた何という本かを聞くと,タイトルはどうにか思い出せても,著者名は駄目なのです。「なんとかいう評論家だったんだけど……」とあやふやになってしまいます。

本で一番大切なのは,タイトルではなく,誰が書いたかです。

たとえば子どものころ,マンガを読み始めたばかりの時期には,「ドラえもん」のような個別の作品を面白いと思うだけです。

でも少し成長すると,「藤子不二雄」という作家を意識するようになります。「藤子不二雄という人の書いたマンガなら,ハズレが少ない」といったことに気がつくようになるのです。誰もがそうなるわけではありません。そこに気がつく子と,そうでない子に分かれていく。気がついた子の中から,熱心なマンガ読者が育っていきます。

著者名を憶えていないと,本屋さんにその人の著作が並んでいても気がつかないので,芋ヅル式読書ができません。「誰が書いたか」ということに注意を払わない読書では,世界が広がっていきません。まずは,そこに注意を払うことから始めましょう。

(以上,つづく)

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テーマ:思うこと
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年05月20日 (月) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの16回目。今回は,かなりハードルの高そうなことを述べています。でも,「こういう世界・やり方もあるんだな」と気楽に受けとめていただければ,と思います。そして,「部分的にでも共感するところがあれば,ちょっと取り入れてみては?」ということです。

「この著者・アーティストはいい,信頼できる」と思える人をみつけて,意識して追いかけていこう。すると,あなたの世界は大きく広がるはずです。

 
「先生」の本は,全部読む。

「この人の仕事はすばらしい,その仕事に深く触れたい・学びたい」と思える人に出会ったら,それがあなたの「先生」だと,これまで述べてきました。そして,「先生」とは,あなたのアタマや感性のありかたをデザインするお手本だ,とも述べました。

「先生」と決めた人の著作は,全部読みましょう。主要な著作だけではなく,「全部」です。

「全部読め」と言われて「そんなこと無理」と思うようだったら,あなたはその先生の仕事に,たいして感動してはいないのです。 全部を読みたくなってしまう人こそが,あなたの本当の先生です。

先生と出会ったころは,うれしいものです。先生の著作を一冊読むたびに,自分の世界がひらけていく,自分の頭がよくなっていく気がします。わくわくした気持ちになります。出会ったころの勢いで,先生の著作をどんどん読んでいきましょう。

先生の全集や著作集が出ていたら,まず買いましょう。本屋さんで先生の本が並んでいるのをみかけたら,片端から買いましょう。店頭にないものは,注文します。注文しても手に入らないものは,図書館でさがします。そのうち古書店でみかけたら,買いましょう。

つぎに,雑誌や学会誌の論文などをさがします。先生の書いた文章には,全集や単行本におさまっていないものもあります。これはおもに図書館でさがします。

さらに,先生や関係者が私的なサークルを主催している場合,たいていはその機関誌などサークル内限定の出版物があります。これは,書店や図書館にはありません。サークルの会員になるか,その会合に出かけて行くなどして,手に入れます。

創造的な仕事をしている先生には,そういう私的な研究会の場を持つ人が少なくありません。限定された仲間うちだけで,研究成果の発表や意見交換を行いながら,研究を練り上げていくのです。「サークル限定」の出版物を読むことは,先生の仕事のプロセスがわかり,大変勉強になります。

先生の本を全部読むことによって,その先生の仕事を知る以上のことが身につきます。本の買い方・さがし方から,研究サークルへの参加や運営の仕方など,あなたが自分の知的世界を築くのに必要なノウハウの基礎が身につくのです。

文字どおり全部読むのは,やはり大変かもしれません。でもとにかく,先生の仕事はよく知られた主要著作だけではない,ということです。先生の仕事のいろいろな面に目を向けることが,大切なのです。



「先生」の本をベースにして,
知識のネットワークを広げていこう。


「特定の先生の本ばかり読んでいたら,視野が狭くなってしまうんじゃないか」なんて心配する必要はありません。先生の本はまず全部読みます。そしてまた読み返す。それと平行して「先生の本に出てくる本」を読みましょう。

まず,先生が「自分の先生」だという人の主要著作。これが第一優先です。つぎに,「すぐれた本」「とくに参考になった本」として推薦している本。ここまでは,ぜひ読むようにしましょう。

以下については,関心が持てそうなものを選んで読みます。

・資料や情報源として先生が使った本。いわゆる「参考文献」
・先生の弟子,あるいは先生に強く影響を受けた人の本
・先生が批判的に取りあげている本
・先生をほめている人の本,批判している人の本
・先生の専門分野についての,定評ある教科書・基本書

以上のような本を読んでいくと,結果的に相当いろんな本を読んでいくことになります。「先生」を核に,自分なりの知識のネットワークができていきます。もしそうならないようなら,あなたが怠けているか,先生選びをまちがえているか,どちらかです。

私も,最初からこういうことを意識していたわけではありません。むしろ,「先生以外のいろんな系統の本も読まなくては」と思っていたのです。しかし,読もうとするとどうもむずかしかったり,読みにくかったりする。それで結局,先生関係の本ばかりになってしまいました。

でもそうやって先生の本や関連図書を読んでいるうち,結構いろんな本を読んでいることに気がつきました。

「幅広い視野を持とう」として思想全集を片端から読んでいくようなやり方は,非効率です。身につかないし,そういう無理な読書は続かないでしょう。

(以上,つづく)

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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年05月18日 (土) | Edit |
アベノミクスの政策の目玉である「金融緩和」は,「マネタリズム」という経済学上の考え方を理論的なバックボーンにしています。 * 関連記事:5月11日「景気浮揚・何が効いている?」

それは,ざっくりいうと,こういうこと。

アベノミクスにおける「金融緩和」とは,社会に出回るマネーの量を増やすこと。これを強力に推し進めることで,「将来はインフレになる」という,人びとの予想に働きかける。すると,「今のうちに投資をしよう,買い物をしよう」と人びとが動きだして,経済が活性化するはずだ。

この「マネタリズム」の古典的なかたちが,「貨幣数量説」というものです。1700年代の哲学者ヒュームあたりからはじまって,その後も多くの経済学者に影響をあたえました。

貨幣数量説とは,「物価水準は,最終的には経済全体に流通するお金の量に比例する」というものです。お金の量が増えると,それだけ物価全般が上がっていくというのです。「お金の量」以外の条件が変わらないなら,ということですが。

この理屈は,常識的な,たしかなことのように思えます。

だから,マネタリズムの立場では「金融緩和を強く推し進めると,多くの人が貨幣数量説の原理に沿った発想で,インフレになると予想する」というのです。

こんなふうに説明する人もいます。「インフレとは,お金の価値が下がることだ。供給が増えればそのものの価値は下がるのだから,お金が増えれば,お金の価値も下がる。」

***

私は,このような考えを,疑わしいと思っています。でも,その意味するところは,一応はわかるつもりです。

貨幣数量説の説明は,こんなふうな「たとえ」でイメージできると考えます。「体育館と空気の流れのたとえ」とでもいいましょうか。

窓のない,体育館のようなガランとした建物がある。建物には,換気口があり,そこからポンプで大量の空気を送り込む。すると,どうなるか。建物内部の空気圧が上がるでしょう。
 
そして,貨幣数量説の考え方も,これと同じくらいあたりまえだというわけです。

「社会のお金の量が増えれば,物価全般が上がる」というのは,「閉じた空間に大量の空気を送りこめば,空気圧が上がる」というのと同じようなことだ,と。

貨幣数量説は,自明で確実な考えなのだ。だったら,これを経済の問題を考える基礎に据えよう。

そんなふうにかなりの経済学者が考えました。

もちろん,今述べたような「貨幣数量説」の説明が,きわめて単純化されたものであることは,その説を主張する人たちもよくわかっています。

でも,「単純化されていても,おおまかには正しい」というわけです。そんな「ざっくりした説明」を,学問の用語で「第0近似」などといいます。ある有名なマネタリストは,「マネーの量に物価が比例するというのは,第0近似としては正しい」と発言しています。

でも,ほんとうに「第0近似として正しい」のか? そこが私は気になります。
 
単純化,抽象化がいけないのではありません。

それは,ものを考えるうえで大事なことです。やたらと細かいことまで考えにいれていたら,ごちゃごちゃしてわけがわからなくなるものです。

科学の進歩にとっても,単純化・抽象化は重要でした。

たとえば,ガリレオの「落下運動の法則」は,「真空中」での物体の運動を論じたものです。空気抵抗のような複雑な要素は「捨象」する(ないものとして扱う)ことで,議論を単純化しています。

それによって,ものごとの法則性が明確に浮かび上がったのです。これは,彼以前に物体の運動を研究した学者にはない発想でした。

でも,ものごとのありかたに即さない,ゆがんだ「抽象」「捨象」をしてはダメです。

太平洋戦争のときの日本陸軍が行った,作戦のシュミレーションなどは,それでした。

あるとき,「この場所に,これだけの兵力を投入したとして…」といった検討をしていました。すると,「その兵力にたいする食糧補給はどうするのか?」という問いかけに「それは,補給できると仮定して…」と答えた参謀がいたそうです。「兵士がものを食べること」は捨象する,というのです。

それは,あまりにも現実に反していて,「第0近似」とはいえません。そんな「捨象」にもとづいて作戦を考えたら,戦争には勝てません。

しかし,補給の問題を軽視していた当時の日本軍にとって,そういう「ゆがんだ捨象」は,よくあることでした。

この手のことを,「貨幣数量説」は行っているのではないか。

貨幣数量説では,「経済という体育館に,マネーという空気を送り込めば,物価という空気圧が上がる」と説明しているように,私は思います。

でも,現実の経済は,がらんとした体育館とは異質なものではないか。

つまり,いくつもの大小の部屋に仕切られている・分かれている。国の経済の基本構造とは,そういうものではないのか。
 
たとえば,空気が送り込まれる換気口の周辺が,壁で囲われた部屋になっていたら? その「換気口を囲む部屋」には,排気ダクトがあって,そのダクトが特定の小部屋や,建物の外につながっていたとしたら?

そういう構造だと,建物の多くの範囲で,空気圧の上昇はないでしょう。空気が流れていかないからです。

そして,そのような「換気口を囲む部屋」は,経済の世界に実在しています。それは「金融機関」というものです。

金融緩和(マネーの増加)は,具体的には,日銀(中央銀行)が,銀行などの金融機関が保有する国債を買い取るなどして,行われます。国債が買い取られた分,金融機関の手持ちのお金は増えるのです。「お金の流れ」としては,そこまでは確実です。

でもそこから先,金融機関が手にしたお金が,「実体経済」に流れていくかどうかについては,確実ではありません。いろんな「壁」があります。

「実体経済」とは,消費者がモノを買ったり,企業が設備投資をしたりする,現実のモノやサービスの動きです。それは,「金融機関」という「換気口に直結する部屋」の向こうに広がる別の大きな部屋,といっていいでしょう。

そして,この10年ほどの日本経済は,一定の金融緩和を行っても,お金が「実体経済」に思うように流れていきませんでした。

たとえば,銀行で手持ちの資金が増えても,企業への融資は活発にはなりませんでした。「貸してもいい企業がみあたらない」というのです。

では銀行はお金をどうしたのか? 一般企業への融資以外に,お金を回しました。たとえばアメリカ国債などの証券を買ったりしました。あるいは,証券や商品(資源)の取引市場で投資をする人たちに,融資したりしました。そこには海外の投資家も多く含まれます。

このようなお金の動きを,「建物内の空気の流れ」でたとえると,換気口から送りこまれた空気が,「実体経済」の部屋に流れこまず,別のところ(「市場」などへ)へ流れていったということです。
 
「換気口と直結する部屋(金融機関)」の周辺には,「市場」という部屋があって,そこには空気が流れるようになっている――そんなイメージです。

そして,金融緩和(マネーを増やす)が,実体経済に影響をあたえるのは,「市場」などの金融のお金の流れを通してなのです。その経路については,今回は立ち入りませんが,とにかく「物価上昇」とか「インフレ期待」といったこととはちがうのではないか。貨幣数量説の説明とはちがうのでは,ということです。

***

「社会のお金の流れ」を「建物内の空気の流れ」に例えることは,私は気にいっています。

そう考えることで,貨幣数量説が見落としているものが,みえてくるからです。

「お金が増えれば,増えたものの価値は下がるから,お金の価値の下落=インフレになる」などという説明は,いかにも抽象的です。

そこには,プロセスとか時間的経過ということがありません。「どういうことがおこって,マネーの増加がインフレにつながるのか」の説明がないのです。

このことは貨幣数量説に否定的な経済学者・吉川洋さんが著書『デフレーション』(日本経済新聞出版社)のなかで指摘しています。吉川さんの本については,いずれ紹介します。

そこで,「時間軸やプロセスのある,貨幣数量説の考え方」の「たとえ」として,「がらんどうの体育館モデル」を考えてみました。貨幣数量説のロジックを,無理やりですが,明確なプロセスのある現象で表現しようとしました。

それが,「がらんどうの体育館に空気を送り込んだら気圧が上がる」という想定です。
 
でも,現実の経済は,「がらんどうの体育館」とは基本的にちがうのではないでしょうか。

空気が均質的に流れるのを妨げる構造になっている。さまざまな仕切りや空気を誘導する設備が,そこにはある。(そして,仕切られた部屋ごとに,異なるルールがある。たとえば,金融の「市場」関係者と,実体経済に生きる消費者や企業家では,発想や行動が大きくちがう)

そういうことを「捨象」してしまってはいけないのではないか。それでは,現実を「整理」するのではなく,現実から「乖離」するだけではないか。

「体育館」や「空気の流れ」のような,実体のはっきりしたものになぞらえて考えると,それがみえてくると思います。
                    
***

マネタリズムとか貨幣数量説について考えるというのは,たんに「経済ニュース」について知る,ということではありません。「社会科学の発想とはなにか」について考える,よい材料だとも思っています。
  
(以上) 
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2013年05月18日 (土) | Edit |
今日ではなく明日ですが,5月19日はベトナム建国の指導者ホー・チ・ミンの誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。未発表の新作です。

ホー・チ・ミン

アメリカに勝利した男

 1954年,フランスの植民地だったベトナムが,対仏戦争に勝って独立しました。ただし,北部のみの独立です。その指導者ホー・チ・ミン(1890~1969)は,南部も含めた祖国統一のため,戦いを続けます。
 しかし,彼の政権は社会主義をかかげていたので,アメリカが介入してきました。ベトナム戦争(1965~75)のはじまりです。
 やがて戦争は泥沼化。米軍の爆撃で国土が破壊され,おおぜいが亡くなりました。
 それでも,ホーの戦う意志はゆらぎません。ゲリラ戦法で徹底抗戦しました。戦争中にホーは病死しますが,後継者が戦いを続けます。
 そして,開戦から10年目,ついにアメリカは撤退したのでした。
 20世紀の世界で,アメリカと大きな戦争をして勝ったのは,ホー・チ・ミンたちだけです。ホーという指導者がいなければ,ベトナムはもっと早くアメリカに屈したでしょう。
 そのかわり,何百万人もの命が失われることもなかったはずです。彼は,ベトナム人の誇りを守りました。しかし,「偉大な指導者が多くの犠牲を生む」という面もあるのです。

参考:フェン著・陸井三郎訳『ホー・チ・ミン伝(上・下)』(岩波新書,1974)『TIMEが選ぶ20世紀の100人(上)』(アルク,1999)

【ホー・チ・ミン】
ベトナム独立・統一の指導者。青年時代から独立運動を組織。1945年,武装蜂起に成功してベトナム民主共和国を宣言,初代元首に(任1945~69)。その後の対仏独立戦争(インドシナ戦争,1945~54),ベトナム戦争を指導した。
1890年5月19日生まれ 1969年9月2日没

「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
 その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページにて販売,400円)


***

「四百文字」のなかでは消化しきれないので取りあげませんでしたが,ホー・チ・ミンのこんな言葉があります。1964年,フランスとの戦争のなかでの発言。

「われわれがフランス兵をひとり殺す間に,フランスはベトナム兵を十人殺せる。しかし,たとえそうであっても,フランスは負け,われわれが勝つ」 
(『TIMEが選ぶ20世紀の100人(上)』スタンレー・カーナウによる記事より)

すさまじい意志・気迫です。この意志のまえにフランスは敗れ,アメリカも二の舞となりました。

そして,「その過程でおおぜいが死んでいった」というのは,「四百文字」で書いたとおり。出典のカーナウによる記事では《彼はベトナムの独立にこだわり続けた。まさにこの目的のために,数百万人のベトナム人が戦い,死んでいったのである》とあります。

これまで,勇ましいことをいう「反米」の国家指導者は,くりかえしあらわれました。でも,ホー・チ・ミンのようなほんとうの「筋金入り」は,まずいません。

しかし,「筋金入り」というのは,恐ろしい,とも思います。「敵を1人殺すあいだに,10人殺されようとも,絶対勝つ」などというのですから……

(以上)

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2013年05月16日 (木) | Edit |
5月13日の記事で,「団地リノベ暮らし」の我が家の,最大の設備である「本棚」をご紹介しました。

ウチにある本棚ぜんぶの写真です。(5月13日 団地リノベの本棚  カテゴリー:団地リフォームと住まい

これらの本棚の総延長(棚板の長さの合計)は,おそらく90m前後。

遊びに来た人に,「何冊くらいあるの?」と,たまに聞かれます。

たぶん6000冊前後だと思います。文庫も雑誌もぜんぶ合わせて,そのくらい。

これは,ふつうのサラリーマンであれば,相当多いです。20坪の団地に収まっている本の量としても,かなり多いでしょう。

でも,「読書家」といわれる人たちや,職業的に本と付き合う人(研究者,物書きとか)の尺度では,ささやかな蔵書です。私の知り合いの読書家にも,私よりもずっと多くの本を持っている人が,何人かいます。本棚をみた友人に,「そんなには本を持ってないんだね」といわれたこともあります。

日本でトップクラスの蔵書家は,「数万~10数万冊」の本を,個人で所有しています。たとえば,作家の司馬遼太郎の蔵書は「数万冊」といったところ(ネットで調べると「6万冊」という数字がありました)。私が尊敬する学者の板倉聖宣さん(科学史家,教育学者)も,そのくらいです。

日本でトップレベルの知識人が「数万冊」なんだから,私たちの蔵書がその10分の1くらい,というのは結構な量ではないかとも思います。

***

ところで,3年ほど前の新聞記事(『日本経済新聞』2010年9月25日)の文化欄に,政治学者・丸山眞男(1914~1996)の蔵書のことが出ていました。

丸山は,「戦後日本を代表する政治学者」などといわれます。記事によれば,その《膨大な蔵書が全面公開》された,とのこと。

《丸山の蔵書類を保存する東京女子大学の「丸山眞男文庫」が,7月末,…生々しい書き込みや折り込みを含めた図書5800冊と草稿約300点を公開。これで丸山の蔵書類のほぼすべてが閲覧可能になった。》
 
私は一瞬目を疑いました。ヒトケタちがうんじゃないかと。

「戦後を代表する政治学者」の蔵書が5800冊? オレと変わらないじゃない(^^;) それが「膨大な蔵書」?

でも,なんとなく「そうなんだろうな……」とわかる気もしました。

私は丸山の著作は,ほんの少し読んだことがあるだけですが,それらは「特殊な資料を含む膨大な文献を駆使して書いた」というのとは,ちがいます。ある程度かぎられた文献だけを読み込んで,あとは「問題意識」や「料理の仕方」で勝負する感じです。「論文」といいながらも評論的な文章なのです。

私がそう感じるのは,板倉聖宣さんの仕事のような,まさに「膨大な資料を駆使した」文章に触れてきたせいだと思います。

板倉さんは,たとえば「脚気の研究史」の本(『模倣の時代』上・下,仮説社)を書き上げるのに,リストにまとめると百数十ページにもなるような,大量の参考文献にあたる学者です。

司馬遼太郎だって「司馬がある人物について書きはじめると,関連する本が古書店から消えてしまう」といわるほど,資料を買い集めたのです。丸山は,そういうタイプではないようです。

まあ,丸山眞男がどんな学者だったかということは,ここではこれ以上立ち入りません。

いずれにしても,「戦後の大知識人」の蔵書と「団地の書斎」の蔵書は,質や内容はともかく,同じくらいの冊数ということです。

これを知って,なんだかちょっとうれしくなったのでした(^^;)。だから,どうということでもないんですけどね……

でも,「団地の書斎」だって,それなりにいろいろできそうだ,という感じはしたわけです。

(以上) 
 
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2013年05月15日 (水) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの第15回目。


「すごい」と思う人に会いに行こう。
 
著作などの仕事に触れて,「この人はすごい」と思える人がいたら,ぜひ会いに行きましょう。

講演会とか研究会とか,その人のいる集まりへ出かけて行くことです。いっそ,真剣に手紙を書いて「お会いできないでしょうか」と申し込んでみてもいいです。

会ってくれるでしょうか? 可能性はあると思います。一流の人が,ふつうの人に対し意外にオープンなことも,結構あるのです。

「偉い先生のところなんて,私はとても」と思うかもしれません。大学生のときの私もそうでした。「そういう先生のいる場に,こんな若造が顔を出しても恥をかくだけだ」と思っていました。

でも,初めて私に学問のことを教えてくれた身近な先生が,「若いうちは,度胸さえあればどんなところへも行ける」と言って,ある先生の主催する勉強会に行くことをすすめてくださいました。

それで,友だちと二人で勉強会に出てみました。十数人ほどの集まりで,若いのは私たちだけ。最初は緊張したのですが,参加者の人たちは「若い人が来た」ということで歓迎してくれました。先生も声をかけてくださいました。

多くの研究的・文化的な集まりでは,若い人は歓迎されます。その場でかまってもらえなくても,好意的にみられています。あんまり若い人が来ないからです。関心があっても,「私なんて」と思っている若い人が多いからです。

私もオジさんなのでよくわかるのですが,自分たちの活動に若い人が来ないと,さびしいものです。だから,若者がやって来るとうれしい。知識や才能なんて関係ない。若いだけでいいのです。

若い人は,この特権をフルに活かして,自分の世界を広げていくことです。

「集まり」に参加したときは,くれぐれも自分のことを大きくみせようと,知ったかぶりなどしないことです。自分の関心や感じたことを,素直にまじめに表現する。それが大事です。

すでに若くない人も,そういう気持ちさえあれば大丈夫です。

(以上,つづく)

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2013年05月14日 (火) | Edit |
昨日の「団地の本棚」の続きです。(カテゴリー:団地リフォームと住まい

古い団地をリノーベーションして住んでいる我が家は,「本棚」が重要な位置を占めています。その本棚のぜんぶを(そして本棚だけを)撮影して,前回のブログに載せました。

これらは,すべてDIYとオーダーメイドです。既製品はありません。

前回の記事の写真のうち,1.(リビングの壁際)と4.5.(書斎の壁際)の棚は,今のウチに越してくる前から使っていました。数年前に他界した父と私のDIYによるもの。

あとの本棚はすべて,ウチの団地をリノベーションしたときに,つくってもらいました。リノベの設計・施工監理をお願いした建築家の寺林省二さんによるもの。寺林さんは,ウチにあるのと同様の本棚を,ほかでもつくられています。

「父と私のDIY」といいましたが,じつは父は建築士でした。その父が設計して,知り合いの工場に材料をカットしてもらい,製作したのです。パーツの板の数は100を超えます。それをホームセンターで買ったニスで塗装し,日曜大工で組み立てました。週末をまるまる4~5回は費やしたでしょうか。今から十数年前のこと。「DIY」といっても,「プロのDIY」といえるでしょう。

要するにウチの本棚は,2人の建築のプロ(寺林さんと父)によるものなのです。ぜいたくな話です。たしかに私は,本棚には恵まれてきました。

「本棚をつくってくれる人に恵まれ,その人にすがって生きてきた」といってもいいでしょう。

これは,「限られたスペースに対し多めの本を抱えて生きる人」にとって,たいへん重要なことです。そういう人はたいてい,「本をどうすれば,気持ちよく収めることができるだろう」と悩んでいるでしょう。

それを解決する極意は,

「既製品でなく,オーダーメイドの本棚を使う」

ということです。

そしてそれは,「いい本棚をつくってくれる人をみつけて,すがりつく」ということなのです。
                        
***

では,「いい本棚」とは,どういうものか。

ポイントは,その寸法です。寺林さんにいわれて気が付いたのですが,「父の本棚」と「テラバヤシ式本棚」は,基本的な寸法がほぼ同じです。

つまり,「1連」(本棚のタテの板と,となりのタテの板まで)の幅が約60センチ(600ミリ)。本棚の奥行は20~25センチ(200~250ミリ)。板の厚さは16~18ミリ。

寺林さんも父も,このくらいが「見た目のバランスや,使い勝手や,製作コストなどの面で最も良い」といいます。

たとえば,板の厚さがもっと厚いと,スマートさに欠けます。もっと薄くすると,強度不足になります。本の重さで棚板がたわんでしまうのです。

また,「1連」の幅が60センチを超えた場合,板の厚さが16ミリ程度だと,やはり本の重さでたわんでしまう。本も取り出しにくくなります(使ってみるとわかります)。

幅を60センチより小さくした場合,機能的には悪くないですが,本棚全体のタテの板が多くなり,そのぶん材料費や製作の手間がかかります(私の感覚では,細かく仕切られすぎていて,見た目的にも好きではありません)。

それから,奥行き。市販の本棚は奥行30センチか,それ以上が多いです。安定性を気にしてのことでしょう。これだと,奥行きのムダな「余り」が出てしまい,やはりスマートではありません。しかし,奥行20センチ前後だと,スペースの余りが少なく,ほとんどの本(文庫や新書除く)がきれいに収まります。

以上については,寺林さんも父も,ほぼ同じことをいっていました。ふたりは(ちらっと会ったことはありますが),きちんと話をしたことはありません。

つまり,2人の専門家は,本棚の寸法にかんし,それぞれ別個に同じ「解」に達したのです。

幅600ミリ 奥行200ミリ 板の厚さ16ミリ

この数字は,「本棚の寸法」の(ひとつの)「解」というわけです。これに近い寸法・設計方針ならば,きっといい本棚ができるでしょう。

材料はベニヤ板のような,安価なものでいいのです。というか,安価でないと,たくさんのユニットをつくれません。高級な材料でたくさんつくろうとしたら,とんでもなく高価になってしまいます。
 
材料の話は,また今度。

※ところで,このブログで何度か取り上げた,イームズ夫妻についてのドキュメンタリー映画『ふたりのイームズ』が5月11日から日本で公開となりました(渋谷などの東京のかぎられた映画館でのみ,今後ほかの地域でも)。私もチェックしていて,つぎの日曜日あたり,見に行く予定。ウチの家具(机)や建具などを製作された家具工房の真吉さんにも教えていただきました(ありがとうございます)。

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(以上)
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2013年05月13日 (月) | Edit |
1970年代末に建てられた公団の団地を,リノベーションして住んでいます。66㎡で,夫婦2人暮らし。

我が家で,いちばんボリュームのある家具・設備はというと,本棚です。もしもウチに本棚がなかったら,相当「がらん」としているでしょう。

以下,我が家の本棚をぜんぶ撮ってみました。
 
1.リビングの壁際の本棚
本棚1

2.リビングと書斎を仕切る本棚
本棚2

3.リビングと書斎を仕切る本棚(2.の裏側,つまり書斎側)
本棚3

4.書斎の壁際の本棚・その1
本棚4

5.書斎の壁際の本棚・その2
本棚5

6.書斎の北側の壁にある本棚
本棚6

7.リビングと書斎のあいだのニッチな本棚
本棚7

8.玄関の奥の本棚 この本棚だけ本が2列で入っている
本棚8

9.玄関のニッチな本棚(7.の裏側)
本棚9

私は,本棚というものが大好きです。インテリアの写真をみても,ステキな本棚がある部屋には,とくに魅かれます。逆に,本棚のないインテリアは,どこかもの足りません。

これから,「団地リノベーション」のシリーズでは,本棚の話を何回か続けます。

(以上)

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2013年05月12日 (日) | Edit |
今日5月12日は,看護婦ナイチンゲールの誕生日です。そこで彼女の「四百文字の偉人伝」を。

ナイチンゲール

愛だけでは救えない

 クリミア戦争(イギリス・トルコなどとロシアの戦争,1853~1856)で,イギリス軍の野戦病院の看護婦長として活躍したフローレンス・ナイチンゲール(1820~1910 イギリス)。
 彼女が来る前,スクタリ(戦場となったトルコの地名)の野戦病院の管理・運営はガタガタでした。
 このため,病院内では「本来は死なずにすんだはずの患者」が,おおぜい亡くなっていました。彼女は病院の管理体制を立て直して,多くの兵士の命を救ったのでした。
 しかし,もっと大きな仕事は,戦争のあとイギリス本国で取り組んだ,陸軍全体での保健・衛生の改革運動でした。
 改革の基礎データとして,彼女は野戦病院での死亡原因を統計的に分析し,論文を書いています。ナイチンゲールは,そうした統計的研究の先駆者です。
 「管理」とか「統計」とか,ふつうに思う「白衣の天使」のイメージとはちがうと思いませんか?
 「愛だけでは人を救えない」ということを,彼女は知っていたのです。

板倉聖宣,松野修編著『社会の発明発見物語』(仮説社,1998)による。ほかに参考として,長島伸一著『ナイチンゲール』(岩波ジュニア新書,1993),多尾清子著『統計学者としてのナイチンゲール』(医学書院,1991)。

【フローレンス・ナイチンゲール】
専門職としての「看護」の確立者。彼女以前には,看護は一般に専門分野として評価されていなかったが,彼女の実践と,研究・教育の活動がそれを変えた。社会全般の保健・衛生改革にも取り組む。
1820年5月12日生まれ 1910年8月13日没

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「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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2013年05月11日 (土) | Edit |
1か月ほど前(4月14日,日曜日)の日経新聞の1面トップの見出しは,つぎのとおりでした。

景気 動き出す歯車
消費先行,投資カギ


この記事のリード文(要約)は,こう。

景気が浮揚してきた。円安・株高を好感して消費者は財布のヒモを緩め,企業は生産を増やし始めた。金融緩和,財政支出,成長戦略を柱とする安倍晋三政権の経済政策(アベノミクス)で成長力が高まると投資家は期待する。ただ,回復の持続力への懸念で企業は国内で雇用や投資を増やすことにまだ慎重だ。デフレ脱却に向けて超えるべきハードルは幾つもある。

このような状況は,今現在も続いているといえるでしょう。

アベノミクスの政策の柱はつぎの3つです。「三本の矢」などといっています。その目的は,「景気浮揚」にほかなりません。

1.金融緩和。経済の中で動くお金の量を増やす。
2.財政支出。公共事業を増やす。
3.成長戦略。政府が主導する産業・経済の活性化策。中身はまだはっきりしない。

このなかで,「目玉」といえるのは,1.金融緩和です。

「経済の中で動くお金の量を増やす」といっても,ほんとうはもっと説明が必要ですが,今回はいい加減にすませます。これはより具体的にいえば,「日本銀行が,銀行などの金融機関が持つ国債をより多く買い取るなどして,金融機関の手持ちの資金量を増やす」ことをさしています。ここで「お金」というのは,「現金・預金と,それに近い金融資産」のこと。なにかを買うときの支払い手段として,すぐに使える資産のことです。

そして,銀行などで手持ちのお金が増えれば,それがなんらかの形で経済の現場に流れていくだろう,と考えます。それが経済を活性化させるはずだ,と。

じつは,このような「金融緩和」は,これまでにも行われてきました。けれど,それをもっと大々的にやろう,というのがアベノミクスの主張です。そして,そういう考えの人を日銀総裁に据えました。

***

では,経済の中で動くお金の量が増えると,なんで経済が活性化するのか?

これについては,「マネタリズム」という,経済学上の考え方があります。それが,アベノミクスの金融緩和政策の理論的なバックボーンです(私はこれに疑問を持っていますが,とりあえず,この説の立場で説明していきます)。

そのキーワードは,「期待(予想)」です。

経済の中で動くお金の量が増えることで,人びと(消費者・企業)が,「将来は物価が上がるのでは」と期待・予想するはずだ。金融緩和によって,そういう認識を生み出す働きかけを行うのだ。

そんなふうに考えます。ではなぜ,金融緩和が「将来は物価が上がる」という予想を生むのでしょうか?

これは,「貨幣数量説」という考えに基づくものです。貨幣数量説とは,「物価水準は,(究極的には)経済全体で流通する貨幣の量で決まる」という理論です。流通するお金の量が増えれば,それは物価全般の水準を押し上げていく。

たとえば,国全体で100兆円の貨幣が流通していたとして,それが200兆円に増えれば,あらゆるモノの物価は上がるはずだ(どういう速度やプロセスで増やすかによって,どの程度上がるかは変わってくる)。

こういう考えは,いかにも原理的で,たしかな真理のようにも思われます。そして,かなり古くから主張されていました。1700年代の哲学者ヒュームの主張が,その「古典」です。

そして,「世の中全体も,この原理にもとづいて未来を予想するだろう」というのがマネタリズムの前提です。つまり,「世の中で流通する貨幣の量が増えていくので,これから物価は上がるだろう」と,多くの人が予想・期待するはずだと。

すると,どうなるか。「物価が上がる前に,買うべきものは買っておこう」と考え,行動しはじめるだろう。

個人なら,自動車や家などの大きな買い物を今のうちに。企業なら,設備投資を今のうちに。

こういうことが起こりはじめると,経済は動きだす。景気が浮揚してくる。そうなると,さらに人びとは「物価上昇」がおこるという予想を強めるだろう。そして,さらに「今のうちに買っておこう」ということになる……

経済の中のお金の量の増加 ⇒ 人々が物価上昇を予想 ⇒ 買い物・投資を前倒し ⇒ 経済活性化

金融緩和がどう景気浮揚に結びつくか,その「マネタリズム」的説明は,おおざっぱにはこんなところです。

でもこの説明は,私は正直いってよくわかりません。多くの疑問があります(その疑問については今回は立ち入りません)。
 
そういうと,こう思う人もいるかもしれません。
 
「でも,アベノミクスで金融緩和することになって,これからどこまで続くかはともかく,とりあえず景気がよくなってきたんでしょう?だったら,そのマネタリズムとか貨幣数量説とかの考え方が正しかったということなんじゃないの?」

たしかにアベノミクス以降,景気は上向いてきました。そして,それが「金融緩和」と結びついている,少なくとも「政府が金融緩和を強く打ち出した」ことと結びついているのは,私も認めます。

でも,金融緩和の政策が影響をあたえたのは,今のところ,広い範囲の人びとの「物価にたいする予想」ではありません。アベノミクスにいちはやく反応したのは,株式市場や為替市場などで取引をする人たちでした。
 
こういう「市場」に参加する人たちの感覚は,世の中の多数派とはちがいます。ある種の「雰囲気」とか,政権のメッセージなどに,敏感に反応するところがあります。

また,誰かが反応すると,それにすぐに追従したがるということもあります。要するに「ブームに乗りやすい」「付和雷同」なのです。

そういう「市場」参加者の「予想・期待」を動かすことには,アベノミクスはかなり成功したようです。金融緩和は,最近の円安を生みだしました(なぜそうなるのかのしくみについては,今回は省略)。

円安は,日本の株式市場で重要な位置を占める(日本企業の「顔」のような存在),大手輸出企業の業績を好転させました。円安は輸出企業に有利に働きます(このあたりも,今回は説明は省略)。

また一方で,金融緩和は最近の(日本の市場での)株高も生みだしました。そこには,円安によって輸出企業の業績が改善される見通しがでてきたことがあるでしょう。

しかしそれだけではなく,もっと抽象的な「期待」が,株式市場で生まれたということもあるでしょう。最近の日本の株高は,安倍政権の成立前後からはじまっています。

株価の上昇は,「資産効果」ということにつながっていきます。株式などの資産価格の上昇が,消費をうながすのです。

つまり,値上がりした株を売って儲けた人,売ってないけど値上がりで儲けた気分になった人の財布のヒモを緩めます。それが,消費拡大のきっかけになります。最近も,高級ブランド品や億ションなどがよく売れているといいます。

社会の一部であっても,景気よく買い物する人が出てくれば,より広い範囲の人の心理にも影響をあたえます。多くの人たちの財布のヒモも,いくらか緩んできます。居酒屋でちょっと高いメニューの売れ行きがよくなったりするのです。
 
以上のようなことが,今の日本の経済でおこっているようです。

そして,こういう「景気浮揚」は,アベノミクスが頼りにする経済理論(マネタリズム)の説明とちがうのでは,と思うのです。少なくとも,マネタリズムが最も強調しているロジック(人びとの物価に対する「予想」への働きかけ)とはちがうのではないか。

***

「アベノミクスで景気は良くなるか?」ということを,人と話すことがありました。よくある世間話です。

私の今の時点の考えは「その可能性は相当にある。でも,景気が良くなったとしても,アベノミクスが支えにしている経済理論の想定とはだいぶちがったかたちになるのでは?」ということです。

でも,経済政策ってそんなもんじゃないでしょうか。

つまり,経済学というのは,まだまだあやしいのです。自然科学のようなレベルにはいっていません。経済学者のあいだでは,物理学者や化学者の世界のような,共通基盤となる理論や前提が確立していません。

経済政策を決めるうえで導きの糸となる,確実な理論は存在しないのです。それが言い過ぎなら,確かなものはごくわずかだ,ということです。

だから,政府は「景気を良くするために,効きそうなことは,あれこれやってみる」というスタンスでもいいと思います。

アベノミクスは,一応それをやっています。たとえば,「金融緩和」の一方で,「財政支出(公共事業)」もやるというのです。公共事業に力を入れるのは,ケインズ政策的な発想です。つまり,「金融緩和」を重視するマネタリズムの経済学とは異なる学派の発想なのです。

こういう「効きそうなことは,いろいろやる」という政策をみていると,私は昔のある「実験」を思い出します。それは,1700~1800年代の「壊血病」の克服をめぐる研究です(以下,楽知ん研究所の吉村烈さんの科学史研究レポートを参照しました)。

壊血病は,ビタミンCの不足が原因で発生する病気です。身体のあちこちで内出血が起こったり,歯が抜けたりします。重症になると,死んでしまうことも多く,恐れられていました。

壊血病は船乗りに多い病気でした。新鮮な食べ物(とくに野菜・果物類)が不足しがちだからです。でも,今では常識である「ビタミン」などにかんする栄養学説は,当時はまったく成立していませんでした。そして,確かな理論のないまま,さまざまな治療・予防が試みられていました。

では,どんな「試み」がなされていたのでしょうか。たとえば「レモンを与える」「サイダーを与える」「硫酸エレキサーというものを与える」「海水を飲ませる」等々です。

そのなかでも,「レモン」の有効性はかなり確認されていました。でもレモンの何が効くのかについては,説が入り乱れていました。「レモンの酸が効く」という説も有力でしたが,「じゃあ酢はなんで効かない?」といった反論がありました。

「野菜も効くようだが,なぜだ?」といったこともありましたが,見当がつきませんでした。だから「野菜が効く」という説はマイナーでした。今の私たちは,「レモンのビタミンCが効く」ことを知っています。ビタミンCが含まれていれば,レモンにかぎらず,さまざまな食品(とくに野菜・果物)が効果あるわけです。

でも,1900年代になるまでは,科学としての栄養学がないまま,壊血病の克服のために,手さぐりでこのような試みや議論をしていたわけです。

今の経済政策も,この状況と似ています。たしかな理論のないままの暗中模索。

壊血病の研究では,そもそもの話として「レモンが効く」という現象的な事実を,多くの人が認めるようになるのだって,相当な紆余曲折がありました。

今の経済学でも,「金融緩和と景気や物価の関係」といった,「現象」のとらえ方からして,専門家のあいだで対立があります。「レモンが効く」かどうかさえ,はっきりしていない状態ということです。

そのような経済学や経済政策の状況を,私たちは知っておいていいでしょう。
 
でも,だからといって「なにもかもあてにならない」と斜に構えてもいけないと思います。「なんとか経済を良くしよう」という,今行われている社会的な試みを,真剣に見守ったらいいでしょう。

「真剣に」というのは,「いったい,何が効くのか」を知ろうとすることです。まずは「レモンが効いているのでは」というレベルから。さらに,それが「効いていくプロセス」についても,現象や事実を冷静にみていけるといいと思います。

とにかく,事実をみていきましょう。「アベノミクスはとにかくうさん臭くて,イヤだ」といった正義感のメガネや,「マネタリズムのような,権威のある経済学にもとづくから正しい」といった「机の上で考えた理論」のメガネは置いておきましょう。

(以上) 
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2013年05月11日 (土) | Edit |
田舎の駅
実家の最寄駅。誰もいない

ゴールデンウィークの後半は,妻の実家の秋田県へ行ってきました。実家があるのは,「県北」といわれる地域。昨年発行の「秋田県総合観光パンフレット Re:あきた」では,県内を7つのエリアに分けていますが,そのなかの「白神・能代山本エリア」に入ります。

たいていの都道府県がそうですが,秋田も広いです。

たとえば,秋田県というと「きりたんぽ鍋」を思い出す人も多いでしょう。でも,秋田県の多くの地域の人は,きりたんぽ鍋をそれほどは食べません。よく食べるのは,発祥の地である,県北(白神・能代山本エリア)の人です。秋田県出身であっても,県北以外の人だと「これまで何度か食べたくらい」ということが結構多いです。

しかも,県北であっても,最近はあまり食べない人も多い。郷土料理とはそういうものなのでしょう。

でもウチの実家や,我が家はよく食べます。帰省すると,母がたいていつくってくれます。今回もいただいてきました。

きりたんぽ鍋
我が家のきりたんぽ鍋

団地の我が家にも,実家からもらった,きりたんぽをつくるための「杉の棒」があります。「きりたんぽ」は,炊いたご飯をすりつぶして,この棒につけ,火にあぶってつくるのです。

秋田の名産のうち,ほかに私がよくいただくのは,「ハタハタずし(ハタハタという魚を麹や野菜と一緒に発酵させたもの)」「いぶりがっこ」でしょうか。どれも日本酒によく合います。(写真にある,たくあんみたいな漬物が,いぶりがっこ)

***

今年80歳になる父は,今も元気で,私たちが帰省すると車を運転して,県内のなにかしらの「みるべきところ」へ連れていってくれます。

たとえば,下の写真の大潟村も,十数年前,はじめて連れていってもらって知ったのでした。秋田の桜というと「角館(かくのだて)」などがまず有名ですが,この大潟村も新しい「桜の名所」といえます。

大潟村桜並木

ここは,大きな湖(八郎潟)を干拓してつくった,人工的な農村です。そのなかを走る計画道路に沿って,桜の樹と菜の花が植えられています。それが延々と何キロも続く。昔はあまり知られていなかったはずですが,最近は観光客の姿もみられます。
 
秋田の桜のシーズンは,ゴールデンウィークのころです。今回も大潟村に行ってきました。でも,今年は咲き具合がイマイチでした。

***

そして,私のリクエストで,「国際教養大学」というところへも行ってきました。秋田市の郊外にある,2004年創立の新しい公立大学。学生数は800数十人と小規模です。

でも,ここは全国的に,大学教育に関心のある人たちのあいだで知られています。授業は英語で行われ,全員が学生寮へ入ること(1年生のとき)や,1年間の海外留学を義務付けるなど,徹底的に学生を鍛えていこうという方針があり,有名企業などへの高い就職率を誇っているのです。

AIU正面

この大学に,美しい図書館があるということで,見にいきました。一般の人も,図書館に入ることができるのです。

たしかにみごとなものでした。蔵書数は7万冊ほどで,そんなに多くありませんが,大部分が英語の本です。図書館は365日,24時間オープンしています。

日曜日の昼ごろでしたが,館内にはぽつぽつと10人くらいの学生がいて,机に向かっていました。こんな空間で勉強できて,うらやましいなー。でも勉強は大変なんでしょうね……。

卒業してから「あのころは,ぜいたくな時間を過ごした」というのが,よくわかることでしょう。

AIU図書館
 
図書館だけでなく,学生寮(下の写真)もなかなか魅力的。「こんなところが県内にあるんだねー」と,両親も感心していました。

AIU学生寮
 
今回は,いかにも「ブログ」っぽいかんじでした。「この7000年間における技術革新の速度の変化は…」「日本国憲法の三権分立は…」とかとちがいますね。たまには,こういうのも。
 
(以上)

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2013年05月10日 (金) | Edit |
「自分で考える勉強法」シリーズの14回目。


学校に行かなくても,哲学者になった人がいる。

私が好きな,ある「独学者」の話をさせてください。明治生まれの哲学者・三浦つとむ(1911~1989)は,家が貧しかったため思うように学校に行けませんでした。彼は,東京府立の工芸学校(今で言えば高校程度)中退という学歴です。

しかし,戦後の昭和期に在野の思想家として多くの著作を発表し,一九八九年に亡くなったときには,新聞にそれなりの記事が載るような知識人になっていました。

この人は,初心者にもわかりやすい哲学の本を何冊も書いています。私は高校生のとき,三浦さんの本で初めて哲学の世界に触れました。別のところで書いた,剣道部の先生にすすめられたのです。

あのころ,三浦さんの本を読んでいて,「自分にも哲学の本が読める,読んで一応わかる」というのが,とてもうれしかったのを憶えています。ほかの本は,私にはむずかしすぎました。

三浦さんは,どうやって勉強したのでしょうか。

まず,若いころは貧乏であまり本が買えなかったので,書店で立ち読みして,短時間で必死に頭に入れたそうです。昔(戦前)は,図書館が発達していなかったので,仕方なかったのです。

それから,少し変わった仕事をしていました。ガリ版(コピーが普及する前に一般的だった簡易な印刷方法,その原版)作成の内職です。それも,東大の講義ノートのガリ版をつくっていました。まじめな学生が書いた講義のノートを何冊か集めて,それを集約した参考書のようなものをつくる。そうやって,東大の講義をふつうに受ける以上の知識を身につけたのです。

三浦さんの生い立ちや勉強のことを初めて知ったとき,若い私は「そんな人が,この世にいたんだ」と,感動しました。そして,「独学」というものにあこがれを感じるようになっていきました。

前に述べた,「勉強というのは,結局は独学しかない」というのも,三浦さんが述べていたことです。

(以上,つづく)

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2013年05月08日 (水) | Edit |
おととい5月6日の日経新聞(朝刊)の1面の見出しに

《スパコン世界一奪還へ 20年稼働 「京」の100倍速く》

とありました。

《文部科学省は2014年春から,世界最高性能の次世代スーパーコンピューターの開発に着手する。11年に世界一の計算速度を達成した理化学研究所のスパコン「京」を100倍ほど上回り,20年ごろの完成を目指す。スパコンは国の科学技術力の指標となるほか,産業競争力を左右するとされ,世界で開発競争が激化している。…》

この記事には「世界のスパコンの計算速度ランキング」の表もありました。
 
1位 オークリッジ国立研究所  米国,クレイ社製 
2位 ローレンス・リバモア国立研究所  米国,IBM
3位 理化学研究所  日本,富士通「京」
4位 アルゴンヌ国立研究所  米国,IBM
5位 ユーリッヒ研究センター  ドイツ,IBM


アメリカの研究所やコンピューターメーカーが圧倒的です(クレイもIBMもアメリカの企業)。上位5位に入っているのは,アメリカのほかは日本とドイツ。世界の「科学技術大国」としておなじみの国だけ。

そして,アメリカ以外のメーカーというと,日本の富士通だけです。かつて「世界一」だったのが「3位」に落ちたとしても,トップ争いの一角にいるのにはちがいありません。

こういうのをみると,日本という国は,「いいカード」をまだまだ持っているのだと感じます。いろんな問題を抱えているとしても,です。

まあ,日経の記事によれば《欧米や中国も同様のスパコンを20年前後に完成させる計画で…》ということなので,「安泰」ではないのです。でも,日本のすぐれた部分,恵まれた部分には,もっと目を向けるといいでしょう。
 
(以上)
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2013年05月08日 (水) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの13回目。


勉強というのは,結局は独学しかない。

大人になってからの勉強は,結局のところ全部独学です。大人になったら,手とり足とり教えてくれる人は,もういません。書物や専門家といった情報のありかへ,自分で問いかけ働きかけていくしか,方法はありません。

勉強に必要な条件は,あなたの意欲を別にすれば,ふたつだけです。必要な情報にアクセスできること,情報や意見を交換する仲間がいることです。

学校は,「情報」がアクセスしやすいように集まっている場所です。質問すれば先生は答えてくれるし,勉強する仲間が集まっていて,話ができます。学校では「情報」も「仲間」も,たいした努力なしに手に入ります。だから学校は,行く値打ちがあるのです。行けるのなら,学校へは行きましょう。

でも,情報や仲間が手に入るのは,学校だけではありません。このふたつが手に入るのなら,学校へ行かなくても勉強することができます。

本質的な問題は,「自分の勉強や研究を進めるのに,情報や仲間をどう確保するのか」ということです。

たとえば,本を読むこともそうですし,共通の関心を持つ仲間でサークルつくったりするのも方法です。私は,そうやってきました。

しかし分野によっては,学校を離れてしまったら,必要な情報が入手できなくなる場合があります。たとえば,自然科学の場合は典型的です。すぐれた科学者の多くは,若いころにすぐれた先生のもとでじかに教えを受けています。

科学の本や論文をいくら読んでも,科学者になるのはむずかしいです。科学論文は,結論だけを簡潔に書いています。そこからは,結論にたどりつくまでの「ああでもない,こうでもない」というプロセスはわかりません。でも,プロになるにはそのプロセスを知ることが,どうしても必要です。

研究に必要なノウハウや発想は,先生が研究しているプロセスをそばで見たり聞いたりして覚えるしかありません。でも,それはいわば「芸を盗む」ということで,きわめて主体的な行為です。「手とり足とり」ではありません。弟子入りしながら,本質的には独学をやっているのです。

やはり,勉強というのは独学しかないのです。

(第13回おわり,つづく)

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2013年05月06日 (月) | Edit |
昨日5月5日はこどもの日でした。この日の新聞には,たいてい「少子(高齢)化」の話がでています。昨日も《子供の数32年連続減 4月1日時点 1649万人 総人口比12.9%に低下》(日経)といった記事がありました。

さて,この「少子高齢化」が日本経済の長期停滞の根本原因だ,とする説があります。

たしかにその説には一定の根拠があります。

少子高齢化というのは,生産年齢人口の減少でもあります。「生産年齢」というのは,子供と高齢者をのぞいた,社会の働き手である「現役世代」のこと。

現役世代が減れば,社会全体の付加価値(富,GDP)を生み出す力が落ちる。活発に消費をするのもこの現役世代なので,その減少は,消費の低迷ももたらす。それで経済全体が低調になる。

このような考えは,いかにも「根本的」でしっかりしているように思えます。

でも,私は信用しません。
 
現役世代の減少は,たしかに経済の成長(GDPの増加)にマイナスに作用します。でも,その影響を,過大評価してはいけないと思います。

このような数字があります。

1955年(昭和30)の日本のGDPは,約50兆円(48兆円)でした。
 
それが,2010年(平成22年)には,約500兆円(511兆円)。

この数字は,物価の上昇も計算に入れた「実質値」というものです。

1955年というのは,高度経済成長期のはじまりのころ。つまり,高度成長期以降の50年ほどで,日本のGDPは10倍になったのです。

では人口はどうか。1955年の日本の総人口は8900万人。それが2010年には1億2800万人。

人口は1.4倍ほどにしか増えていません。でもGDPは10倍になった。1人あたりGDPが大きくのびているのです。

もう少しくわしくいうと,高度成長期(1955ころ~1970ころ)の年平均の経済成長率(GDPの増加率)は10%ほどですが,生産年齢人口の年平均の増加率は1%ほどです。

ということは,この50年の日本のGDPの増加のおもな原因は,人口増ではないわけです。

ではなにが最も大きな原因がというと,広い意味での技術の進歩でしょう。1人あたりでより多くの付加価値(富)を生産できるようになった。つまり,「生産性」が上がった。そのためのハードやノウハウの進歩が積み重なった。ほかに,考えられます?

長期でみた経済成長の最も大きな要素は,技術の進歩(技術革新)である。(もっと短期のことになると話はちがってきますが,ここでは立ち入りません)
 
いってしまえば,あたりまえの話です。でも,「少子高齢化が長期停滞の原因」という説は,かなり人気があるようです。ということは,「あたりまえ」ではないのかもしれません。

でも,GDPにかんする基本的な数字をもとにちょっと考えてみれば,「その説(人口による説明)はあやしいのでは?」とわかるはずです。少なくとも,立ち止まって検討する余地があるということ。

もちろん,少子高齢化や人口減少は,重大な社会問題です。それはそうなのですが,ただ,この20年ほどの景気低迷の根本原因などではない,ということです。

ただし,ある条件のもとでは,少子高齢化が経済の停滞に大きなインパクトをあたえることになります。

その「条件」とは,「技術革新(生産性)が停滞している」ということ。1人あたりの生産性が上がらない状態だと,生産年齢人口の減少は,そのまま社会全体の生産力の低下につながります。
 
この20年の日本は,技術革新が以前よりもスローダウンした。そこに生産年齢人口のピークアウト(停滞から減少へ)という動きも加わった。それが作用して停滞している。ただし,影響としては技術革新のスローダウンのほうがはるかに大きい。そして,技術革新がスローダウンしているなかでの生産年齢人口の減少は,以前よりも経済に大きな影響をあたえつつある。
 
「長期的」なことをまとめれば,そんなところでしょうか。「ろくに説明や論証がないじゃないか!」と怒られそうですが,まずは仮説的な枠組みをざっくり述べさせてもらいました。

この20年の「停滞」には,ほかにも中期的な(数年~10年単位の)原因もあるでしょう。不良債権による金融システムの機能不全,景気低迷とグローバルな競争の激化による賃金相場の低下(それによる消費の低迷)等々。いろんなことが重なっている,とは思います。
 
(以上)
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2013年05月05日 (日) | Edit |
『自分で考える勉強法』シリーズの12回目。「先生を選ぶ」というテーマで話を続けています。

3日から妻の実家の秋田県へ行って,今日の夜に帰ってきました。秋田は,例年だと桜が満開のころなのですが,今年は咲きかたがいまひとつでした。
 
***

まず,ひとつのテーマで
「これだ」という本をさがしてみよう。


よい「先生」がみつかったら,勉強は半分成功したようなものです。

しかし,先生に出会うのは,むずかしいことです。「その人の思考のすべてを真似したくなる」なんて,そうあるものではありません。「なんだか洗脳みたいだな」と,抵抗を感じる人もいるでしょう。

でも,最初はそんなに堅く考えることはないのです。最初はささやかな形で「先生を選ぶ」ということをやってみましょう。

たとえば,経済学を独学しようとしたとします。すると,教科書を選ばないといけません。経済学の教科書はいろんなものが出ています。その中から,自分の学力や「なぜ経済学を勉強するのか」という目的に照らして,教科書を選ぶのです。
 
「経済学」というのはずいぶん大きなテーマですが,特定の時事問題のようにもっと小さなテーマでも,たくさんの本があります。よい本もあれば,そうでもないものもあります。勉強するなら,その中からよい本を選ばないといけません。

あるテーマについて,「これはいい本なんじゃないか」というものを選んでいく――多くの人は,これが苦手です。子どものころから,教科書というのは自分でみつけるのではなく,つねに与えられるものだったからです。

学校では,「この本を読んで,書いてあることを覚えなさい」という訓練ばかりをします。だから大部分の人たちは,「このテーマについて,いいと思う本を自分で選びなさい」と言われると,とまどうのです。そして結局,身近な書店でたまたま並んでいた本を買ってくると,もうほかの本は読まなくなってしまいます。

でも本当は,勉強を始めるときにはできるだけ大きな書店に行って,関係のありそうな本を何冊も手にしながら,「これかな」と思える本をさがさないといけないのです。

ここで買って帰った本は,「とりあえずの教科書」です。

その本で勉強しながらも,書店へ出かけては,その分野のいろんな本を手に取ってみることが必要です。「これだ」と思える,もっとよい本がみつかるかもしれません。あるいは,「とりあえず」と思って買った本が,最初思った以上によい本だったことを発見するかもしれません。

このように,時間と労力をかけて「これを自分の勉強の中心にしよう」という本を決めていくのです。その過程で,すでに相当勉強していることになります。

***

まず,限定されたテーマで「教科書を選ぶ」ということを経験してみてください。

お金を払って本を買うということは,リスクを取るということです。まちがってつまらない本を買ったら,お金を無駄にしたことになります。

私も本を買うときは,損をしないように,手にした本にざっと目を通しながら,「この著者は信用できるのか,この本は本物か」ということを,懸命にさぐろうとします。

でも,買った本の何割かは結局お金の無駄になっています。そうやって何度も失敗して,少しずつ「目利き」になっていくのです。

そういう経験を積んでいない人に「先生をみつけよう」というのは,じつは危険なことです。「先生をみつけることが大事だ」と私は言っているのですから,心配です。

たとえばあやしげな「カルト」や「トンデモ」な世界にはまってしまう人は,「限定されたテーマについて,いいと思う本を自分で選ぶ」といった,ささやかな「賭け」さえほとんど経験してこなかったことが多いのです。学校や親が与えてくれるものだけで育った人が,それとはちがう価値観を求めはじめたときは,あぶないのです。

「先生に出会う」ことは重要です。でも,いきなり会えるものではありません。出会うためには,長い時間をかけて求めていかなければならないのです。

(第12回おわり,つづく)

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2013年05月02日 (木) | Edit |
1日早いですが,憲法記念日にちなんで,憲法のことを考えてみます。

日本国憲法で私が気になっているのは,「三権分立」のことです。「三権分立」という点で,どうもうまくいっていない,と思うのです。

そもそも三権分立とは何か。よくある説明は「立法,行政,司法の勢力均衡のしくみ」といったところでしょうか。でも,私はつぎのように説明しています(政治学者・滝村隆一の説にもとづく)。
 
三権分立とは,国の重要な意思決定にかんするプロセスを,政府の3つの機関に分担させるしくみである。

その「プロセス」というのは「何をするか決める(プラン)」「実行する(ドゥ)」「結果を,最初に決めたことに照らしチェックする(シー)」の3つの段階から成り立っている。大きく分けたら,この3つ以外にはありえない。

そして,「プラン」にあたるのが「議会≒立法」,「ドゥ」が内閣や官僚機構など≒行政,「シー」が裁判所≒司法である。


なぜこんなしくみが必要なのか。

国家権力の暴走から,国民の人権を守るためです。
 
立法や行政が,人権をおかすようなことをしたとき,司法が「待った」をかける。

プレーヤーである立法や行政じしんが,自分でまちがいを正すこともあるかもしれませんが,むずかしいことです。自分のまちがいは誰しもみとめたくない。だから,独立の司法という「審判」にチェックさせるのです。

そして,とくに「暴走」する危険があるのは,行政です。いろんなことを実行する,現実的な「力」をもっているのは行政だからです。

近代以前の政府では,三権は未分化でした。行政が立法も司法も握っていた,という感じです。こういう政府は,やりたい放題の「独裁」になってしまうものです。
 
それでも,昔の政府の「やりたい放題」は,まだましでした。交通・通信や軍事力などの技術,行政機構が未発達な時代には,国民を徹底的に管理する力は,政府にはなかったのです。

でも,近代以降の政府はちがいます。発達した技術や組織を持っています。暴走すると,恐ろしいことになる。

ここでは立ち入りませんが,たとえば第二次世界大戦のときのドイツのファシズムや日本の軍国主義,あるいは20世紀の社会主義の政治体制は,そうでした。

***

このように「三権分立」はだいじだ,というわけです。日本国憲法でも,「基本的人権を守るためのシステム」として,三権分立が採用されています。

でも,その三権分立にはいろんな問題があるのでは,ということです。

具体的には,「行政」が強すぎて,「行政」が「立法」や「司法」の領域でも力をふるっているのではないか,ということです。裏をかえせば,「立法」や「司法」が弱くて,本来の機能を十分果たせていない,ということ。

たとえば,日本の国会の立法府としての機能は不十分で,「法律をつくる」実権は,官僚機構がにぎっているのではないか。

日本では,議員立法よりも官僚主導の「行政立法」が,重要な位置を占めています。アメリカではちがいます。それは「アメリカでは議員立法が主流」というのではなく,制度上「議員立法しかありえない」のです。立法権は議会だけにあります。アメリカの三権分立は,このように厳格です。

そして,アメリカには議員立法を支える具体的な組織があります。議会の事務スタッフが分厚いのです。アメリカの連邦議会では,議員の個人スタッフ,議会の各委員会のスタッフなどあわせると,「〇万人」という単位になります。議会≒立法が自前の官僚機構を持っているのです。

一方,日本の国会の事務スタッフや,議員の公設秘書の人数は,「〇百人」というレベルです。ろくにスタッフがいないわけですから,日本の国会議員が,官僚機構にかなうはずがありません。

そして,そもそも論ですが,日本の議院内閣制というのも,「三権分立」という観点からすると,中途半端な制度です。

まず,総理大臣という行政のトップを,立法府(衆議院)で,その構成員(議員)のなかから選挙するということ。また,衆議院は過半数による「内閣不信任決議」で,内閣を総辞職に追い込むことができること。そして,総理大臣のほうでは,「解散権」を行使して,国会議員(衆議院議員)をクビにできること……こういうしくみが作用して,日本の総理大臣の権力も,国会の運営も,なんだか不安定になっています。

ここは,教科書的なとらえ方と大きく異なります。一般にはこのあたりのことは「立法と行政の相互抑制・均衡」のひとつのありかたとして,「三権分立を機能させる要素」とされます。

でも,私は三権分立を「三権の相互抑制」ではなく,「立法・行政・司法が,政府の活動における〈プラン・ドゥ・シー〉というそれぞれの役割を担うしくみ」ととらえます。そして,国会,内閣と官僚機構,裁判所が,各自の役割をしっかりと全うすることこそが重要だと考えます。

だとすると,国会と内閣が相互にけん制しあって身動きがとれなくなるような「議院内閣制」のありかたは,「三権分立」的ではない,ということになるのです。

「国会の運営の不安定」というと,参議院の問題もあります。衆議院を通過した法案を参議院が否決すると,衆議院で再度議決して3分の2以上の多数がないと,法案は流れてしまいます(総理大臣の指名と予算や条約の承認は別)。

参議院の拒否権はたいへん強いのです。与党が衆参両院で過半数をおさえているか,衆議院で3分の2以上を占めているかでないと,国会の運営は不安定となり,たいした意思決定ができなくなるおそれがあります。

***
 
司法についてもみてみましょう。

司法の頂点にある最高裁判所の裁判官(や長官)は,誰が決めるのか?

これは,内閣だけで選任することができます。国会で承認する,といったことはありません。つまり,行政が司法のトップについて,人事権のもっともだいじな要素である「選任」の権限をもっているのです(ただし,解任権はありません)。

ということは,原理的には,内閣が自分たちに都合のいい人物を最高裁に送りこむこともできるわけです。じっさい,そういうことが行われている,と憶測されることがあります。

また,制度上,国民が最高裁の裁判官を「審査」することが行われてはいますが,私たちに最高裁のメンバーがどんな人かなんて,まず判断できません。だから,この国民審査は,あまり機能していません。

というわけで,最高裁の人事(選任)は,もっぱら内閣がきめているわけです。そして,内閣の「事務局」である官僚機構が,それを事実上仕切っている可能性があります。

それから,「検察」という存在の,司法への影響ということがあります。

「検察」というのは,犯罪者を裁判=司法の場へ送り込むかどうかを決める権限を持つ,特殊な「行政」の一機関です。そして,検察が「起訴」と決めた場合,裁判所へ送られた容疑者は,どのくらいの割合で「有罪」になると思いますか?

じつは,99%以上,つまりほとんど全員が「有罪」になるのです(ほかの先進国ではこういうことはない)。ということは,司法=裁判所で「有罪」を決めるのではなく,検察という行政機関が決めていることになりませんか? 

***

以上,かけあしでしたが,日本の三権分立には,このようなことがあるわけです。ほんらいなら何回かに分けて説明したほうがいいのかもしれません。でも,ざっとみわたしておくのも,意味があると思います。

立法や司法や内閣の弱い部分,空洞化している部分に,官僚機構の力が入り込んでいる感じ。

こうした「三権分立」の不徹底の問題が,日本の政治システムにはあるのではないかと思っています。

(以上)

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2013年05月01日 (水) | Edit |
前回,ヒトラーの「四百文字の偉人伝」だったので,ドイツの歴史の話を少し。

ヒトラー(1889~1945)という独裁者は,「ワイマール憲法」という憲法のもとで登場しました。この憲法は,はきわめて民主的な内容です。つまり,「国民が主人公」という考え方を徹底しているのです。この憲法では,国民投票や大統領公選のように,「国民が主体となって直接決める」ということが重要な位置をしめていました。

そこで,「民主的な憲法のもとであのような独裁が生まれたのはなぜか?」ということが,よく問題とされてきました。

それを考えるために,第二次世界大戦後のドイツの憲法の話をしましょう。これから述べるように,戦後のドイツ(西ドイツ)の憲法は,「成功」事例です。これと「失敗」事例であるワイマール憲法を比較するのです。
 
第二次世界大戦で敗れたドイツは,「西ドイツ」「東ドイツ」に分割されました。そして,「西ドイツ」は「自由主義」の陣営に,「東ドイツ」は「社会主義」の陣営に属することになりました。

その後1990年に東西ドイツが合併し,現在にいたっています。東ドイツの社会主義体制が崩壊したため,西ドイツに吸収合併されたといっていいでしょう。

戦後の西ドイツは,敗戦の焼け跡から,みごとな復興をとげ,発展していきました。

その西ドイツでは,1949年に新たな憲法である「ボン基本法」が制定され,その体制下で復興はすすめられたのです。

ワイマール憲法が,「独裁と戦争を生んだ」という意味で失敗におわったのに対し,ボン基本法は,戦後西ドイツの「復興と繁栄」に寄与したということで,「成功だった」といえるでしょう。

しかもそれは期待を大幅に上回る成功でした。

ボン基本法への期待が低かったことは,その名称にもあらわれています。つまり,「憲法」ではなく「基本法」というのです。

これは,敗戦でボロボロになった状態で,アメリカなどに押しつけられたさまざまな制約のもとでつくった,暫定的な「憲法みたいなもの」というニュアンスをこめているのです。

ところがこの「基本法」はうまく機能したわけです。1990年のドイツ統一後も,新しい憲法は制定されず,ボン基本法は「全ドイツの憲法」として,今も生きています。

なぜうまくいったのか? これについてセバスチャン・ハフナー(1907~1999)というドイツの歴史家がつぎのように述べています(『ドイツ現代史の正しい見方』草思社,瀬野文教訳)。

 (2つの憲法の)もっとも単純で決定的な違いはこうだ。つまりワイマール憲法を構築した人たちは楽天家であり,これに対して,(ボン)基本法の産みの親たちは悲観主義だったことである。……
 ワイマール憲法は,国民発案,国民表決を基本とし,大統領を国民投票で選び,国会も容易に解散することができた。つまり有権者の理性と責任に対してかぎりない信頼を置いたものだった。
 これに対して基本法の精神は,人間不信に貫かれていた。というのも,基本法の起草者たちはみないわば「大やけどした子供たち」だったからで,彼らは有権者の気分がいかに移ろいやすく,惑わされやすいものであるか,デモクラシーというものが制約のないデモクラシーによっていかにたやすく破滅の道を突き進んでしまうものか,わが身を通してよくわかっていた。
 
 …ワイマール憲法というのは,国民が惑わされることのない民主主義者で,分別ある模範的な市民であることを前提につくられていた。基本法は,たとえ惑わされやすく過ちの多い,不完全な人間のもとでも,ちゃんと機能する民主憲法であらんとし(てつくられていた)。


ハフナーのこのくだりを読んで思うのは,日本国憲法のことです。

ボン基本法と同じく,敗戦の焼け跡のなかで作られた憲法。日本もまた,この憲法のもとで復興・発展したのです。そして,やはり同じように,そこにはいっしゅの「人間不信」がある。

つまり,日本国憲法にも「惑われやすく過ちの多い,不完全な人間のもとでも,民主主義の体制が崩壊しないように」というスタンスがつよくあります。

たとえばよく議論されることですが,「憲法改正が制度的に非常にむずかしい」といったことがあるのです。

また,近年「ねじれ国会」のもとでクローズアップされましたが,「参議院の拒否権がつよく,衆議院の決定権に大きな制約がある」といったこともあります。

つまり,国のありかた・方針を決めるいろんな局面で,「行きすぎないように」という「ブレーキ」がセットされているのです。

日本国憲法をつくった人たちもまた「大やけどした子供たち」だったのではないでしょうか。でも,その「人間不信」は,戦後の日本の民主主義にとって重要な意味を持ったのかもしれません。

今日から5月。もうすぐ憲法記念日ということもあって,憲法のことをすこし考えてみました。
 
(以上)

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