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2013年05月05日 (日) | Edit |
『自分で考える勉強法』シリーズの12回目。「先生を選ぶ」というテーマで話を続けています。

3日から妻の実家の秋田県へ行って,今日の夜に帰ってきました。秋田は,例年だと桜が満開のころなのですが,今年は咲きかたがいまひとつでした。
 
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まず,ひとつのテーマで
「これだ」という本をさがしてみよう。


よい「先生」がみつかったら,勉強は半分成功したようなものです。

しかし,先生に出会うのは,むずかしいことです。「その人の思考のすべてを真似したくなる」なんて,そうあるものではありません。「なんだか洗脳みたいだな」と,抵抗を感じる人もいるでしょう。

でも,最初はそんなに堅く考えることはないのです。最初はささやかな形で「先生を選ぶ」ということをやってみましょう。

たとえば,経済学を独学しようとしたとします。すると,教科書を選ばないといけません。経済学の教科書はいろんなものが出ています。その中から,自分の学力や「なぜ経済学を勉強するのか」という目的に照らして,教科書を選ぶのです。
 
「経済学」というのはずいぶん大きなテーマですが,特定の時事問題のようにもっと小さなテーマでも,たくさんの本があります。よい本もあれば,そうでもないものもあります。勉強するなら,その中からよい本を選ばないといけません。

あるテーマについて,「これはいい本なんじゃないか」というものを選んでいく――多くの人は,これが苦手です。子どものころから,教科書というのは自分でみつけるのではなく,つねに与えられるものだったからです。

学校では,「この本を読んで,書いてあることを覚えなさい」という訓練ばかりをします。だから大部分の人たちは,「このテーマについて,いいと思う本を自分で選びなさい」と言われると,とまどうのです。そして結局,身近な書店でたまたま並んでいた本を買ってくると,もうほかの本は読まなくなってしまいます。

でも本当は,勉強を始めるときにはできるだけ大きな書店に行って,関係のありそうな本を何冊も手にしながら,「これかな」と思える本をさがさないといけないのです。

ここで買って帰った本は,「とりあえずの教科書」です。

その本で勉強しながらも,書店へ出かけては,その分野のいろんな本を手に取ってみることが必要です。「これだ」と思える,もっとよい本がみつかるかもしれません。あるいは,「とりあえず」と思って買った本が,最初思った以上によい本だったことを発見するかもしれません。

このように,時間と労力をかけて「これを自分の勉強の中心にしよう」という本を決めていくのです。その過程で,すでに相当勉強していることになります。

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まず,限定されたテーマで「教科書を選ぶ」ということを経験してみてください。

お金を払って本を買うということは,リスクを取るということです。まちがってつまらない本を買ったら,お金を無駄にしたことになります。

私も本を買うときは,損をしないように,手にした本にざっと目を通しながら,「この著者は信用できるのか,この本は本物か」ということを,懸命にさぐろうとします。

でも,買った本の何割かは結局お金の無駄になっています。そうやって何度も失敗して,少しずつ「目利き」になっていくのです。

そういう経験を積んでいない人に「先生をみつけよう」というのは,じつは危険なことです。「先生をみつけることが大事だ」と私は言っているのですから,心配です。

たとえばあやしげな「カルト」や「トンデモ」な世界にはまってしまう人は,「限定されたテーマについて,いいと思う本を自分で選ぶ」といった,ささやかな「賭け」さえほとんど経験してこなかったことが多いのです。学校や親が与えてくれるものだけで育った人が,それとはちがう価値観を求めはじめたときは,あぶないのです。

「先生に出会う」ことは重要です。でも,いきなり会えるものではありません。出会うためには,長い時間をかけて求めていかなければならないのです。

(第12回おわり,つづく)

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