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2013年06月03日 (月) | Edit |
築30年余りの古い団地をリノベーションして住んでいます。その我が家のベランダは,こんなふうにウッドデッキ状になっています。

リビングからのベランダ

これは,ウチのリノベを設計した寺林省二さん(テラバヤシ・セッケイ・ジムショ)の提案でしたが,当初はこういうものが欲しいとは,私はそれほどは思っていませんでした。

でも,この「ウッドデッキ」はたいへんよかったです。小高い丘の上にウチの団地は建っていて,そこからの見晴しをたのしむための,「道具」「装置」になっています。ウッドデッキだと,ベランダへ出るのがなんだか気持ちいいのです。天気のいい日は,上の写真のように,折り畳みのイスを出しています。

昨日の日曜日の夕方は,夫婦2人,ベランダでビールを飲みながら過ごしました。

小さなテーブル(ふだんはソファの前にある)をベランダに出して,つまみやお酒を並べる。ウチでは「ベランダ・ビアガーデン」とか「ベランダ・ビール」と呼んでます。今シーズンでは,昨日がはじめての「ビアガーデン」でした。

ベランダの夕食

団地のベランダでビールなんて,やはり少数派です。

住宅公団が昭和30年代に製作した,公団住宅(団地)の生活のイメージを紹介する映画で,入居した若夫婦が,夜にベランダで飲食している(ビールなんかを飲んでいる)シーンがありました。「ベランダはそんな使い方もできる」というわけです。

でも,じっさいにはそんなことをする人は,まずいませんでした。私は生粋の団地育ち(「団地エリート」と自称してます)なのですが,ベランダで飲食するなんて話は聞いたことがありません。公団住宅を生み出した人たちの描く「理想」に,ふつうの日本人の日常感覚が追いついていなかったのでしょう。

でも,「ベランダでビール」は,やってみるといいものです(ご近所に迷惑にならないよう,静かにね)。今の時代なら,私たちの感覚も,昭和30年代の理想に追いついていると思います。

「ベランダ・ビアガーデン」のコツのひとつに,「夕方の早めの時間にはじめる」ということがあります。明るいうちから,刻々と変わっていく空や雲の様子をたのしむことができるからです。

こんなふうに,です。

ベランダからの空1

ベランダからの空3

ベランダからの空4

すっかり日が暮れたところで,「ビアガーデン」は終了。これからのシーズン,また何度かやりたいと思います。

(以上)
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テーマ:建築デザイン
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年06月01日 (土) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの20回目。今回から新章突入。これから何回かにわたって「そもそも学問とは,科学とは」といった話をしていきます。こういう根本的なことをおさえておくのは,じつは「上達」のだいじなコツなのです。

それを,高校生にもわかるように。でも,そこいらのむずかしげな本よりも深く。
 
お伝えしたい世界を,キャッチコピー的にいうなら,こんな感じ。

問題について
「どういうこと?」と問うのが学問。
「くよくよするな」というのが宗教。

                        
では,はじめます。


問題につきあたったとき,二つのアプローチがある。

私たちは,生活の中でさまざまな問題につきあたります。仕事のトラブル,人間関係,病気,お金がない……。そんなとき,二通りのアプローチがあるはずです。

ひとつは,「これはどういうことなんだ? なぜこうなったんだ?」と状況を分析して対策を考えよう,というものです。これは,学問のやり方です。学問のやり方を発展させた結果,近代科学が生まれました。

もうひとつのやり方では,そういう分析はやりません。自分の外で起こっている問題のあり方よりも,問題を受けとめる自分の心のあり方を問題にします。

「くよくよ考えてもしかたない。受けとめ方を変えよう」というのです。

世界についての受けとめ方を変えることによって,問題を問題にしなくなる。これは宗教のやり方です。

神のような,絶対的・超越的な存在をおき,そこに全幅の信頼を寄せることによって「安心」する。それによって,世界の見方も変わってくるということです。そのことで,大きな視野や広い心を得る人も少なくありません。

また,宗教でも「いいこと・悪いことは前世の報い」のように,一応は「なぜ」を説明したりもします。でも結局は神や仏を原因にしてしまうので,あまり説明になっていません。

人は,「なぜ」ということがどうしても気になります。だから,宗教でも学問の方法を少しは取り入れて,みんなが納得しやすくしているのです。

「悟り」とは,「問題を問題としなくなった境地」と言えるでしょう。どの程度の問題まで問題としなくなったかによって,悟りのレベルにちがいが出てきます。

こういう説明を,私は学生時代に武道家の南郷継正という人の著作で知りました(『武道と認識の理論Ⅰ』三一書房 1990など)。あれから少しは本を読みましたが,学問や宗教の本質について,これほど簡潔・明快な説明にはお目にかかっていません。

(以上,つづく)
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