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2013年08月10日 (土) | Edit |
 このブログをはじめて7か月ほど経ちました。
 アップした記事の数も200を超えました。
 ここ数か月,だいたい毎日更新しています。
 
 そのなかで,アクセスとかランキングににかんするデータも,毎日みています。
 そこで感じたことを,いくつか。

 ブログのハウ・ツーについて述べた本やブログで,つぎのような話を何度か読んだことがあります。

 「ブログへのアクセス数は,アップされている記事の本数に比例する傾向がある。まずは半年くらい毎日更新して,記事が200くらいになると,蓄積効果も働いてアクセスが伸びてくる(ことがある)」
 
 でも,ウチのブログでは,とくにそういうことは起こってないような…
 「起こっているかも」と感じる時もありますが,はっきりしません。

 このブログは,いろんなことを書いてます。
 団地リノベ,世界史,偉人伝,経済,勉強法,それから身辺雑記も。
 ひとつのテーマごとにみれば,記事の本数はまだせいぜい30~40本。
 そう考えると,蓄積がまだまだなのかもしれません。
 (などと,自分を納得させてます)

 ***

 あと,「曜日によってアクセス数が変わる」ということも,ほかのブログで読んだことがあります。
 土曜あたりはみんな外出するので,アクセスが少なくなる。日曜日はやや増える。月曜日はぐっと増える。水曜あたりの週のなかばは,減ってくる。金曜日の夜も少ない…

 そういう傾向は,このブログではあまりはっきりしないような…
 土日は少ないときもあれば,多いときもある。
 週の半ばに増えるときもある。
 でも,金曜日は少ない,というのは比較的あるようです。

 これは,このブログなりの傾向があるのかもしれないし,1日数十人の訪問者ですから,一般の統計的な傾向どおりにはいかないということかもしれません。

 ***

 あと,ページビューのこと。
 ブログの「アクセス」の数字には,「訪問者数」と「ページビュー」があります。
 訪問者数というのは,その日にそのブログを訪れた「人」の数(ネット上の住所であるドメインで識別)。
 「その人」が1日のうちでくりかえしそのブログを訪れたとき,「訪問者数」は増えませんが,「ページビュー」は増える。

 この1か月,訪問者数よりもページビューのほうがはっきりと増えています。

 「アクセス解析」のデータで詳細をみると,まんべんなく増えているというより,ときどき1日に10回20回とアクセスしてくださる「ヘビーユーザー」の方がぽつぽつといて,平均値を押し上げているというかんじ。

 どなたが,ということはもちろんわかりません。
 熱心に読んでくださっているとしたら,もちろんうれしいことです。

 でも,どんな実態で,どんな気持ちでそんなにアクセスしてくださったのか…
 そこは気になりますが,よくわかりません。
 もし,興味を持ってくださったなら,コメント等いただければ幸いです。

 ***

 あと,ブログのアクセス数のランキングというのが,こブログの属するFC2にもあります。
 あのランキングというのは,どういう基準で出しているのだろう?

 自分に近いランキングの人のブログを何度かみたことがあるのですが,中にはアクセス数のカウンターが1日数人くらいで,もう長いこと更新していないようなブログが,1日のアクセスが数十人,100人のブログと同じようなランクにあったりします。

 どうしてなんでしょうか?

 そういう,わからないことがちょこちょこあります。
 検索すると,ある程度のことはわかります。少なくとも「わかった気」になります。

 たとえば,「アクセスのランキングは,基本は訪問者数に基づいているが,ページビューとか,コメントとかの数も勘案して出している(そういう計算式になっている)」みたいなことが,根拠・出典はともかく,書いてあったりします。
 でも,「訪問者数1日数人のブログの,ランキングの謎」などは,よくわかりません。
 
 そしてこんなふうに,ブログをやっていて「わからないこと,気になること」があっても,それについて教えてもらえるお仲間もいませんし…

 ここに書いた,ブログがらみの話題や疑問について,なにかご存じの方がいらしたら,ぜひ教えてください。

 人とつながりたくって,ブログなどというものをやっているわけですが,まだまだですね(「つながり」にも,いろいろあるでしょうが)。

 要するに「まだまだ」ということ。
 これからも,まずは記事を積み重ねていきます。
 ほかのことはともかく,それだけはできそうです。

(以上)
 
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2013年08月10日 (土) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの39回目。

 「読書論」の話を続けています。
 このあいだまで,書籍,雑誌,新聞,インターネットなど,それぞれの媒体の特徴や扱いかたにかんする話をしてきましたが,今は「書籍」の世界について述べています。
 これまで,教科書や子ども向けの本のことや,「新書のすすめ」といったことを述べてきました。
 今回は,「通」な本,「最先端」の本とのつきあい方。


「通」な本や「最先端」の本で博識ぶると,
上達しない。


 若い人は背伸びをしたいものです。そこでよくやるのが,「知る人ぞ知る」という感じの,ちょっと「通」な本の知識をひけらかす,という手です。
 文学なら,誰でも名前を知っているような文豪ではなく,もっと「通」な感じのする誰かを読む。

 「最先端」というのに弱い人もいます。たとえば哲学の世界だったら,アリストテレスやカントやヘーゲルではなくて,むずかしそうな「現代思想」です。

 私の学生時代(1980年代)には,そういうのがインテリ志向の人たちの間でおおいに流行りました。「最先端」な感じがしたのです。今も「現代思想」に関心を寄せる人はいますが,かつてほどの勢いはないようです。「科学の最先端」といった本は,今も昔もよく出ています。

 「通」な本や「最先端」の本のことを知ると,博識になった気がします。「現代思想」は,聞いたこともないような用語・術語のオンパレードです。人によってはそこにひかれるのでしょう。

 でも,いきなりそういう本に飛びついてはいけません。
 ちらちらと見ておくのはいいのです。

 「月並み」ではなく,より「深いもの」「新しいもの」を求めることは,やはり大事です。
 「通」や「最先端」を求める気持ちは,それとつながっています。

 でも,「通」や「最先端」の本ばかり読んでいるのでは,上達が進みません。

 まず読むべきは,誰でも名前を知っている,いろんな場面で言及される「超有名な本」です。あるいはそれを論じた本です。それぞれの分野にそういう本があります。

 学問の歴史は,ときどき現れる「超有名な本」の示したテーゼ(理論や主張)をめぐる論争の歴史です。
 「超有名な本=古典」について知ることが,学問についての幅広い素養をつくる近道です。

 「通」な本,「最先端」の本というのは,学問にとっては「枝葉」的な存在です。今は注目されていても,時の試練に耐えられず,そのうち枯れてしまうことが多いのです。

 中には大きく成長していくものもあるでしょうが,わずかです。そんなあてにならないものに深い入りして,自分の頭を固めてしまっては,損をします。

 「最先端」というのは,「すぐ駄目になる危険が大きい」ということです。

(以上,つづく)

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