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2013年08月24日 (土) | Edit |
まえおき

 私は世界史が大好きで,「アマチュア世界史研究家」だと自分では思っています。ウチの本棚にある本の半分は,世界史関連です。

 このブログでは,「となり・となりの世界史」というシリーズを続けています。世界史を「繁栄の中心の移りかわり」という視点で見渡していく,というものです。
*このシリーズの記事の大部分は2018年10月現在非公開としていますが、同記事をもとに2016年9月に日本実業出版社から『一気にわかる世界史』を出版しました。
 
 世界史には,それぞれの時代に「世界の繁栄の中心」といえるような地域や国があります。

 今の世界なら,やはりアメリカがそうだといえるでしょう。
 文明のはじまりの時代には,メソポタミア(今のイラク)とその周辺の「西アジア」という地域が,文明の最も進んだ「中心」でした。
 その後,ギリシアやローマといった地中海沿岸(のヨーロッパ側)がおおいに繁栄した時代もあります。
 さらに「イスラムの時代」といえる時期もありました。
 そして,200~300年前にはヨーロッパ(とくにその西側の「西ヨーロッパ」)が台頭して,圧倒的な勢いを持つようになりました。
 そして,1900年代以降は,「アメリカの時代」になります。

 このような「中心の移りかわり」には,一定の法則性があります。
 それは,「新しい中心は,それまでの中心の周辺の,比較的近い場所で生まれる」ということです。

 「比較的近い場所」すなわち「となり」です。

 世界史における「繁栄の中心の移動」は,「となり」へ移っていく,ということがくりかえされてきました。「となり・となり」と移動がくりかえされてきたのです。

 「となり・となりの世界史」という(ちょっとヘンな)タイトルは,そこからきています。

 そして,ごく最近のこのブログでは,「過去数千年の,となり・となりの繁栄の移動」を,2万文字くらいの長さでざーっと見渡すということを行いました。
 「1万文字の世界史」というシリーズです。
*この記事は2018年10月現在ブログ上では非公開にしましたが、同記事をもとに2016年9月に、日本実業出版社から『一気にわかる世界史』を出版しました。
 ただし,「1万文字の世界史」というタイトルで書きはじめたのですが,書いてみると2万文字になってしまった…

「近代の文明」はこれからも力を持ち続ける
                      
 今回は,「1万文字(2万文字)の世界史」をふまえた,「結論」のひとつを述べたいと思います。
 いろんな「結論」が導き出せるとは思うのですが,そのなかで「とくに大事だ」と私が思うこと。

 それは,今の私たちの文明にかんするイメージです。
 つまり,科学や技術に支えられた,近代の文明。
 「資本主義」というのも,「近代の文明」の一部でしょう。

 その「近代の文明」は,これからも力を持ち続けるのではないか。
 「1万文字(2万文字)の世界史」の内容は,そんなイメージにつながると思っています。 
 
 「近代の文明」に,いろんな問題があることはたしかです。
 だから,「反近代」の思想を述べる人は,たくさんいます。

 前にこのブログの記事でもとりあげたのですが,インド独立・建国の指導者・ガンジーもそのひとりでした。

 ガンジーは「機械は西洋と結びついており,悪魔的だ。あんなものはないほうがいい」「経済生活は,衣食住の基本さえみたせば,それ以上を求めるべきでない」「輸出も輸入も排斥されるべきだ。国の経済は自給自足が理想だ」などと主張しているのです。(ロベール・ドリエージ『ガンジーの実像』白水社より)
 
 機械文明も経済発展も貿易も否定する,ガンジー。

 ガンジーのように「反近代」の主張をする人はこれからもくり返しあらわれるにちがいありません。
 そして,かなりの人をひきつけたりするかもしれません。
 しかし,ガンジー的な主張が世界の主流派として力を持つことはない,でしょう。

 それは,「1万文字の世界史」でみてきたことからも,明らかではないかと。

 「〈近代〉はこれからも力を持ち続ける」――こういう主張は,いきなり述べてもなかなか受けいれてもらえないと思います。

 しかし,「となり・となりの世界史」あるいは「1万文字の世界史」をこれまで読んでくださった方なら,(全面的に賛成ではなくても)ある程度は「受け入れる」ことができるのではないでしょうか。
 少なくとも「主旨」(いいたいこと)は理解していただけるのでは…

 なぜなら,今の世界で主流になっている「近代」の文化や技術が,どのようなプロセスで生まれたものかについて,すでに知っているからです。

 つまり,これまでの世界史において,さまざまな民族が過去の遺産を継承し,新しいものをつけ加え,つぎの世代に渡していく――「1万文字の世界史」から,そのイメージを得ているからです。

 数千年にわたるさまざまな遺産の継承の積み重ねの末に,「近代」は生まれました。

 「近代」をかたちづくる要素のひとつである「近代科学」にかぎっていえば,

 最古の文明以来の西アジアの学問を,ギリシア人が受け継いで古代の学問・科学を開化させ,
 それをローマ人やイスラムの人びとが受け継ぎ,
 イスラムに学んだ西ヨーロッパ人が独自の要素を加えて近代科学を開化させた……

 そんな過程があるわけです。

 そして,イスラムにはインドの学問も影響をあたえましたし(「0」を使うアラビア数字など),印刷術などの中国発の技術は,ヨーロッパの文化に多大な影響を与えています。

 つまり,数千年間の世界のおもな文明によるさまざまな遺産の集大成として,「近代科学」は生まれ,発展してきたのです。

 このようなイメージがしっかりとあれば,科学をはじめとする,「近代」の根幹をなす要素を,簡単に否定するようにはならないと思うのですが,どうでしょうか?

 数千年にわたり,世界中の人びとが参加して築きあげてきたものを,どうして安易に捨て去ることができるでしょうか。


ジョブズの言葉

 さまざまな遺産の継承のうえに,今の私たちが存在している――これは,「世界史」を通して私たちが知るべき,だいじなメッセージだと思います。

 このイメージについて,アップルの創業者スティーブ・ジョブズが晩年に語った言葉があります。

 ジョブズの言葉は,歴史への認識にもとづいて,私たちが個人として,あるいは国民や市民としてどう生きるか,ということにも触れています。

 《なにが僕を駆り立てたのか。クリエイティブな人というのは,先人が遺してくれたものが使えることに感謝を表したいと思っているはずだ。僕が使っている言葉も数字も,僕は発明していない。自分の食べ物はごくわずかしか作っていないし,自分の服なんて作ったことさえない。
 僕がいろいろできるのは,ほかの人たちがいろいろしてくれているからであり,すべて,先人の肩に乗せてもらっているからなんだ。そして,僕らの大半は,人類全体になにかをお返ししたい,人類全体の流れになにかを加えたいと思っているんだ。それはつまり,自分にやれる方法でなにかを表現するってことなんだ……僕らは自分が持つ才能を使って心の奥底にある感情を表現しようとするんだ。僕らの先人が遺してくれたあらゆる成果に対する感謝を表現しようとするんだ。そして,その流れになにかを追加しようとするんだ。
 そう思って,僕は歩いてきた。》

(ウォルター・アイザックソン(井口耕二訳)『スティーブ・ジョブズⅡ』講談社より)

 私たちも,歴史の遺産になにかを加えることをしていきましょう。
 ごくささやかなことでいいと思います。
 あるいは,そんな仕事をすすめている人たちを,少しでも応援していきましょう。

 私たちも,私たちになりに歩いていきましょう。

(以上)
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