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2013年08月28日 (水) | Edit |
 昨日8月27日は,建築家ル・コルビュジエの亡くなった日で,前回の記事は彼の「四百文字の偉人伝」でした。
 今回は「四百文字」よりはヒトケタ多い分量の「〇千文字」で,ル・コルビュジエについて紹介したいと思います。
 といっても,彼の建築について語るというより,「独学者」としての彼の成長過程をおもなテーマにしています。


ル・コルビュジエ略伝 若者が巨匠になるまで

 偉人だって,最初は無名の若者にすぎなかった――あたりまえのことなのだが,私たちはこのことをつい忘れてしまう。

 それは,私たちがふだん接する「偉人」のイメージのせいだろう。
 
 たとえば,アインシュタインの肖像は,いかにも「ユニークな天才」という感じだ。ドラマに登場する勝海舟や西郷隆盛は,計り知れない大物である。とにかく,「ふつう」じゃない。

 しかし,彼らは最初からあんな「完成形」ではなかった。
 あれは,時間をかけた成長の結果である。
 そこに至るまでは,いろいろあった。きちんと書かれた伝記を読むと,それを実感する。「人は成長できるんだ」と思う。

 これから紹介するのも,そんな成長の物語である。ふつうの若者が「巨匠」になるまでの物語。

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 ル・コルビュジエ(1887~1965スイス→フランス)は,20世紀を代表する建築家のひとりである。
 彼は,数々の邸宅や公共建築のほか,大風呂敷な都市計画などで知られる。積極的に文章を書き,講演をして,さまざまな概念やアイデアを提唱した。世界中から弟子が集まった。カリスマ性のある巨匠らしい巨匠だった。

 ル・コルビュジエは,30代以降のペンネームである。本名は,シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ。1887年,スイスのジュラ地方の小さな町に生まれた。この地方は時計の名産地である。父親は時計の装飾加工の職人だった。

 ジャンヌレも時計関係の仕事をめざした。義務教育を終えると,13歳で地元の美術学校の彫金・彫刻コースに入学した。彫金は,時計の装飾に用いられる。
 彼は,優秀な生徒だった。彫金の作品が博覧会で賞をとったこともあった。画家でもあったレプラトニエ先生という恩師とも出会った。先生から,文化・芸術の新しい潮流について教わり,影響を受けた。

 しだいに,時計製作の世界が狭く退屈なものに思え,別の道にすすみたくなった。だが,具体的にはどうしたらいいかわからない。

 17歳のとき,レプラトニエ先生が「建築をやったらどうか」とすすめてくれた。
 先生の紹介で,地元で家を一軒建てる仕事に,若い建築家とともに参加した。設計から深く関わって,取り組んだ。

 その仕事で,知識や経験のほかに,多少の報酬を得た。若者がしばらくのあいだ貧乏旅行できるくらいの金額。
 19歳のジャンヌレは,旅に出た。広い世界がみたかった。イタリア各地はじめ,ウィーン,パリをめぐって,故郷に戻ったのは2年後のことだった。

 この間,さまざまな建物をみてはスケッチをしてメモをとり,何人かの新進の建築家にも会いに行った。
 パリのペレ(ペレ兄弟)という建築家の事務所では,14ヶ月ほど働かせてもらった。ペレは,当時は珍しかった鉄筋コンクリート建築の先駆者である。

 長い旅から戻ったジャンヌレは,22歳のとき(1909年),故郷の町で独立の建築家として活動をはじめた。
 だがその後,また旅に出ている。23歳のときにはドイツに行き,ベルリンの大きな設計事務所で何か月か働いた。24歳のときには,数か月ほどギリシアやイタリアなどをみて歩いた。
 しかし,それ以降の数年間は,故郷で仕事を続けた。この間に,両親の家を含め数件の住宅を設計した。

 それと並行して,「規格化によって低コストで住宅を量産するシステム」など,田舎町の建築家らしくない,先端的なことがらについても研究を続けていた。

 そして30歳のとき(1917年)には,故郷を離れ,パリに移り住んだ。
 多少の実績を積み,人のつながりもできたので,そのまま故郷にいればやっていけるはずだった。しかし,もっと広い世界で活躍したかった。
 
 パリで開業したものの,田舎で家を何件か建てただけの若い建築家に,そうそう仕事は来ない。不安定な生活が続いた。

 そんな中,33歳のとき仲間と小さな雑誌をはじめた。文化や芸術についての評論誌。記事の大半を,友人のひとりとジャンヌレの2人が書く,手作り感覚の雑誌である。
 しかし,斬新な内容で,先端的な一部の人たちのあいだでは評判となった。ジャンヌレが「ル・コルビュジエ」のペンネームで書く建築論も,反響を呼んだ。

 雑誌がひとつのきっかけとなり,新しモノ好きのお金持ちから住宅の仕事がぽつぽつ入るようになった。30代半ばには,仕事が軌道に乗ってきた。

 そのころに彼は,おもにパリを想定して「古い都市を,超高層ビルが並ぶ近代都市に改造する」という計画案を発表している。実現する見込みなどない。それでも,大風呂敷を広げて社会に訴えた。30代後半には,最先端をいく建築家の1人として,知る人ぞ知る存在になっていた。

 40代前半に手がけた「サヴォワ邸」(1931年完成)は,賛否両論あったが反響を呼んだ。
 この邸宅は現在,近代建築の重要な作品としての評価が定まっている。

 また,以前は金持ちの邸宅づくりが仕事の中心だったが,だんだん公共建築の仕事も来るようになった。
 このあたりで彼は,当代一流の建築家になった,といっていいだろう。

 50代には,第二次世界大戦(1939~45)があった。戦争の時代は,建築の仕事はどうしても限られてしまう。すでに世界的な名声を得ていたが,彼には冬の時代だった。

 戦争が終わってから,仕事が再び動きはじめた。
 彼は60歳になろうとしていた。戦後の60歳前後から70代にかけての時期は,彼にとって実りの多い時期だった。建築史に残る大きな傑作をいくつも残した。
 
 とくに有名な代表作が,この時期には目白押しである。
 たとえば,集合住宅・マルセイユのユニテ・ダビタシオンの完成は1952年(彼は65歳)。
 「ロンシャンの礼拝堂」の完成が1955年(68歳)。
 ラ・トゥーレット修道院の完成が1959年(72歳)。

 この時期の仕事によってル・コルビュジエは,20世紀を代表する巨匠になったのである。
 そして1965年に77歳で急死(海水浴中に心臓麻痺)するまで,仕事を続けたのだった。

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 ル・コルビジュエの成長過程をまとめてみよう。

①時計職人をめざす少年  ②恩師の導きで建築の仕事を体験  ③海外を放浪  ④建築事務所でバイト  ⑤田舎の若い建築家  ⑥大都会で開業するが仕事なし  ⑦雑誌で情報発信をして仕事が来るように  ⑧先端的な建築家として頭角をあらわす  ⑨一流の建築家として認められる  ⑩世界的な名声の確立  ⑪20世紀の偉大な巨匠

 このように,無名の若者がだんだんと成長して,巨匠になっていったのである。成功した建築家の人生は,そのプロセスを典型的に示してくれる。

 建築は,お金を出す依頼者がいて,はじめて作品をつくることができる。
 そこが小説や絵画などとはちがう。若手に大きな仕事の依頼は来ない。実績を積むにしたがって仕事のスケールが大きくなり,ピークが人生の後半以降にやってくる。それが「建物」という目にみえるモノで示される。

 一歩一歩の成長ということじたいは,ほかの分野にも共通したことだ。

 たとえば,アインシュタインは20代で偉大な業績を残したが,彼だって最初は初歩的なレベルから科学の勉強を重ねたのである。あたり前のことだ。ただ,その成長のプロセスは内面的であり,また専門的すぎて私たちにはわかりにくい。

 だから,「人は一歩一歩成長する」ということをみるには,建築家をサンプルにするといいのである。

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 さて,現代の日本にもル・コルビュジエを思わせる人がいる。
 建築家・安藤忠雄さん(1941~)である。

 安藤さんは,大学も出ず,特定の先生にもつかず建築を学んだ。ル・コルビュジエと同様,独学で建築家になったのだ。また,若いころ少しだけプロボクサーをしていたという異色の経歴もある。そんな話を聞くと,人間ばなれしたカリスマ性を感じてしまう。

 しかし,安藤さんもまた一歩一歩成長していった人である。

 若いころの安藤さんが建築の勉強で活用したのは,二級建築士の通信教育という地道な方法だった。それで基礎知識を学んだあとは,いくつかの設計事務所で製図などのバイトをした。
 ル・コルビュジエに影響を受けたのか,お金を貯めてヨーロッパの建築をめぐる貧乏旅行にも行っている。

 そして,28歳で小さな事務所を立ち上げた。最初のうちは仕事もなく,苦しい日が続いた。
 
 その後,事務所設立から10年ほど経って,ある個人住宅の仕事が舞い込む。小さな土地に建てる小さな家。この仕事が大きな賞を受け,一躍有名になる(「住吉の長屋」1976年完成)。
 その後もさまざまな国内外の賞を受賞する活躍を続け,世界的な建築家になった。

 ここでも,ふつうの若者が経験や実績を積み重ねて巨匠になっていったのである。二級建築士になるための通信教育。それが,「世界のアンドウ」への第一歩だった。

参考文献:ジャン・ジャンジェ『ル・コルビュジエ 終わりなき挑戦の日々』創元社,『ブルータス・カーサ特別編集 新訂版 誰にでもわかる20世紀建築の3大巨匠+バウハウス』マガジンハウス,ノルベルト・フーゼ『ル・コルビュジエ』PARCO出版,『太陽』2000年2月号 特集「安藤忠雄の発想力」平凡社,『NHKテレビテキスト 仕事学のすすめ 自ら仕事を創造せよ 安藤忠雄』NHK出版

(以上)
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テーマ:建築デザイン
ジャンル:学問・文化・芸術