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2013年09月17日 (火) | Edit |
 ちょっと過ぎてしまいましたが,おとといの9月15日は,「リーマン・ショック」からちょうど5年目にあたります。
 あれは2008年のことでした。

 ※リーマン・ショック:米国のリーマン・ブラザーズという巨大投資銀行(証券会社の一種)の経営破たんをきっかけに起こった,株価暴落などの金融危機

 あれから5年。
 今現在の世界全体の株価は,リーマン・ショックの直前を約2割上回る水準なのだそうです(世界全体の株価動向を示すMSCI世界株価指数というものによる)。

 日本の株価も,そのような「世界平均」とほぼ同じレベルで回復しています。(以上,日経新聞9月15日朝刊による)

 5年前の今ごろ,「世界はどうなってしまうんだろう」という不安を,程度の差こそあれ,多くの人が抱いたと思います。私もそのひとりでした。
 
 当時,1929年にはじまった世界大恐慌のことが,しばしばひきあいに出されました。

 ※世界大恐慌:1929年10月24日のニューヨーク市場の株価大暴落をきっかけに広がった,世界的な大不況

 大恐慌以降――1930年代の世界は,混迷をきわめました。
 具体的な経緯は省きますが,結局その混迷は,第二次世界大戦へとつながっていったといっていいでしょう。
 大恐慌は,世界の「破滅」につながったのです。

 そして,アメリカで株価が大恐慌以前の水準に戻ったのは,戦後の1950年代後半のことでした。20数年かかったわけです。(2008年10月30日読売新聞朝刊による)

 1930年代のようなことに,またなってしまうんじゃないか。
 つまり,混迷が長期化して,なんらかの「破滅」へ世界はつき進むのではないか。
 そんな不安を述べる人もいました。

 でも,そうはならかったようです。
 なんでだろう?

 ***

 私の手もとに2008年11月18日の日経新聞のコラム「大機小機」の切り抜きがあります。
 あのころ,私は失業していてヒマでした。それで新聞を丁寧に読んで,切り抜きしたりしていたのです。
 そのころの切り抜きのほとんどは捨ててしまいましたが,このコラムは印象に残っていたので,とってありました。

 コラムのタイトルは 「『30年代』にはならない理由」

 その「理由」はまず,1930年代とちがって,世界の政府の対応が速いから。

 大恐慌のとき,不況対策について世界67か国の代表が集まって議論した「世界経済会議」が開かれたのは,1933年6月のこと。29年10月の株価の暴落から3年8か月も経っています。これは遅い!
 それに対し,リーマン・ショックのときには,2008年11月上旬にはG20の首脳が集まる「金融サミット」が開かれ,危機への対応策が話し合われています。

 また, 「政策対応のスピードの違い」「国際協調」のほかに,ケインズ理論をはじめとする経済学の知見が蓄積されたことも意味がある,といいます。

 金融機関への資本注入やさまざまな金融緩和,景気対策としての公共事業,貿易を縮小させる「保護主義」の排除など,「なすべきこと」を今の政府は知っている。
 
 だから,「30年代」のようにはならないだろう…というわけです。

 で,このコラムの筆者の「手毬」氏という人は,先日9月14日の「大機小機」にも登場して,「前に自分が述べたことは,おおむね正しかった」という意味のことを述べています(「30年代にはならなかったが」)。

 まあ,たしかにそうです。
 その9月14日のコラムをみて,2008年11月の切り抜きのことを思い出したのでした。

 ここで得られる教訓・イメージはなんでしょうか?
 
 おそらく,「いろいろ問題はあるけど,人間はいくらかは進歩している」ということではないでしょうか。
 少なくとも,経済の運営ということにかんしては,1930年代より多少は進歩しているようです。

 もちろん,限界や問題だらけではあります。

 だから,「強欲」がまた力を持って,あやしげなバブルを生むということが,これからもくりかえされるかもしれません。
 「危機を脱した」となると,そういう動きがまた活発化しつつあるのかもしれません。

 そして,「進歩した」ということは,そのなかで発生する問題も「進歩(グレードアップ)」しているのでしょう。

 たとえば財政危機の問題。
 リーマン・ショック以降,現在までに世界の主要国の政府債務は,おおむね大きく増大しました。リーマン・ショック以降の危機に対応するため,さまざまな財政出動を行った結果です。これが今後どうなっていくのか…日本はその問題の「最先端」にいるわけです。

 ***

 でも,こんなふうに「世界はこれからどうなるんだろう」という一方で,「自分はこれからどうなるんだろう?」ということも,考えます。 

 これからまた5年先に,どこで,どんな毎日を送っているのか?
 とくに,仕事は何をしているのか?

 さきほども述べましたが,5年前,私は失業中でした。
 サラリーマンを辞めてある事業を立ち上げたのですが,いろいろあってそこから撤退した直後のことでした。(「独立系投資信託」という,株価にもかかわる金融系の事業です。そのことはまたいつか)

 その後もいろいろあって,今は,新しい仕事で働いています。
 「若い人の職業相談に乗る」という,5年前にはまったく考えていなかった仕事です。

 人間,どうなるかわかりません。

 だから「5年後に,世界は,自分はどうなっているんだろう…」というのは,ほんとうに切実に思うことです。(まあ,「7年後の東京オリンピックのときに…」と考える人も,最近は多いかもしれませんが)

 みなさんは,そのあたり,どうでしょうか?

 今日の帰りの通勤電車では,そんなことを考えていました。

(以上) 
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