2013年10月31日 (木) | Edit |
 前々回(10月27日)の記事で,「近代社会の原理」ということを述べました。
 ある読者の方の質問――「信じることが正しいかどうかを知るにはどうしたらいいのか?」――を受けて,社会の問題を考えるための「基準」のようなものがあるのでは,と述べたのです。

 以下,その記事からの引用です。

 《……だいじなのは,今の社会を成り立たせている最も重要で基本的なルールや原則は何だろうか,ということ。……
 その「重要で基本的なルール」とは,民主主義の政治体制や,法に基づいて人権が守られること(法の支配),資本による経済活動を含め,人びとの自由な社会的活動を認めること(自由主義)などではないかと思います。……

 私はそれらを「近代社会の原理」と呼びます。
 ヒトラーの体制もソ連の社会主義も,このような「近代社会の原理」からの逸脱の上に成り立っている,と私は思います。》

 ***

 今回は,以上の「近代社会の原理」のうち,「民主主義」ということについて考えてみます。
 そもそも,「民主主義」って何?
 民主主義を定義するとしたら?

 私が考える「民主主義の定義」は,こうです。

 政治的な意思決定に対し,それに従う人々(国民,民衆)が参加できること

 これは,「民主政」「民主制」といってもいいです。
 民主政(制)とは,民主主義に基づく政治の体制・システムのことです。

 政治的な意思決定に従う国民や民衆が,その意思決定に直接参加できるなら「直接民主制」です。

 しかし,規模の大きな現代の国家では,それはむずかしい。そこで,「政治的な意思決定を行う代表者を,国民が選ぶ(選挙する)」という間接的なかたちで,国民は政治的な意思決定に参加することになります。これが「間接民主制」です。

 今の日本なら,国会議員を国民が選び,国会で議員たちが話しあって,政治のことを決めています。そのような政治的な決定は,多くの場合「法律」というかたちをとります。その法律=政治的意思決定に,私たち国民も従うわけです。

 では,「民主主義(民主制)」の対義語は何か?

 つまり,国民が政治的な意思決定に参加できず,少数の権力者がすべてを決める政治のしくみ,ということです。これは「独裁」とか「専制」といいます。

 以上の説明は,政治学者の滝村隆一さんの著作(『国家論大綱』勁草書房,など)によるものです。
 
 *** 

 以上,民主主義の一番大事な点は「政治的な意思決定への参加」だ,といっています。
 それが民主主義の本質だ,ということ。
 本質というのは,「それなくしてはそのモノ・コトが成り立たない,重要な部分」ということ。
 
 なんだかつまらない話だと思う人もいるかもしれません。

 でも,やっぱり大事なことを押さえているのだと思います。
 世の中の民主主義にかんする議論では,以上の「民主主義の本質」を忘れたり,あいまいにしているものが少なくありません。

 リンカーンの有名な言葉で「人民の,人民による,人民のための政治」というのがありますね。
 これは,ここで述べている「民主主義」の定義とも重なる内容です。
 「人民の,人民による」というのは,「人民が政治的な意思決定に参加できる」ということです。

 しかし,世の中には「最も大事なのは〈人民のための〉という部分であって,そこが守られていれば,〈人民の,人民による〉という部分は,さほど重要ではないのではないか」という主張もあるのです。

 「人々を幸せにする,よい政治が民主主義」というわけです。

 「国民・民衆が主人公である政治が民主主義」といった言い方も,ときどきみかけます。
 これも,「よい政治が民主主義」というのに近い面があると思います。
 「国民が主人公である」という部分に「国民が意思決定に参加できる」というニュアンスもありますが,ちょっとあいまいな感じがするのです。

 「政治的な意思決定への参加」という部分をあいまいにして民主主義を論じていると,議論はまちがった方向に行きやすいと思います。

 「国民のための政治が民主主義」というのは,独裁や専制を正当化するときに,よく使われる論法です。
 多くの独裁体制では,「この体制は,すぐれた指導者が人民のための政治をしている,だから最高に人民を大切にしている最高の民主主義だ」といった主張がなされます。

 それにしても,「国民が政治的な意思決定に参加できることが民主主義」なんて,なんだか当たり前すぎて,つまらない感じがしますよね……もっと味わいや感動のある言い方はないものか,という人がいてもしかたないです。

 でも,「こういう一見つまらない,身もふたもない感じの定義のなかに,きわめて重要なことが含まれている」と私は思っています。

 「国民の政治的な意思決定への参加」が民主主義。
 これは一応よしとしましょう。
 そして,このような民主主義には,いろんな面倒くさいことや問題があるわけです。
 次回以降は,それを述べていきます。

(以上)
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2013年10月29日 (火) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの59回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 といっても,具体的な文章のテクニックではなく,「とにかく書いてみよう」ということを強調してきました。
 今回は「力を入れて書いてみよう」という話。とくに,エネルギーあふれる若い人は,意識されるといいのではないか,と思っています。


最初は,不自然なほど力が入っていていい。
よけいな力は,あとで抜けてくる。


 理論的な勉強を少し積んだ人がものを書いてみると,やたらと肩に力が入ります。ガチガチした,読みにくい文章になる。そのわりに,中身は薄かったりする。

 私がそうでした。そして,それでよかったんだと思います。

 「論理的な,きちんとした論文を書くんだ」という気持ちで,思いきり力を入れて書いてみましょう。
 論旨に矛盾や飛躍はないか,よく注意してスキのない文章を書くのです。むずかしそうな抽象概念も,使ってみましょう。細かなデータも,並べてみましょう。

 「論文」などというと,構えてしまうかもしれませんが,とにかく自分なりに精いっぱい「きちんと筋の通ったもの」を書こうとしてみる,ということです。
 そのことで,読みやすさなどの文章としての「出来栄え」は,いまひとつになるかもしれません。でも,やってみる価値はあります。

 すぐれた学術論文は,知的な文章の最も厳密で,完成された形です(これと対をなすものとして,詩や小説などの「芸術的な文章」の世界があります)。
 論文を柔らかくしたり,簡潔につくり変えたりしていくことで,評論もエッセイも書くことができます。以前の記事(コラムを書いてみよう)で述べたコラムというものの多くは,簡潔なミニ論文なのです。

 本当にすごい人は,論文も柔らかい文章も書けます。そしてそれは,本格的な論文できたえた力と技があるからです。

 いくらか勉強したら,肩に力を入れて大論文を書いてみましょう。「自分の志向はそうではない」という人も,練習としてやればいいと思います。もっと短くて軽いものを書く一方で,取り組んでみる。

 そうやって,知的な体力を身につけるのです。
 そのうち,よけいな力も抜けてくるでしょう。軽いものばかり書くのは,それからでもいいのです。

(以上)
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2013年10月27日 (日) | Edit |
 先日,このブログを最近はじめて訪れたという,若い社会人の方からコメントいただきました。
 8月3日の「ナチス憲法」が制定されなかった意味という記事に寄せられたものです。
 
 「鍵コメ」というのでしょうか,管理人にのみ公開のコメントです。とはいえ,個人的なことには触れないように主旨だけご紹介するのであれば,差し支えないと思います。
 それは,このような内容でした。

 (社会のことに関し)自分が信じることが正しいかどうか,どうしたらわかるか?
 たとえば,資本主義には問題があると思うし,でも社会主義がうまくいくとも思えない。
 一体何が正しいのか? 本当のことは,どうしたらわかるのか?


 以下,これに対する私の返信です。若干加筆修正しています。

 ***

 コメントありがとうございます。
 「自分の信じることが正しいかどうか,どうしたらわかるか」ということですが,それは「実験的にものごとを確かめる」以外にはないのではないでしょうか?
 私は,この考え方を,このブログでもよくご紹介する板倉聖宣さんという学者の本から学びました。

 「社会や歴史における真理をどうやって知るか」ということの入門書として,板倉聖宣『歴史の見方考え方』(仮説社)はおすすめです。

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 たとえば「江戸時代の農民は,おもに何を食べていたのか?」といった問題について,予想をたてながら,事実を資料やデータに基づいて確かめていく……そんな内容になっています。
 この予想と確認・検証の作業が,一種の「実験」なのです。

 「知る人ぞ知る」という本なのですが,二十数年前に出て,今も読み継がれる名著です。
 この本を,私は大学生のときに読みました。

 「昔の人が何を食べていたのか」といったありふれたことでさえ,事実を明らかにするには,さまざまな調査や検証を丁寧に行うことが必要である……そのことを,この本ではじめて知りました。
 世の中には,十分な検証を経ていない「あいまいな思い込み」が,「真実」であるかのように主張されていることが多いのではないか……そんなことを考えさせてくれる本です。

 ***

 「社会主義・資本主義」といったことについては,こう思います……だいじなのは,今の社会を成り立たせている最も重要で基本的なルールや原則は何だろうか,ということ。
 
 私たちは,何の上に立っているのか……それをまずおさえることではないかと思います。

 その「重要で基本的なルール」とは,民主主義の政治体制や,法に基づいて人権が守られること(法の支配),資本による経済活動を含め,人びとの自由な社会的活動を認めること(自由主義)などではないかと思います。個人の価値観を尊重すること(個人主義)も,そこに含めていいかもしれません。

 私はそれらを「近代社会の原理」と呼びます。

 ヒトラーの体制もソ連の社会主義も,このような「近代社会の原理」からの逸脱の上に成り立っている,と私は思います。
 民主主義も法の支配も自由主義も,いろいろな副作用や面倒くさいところがあるので,それらの問題を一挙に解決する手段として「ビジョンのある,すばらしいリーダー」にすべてを委ねることにしたわけです。その結果は悲惨なものでした。
 
 このへんのことを考えるのに,たとえばトクヴィル(19世紀のフランス人)の『アメリカの民主政治』(上・中・下で講談社学術文庫など)という本があります。タイトル通り,19世紀アメリカのデモクラシーの実態を取材して考察したもの。
 でも,昔の本ですので,読みにくいかもしれません(それでも,トクヴィルの語り口は生き生きして読みやすいですし,翻訳も決して悪くないと思います)。

 もしよかったら,このブログのつぎのカテゴリー・記事のなかで興味の持てそうなものがあれば,何かお読みいただければ……

近代社会のしくみのカテゴリー(三権分立,憲法関連のほか,近代社会を精いっぱい生きる
5分間の世界史のカテゴリーにあるアメリカ合衆国の基本設計1 アメリカ合衆国の基本設計2 や「近代化とは模倣である」「トンデモなガンジー」など

 「近代社会の原理」なんて大げさな,「エライ人」じゃないんだから,もっと等身大のことを考えたらどうか,と言う人もいるかもしれません。

 でも,今は「ふつうの人」だって,きちんとしたことをそれなりにおさえて考えたほうがいいのではないでしょうか。世の中の多数派に,深い学問や知識が普及していくということが,今の文化の最もだいじな動きではないかと思います。

 自分にとってのまとめも兼ねて,長々書きました……これからもよろしくお願いします。

(以上)
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2013年10月26日 (土) | Edit |
 前回の記事で,1500~1700年代の「たのしい科学」ということを,少しお話ししました。
 近代科学の初期の時代には,現代のように高度に専門化した「科学」とは異なる,私たちにも理解可能で手が届く感じの「科学」があった,ということです。

 それは,ようするに当時の科学が未発達だった,ということ。
 でも,そこには「創業期(はじまりの時代)」の魅力というのがあるわけです。

 そして,そのような「科学の創業期」には,自然科学と人文・社会系の学問のあいだの交流も活発でした。
 自然科学が未発達でアマチュア的であれば,専門外の人たちも,その世界にクビを突っ込んでいろんな刺激を受けやすかったのです。

 今回は,そのあたりにかんする「四百文字の偉人伝」を,3つまとめて掲載します。
 ※「四百文字の偉人伝」:古今東西のさまざまな偉人を400文字程度で紹介するシリーズ

 1つめは,かつての「たのしい科学」の時代の雰囲気をお伝えするもの。


サントリオ

実験生理学の父は「科学くん」

 1600年ころのイタリアにサントリオ・サントリイ(1561~1636)という医師がいました。彼は,人間の体重変化について研究していました。そのために,「人間が座って体重を測れる大きな天秤をつくり,1日じゅう乗って飲食したり排泄したりしたときの体重の変化を記録する」という実験を行いました。
 天秤にはイスがついていて,そこで食事やトイレもできます。実験台は,サントリオ自身。
 これで徹底的に体重の変化を調べていった結果,「大小便をしなくても,絶えず少しずつ汗が出て体重が減る」といった現象が明らかになりました。
 なんだかテレビのバラエティでやっている実験みたいです。ちょっと笑える感じもします。
 しかしこの実験は,人間の生理を数量的に明らかにする研究の先駆でした。サントリオは「実験生理学の父」といわれています。
 彼は天動説のガリレオとも親交があり,たがいに影響を受けています。実験による謎解きに夢中な人たち。近代科学を切りひらいたのは,こういう「科学くん」たちだったのです。
 
『科学者伝記小事典』(仮説社,2000)などの板倉聖宣氏の著作による。

【サントリオ・サントリイ】
体重変化の研究などで「実験生理学の父」といわれる医師。脈拍計や体温計の研究でも先駆者である。ベネチア共和国のパドヴァ大学の教授であり,大学の同僚のガリレオや地元の科学好きのアマチュアらと科学愛好家のサークルをつくって活動したりもした。
1561年3月29日生まれ 1636年2月24日没

 ***

 もうひとつは,「たのしい科学」の時代の,哲学と自然科学の関係にかかわる話です。


ロック,カント,ヘーゲル,マルクス

自然科学は避けて通れない

 「イギリス経験論」の哲学者ジョン・ロック(1632~1704 イギリス)は,大学で医学や自然科学を学びました。
 「ドイツ観念論」の巨匠,カント(1724~1804)やヘーゲル(1770~1831)の学位論文は,天文学にかんするものでした。カントは,太陽系の起源を論じる「星雲説」を,ヘーゲルは「惑星の軌道」をテーマにしています。
 共産主義の思想で知られるカール・マルクス(1818~1883 ドイツ)の学位論文は,古代の原子論をあつかったものです。また,彼は数学の論考をいくつも残しています。
 彼らのおもな業績は,いずれも人間の精神や社会の問題についての著作で,理数系の世界=自然科学とは縁がなさそうにみえます。
 しかし,このように偉大な哲学者・思想家の多くが,若いころから自然科学に深い関心をよせていたのです。
 大きな思想を築きあげるうえで,自然科学の知識や考え方は避けて通れないようです。おそらく,いろんな分野でそうなのです。

瀬江千史『看護学と医学(上巻)』(現代社,1997)に教わった。参考としてヘーゲル『惑星軌道論』(法政大学出版会,1991)など。

【ジョン・ロック】
近代思想の源流のひとつとなった哲学者。「人間の心は本来白紙であり,経験によってつくられる」という「経験論」や,「人民の抵抗権(革命権)」を説いた。
1632年8月29日生まれ~1700年10月28日没

【イマニュエル・カント】
哲学の古典的な学派「ドイツ観念論」の原点になった哲学者。感覚を超えた「真の実在」を想定して世界を説明する「観念論」を綿密につくりあげた。 
1727年4月22日生まれ~1804年2月12日没

【ゲオルグ・ウィルヘルム・フリードリッヒ・ヘーゲル】
ドイツ観念論を集大成した哲学者。「事物の運動・発展を説明する論理」である「弁証法」を軸に,世界史や国家について独自の理論を展開。マルクスにも影響をあたえた。
1770年8月27日生まれ~1831年11月14日没

【カール・マルクス】
『資本論』などのぼう大な著作で,後世に「マルクス主義」の教祖とされた思想家・経済学者。
1818年5月5日生まれ~1883年3月14日没

 ***

 ここに取りあげた昔の学者の「哲学」は,現代の「哲学」とだいぶ様子がちがいます。

 昔の哲学は「森羅万象(この世界・宇宙のすべて)を論じ,そこから世界の全体構造や,世界全体をつらぬく一般論を語る」というものでした。

 板倉聖宣さん(教育学者・科学史家)は,昔の哲学を「森羅万象の学」と言っています。

 また,南郷継正さん(武道家・哲学者)は,哲学とは「学一般」である,と言っています。これは,「さまざまな科学や学問領域のあいだをつらぬく一般的な理論を追求する」という意味です。

 哲学が「森羅万象の学」ならば,昔の哲学者は,いろんな分野のことにクビを突っ込んだわけです。
 「いかにも哲学」という分野だけでなく,社会科学はもちろん自然科学にも強い関心を持ち,さきほど述べたように,自然科学系の論文を書いたりもしているのです。

 そういう「大風呂敷」が大好きだったのです。
 
 「大風呂敷」の精神は,科学者の側にもありました。
 「たのしい科学」の時代の一流の自然科学者は,「哲学」的であろうともしていました。つまり,個別専門的な現象を研究しつつ,そこから「この世界はどうなっているか」についての幅広いイメージや論理を明かにしようとしていたのです(この点については,今回は立ち入りません)。

 なお,1800年代後半のマルクスは,ここでいう「たのしい科学」の時代よりやや後になりますが,昔の哲学者の「大風呂敷」の伝統を引き継ぐ,最後の「巨人」だったといえるでしょう。

 これに対し今の哲学は,「いかにも哲学」な世界にテーマを限定する傾向があります。
 つまり,論理学とか認識論とか倫理学とかの世界から出ようとしない。

 これは,現代の政治経済や,近年の科学が明らかにした自然現象の世界に本格的に分け入ることなく,もっぱら一般的な教養や常識を素材にして,机の前でウンウンうなりながら理屈を考えている,ということ。

 現代の物理学や天文学の成果をもとに,独自の宇宙論を展開して,専門の天文学者をうならせたりする哲学者なんていないでしょう。でも,カントやヘーゲルは,この手のことを彼らの時代で行いました。現代の哲学では,そんなことは考えられない。 

 それも無理のないことです。今の自然科学も社会科学も,カントやヘーゲルのころよりずっと発達してムズかしくなりました。
 だから,門外漢は口出ししにくいです。ヘタに口を出せば無知をさらけ出すかもしれない。それではインテリのプライドに傷がつく……そういうわけで,現代のプロの哲学者としては,大風呂敷を広げにくいのでしょう。

 そういう事情もわかりますが,やっぱり昔の哲学のほうが魅力的だと,私は思います。
 そして,「森羅万象の学」が今のプロの哲学者にとって「やりにくい」なら,アマチュアがそれを行えばいいのだとも思います……

 ***

 最後に「四百文字の偉人伝」をもう1本。

 昔の哲学が,大風呂敷な「森羅万象の学」や「学一般」であったなら,その源流はどこにあるのか。
 それは,古代ギリシアにあります。
 古代ギリシアの科学や哲学というのは,まさに「森羅万象の学」でした。

 その最大の人物であるアリストテレスの「四百文字の偉人伝」です。以前にこのブログでアップしたことがありますが,ここであらためて読んでいただければ,と思います。


アリストテレス

2300年前に書かれた1万ページの論文

 古代ギリシャの大哲学者アリストテレス(前384~前322)の著作は,岩波書店の『アリストテレス全集』で読むことができます。
 『全集』は,1冊平均500ページほどで全17巻。
 合計すると,なんと1万ページ近く(約9000ページ)にもなります。論理学,政治学,経済学,心理学,力学,天文学,気象学,生物学,生理学など,「森羅万象」(この世のすべて)といえるほどの幅広い分野を扱った論文集です。
 アリストテレスは,数世紀分にもおよぶ「古代ギリシャの歴史はじまって以来の哲学の文献」を徹底的に集めて検討したり,何百種類もの生物について観察や解剖をしたり,さまざまなギリシャの都市国家の政治体制を調査するなどして,これらの論文を書いたのでした。
 そんなすごい学者が,日本でいえば縄文時代の終わりころの今から2300年前にいたのです。
 彼の学説はその後2千年近くの間,最高の権威であり続けました。それもうなずけます。

とくに板倉聖宣著『ぼくらはガリレオ』(岩波書店,1972)に教わった。ほかに参考として,堀田彰著『(人と思想)アリストテレス』(清水書院,1968),出隆著『アリストテレス哲学入門』(岩波書店,1972)。

【アリストテレス】
古代ギリシャの学問を集大成した哲学者・自然学者。近代科学が成立するまでの約2千年間,最高の権威とされた。ガリレオなどの近代初頭の科学者に対しては,「検証や反論の対象」として影響や刺激を与えた。
紀元前384年生まれ 紀元前322年没

 ***

 今の哲学は「森羅万象の学」としての伝統を失い,狭い世界に閉じこもっている……そういうことを,これまでに述べました。

 でも,これからはわかりません。
 未来には,プロフェッショナルな権威ある知識人のなかから「近代文明のアリストテレス」があらわれるかもしれません。近現代の科学や学問を集大成し,体系だった世界像を提示して,後世に大きな影響を与える巨人が。

 21世紀中にはないかもしれませんが,22世紀とか23世紀とか,もっと先にはあるかも。
 でも,やっぱりないかな……

 そんな妄想で,今回は終わります(^^;)

(以上)
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2013年10月24日 (木) | Edit |
 今日10月24日は,「微生物の世界」を発見した科学者レーウェンフックの誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西のさまざまな偉人を400文字ほどで紹介するシリーズ。

 「レーウェンフック」といっても,多くの方はご存じないかも……でも,科学史では有名な人です。こういう「その筋では知られているけど,一般にはあまり知られていない」という人物も,このシリーズではときどきとりあげています。 


レーウェンフック

「個人的な趣味」ではのめり込めない

 1700年ころのオランダにアントニ・レーウェンフック(1632~1723 オランダ)という洋品店の主人がいました。彼は40歳ころに,当時はまだめずらしいものだった顕微鏡を自作してミクロの世界の観察をはじめ,それを生涯熱心に続けました。
 彼は顕微鏡のことを,周囲の人にあまり語りませんでした。
 そこで人びとの多くは,彼を「自分の世界にこもる偏屈なマニア」と考えました。
 でも,じつは彼には外国に科学者の仲間がいて,観察結果を報告する手紙を何百通も書き送っていたのです。彼は学会で「微生物の世界の発見者」と評価されていました。
 1人で趣味にひたっていたのではなく,「科学者のネットワーク」の中で研究活動をしていたのです。
 他人や社会とのつながりのある活動だったからこそ,彼は顕微鏡にのめり込むことができました。「個人的な趣味」では,そうはいきません。

宮地祐司「〈科学者・レーウェンフック〉の発見」『たのしい授業』1987年1月号(仮説社)に教わった。

【アントニ・レーウェンフック】
「微生物の世界」の発見者。肉眼では見えない小さな生物の観察結果をはじめて学会に報告した。彼の顕微鏡は小さなガラス玉のレンズ1個だけの虫眼鏡のようなものだが,当時としては最高の性能だった。
1632年10月24日生まれ 1723年8月27日没

 ***

 「科学」というと,「専門的なむずかしい世界」で,科学者が複雑な実験装置を使って研究している,といったイメージが一般的でしょう。
 たしかに,今の科学の主流は,専門家の世界です。

 しかし,近代科学の初期の時代(1500~1700年代)には,それとは異なる「アマチュア的な科学」の世界がありました。ここで述べた洋品店の親父=レーウェンフックが没頭したような,私たちにも理解できる「たのしい科学」の世界が。

 また,現代にもそのような「近代科学の初期のころの〈たのしい科学〉の伝統」を追いかけているアマチュア研究者たちがいて,私はおもにその人たちからレーウェンフックのことを知ったのでした。宮地祐司さんを中心とする「楽知(ち)ん研究所」というNPOの人たち。

 下の写真は,1990年代末から2000年代初頭に「楽知ん研究所」で発行した研究誌『初等科学史研究MEMO』です。第7号まで出て,発行部数は各500部。

初等科学史研究MEMO

 当時の楽知ん研究所は,まだNPOではなく,単なるサークルでした。しかし非常に熱気があって,「たのしい科学」に関するさまざまなレポートや記事への反響が,全国各地からこの研究誌に寄せられていました。

 職業的な研究者ではない人たちが,さまざまな文献を調べるなどして(ときには外国語の原典にあたりながら),せっせと書いていたのです。

 私も,『初等科学史研究MEMO』の第6号に,アメリカ独立革命についてのレポートを載せてもらったことがありました。「社会の科学」の研究としてです。

 1990年代は,パソコンや安価な印刷などの普及で,かなり手の込んだ印刷物を,以前よりもずっと多くの人がつくれるようになった時代。この研究誌は,そういう時代の産物だともいえるでしょう。

 そして,こういうアマチュアのミニコミ印刷物というのは,今はもう「ちょっと昔」のものなのかもしれませんね……「熱気にあふれた時代」はもう過ぎた,という感じがするのですが,どうなのでしょうか?

 ***

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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(以上)
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2013年10月22日 (火) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの58回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 といっても,具体的な文章のテクニックではなく,「とにかく書いてみよう」ということを強調してきました。
 今回は,書くための基本的な「構え」について,といったらいいでしょうか。


机に向かっていないと,書けない。

 このシリーズの別のところ(9月5日の記事)で,「机に向かっていては,本は読めない。ベッドの上のほうが読める」と書きました。
 でも,文章を書くときは,その逆です。机に向かっていないと,文章は書けません。

 世の中には,電車やタクシーの中でも原稿を書いてしまう,すごい人がいます。でも,真似できるものではありません。書くということは,読むことの何倍も集中力のいる行為です。

 集中するには,じっと机に向かっていることです。ワープロを前に,書こうとすることについてひたすら考えます。

 じっと待っていると,センテンスや考えが浮かんできます。
 そこですかさず,キーをたたく。
 急がないと,考えはどんどん逃げていきます。調子の悪いときでも,1~2時間やっていれば,何か出てきます。

 長く考えているほど,いろんなことが浮かんでくるようになってきます。30分ずつ4回に分けて考えるより,連続して2時間考えるほうが,トータルは同じでもはるかに多くの成果が上がります。

 情報のインプットは細切れの時間でもできますが,情報のアウトプット=書くことには,まとまった時間がないといけません。
 それに,ベッドで寝ころがっていてはワープロが打てないので,机に向かうことが必要です。

 細切れの時間や移動中でも書けるのは,すでに書く力を身につけた人だけです。書く力をつけるには,長い時間机に向かうしかありません。

 とりあえず,何も書けなくてもいいから,30分ほど机に向かっていられるよう,練習してみましょう。
 ほかのことではなく,「書く」という目的で,机に向かってみましょう。

(以上)
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2013年10月20日 (日) | Edit |
 最近,靖国神社への閣僚の参拝のことがニュースになっています。
 「秋の例大祭」という靖国神社にとって重要な祭事(宗教上のイベント)があり,それに合わせて複数の閣僚が参拝したのです。安倍首相も「年内に参拝する」と言い出した。これに対し中国や韓国で抗議や非難の声があがっているとのこと。

 念のために「こっそり知っておきたい常識」を書いておきます。

 靖国神社には,明治維新のころ以降の日本の戦争で没した,多くの兵士や軍人が祀(まつ)られているだけでなく,「A級戦犯」という,第二次世界大戦のときの日本政府の指導者たち(の一部)も祀られています。中国や韓国の人びとは,そのような「軍国主義の指導者」を祀る神社に,日本政府のリーダーが参拝することに抗議しているわけです。

 多くの兵士や軍人や政治家が「祀られている」というのは,一種の「神さま=拝む対象」として扱われているということ。
 なんだか不思議な感じもしますが,神道(神社の宗教)では,そのような「記憶にとどめるべき何かをした人を,神さまとして祀る」ということを行うのです。

 ***
 
 そんな話からはじめましたが,今回は「靖国」そのものがテーマではありません。
 もっと広く,「日中韓の関係」のことを述べます。

 日本と中国・韓国との関係は,この数年なんだか険悪になりました。
 緊張感が高まった,といってもいい。
 
 「靖国問題」も,その要素のひとつ。
 
 それだって,じつは最近になってとくに問題になったのだ,という人もいます。
 「靖国参拝に対し,中国や韓国で強く反応するようになったのは,2000年代はじめの小泉首相の参拝からで,そんなに昔からのことではない」という見解もあるのです。

 これには異論もあるでしょうが,「中国・韓国との関係がここ数年悪くなった」というのは,ほぼ誰もが感じていることでしょう。

 ***

 それにしても,これはなぜなんでしょう?
 いろんな解説がなされています。

 たとえば,「中国共産党は,大衆に対し日本を〈悪〉とみなす教育・啓蒙をして,社会への不満や怒りが共産党にではなく,日本に向くようにしてきたのだ」といった説明がされることもあります。

 たしかに,そういうこともあるのかもしれません。

 でも,そういう説明よりも,もっと基本的で当たり前のことを,まずは押さえたらいいと思います。
 そのうえで,より具体的な事情についても目を向けるといいのでは……

 では,何を押さえるのか。
 それは「経済発展による,日中韓の国力の相対的な関係の変化」です。
 つまり,「中国や韓国が急速に経済発展した結果,日本の国力(≒経済力)が,以前ほど中国や韓国に対し圧倒的ではなくなった」ということ。

 国力・経済力をはかる代表的なモノサシであるGDPで,それをみてみます。
  
 GDP(国内総生産)は,その国で生産された富の総額をあらわす数字。それを人口で割った「1人あたりGDP」は,その国の経済的な豊かさや発展度を示します。
 
 つぎの数字をみてください。
 ざっくりした数字ですが,こういうのはざっくりみることが大事です。

【日本・中国・韓国の1人あたりGDP,人口,GDP】
 2000年
    1人あたりGDP  人口    GDP
 日本   3.7万ドル   1.3億   4.7兆ドル
 中国   0.1万ドル   12.7億   1.2兆ドル
 韓国   1.1万ドル   4600万   0.5兆ドル

 2010年
    1人あたりGDP  人口    GDP
 日本   4.3万ドル   1.3億   5.5兆ドル
 中国   0.4万ドル   13.4億   5.7兆ドル
 韓国   2.1万ドル   4800万   1.0兆ドル


※中国の1人あたりGDPは,2000年:950ドル,2010年:4350ドル。2012年には0.6万ドル(6100ドル)になっている。人口やほかの国のGDPは,2010年以降現在まで「そう変わっていない」とみていい。

※円に換算するなら,いずれの年も,どんぶり計算で「1ドル100円くらい」(2000年:1ドル115円,2010年:88円)。「1万ドルは100万円くらい」「1兆ドルは100兆円くらい」ということ。

 今から10年余り前の2000年には,中国のGDPは,日本の4分の1でした。韓国は10分の1。
 それが2010年には,中国のGDPは日本を少し追い抜き,韓国は日本の5分の1になった。
 
 
 そうなったのは,おもに「1人あたりDGP」の向上で測れるような経済発展の結果です。

 日本の人口が増えていないのに,中国や韓国の人口がやや増えている,ということもあります。しかし,それよりも経済発展≒1人あたりGDPの向上が重要です。 

 2000年には,中国の1人あたりGDPは,日本の40分の1でしたが,2010年には10分の1になりました。
 韓国の1人あたりGDPは,2000年には日本の4分の1(か3分の1)でしたが,2010年には2分の1に迫っています。


 このように,GDPや1人あたりGDPでみた日本との「国力」の差は,以前よりも縮まってきたのです。

 2000年ころ,日本という経済大国は,中国や韓国からみて圧倒的な存在でした。
 日本は,中国からみて経済規模「4倍」の国であり,韓国からみれば「10倍」の国だったのです。

 それが,今や中国はGDPでは日本を追い抜き,韓国は1人あたりGDPでみれば「半分」のところまできた。

 このように発展して,日本との差が縮まれば,「日本に対する自己主張」が強くなってくるのも,十分考えられることではないでしょうか?

 「日本との戦争」「日本の支配」の過去があり,これまで「となりの経済大国・日本」を仰ぎみる立場だった国。それが「日本の背中がみえてきた」となれば,どういう雰囲気になるか……「愛国的な自己主張」のエネルギーが,とくに日本に向けられるということはあると思います。
 
 やや具体的にいえば,10年20年前には日本との貿易や,日本による投資や技術の提供といったことが中国や韓国の経済にとって,きわめて大事だったわけです。
 しかし,ここ数年は以前ほどではなくなってきた。
 すると,「日本には,いろいろ言いたいことがある」となってくるわけです。

 このように「経済発展による,日本と中国・韓国との格差縮小」が,問題の根底にあるのではないか。

 だとしたら,「中国や韓国との緊張関係は一時的なものではなく,中長期の問題としてじっくりと向き合う必要がある」ということです。小手先の何かで解決しようとしたり,一時の感情に走る,というのはダメということ。
 
 「問題」をあおっているつもりはありません。
 そうではなく,問題を冷静にみる材料になる話をしているつもりです。
 
 最近の中国,韓国との関係悪化の基礎にあるのは,共産党の陰謀や,中国や韓国の人の「民族性」などよりも,GDPで測れるような経済的な現象ではないか,と言っているのですから……
 もちろん「それがすべて」などとは言ってません。「それが基礎として関わっているのでは」ということです。

 以上,当たり前と言えば当たり前の話。
 ほかで似たような主張を見聞きした人もいるでしょう。
 でも,GDPの具体的な数字をみながらという機会は,あまりないのでは?

(以上)
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2013年10月17日 (木) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの57回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 前回,「まとまった文章を書くための考え方」として,「長編の文章も,じつは短い断片の集まりである」ということを述べました。今回は,その「断片」を「ひとつの作品」として書く,ということについて。

 ***
 
 先日(10月14日)のshin36aさんのブログ ろくろくさんじゅうろくaで,この「勉強法」シリーズの記事:とにかく完成させる を,引用・紹介していただきました。

 この記事は,「とにかく,書きかけた文章を完成させよう」という内容でしたが,ご自身もその考え方で決算や税務などに関する長文の記事(経営者としての体験に基づく迫力のある記事です)を書きあげたとのこと。
 自分の書いたものが,ある種の刺激になったのだとしたら,ほんとうにうれしいことです。
 
 また,当ブログについても「カテゴリーごとに非常に興味深い内容をわかりやすく書かれている」「面白いんで訪問してみてください 何か得るものがあると思います」と,強くオススメしてくださいました。ありがとうございます。

 shin36aさんのブログとは相互にリンクさせてもらっていますが,お互いブログ以外では見知らぬ仲。shin36aさんも書かれていましたが,ブログをしなかったら出会うことのなかった方々と接点を持ち,刺激を受けられるのは大きな楽しみだと,つくづく感じます。

 ***

 こんなふうに,細々でも何かを書きつづけていると,ときどき読者の方から声援をいただくことがあります。

 shin36aさんからの声援より少し前(9月末)には,ウォーリックさん(ブログ:阿鼻叫喚)から励ましのコメントをいただきました。ウォーリックさんも,ブログを通してのみ存じ上げる方。

 当ブログについて「理路整然と,それでいて読者を意識したスタイルで,難しいことを平易に置き換えて」いる,「読者フレンドリーなブログ」「得るところの多い記事の数々」……であると。

 独自の世界で多くの読者を得ておられるブロガーから,そのようなお褒めの言葉をいただき,感激しました。

 こういううれしさは,何年経っても憶えています。
 これまでに,励ましの言葉をくださった何人もの方々のことも,思い出されます。みなさん,ありがとうございます。

 ***

コラムを書いてみよう

 論文や一冊の本は,断片の集まりである――ということは,「1000字」程度の断片を書けることは,まとまった文章が書けるようになるための,重要なステップなのです。

 そこで,断片を書く練習をしましょう。
 「1000字」程度で完結する作品を,いくつも書いてみるのです。具体的には,500~1000字くらいのものを書くといいでしょう。「天声人語」などの新聞のコラムは,600字前後です。

 「コラム」という言葉が出ましたが,「500~1000字で書いてみよう」というのは,じつは「コラムを書いてみよう」ということなのです。

 コラムとは,ここで言う「断片」くらいの短い論説文のことです。論説とは,一定の事実・対象について,説明や意見を述べたものです。

 何でも題材にできるのが,コラムという形式です。ただ,小説のようなフィクションではなく,自分の心象(心の動き,イメージの世界)を中心に表現するのでもない,ということです。
 身の周りのこと,人生論,時事問題,科学,芸能・スポーツ……堅いことも柔らかいことも,コラムの題材になります。本や音楽などの批評にも,コラムとして書かれたものが多くあります。

 これは「エッセイ」と言ってもいいかもしれませんが,そう言うとかなりの人は身辺雑記などの,いかにも文芸的な文章を連想するようです。ここで「書いてみよう」と言っているのは,そういうものに限りません。だから,「コラム」と言うほうがいいでしょう。

 文章修業でコラムを書く効用は,評論家の福田和也さんが述べていることです(『ひと月百冊読み,三百枚書く私の方法②』PHP研究所 2004年)。大学の先生でもある福田さんは,ゼミで学生にコラムを書かせています。

 福田さんによれば,コラムを書く利点はつぎの三つです。

《①短いので,文章のすみずみまで神経を行き渡らせることができる。 ②人に読んでもらえる……③書くという前提で,事物に接する姿勢を育てることができる。》(同書47ページ)


 これは,自分のことを振り返っても,その通りだと思えます。「私が言う文章の断片とは,要するにコラムのことだ」と気がつきました。以下は,福田さんの論を下敷きにしています。

 ***

 コラムという形式には,いろんな長所があります。まず,初心者にも完成できる長さであること。それも,ちょうどいい長さ。

 文章の世界には,もっと短い形式もあります。たとえば「アフォリズム」という,短いものだと数十字以内で「深いこと」「気の利いたこと」を書く形式もあります。でもあまりに短いと,制約が多くて初心者にはかえってむずかしいです。だから,500~1000字くらいがいいのです。

 その長さなら,書くときに細かいところまで気を使えます。ていねいに書き,推敲する練習になります。
そして,その長さだと「読者を得やすい」ということがあります。一息で読めるので,多くの人がつき合ってくれるのです。

 「読者を得やすい」というのは,いろんな需要がある,ということです。
 つまり,いいものが書けたときに,雑誌(ミニコミ,ウェブ上の媒体含む)などに載せるチャンスがあります。当然ですが,大論文よりも短いコラムのほうが,掲載されやすいです。ブログの記事にも,適しています。

 二十代の私は,長い文章を書いてもなかなか人に読んでもらえませんでした。そこで三十を過ぎてからは,読んでもらえるように短い作品を書くことを,長い文章に取り組む一方で始めました。

 私の場合,それは歴史上の偉人・有名人について,400~500文字で紹介する――しかも単なる紹介ではなく,短くてもひとつのまとまった読み物にする,というものでした。これは,コラムの一種と言えるでしょう。そういうものを何十本か書いたのです(のちに100本以上書きました)。

 このコラム――『四百文字の偉人伝』(当初は『三百文字の偉人伝』)は周りの人に好評で,「読んでもらえる」手ごたえがありました。参加していたNPOによるミニコミの出版物にも載せてもらえました。そして,のちには商業出版にまでこぎつけたのです(この本と同じくディスカヴァー・トゥエンティワンから電子書籍として発売中。このブログにもシリーズとして一部を掲載)。

 何のテーマでもいいから,コラムを書いてみましょう。
 そして,人に読んでもらいましょう。
 それを何度もくり返すと,文章がかなり書けるようになっています。書くことの初心者を卒業できています。


(以上)
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2013年10月15日 (火) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの56回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 今回は「まとまった文章を書くための考え方」です。1冊の本のような長編の文章も,じつは短い「断片」の集まりです。それをふまえることが大切だ,という話。


「まとまった文章が書けない」という人は,
「断片」を書いて並べてみよう。


 「何か書いてみたいけど,まとまった文章を書くことができなくて」という人がいます。そういう人は,この勉強法のシリーズのように書いてみましょう(この「勉強法」は1冊の本になるよう書いています)。

 このシリーズは,毎回のブログの記事という「断片」の集まりです。ひとつの断片は,やや長いものもありますが,だいたい1000~1000数百字。原稿用紙3~4枚です。
 そんな「断片」をいくつも書いて,並べてみるのです。

 私は,この本に並んでいる順番で,断片を書いたわけではありません。
 書いた時期と並んでいる順番は,別物です。
 
 「本全体をどうしていくか」「どういう順番で断片を並べていくか」ということも,最初ははっきりしませんでした。断片が蓄積されていくにつれて,しだいに全体の構成も見えてきたのです。

 無理に体系的にしようとする必要はありません。断片と断片の論理的なつながりを,気にしすぎてもいけません。なんとなく関連のありそうなものをグルーピングしたり,明らかにつながりのあるものどうしを隣に並べたりする,といった程度でいいのです。

 ある断片と他の断片で,言っていることが矛盾しているように思える場合があるかもしれません。でも,あまり気にする必要はありません。たいていは,その矛盾がかえって本の内容に奥行を与えてくれます。

 物事というのは,本来矛盾に満ちているのです。無理に論理的な一貫性を持たせようとして書くと,平べったく,つまらないものになってしまいます。

 じつは,ほとんどの本は,断片を集めてできています。

 何かの新書を開いてみてください。文章のところどころに見出しがついています。見出しによって,文章は2~3ページごとに区切られていませんか? 新書の2ページは,だいたい千数百字です。おおまかに「1000字」と言っていいでしょう。

 この「1000字」が,本を構成する断片です。
 10の断片が集まると,論文になります。100集まると,一冊の本になります。

(以上)
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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年10月14日 (月) | Edit |
リビング3
我が家のリビング 

 私は築30数年の団地をリノベーションして,夫婦2人で住んでいます。
 「団地リノベ暮らし」の魅力について語るのは,このブログの柱のひとつ。

 でも,「団地は理想の住まい」だとは,思っていません。
 いろいろ制約がある中での「ひとつの選択肢」だと思っています。
 
 ほんとうの「理想の家」といったら,便利でかつ閑静なよい環境にあって,広々していて,立派な設備で……とかいうことになるのでしょう。そして,集合住宅よりも一戸建てのほうがいいはず。
 でも,そんな家が買える人は,少数派です。
  
 私たちには,いろいろ「制約」があるわけです。

 そのなかで,少しでも納得・満足に近づくために,どうしたらいいか。

 自分のなかで納得できる「妥協の組み合わせ」をさぐることではないかと思います。

 たとえば,郊外に行くほど,同じコストでより広い家に住むことができます。
 もしも「どうしてもこのくらいの広さは欲しい」というなら,少々通勤などが不便でも郊外に住むしかないでしょう。もしも,通勤の便利さや都会に住む楽しみを優先したいなら,広さを犠牲にしないといけないはずです。

 「いくらか広いけど郊外の不便なところにある家」と「便利な都会にあるけどかなり狭い家」――これはあくまで抽象的な例ですが,どちらも一定の妥協を含んだ選択肢です。

 もちろん,住まいをじっさいに選ぶときは,こんなに単純ではありません。

 検討すべき項目は,もっとたくさんあるわけです。各項目についても「広い・狭い」「便利・不便」のように単純に分けられるものではなく,その程度や中身はさまざまです。
 
 くりかえしますが,だいじなのは,予算などのさまざまな制約をふまえ,自分が最も納得できそうな「妥協の組み合わせ」をさぐることです。

 さきほど述べた「郊外か・都会か」は,ロケーションなどの基本条件にかかわる話でしたが,もっと具体的な間取りや設備にかんしても,この視点はだいじです。

 たいていの家には,「欲しい要素」をぜんぶ詰め込むことはできません。

 広々した玄関ホールがあり,トイレ,バスはゆったり充実していて,立派なこだわりのキッチンがあり,収納もいっぱいあって……といったことをすべて実現しようとすると,ほかの空間は狭くなってしまうでしょう。「リビングは,これしかないの?」という感じになる。

 だから,「欲しい要素」の間のバランスやさじ加減を考えないといけません。
 メリハリをつける,といってもいいです。
 それが「妥協の組み合わせ」ということ。

 ***

 ここまで,なんだかあたりまえの話ですね。
 でも,住まいを考えるとき,このような視点を,多くの人が忘れてしまうように思います。
 
 とくに私は「団地リノベ」「団地の魅力」についてよく語るわけですが,それに対する反応などから,そう感じるのです。

 つまり,「団地にはいいところがあるよ」というと,「でもね…」という反応が,しばしばあります。

 団地はエレーベーターがない(ことが多い),とにかく狭い,設備や内装が古い,防音や耐震性に問題がある,住民が高齢化していて街に活気がないかんじがする… 

 とにかく,いろんな「団地の問題点」があがってきます。

 そして,「だから団地はダメだ」「私は住めない(引っ越した)」と。

 個人の事情や選択の話としては,それでもいいのです。
 でも「住まいを考える議論」としては,「団地はエレベーターがないからダメ」みたいなところでは終わらせたくない,と私は思います。

 そこには「妥協の組み合わせをさぐる」という視点がないからです。
 
 私は,いろんな「妥協の組み合わせ」の結果として,今の団地の住まいを選びました。
 さきほどあげたような,団地のデメリットは承知しています。
 その一方で,団地の「良いところ」にも目を向けました。

 緑豊かで,静かな環境。
 見晴しのよいロケーション(私のウチの場合)。
 南北両面の窓を開放できる,南側に多くの部屋がとってあるなどの間取りの魅力。
 古びてはいるけど,見方によっては落ち着いた温かみのある建物。
 比較的安い物件価格。都内で1000万円以下のものもある……


 そして,リノベーション(全面改修)することで,自分好みの内装や間取りをつくっていく,ということも行いました。

 そうやって選び,つくりあげた住まいが,費用対効果としてどうなのか。

 そんなことをぜんぶ含めて考え,今の「団地リノベ」の住まいを選びました。
 
 このブログで述べていることには,「団地リノベの勧め」という面はもちろんあります。
 でもそれ以上に述べたいのは「住まい選びにおける,妥協の組み合わせの探究」ということです。その「探究のやり方」です。

 この 「やり方・考え方」こそが,大事だと思います。

 団地というのは,住む人に「妥協」をたくさん要求します。
 制約や問題だらけの住まいといってもいいです。
 ということは,団地リノベの話は,「妥協の組み合わせ」の探究や,改修などによる「問題の克服」の格好の素材ではないか。

 だから,そこに住むかどうかにかかわらず,団地について考えることは,「住まい」全般について考えるうえで参考になるのではないでしょうか。
 住まいに対する見方の幅が広がるわけです。
 
 ただ,このブログではこれまで「リノベした結果」ばかり述べてきました。私が団地を選び,リノベしたプロセスについては十分述べていませんでした。
 これからは,そういう「プロセス」についても,ちゃんと述べていきたいと思います。
 「団地リフォーム物語」ですね。

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(以上)
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テーマ:建築デザイン
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年10月12日 (土) | Edit |
 アメリカ合衆国では,10月12日は「コロンブス・デー」といって,大多数の州で休日なのだそうです(10月第2週の月曜を休日とする所もある)。
 1492年のこの日に,クリストファー・コロンブスが大西洋を横断し,アメリカ大陸に近いバハマ諸島というところに上陸したので,それにちなんでのこと。

 そこで今回は,コロンブスの「四百文字の偉人伝」を。
 古今東西のさまざまな偉人を,400文字程度で紹介するシリーズ。


コロンブス

何が画期的だったのか

 1492年に大西洋を横断し,ヨーロッパ人によるアメリカ大陸発見への道を開いたクリストファー・コロンブス(1451~1506 イタリア)。
 彼が画期的だったのは,「大西洋を渡ろうとした」ということではありません。
 それなら,先に何人かの人が考えています。しかし,その人たちが主張した航海の目的地は,宗教的な観念に基づく「伝説の楽園」といった,あいまいなものでした。
 これに対し,コロンブスは,当時最新の地理学説(今からみれば大きな誤りもある)に基づいて「アジアをめざす。アジアへの新航路を開拓し,貿易で儲ける」と主張しました。根拠のある,リアルな目標です。
 その目標設定が認められてスペイン国王というスポンサーがつき,航海が実現しました。
 そして,「幻想」に基づいて航海しようとした人たちには成し得なかった成果をあげたのです。
 「その挑戦がめざすもの」を的確に設定できなければ,成功はむずかしいのです。

増田義郎著『コロンブス』(岩波新書,1979)による。

【クリストファー・コロンブス】
大西洋横断の航路を開拓した航海者。「地球球体説」に基づき,従来とは逆に大西洋を西に回ってインドへ達しようとした。その途中で,新大陸に近いバハマ諸島にたどり着いた。
1451年?生まれ(1446年説あり) 1506年5月20日没

 ***

 つけ足しの話をします。
 「コロンブスはアメリカ大陸を発見したのか?」ということについて。
 
 じつはコロンブス自身は,自分はインド(アジア)に到達したと思っていました。のちに1500年代になって,ほかの航海者・探検家たちによって「インドではなく新大陸」ということが明らかになります。「新大陸である」という説を最初にとなえたアメリゴ・ベスプッチにちなんで,「アメリカ」という名称が生まれました。

 でもとにかく,コロンブスは「のちにアメリカ大陸といわれる土地」に到達した。これを「アメリカ大陸の発見」というべきか?

 近年は,「コロンブスは,アメリカを〈発見〉などしていない」ということになっています。
 アメリカ大陸には,先住民の人びとが1万数千年前から住んでいたのだ,コロンブスはそこへやってきただけだ,というわけです。まあ,たしかにそうです。

 この何十年のあいだに「西洋中心主義(なんでも欧米がエライ)」が批判され,さまざまな文化の固有の価値を尊重する「多文化主義」「文化相対主義」などの思想が有力になりました。
 その流れの中で「〈コロンブスのアメリカ発見〉などというのはいかにも西洋中心の見方で,まちがっている」ということになったのです。

 それから,「コロンブス以前にアメリカに到達した航海者」も,発掘されています。

 代表的なのは「ノルマン人(≒ヴァイキング)が西暦1000年ころ北米に達し,移住・植民も試みられたが,途絶えてしまった」という話。
 あと「1400年代初頭に中国の明王朝の船がコロンブスより数十年先に北米に行っていた」という説もあります。

 このうち,「ノルマン人の北米発見」は,歴史学者たちのあいだでほぼ「事実」と認められているようです。
 「中国人による発見」のほうは,異端の説にとどまっています。

 でも,ノルマン人によるものであれ,中国人によるものであれ,いずれにせよその「航海・発見」はあとが続かなかったわけです。だから歴史上の「埋もれた事実」に一度はなったのです。

 これに対し,コロンブスの航海以後は,スペインなどの多くのヨーロッパの船が南北のアメリカ大陸と行き来するようになりました。それはノウハウの蓄積など,航海をさかんにする社会的な取り組みがあったからです。

 コロンブスの航海は,たしかに「アメリカ発見」とはいえないのかもしれません。

 しかし,それが「発見」であったかどうか以上にだいじなのは,「航路を開拓した」ということです。
 つまり,「コロンブスのあとに続くほかの船乗りも,アメリカに行けるようになった。それが継続・発展した」ということ。
 「再現性のある,一種の技術革新をした」といってもいい。
 それが,コロンブスの功績です。

 ***

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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テーマ:歴史
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2013年10月10日 (木) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの55回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 今回の「とにかく完成させる」というのは,あたりまえに思うかもしれません。でも,「文章を相当書いている」という人でも,できていない場合があります。


短くても,とにかく完成させよう。

 あるとき――20代の終わりころ――部屋の整理をしていて,反省したことがあります。自分の書いた原稿が整理箱からいろいろ出てきたのですが,どれもこれも書きかけばかりなのです。

 何年も書き続けているのに,最後まで書いて一応でも「完成」となっているのは,いくらか長いものだと,ほんの数本しかありません。「これではいけない」と思いました。

 若いころの私は,力もないのに「大論文」を書くことばかり考えていました。書き始めると,最低でも原稿用紙百枚くらいかかりそうなものばかり書こうとする。そして,20~30枚のところで力尽きてしまう。

 いかに雄大な構想で書いていたとしても,完成していないことには人に見せられません。
 人に見せられない文章を書いても,意味がありません。

 私は,書きかけでも友達に無理やり読ませて感想を言ってもらっていましたが,友だちも迷惑だったことでしょう。

 ごく親しい人は別にして,人に読んでもらうには,完成させることです。

 完成させるには,どうしたらいいでしょうか?
 だんだんわかってきたのは,書こうとしている大きなテーマを,小さなテーマに分解していくことです。

 原稿用紙300枚の構想があったら,10~20枚のレポート20本くらいに分ける。1本1本を,独立した作品として書いていく。
 そうすると,結果として3本書いただけで力尽きても,完成品が3本残ります。その3本は,どれも人に読んでもらうことができます。

 最初のうちは,原稿用紙10~20枚の構想を,1本1000字くらいの断片に分けて書くといいでしょう。この本の1項目くらいの長さです。

 いや,「100字で1本」ということでもいいのではないでしょうか。ハガキ一枚分でひとつの作品です。世の中には,ハガキのような紙に短い詩や人生訓を書いて,道端で売っている人もいます。ツイッターの1回の投稿も,その長さの世界です。

 完成品ならハガキ1枚でも売り物になりますが,未完の大論文は,何にもなりません。どんなに短くてもいいから,とにかく完成させることです。

(以上)
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2013年10月07日 (月) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの54回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 今回は「読んでもらう範囲や完成度に応じた,アウトプットの段階」というテーマです。

 その「段階」の最終形は「世間に公表する」ということですが,「内輪で読む」など,その前段階もある,ということ。

 ではブログというのは,アウトプットとしてどのような「段階」なのか? 
 私は,「世間に公表する」段階にあたると思います。不特定多数の目に触れる可能性があるのですから。ここは,異論もあるとは思います…
  
 私は,「何千人に読まれてもいいように」と思って,このブログを書いています。実際にはそんなに多くの読者はいないわけですが,大勢の人に読んでもらうつもりでやっているのです。


アウトプットには三段階ある。
1 自分だけが読む
2 仲間に読んでもらう
3 世間に公表する


 いきなり完成品を書こうとすると,書けなくなります。本や雑誌の文章,学術論文などがアウトプットとしての「完成品」ですが,アウトプットのかたちはそれだけではありません。

 アウトプットには段階があります。(1)自分だけが読む,(2)仲間に読んでもらう,(3)世間に公表する,という三つの段階です。「アウトプットには段階がある」というのも,板倉聖宣さん(教育学者,科学史家)から学んだことです。

 「自分だけが読む」段階というのは,「おぼえ書き」や「研究ノート」といったものを指しています。
 ここでは,まともな文章になっていなくてもいいから,考えたことや調べたことを片端から書く。自分さえわかればいいのです。

 つぎに「仲間に読んでもらう」段階です。
 ここでは,人に読んでもらうため,文章として一応完成されたものを書きます。
 でも,データの収集や内容の整理は,まだ不十分でもかまいません。不確かなことや,余計なことも書いていいのです。信頼できる仲間うちでなら,それが許されます。

 そして,仲間の意見や感想を参考にして,次の段階へ進むかどうかの判断を行います。
 多くの場合,ここで「これでは駄目だ」ということになるのです。そのときは,落ち込みます。そこでかなりの人は,自分の作品を仲間の批判にさらすことをためらってしまいます。
 しかし,きちんとしたものをつくりたければ,ここを乗り越えないといけません。

 それでも,人からきびしいことを言われるのは,やはりつらいものです。傷つきやすい人は,ちょっと何かを言われただけでやる気をなくします。

 そういう人は,作品を見せる相手をよく考えることです。「この人だったら,少々のことを言われてもいい」という信頼関係のある人にだけ,見せるようにする。そうすれば,「仲間に読んでもらう」段階をスムースに行えるでしょう。

 仲間に好評だった場合は,「よし,やるぞ」という気になります。完成させるためのエネルギーを得ることになるのです。そうやって,「公表する」段階の作業に入っていきます。

 よほどの力がないかぎり,いきなり「公表する」つもりで書き始めると,完成できずに終わります。書き慣れていない人は,ここでお話しした三つの段階を,意識してやっていくといいでしょう。

 各段階なりに,自分の考えを吐き出すことが大事なのです。

(以上)
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2013年10月06日 (日) | Edit |
 来年4月1日から消費税率が8%に上がるのが決まったので,今回は税金の話です。
 毎度のことですが,超ざっくりとした,広い範囲をみわたすような話をします。とにかく,それしかできないので……「こっそり手軽に常識を知る」のにも使えるはずです。

 まずお話ししたいのは,税金の分類について。
 ものごとの「全体像」をイメージするには,まず大まかな「分類」を考えるといいのです。

 ***

 税金にはいろいろありますが,それを「直接税」「間接税」に分類することがあります。
 
 所得税,法人税,住民税,固定資産税,相続税などは直接税。消費税,酒税,揮発油税などは間接税。
 
 直接税…税の負担者が直接政府などに税金を納める場合
 間接税…税を納めるのが負担者でなく,課税対象となる商品を販売した事業者などである場合


 たとえば消費税の場合は,税を負担するのは消費者(買った人)ですが,政府などに税金分のお金を直接納めるのは,商品を売った事業者です。だから,消費税は間接税。

 さて,「直接税・間接税」という分類は,税金の分類としてよくみかけるのですが,ほかに「所得課税」「消費課税」「資産課税」という分類も,知っておくといいでしょう。

 「所得課税」とは,収入や利益をベースに税金をかけること。所得税や法人税はそうです。個人や法人への住民税もそうです。

 「消費課税」とは,モノやサービスを買うことに対し税金をかけること。その代表は消費税です。酒税,揮発油税,たばこ税などもそう。税金を「直接・間接」に分けたときの「間接税」は,これにあたります。

 「資産課税」とは,財産の保有・移転に税金をかけること。固定資産税や相続税などはそうです。

 「所得課税・消費課税・資産課税」という分類のいいところは,経済における「お金・資産の動き」に沿っている点だと,私は思います。

 つまり,世の中のお金の流れとしては,所得があり,消費(買い物)があり,ストックとしての資産がある。経済は,だいたいこの3つで成り立っています。

 ということは,「所得課税・消費課税・資産課税」という「3分類」は,「人間の経済活動のどの局面に対し課税するか」という視点での分類なのです。
 「直接・間接」という分類と「所得・消費・資産」という分類は,重なるところもありますが,後者の「3分類」のほうが経済を考えるうえでは,より整理されていると思います。

 では,ここで問題です。

【問題】
 「所得課税・消費課税・資産課税」のうち,日本の税収(国税と地方税の合計)で,一番多くの割合を占めるのは,どれだと思いますか?

(予想)
 ア.所得課税  イ.消費課税  ウ.資産課税

                     
 ***

 最新の日本の税収(国税と地方税の合計,平成25年度予算81兆円)を,税の「3分類」でみると,次のような内訳です。

 所得課税53%  消費課税31%  資産課税16%

 つまり,所得課税が一番比重が高いということ。

 帯グラフ(雑な手描きですが)であらわすと,こうなります。
 タテ線による3分割は「所得課税・消費課税・資産課税」です。ヨコ線は,その3項目をさらに分ける線です。

「3分類」による日本の税の内訳(平成25年度予算)
「3分類」による税金の内訳

 所得課税には,個人が支払う所得税などと,企業などの法人が支払う法人税などがあります。
 税収全体に占める個人が支払う所得課税の割合は,32%。法人が支払う所得課税は,20%ほどです。

 消費課税のうち最大のものは,消費税です。
 税収全体に占める消費税の割合は,13%。

 資産課税のうち最大のものは,固定資産税です。
 税収全体に占める固定資産税の割合は,11%。
 なお,相続税が税収全体に占める割合は2%弱で,全体の中ではそんなに大きくありません。

 ***

 「国の税金システム」を設計するうえで,基本のひとつとなるのは,「所得課税・消費課税・資産課税それぞれの割合をどんなサジ加減にするか」です。

 たとえば,「所得課税中心でいこう」とか「いや,消費課税中心で」といったことです。
 ほかにも,「3つの課税をバランスよく」とか,いろんな考え方があるでしょう。

 では,日本の税金システムの基本設計は,どうなのか?

 基本的には,「所得課税」中心といっていいでしょう。
 税収の5割以上が「所得課税」なのですから。

 じつは,何十年か前には,日本の税金はもっと「所得課税中心」でした。
 1970年代には国税(地方税は含まない)の,60~70%を所得課税(所得税や法人税など)が占めていました。

 これは,ほかの税金,とくに「消費課税」の割合が低かったということです。

 現在「消費課税」のシェアは30%くらいです。
 そのメインの消費税が,税金全体に占める割合は10%くらい。

 しかし,1989年に消費税が税率3%ではじまったときには,(当然ですが)その割合はもっと低いものでした。
 「税率3%」の時代(1989~96年)に,消費税が税金全体に占める割合は,だいたい5~6%。
 これが,97年に現在の「税率5%」に引き上げられてから,10%程度のシェアになりました。

 今の日本の税金の全体的なシステムは,「所得課税中心」をベースに,近年は「消費課税」の割合を増やして修正したもの,といえるでしょう。

 ***

 日本の「所得課税中心」という税金のシステムは,第二次世界大戦(~1945)以後にできたものです。

 それ以前は,「所得課税中心」とは,ちがうシステムでした。
 では,どのようなものだったのか?
 
 明治の末から昭和戦前にかけての日本の税金のメインは,「消費課税」でした。1910年(明治43)には,酒・タバコにかかる税金が,国税収入の4割ほどを占めていました。

 さらにさかのぼって,明治時代の前期には,日本の税金の中心は「資産課税」でした。
 それは「地租」という,田畑の地価の3%を税金として納めるものです。1875年(明治8)には,地租が国税全体に占める割合は85%にもなりました。(以上,戦前の税金については板倉聖宣『歴史の見方考え方』より)。

 このように,時代によって,「税金システムの基本設計」は,大きく異なるのです。
 つまり,時代にあわせてシステムをつくり変えてきた,といえます。

 では,これからどうなるのか? どうしたらいいのか?

 今の動きの延長線上だと,「所得課税中心」から「消費課税中心」へ移行しつつあるといえるのでしょう。あるいは,「所得課税と消費課税をバランス良く」ということかもしれません。

 はたしてそれでいいのか,という議論は当然あるでしょう。

 そういう議論の基礎として,私たちは「所得課税」「消費課税」「資産課税」それぞれの特徴を知らないといけないと思います。
 たとえば,それぞれのうちのどれかを強化した場合に,どんなことが起こり得るのか?……そんなことを少しでいいから知っておくのです。

 そんな「所得課税・消費課税・資産課税,それぞれの特徴」の話を,次回にしたいと思います。今回はここまで。

(以上)  
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2013年10月04日 (金) | Edit |
 10月5日は,ビートルズのデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥー」が発売された日です。1962年のこと。
 そこで今回はビートルズの「四百文字の偉人伝」を2本立てで。古今東西のさまざまな偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。

 ***

 ビートルズのファンやマニアの方は大勢いて,その筋のブログも数多くあります。
 そういう専門的な視点からすると,以下の「四百文字」の話はいかにも「浅い」かもしれません。

 でも,この「四百文字の偉人伝」の話は,どれもそうです。

 つまり,いろんなジャンルの人物をとりあげていますが,「その筋の人」からみれば「そんなの常識」みたいな話ばかり。
 でも,その人物や,関わる世界をよく知らない人からみれば,新鮮な話だったりするのです。
 
 そんな話に触れて「未知の世界を少しだけ垣間見た感じ」になってくれればいいな,と思っています。

 「四百文字の偉人伝」は,すでに100余りの話を書いています。それをまとめたものが,ディスカヴァー・トゥウエンティワンという出版社から,電子書籍ですが商業出版されてもいます(今回の記事の末尾参照)。

 もしよかったら,その「100話」をまとめて読んでみてください。
 
 「100話」の短い偉人伝は,いわば「人類の文化遺産のいろいろな領域につながるドア」だと思っています。 つまり,それぞれの偉人が関わるさまざまな世界・分野への興味のキッカケになれば,ということです。科学,哲学,発明,探検,美術,音楽,政治経済,企業経営,社会事業などのさまざまな領域……

 そして,そんな「さまざまな世界」を垣間見ることを100回もくり返すと,みえてくるものがあります。

 「この世にはいろいろなすばらしいもの,意義のある仕事,知るに値することがある」という,視野がひらける感覚です。

 これは,私自身が「四百文字の偉人伝」の100話余りを書いてきて,味わった感覚。
 それは,「100回」という「量」の積み重ねによって,はじめて生まれてくるのだと思います。そして,1回が「400文字」だから,気軽に100回くり返せる。

 まえおきが長くなりました。
 以下のビートルズの話も,そんな100余りの「ドア」のひとつのつもりです。


ビートルズ

修行時代の終わり

 ビートルズは,本格デビュー前の1960~1962年に,ドイツのハンブルクに何度か行っています。
 長いときは数ヶ月にわたる巡業。クラブのステージで1時間ほどの演奏を,多いときは1日5~6回(かそれ以上)。のべ何百回にもおよぶステージ。
 この圧倒的な量のつみ重ねで,彼らの音楽は筋金入りになりました。
 その過程で,メンバーの1人は「別の仕事をしたい」と脱退しました。
 デビュー直前にはもう1人,ドラム担当のメンバーが「腕がイマイチ」とされて,リンゴ・スターと替えられてしまいました。それも,青春ドラマなどにありがちな「オトナたち(プロデューサーなど)の差しがね」ではなく,メンバーのジョンやポール自身が積極的に動いた結果です。
 非情なことですが,このときのジョンたちには「いい音楽をつくる」ことがとにかく重要だったのです。
 多くのつみ重ねの結果,彼らにはふつうの人にはみえないものがみえるようになっていました。
 このときが,ビートルズの「修行時代」の終わりでした。

グラッドウェル著・勝間和代訳『天才!成功する人びとの法則』(講談社,2009)に教わった。このほか,和久井光司著『ビートルズ』(講談社,2000)による。


ビートルズの大失敗

 ビートルズ(活動1962~1970)の楽曲二百数十曲のほとんどは,メンバーのジョン・レノン(1940~1980)とポール・マッカートニー(1942~)による作詞・作曲です。
 しかし,その楽曲の権利はジョンやポールのものではありません。彼らに一定の印税は入りますが,作品の出版や使用についての決定権は持っていません。その意味で「自分のもの」ではないのです。
 じつは,彼らはデビューしてまもなく,自分たちの楽曲の権利を契約会社に譲り渡すことになる書面にサインしていました。
 無理もないことですが,知的所有権やそれに関わるビジネスのしくみについて,彼らはまったくの無知だったのです。
 その後,権利は何人かの手を渡り,一時期は歌手のマイケル・ジャクソンがおもな所有者でした。
 自分のアイデアや創造は,くれぐれも大切に扱いましょう。

コールマン著・中川聖訳『ポール・マッカートニーと『イエスタデイ』の真実』(シンコー・ミュージック,1996)による。田中靖浩著『経営がみえる会計』(日本経済新聞社,1999)に教わった。

【ビートルズ】
20世紀の新しい音楽を集大成し,ファッション,アートなどの文化全般や,若者のライフスタイルにまで影響を与えた4人組のグループ。1962年イギリスでデビュー。64年以降世界的人気に。70年解散。

1962年10月5日 デビューシングル発売 1970年4月(ポールの脱退宣言により)解散

 ***

 余談ですが,ポール・マッカートニー(現在71歳)という人は,現存する「20世紀の偉人・文化人」のなかで一番の大物かもしれません。

 今生きている人で「20世紀に,ビートルズのポール・マッカートニーに匹敵する活躍をした文化人」って思い浮かびますか? 音楽だけの話ではなく,芸術・文化の全ジャンルをみわたして,です(くりかえしますが,「今生きている人」で)。
 私はとくにビートルズファンではなく,ひいき目はないつもりですが,どうも思いあたりません。

 「もっと素晴らしい仕事をした人はいる」という意見はあるかもしれません。でも,ビートルズほどメジャーではないはずです。
 あるいは,同じくらいか,もっと「メジャー」といえる20世紀の文化人もいるのでしょう。
 ピカソとかアインシュタインなんて,そうかもしれない。スティーブ・ジョブズを「文化人」とみなせば(21世紀にも活躍したけど)そうだったかも……でも,みんな死んでしまいました(ジョン・レノンも死んでしまったわけですし)。

 というわけで,私はポール・マッカートニーを「現存する・世界最大の文化人」と認定しています(^^;)
 「20世紀の生き残りのうち,最大の人物」といってもいいかも。

 ご本人には,たぶんその自覚はないでしょうが。

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 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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(2013/02/04)
秋田総一郎

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2013年10月02日 (水) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの53回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 今回は「書こうとしても,なかなか書き出せない」「文章の構成に悩む」という人に向けた話。


書きたいことから書けば,書き出せる。

 「書きたいことから書けば,書き出せる」というのは,作家の中谷彰宏さんの本(『人は誰でも作家になれる』ダイヤモンド社 1996,のちにPHP文庫 2003)に出ていたもので,好きな言葉です。

 文章の構成についてあれこれ考えると,うまくいきません。構成は大事なのですが,それを意識しすぎると,かえってまずい構成になるのです。

 あれこれ考えないで,書きたいことから書きましょう。

 「書きたいこと」が一番面白いところのはずです。人に読んでもらうには,いいところを最初にもってくることです。多くの文章家が,同じようなことを言っています。

 慣れないうちはつい,いいところをあとにとっておこうとしてしまいます。
 私も,そういう失敗をくり返してきました。

 文章を友人に読んでもらって,「最初は何を言いたいのかわからなかったけど,最後のところまで読んでやっとわかった」と言われたことがあります。友人だから最後までつきあってくれましたが,一般の読者だったら,1ページでやめてしまうでしょう。

 書きたいことから書くと,文章が書きやすくなります。一番気になることをまず吐き出してしまうことで,気分が楽になるのです。自分が表現しようとしている世界へ,すっと入っていける感じがします。書きたいことを書いているから,気分が乗ってきます。

 逆に,書きたいことをあとにとっておこうとすると,書くのがつらくなります。あとの楽しみのために,がまんして準備作業をしているような感じになるからです。

 とにかく,書きたいところから書き始めて,ひととおり書いてしまう。
 それから,必要ならば順序を入れ替えればいいのです。


 でもたぶん,「最も書きたいこと=読者に伝えたいこと」を最初にもってくるのが,いいのではないかと思います。

 この「勉強法」のシリーズは,1冊の本にすることを意識して書いていますが,一番書きたいことを最初にもってきています。「自分の関心を大切にしよう」「先生に出会うことが大切だ」といったことです。この「勉強法」で一番伝えたいのは,そのことなのです。

(以上)
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