FC2ブログ
2013年10月26日 (土) | Edit |
 前回の記事で,1500~1700年代の「たのしい科学」ということを,少しお話ししました。
 近代科学の初期の時代には,現代のように高度に専門化した「科学」とは異なる,私たちにも理解可能で手が届く感じの「科学」があった,ということです。

 それは,ようするに当時の科学が未発達だった,ということ。
 でも,そこには「創業期(はじまりの時代)」の魅力というのがあるわけです。

 そして,そのような「科学の創業期」には,自然科学と人文・社会系の学問のあいだの交流も活発でした。
 自然科学が未発達でアマチュア的であれば,専門外の人たちも,その世界にクビを突っ込んでいろんな刺激を受けやすかったのです。

 今回は,そのあたりにかんする「四百文字の偉人伝」を,3つまとめて掲載します。
 ※「四百文字の偉人伝」:古今東西のさまざまな偉人を400文字程度で紹介するシリーズ

 1つめは,かつての「たのしい科学」の時代の雰囲気をお伝えするもの。


サントリオ

実験生理学の父は「科学くん」

 1600年ころのイタリアにサントリオ・サントリイ(1561~1636)という医師がいました。彼は,人間の体重変化について研究していました。そのために,「人間が座って体重を測れる大きな天秤をつくり,1日じゅう乗って飲食したり排泄したりしたときの体重の変化を記録する」という実験を行いました。
 天秤にはイスがついていて,そこで食事やトイレもできます。実験台は,サントリオ自身。
 これで徹底的に体重の変化を調べていった結果,「大小便をしなくても,絶えず少しずつ汗が出て体重が減る」といった現象が明らかになりました。
 なんだかテレビのバラエティでやっている実験みたいです。ちょっと笑える感じもします。
 しかしこの実験は,人間の生理を数量的に明らかにする研究の先駆でした。サントリオは「実験生理学の父」といわれています。
 彼は天動説のガリレオとも親交があり,たがいに影響を受けています。実験による謎解きに夢中な人たち。近代科学を切りひらいたのは,こういう「科学くん」たちだったのです。
 
『科学者伝記小事典』(仮説社,2000)などの板倉聖宣氏の著作による。

【サントリオ・サントリイ】
体重変化の研究などで「実験生理学の父」といわれる医師。脈拍計や体温計の研究でも先駆者である。ベネチア共和国のパドヴァ大学の教授であり,大学の同僚のガリレオや地元の科学好きのアマチュアらと科学愛好家のサークルをつくって活動したりもした。
1561年3月29日生まれ 1636年2月24日没

 ***

 もうひとつは,「たのしい科学」の時代の,哲学と自然科学の関係にかかわる話です。


ロック,カント,ヘーゲル,マルクス

自然科学は避けて通れない

 「イギリス経験論」の哲学者ジョン・ロック(1632~1704 イギリス)は,大学で医学や自然科学を学びました。
 「ドイツ観念論」の巨匠,カント(1724~1804)やヘーゲル(1770~1831)の学位論文は,天文学にかんするものでした。カントは,太陽系の起源を論じる「星雲説」を,ヘーゲルは「惑星の軌道」をテーマにしています。
 共産主義の思想で知られるカール・マルクス(1818~1883 ドイツ)の学位論文は,古代の原子論をあつかったものです。また,彼は数学の論考をいくつも残しています。
 彼らのおもな業績は,いずれも人間の精神や社会の問題についての著作で,理数系の世界=自然科学とは縁がなさそうにみえます。
 しかし,このように偉大な哲学者・思想家の多くが,若いころから自然科学に深い関心をよせていたのです。
 大きな思想を築きあげるうえで,自然科学の知識や考え方は避けて通れないようです。おそらく,いろんな分野でそうなのです。

瀬江千史『看護学と医学(上巻)』(現代社,1997)に教わった。参考としてヘーゲル『惑星軌道論』(法政大学出版会,1991)など。

【ジョン・ロック】
近代思想の源流のひとつとなった哲学者。「人間の心は本来白紙であり,経験によってつくられる」という「経験論」や,「人民の抵抗権(革命権)」を説いた。
1632年8月29日生まれ~1700年10月28日没

【イマニュエル・カント】
哲学の古典的な学派「ドイツ観念論」の原点になった哲学者。感覚を超えた「真の実在」を想定して世界を説明する「観念論」を綿密につくりあげた。 
1727年4月22日生まれ~1804年2月12日没

【ゲオルグ・ウィルヘルム・フリードリッヒ・ヘーゲル】
ドイツ観念論を集大成した哲学者。「事物の運動・発展を説明する論理」である「弁証法」を軸に,世界史や国家について独自の理論を展開。マルクスにも影響をあたえた。
1770年8月27日生まれ~1831年11月14日没

【カール・マルクス】
『資本論』などのぼう大な著作で,後世に「マルクス主義」の教祖とされた思想家・経済学者。
1818年5月5日生まれ~1883年3月14日没

 ***

 ここに取りあげた昔の学者の「哲学」は,現代の「哲学」とだいぶ様子がちがいます。

 昔の哲学は「森羅万象(この世界・宇宙のすべて)を論じ,そこから世界の全体構造や,世界全体をつらぬく一般論を語る」というものでした。

 板倉聖宣さん(教育学者・科学史家)は,昔の哲学を「森羅万象の学」と言っています。

 また,南郷継正さん(武道家・哲学者)は,哲学とは「学一般」である,と言っています。これは,「さまざまな科学や学問領域のあいだをつらぬく一般的な理論を追求する」という意味です。

 哲学が「森羅万象の学」ならば,昔の哲学者は,いろんな分野のことにクビを突っ込んだわけです。
 「いかにも哲学」という分野だけでなく,社会科学はもちろん自然科学にも強い関心を持ち,さきほど述べたように,自然科学系の論文を書いたりもしているのです。

 そういう「大風呂敷」が大好きだったのです。
 
 「大風呂敷」の精神は,科学者の側にもありました。
 「たのしい科学」の時代の一流の自然科学者は,「哲学」的であろうともしていました。つまり,個別専門的な現象を研究しつつ,そこから「この世界はどうなっているか」についての幅広いイメージや論理を明かにしようとしていたのです(この点については,今回は立ち入りません)。

 なお,1800年代後半のマルクスは,ここでいう「たのしい科学」の時代よりやや後になりますが,昔の哲学者の「大風呂敷」の伝統を引き継ぐ,最後の「巨人」だったといえるでしょう。

 これに対し今の哲学は,「いかにも哲学」な世界にテーマを限定する傾向があります。
 つまり,論理学とか認識論とか倫理学とかの世界から出ようとしない。

 これは,現代の政治経済や,近年の科学が明らかにした自然現象の世界に本格的に分け入ることなく,もっぱら一般的な教養や常識を素材にして,机の前でウンウンうなりながら理屈を考えている,ということ。

 現代の物理学や天文学の成果をもとに,独自の宇宙論を展開して,専門の天文学者をうならせたりする哲学者なんていないでしょう。でも,カントやヘーゲルは,この手のことを彼らの時代で行いました。現代の哲学では,そんなことは考えられない。 

 それも無理のないことです。今の自然科学も社会科学も,カントやヘーゲルのころよりずっと発達してムズかしくなりました。
 だから,門外漢は口出ししにくいです。ヘタに口を出せば無知をさらけ出すかもしれない。それではインテリのプライドに傷がつく……そういうわけで,現代のプロの哲学者としては,大風呂敷を広げにくいのでしょう。

 そういう事情もわかりますが,やっぱり昔の哲学のほうが魅力的だと,私は思います。
 そして,「森羅万象の学」が今のプロの哲学者にとって「やりにくい」なら,アマチュアがそれを行えばいいのだとも思います……

 ***

 最後に「四百文字の偉人伝」をもう1本。

 昔の哲学が,大風呂敷な「森羅万象の学」や「学一般」であったなら,その源流はどこにあるのか。
 それは,古代ギリシアにあります。
 古代ギリシアの科学や哲学というのは,まさに「森羅万象の学」でした。

 その最大の人物であるアリストテレスの「四百文字の偉人伝」です。以前にこのブログでアップしたことがありますが,ここであらためて読んでいただければ,と思います。


アリストテレス

2300年前に書かれた1万ページの論文

 古代ギリシャの大哲学者アリストテレス(前384~前322)の著作は,岩波書店の『アリストテレス全集』で読むことができます。
 『全集』は,1冊平均500ページほどで全17巻。
 合計すると,なんと1万ページ近く(約9000ページ)にもなります。論理学,政治学,経済学,心理学,力学,天文学,気象学,生物学,生理学など,「森羅万象」(この世のすべて)といえるほどの幅広い分野を扱った論文集です。
 アリストテレスは,数世紀分にもおよぶ「古代ギリシャの歴史はじまって以来の哲学の文献」を徹底的に集めて検討したり,何百種類もの生物について観察や解剖をしたり,さまざまなギリシャの都市国家の政治体制を調査するなどして,これらの論文を書いたのでした。
 そんなすごい学者が,日本でいえば縄文時代の終わりころの今から2300年前にいたのです。
 彼の学説はその後2千年近くの間,最高の権威であり続けました。それもうなずけます。

とくに板倉聖宣著『ぼくらはガリレオ』(岩波書店,1972)に教わった。ほかに参考として,堀田彰著『(人と思想)アリストテレス』(清水書院,1968),出隆著『アリストテレス哲学入門』(岩波書店,1972)。

【アリストテレス】
古代ギリシャの学問を集大成した哲学者・自然学者。近代科学が成立するまでの約2千年間,最高の権威とされた。ガリレオなどの近代初頭の科学者に対しては,「検証や反論の対象」として影響や刺激を与えた。
紀元前384年生まれ 紀元前322年没

 ***

 今の哲学は「森羅万象の学」としての伝統を失い,狭い世界に閉じこもっている……そういうことを,これまでに述べました。

 でも,これからはわかりません。
 未来には,プロフェッショナルな権威ある知識人のなかから「近代文明のアリストテレス」があらわれるかもしれません。近現代の科学や学問を集大成し,体系だった世界像を提示して,後世に大きな影響を与える巨人が。

 21世紀中にはないかもしれませんが,22世紀とか23世紀とか,もっと先にはあるかも。
 でも,やっぱりないかな……

 そんな妄想で,今回は終わります(^^;)

(以上)
関連記事
テーマ:自然科学
ジャンル:学問・文化・芸術