2013年11月27日 (水) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの65回目。
 11月3日の記事にある新刊の電子書籍『自分で考えるための勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も,ぜひよろしくお願いします。

自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)
(2013/11/01)
秋田総一郎

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 このところ,「勉強のための生活論,組織論」について述べています。
 勉強するための「時間」「場所」「人のつながり」といったことです。細かなノウハウではなく,ざっくりとした基本的な考え方。今回は,誰にもある,不調なとき・つらいときをどうするか。


つらくなったら,活動レベルを下げて,
できることをすればいい。


 読むことや書くことを,職業でもないのに続けていると,「もうやめてしまおう」と思うことがあります。忙しさの中で,だんだんと意欲が衰えてくる。「自分も何かしたい」という気持ちが薄れてくる。

 でも,そこでやめてしまうことはありません。もったいないです。

 半年や一年勉強しても,たかが知れています。一日のペースを気にせずに続けることが大事です。

 何かの事情で学ぶことがつらくなっているのなら,活動レベルを下げて続けることをおすすめします。

 何かを書き上げるだけの時間やエネルギーがないと思うなら,読むだけにする。
 むずかしい本を読むことができないなら,もっと気楽な本を読む。
 書いたり読んだりするペースを落とす。年に百冊読んでいたのが,十冊になってもいい。研究や読書のプランをぼんやり考えるだけでもいい。

 もちろん,重い病気にかかったときなどは,治療に専念することになります。そのため,活動レベルがほぼゼロになるときもあるでしょう。

 でも,とにかくそこで「やめた」と思わないこと。
 こうして活動レベルを下げるのも,一時的なことだと思うこと。

 期限を決める必要はありません。元気が戻ったり,障害となっていることが過ぎ去ったりしたら,復帰すればいいのです。

 そのうち状況は変わります。
 短期間のうちに大幅に変わることはなかなかないかもしれません。
 でも,ほんの少しだけなら,変化があるはずです。そのとき,「いずれまたやるぞ」という心の準備ができてさえいれば,わずかな状況の変化でも,すぐにまた動き出すことができるのです。

 私も,1年くらいの間,活動レベルをダウンしていた時期があります。体調を崩していたのです。
 その時は書くのをやめて,疲れない本を読むだけにしていました。でも,「調子が戻ったら,またやるぞ」と思っていたので,やがて復帰できました。

 「もうやめた」と思って気持ちが切れてしまうと,再開するのがむずかしくなります。
 「もうやめた」という自分への約束を守ろうとしてしまうのです。

(以上)
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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年11月25日 (月) | Edit |
 11月25日は,実業家・社会事業家のカーネギーの誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。
 古今東西のさまざまな偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。


カーネギー

お金を使うのはむずかしい

 アンドリュー・カーネギー(1835~1919 アメリカ)は,裸一貫から身をおこし,製鉄業で大成功をおさめました。
 ここまでは,「がむしゃらに金儲けを追及する人生」でした。
 しかし彼は,66歳で会社を売り払い,今の価値で何兆円ものお金にかえてしまいました。そして,それをすべて社会事業につぎ込むことに残りの人生を費やしたのです。
 彼は,多くの図書館のほか,学校やホールを建設したり,平和や教育のための基金を設立したりました。
 また,「いくら社会事業でも,ヘタにお金を使っては,かえって社会にマイナスになる」と考えた彼は,いつも慎重に検討を重ねた上で,お金を使いました。
 そんな彼の活動は,「成功者が私財を投じて行う社会貢献」のモデルとして,後世に大きな影響を与えました。
 「お金は,稼ぐよりも使うほうがむずかしい」と,カーネギーはいっています。

カーネギー著・坂西志保訳『カーネギー自伝』(中公文庫,2002),木原武一著『大人のための偉人伝』(新潮社,1989)による。木原の著書(『続 大人のための偉人伝』もある)は,さまざまな偉人への入門としておすすめしたい。

大人のための偉人伝 (新潮選書)大人のための偉人伝 (新潮選書)
(1989/07/20)
木原 武一

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【アンドリュー・カーネギー】
 一代で築いた巨富を社会事業に使った鉄鋼王。「カーネギー」の名を冠した工科大学,研究所,教育振興財団,国際平和基金などを設立した。資金を提供した図書館はアメリカを中心として世界各地に2800余り。
1835年11月25日生まれ 1919年8月11日没

 ***

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
 その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページなどにて販売,400円)
                     
四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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(以上)
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2013年11月24日 (日) | Edit |
 11月19日の「食べてもなくならないケーキ」という記事で「モノやサービスの希少性」ということを,論じました。

 多くの人が「いいもの」としてあこがれるのは,たいてい供給に限りがある「希少」なもので,そのため高価である。ただしお金さえ出せば,手に入る。
 しかし,「いいもの」や「たのしみ」には,「食べてもなくならないケーキ」のように,「希少」ではないものもある。たとえば,何かを学ぶたのしみ,あるいはネット上にあるさまざまなソフトをたのしむこと……これらを手に入れるには,お金はそれほどかからないが,努力や意欲が要ることも多い……
  
 そんな記事に,読者のhajimeさん(ブログ:孤独な放浪者の随想)が,コメントをくださいました。

【hajimeさんからのコメント】

 まずhajimeさんは,私の記事のつぎの箇所を引用されました。

《(「春雨による絶品フカヒレスープ風」のような「ごちそう」が発達するのは)「文明の必然」のような気もします。また,「より多くの人たちが,ぜいたくやたのしみを味わうことができる」という意味で,明るく建設的な面もあるでしょう。「あこがれ」の対象を,どうにかしてより大量に供給すること――つまり「希少性の克服」をめざして,文明は進んできました。》

 そして,これについてhajimeさんはこう述べています。 

文明の原理について個人的に利便性、合理性ということに重点をおいていたので、この「希少性の克服」というのは新たな着眼点を与えてくれました。

天然、希少ということが一人歩きし、それだけで価値があるとしてしまうクセが私たちにはあるようですから、気をつければならないなと思いました。


 ***

 以下は,hajimeさんのコメントを刺激にして,私がさらに考えたことです。
 コメントに対する先日の返信を,編集・加筆しています。

【そういちからの返信】
 
 hajimeさん,「希少性の克服」を「新たな視点」と言っていただき,たいへんうれしいです。

 おっしゃるように,「天然」「希少」ということについて,私たちは深く考えることなく「いいもの」としていると思います。
 そして,そのような「いいもの」を,自分も手に入れたい,手に入れる権利がある,手に入れられるはずだ,という考えが非常に一般的になっています。
 
 このことは,すでにチャールズ・イームズ(20世紀のアメリカのデザイナー)が,1970年代初頭にある講演で述べています。

《今私たちが生きている世界は,情報とイメージが徹底的に均質化され,多くの面で誰もが同じものを受け取っている状況にあります。…この状況は,テレビによるところが大きいでしょう。ともかく,ひとつ確かに感じるのは,この20年で人々の期待が大きくなったということです。今日では,ある普遍的な期待が存在します。他人がもっているものは自分にも手に入れる権利があると誰もが感じているのです。》(イームズ・デミトリオス『イームズ入門』日本教文社,127ページ)

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 誰もが,他人の持っている「いいもの」を手に入れたい。
 でも,じつはそれはむずかしいのだと思います。ある程度は実現できても,限界があります。
 
 ここはイームズも問題にしたことです。そこから彼は,11月19日の記事で述べた,希少性の制約を受けない「あこがれの新しい対象(食べてもなくならないケーキ)」ということを論じました。

 そして,その「希少性による限界」を乗り越えるには,「希少ないいもの」を,かなり根本的に変質させて量産するしかないはずです。「希少ないいもの」を,そのままみんなにいきわたらせることはできない。

 たとえば,すばらしい絵画のオリジナルをみんなが所有することはできないから,コピーを印刷したり,さらにはデジタルの画像データというかたちで複製するのです。
 昔の貴族のように「お抱えの楽団」をみんなが所有することはできないから,オーディオ機器があるわけです。

 最近の「食品偽装」は,「いいものを手に入れたい」というみんなの欲求や期待が強くなるなかで,その期待の重みに耐えかねた業者たちが,ごまかしに手を染めてしまった(もちろん不正であり,アウトです)という面があると思います。

 ホテルや飲食業の人たちにとって,みんなの欲求は,ほかの多くの業界以上に「重い」のでは,と思います。

 この業界には,ソフト産業や多くの工業製品のような根本的な技術革新が,まだ起こっていないからです。

 提供する「食」「サービス」の質を高くするには,どうしても,良質な素材や,熟練した職人が手間暇かけるといったことが必要です。それらのリソースはどれも「希少」なので,値段は高くならざるを得ません。素材の生産者も含め,業界では努力が重ねられてはいますが,限界があります。

 しかし,私たちの感覚は,「いいレストランでのごちそう」でも,ほかの分野と同じように希少性が克服されていると,期待してしまう。つまり,リーズナブルな値段で,「〇〇牛」のようなすばらしいごちそうが食べたい,食べられるはずだ……となってしまう。ステキな洋服や,高性能のカメラやパソコンがずいぶん安くなったのだから,というわけです。

 「食」にかかわるまっとうなプロは,どうにかしてその「重い期待」にこたえてきました。頭の下がることです。 
 しかし一部に,この期待に「不正」や「ごまかし」で対応しようとした人たちがいた,というわけです。

 ***

 hejimeさんの言われることと重なりますが,私たちは「天然」とか「希少」ということの価値を,少し冷静に考えたほうがいいのかもしれません。

 「天然で希少ないいもの」というのは,たしかにそれ自体は「いい」のです。
 しかし,それが「希少」であるという状態は,けっして「いい」とはいえません。たいていは,のぞましくない,克服すべき状態です。それを欲しい人がたくさんいるからです。
 でも,十分に「克服」できないことも,あるでしょう。

 今後,「環境問題」のことを考えると,また発展途上国の人たちの生活水準の向上(欲求の向上)を考えると,いろんな面で「希少性」の制約というのは,重くなっていくはずです。

 前の記事で述べたように,未来において,世界中の何十億,100億の人たちみんなで天然のいいマグロを食べるのは,むずかしいでしょう。

 だったら,私たちの感性や価値観を少し変えていかないといけないのでは?

 このブログのテーマのひとつである,建築や住まいの分野だと,いい木材をふんだんに使った家具やインテリアは,これからますます希少なものになるでしょう(その一方で,それを求める人びとの「期待」は広がっている)。

 だとしたら,たとえばベニヤ板(合板)のような,もともとは「代替」「フェイク」的な位置づけだった素材のなかに「味わい」や「美」を積極的に見出していったらどうなのか。

 合板というのは,ごく薄い木の板を接着剤で貼りあわせたもの。上等な無垢材がとれるくらいに十分育った樹(希少なものです)よりも,ずっとありふれた樹からつくることができます。だから価格も比較的安く,それだけに「安物」のイメージもあります。

 ところで,インテリアの世界では,下の写真のように,合板独特の薄い板が積み重なった切り口を,一種の「味わい」として前面に出す,といったことがあります。

ベニヤっぽい切り口

 こういうことは何十年も前からときどき行われてきましたが,近年は(おそらくこの20年くらいで)ごく一般的になりました。
 昔は,こういう「ベニヤっぽい切り口」は「みっともない」ということで,化粧するための板を貼って隠すことのほうが「普通」だったのです。

 しかし,最近の私たちは「ベニヤ板の美」をたのしむようになったわけです。

 でも,無垢のいい木材の美も,もちろん好きです。

 ということはつまり,私たちの(木材のインテリアに関する)「美」の感覚の幅が「変わった」というよりも,「広がった」「柔軟になった」ということでしょう。

 このように,「美」とか「いい」という感覚について,より柔軟になっていくこと。
 それはおそらく,これからの世界で気持ちよく生きるうえで大事なはずです。

 
 それは,「希少なもの」にとらわれない,ということです。

 「ベニヤ板の美」のことは,その典型的な例かと。

 そして,「希少なもの」にとらわれない感覚は,生活や人生の全般にとって意味があるはずです。衣食住はもちろん,職業選択などの仕事観や,結婚や子育てなどの問題にもかかわってくると思いますが,今回はこのへんで。

(以上)
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2013年11月23日 (土) | Edit |
 前回の「勉強法」の記事(すぐ下にあります)で,「テレビの観すぎ,お酒の飲みすぎに注意」という話をしました。それに対し,どですかでん次郎さん(ブログ:寄らば大樹の陰の声)から,コメント(問いかけ)をいただき,私なりに考えたことを述べました。「テレビをどう考えるか」ということの,入り口の話です。

 どですかでん次郎さんは,統計学などの理系的センスをベースに,身辺のいろんな話題を論じたブログを書かれています。

 自分の記事に対し,踏み込んだ考察を含むコメントをいただき,自分もまた考えて書く……うれしく,たのしいことです。

 ***
 
【どですかでん次郎さんからのコメントより】

テレビとお酒以外はすべて時間の無駄ではない

そういう考え方も確かにできそうですね。私も似たような考えを持っているような気がします(私もお酒が大好きですが)。

ただ、最近、別の考え方もジワジワと浮かぶようになってきたので、そのことをちょっと書かせていただきます。もしよろしければ、そういち様の御意見をお聞かせいただければと思います。

私が気になるのは

テレビを見ている時間は本当に無駄なのか?

ということです。

テレビを否定する意見は非常に多くみられますし、私もしばしばその弊害を感じております。ですが、最近ではプラスの面もかなり多くあるように思うのです。たとえば、

・テレビがどうやって視聴者を何時間も立ち止まらせることができているのか、その手法を学べる

・「嘘をつかないで人をだます(分かったような気にさせる)手法」を学ぶことができる

・人との雑談の際、テレビの内容を知っていることで、相手との共通の話題をもつことができる(テレビがみている人が多いということは、それだけこの効果が大きくなる。逆にテレビの内容知らないと、周囲の秩序を乱す可能性がある)

などです。ちなみに人を騙すことに関しては、自分も同じように騙すのではなく、騙そうとする人間から己を守るために役立つ資料になるのかなあ、なんて思います。


 ***

【以上に対するそういちの返信】(コメントに若干の加筆修正)

 まず,漫然とした娯楽としてのテレビは,私は好きです。これまでの人生で,わりと観ているほうだと思います。浪人(失業)中に,ドラマの再放送(『相棒』シリーズとか,90年代のトレンディーなドラマとか)なんかを朝から晩まで観たこともありました……

 「テレビにプラスの面がある」というのは,私もたしかにそうだと思います。

 この「勉強法」でテーマにしているような「自分のアタマで考える」ということにとって,テレビにも役立つ面はあると思います。
 どですかでん次郎さんの言われるように,「人を惹きつける,騙す」など,表現のさまざまな手法に触れること,それから「人との共通の話題」「常識」を知ることができる……等々。

 私にとっては,テレビというのは,この世のいろんな様子や人物や商品や作品を切り取って並べている「ショーウインドウ」のような感じもします。それはそれで,たいへん魅力的です。

 あれだけの予算や手間をかけてつくられている世界なのですから,そこからいろいろ学ぶことはできると思います。
 ただし,どですかでん次郎さんのように主体的な姿勢とか「問いかけ」が必要だとは思います。
 そのような「問いかけ」は,テレビを観ているだけでは,できていかないはずです。

 さて,おっしゃるように,テレビは「文化的」「知的」であろうとする人たちから,いろいろ否定的にいわれてきました。
 その根本には,テレビが圧倒的に多くの人に影響をあたえるメディアだった,ということがあるでしょう。メジャーで大衆的なものは,インテリにけなされる傾向があります。

 しかし,将来はそれも変わってくるかもしれません。
 テレビの影響力が衰退してきています。テレビは以前ほどは観られなくなっており,人びとが夢中にもならなくなっています。

 もしも将来,テレビが今よりもずっとマイナーなものになると,ある種の「シブい文化」として評価されるようになるかもしれません。

 たとえばラジオは,マイナーになったせいで,すっかり「シブく」なった感じがします。
 
 私は数年前(これも浪人中の話です),ラジオ(FMが中心)をよく聴いていたときがありました。要するに家でゴロゴロしてたわけです……
 
 そのとき「ラジオって結構タメになるなー」と思ったものです。自分からは手を出さないような音楽との出会いはもちろんですが,本の紹介とか,知る人ぞ知る感じの新しい文化の動きや社会的活動やビジネスのことなどが,かなり紹介されている。

 そのような「動き」の当事者が出演して,お話しされたりしているのです。
 
 また,テレビにはあまり出てこない識者が,時事問題を(テレビでは聞かないような視点で)解説してくれることがあります。テレビでもおなじみの識者が出てきたときも,テレビよりもじっくりと話せるので,より踏み込んだ話を聴けることもある。

 家に居ながらにして,「充実した文化講演会」に参加できる感じ……ちょっとホメすぎかもしれませんが。
  
 そっくり同じことにはならないでしょうが,メジャーから脱落したときに,テレビも今の「ラジオ的」な性格を持つようになる気もします。

 「テレビが好きで」などというと,ちょっと文化的な香りがする時代が,いつか来たりして(^^;)
 
 ネットでせいぜい「数分」の短い映像をたのしむことが娯楽の主流になったとしたら,テレビで「2時間」もの長大なサスペンスをじっくり観るなんて,まさに「オトナのたのしみ」ということになる……「土曜ワイド劇場」を観るというと,オペラや歌舞伎を観るような格調を(多少は)帯びるということか……それはないでしょうね,さすがに。

(以上)
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2013年11月22日 (金) | Edit |
「自分で考える勉強法」シリーズの64回目。
 11月3日の記事にある新刊の電子書籍『自分で考えるための勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も,ぜひよろしくお願いします。

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(2013/11/01)
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 このところ,「勉強のための生活論,組織論」について述べています。
 勉強するための「時間」「場所」「人のつながり」といったことです。細かなノウハウではなく,それらについての基本的な考え方。

 今回は,テレビなどの「時間つぶし」をどうとらえるか。「テレビ」というのは,漫然とネットをみたりゲームをすることなども含めて象徴的に言ってます。


テレビと飲み過ぎ以外は,時間の無駄ではない。

 時間を無駄にしないためには,どうしたらいいのでしょうか? テレビを見過ぎないこと,お酒を飲み過ぎないこと。大事なのは,この二つです。

 私はテレビが好きなので,うっかりしていると,5時間でも6時間でも観ています。お酒も好きです。誘われたら,まず断りません。ひとりの夜でも,家で晩酌をしています。

 でも,どこかでほどほどにしておかないと,勉強の時間がなくなってしまいます。

 会社員だったころの私は,仕事から帰るとまずテレビをつけていました。
 その後すぐにパソコンを立ち上げて机に向かいます。そして,テレビを観ながら,ワープロを打ち始める。のってくると,テレビはどうでもよくなって,音を小さくします。

 家に帰るなり飲んでいたのでは,何もできなくなりますから,家で飲むのは(体にはよくないですが)深夜になってからです。でもがまんできなくて,夕食のとき,ちょっとだけビールを飲んだりしたのでした。

 テレビとお酒以外の楽しみで,時間の無駄使いというのはあり得ません。
 もし,テレビとお酒以外で時間を使ってしまって勉強できないというのであれば,あなたがやりたいことは勉強ではないのです。


 つい時間を使ってしまうその「楽しみ」が,あなたの本当にしたいことです。したいことをしているのは,有意義な時間です。

 休みの日にテレビしか楽しみがないという人は,勉強に向いています。テレビを減らすだけで,本が読めます。書くことができます。いろんな楽しみがある人は,そうはいかないのです。

(以上)
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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年11月19日 (火) | Edit |
 何十年も前に,チャールズ・イームズというデザイナーが,「あこがれの新しい対象」ということを述べています。ややわかりにくい表現ですが,「食べてもなくならないケーキのようなたのしみ」だと,私はイメージしています。

 たとえば「新しい外国語を学ぶ・知るたのしみ」というのは,「食べてもなくならないケーキ」。
 このたのしみを味わう「席」には,限りがありません。何かを学ぶたのしみは、得ようと行動するなら,誰もが得ることができます。努力は要りますが,お金はあまりかかりません。

 イームズは,こういうたのしみを,たとえば高級車のような,お金さえ出せば得られる「古い」タイプの「あこがれ」とは異なるものとして,「あこがれの新しい対象」と呼んだのです。(イームズ・デミトリオス『イームズ入門』日本文教出版,127~128ページ)
 
 一方,より多くの人が関心を持つ「たのしみ」「あこがれ」というのは,たいてい「食べるとなくなってしまうケーキ」ではないでしょうか?
 すばらしい製品や食べ物は,数に限りがあります。すばらしいコンサートのチケットは,まさに「席」に限りがあります。そこにあるケーキも,何人かで食べると,なくなってしまいます。

 「食べるとなくなってしまうケーキ」というのは,「希少性のあるモノやサービス」といってもいいかもしれません。天然の良質な素材を使った何かや,すぐれたプロが手間暇をかけてつくりあげるモノやサービスなどです。

 「いいもの」というのは,本来希少なはずです。だから高い。

 しかし,文明というのは,この「いいもの」の「希少性」をなんとか克服しようと頑張ってきました。
 より高い品質のものを,より大量に安く,という方向で生産技術は進歩してきました。

 たとえばさきほどのイームズは,イスのデザインの仕事で知られていますが,「いいイスを,より安く」ということは,彼の大きなテーマでした。大量生産品のイスのデザイン・機能を大きく向上させることに,イームズは貢献しました。「あこがれの新しい対象」という話は,彼のそのような関心がベースにあります。

 ***

 そして現代では,「希少性の克服」にかんし,だいたい解決する見込みがついた分野もあります。
 
 それは,「ソフト」の分野です。文章,画像,音楽,ゲームなどの世界。
 デジタルやインターネットの技術などによって,ソフトの複製や流通がきわめて大量に・容易にできるようになりました。
 そのおかげで「ソフト」にかんしては,この10年ほどで,いろんなものをタダで手にいれることが可能になったのです。
 もちろん,タダでは手に入らないものも,まだまだあります。でも「将来はもっといろんなものがタダになる」という見通しがつきました。

 ソフトにかんしては,「食べてもなくならないケーキ」を,私たちは(ほぼ)手に入れた,といっていいでしょう。

 こういう「ソフト」の世界で実現したこと(ローコストな大量の複製や流通)が,ソフト以外での「たのしみ」でもできたらいいのに,と思います。

 たとえば,すばらしくおいしい食べ物を,そこいらのありふれた材料や物質から,安価に大量に合成できるとか。今のところはSFの空想です……

 ***

 でも,最近話題になったホテルのレストランなどでの「食品偽装」も,見方によっては「希少性」を克服する取り組み,といえるのかもしれません。

 もしも,おもに春雨を使って「絶品フカヒレスープ」がつくれるんだったら,多くのサメが犠牲ならずに済みます。「絶品フカヒレスープ」が,「希少」ではない,「食べてもなくならないケーキ」に近いものになるはずです。

 もちろん,ウソをついて高い料金を取るのは,不正であり,論外です。
 しかし,「春雨でつくった,ほんとうにおいしいフカヒレ風スープ」ができたとして,それを正直に表示して,適正な値段で出したならどうなのか?ということです。

 今の世の中で,そんなものは受け入れられないかもしれません。「そんなニセモノ…」ということになるのかもしれない。

 しかし,未来はちがうのではないか。
 「未来のごちそう」というのは,おおむね「春雨による絶品フカヒレ風」の方向に行くと,私は思います。

 世界の何十億もの人たちが,これから経済発展の結果,「ぜいたく」を求めるようになります。
 しかし,何十億,100億といった人たちみんなで,天然のいいマグロで寿司を食べるのは,たぶん無理です。この地球に,マグロはそんなにはいないはずです。

 それでも地球のみんなで「ごちそう」を食べたいなら,「希少性」の制約の少ない素材を,調理技術でおいしくして,あとは言葉のイメージや器や空間の演出で「ごちそう」にするしかないはずです。

 「イメージの力を借りる」ことは,みんなで「ごちそう」を食べるためには大切です。それはたとえば,缶ジュースを「フレッシュジュース」と呼び,美しい空間でいい器で飲む,といったことです。

 ***

 アフリカの湖やアマゾン河で大量に養殖したある種の魚を刺身にして,それを「トロ」と呼び,銀座の寿司屋でも出すような未来がくるかもしれません。そのときには,人びとの味覚や感性が,ある程度変わっているはずです。

 それは「おぞましい未来」なのでしょうか?
 もちろん,そういう面があるとは思います。

 でも一方で,「文明の必然」のような気もします。また,「より多くの人たちが,ぜいたくやたのしみを味わうことができる」という意味で,明るく建設的な面もあるでしょう。「あこがれ」の対象を,どうにかしてより大量に供給すること――つまり「希少性の克服」をめざして,文明は進んできました。

 ソフトやネットの世界で実現しつつある「希少性の克服」が,「リアル」の世界でもできるなら,それに越したことはないのでは?ということ。 

 そのためには,いろんな技術や発想や,私たちの「感性」の変化も必要なのでしょう。つまり,「春雨によるフカヒレ風」を「ニセモノ」と切り捨てるのではなく,ある種の「ホンモノ」として受けとめ,積極的に評価するような感性や価値観が必要です。

 それは,生活のなかでの私たちの関心を,「食べてもなくらならないケーキ」のほうへ,よりシフトしていくことなのかもしれません。
 「天然もののいいマグロを食べたい」ということを,あまり重視しない価値観にならないと,未来の世界は生きにくいはずです。

 その点,今の若い世代は,ネット上のフリーのソフトを,自分のたのしみの世界に積極的に取り入れるなど,「食べてもなくならないケーキ」重視の傾向がみられます。「とにかく,タダだから」ということなのかもしれませんが。

 以上,「食品偽装」のニュースをみていて,考えました。

 関連記事:イームズの仕事

(以上) 
関連記事
2013年11月18日 (月) | Edit |
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(2013/11/01)
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 前回から,「勉強のための生活論,組織論」について述べています。
 勉強するための「時間」「場所」「人のつながり」といったことです。細かなノウハウではなく,それらについての基本的な考え方。
 

起きている間に勉強すれば,いいじゃないか。

 昔,ある男が偉いお坊さんに尋ねました。
 「念仏を唱えて仏道に精進しようとするのですが,すぐに眠くなってしまいます。どうすればいいでしょうか?」
 お坊さんは答えました。

 「起きている間に,念仏を唱えなさい。」

 これは,高校のときに古文の授業で読んだ,『徒然草』にあるお話です。

 ちょうどそのころ,大学受験のことが気になっていて,「睡眠時間を削って夜遅くまで勉強しないと駄目かなあ」などと考えていたので,印象に残りました。「そうだな。起きている間に勉強すればいいんだよな」と納得しました。

 睡眠時間を削って勉強してはいけません。
 ここでテーマにしている勉強は,半年や一年の受験勉強とはちがうからです。短期間で片づくようなテーマや目標だったら,面白くないでしょう。

 5年や10年という,もっと長いスパンの勉強をするのですから,睡眠時間を極端に削っては,とても続きません。

 だからといって,人よりたくさん寝ているのも,どうかと思います。勉強したり書いたりすることが調子にのってくると,自然に睡眠時間は短くなります。つい夜更かしをして,翌朝起きるときにつらくて,後悔するのです。

 漫画家の手塚治虫(1928~1989)は,若いころ,人に「どうして(そんなに)眠るんですか?」とたずねたことがあるそうです。

 人並みに眠るということが理解できないほど,スタミナがあったということです。あるいは,それほど仕事に打ち込んでいたということです。テレビのドキュメンタリーで見た手塚は,タクシーの中でも絵を描いているほど,忙しい人でした。

 たぶん私たちは,手塚治虫のようにはいかないでしょうから,(でも本当にそんな質問したんでしょうかね?)起きている間に勉強するしかないのです。

(以上)
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2013年11月16日 (土) | Edit |
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 前回から,「勉強のための生活論,組織論」について述べています。
 そこにある考え方を,キャッチコピー的にいうと,

 ひとりでないと,考えられない。
 ひとりきりでは,考えられない。


 「ものを考える」のには,矛盾するこの両面があると思います。

 *** 

お金がなくてどこにも行けない人は,
読書ができる。文章が書ける。


 お金がなくてどこにも行けない人は,たくさんの本を読み,たくさんの文章を書くことができます。

 小遣いがたくさんある人は,時間を勉強以外のことに使います。
 私も,給料が入ったばかりの月初めは,つい飲みに行ったりして,勉強を怠ったものでした。お金が苦しくなる月末のほうが,読んだり書いたりが進みます。

 人と会ったり,楽しい場所へ出かけたりするには,お金がかかります。
 お金があると,人は行動的になれるわけです。

 でも,ものを考えたり書いたりということは,人と会っているときにはできませんし,楽しい場所では気が散ります。ものを考えたり書いたりということは,つまらない場所でひとりにならないとできません。

 昔の政治犯は,監獄で勉強したり本を書いたりしています。監獄というのは集中できる場所なのでしょう。

 どこにも行くお金がない人は,図書館に行けばいいのです。
 図書館は,お金をかけずにいくらでも時間を過ごせる場所です。

 だから図書館は,ハローワークの次に失業中の人が多くやってくる場所ではないかと思います。私も,起業した会社を辞めてからしばらくは何の仕事もなく,よく図書館に行っていました。そして,「図書館通いの失業者」から文筆業になった人は,何人もいます。

 ものを書くというのは,最低限,原稿用紙と鉛筆を買うお金があればできます。
 一日あたりのコストは,せいぜい何十円でしょう。書いていると,お金をかけずにいくらでも時間を過ごすことができます。

 ある有名な建築家が,まだ駆け出しで自分の事務所を開いたばかりのころ,全然注文が来ないのでヒマでした。当然,お金もありません。
 そこで,注文を受けたという想定で,勝手に設計図を描いて過ごしていました。それくらいしか,することがなかったのです。

 そうやって描いた図面のひとつをコンクールに応募したところ,賞を取りました。それがきっかけで仕事が来るようになりました(この話は,知人の是澤輝明さんのお話と著作で知りました)。
 
 こういうエピソードは,ほかのクリエイターでもあることでしょう。
 お金がないときは,勉強するチャンスです。何かを作り上げるチャンスです。

(以上)
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テーマ:勉強
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2013年11月14日 (木) | Edit |
 11月15日は,坂本龍馬の誕生日です。偶然ですが,命日でもあります。
 そこで,彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西のさまざま偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。

坂本龍馬(さかもと・りょうま)

ビジョンを吸収して成長

 幕末の志士・坂本龍馬(1835~1867)は,倒幕の中心となった薩摩藩と長州藩が同盟をむすぶ仲介を行いました。また,さまざまな働きかけで大政奉還(幕府の政権返上)の実現に貢献し,新しい政府の構想を打ち出しました。
 土佐の下級武士の出身で,これといった役職にもなく「浪人」にすぎない若者が,それだけのことをやったのです。
 彼はたしかに創造的でした。しかし,何でも彼が独自に構想したのではありません。
 ほとんどは,彼に影響を与えた勝海舟をはじめとする先覚者たちが,すでに主張していました。そのビジョンを吸収し,実現のため行動したのが龍馬だったのです。
 子どものころの龍馬は,勉強ぎらいのいじめられっ子でした。ごく若いころは,特別なビジョンは何も持っていませんでした。
 それが,さまざまな人と出会い学ぶことで,「偉人」に成長していったのです。
 人の成長とはそういうものですが,龍馬はそのみごとな典型です。

とくに河合敦著『誰が坂本龍馬をつくったか』(角川SSC新書,2009)に教わった。ほかに参考として,松浦玲著『坂本龍馬』(岩波新書,2008),ジャンセン著,平尾・浜田訳『坂本龍馬と明治維新(新装版)』(時事通信社,2009)

【坂本龍馬】
倒幕・明治維新に貢献した幕末の志士。維新の前年に暗殺された。維新後忘れられていたが,明治後半には再評価。昭和の戦後には司馬遼太郎の小説などで著名なヒーローに。業績や人物像についての議論も多い。
1835年(天保六)11月15日生まれ 1867年(慶応三)11月15日没

 ***

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
 その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページなどにて販売,400円)
                     
四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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(以上)
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2013年11月13日 (水) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの61回目。
 11月3日の記事にある新刊の電子書籍『自分で考えるための勉強法』も,ぜひよろしくお願いします。

自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)
(2013/11/01)
秋田総一郎

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 今回から新章突入です。新章のテーマは,「勉強のための生活論,組織論」といったらいいでしょうか。
 トップの記事にある電子書籍『自分で考えるための勉強法』も,ぜひよろしくお願いします。

 ***

ひとりになったとき,そこがあなたの書斎。

 私にも,書斎と言えるものはあります。でもきちんとした個室ではなく,夫婦で暮らす集合住宅の一画を棚でラフに仕切った,3畳ほどのスペースです(「書斎コーナー」ですね)。
 
 あとは,家のあちこちに本棚を設置して,本を並べています。友人に,「古本屋さんみたいな家だ」と言われたことがあります。

 若いころは,狭いアパートのひとり暮らしでしたので,居間と寝室を兼ねた部屋に,本棚と机がわりのテーブルを持ち込んでいるだけのことでした。

 もちろん,書斎で読んだり書いたりはします。とくに,パソコンに向かうときはそうです。でもほかの場所で読み書きをすることも多くあります。その時間もまた重要です。

 電車の中やコーヒーショップでは,集中して本を読むことができます。若いころ,ファミリーレストランで何時間もノートに向かって書いていたことがありました。

 大書店でいろんな本を手に取っていくうち,半日が過ぎてしまうこともあります。
 歩いていて,思いつくことがあると立ち止まってカードにメモします。
 「どこでも書斎」というのは,本当です。

 書斎の本質は,「ひとりになるための部屋」ということです。

 人はひとりにならないと,考えたり,読書したり,ものを書いたりすることはできません。本質的に大事なのは,「ひとりになること」なのです。 
 ひとりになれる部屋を持つことは,手段のひとつにすぎません。
 ひとりになれれば,どこででもあなたは考えたり,読書したり,書いたりすることができます。

 ひとりになったとき,そこがあなたの書斎です。場所や空間の問題ではなく,「時間」の問題として「書斎」を考えましょう。

 日本の住宅事情では,勉強や研究のための個室を持つことはむずかしいです。結婚して子どもがいたりすると,とくにそうでしょう。
 個室が確保できないなら,居間や寝室の片隅に小さな机を置く。
 それも無理なら,キッチンのテーブルで読んだり書いたりすればいい。プロの物書きや研究者でも,そうしている人がいます。

 空間の問題は,何とかなるものです。書斎の問題は,場所や空間ではなくて,「時間」です。大切なのは,「ひとりの時間」をどれだけつくれるか,ということなのです。

(以上)
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2013年11月11日 (月) | Edit |
 社会では,ある人たちが民主主義や自由を享受するためには,別の人たちには一種の「奴隷」になることが強いられるのかもしれません。

 少なくとも,古い時代の生産や技術の水準では,そうならざるを得ませんでした。

 「民主主義」で有名な古代ギリシア(今から2400~2500年前)にも,奴隷がいました。
 それは,一説には全人口の2~3割程度で,多数派ではなかったようです(「半分程度」ともいわれるが,いずれにせよ「奴隷のほうが市民とその家族よりもずっと多い」ということではない。なお,参政権などのある「市民」は,古代ギリシアでは男性のみ)。

 でも,その「2~3割」がめんどうな家事や労働を担うことで,快適な暮らしや余暇を得た人たちがいたのです。ギリシア社会の,比較的恵まれた人たちはそうでした。
 そのような人たちが,古代ギリシアの政治や文化を担いました。
 ギリシアの民主主義には,奴隷が必要だった,とさえいえるでしょう。
 「必要」とされる側は,たまったものではありませんが。

 しかし,当時の技術や生産力では,社会の多数派の人たちが,「自由」を感じられるような物質的・時間的な余裕を得ることは無理でした。
 それは,近代以前のすべての社会にあてはまることでしょう。

 古代ギリシアの奴隷は「商品」として売買されました。
 このように「人間が売買の対象になる」というのが「奴隷」ということです。

 そのような立場におかれた人たちは,世界史において広く存在しています。

 前近代の農民のかなりの人たちは,自分の住む土地を離れることはできず,その土地を支配する領主の所有物のように扱われました。領主によって土地といっしょに売買されることもあったのです。そのような不自由な農民を「農奴」と呼ぶこともあります。

 世界の歴史の流れは,かつては広くみられた「奴隷」的な立場の人たちを,だんだんと少数の「例外」にしていきました。

 ***

 そのような「世界史」の最先端に,現代の先進国の,民主的な社会があります。
 でも,そこにもやはり,「奴隷」はいます。

 ひとつは,違法なのだけど,いろんな事情で奴隷的労働を強いられている人たち。この人たちは,その労働がイヤでもやめることができない。普通の労働契約とはちがう状況で働いています。かなりの人たちは,背負った借金を返すために,そういう目にあっています。

 でも,現代の「奴隷」は,それだけではありません。
 奴隷という言葉は,「売買の対象となる人間」ではなく,もっと広く「自分の意志に反することに従わざるを得ない人」と定義することもできます。

 そのように定義すると,「奴隷」の状態を経験したことのある人は,世の中にたくさんいるのではないでしょうか。

 たとえば中学のころ,「アイドルの写真を学校に持ってくるのは禁止」というルールがありました。そういうことを生徒会で決めたりする。
 写真がみつかると没収されるので,不本意だけど好きなアイドルの写真を持っていくのをやめる……ささやかなことですが,そういうのだって,「意志に反することに従う」という意味で,「奴隷」的です。

 もう少し重たい例だと,喫煙者が今の「禁煙」の拡大の中で,タバコを吸うことをいろんな場でガマンする,というのはそうです。これも,意に沿わないことを強いられているのだと思います(なお,私はタバコは吸いません)。

 さらにずっと大きなことだと,自分の村や町にダムができる,原発ができる,「基地」ができる,といったことがあります。

 こういうとき,「賛成」と「反対」があり,結局は多数決で決まるわけですが,そのときの少数派の人たちは,深刻なかたちで「意志に反することに従う」のを強いられるわけです。不本意なかたちで,生活を大きく変えないといけないのです。

 前回の記事(11月9日)で述べた「古い団地の建て替え」も同様です。
 その記事で述べた「諏訪団地」は,9割以上の賛成で建て替えとなりましたが,全員が賛成だったわけではありません。ということは,涙をのんだ少数派がいたわけです。その人たちも,不本意なかたちで自分の住まいや生活を大きく変えることになりました。

 もっと広い範囲にかかわる話だと,「税金」のことはまさにそう。今回の消費税アップに納得できない人も,国会で決議されたことであれば,従わざるを得ません。

 ***

 以上のような,現代における「奴隷」的状態には,たいていは「民主主義」「多数決」がかかわっています。

 多数決は民主主義の「最重要ツール」といっていいでしょう。

 10月31日の記事「民主主義とは,政治的な意思決定に対し,それに従う多数派が参加すること」だと述べました。
 古い社会では,政治的なことは1人か少数の権力者が決めていました。それ以外の「ものごとの決め方」といったら,話し合いで折り合いがつかなければ,「多数決」くらいしかありません。多数派の人間がみんなで意思決定するのだから,そうなります。

 しかし,多数決というのは,決議での決定に反対であった少数派をも,その決定に従わせるのがふつうです。つまり,少数派を「奴隷」的な状態におく面があります。

 私が尊敬する学者の板倉聖宣さんは,1980年代に書かれたエッセイで「最後の奴隷制としての多数決原理(あるいは民主主義)」ということを,述べました。(「最後の奴隷制としての多数決原理」『社会の法則と民主主義』仮説社,1988)

 たとえばこんなことを,板倉さんは述べています。

《…私は,〈多数決というのは,もともと少数派を奴隷的な状態に置く決議法である〉という理解のもとに,〈できるだけ決議をしないことが大切だ〉と考えています。〈決議をするときは,少数派を奴隷にしなければならないほどに切実なことだけを決議しろ〉というのです。》(『社会の法則と民主主義』45ページ)

 そして,《民主主義の恐ろしさを知って民主主義を守る》ことが大切である,と言います。

《…私は――今のところ民主主義よりもいいものがない以上――その民主主義を守るために,〈民主主義は時によってはもっとも恐ろしい奴隷主義にもなりかねない〉ということを承知の上で事にあたる人々が増えることを期待して止まないのです。》(49ページ)

社会の法則と民主主義―創造的に生きるための発想法社会の法則と民主主義―創造的に生きるための発想法
(1988/06/10)
板倉 聖宣

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 ここで述べてきた「奴隷」の定義や,「現代の民主主義で〈少数派〉という奴隷が生じる」という考え方を,私は板倉さんのエッセイで知りました(学生時代のことです)。

 板倉さんのエッセイは,30年ほど前の,今よりもずっと「民主主義」という言葉に権威や信頼感があった時代のものです。その発想の先進性や鋭さには,やはり驚かされます。民主主義のさまざまな側面を,簡潔にやさしく述べた「民主主義の取り扱い説明書」として,ぜひ読んでみてください。

 ***

 板倉さんの論から,私はつぎのように考えました。

 今の民主主義というのは,社会のそれぞれの人たちが,その立場や状況に応じて一種の「パートタイム」で「奴隷」になっているのではないか

 「持ち回りの奴隷制」といっていいかもしれません。

 民主主義とは,「持ち回りの奴隷制」ということ。

 現実の社会では,じつは特権的な人もいて,「持ち回りの奴隷制」の輪の外にいたりするかもしれません。しかし,民主主義がめざす理想としては,「みんなが等しく〈持ち回り〉で〈パート奴隷〉を引き受ける」ということなのでしょう。

 でも,「パート」であっても,やはり「奴隷」はイヤです。

 だから,「奴隷」がまわってくる機会をいかに減らすかが,今の文明の課題です。
 そのための最大の手段は,技術革新や生産性の向上です。

 極論をいえば,みんなが欲しがるものをローコストでいくらでも生産できるようになれば,あるいはどんな病気でもすぐに治せるようになったら,また,なんでも面倒なことをやってくれるロボットが普及したら,人びとに「奴隷」を強いる必要はほぼなくなるでしょう。

 しかし,今の科学技術は,そこまでいっていません。
 そしてさらに,現代では「民主主義」の思想が一層深まってきて,「少数派を奴隷状態におく」ことへの反省や疑念が多少は自覚されるようになりました。
 また,「少数派」の自己主張というのもつよくなっています。そして,「自分が割を食う,苦しめられる」ことに対する抗議の声も,昔より相当強くあがるようになりました。要するに「みんなうるさくなった」ということ。

 だから,現代の社会では,「奴隷」を引き受けてくれる人をみつけるのが,以前よりも難しくなっているのです。

 でも,社会は一定の「奴隷」を,今も必要としています。「何でもやってくれるロボット」ができていない以上,そうなのです。どうすればいいのか……

 ***

 現代の民主主義では,ある種の新しい「奴隷」が発見され,そのフロンティアが開拓されたのだと,私は思います。

 その「新しい奴隷」とは,「未来の世代」です。


 放漫な国家財政で,今現在の自分たちのニーズを満たし,そのツケを将来の世代にまわすということが,現代の先進国では行われがちです。

 それはおもに,高齢化のなかで社会保障費(おもに高齢者の福祉)が大幅に増えるというかたちでおこっています。

 そのような財政であっても,若い世代は驚くほどおとなしいです。現代の先進国の政治で多数派である高齢者の決めたことに対し,大きな反発はおきていません。とくに日本ではその傾向が顕著です。

 そして,子供や赤ん坊やまだ生まれていない世代には,このことに関しなんの発言権もありません。「そんな財政赤字を積み上げるのはやめて」とは,絶対言わない。彼らは「多数決」の外にいるのです。その点では,ギリシアの奴隷と同じです。

 高齢者や,それに近い大人世代は,未来の世代を「奴隷」にしている。
 これが,現代における「民主主義」の到達点。
 
 ずいぶん「どぎつい」言い方なのかもしれませんが,重要な視点だと思っています。不快かもしれませんが,少しは意識すべき見方だと思うのです。
 
(以上)  
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2013年11月09日 (土) | Edit |
建て替え後の諏訪団地13年11月上旬
建て替えられた諏訪団地(2013年11月) 

 私(今40代おわりです)は,多摩ニュータウンの諏訪団地というところで育ちました。
 この団地は1971年に入居開始の,多摩ニュータウンでは最も古い団地でしたが,建て替えが決まって2011年に取り壊されました。そして,2年余りを経て建て替えの工事が完了し,今月から一部で入居がはじまっています。

 私の両親は,子供たちが独立したあとも,ずっと諏訪団地に住んでいました。
 父は数年前に他界したので,建て替えられた新しい「諏訪団地」には,母が引っ越します。

 旧・諏訪団地は,古い団地のときは,全体で600戸余りでした。
 今回の建て替えでは,それを約2倍の1200戸余りに増やしました(古い団地のときとちがって,いろんな面積・間取りの家があります。全体的に一戸あたりの面積は大幅に増えている)。

 以前は,法令の基準に対して大幅に余裕をもたせて建てていましたが,5階建を10何階建てにするなどして,基準ギリギリまで建てたのです。
 
 このように大幅に戸数・密度を増やして,それを売る。それにより,元々の住民(分譲住宅なので,その家のオーナーです)は,それまでの家と交換で住むことができる。

 提供した土地に見合う価格の新居であれば,そのためのお金を支払うことなく,新居を手に入れることができます。
 
 その「新居の価格」は,面積と場所(駅からの距離などの利便性)で,おもに決まるわけです。
 
 諏訪団地の場合,おおまかなイメージとして,「新居がそれまでの団地の各戸の面積(50㎡弱)と同程度であれば,あまり費用負担は発生しない」ということでした(実際にはもう少し複雑ですが)。もしも,それ(50㎡弱)よりも広い新居に住みたければ,原則として上乗せしたお金を支払う。

 ただし,これはあくまで諏訪団地の場合。
 「費用負担なしで建て替える前の家と同じ面積の新居が手にはいる」かどうかは,ケース・バイ・ケースです。その団地の土地・不動産の価格しだい(これについては,あとでまた述べます)。

 要するに「団地に住んでいた人たちは,余裕を持って建てられた団地の土地を提供して,それに見合う価格の新しい住居を手に入れる」ということ。
 
 今回の建て替えは,そんなしくみで行われました。

 ***

 昨日は,母と新しい諏訪団地の家に行って,引っ越しの準備をしてきました。
 といっても,新居用に買った照明器具を取りつけたり,カーテンを注文するために窓の寸法を測ったり,ちょっとしたことをしただけですが。

 でも,照明器具をつけたりすると,「がらんどう」だった新居は,とたんに「我が家」な感じになります。

 「またひとつ,引っ越しの準備が進んでよかった」

 作業が済むと,すがすがしい気持ちで,母と私(と妻)は「新居」をあとにしました。
 
 もうすぐ,新しい家での暮らしがはじまります。

 「今度の正月は,この家なんだね」
 「前に住んでたところに戻ってきたんだけど,あんまり変わっちゃって,まだなんだかピンとこないわ―」

 帰り道で,母はそんなことを言ってました。

母の新居
建て替えられた諏訪団地・台所とリビング

新しい諏訪団地と住む人
 
 ***

 旧・諏訪団地の住民として,母はまたそこに戻ってきました。

 「でも,前から団地に住んでいた人で,戻ってこなかった人もいる」ということを母から(あるいはほかの地元の人から)聞いています。

 高齢で亡くなったりとか,病気になったりして,というのではなく,それ以外の理由で,です。

 それには,個々の方の事情があるわけですが,人によっては経済的な要因があるのでは,と考えられます。

 今回の諏訪団地の立て替えは「旧住民の土地と新しい建物を交換する」というやり方で行われましたが,だからといって旧住民に経済的負担がないわけではありません。

  まず,建て替え工事をしている間の仮住まいの費用はかかります。

 
 「建て替えの間の仮住まいの家賃くらい,ディベロッパー(建て替えの集合住宅を建設・販売する不動産事業者)が全部負担してくれるんじゃないの?」と思う方がいるかもしれません。

  しかし,今回の諏訪団地では,そのようなことは(ほぼ)ありませんでした。
 
 「建て替えの間の家賃負担」については,一定条件下で,家賃の1割をディベロッパー側が負担しただけです。つまり,家賃の9割は自己負担。
 母の場合,2011年5月から2013年11月まで,2年半ほど仮住まいをしました。その間同じ多摩ニュータウンの団地(賃貸)に住み,補助の1割を差し引いて月々6万数千円の家賃(管理費込み)を払いました。

 ドンブリで,6.5万円×30か月=195万円。
 つまり200万円くらいは仮住まいの家賃にかかっているわけです(これは「家賃」だけで,敷金などは入ってません)。

 このほかにも,引っ越したり,新しい暮らしをはじめるには,いろいろかかるものです。そのようなコストの中心が,この「仮住まいの家賃」といえるでしょう。

 それから,これは必ずしも「負担」「コスト」とはいえないでしょうが,もしも建て替えた住居を,それまでの団地の部屋(50㎡弱)よりも広くしようとすれば,多くの場合,お金を支払わないといけません。(「場所」の関係で価格が比較的安くなる新居では,そのような「増床分」の負担がない場合もある)

 母の場合,200万円余りを払って,数平米ほど広い家を選びました。
 以前からの住民の中には,その何倍ものお金を払って大幅に広い家にした方もいるそうです。

 最初のほうで述べたように,以上は,あくまで諏訪団地のケース。

 「建て替えた新居の取得費用」は,ケース・バイ・ケースです。

 建て替える団地の条件(おもに不動産・土地の価格)しだいでは,「建て替え後に,以前と同じ床面積の家を取得する場合でも,100万円単位の費用を負担しなくてはならない。費用負担なしで,建て替え後の新居を取得しようとすると,以前よりも狭い家しか手に入らない」ということがあります。

 今の不動産・土地の価格の状況だと,そのような費用負担が発生するケースが多いようです。
 
 *** 

 なお,やや専門的な話になりますが,古い団地と今どきのマンションでは,間取りの基本的な構造がちがうので,同じ「50㎡」のままだと,古い団地のときよりもかなり「狭く,使い勝手が悪い」と感じる恐れが高いです。だから,建て替え前と同程度の「広さ」の感じを得ようとすれば,最低何平米かは増やさないといけないのでは,と私は思います。
 ちなみに母は,数平米増えた新居について「狭い,とにかく狭い」とブーブー言っています。
 
 母の場合,諏訪団地の住宅ローンはとっくに終わっています。
 その他の経済状況からみても,この種の「負担」にはどうにか耐えられる。だから,「戻ってくる」ことができました。

 しかし,住宅ローンが終わっていない人は,建て替え工事の間は,「住宅ローンを払いながら仮住まいの家賃を払う」ということになってしまいます。こういう人は,若い世代に多いはず。

 リタイア世代で,住宅ローンが終わっていたとしても,年金や預貯金などの状況から,建て替えに伴って発生する「負担」は無理だ,という方もいるはずです。誰もが「経済的にまずまず」という老後を迎えられるわけではない。

 以上のような「経済的にきびしい」という人のなかには,建て替えた諏訪団地に「戻ってくる」のを断念した人がいたことでしょう。つまり,自分の家(団地)を売り払って,よそへ行ってしまった。

 そういう人が,全体に占める割合は少なかったのでしょうが,いたはずです。

 「はずです」というのは,その実態(数など)を確認した,きちんとしたデータを私は知らないし,「この人はまさにそうだ」という例をあげることもできないからです。

 でも,「ご近所の話」として,「そういう,戻ってこれない人がいた」ということは言われているわけです。

 そして,そのことは「団地再生」とか「建て替え」の議論のとき,たいてい無視されています。

 関連記事:団地の建替えについての問い合わせ

(以上) 
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テーマ:建築デザイン
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年11月08日 (金) | Edit |
 このブログには 社会の変化はゆっくりになっているというシリーズがあります。
 
 よく「社会の変化はますます急速になっている」というけど,じつは変化はゆっくりになっているのではないか。さまざまな文化や技術革新の世界でも,新しいものが生まれにくくなっているのでは?

 という視点でいろいろ述べています。

 これに,ある読者の方――ピピネラさん(ブログ:小人さんとワルツを)が反応してくださいました。

 ピピネラさんによれば「インターネットによってさまざまな情報・ソフトに多くの人が手軽にアクセスできる状況から新しい何かが生まれるのではないか」と。

 私もこれを受けて「たしかに,古今東西の文化遺産がアクセスしやすい形で陳列されれば,〈新しい組み合わせの発見〉ということが起こりやすくなるので,そこから何か生まれる可能性はある」と述べました。

 関連記事:文化の「新しさ」と「変化」

 さらに,つい先日もピピネラさんはコメントで「〈新しい組み合せの発見〉という言葉は,まさに自分の言いたいところを述べてくれている」と言ってくださいました。

 うれしいことですが,このように評価していただくと,「これは補足しておかないと」と思うことが出てきました。それは,「新しい組み合せの発見」という言葉には,先行するものがある,ということです。

 以下,ピピネラさんへの私の返信コメントを編集したものです。

 ***

 コメントありがとうございます。

 なお,「新しい組み合わせの発見」という言葉じたいは,オリジナリティのあるものではありません。
 ジェームズ・ヤングという昔の広告マンが書いた『アイデアのつくり方』(TBSブリタニカ)という,有名な本があって,その中に

《アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない》(28ページ)

 という一節があります。
 そして,アイデアのつくり方の核心として,

《アイデアは一つの新しい組み合わせであるという原理と,新しい組み合わせを作り出す才能は事物の関連性をみつけだす才能によって高められるという原理》(32ページ)

 といったことが述べられています。

アイデアのつくり方アイデアのつくり方
(1988/04/08)
ジェームス W.ヤング

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 それから,インターネットなどの現在の技術や社会の状況が,そのような「新しい組み合わせの発見」を促進する,という見解も,そう目新しいものではないでしょう。
 たとえば,「社会の変化はゆっくりになっている」シリーズ(2013年4月8日の記事)でも引用した,ブリニョルフソン『機械との競争』(日経BP)には,こんなことが述べられています。
 同書は,「これから技術革新はさらに加速する」という立場から,テクノロジーが経済・社会に与える影響を論じた本。

《…アクセス可能なアイデアや個人が広くプールされるほど,イノベーションが生まれるチャンスは増える。
 組み合わせるパーツが枯渇する恐れはまずない。仮にテクノロジーの進歩が今この瞬間に止まったとしても,さまざまなアプリケーション,マシン,タスク,流通チャネルを組み合わせるこによって,とても使い尽くせないような新たなプロセスや製品を作り出すことができるだろう。》
(119ページ)

機械との競争機械との競争
(2013/02/07)
エリク・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー 他

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 今回のピピネラさんのコメントを読んで,以上の「私の言ったことに関し先行する著作」については述べておこうと思いました。

 そして,そう思っている矢先,たまに私のブログを訪れてくださる,「しうへ」さんのブログ「TEDで覗く世界」をみると,先日11月6日の記事 優れたアイデアの作り方 で,ヤングの「アイデア」論やブリニョルフソンの主張のことが述べられていました。偶然なのか,私の記事と何か関連があるのか,まだご本人に確認していないのですが……いずれにしても,なんだかワクワクした楽しい気持ちになりました。

 まあ,このように,私の述べていることは,決して独創的ではありません。
 また,「独創的」である必要もない,と思っています。

 そして,述べていることの元になった論や著作については,できるかぎり触れたいとは思いますが,展開のテンポや成り行きで,そこを飛ばしてしまうこともあるでしょう。

 「有名な本(知っている人は知っている)」にあることは,いちいち出典に触れなくてもいい場合があります。出典を示さなくても,「有名な本」のプライオリティ(「そのことを最初に述べた」という名誉)を損なうことがまずないからです。
 極端な例えですが「ニュートンによれば,万有引力というのがあって…」とは言わないです。
 
 本来は「出典を示す」というのには,「誰のオリジナルなのか,読者にとって紛らわしくならないように示す」という目的があります。さらにそこには「オリジナルを生み出した著者を尊重する」ということがあるわけです。(このあたりのことは,私は板倉聖宣『模倣と創造』仮説社で最初に知りました)

模倣と創造―科学・教育における研究の作法模倣と創造―科学・教育における研究の作法
(1987/11/25)
板倉 聖宣

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 でも世の中では,「有名な本からは引用して,無名の著者からは剽窃する(自分のオリジナルと偽って借用する)」ということが多いのかもしれません。(このことも,私は何かの本で読んだのです)
 そこには,「引用は,自分の言っていることにハクをつけるためにする」という発想があるのかもしれません。
 
 話しが,ちょっとそれました。
 とにかく,何か文章を書くと,その「素材」となる主張のそれぞれには,たいていは,先行するものがあるのです。

 でも,文章の中で,それらの素材のあいだの「新しい組みあわせ」ができれば,そこに一定のオリジナリティが生まれるはずです。今回私の書いたものにも,そういう面があればよいのですが。

 それから,自分が「発見した」「気づいた」と思うことを,すでに過去の著者が述べていないか,という視点も,読書では大事なことだと思います。

 そして,「自分と同じことを考えていた過去の著者」がみつかったら,がっかりしないでよろこびましょう。その本は,きっと刺激をもたらしてくれます。そこから自分の思考が広がったり深まったりするチャンスです(とはいえ,ちょっとがっかりすることもあります)。

 それにしても,今の技術や社会は,ほんとうに「新しい組み合せの発見」を促すのでしょうか?
 楽観論には,たしかに根拠があるとは思います。でも,ほんとうにそうなのか?という疑問も私にはあります。
 このことは,またいずれ。

(以上)
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2013年11月06日 (水) | Edit |
 11月7日は,物理学者キュリー夫人(マリー・キュリー)の誕生日です。
 そこで,彼女の「四百文字の偉人伝」を。古今東西のさまざまな偉人を紹介するシリーズ。

キュリー夫人

史上初の(本格)女性科学者

 「史上初の女性科学者」というと,誰でしょうか? 「歴史に名を残した」という条件をつければ,それは「ラジウムの発見者」マリー・キュリー(1867~1934 ポーランド→フランス)です。
 彼女があれだけ有名なのは,「大発見をした史上初の女性科学者」だったからです。
 女性科学者は,今ではめずらしくありませんが,彼女が生きた1900年ころの世界では,今でいえば「女性F1レーサー」と同じくらい驚異的でした。
 しかも彼女は,ノーベル賞を2回も受賞しています。そして,多忙な研究の合間に家事もきちんとこなし,子どもたちも立派に育てました。
 すぐれた科学者が,常にこんなに「完璧」とはかぎりません。
 ただ,彼女の場合は,女性として前人未踏の仕事をする開拓者でした。
 こういう人だからこそ,男性優位がとても強かった時代にも活躍できたのかもしれません。

安達正勝著『二十世紀を変えた女たち』(白水社,2000)に教わった。ほかに参考として,エーヴ・キュリー著,川口・河盛・杉・本田訳『キュリー夫人伝(新装版)』(白水社,1988)

【マリー・キュリー】
ラジウムの発見などで放射能研究を開拓した科学者。1903年夫ピエール(1906年死去)らと共同でノーベル物理学賞。1911年には単独でノーベル化学賞。長女夫妻も35年に2人でノーベル化学賞を受けた。
1867年11月7日生まれ 1934年7月4日没

 ***

 さらに,キュリー夫人の「〇千文字の偉人伝」を。

 これは,「四百文字の偉人伝」の参考文献にある,安達正勝『二十世紀を変えた女たち』のキュリー夫人の章(の一部)を圧縮・編集して,そこに自分の視点を若干加えた,といったものになっています。以下は,半ば安達さんの本からの「引用」といっていいでしょう。
 その点でオリジナリティは薄いですが,「コンパクトな読み物」としての意味はあると思っています。キュリー夫人のことは,やはり知る価値があります。安達さんの本もおすすめです。

二十世紀を変えた女たち―キュリー夫人、シャネル、ボーヴォワール、シモーヌ・ヴェイユ二十世紀を変えた女たち―キュリー夫人、シャネル、ボーヴォワール、シモーヌ・ヴェイユ
(2000/07)
安達 正勝

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彼女が大学に入るまで キュリー夫人

 多くの偉人伝で,感動の中心となるモチーフといえばまず,「主人公が困難にくじけることなく,食い下がって学び続けた姿」である。
 なかでもキュリー夫人の物語は,その代表格である。

 「キュリー夫人」こと,マリー・キュリー(1867~1934,ポーランド→フランス)があれだけ有名なのは,彼女が史上初の「大発見をした女性科学者」だからである。ラジウムの発見などにより,放射能研究の世界を開拓したこと。それが,彼女の最大の業績である。

 女性科学者は,今では珍しくないが,彼女が生きた1900年ころの世界では,皆無だった。大学教育を受けた女性さえ,たいへん珍しかった時代である。

  彼女のエピソードでよく取り上げられるのは,祖国ポーランドからパリ大学に留学した彼女が,貧しさと闘いながら必死に勉強する姿である。
 
 たとえばこういう話がある。貧乏でストーブの石炭を買うお金がない。ベッドでは,布団の上にありったけの衣類を何枚も重ねるけど,寒い。そこで,布団や衣類の上にイスを置き,その「重さ」の感覚で寒さをまぎらわせて眠った……

 だがじつは,パリにやってくるまでだって,いろいろ大変だったのである。むしろ,パリで苦学した時代は,念願だった大学への入学を果たし,思う存分学問に打ち込むことができた「輝ける」時期だったとさえいえる。

 **

 のちにマリー・キュリーとなる女の子,マリア・スクワドフスカは,1867年にポーランドの首都ワルシャワで生まれた。両親は2人とも学校の先生だった。

 彼女が育った1800年代後半,ポーランドはロシアなどの隣接する強国によって分割され,国家が消滅してしまった。祖国の復興・独立は,当時のポーランド人の悲願だった。独立を勝ち取るために武器を持って立ち上がり,命を落とした人たちもいた。マリアの親戚にもそういう人がいた。

 父親は,学識のある人格者だったが,ロシアの役人が支配する教育現場では,不遇な目にあっていた。だから,家庭は裕福ではなかった。
 そんな環境で,マリアは,祖国の復興を強く願う若者に成長していった。

 彼女は17歳のとき女学校を主席で卒業した。さらに大学で勉強したかった。指導的な教育者になって,祖国のために尽くすことが,彼女の夢だった。
 
 だが,当時のポーランドの大学は女子に門戸を開いていなかった。フランスなど一部の国の大学では,1800年代後半から女子の入学が認められていた(それ以前は,昔から大学に入れるのは男子だけだった)。だから,彼女が大学に行くには,海外留学が唯一の道だった。

 しかし,家にはそんなお金はない。当時は,現代のような奨学金制度もなかったし,大学に通いながら働けるようなアルバイトの仕事もなかった。

 それでも,何とか外国に行って大学で学びたい。そこでどうしたか?

 そのころ,彼女のすぐ上のお姉さんも,医師になるために大学で勉強することを望んでいた。そして,マリアと同じ「壁」につきあたっていた。そこでマリアは,このように提案した。

 「私が,家庭教師をして仕送りするから,姉さんは大学へ行って。姉さんが医師になったら,そのときは私が留学するのを助けてちょうだい。」

 当時,教育のある女性の働き口として「家庭教師」というものがあった。昔のヨーロッパでは,裕福な家庭の子どもは,幼いうちは学校に行かず,そのかわりに家庭教師が付いて勉強するのがふつうだった。お屋敷に住み込みで,1日数時間ほど教える仕事。住居と食事が提供されるので,節約すれば,給料のかなりの部分を仕送りできる。

 マリアは,田舎のお屋敷で,住み込みの家庭教師をして働いた。
 彼女からの仕送りで,お姉さんはパリ大学の医学部に通った。

 3年余りが経つと,お姉さんが近い将来に医師として働ける見込みがついた。また,お父さんに,いくらか収入の多い仕事がみつかった。これで,マリアもどうにか留学できる。

 「3年」というのは,とくに若い人にとっては,長い時間である。その間にマリアは,何度も「もう留学なんて無理,どうでもいい」という気持ちになった。片田舎での寂しい単調な毎日。マイナス思考になるのも無理はない。

 だから,せっかく留学の見通しが立ったのに,マリアは,「もう私の留学のことはいい」と,お姉さんに手紙を書いたりもしている。しかし,お姉さんや周囲の人たちの説得や励ましで,気をとりなおした。

 その後,試験勉強などの準備を経て,1891年,マリアはパリ大学の理学部に入学した。すでに24歳になっていた。

 4年後,彼女は数学と物理の学位を取得して卒業。その翌年の1895年には,在学中に知り合った8歳年上のフランス人物理学者ピエール・キュリー(1859~1906)と結婚した。

 彼女は祖国で教育者になることは断念し,ピエールの共同研究者として科学者の道を歩むことにした。

 2人は協力して研究を進め,ラジウムの発見などの成果により,1902年に夫婦でノーベル物理学賞を受賞した。その間に子宝にも恵まれ,研究の合間に家事・育児もこなした。多忙な,しかし充実した日々だった。
 だがその後,1906年にピエールが馬車による交通事故で不慮の死を遂げてしまう。

 彼女はピエールの後任として,女性初のパリ大学教授に就任し,その後も研究と後進の指導で活躍した。1911年には,単独でノーベル化学賞を受賞している。

 **

 このようなキュリー夫人の物語は,子供や学生よりも,むしろ大人のほうが感動するのではないだろうか。
 人生経験を積んだ大人は,お金や生活の苦労というものを十分にイメージできる。

 そして,ほとんどの大人には,「自分はこういうふうにはできなかったなあ」という感覚がある。それが勉強であれ何であれ,自分はこれほど懸命にやりたいことをやり抜くことなく大人になった。だから,彼女をほんとうに「素晴らしい」「すごい」と感じる。

 私もそのクチだ。自分の若い時代に対し,それなりの後悔というか,「あれをもっとやればよかった」という感じがある。

 私が学生時代にこの話に触れたとしたら,「説教くさい」と思っただろう。

 しかし,会社に就職して多少の経験を積み,「人生なかなか思うようにはいかない」という感覚がよくわかるようになってからは,この手のエピソードに素直に感動できるようになった。「思うようにいかない」ところを,それでも何とか乗りこえるのは,素晴らしい。

 そして,読書のなかで出会う人物が「食い下がって学ぶ姿」に注目するようになった。そのような話に触れるたび,「自分も,自分なりに好きなことをやっていこう」と思ったものだ。(「好きなこと」とは,私の場合,読んだり書いたりすることだった。その延長線上で,今もこんなものを書いている)

 大人が,偉人の「学ぶ姿」に触れる最も大きな意義は,こういう「後押し」「励まし」を得られるということである。
 もちろん,子どもにとっても同じような意義はある。しかし,大人のほうがより深く理解できるのである。

 偉人の「食い下がって学ぶ姿」にも,いろいろある。キュリー夫人は見事なケースだが,ほんの一例である。そのさまざまなケースを知ることは,私たちに元気や知恵を与えてくれる。

(以上)
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年11月04日 (月) | Edit |
 前回に続き,「社会の変化はゆっくりになっている」論を。
 
 「時代の変化は急速になっている」とよく言われているけど,どうなのか?
 むしろ,変化はゆっくりになっているのではないか。文化において「新しいもの」が生まれにくくなっているのではないか。これは日本にかぎらず,世界的にみてもそうなのではないか。

 
 そんなことを論じる,社会の変化はゆっくりになっているというサブカテゴリーが,このブログにはあります。今のところ第7回まで記事を書いていて,途中で止まっています。
 
 その第2回の記事では,「新しいものが生まれにくくなっている」例として,近年の音楽やデザインのことを論じました。

 たとえば,今の若者が,1970年代の古い音楽や50年代にデザインされたイスに惹かれたりする。特別なマニアではない人が,昔のものをごく普通に自分の楽しみや暮らしの中に取り入れている。これが「変化がゆっくりになっている」ということではないか。古いものが今の時代にも「新鮮さ」を保っているとしたら,「新しいもの」が生まれなくなっているということだ……

 それに対し,またピピネラさん(ブログ:小人さんとワルツを)からコメントをいただきました。
 今度は「感想」というより,まさに「論考」といえるもの。
 
 それをご紹介します。
 そのあと,私の「返信」を。いずれもかなりの長文です。
 自分の書いた文章がきっかけとなって,このように「考える」方があらわれ,自分もそれに触発されて書くことができる……うれしいことです。

 ***

(ピピネラさんからのコメント)

 初音ミクはご存じですか?

 メロディー(音階)と歌詞を入力することで、サンプリングされた人の声を基にした歌声を合成することができるボーカロイド。その代表的な製品(キャラクター?)が初音ミク。実体を持たない「電子の歌姫」です。

 彼女のステージはニコニコ動画やユーチューブなどの動画共有サイト。名もない「プロデューサー」達が作詞、作曲、PV風のアニメまで作っています。その曲に人気が出ればCDになりカラオケになり、キャラクターグッズも含めれば今や70億円市場とか…

 メロディーや歌詞が新しいかどうかは正直よくわかりません。でも機械が歌う曲がオリコン1位って、そんな時代ありましたか?(シンセサイザーの一種という見方をすれば古いかな?)

 音楽を聞くということ=記録メディアを買ってきて再生することという時代は、終わりつつあるのだと思います。動画共有サイトは、「音楽を聴く方法」に蓄音機発明以来の変化をもたらしました。

 どんな広いショップでも置ききれないほどの古今東西の音楽が自宅に居ながらにして、しかも無料で聞けるんですから。もはや音楽は同世代が共有するものではなく、ネットを使える環境にある全ての人が共有するものです。

 子供がたどたどしく歌う童謡も、有名なオーケストラも、伝説のロックバンドも、ユーチューブの中では平等です。視聴者はその中から好みのものを選ぶ時代。20代の青年は70年代の洋楽を聞くし、50年代デザインの椅子に座る。結果選びとったモノは古くても、その現象は間違いなく変化だと思います。

 小規模なルネサンスと言ったら、言いすぎかもしれませんね。
 でも、その先に、少しは新しいモノが出来ると、私なんかは信じているんです…。

 ***

(そういちからの返信)

 まず,ただでさえお客さんの限られる私のブログの,その中でも埋もれた形になっている記事に,素敵な「論考」を寄せていただいて,うれしいです。

 「社会の変化はゆっくりになっている」論のねらいのひとつに,「社会や文化にとっての〈新しさ〉や〈変化〉とは何か?」を突っ込んで考えてみたい,ということがあります。

 「新しい」とか「変化」とかって,抽象的で,人によってイメージするところがずいぶん異なると思います。だから意味があいまいになっているけど,そこをもう少しはっきりできないか,ということです。

 社会が変化することを止めたり,「新しい」ことが何も起こらなくなるということは,あり得ません。
 しかし,現代において,その「変化」や「新しいこと」の質は,これまでとは変わってきているのでは? 

 その視点を,私としては論の基本に置いています。

 では,今の社会や文化の「変化」「新しさ」とはどんなものなのか?
 ピピネラさんが書かれたつぎのことは,重要だと思います。

《子供がたどたどしく歌う童謡も、有名なオーケストラも、伝説のロックバンドも、ユーチューブの中では平等です。視聴者はその中から好みのものを選ぶ時代。20代の青年は70年代の洋楽を聞くし、50年代デザインの椅子に座る。結果選びとったモノは古くても、その現象は間違いなく変化だと思います。》

 今の文化って,たしかにこういうイメージです。

 今の文化・文明には,「なんでも売っている巨大なネットのストア」が出現しました。デフォルメしていうと,そこには,あらゆる時代の人類の文化遺産がならんでいて,お金さえあればその「遺産」のなんでもが手軽に買えるわけです。
 音楽や映像やテキストやプログラムなどのソフトに関しては,かなりのものが「無料」で手に入ります。

 そのような「文化遺産ストア」の出現は,たしかに「新しい」です。

 でも,そこに並んでいる「商品」じたいは,これまでの時代が生んだ「遺産」であり,決して新しくない。
 「画期的な新商品」として売り出されるモノも,よくみれば過去の遺産の細かい改良バージョンや焼き直しであることが多い。

 つまり,「商品」の流通や普及の仕方などでは,新しい現象が起きているけど,「商品」そのものには「新しさ」がみられなくなっている。

 単純化すると,そういうことが今起こっているのでは,と思うのです。

 「初音ミク」(少しは知っています)にしても,たぶん「音楽作品」そのものとしての新しさよりも,その作品が生み出され流通する過程や,それに関わる社会や技術の環境にこそ「新しさ」があるはずです。
 ボーカロイドじたいは,ピピネラさんも言うように,その本質は「シンセサイザーのひとつの到達点」だと思います。

 もちろん,「流通や普及の仕方」の変化が,新しい「商品」そのものを生み出すことはあると思います。

 たぶんそれは,「新しい組み合わせの発見」という形で顕著に起きるはずです。
 重厚な(あるいはカビの生えた)古典も,今どきの「子ども」的な文化も「並列」にあつかわれる状況になれば,それまで思いつかなかったようなジャンルやアイテムどうしの組み合わせが起こりやすくなるでしょう。もういくつも事例があるのかもしれませんが……

 そして,「新しい組み合わせの発見」は,「新しい,新鮮な頭を持った人たち」が行っていくものです。
 
 それは,古典的なモノサシを身につけていない若い人たちや,従来よりもずっと「大衆」的な人たちということになるのでしょう。「タダで膨大なソフトにアクセスできる」という今のネットの状況は,それを後押ししています。

 そして,世界には「新しい,新鮮な頭を持った人たち」が,ぼう大に存在しています。
 アフリカなどの発展途上国の人たちです。
 この人たちの「頭の新鮮さ」は,今の先進国の若者を上回るでしょう。

 彼らが,今後さらに経済発展していったとき,「近代文明」はきっと新しい展開をみせるはずです(しかし,一定の経済発展が必要)。
 たとえば,音楽などは典型的に,最も早くからそのような「新しい展開」をみせると思います。

 今回の私の記事や,ピピネラさんも例に出した,現代音楽のメジャーな世界――今のジャズやロックやブラジル音楽など――これらはみな古典的な西洋音楽とアフリカとの出会いがもとになって生まれました(その「出会い」は西洋によるアフリカ制服・支配といった一種の「悲劇」によるものでしたが)。

 今後は,おもにネットを通して,アフリカの新しい世代が,現代音楽の遺産と盛んに出会うようになるでしょう(もうそうなってきてはいますが,さらにそうなる)。

 アフリカの若い世代は,そこから,私たちの想像を超える新しい音楽をつくっていくかもしれません。日本の若い世代(あるいはかつての若い世代)も,世界の中で「新しい音楽」の創造に一役買ったのだとは思いますが,それをはるかに上回ることを21~22世紀のアフリカ人は行うのでは……

 だとしたら,私たち先進国の人間は,未来のアフリカ人(イスラムの人びとでもいいですが)のために,彼らがアクセスしやすいように,膨大な文化遺産をネット上に陳列しておいてあげている,といえるのかもしれません。

 ピピネラさんのコメントが刺激になって,またいろいろ考え,書くことができました。
 ありがとうございます。
 
(以上) 
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2013年11月04日 (月) | Edit |
 このブログのカテゴリー(サブカテゴリー)に,社会の変化はゆっくりになっているというのがあります。
 
 「社会の変化は,どんどん加速している」などとよく言うけど,どうなんだろう?
 もちろん,社会の変化が止まったり,「新しい」ことが何も起こらなくなるということはあり得ない。
 でも,今の時代は,ほんとうの意味での「新しい」ものが生まれにくくなっているのではないか?あるいは,「変化」とか「新しい」ということの意味が,これまでとは変わってきているのではないか?


 そんな問題意識で書いているシリーズです。
 7回分を書いて,どんどん大風呂敷を広げ,その後半年くらい未完のまま中断しています。
  
 しかし最近,ある読者の方から,この「社会の変化はゆっくりになっている」論に対し,反響がありました。
 たった1人ですが,しっかりと読み込み,そこから自分の考えやイメージを展開してくださっていて,たいへんうれしいことでした。ありがとうございます。

 以下,その方(ピピネラさん,ブログ:小人さんとワルツを)からのコメントです。

 これは,「社会の変化はゆっくりになっている」論の第1回へのコメント。
 そこでは,「今の子どもたちは,ウルトラマンや仮面ライダーなど,親世代が子どものときに夢中になったキャラに夢中になっている。これは,社会の変化がゆっくりになっていることのひとつの例ではないか」というところから話をはじめました。それに対しいただいた反響です。(仮のタイトルを入れたり,ほんの少しだけ,そういちが編集しました)

 *** 

「21世紀」はどこ? (仮題) byピピネラ

 「21世紀って、もっとすごいと思ってた」――定年間近の父が言ったセリフです。

 つまり,こういうこと。

 車は空飛んで、ロボットがうろうろ、火星に移住、etc…
 子供のころ思い描いた「正しい21世紀」はどこに行ったんだろう?
 1960年代に感じた「どんどん世の中が変わっていく感じ」はなんだったんだろう?
 現実は、通信の分野だけが予想以上に発達した。あと、コンピューターが小さくなった。それだけだ。

 終戦~1970年ぐらいまでに比べれば、それ以後ってあんまり変わってないのかもしれませんね。

 それより前は日本史の授業で習った知識しかないんですが、封建制から立憲君主制になり、大正デモクラシーって言ってたかと思えば軍事クーデター、戦争、戦争……そういうことが明治維新のあとの約80年間にあったんですよね。

 そう考えると、今がどれだけ安定してるかってことがわかります。


(以上)

 ***

 私の記事に寄せられたコメントですが,それ自体が短い素敵なエッセイ(コラム)になっています。

 コメント上のやり取りのなかで,ピピネラさんは「膨らませて自分のブログに記事にしようか」とも言っておられましたが,ぜひされたらいいと思います。

 ピピネラさんのコメントに補足します。

 1970年代以降の(日本の)社会の変化がゆっくりになったのだとすれば,そこには「経済成長の鈍化」がかかわっていると思います。これは,今回コメントをいただいた私の記事にも書いたのですが,ちょっと付け加えて述べます。

 「高度成長」といわれる,1955年ころから1970年ころの経済成長率(経済規模の拡大率)は,年10%程度でした。
 これだと,7年ほどで経済の規模・水準は2倍のレベルになります。「7年で2倍」の世界の変化は,やはりすごいです。私(今ほぼ50歳)よりやや年上の人に聞くと,「年々ご飯のおかずがよくなり,ウチの家電や家具などが増えていくのが,当時子どもだった自分にもはっきりわかった」などといいます。

 その後,1970年代後半から日本の経済成長率は急速に鈍くなって,「年率3~4%」になります。
 1990年代初頭以降は,さらに成長率は低下して,おおむね「1~2%」かそれ以下の状態が続いてきました。
 経済成長率1%というのは,「70年ほどで2倍」の状態です。2%なら「30数年で2倍」。

 これでは社会の変化もゆっくりになるでしょう。

 経済成長だけが,社会の変化の要因ではないでしょうが,きわめて重要ではあるはずで,押さえておいていいと思います。

 ***

 こんなふうに,読者の方からの反響をいただき,いろいろ考えたり書いたりできるのは幸せなことです。
 これからも,よろしくお願いします。
 
(以上)
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2013年11月03日 (日) | Edit |
 このブログでシリーズとして掲載してきた『自分で考えるための勉強法』が,このたび電子書籍として出版されました。
 ディスカヴァー・トゥエンティワンという出版社からです。
 同社からは『四百文字の偉人伝』も電子書籍で出ています。

 販売は,ディスカヴァー社のホームページのほか,先日11月1日あたりからキンドル,koboなどではじまりました。(以下はキンドルへのリンク)
 
自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)
(2013/11/01)
秋田総一郎

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四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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 これまでこのブログ上で「勉強法」で読んでくださった方も,ぜひ電子書籍も手にしてみてください。
 スマホなどの画面で,きちんとレイアウトされた体裁で読むと,またちがった感じがあるはずです。あるいは,まとめて一気に読むのも,電子書籍だとより気持ちよくできると思います。

 そして,この電子書籍を買っていただくことは「無名の新しい著者を発見し,育てる」ということでもあります。もし,その点にもご関心があるならば,ぜひお願いします。

 この本がこのような形で世に出るまで,多くの方の支援や励ましがありました。この場を借りて御礼申し上げます。この点については,またあらためて。

 ***

 電子書籍は,スマホでも読むことができます。専用の端末は必ずしも要りません。

 キンドル(アマゾンが運営する電子書籍サービス)で販売される電子書籍だって,専用端末(キンドル)がなくても,スマホがあれば買って読むことができます。Android(アンドロイド)でもiPhoneでも大丈夫。

 電子書籍を読むための専用ソフトを,キンドルのサイトでダウンロードしてください(無料です)。
 そうすれば,アマゾンでID登録されている方なら,アマゾンでほかの買い物をするのと同じように電子書籍を買い,読むことができます。

 ***

 (本の紹介:本書「はじめに」より)
 この本は,「自分で考える」ための勉強法をテーマにしています。
 「勉強」というと,「試験などのためにがまんしてするもの」というイメージを持っている方も多いでしょう。
 しかし,この本でいう「勉強」の目的は,「自分の頭で考えて生きていく」ということです。
 それは,誰かに押しつけられてする勉強ではできません。また,「教養を豊かにしよう」といった問題意識のゆるやかな勉強とも異なります。

 勉強のポイントは4つあります。

 (1)興味のあることを勉強する(第1章)
 (2)よい先生をみつけ,徹底的に学ぶ(第2章,第4章)
 (3)「科学とは何か」といった本質を押さえる(第3章)
 (4)勉強の成果を文章で表現する(第5章,第6章)


 これから,この4つのポイントについて,掘り下げていきます。

 この本は,ひと息で読める短い断片の集まりです。好きなところから拾い読みしてください。
 拾い読みして「いいな」と思ったら,初めから順を追って読んでみてください。

(以上)
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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年11月02日 (土) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの60回目。

 このところ,「文章論」を続けてきましたが,今回でひと段落。
 具体的な文章の書き方よりも,「とにかく書いてみよう」ということを,いろんな側面から述べてきました。
 より具体的な「書き方」の話も,一種の「補足」としていずれ書いていきたいです。


他人の批判から早く抜け出して,
「自分の仕事」をしよう。


 二十代前半のころの私は,他人の批判ばかり書いていました。「あの本のここが駄目だ。なぜなら……」といったものばかり書いていたのです。
 「これだ」という先生を決めて,その発想を自分のものにしようと,先生の本を熱心に読んでいたころのことです。

 少し勉強すると,その成果を何かに使ってみたくなります。
 そこで一番簡単なのが,他人の批判です。先生とはちがう立場や考え方の人の本を読めば,「これはちがう」と思えるところが結構みつかります。

 その本の著者がかなり有名だったりすると,うれしいものです。自分もいっぱしの「知識人」になったような気がしてきます。批判をノートにでも書いていると,興奮してどんどん書けてしまう。

 そういう時期があってもいいと思います。
 先生の発想を身につけるトレーニングになるでしょう。少なくとも,書く練習にはなります。すぐれた先生たちでも,若いころに「他人の批判」を書いていたケースは多いです。

 でも,「他人の批判」からは,早く抜け出したほうがいいです。

 あなたが向上し,周囲や社会に貢献するには,「他人の批判」ではなく「自分自身の積極的な主張や情報」を出していく必要があります。「自分の仕事」を早くみつけて,進めることです。そのほうが楽しいです。

 **

 二十代半ばのとき,原稿用紙で百数十枚の「大論文」を書いて,ある先生(これまでこのシリーズで何度も出てきた板倉聖宣さんや南郷継正さんとはちがう方です)のところへ送ったことがあります。
 その先生は多忙な方なのに,書いたものを送ると,すぐにハガキで感想を返してくださいました。誰に対してもそうなさっている,と聞きました。

 先生からのハガキには,私がある研究者を批判して書いた箇所を指して,「こういうケチつけから,早く抜け出すように」とありました。そして,「自分のテーマや主張があるなら,堂々とそれを進めていきなさい」ということをおっしゃっていました。

 そのころから,私はだんだんと「他人の批判」を書かなくなっていきました。

(以上)
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テーマ:勉強
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