2013年12月31日 (火) | Edit |
虹1
団地の虹(12月10日に妻が撮影)


 今年も今日で最後なので,1年をふりかえってみたいと思います。
 「私の1年」ということです。

 なにより今年は,このブログ「団地の書斎から」をはじめた年でした。1月にはじめて,本日のこの記事まで310数本の記事をアップしました。

 このブログの記事は,1本につき1000~2000文字の分量はあります。
 1000文字×300本=30万文字は書いてきたことになる。

 これは400字詰原稿用紙に換算すると,30万÷400≒800枚 です……どんぶりで「原稿用紙1000枚くらい」といってもいい。これは,単行本で3~4冊分というところ。
 私はこれまで,1年間でこれだけの分量の文章を書いて人にみせたことはありません。
 やはり,ブログをはじめたことで書けたのだと思います。

 そして,「文章を書いて公開する」ことで,思わぬ方がたとブログ上で出会い,交流することができました。それを望んでブログをはじめたわけですが,実際にそれができて,うれしいことでした。

 反響をくださったみなさま,励みになりました。あらためてありがとうございます。
 私は文章を書くのが好きで,ブログというものも「自分には合っている」と感じています。(もっと早くはじめればよかったなあ…)まだまだ書きたいことがあります。これからもよろしくお願いします。

 ***

 あと,今年は2つの「商品」をつくって世に出すことができました。

 ひとつは,11月に出版した電子書籍『自分で考えるための勉強法』(ディスカヴァートゥエンティワンより出版,アマゾンほかにて発売中,400円)。

自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)
(2013/11/01)
秋田総一郎

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 これ,電子書籍ですが「商業出版」です。
 自費出版ではなく,れっきとした出版社が原稿を認めてくれて,出版社のコストで「商品」として製作し,販売しています(個人的にお話ししていて,そのへんの誤解があった方がいたので,念のため)。

 この本の原稿を,私はなんのツテもないところで出版社に持ち込みました。それが,採用されたのです。
 自分でいうのも何ですが,なかなかないことです。
 ただ「無名の著者なので,紙の本は難しい。電子書籍なら」ということで,このようなかたちになりました。

 もうひとつの「商品」は,「そういちカレンダー2014」です。
 これは,つい数日前にできたばかり。こちらは,著作・編集・印刷・販売すべて私1人で行っている,まさに「自費出版」ですね。

 関連記事:「そういちカレンダー2014」発売中!

カレンダー使用例 (2)

 出版社に自分の原稿を本にしていただくのも,うれしいことですが,このように「全部自分で」というのも,「つくるよろこび」が大きく,たのしいです。
 
 どちらの商品も「絶賛発売中」です。
 「大ヒット上映中」ではないんですが(^^;),どうかよろしくお願いします。

 ***

 私は,フルタイムで勤務しながら,このブログを書いたり,上記の出版物をつくったりしてきました。
 やっぱり,忙しいですよね……そういう,忙しくいろんな活動をされている方は,大勢いらっしゃると思いますが,自分も,そんな1人だと思います。

 こうやって,いろいろ好きなことができるのは,幸せです。
 健康や,仕事や家族の状況とか,いろんな好条件があって,はじめてできること。
 そういう「できる状況」のとき,できるかぎりのことをしておこう……そんなふうに思います。

 そこで,こういう言葉をここでかみしめたいと思います。

 光あるうち光の中を歩め。

 聖書の言葉を,ロシアの文豪トルストイが小説に用いたものです。
 キリスト教的解釈はさておき,「できるときに,できることをしておこう」「チャンスをつかめ」「命あるかぎり精いっぱい生きよう」等々,いろんなメッセージが伝わってきます。
 信仰を持たない私ですが,聖書はこのような「深い名文句」の宝庫だと思います。

 この言葉を私は ブログ office k(by偕誠館主人)で知りました。同ブログとは,リンクも相互に貼らせていただいています。
 また,この言葉は,上記の「そういちカレンダー2014」の記事(10月の「今月の名言」)でも紹介しています。

 こういう出会いが今年はあったわけです。そして,素晴らしい言葉とも出会いました。

 以上,「私の1年」ということでした。
 「社会や世相の1年」についても書こうと思いましたが,ここでやめておきます。社会・世相のことは,お正月にでも書きたいと思います。

 ではみなさま,よいお年を。

(以上)
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テーマ:思うこと
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年12月29日 (日) | Edit |
 このところ,ブログ更新が途絶え気味で,たまに更新しても「そういちカレンダー」関係になっていましたが,もっとレギュラーな記事も再開していきます。
 私は,おととい27日が仕事納めで,今日ようやくそんな記事を書ける状況になりました。
 
 今回は,「和食の世界遺産登録」のこと。ちょっと鮮度の落ちた話題かもしれませんが,このニュースを見聞きしたとき思ったことがその後も気になっていて,ぜひまとめておきたいと思いました。

 それに,これからの年末年始にかけて,和食などの「日本文化」に触れる機会も増えますから,いいタイミングかもしれません。

 ***

 12月の上旬に,「和食」がユネスコ無形文化遺産(いわゆる世界遺産)に登録されることが決まった,というニュースを聞いたとき,少し戸惑いがありました。

 このニュースについて,「日本の食文化が世界に認められた」と,前向きにとらえた人は多いはずです。
 でも,私は「世界遺産」というと,パルテノン神殿のような遺跡や博物館で陳列されている宝物を連想するので,和食もそんな「過去の遺物」扱いになったのか,と感じたのです。
 そして,「ほんとうは,和食は〈遺物〉などではなく,今もみんなの生活のなかで現役ではないか」と思いました。

 その後,このニュースについて掘り下げた報道をテレビでみました。
 すると,じつは「和食の世界遺産登録」のために動いた日本料理界の人たちには,「和食の衰退」に対する危機感があったことを知りました。

 つまり,日本の食卓のなかで,和食の存在感がめっきり薄れている。
 たとえば,それは子どもの好きなメニューのアンケートなどにあらわれている。あるいは,一流の日本料亭で若い板前がつくる「まかない料理」が,ハンバーグのような洋食だったりする。

 ということは,今回の和食の世界遺産登録は,ある種の「衰退」のなかでのことだった,といえるのかもしれません。

 ***

 ある文化が世界で広く「文化」としての高い価値を認められるときには,その文化あるいは文化を担う国家の衰退ということが,しばしばあります。
(このことはエリック・ホッファーという思想家が述べていましたが,出典が今すぐ出てきません。いずれ引用を載せるつもりです)

 古代ギリシャやローマ帝国の文化は,その最大の例でしょう。
 これらの文化は,近代初期のヨーロッパ人が「文化のお手本」と仰いだものですが,それらは遠い昔に滅んだ文化でした。

 衰退した文化,滅んだ文化は,自分たちに切実な害悪をもたらすことがありません。
 だから,(単純化していえば)その文化の美しい,良いところばかりがイメージとして残るのです。

 おそらく,ギリシアのポリスやローマ帝国が現実に繁栄していた時代には,その文化は周辺のほかの文化からみて,必ずしも「良い」ものではなかったはずです。
 今のアメリカ合衆国の文化のように,多くの人が関心を持つ,無視できない文化であると同時に,嫌悪感や反感もおおいにもたれたはずです。

 西暦2000年代に入ったあたりから,「クールジャパン」(今やあまりクールな表現ではないと思う)といって,日本のさまざまな文化が世界でウケている,という話を見聞きするようになりました。現代日本のアニメ・マンガ,ちょっと変わったファッション,アイドル系音楽などのJポップ……これらの「日本文化」は,少し以前には世界のなかでまったくのマイナーだったのですから,たしかにこれは「変化」です。

 こういう現象は,もちろんインターネットなどの通信・交通の発達が背景にあるのでしょう。
 しかし,じつは「日本の衰退(の兆し)」ということもかかわっているのでないかと,うがった見方もしたくなります。

 つまり,日本には経済などの勢いがなくなってきて,貿易摩擦も起こさなくなってきました。欧米でも発展途上国でも,日本にはかつてのような「脅威」の要素はなくなっています。そういう国の文化は,以前よりも愛されやすいのではないか……

 その点アメリカがすごいと思うのは,アメリカ文化というのは,今も圧倒的に関心を持たれつつも,あちこちでひどく嫌われてもいるということ。「ハンバーガーが我々の固有の食文化を破壊している」みたいなことがよく言われます。

 これは,まだまだアメリカという国に勢いがあり,それだけに関わる国にとっては脅威であり得るということです。

 ***

 ならば,気になるのは「日本文化も,アメリカ文化みたいに世界で嫌悪されたりしていないか?」ということです。

 たとえば,「和食とかいうおかしな食べ物によって,我が国の食文化が乱されている」と言って怒っている人がどれだけいるのかいないのか?

 私たちに入ってくるニュースは,「日本文化が世界でこんなに好かれています」という話ばかりですが,「じつはこんなに嫌われてもいる」という情報があったら,ぜひ知りたいところです。

 もしも和食のような日本文化が「じつは世界でいろいろ反感を持たれている」のだとしたら,日本の衰退はまだまだ,といえるのかもしれません。

(以上) 
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2013年12月27日 (金) | Edit |
 数日以上更新が途絶えていました。
 今年1月にブログを開始してから,はじめてのことです。

 トップの記事にある「そういちカレンダー」の製作の追い込みと,郵送などの作業に追われていたのです。
 勤めの仕事の時間以外の大部分を,その作業に費やしてきました。

 でも,それも昨日でひと段落。
 昨日は,これまでに注文のあった方たちに,はじめての商品の「出荷」(郵便での発送)をしました。
 最初のお客様です。ありがとうございます。

 その出荷数ですが,7名の方に計18冊。
 「少ないな」と思われるかもしれません。
 でも,これがスタートだと思います。

 今は何千,何万という発行部数になっている,ミニコミの雑誌が,最初は「何十部」だったということも,あるのです。

 とにかく,買ってくださる方がいた。
 ここから,いかに広げていくか。

 作者としてはこのカレンダー,「なかなかのものができた」と思っています。
 いろいろ「発展途上」な部分はあるにせよ,このカレンダーをよろこんでくれる方が 世の中にはきっといるのではないかと思っています。
 そのような方たちの毎日に,ちょっとした刺激やたのしみをもたらす一助になってくれればいいなと……
 
 それだけに,どうにかして広げていきたいと思っています。
 「全然売れない,すごい商品」に終わらせたくないですね……

 ***

 あとは,「思い立ったことを実行して,めざすものを完成させた」というのは,やはりうれしい気持ちです。
 11月の末に,ふと「こういうカレンダーを(おくればせだけど)つくろう」と思い,取り組みはじめました。
 完成に1か月弱かかりました。

 1人で60本あまりの記事をまとめ,30あまりのイラストを描いて,編集・レイアウトをしました。
 このカレンダーには,ひと月ごとに5本のコラムとイラストがびっしり詰まっているのです。(トップの記事にあるカレンダーの画像をごらんください)

 このように「1人で最後までやる」というのは,重要な感覚だと思いました。

 もちろん,「1人でなんでもやる」ということが,いい結果につながるとはかぎりません。
 1人でできることには,当然限界があります。
 でも,「1人でやるしかないときに,1人でやりぬく」というのは,やはり重要ではないか……そんなことを,やってみて感じました。今回のカレンダーについては,私は「1人でやるしかない」という状況でしたので……

 そして,完成して「出荷」してみると,「製品そのものの完成」じたいは,やはり「スタート」にすぎないとも感じます。製品を世の中に広めていくこと・売り込んでいくことこそが,さらに重要なのだ,と。
 そしてそのためには,人とのつながりが何より大切。
 それを,自分なりの,ごくささやかなスケールの取り組みで実感しています。

 もしも,このカレンダーに関心を持ってくださる方がいらしたら,ぜひ「広める」ことに手を貸してください。
 
 このカレンダーをつくった背景,考え方等についてもぜひ述べたいのですが,それはまた近いうちに。

(以上) 
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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年12月18日 (水) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの68回目。
 11月3日の記事にある新刊の電子書籍『自分で考えるための勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も,ぜひよろしくお願いします。

自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)
(2013/11/01)
秋田総一郎

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 このところ,「勉強のための生活論,組織論」について述べています。
 勉強するための「時間」「場所」「人のつながり」といったことです。細かなノウハウではなく,ざっくりとした基本的な考え方。
 今回は,人が集まる「勉強会」について。今はネット上での交流も盛んですが,やはりリアルで人に会って話すというのはちがいます。大事なことではないかと。


「勉強会」をおおげさに考えない。
三人集まれば,勉強会。


 「勉強会」を持つことはいいことです。考えを交流する場を持つのは,必要なことです。孤立して「考える」ことはできません。

 そして,現実に人と会って話す「勉強会」というのは,「交流の場」としては,たいへん密度の濃いものといえるでしょう。ネット上の交流にはない充実感が,あるのです。

 でも,勉強会というものを,おおげさに考える必要はありません。どんなにささやかでもいいから,「考えを交流する場」を持つことです。

 3人集まれば,勉強会になります。3人の人間が年1回のペースで3回も集まれば,それが勉強会なのです。

 勉強会は2人でも一応成り立ちます。しかし,意見の多様性が,3人になるとぐっと広がります。2人だと自分のほかにひとりしかいませんが,3人だと自分以外の人が複数います。それが大事なのです。

 慣れていない人は,10人も集めて月1回は開かないといけないと思っています。
 でも,そういう立派な会は,もっとあとでもいいのです。「10人で月1回」などということをすると――とくに世話役などをすると,運営にエネルギーを使い過ぎて,自分の勉強ができなくなることがあります。

 初めのうちは,密度の濃い仲間が2~3人もいれば十分なのです。

 私も,そんな2人や3人の勉強会をしてきました。20代のころでした。場所は,郊外のファミレスです。ペースとしては,年数回くらい。アルコールは一切なし。コーヒーや軽食をときどき注文しながら,4~5時間粘っていました。コーヒーショップに集まることもありました。

 個室・教室のほうがよければ,公共施設に安い料金で使えるものがいろいろあります。自宅で研究会をしたこともあります。

 とにかく,2~3人なら,事務的な負担はほとんどゼロです。会場の確保も容易です。それぞれが発言したり,それぞれのテーマについて話し合ったりする時間も,十分にとれます。組織運営のノウハウがなくても,充実した会にできるでしょう。

 まず,2~3人で始めてみましょう。その中で,自分の世界を築いていきましょう。そのあと必要なら,本格的なサークルを作ればいいのです。

(以上)
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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年12月12日 (木) | Edit |
 12月12日は,1万円札の福沢諭吉の誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西のさまざまな偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。

福沢諭吉(ふくざわ・ゆきち)

アメリカでおどろいたこと

 福沢諭吉(1834~1901)は,幕末から明治にかけて,旺盛な文筆活動で欧米の近代的なものの考え方を日本人に知らせた人物です。福沢は,若いころに幕府の使節団に随行してアメリカに行っています(1860年)。
 彼がアメリカで最もおどろいたのは,鉄道や電信や工場のような文明の利器ではありません。それらについては,あらかじめ本で読んで知っていました。
 それよりもおどろいたのは,「初代大統領ワシントンの子孫は,今どうしているか?」という質問に,みんなが「さあ?」と無関心だったことです。
 「初代大統領といえば,日本なら初代将軍・徳川家康みたいなものではないか」と思っていたので,意外だったのです。
 彼は,「この国――アメリカでは,家柄なんてほとんど意味を持たない。なんて公平な社会なんだ」と感動しました。この感動は,福沢にとってひとつの出発点になりました。

福沢諭吉著・富田正文校訂『新訂 福翁自伝』(岩波文庫,1978)による。

【福沢諭吉】
「近代の精神」を日本人に啓蒙した幕末~明治の思想家。幕末に洋学の知識を買われて幕臣となり,幕府の使節団に随行し欧米を視察。以後,多くの著作で欧米文化の紹介を行った。慶応大学の創設者。
1834年(天保五)12月12日生まれ 1901年(明治34)2月3日没

***

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
 その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページなどにて販売,400円)
                     
四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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(以上)
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
2013年12月09日 (月) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの67回目。
 11月3日の記事にある新刊の電子書籍『自分で考えるための勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も,ぜひよろしくお願いします。

自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)
(2013/11/01)
秋田総一郎

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 このところ,「勉強のための生活論,組織論」について述べています。
 勉強するための「時間」「場所」「人のつながり」といったことです。細かなノウハウではなく,ざっくりとした基本的な考え方。今回は,進化論のダーウィンという偉人を通して「人とのつながり」のことを述べています。


ひとりでやっているようにみえる人も,
じつはひとりではない。


 ひとりの時間をつくることは,知的創造にとって欠かせません。でもそれは,人とのつながりを絶って孤立することとはちがいます。
 歴史上の天才には,孤立してひとりでやっているようにみえる人がいます。進化論を唱えたチャールズ・ダーウィン(1809~1882,英)も,そうでした。

 ダーウィンは,大学などの機関に属さず,個人で研究しました。彼はお金持ちだったので,自由な時間や研究資金には苦労しませんでした。ロンドン郊外にある自分の屋敷を研究所にしていました。

 ただ,神経症的な病気をわずらっていたので(何の病気かはよくわかっていない),外出したり人に会ったりすることが,あまりできませんでした。若いときは元気だったのですが,30代以降そうなります。それで,彼は大部分の時間を,屋敷に閉じこもって暮らしました。

 そこで,彼に関心を持つ人たちの間では,「ダーウィンは,孤立した天才」というイメージがありました。
 しかし,彼のことを研究した結果,そのイメージは修正されるべきだということがわかっています(ピーター・J・ボウラー『チャールズ・ダーウィン 生涯・学説・その影響』朝日新聞社 1997)。

 ダーウィンは,あちこち出かけたり人に会ったりすることはあまりできませんでしたが,いろんな人にたくさんの手紙を書いていました。そうして,屋敷にいながら多くの科学者と交流して,進化論の研究を進めたのです。

 当時の手紙=郵便というのは,今で言えばインターネットのような,最新の通信手段でした。ダーウィンが活動するころから,イギリスでは郵便制度の改革によって,それまで高価だった郵便料金が,多くの人にも利用可能な値段になりました。

 ダーウィンは,郵便という最新の手段をフルに活用して,いろんな人と交流していたのです。

 そして,信用できる,共感してもらえると思った人にだけ,まだ公表していない自分の進化論について伝えました。そうやって,自分の考えを支持する専門家のグループを,ひっそりと組織していったのです。

 ダーウィンの進化論は当時,「神の否定」につながる危険思想でした。
 それを自覚していたダーウィンは,「何の戦略もなしに自分の理論を公表したら,つぶされてしまう」と思いました。そこで,自分を支持する専門家グループ=学派を組織し,その助けを借りて,つぶされることなく自分の考えを社会に広めていこうとしたのです。

 彼が進化論について初めて着想したのは30代前半のことですが,それを『種の起原』などの著作で公表するまで,20年近くかけて準備しています。その間,自分の学説を構築することと平行して,仲間の輪を広げていったわけです。

 その戦略は当たりでした。彼の学説は,多くの支持や反響を得ることに成功します。

 彼の進化論を社会に普及する活動を直接行ったのは,ダーウィン自身ではなく,彼を支持する科学者たちでした。講演や反対者との論争は,ダーウィンの支持者のハックスリーという科学者が中心になってやっていました。

 進化論を発表して有名になってからも,ダーウィンは屋敷にこもったままでしたが,旧来の仲間とのつきあいを大事に守っていきました。

 ダーウィンのような,半病人で家にこもりがちの学者でさえ,孤立しないようにいろいろ努力しています。ひとりでやっているようにみえる人も,じつはひとりではありません。孤立からは,何も生まれないのです。

(以上)
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2013年12月07日 (土) | Edit |
 12月7日は,西郷隆盛の誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西のさまざまな偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。
 
 若い人に聞かれたことがあります。「上野の銅像の西郷隆盛って,けっきょく何した人ですか?…薩摩の人とか,明治維新のころの人というのは知ってるんですが…」

 下記の「四百文字の偉人伝」にもあるように,西郷隆盛は,一言でいうと「明治維新のとき,江戸幕府を倒す活動や戦いで,最も活躍した(とされる)人」です。でもそういうことって,意外と知らなかったり,明確に説明できなかったりするものです。

西郷隆盛(さいごう・たかもり)

銅像になった「逆賊」

 西郷隆盛(1827~1877)は,明治維新では幕府を倒すうえで最も活躍した人物でした。旧幕府の勢力を完全に倒した明治元年の戦争では,新政府軍の総指揮をとっています。
 しかしその後,彼は明治政府のほかのリーダーと対立して政権を離れてしまいました。最後は薩摩士族たちの反乱軍を率いて戦い,敗れて自害しました(西南戦争,1877年)。
 当時,できたての明治政府は不安定で,日本はいつ内戦状態になってもおかしくありませんでした。
 しかし,西郷が破れたことで,もう誰も反乱を起こそうとは思わなくなりました。
 彼は,それだけ大きな存在だったのです。
 明治の後期(1898年)になって,東京の上野公園に西郷の銅像が建てられました。明治維新での功績があらためて評価されたのです。
 政府に逆らった「逆賊」の大将だったのに,異例なことでした。

参考:猪飼隆明著『西郷隆盛』(岩波新書,1992),芳即正・毛利敏彦編著『図説 西郷隆盛と大久保利通(新装版)』(河出書房新社,2004)

【西郷隆盛】
倒幕の最大の功労者。下級武士出身だが藩主に見出され,やがて薩摩藩(鹿児島)の重要人物に。大久保利通らとともに藩の政治改革と軍事力の拡充を行って,倒幕を推進した。
1827年(文政十)12月7日生まれ 1877年(明治10)9月24日没

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四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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(以上)
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2013年12月04日 (水) | Edit |
 12月5日は,ウォルト・ディズニーの誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西のさまざまな偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。

 つぎのディズニーの話のように,自分の過去の仕事や持ちネタに何度も向き合って更新していくこと,それによって新しい何かをつくっていくことは,大事なんじゃないかと思います。
 それを「焼き直し」といって,低くみることもありますが,じつはそうでもないはずです。


ディズニー

食い下がって生まれたキャラクター

 数々のアニメーション映画やテーマパークなどで知られるウォルト・ディズニー(1901~1966 アメリカ)。
 駆け出しの映画製作者だった若きディズニーにとって,最初の小さなヒットは,ウサギのキャラクターが活躍する短編アニメのシリーズでした。
 しかし,そのキャラクターの権利は,契約先の映画会社に乗っとられてしまいました。その会社とケンカ別れすると,彼は仲間と新しいキャラクターを考えることにしました。
 でも,なかなかいいのが浮びません。「そうだ,あのウサギの耳を丸くして,ネズミにしてしまえ」――ある研究によれば,そうやって,あの「ミッキー」が生まれたのだそうです。
 大ヒットというのは案外,そんな「苦しまぎれ」からも生まれるんですね。でもそれは,「彼が自分のつくったものの価値にこだわって,食い下がった成果」といえるのではないでしょうか。もしも,彼が「ウサギ」のことをあきらめていたら,ミッキーはこの世に存在していないし,その後のディズニーの活躍もどうなったかわからないのです。

エリオット著・古賀林幸訳『闇の王子ディズニー(上)』(草思社,1994)による。参考としてトマス著,玉置・能登路訳『ウォルト・ディズニー』(講談社,1983)。

【ウォルト・ディズニー】
 20世紀を代表するアニメーション映画の監督・プロデューサー。初のカラーアニメや初の長編アニメ(1937年『白雪姫』」)を製作するなど,多くの革新を行った。ミッキーのデビューは1928年の短編映画。
1901年12月5日生まれ 1966年12月15日没

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 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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2013年12月03日 (火) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの66回目。
 11月3日の記事にある新刊の電子書籍『自分で考えるための勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も,ぜひよろしくお願いします。

自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)自分で考えるための勉強法 (Discover Digital Library)
(2013/11/01)
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 このところ,「勉強のための生活論,組織論」について述べています。
 勉強するための「時間」「場所」「人のつながり」といったことです。細かなノウハウではなく,ざっくりとした基本的な考え方。今回は,いわば「多作の構造」です。たくさんの仕事ができる人は,どうしてできるのか。


多作な人は,多作だからこそ,書くことが尽きない。

 たくさんの仕事をしている人を見ていると,「多作なのに書くことが尽きない」のではなく,「多作だからこそ,書くことが尽きないのだ」と思えます。

 どの分野にも,寡作な人と多作な人がいます。学問の世界でも,ほとんど論文を書かないまま定年を迎える大学教授がいる一方で,百も二百も論文や著作を発表している学者がいます。

 そして,多くの場合,寡作な人よりも多作な人のほうが,ひとつひとつのアウトプットの質が高いのです。
 「量」の多い人は,「質」のほうも伴っているということです。

 「やはりすごい人はちがうなあ」と言ってしまえば,それまでかもしれません。でも,「その人がすごいから」というだけでなく,そこには「多作が多作を生む」というそれなりの構造があるように思えます。

 書くことによって,人は多くの情報にめぐり合うことができます。

 書くために調べものをするときには,いろんな問いかけを持って資料にあたります。問いかけを持つことで,目的のはっきりしない読書よりも,はるかに多くのことが頭に残ります。たくさん書く人は,たくさんの知識やノウハウを蓄えることになります。

 書くことによって,人はいろんなことを考えます。

 今書いているテーマに沿ったことだけではありません。その周辺にある,いろんなことに気がつきます。「今度は,このことをやってみたい」と思えるようなテーマを,いくつも発見するのです。そこで,たくさん書く人ほど,たくさんの書きたいテーマを抱え込むことになります。

 そして,たくさん書く人は,たくさんのテーマを次々と消化するだけの知識やノウハウを持っている。だから,たくさんのテーマを次々と消化していってしまいます。

 その過程で,さらにまたたくさんの知識やノウハウを蓄え,さらにまたたくさんの書きたいテーマを発見していく……

 もちろん,私はそんな境地を体験したわけではないのですが,たぶん,そうなのです。多作な人の仕事ぶりをこの目で見たり本で読んだりすると,そう思えるのです。

(以上)
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2013年12月01日 (日) | Edit |
 この3日くらい,更新が途絶えてしまいました。
 「3日」空いたのは数か月ぶり。これまでめったになかったこと。

 じつは,4日ほど前にふと思いたった,ささやかなプロジェクトといいますか,ある印刷物の作成に(お勤め以外の)時間を使っています。
 それは,このブログの1年の記事を抜粋・編集したような,小さな印刷物の作成です。

 「偉人伝」とか「勉強法」とか世界史関係とか,その他もろもろの記事を集めて,一種の冊子にしたようなもの。これを,なんらかの形でブログの読者の方やご縁のあった方にお届けできないか,読んでいただけないかと思っています。

 ブログも電子書籍も,まあ時代の趨勢だし悪くないですが,やっぱり紙で読んでもらうのが,私は好きです。
 この印刷物が,読者の方たちとつながるためのツールになってくれればいいなあ…とも思います。

 こういうのは,やはり年内に完成させたいので,急がないといけません。
 現在がんばって作業中ですので,詳細については,また後日。

(以上)
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