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2014年04月06日 (日) | Edit |
 今回は「フランシス・フクヤマと滝村隆一の共通点」ということです。
 フクヤマも滝村も,政治や政治思想についての研究者・著述家。

 この両者の共通点を論じた文章など,たぶんないでしょう。

 「政治思想」をある程度知っている人からは,「バカじゃないの」といわれそうです。

 フランシス・フクヤマ(1952~)は,日系3世の米国の研究者。1990年ころ,ソ連が崩壊した「冷戦終結」の際,その世界史的意味について論じた「歴史の終わり」論で有名になりました。

 彼は「ネオ・コン(ネオ・コンサバティブ=新しい保守)」という,「アメリカのタカ派系」の理論家とされる人物。その筋では,現代の著名な知識人といっていい。「ネオ・コン」を簡単に「タカ派」といっていいかどうかはともかく,よくある理解ではそうなっている(ただ,近年のフクヤマはネオ・コンとは距離を置いている,ともいわれる)。

 滝村隆一(1944~)は,「異端のマルクス主義者」といったらいいでしょうか。いわゆる「左翼」に属する,とされる人。

 滝村については,今は関心を持つ人が少なくなっていると思います。
 でも,中高年(だいたい50歳以上)で若いころに「左翼思想」や「吉本隆明」に関心をもった人なら,聞いたことがあるはずです(なお,私そういちは今40代おわりの年齢なので,ここでいう「中高年」より少し若い)。

 滝村は,1960年代末に,若くして吉本隆明(1924~2012)が主宰する雑誌『試行』(当時,知的な志向の人たちのあいだでステイタスのある雑誌だった)でデビューし,1970~80年代に最も活発に執筆活動を行いました。その仕事は,吉本からは「世界的」とまで評価された。なお,吉本隆明は吉本ばななのお父さんで,戦後のインテリに大きな影響をあたえた評論家。基本的には「左翼系」の人。
 
 滝村は大学などの一般的なアカデミズムの組織には属さず(その仕事があまり認められなかった,といっていい),「在野の研究者」として活動しました。

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 要するにフクヤマは「保守」で,滝村は「左翼」ということです。「右」と「左」といってもいい。だから,「2人はぜんぜん違うだろう」というのが,ふつうの見方だと思います。

 ほんとうは,「保守」「左翼(右と左)」「タカ派」といったことから説明しないと,不親切だとは思います。でも,今回の本題ではないのでそこは省略します。

※以下,「滝村さん」と呼ぶ一方,フクヤマは敬称略のままとします。私は,現存する人には敬称をつけるのですが,外国人には「さん」づけがどうもしっくりこない。

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 では,フクヤマと滝村さんのどこが共通しているのか。
 それは,「学問的な方法論」という点です。「学問的な方法論」というのは,「学者として,どのような姿勢ややり方で,自分のテーマをきわめていくか」ということ。

 では,2人に共通する「方法論」とは何か。

 それは,一言でいうと「世界史から謎を解く」ということ。

 2人の最大のテーマは「政治とは何か」「国家とは何か」ということ。挑戦的で志を持った政治の研究者なら,誰もがそれを「大問題」として意識するでしょう。

 フクヤマ,滝村の2人は,その「大問題」について,近現代の国家や政治のありかただけでなく,世界史上のさまざまな国家や政治体制について調べることによって迫ろうとしているのです。

 フクヤマの最新刊『政治の起源 上・下』(講談社,2013)は,そういう本です。

政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで
(2013/11/06)
フランシス・フクヤマ

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政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで
(2013/12/25)
フランシス・フクヤマ

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 この本は,原始時代からフランス革命のころまで,世界史上のさまざまな国家や政治体制を比較・分析して,政治制度発展の理論を構築しようとしたものです。フランス革命の時代でひとまず終わっていますが,その後の時代(近現代)については,続編で述べるのだそうです。

 とりあげるのは,秦・漢の中国,マウリヤ朝のインド,イスラムのマムルークの制度,そしてスペイン・フランス・イギリス・ロシア・ハンガリーなどのヨーロッパの絶対王政……

 こういう大風呂敷な話は,「しろうと談義」「与太話」になってしまいがちです。

 しかし,この本はちがう。歴史学のさまざまな成果を引用しながら,一定の学的根拠に基づいた幅広い議論を展開しています。その主張に賛成しない人もいるでしょうが,やはり「しろうと談義」を超えた「学問」になっている。

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 フクヤマは,自分の問題意識について,著作の序盤でつぎのように述べています。

《近代的政治制度を生み出すまでの苦闘は,実に長く苦しいもので,先進国に住む人々は自分たちの社会がそもそもどのようにしてそこにいたったかの歴史については,一種の健忘症にかかっている》(上巻41ページ)

《本書の目的は,歴史の健忘症によって忘れられたものを取り戻すことにある。そのために,[近代国家の]基本的な政治制度がどのように生まれたかを説明する。そうした制度を持つ社会は,その制度を当たり前のものと思ってしまっている。テーマとする3つのカテゴリーは①国家[官僚制などの近代的組織を備えた国家]②法の支配[権力者といえども法の拘束を受けるという原則]③説明責任を持った統治機構[民主主義的な政府のこと]――である。
 近代的自由民主主義がうまく機能している場合は,これら3つの制度を均衡のとれたかたちで合体させている。この均衡を成し遂げる国があるということは,近代政治の偉業といっていい》(42~43ページ,[ ]はそういちによる注釈)


 ここにあらわれているのはまず,フクヤマが「近代的政治制度」,あるいはそれが機能している近代国家を,人類が長い歴史的苦闘のすえに到達した,偉大な成果(偉業)であると認識していることです。

 ところが,多くの人はそういう認識を持っていない。一種の「健忘症」にかかっていて,そこに達するのがどれだけ大変なことだったかを見落としている。

 別の箇所でフクヤマは《実行力を持つだけでなく,法に従い,説明責任を果たすような政治制度・統治形態をつくりだして維持していくことの難しさ》(35ページ)と表現しています。

 そして,その「難しさ」について《小学4年生でも分かるような当たり前のことかもしれないが,よく考えてみると,頭のいい大人でも多くが理解しそこねている事実である》(35ページ)と述べています。

 だからこそ,近代的な政府の重要性や価値を無視した主張がなされることがあります。アナキズムのような「政府のない社会」を夢想する思想は,左翼にも右翼にもあるのです。

 それらについて,フクヤマは《左翼や右翼の夢想家が望んでいるような最小限政府あるいは無政府の社会は,実は幻想ではない。現代の途上国に実際に存在している》といいます。そして,政府がロクに機能していない現代の途上国の一部では,ひどい状態になっているではないか……と。「無政府」なんて,ナンセンスだというわけです。

 また,冒頭でフクヤマは,こう述べています。

《本来,最も望ましい政治制度であるはずの民主主義が苦境に陥っている。問題は民主主義の「理念」ではなく,民主主義を実行する「制度」にある。鍵を握るのは3つの要素,すなわち「国家」「法の支配」「説明責任を持った統治機構」の均衡にある》(26ページ)

 「民主主義の苦境」というのは,21世紀に入ってから,世界のあちこちで「民主化の後退(独裁的政治への逆戻り)」といえる事態が起きていることや,「民主主義」の国家のなかでも,財政危機などさまざまな問題が生じていることを指しています。
 それらの問題を考える基礎として,自由民主主義を機能させる3つの制度(「国家」「法の支配」「説明責任」)について,掘り下げていこう,というのがフクヤマの主旨です。

 そして,そのために《歴史をさかのぼって考察する重要性》ということを強調し,本書全体で実行しているのです。

《3つの制度は,そもそもどこから生まれてきたのか。それらを生み出す力は何であり,どのような条件下で発展していくのか。どのような順序でできあがっていくのか。互いの関係はどうなっているのか。これらの基本的制度がどのようにできあがるのかを理解できれば,アフガニスタンやソマリアと今日のデンマークがなぜ大きく異なっているのかを,よりよく理解できるかもしれない》(44ページ)

 こういう問いかけに基づいて,本書では世界史上のさまざまな国家・政治制度の比較検討ということが行われていきます。「世界史から謎を解く」ということです。

 そして,本書の「比較検討」の特徴は,その範囲が広いことです。先にも述べたように,原始時代から,古代の中国・インド,イスラムの帝国,中世ヨーロッパ,ヨーロッパのさまざまな絶対王政……
 これは,今のアカデミズムでは,まずみられない「大風呂敷」です。この点についてフクヤマはこう述べています。

《政治制度の発展に関して今日の文献について不満に思う理由はいくつかある。一つは,比較を広範なスケールに広げていないことだ。さまざまな社会の経験を比較することによってはじめて,なぜある制度がある社会には生まれて,ほかでは生まれなかったかを説明する複雑な原因を振り分けることが可能になる[のにそれを行っていない]》(44ページ)

 そして,これまでの「近代」の誕生についての議論は,その対象が産業革命のおこったイギリス中心に偏りすぎていたと批判しています。
 
 また,最近ではイギリス中心から脱却して,世界のさまざまな国や文化を取りあげる「多文化的アプローチ」もさかんになったが,《比較という観点からはまともとはいえない》といいます。

 「非西洋文明がいかに人類の進歩に貢献したか」という話ばかり選び出したり,そうでない場合は「非西洋文明の悲惨な歴史」ばかり強調している。このため,《ある制度がある社会で発達し,別の社会では発達しなかった理由をまもともに比較する分析》になっていない,というのです。

 ***

 以上のようなフクヤマの議論には,つぎの特徴があるでしょう。

①「近代国家」「近代的政治制度」を,人類の「到達点」として高く評価。

②「近代」を生み出すプロセスとして歴史・世界史をみている。

③その「近代」という尺度から世界史上のさまざまな国家を比較分析して,「政治」「国家」の一般的な理論を導きだそうとしている。

④「世界史上のさまざまな国家」の比較の幅は,一般的な学問研究と比べてはるかに広い。時代的・地域的に多岐にわたっている。

⑤また,その「比較」においては,近代的な政治・国家を構成するいくつかの重要な「制度」や「原理」(「法の支配」のような)という観点から考察している。


 ***

 私は,フクヤマの本を読んでいて,すぐにこのような彼の議論の特徴がのみこめました。
 それは,上記の点で彼に似たところのある著者の本を,若いころから読んでいたからです。

 その「著者」というのが,滝村隆一さんです。
 滝村さんは,1970~80年代に,つまりフクヤマよりも30~40年前に,政治の理論の研究において「世界史から謎を解く」ことを行っていたのです。

 1978年刊の『アジア的国家と革命』(三一書房)という本のなかで,滝村さんはつぎのように述べています。

《私はこの十年来,国家論の歴史科学としての体系的構築には,国家的支配の形成・発展を何よりも〈世界史〉的発展過程において捉えること,とりもなおさず個別歴史的国家の世界史的再構成が不可欠であると,一貫して主張してきた》(31ページ) 

 滝村さんの文章は,読みにくいところがあります。勉強して慣れてくると,しっかりと論理的に構築されているので,むしろ読みやすい,明晰な文章なのですが……

 そこで,碩学に対し失礼を承知で,滝村さんの文を「和文和訳」します。読みやすいように,いろいろと編集や言い換えをするわけです。論理の厳密性が損なわれても,やむを得ない,ということで。

(そういちによる和文和訳)
 私は十年来,「国家」についての理論的研究(国家論)を体系的に構築するには,国家というものの形成・発展について,世界史上のさまざまな事実を通して知ることが不可欠であると,主張してきた。そして,それは単に歴史的事実を具体的に調べるというだけでは不十分であり,歴史上の個々の国家のありかたを「世界史の中でどう位置づけられるか」という視点で理論的・抽象的に把握していくことが求められる。


 以上に続く部分も,引用します。今度は「和文和訳」から先に。ずいぶん大胆に「和訳」してますが,私なりの滝村理論への理解をふまえたものです。

(そういちによる和文和訳)
 以上の方法について,もう少しくわしく述べよう。国家論を体系化するにあたっては,マルクスが提起した「アジア的国家」「古代的…」「中世的…」「近代資本制…」という,理論的に抽象化された世界史上の国家・社会の発展のあり方を理解することが必須である。その観点に立つと,私たちは,「近代」になってはじめて完成される「国家」のあり方の全体像を,明確に理解することができる。
 それはこういうことだ――近代国家は,歴史的な発展の末に現れた「国家の完成形」である。その「完成形」のレベルから「アジア的」「古代的」「中世的」な世界史上の国家の「典型」といえるものピックアップして,その理論的検討を行ってみよう。すると,それらの過去の国家では,近代国家では十分に開花しているさまざまなことが未発達であるのがわかる。それによって「完成された国家」としての近代国家の特徴も明らかになるし,一方で過去の「アジア的」などの世界史的国家が,「形成・発展しつつある未熟な国家」であることもわかってくる。
 そして,「どの点においてどう未熟だったのか」という,それぞれの「国家」の特異性を把握することも可能である。そのことによって,世界史上のさまざまな国家のあり方について,構造的に全体を見渡すこともできるであろう。
 したがって,一般には「別物」とされてきた,近代国家についての究明と,「アジア的」などの世界史的国家の理論的研究は,じつは同じものにほかならない。


 以上の,滝村さんの原文は,こうです。

《[以上述べてきた]その方法の真意は,国家的諸契機の理論的検討を含んだ国家論の原理的体系化において,アジア的・古代的・中世的な世界史的国家構成が必要とされるのは,それにより,〈近代〉に到ってはじめて発展的に完成される国家的支配の全構造を,立体的に解明することができる,逆言すれば,より発展的に完成された国家的支配のレヴェルから,アジア的・古代的・中世的な世界史国家を構成することによってはじめて,それらを形成・発展しつつある未熟な国家,すなわち特異な完結性をもった歴史的国家として,大きく全構造論的に把握することも可能だという点にある。従って,一般には機械的に分離・切断されている近代国家論の究明とそれ以前の世界史的国家の理論的検討とは,実は同一の作業に他ならない》(31~32ページ)

 ***

 以上,滝村さんは「世界史から謎を解く」ことをめざしているわけです。
 そして,「〈近代国家〉〈近代的政治制度〉を,人類の〈到達点〉として高く評価している」「〈近代〉を生み出すプロセスとして歴史・世界史をみている」「〈近代〉という尺度から世界史上のさまざまな国家を比較分析して,一般的な理論を導きだそうとしている」といったことも,はっきりうかがえるでしょう。(以上は,フクヤマの議論の特徴として先に述べたもの)

 滝村さんは,自身の仕事について「方法としての世界史」(つまり〈世界から謎を解く〉)ということを,何度も述べています。そして,その「方法」は,ヘーゲルやマルクスの「方法」でもあったと言います。
 
 そして,滝村さんは,フクヤマのように幅広い対象を視野に入れて,世界史上のさまざまな国家について研究を行いました。

 原始共同体と部族国家(ギリシア,ローマ,ゲルマン), 部族国家から中世国家へ, 秦・漢帝国にはじまる中国の諸王朝, 古典期のアテナイ・スパルタ・ローマ, マケドニアとローマの帝国, 遼・金・モンゴルなどの遊牧民族の帝国, インカ・アステカ, ヨーロッパの絶対王政, ナポレオンのフランス, 19世紀イギリス・フランス・アメリカの「ブルジョア独裁」, ナチス・ドイツなどのファシズム国家, 大日本帝国, ソビエトの社会主義「専制」国家……

 これらに関しては,滝村さんの代表的著作である『アジア的国家と革命』(1978)『唯物史観と国家理論』(1980)『国家の本質と起源』(1981)と,過去の著作を集大成したといえる『国家論大綱 第1巻,上・下』(2003)などで述べられています。
 
 これらのテーマについての論文は,おもに1970年代半ばから1980年代初頭にかけて,精力的に執筆されました。
 滝村さんが,30歳ころから30代半ばにかけての時期。熱意と体力で,ぼう大な歴史研究の著作や論文を読み込んで,書いたのです。

 なお,こういう幅広い「世界史」の研究は,「研究」といっても直接自分で一次資料にあたるのではなく,専門の歴史学者の著書・論文を「資料」にして行うのです。そうでないと,範囲が広すぎて無理です。

 また,滝村さんは,近代国家を構成する根本的な「制度」のあり方についても,探究しています。というか,それが滝村理論の「本体」です。ここは前に述べた,フクヤマの議論の特徴のひとつである「さまざまな国家を,近代国家におけるいくつかの重要な〈制度〉や〈原理〉という観点から考察している」という点に関わります。
 滝村さんのそのような議論の中心には「三権分立」というテーマがありますが,ここでは立ち入りません。

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 滝村さんは今の感覚だと「若者」といってもいい年齢のころに,このようにスケールが大きく挑戦的な研究に取り組んだのです。そして,「大言壮語」で終わることなく,つぎつぎとアウトプットをしていきました。

 これに対し,フランシス・フクヤマの場合は,先ほど紹介した『政治の起源』に取り組んだのは,50代半ばから。高名な知識人として円熟期に入ってからの仕事です。
 たしかに,「世界史のさまざまな事象を通して一般理論を構築する」なんていうのは,いかにも「巨匠」の仕事です。

 でも滝村さんは,若いうちから巨匠の精神で,仕事をしていたわけです。世界的なレベルの仕事をしようとした。

 しかし,この人はたとえば東大などのエリート大学や,その大学院にいたわけではない。研究者としては,ほぼ独学といっていい。「留学経験があって語学が堪能」ということでもない。滝村さんの著作の参考文献は,もっぱら日本の学者のものや翻訳書です。

 そのような「若者」が,今から30年前の1980年ころに,アメリカの著名なエリート学者が行ったのに匹敵する・通じるところのある仕事を残したのです。
 ただし,私は「匹敵する」どころか,「滝村理論のほうがフクヤマ理論よりもスケールが大きく,すぐれている」と思っていますが,そのことはまたいつか。今回は,2人の学問の「方法」の一端について述べるだけで,理論の内容には立ち入りません。

 でもたぶん,フクヤマの仕事は世界的に評価され,今後も残っていくのに対し,滝村さんの仕事は,埋もれていくのではないか……これからの世代の日本の学者がきちんと評価して「滝村理論」を宣伝しないかぎり,そうなります。

 ***

 それはともかくとして,フクヤマの『政治の起源』を読み,滝村さんの著作を一部読み返してみて,あらためて確認したことがあります。

 それは,「政治学のような社会科学系の学問においては,世界史の幅広い事象にあたっていくことが不可欠である」ということ。

 背景が大きく異なる2人のすぐれた学者が,同じような方法論(世界史から謎を解く)に達したのです。そこにはきっと,大きな「真理」が存在しているのではないでしょうか。

 しかし,多数派の学者たちは,狭い専門に閉じこもりがちです。現代において「巨匠」といわれる人たちでさえ,フクヤマや滝村さんに言わせれば「扱う範囲が狭すぎる」ということなのでしょう。

 でも,かつてのヘーゲル,マルクスといった古い時代の巨匠たちは,「世界史」を自分の学問の軸に据えていました。
 フクヤマも滝村さんも自分自身で述べているように,2人の仕事はそのような巨匠たちの伝統の,現代的な再現です。

 そして,そのような学問は「専門的なアカデミズム」とは異質で,アマチュア的なところもあります。

 だから,私のような「愛好者」や,ふつうの多くの人たちにも,じつは入っていきやすいのです。フクヤマや滝村さんの著作をみていると,ほんとうにそうだと感じます。「世界史から謎を解く」仕事は,多くの人の「この世界を知りたい」という欲求にこたえるものなのです。 

(以上)

※4月7日の付記
・滝村さんは,ごく若いころに哲学者・三浦つとむの影響を受けたといいます。三浦つとむについては,このブログの以下の記事をご覧ください。
   2人の極端な独学者 三浦つとむとエリック・ホッファー

・滝村さんの学説の一端に触れた,以下の関連記事もあります。
   「橋渡し」の仕事
   アリストテレスと考える,「国家とは何か」

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