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2014年04月15日 (火) | Edit |
 このあいだの週末は,都内の繁華街にある大きな書店へ行って,2~3時間過ごしました。
 昨日も,仕事の帰りに,職場の近くの大書店に立ち寄って,30分くらいうろうろしました。

 本が好きだから,そういうことは習慣になっています。
 本好きが本を探しに,本屋さんへ行くのは,あたりまえです。

 しかし,この数年は「本を探しに行く,買いに行く」という以上の意味を,「大書店に行くこと」に感じています。

 それは,「賢い人,物知りな人が大勢いる場所に相談に行く」ような感覚です。

 巨大な博覧会場に,講演会やカウンセリングのブースが無数にあって,大勢の「賢い人たち」が,お客さんと話している。私は,いくつもの好きなブースを訪ねて,講演を聴いたり,「賢い人」に相談したりする。

 大きな書店を,そんな場所のように感じるのです。ずっと前からそうでしたが,ここ数年とくにそう思います。

 「好きな場所を訪ねて,そこでの語りに触れる」というなら,ネットはまさにそうではないか,と思うかもしれません。

 しかし,私はネットは少しちがう,と思っています。
 開設されてる「ブース」の質が,やはりちがうのです。
 そこで語られている情報や意見の質が,平均すると書籍のほうが,大幅に高いわけです。
 
 それは常識的な話とも言えますが,実際に巨大書店をうろうろしていると,実感できると思います。
 この数年で,私もネット上の記事を読むことが増えました。勉強にもなるし,たのしいことも多いのですが,そこで得られるものの限界も感じます。

 書店に並ぶ本を書いた人たちは,やはり相当な知識や経験や思索を積み重ねた人たちです。中には「残念」な著者もいますが,その一方で,世界的な人,歴史に名を残すような人もいる。

 そんな人たちのアタマの中の「最も価値がある」とされる部分が書かれたものが,大量に並んでいる場所。
 「本という,書いた人の分身」が並んでいる,とも言えるでしょう。
 それが大書店です。

 図書館もそういう場所ですが,大書店のほうが,より現代的な,鮮度の高い知恵や情報が並んでいる傾向があります。
 ネット書店は,立ち読みがほとんどできないので,著者と対話している気分にはなれません。

 大勢の知恵のある人たちにものを尋ねに行くような気持ちで,大書店に行くといいです。
 
 具体的に「こういうことを知りたい・勉強したい」というときは,その方面の棚へ行けばいい。

 でも,具体的な「テーマ」などなくてもいいのです。
 ぼんやりと店内の棚のさまざまな本を手にしながら,「今の自分はどういう場所にいて,どこへ向かいたいのか」といったことを考える。そして,著者からさまざまな刺激や示唆や励ましを受ける。

 そんなことをしたくて,大書店に行くことも,私は多いです。
 本屋さんを出るときには,素晴らしい講演やカウンセリングを経験した後のような気分になっている。

 何かの企画やレポートに取り組んでいて,「よく知らない世界で,何をどう考えたらいいかわからない」という人は,大書店へ行ってうろうろしながら,ネタを探し,考えてみましょう。

 本屋さんの書棚におさまっている,大勢の専門家やコンサルタントの「分身」に,話を聞くことです。
 机の前に座って,ネットに向かいながら考えるよりも,ずっと多くのことがみえてくるはずです。

 というわけで,大きな本屋さんに行ってみましょう。そして,1冊か2冊は本を買って帰りましょう(もっとたくさん買ってしまうかもしれませんが)。
 書店というすばらしい場所への「投げ銭」を忘れずに。いつもそうする必要はないと思いますが,できるだけ。

 大書店が近くにない,行く時間がないという人は,身近な本屋さんに行けばいいのです。「賢い人」「物知りな人」との対話ができるのは,同じです。

(以上)
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ジャンル:学問・文化・芸術