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2014年04月19日 (土) | Edit |
 あす4月20日は,独裁者アドルフ・ヒトラーが生まれた日です。
 また,4月30日は,ヒトラーの死んだ日。連合軍の攻撃によってベルリンが陥落したあと,当時の参謀本部であった地下壕で自殺したのです。

 それにちなんで,「ヒトラーとは何だったのか?」について考えてみます。
 この人物については,社会や人間を知るために,ときどきは考えてみる必要があると思うのです。

 まず,ヒトラーについての「四百文字の偉人伝」を。このブログでときどき載せている,古今東西の偉人や歴史上の人物を400文字程度で紹介する読み物です。
 
ヒトラー

元ホームレスの「ヨーロッパ征圧」

 1910年代のドイツに,1人のフリーターの青年がいました。彼,アドルフ・ヒトラー(1889~1945 ドイツ)は貧しく,ホームレスだったこともあります。もともとは芸術家になりたかったのですが,美術学校の入試に失敗し,以後ずっと定職に就くことなく過ごしていました。
 その後,第一次大戦(1914~1918)に従軍。
 戦後の1919年には,ドイツ労働者党(のちのナチ党)に入党します。
 「党」といっても,カギ屋の主人や土建業の社長や売れない物書きやら,無名の変わり者が集まって政治談議をしているだけ。きちんとした綱領(党の基本理念)も予算も何もない。
 定職もなくヒマなヒトラーは,党の活動にのめりこんで働きます。演説会のチラシをつくって配ったり,募金を集めたり。新聞広告を出した演説会に100人ほどが集まったときは,うれしかった……

 その後,1930年代後半。ヒトラー総統率いるナチス・ドイツは,全ヨーロッパの制圧をめざし,戦争をはじめます。
 元ホームレスの青年が,十数年後にはそんなことに……! ヒトラーの生涯を追っていると,想像を絶する事実を前にして,「なぜこんなことが?」と問わずにはいられなくなります。

参考:ハフナー著・赤羽龍夫訳『ヒトラーとは何か』(草思社,1979),カーショー著・石田勇治訳『ヒトラー 権力の本質』(白水社,1999)。ほかにマンガの水木しげる著『劇画ヒットラー』(ちくま文庫,1990)もよい入門であり参考にした。

【アドルフ・ヒトラー】
ファシズムという反民主主義の思想に立って独裁権力を手にし,世界を大戦争に巻き込んだ政治家。1933年選挙を通じ政権を獲得。39年ポーランドに侵攻し大戦勃発。45年終戦直前に自殺。ユダヤ人虐殺を行った。
1889年4月20日生まれ 1945年4月30日没 

 ***

 さて,それにしても,なぜ「フリーターの青年」が十数年ほどでドイツの独裁者になり,世界を相手に戦争をはじめるまでになったのでしょう?

 ナチ党(ナチス)に入ってから,死に至るまでのヒトラーの軌跡を年表でたどってみます。

 まずは,非常に簡略化して,全体像を示します。そのあと,やや詳しく。

1919年(30歳) ナチ党(ナチス)入党。2年後には党首に。

1923年(34歳) ミュンヘン一揆という「革命」をめざした武装蜂起をするが失敗。 投獄され,主著『わが闘争』を書く。以後数年は,合法的な政権獲得をめざすが,うまくいかず。

1929年(40歳) 世界大恐慌による社会・経済の混乱を期に,ナチスの勢力が拡大しはじめる。

1933年(44歳) ヒトラー,首相に(前年の総選挙でナチスは第1党になっていた)。以後翌年にかけて独裁権力を確立し,「総統」と称する。

1935~1941(46~52歳) 経済の立て直し,軍備拡張をすすめ,周辺諸国の併合など,外交・軍事面で「成功」をおさめる。1940年にはフランスを占領するなど,41年までにヨーロッパを制圧。 

1941~1945(52~56歳) ソ連との戦争を開始し,泥沼化するなど,戦況が不利になっていく。 以降,ドイツは負け戦を重ね,壊滅状態に。1945年4月,ヒトラー自殺。        

 ***         

 つぎに,やや詳しい「ヒトラーの軌跡」。
 よほど興味のある方でないと,ちょっとつらいと思いますが,初心者の方でもどうにか読めるようには書いています。

 結局,ヒトラーの政治活動は,大きく4つの時期に区分してみると,わかりやすいと思います。

第1期 1919~28 ナチ党が弱小政党にとどまっていた時代。

第2期 1929~35 世界大恐慌による経済・社会の混乱の中,ナチ党が勢力を伸ばし,選挙を通じ政権を獲得。その後独裁権力を確立するまで。

第3期 1935~41 外交や軍事でつぎつぎと成功をおさめ,ヨーロッパを制圧するまで。

第4期 1941~45 ソ連との戦争を開始して以降,敗北を重ね,破滅に至るまで。


 以上の視点で,つぎの年表を読んでみてください。            


ヒトラーの軌跡          

政治活動第1期 弱小政党の時代

1919年(30歳) ヒトラー,ミュンヘンで設立されて間もない弱小政党・ドイツ労働者党(のちの「国家社会主義ドイツ労働者党」,通称「ナチ党」または「ナチス」)に入党。ミュンヘンはドイツ南部の中心都市。

1921年(32歳) 党の拡大に貢献したことから,ナチスの党首に。しだいに右翼系の政治活動家として,地方レベルではそれなりに知られるように。

1923年(34歳) 「ミュンヘン一揆」といわれる,反政府の武装蜂起を行うが失敗し,監獄へ。獄中で『わが闘争』という,自身の政治思想・世界観を述べた著作を執筆し,1925~27年に出版。

1924年(35歳) 出獄し,政治活動再開。今度は武装蜂起ではなく,「大衆の支持によって合法的に政権を獲得する」ことをめざすが,弱小政党のまま伸び悩む。この時期の数年は,ドイツの政治・社会は安定していて,ナチスの「出る幕」はない感じだった。

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第2期 政権獲得と独裁の確立

1929年(40歳) 世界恐慌はじまる。アメリカでの株価暴落をきっかけに,世界的な経済混乱・不況に突入。ドイツでも,大量の失業が発生するなどの事態に。その混乱の中で,多くの大衆や,一部の資本家,軍部などの支持を得て,ナチスは急速に勢力を拡大。

1932年(43歳) ナチス,総選挙で第1党に。

1933年(44歳) 1月 ヒトラー,首相に。政権の座につく。 まず,暴力で反対派(共産党や労働組合など)を粉砕。ヒトラーは警察などの政府機関とは別に,ナチ党の中にそのような「暴力」を実行する組織をすでにつくりあげていたので,それを駆使して反対派に危害を加えたのだった。その後3月には「全権委任法」という独裁を正当化する法律を成立させ,当時の憲法(ワイマール憲法)を事実上停止。7月までにナチス以外のすべての政党を解散。

1934年(45歳) 8月 大統領(国家元首)と国防軍司令長官を兼ねる独裁権力を確立。「総統」と称するようになる。
     
反対派を弾圧し,権力集中を進めるなかで,大恐慌で混乱する経済再建にも取り組む。エコノミストのシャハトを起用し,大胆な財政出動(公共事業など)を進め,大成功。33年の首相就任時にはドイツには600万人の失業者がいたが,36年にはほぼ完全雇用に。
    
以上の,「反対派の粉砕・撲滅」と「経済政策の成功」による国民的な支持を背景に,絶対的な権力を手にしていく。

そして,『わが闘争』のころから描いていた,軍事・外交面での「プラン」の実現に向け,本格的に動きはじめる。

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第3期 外交と軍事における成功

1935年(46歳) 3月 ベルサイユ講和条約に反し,一般義務兵役施行。

1936年(47歳) 3月 ロカルノ条約を破棄し,ラインラント進駐。

以上の出来事の意味について。

第1次大戦(1914~17)で,ドイツは英・仏・米などと戦って敗れた。その結果重い賠償金を課せられ,軍事力や勢力範囲を限定される条約を締結させられていた(この時代まで敗戦国は戦勝国に賠償金を支払うのが一般的)。
 
ヒトラーは「第1次大戦後の国際社会の秩序に対し,反乱を起こした」のである。

さらにヒトラーは,行動をエスカレートしていく。

1938年(49歳) オーストリア併合。チェコのズデーデン地方併合。

1939年(50歳) チェコのベーメンとメーレンを併合。リトアニアのメーメル占領。

こうしたヒトラーの「反乱」に対し,英・仏・米といったほかの大国は,とくに対抗措置をとらなかった。基本的には「ドイツの周辺で,歴史的にドイツ領ともいえる地域や,ドイツ人が多く住む場所でヒトラーが暴れても,自分たちには直接影響もないし,まあ仕方ないだろう。〈民族自決〉という考え方からも,ドイツ人を大きなひとつの国にまとめようとするヒトラーの行動には,一定の正当性がある。ある程度縄張りを増やせば,ヒトラーも満足しておとなしくなるはずだから,様子をみよう」と考えたのである。「ヒトラーは危険だ,断固たる対応をすべきだ」という意見もあったが,この時点では主流にならなかった。

とにかくここまでは,ヒトラーにとっては大成功。
ヒトラーは,ドイツ国民にとって「偉大なドイツの栄光を取り戻した英雄」となった。

しかしここから先は,ほかの国ぐにからの本格的な抵抗を受けるようになる。ヒトラーが「ドイツ周辺」といえる範囲を超えて勢力を拡大しようとしはじめたのである。そこで,大規模な軍事衝突,つまり「戦争」の事態になっていった。その「戦争」においても,ヒトラーは連戦連勝を続けた。

1939年(50歳) 9月 ポーランド侵攻・征服。英仏,ドイツに宣戦布告。これをもって「第2次世界大戦勃発」とされる。

1940年(51歳) 4月 デンマーク,ノルウェー占領, 5月 オランダ,ベルギー,ルクセンブルク占領。そして,6月 フランス征服。

なんと短期間でフランス全土を制圧した。この辺がヒトラーの絶頂期。

1941年(52歳) 4月 ユーゴとギリシア占領。

これで,ヨーロッパの主要部分をすべて制圧!

ヨーロッパでヒトラーに敵対するおもな勢力というと,チャーチル首相が指揮するイギリスだけになった。
 
なお,ムッソリーニ政権のイタリアとは,1936年に同盟関係を結び,ロシア(ソ連)とは,1939年に独ソ不可侵条約(互いに戦争はしない)を締結。

※ドイツは,軍国主義下の日本とも,同盟関係を結んでいる(1940年,日独伊三国同盟締結)。

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第4期 失敗・破滅

1929年から1941年までの12年ほどのあいだ,ヒトラーは「成功」に「成功」を重ねた。しかしそれ以降は,敗北を重ね,破滅していく。

1941年(52歳) 6月 独ソ戦開始。ドイツは突如「独ソ不可侵条約」を破ってソ連に攻め入った(対ソ戦のことを「バルバロッサ作戦」と呼んだ)。41年10月にはドイツ軍は首都モスクワに迫るなど優勢だった。

しかし,43年のスターリングラードの戦いに敗れて以降は,ソ連が猛反撃。独ソ戦開始以降から,ヒトラーにとって戦況はしだいに不利になっていった。
   
3月 米国が,ヨーロッパの戦争への介入を開始。12月には,ドイツから米国に宣戦布告。米国とも本格的に戦争開始。

41年から,ヒトラーのドイツは,米ソという2つの超大国と英国などのヨーロッパ全体を同時に敵にまわして,戦争をすることになった。これは,どうみても無茶としかいいようがないが,それを実行してしまった(ソ連に対しても米国に対しても,ヒトラーから宣戦布告している)。ヒトラーがなぜそのような道を選んだのかについては,見解が分かれている。

※1941年12月には日本軍が「真珠湾攻撃」を行い,日米の戦争開始。

1942年(53歳) 1月 ナチ党幹部の会議で「全ヨーロッパのユダヤ人絶滅」についての方向性が定まる(「ヴァンゼー会議」という)。以前からナチスの支配下でユダヤ人虐殺は行われていたが,これ以降,さらに激化。
    
ヒトラーのユダヤ人虐殺は,ナチスにとって,戦争の範囲が拡大し,「雲行き」があやしくなってきた頃から,激しくなったのである。

1943年(54歳) 2月 スターリングラードの戦い,ソ連軍にドイツ軍大敗。 5月 北アフリカのドイツ軍,米英連合軍に降伏(北アフリカでも,ドイツ軍はイタリア軍とともに米英と戦った)。 9月 イタリア,米英連合軍に無条件降伏。

1944年(55歳) 3月 米国空軍によるベルリン爆撃開始。これ以降,ドイツの都市は空爆で破壊されていく。 6月 米英連合軍によるノルマンディー上陸作戦開始。フランス北西部の海岸に20万人の連合軍兵士が上陸。9月には,パリがドイツの支配から解放される。

1945年(56歳) 1月 ドイツ軍最後の大規模な反撃であるアルデンヌ作戦で,ドイツ軍壊滅。 同じく1月 ソ連軍,ポーランドの首都ワルシャワからドイツ軍を追放し,占領。 

3月 ヒトラー,ドイツ国民を死においやる命令を出す。「国内の残ったインフラや財産を破壊して,敵が利用できないようにせよ」などの命令。敗北を覚悟したヒトラーは,ドイツ国民を道連れにしようとした,といえる。

4月 米英とソ連の連合軍によって,ドイツの首都ベルリン陥落。

4月30日 ベルリンの官邸の地下壕で,ピストル自殺。 ※日本の全面降伏(1945年8月15日)の3カ月余り前

 *** 

 どうでしょうか。

 やはり,想像を絶する,とんでもない生涯です。
 こんな人間が,70~80年前の世界に実在したのです。
 
 「ヒトラーとは何か」ということを論じるのは,次回以降に。

 まずは,上記の年表にあるような基礎知識を,いくらか知っておくといい,と思います。
 
 第2次大戦やヒトラーに関する読書をするうえでも,役に立つはずです。

 多少とも歴史に興味のある人なら「聞いたことある」という言葉や事件が並んでいるはず(もちろん「聞いたことのない言葉ばかり」という人も多いと思います)。それがヒトラーの生涯や第2次世界大戦という「物語」のなかで,どう位置づけられるかが,いくらかわかるはずです。

 私自身,こういう年表をつくってみて,たいへん勉強になった,知識が整理されたと感じています。

(4月20日付記,参考文献について)
 以上は,セバスチャン・ハフナー『ヒトラーとは何か』(草思社,1979年版)の記述や,訳者の赤羽龍夫さんによる巻末の「関連年表」のほか,いくつかの事典類などにあたって書いたものです。ヒトラーの活動の「時期」の区分も,ハフナーの考えをベースにしています。「本格的に調べて書いた」とはとてもいえませんが,それでも年表というのは,つくってみる価値があるのです。

 ハフナーの本は,ヒトラー論としておすすめですが,ほかに「入門的にイメージを描く」ための本として,漫画家・水木しげるによる『劇画ヒットラー』(ちくま文庫)もいいと思います。

 「水木しげる」だからといって,おどろおどろしい「妖怪」「怪物」としてヒトラーを描いている,などと思ってはいけません。そこには「ちょっと内向的なフリーターの青年が,やがて政治に足を踏み入れ,闘争や成功を通じて巨大化していく過程」が,ときにはコミカルな描写もまじえながら,しかし冷徹に描かれています。ヒトラーという大きなテーマを,これだけ見事に料理できる水木しげるは,やはりすごい漫画家です。
 
(以上)
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