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2014年04月22日 (火) | Edit |
 前回と前々回の記事で,ヒトラー論を書きました。その誕生日にちなんでのことです。
 今回は,「前から書きたいと思っていたことを書けた」という気持ちがあります。

 もちろん仕事でもないし,それほど多くの読者がいるわけでもない,ほんとうに「何にもならない」ことをしているのです。でも,ついそれをやってしまう。

 書き上げた直後に,プリントアウトしたものを妻に読んでもらいました。
 近所のコーヒーショップで,2人でのんびりでしていたとき。

 読み終わったあと,妻が「最後のほうで,結構泣けてきた」といいました。「なんか,痛々しい,悲しい感じがしてきた」とのこと。

 妻は,歴史の本などまったく読まないのですが,そういう人にも届いたものがある。
 身内の言葉なんですが,「最初の読者」による,うれしい反応。

 ***

 今回の記事を書いていて,十数年前に交流のあった,Oさんのことを思い出しました。当時勤めていた会社の,私より3つ4つ年上の先輩です。
 
 私のヒトラー論のおもな元ネタは,セバスチャン・ハフナーの『ヒトラーとは何か』だと述べましたが,この本はOさんから教えてもらったのです。90年代後半の,私が30歳ころのことでした。
 水木しげるの『劇画ヒットラー』のことも,Oさんからです。

 Oさんは,「ドイツマニア」といえる人でした。
 正確には,「ドイツのミリタリー(軍隊),とくに戦車のマニア」です。
 そこから派生して,ドイツの文化や歴史全体に興味を持っていたのです。

 やせ型の,繊細な風貌の人でした。細かいことによく気がつく中間管理職で,部下からみて「うるさい上司」なところがあったのか,「ゲシュタポ」といいうあだ名がついていました(でも,とくに嫌われていたわけではない。むしろ親しまれていたと思う)。

 部署の異なるOさんと知り合ったのは,同年代の社員を集めた海外研修旅行でのことでした。「研修」という名の物見遊山の旅です(こういう「古きよき日本企業」の世界も,今は昔だと思います)。

 その「研修旅行」のなかで,2人1組になって何日間か,ヨーロッパの好きなところを自由行動できる機会がありました。そこでOさんと私がペアになった。

 海外旅行の段取りなどまるでできない私は,すべてをOさんに委ね,彼が組んだスケジュールにしたがって,当然ながらドイツをめぐりました。ベルリン周辺と,旧東ドイツのドレスデンをめぐる旅。

 一般的な観光地も多少は行きましたが,その行き先の多くは,やはりOさんならではのものでした。

 「戦争博物館」などで,沢山の戦車や戦闘機をみました。ユダヤ人強制収容所の跡地や,東ベルリンの古い雑居ビルの一室にある,ホロコースト(ユダヤ人虐殺)関係の展示施設にも行きました。観光客が行かないような,ふつうの「町の古い教会」の塔にのぼって,街を見下ろしたりもしました。
 その道中で,Oさんによる第二次大戦の戦史や,ヒトラー論なども聞いたのでした。

 自分ではまず行かないところをみることができて,貴重な経験でした。
 今回の記事を書いていても,あのときのドイツ旅行でみたもの・触れたものが,思いだされました。

 マニアについていくと,いいことがあるのです。

 Oさん,お元気でしょうか。2人とも,もう会社を辞めてしまいましたね。あのときはありがとうございました。

(以上)
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