FC2ブログ
2014年05月01日 (木) | Edit |
 今朝(5月1日)の日経新聞のコラム『春秋』に,「万有引力」の発見者アイザック・ニュートン(1642~1727)のことがとりあげられていました。

 80年ほど前に,経済学者ケインズがオークションでニュートンの遺稿を落札し,それを検討したところ,遺稿の大半を占めていたのは怪しげな錬金術に関する文書だった。ケインズによればニュートンは「最初の近代科学者」というより「最後の魔術師」である。

 「錬金術」とは,中世に流行した魔術的な化学の研究のこと。だからケインズにいわせれば,ニュートンは「最後の中世人」といってもいいでしょう。

 コラムの筆者は,このような《ケインズのニュートン評は面白い》と述べています。

 コラムのしめくくりは,こうです。

《今の科学者の仕事の現場は,ニュートンの時代に比べると様変わりした。厳密な手順に沿った実験を踏まえてデータを整え,論文を書き上げなくてはならない。iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥京都大教授が以前に発表した論文をめぐって反省の意を表明したのは,科学の水準が高くなった証しともいえようか》

 ちょっと待ってください。

 ニュートンは,錬金術の研究を机の中にしまったまま,終生公表しなかったのです。
 それが,「科学研究として公表できる代物ではない」とわかっていたからです。

 多くの錬金術師が「金の合成に成功した」などと誤ったことをいいましたが,ニュートンはそんなことはいいませんでした。

 つまりニュートンは,「科学」と「非科学」を区別できる正真正銘の科学者だったということ。ニュートンのことを「魔術師」と誤解する人たちなどよりも,ずっと「科学とは何か」を知っていたのです。

 このことは,科学史家・教育学者の板倉聖宣さんが述べています。

《最近は「ニュートンは,光学や力学や微分積分以上に錬金術やキリスト教的年代学に凝っていた」ということが明るみに出されるようになりましたが,じつはニュートン自身はそれらの「いかがわしい」研究については,その「研究成果」をひとつも公表していないのです。だから,彼のそういう研究をあまり強調するのは行き過ぎとも思えます。自ら公表しなかったアイデアまで問題にされたら,大科学者などというものはみな〈怪しげな思想家〉とされてしまいます》(『科学と科学教育の源流』仮説社,154ページ)

 ニュートンの時代から,ホンモノの科学者というのは,「科学とは何か」について知っていたのです。

 今の時代,たしかに科学研究は精緻化・厳密化が進んだのでしょう。
 しかし,多くの人たちのあいだでは,依然として「科学とは何か」ということは,はっきりしていない。大新聞のコラムを書くような教養人でさえ,たぶんそうなのです。「未公表のアイデア」と「公表した研究」をごっちゃにしてしまうのですから。
 山中教授が「反省の意」を表したのは,それが「公表した研究論文」でのことだったからです。

 「科学とは」ということは,基本的なイメージだけなら,そんなにむずかしい話ではありません。でも,私たちの知識・認識の「穴」なのかもしれません。

(以上)
関連記事