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2014年05月24日 (土) | Edit |
 私たちが暮らす今の世の中は,一応は「近代社会」の原理・原則によって運営されています。

 つまり,こういうことです。

 職業の自由や言論の自由のような「自由」が誰にも認められている。現実はともかく,少なくとも法的にはそうなっている。そのような「自由」の基礎となる生命や財産がおびやかされてはいけないことにもなっている。
 つまり,近代社会というのは「自由な社会」であるということ。
 その基礎として,「基本的人権」が尊重されなくてはならない。

 つぎに「民主主義」の原則。政治体制は,民主主義的に運営されている。民主主義とは「政治的意思決定に対し,その決定に従う多数者が参加できる」ということ。

 政府や権力者が恣意的に権力を用いることはできない。いかなる権力も,憲法やその他の法律にしたがわないといけない。つまり,「法の支配」の原則。

 「自由(自由主義)」「民主主義」「法の支配」……これらの原則は,近代社会の三本柱です。

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 このようにいうと,「何を今さら」「陳腐だ」「自由などといってもねえ…」「民主主義はもう限界」といった反応もあります。たしかにこれらの「原則」には,限界や問題点や取扱い注意なところがある。私も,そういう面を論じたことがあります。

 でも,上記の「近代社会の原則」なんてどうでもいい,という社会を想像してみてください。
 やはり,「ひどい社会」といえるでしょう。

 しかし,最近の海外情勢のニュースをぼんやりみているだけでも,「近代社会の原則」なんてどうでもいい,という人びとがi今の世界にかなりいることがわかります。つまり「昔の考え」の人びと。あるいは「昔の考え」を歪んだかたちで今の時代に展開している人びと。

 たとえば「女子に教育をあたえるのはまちがっている」という主張をかかげ,学校を襲撃して少女たちを誘拐するテロリスト。
 ナイジェリアの「ボコ・ハラム」という集団による犯行のことです。
 
 このようなテロそのものを支持する人は,まずいないでしょう。でも,「女子の教育」を否定する人たちは,世界各地にいます。アフガニスタンの「タリバン」などもそうだったわけです。

 ほかには,政治が行き詰ると軍部が出てきて,憲法を停止するという「世直し」がくりかえされる国。それをある程度は受け入れる国民。

 先日のタイのクーデターのことですが,注意すべきなのは,この国が「貧しい発展途上国」などではない,ということ。タイの1人あたりGDPは「60~70万円」で,「先進国」のレベル(1人あたりGDP100~200万円以上)もある程度みえてきた「中進国」の位置にあります。

 それでも,この国の民主主義や法の支配は,弱々しい。日常のレベルでは法や秩序が生きているのでしょうが,国の政治の根本では「近代」とは異質の原理が力を持っている。

 タイのケースは,「法の支配のような,近代社会の原理を根付かせることがいかにむずかしいか」を示しているのかもしれません。

 それから,わが国のすぐ隣にある,「北」の独裁国家。「民主主義」の対極にあり,人権も自由も法の支配も,まったく関係ない国。そんな国が,私たちのほうにミサイルを発射したり失敗したり。「南」の隣国を砲撃したとかしないとか。

 「北」の独裁国家ほど極端ではありませんが,中国もロシアも「近代社会の原則」が確立していない国です。そのような国が,大きな存在感を世界のなかで放っています。

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 「人権」とか「自由」とか「法の支配」を信じていない国が大きな力を持つと,国際社会の中で傍若無人になりがちです。

 つまり,最近のロシアのように隣国の一部を強奪したり,中国のように周辺諸国にたいして無茶な「領有権」を主張したりする。そして,「侵略」や「圧迫」を受けた人びとから抵抗を受ける。混乱や悲劇が起きる。ウクライナで起こっていることと,ベトナムの人びとの中国への怒りは,共通性のある出来事です。

 中国やロシアの行動の基本には,「領土を拡張することが国威発揚になる」という発想があるでしょう。指導者にその発想があり,国民もかなりそれを支持している。

 でも,これはたいへん古い発想です。19世紀か,せいぜい20世紀前半までの考え方。
 現代の国ぐにの繁栄は,領土の大小とは無関係です。資源の有無ともあまり関係がありません。産業革命以降,そうなりました。

 それでも,「近代社会の原則なんて,どうでもいい」という人たちは,領土にこだわる傾向がある。
 「古い考え方」の人たちなわけです。

 一昔前,発展や再興がすすむ中国・ロシアには「未来において新しい〈世界のリーダー〉になる可能性」があったと思います。アメリカという「リーダー」の対抗軸となる,「世界の新興国のリーダー」です。
 
 ところが,今の中国やロシアをみていると,ほかの多くの新興国がついてくるとはとても思えない。むき出しの暴力をふるいかねない国を信頼するなんて,できません。一定のつきあいはしても,深い同盟関係はためらわれます。ただし,「とにかくアメリカが憎い」という国なら,結びつくことができるでしょうし,実際そのような動きがあるわけです。

 たしかに超大国や覇権国というのは,「力による押しつけ」をほかの国に対してするものです。アメリカだってそうです。でも,今の中国・ロシアみたいな粗暴なこととは,やはり異なるのです。いろいろ手続きを踏んだり画策したりして,もっとうまいこと「押しつける」のが,現代の覇権国というものです。

 たとえば,TPPが仮に「アメリカの陰謀」だとしても,その実現に向けては「交渉」の手続きが踏まれ,少なくとも一応は「難航」したりしているのです。

 中国やロシアは「新しい世界のリーダー」になるチャンスを,今現在失いつつあるように思います。
 彼らとしては,もっとうまくやる方法があったはずなのです。

 「近代」の発想がわからない,「昔の考えの人びと」の限界を感じます。
 でも,そんな人びとが,世界には今も大勢いる。
 「前近代」「反近代」は力を持っているということ。

 世界は,まだまだ近代化されていない。ということは,近代は「まだまだ」なんであって,「行き詰っている」なんてことはないのです。簡単に「陳腐だ」なんていわないほうがいいと思っています。 

(以上) 
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