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2014年05月30日 (金) | Edit |
 2020年の東京オリンピックに向け,国立競技場は建て替えるそうです。
 「さよなら国立競技場」ということで,さまざまなアーティストやゲストが登場するイベントも,明日31日に行われるとか。
 
 この競技場は,オリンピック招致を意識して1958年に建てられました。築50数年になるのですね。1964年の東京オリンピックのメインスタジアムでした。

 しかし私は,「なんであれを1000何百億円もかけて建て替えるんだろう?」と思っています。
 「ムダではないか」「今のものを改修して使えば十分ではないか」ということです。

 収容人数を増やすことも,その他運営上のさまざまな課題も,改修でクリアできるはず。優秀な建築家たちの知恵を使えば,何とかなる。それで,コストも大幅に減らせる。

 それに,コンペで優勝したという,宇宙船みたいな「新しい国立競技場」も,私は好きにはなれません。自己主張が強すぎる「これみよがし」な感じが,苦手です。

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 日本の政策決定をする人たち,つまり「オジさん」たちは,改修・リフォームが好きではないように思います。
 オジさんは,リフォームなんかより,ドーンと新しいものをつくるのが大好き。
 
 そこには,建設業やその周辺にお金を回したいという,利益誘導的な背景もあるのかもしれません。
 もちろん,もう少し広い視野で,「日本の経済成長のために,大きな公共工事が必要」という考えもあるでしょう。

 でもそれだけではない。
 「ピカピカの新しい,大きなものをつくる」こと自体に,夢やロマンを感じるという面があると思います。
 そんな「男のロマン」を追うのが,オジさんというものではないかと。

 今回の東京オリンピック招致のスローガン(当初のもの)は「今,ニッポンにはこの夢の力が必要だ」でした。

 「国立競技場をドーンと建て替える」ことは,その「夢」のだいじな要素なのでしょう。
 そこに共感する人も少なくないのかもしれません。
 女性や若い人にも,「オジさんの夢」に共感する人がいることでしょう。

 しかし,私は「国立競技場の建て替え」のようなプロジェクトには,どうにも「ロマン」を感じません。
 それは,高度成長期的な発想の,「古い夢」だと思うのです。
 前の東京オリンピック(1964年)のころはそれでよかったけど,今はどうなのか。

 今から50年ほど前の当時の日本では,近代的な・大規模な設備はきわめて不十分でした。
 だから,新しいものを建てることには,おおいに意味がありました。
 「意味」のある新しい建物には,やはり「夢」があります。

 でも,今の東京は,50年前とはちがうのです。
 相当なインフラや施設がすでに存在している。
 近代都市としてそれなりに整備された東京が,すでにあるのです。

 だったら,すでに「あるもの」を,きめこまかくリフォームして充実させていくことを,まず考えればいいのです(「メンテナンスして維持する」という課題もありますが,ここでは立ち入りません)。
 その「きめこまかいリフォーム」は,徹底的に行えばいい。
 
 東京の「きめこまかいリフォーム」とは,どういうことでしょうか。
 たとえば,街角のベンチ,階段の手すり,公共トイレ,街灯,サイン・標識,歩道,街路樹,案内所,ちょっとした憩いのスペース……そういうこまごましたものを,とことん「人にやさしく」「クール」にしていくことです。
 
 そのために,大勢のすぐれたデザイナーたちに腕を振るってもらう。
 モノつくりにかかわる,日本のさまざまな企業や職人が,ていねいな仕事でそれをカタチにする。
 
 そういうことを,きちんとした構想をもって,それなりの予算で行うのです。
 オジさんたちは「なんだ,そんなつまらんことか」と言うでしょう。

 しかし,2020年に東京を訪れる外国の人たちは,きっと感心するのではないでしょうか。
 「こんなところにまで,こんな工夫をしているんだ」「こまかいところまでクールだなあ」と,おどろいてくれるのではないか。「さすがニッポン」というわけです。そして,「きめこまかい東京」をたのしんでくれるのはないか。

 もちろん,その手の「こまかい整備」も,オリンピックのプランには含まれているでしょう。でも,それは「メイン」の扱いではないはずです。私が言っているのは,「こまかいリフォームこそメインテーマだ」ということです。

 たぶん,「1000億2000億かけた新しい競技場」などでは,世界は感心したりしないでしょう。
 そういうのは,どこの国でもやっている。新興国の発想と変わらない。

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 つまり,「建て替えの思想」でなく,「リフォームの思想」でオリンピックを実施していくということ。
 すると,オリンピックを通じて,ほんとうの意味での「新しい日本」を世界にアピールできるように思います。

 それは,「文明の先端に立っている日本」ということでもあります。

 おそらく,「ピカピカした新しいものをやたらとよろこぶ」のは,世界の文明の「先端」ではない。
 「十分に使えるものを壊して新しいのに替える」というのは,過去のやり方。
  
 近代文明は,今やぼう大な蓄積や遺産を築き上げています。「蓄積されたものを手直ししながら,ていねいに使う」というのが「文明の先端」のあり方ではないかと,私は思います。 
 
(以上) 
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