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2014年06月11日 (水) | Edit |
 今回は,すぐ下の前回の記事の補足です。読者の方の質問にお答えしつつ,考えたことを述べています。
 
 前回の記事は,「二番手はどうなった? 近代における大国の興亡の歴史に学ぶ」というものでした。
 およそ,つぎのような内容です。

 今の世界で最強・最大の国というと,おそらくアメリカ。では「二番手」というと?
 一昔前は経済大国としては日本だった。でも今は中国。大国となった中国は国際社会の中で自己主張を強めているが,大丈夫だろうか?
 つまり,「一番手アメリカ」中心の世界秩序に対し,「二番手」の中国がいつか無謀な挑戦をしないか,不安なところがある。

 近代の大国の興亡の歴史をみると,それぞれの時代の「二番手」が最強の「一番手」に,軍事的に挑戦したケースが何度かある。その都度世界には大きな混乱や被害がもたらされた。そして,ほぼつねに「二番手」は「一番手」に敗れ去ってきた。

 たとえば,1700年代のイギリス(一番手)VSフランス(二番手)。1800年代初頭のナポレオン戦争(イギリス陣営VSフランス)。
 1900年代前半の2つの世界大戦は,当時の「二番手」であったドイツ陣営とイギリス・アメリカ陣営の戦い。
 大戦後の「冷戦」は,新たな一番手と二番手であるアメリカとソ連の対立だった。
 戦争ではないが,1980年代の日米貿易摩擦は,新たな経済大国日本が,経済でアメリカに挑戦したという面がある。

 以上のいずれのケースも,「二番手」の敗北でおわっている。中国は,このような歴史の教訓に学ぶべきだが,今の様子をみると不安を感じざるをえない。


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 このような記事に対し,ある読者の方からつぎのコメントをいただきました。 

 
《興味深く拝読しました。逆に、二番手が戦いを挑んで勝った例は、歴史上あるのでしょうか?? どこまで一般法則として通じるのかなーということが、気になりました》

 以下は,このご質問にお答えしたものです。
 前回の記事の「補論」になっています。
 質問をいただいたことによって,考えをまとめる機会となりました。
 
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 コメント,ありがとうございます。ご質問の点はだいじなところで,尋ねてくださってありがたく感じております。

  まず,今回の「一番手」「二番手」に関する考察は,近代史の中でのみ通用する話だと考えています。この話は,「グローバルな国際関係の成立」や「戦争が大規模化して,国力の多くの部分を動員するようになった」といったことを前提としています。
 それはゆるやかにみれば1500年代以降のことだし,厳密にみれば1800年代からです。

  では,1500年代以降に「二番手が一番手に戦いを挑んで勝った」例はあるのでしょうか。

  1500年代後半に新興国イギリスが,スペイン帝国に戦いを挑んで勝利したケースは,それにあたるのかもしれません。イギリスとの戦争で「無敵艦隊」が破れたあたりから,急速にスペインは衰退していきます。

  ただ,この時代のイギリスは明確な「二番手」とはいえなかったかもしれません。トータルな国力ではフランスのほうが上だったかもしれない。

  それに,その後ストレートに「イギリスが一番」の時代が来たわけでもありません。1600年代はオランダの繁栄の時代でした。オランダは,もともとはスペイン領でしたが,1500年代後半にスペインに対し独立戦争を挑んで勝利したのです(そのときイギリスはオランダを支援しています)。

 スペインVSイギリス・オランダのケースは,すっきりしないところもありますが,「第二グループ的な格下の国が一番手に挑戦して勝利し,次の時代のトップに立った事例」といえます。
 その意味で,ここに「例外」が成立しているわけです。

 そして,「イギリス・オランダの台頭」は,別の意味でも「例外」的です。

 それは,スペインとの戦いに勝利したあとのイギリス・オランダにおいて「最初の本格的な近代社会」が成立したからです(たとえば,イギリスの清教徒革命や名誉革命は1600年代のこと)。
  近代社会・近代文明の基本的な枠組みは,1600~1700年代のイギリス・オランダで形成されたと,私はとらえます。

  そして,その後の近代史の展開は,「近代社会の家元」であるこれらの国を中心に展開するわけです(ただしオランダは,イギリス,フランスの数分の1の人口です。小規模なので,世界のなかでの存在感はやがて小さくなっていきました)。

 そして, アメリカというのは,「家元」の親戚筋みたいなもの。だから,アメリカは独立・建国の時期をのぞいて,イギリスに真正面から戦争を挑むということはなかった。

 よく知られているとは思いますが,アメリカの有力な階層のかなりの部分は,イギリスからの移民の子孫です。また,1800年代においてイギリス人は,多くの資本投資をアメリカ企業に対し行ったもりしているのです。アメリカとイギリスは,多くの面で価値観や利害をともにしてきたといっていいでしょう。

  「二番手による挑戦の歴史」は,「近代社会の家元とその親戚筋」に対する「あとから近代化した国」の挑戦の歴史です。

 そして,「二番手」がつねに負けてきたのは,「近代文明」というものの完全な理解や習得ができていないままに,「家元」に挑んできたからではないかと,私はとらえています。

  1700年代のフランスは,専制君主が支配する絶対王政であり,市民革命を経て当時としては最も近代的な政治体制を築いていたイギリスに負けたのです。たとえば当時のイギリスは,財政の近代化によって,フランスよりもはるかに高い戦費調達能力がありました。

  ナポレオンは,自身としては「自由のために戦った」といっていますし,たしかにその面はあります。しかし前近代的な専制君主でもあるわけです。彼が君臨する国家は,ほんとうの「近代国家」ではない。

  ヒトラーのナチスの体制や,ソ連の社会主義は,近代的な自由主義や民主主義とは真っ向から対立するものです。

  1980年代の日本については,大蔵省(当時)などの「エリート官僚」が絶大な権限を持つ「官僚支配」であるなど,「近代社会としては不完全ではないか」という見方があります。(これは現在も続いていることかもしれません)

 つまり,これまで敗れてきた「二番手」は,みな「近代社会とはいえない」か「近代社会としては不十分」「近代社会としてはいびつなところがある」ということです。

  そこで,記事のくりかえしになりますが,「一番手の勝利の歴史」というのは,けっきょくは「近代文明・近代社会の勝利の歴史」なのではないかと思うのです。

  つまり,「〈二番手が一番手に挑戦するとつねに負ける〉という法則(みたいなもの)は,どの範囲内で有効なのか?」というご質問にお答えするとすれば,つぎのとおりです。

 まず,「この話は,世界の一画に〈近代社会・近代国家〉が成立して以降の歴史において成立する」といえます。
 そして,正確いえば「二番手はつねに負ける」という法則ではなく,「近代文明を理解していないと一番手にはなれない」ということです。そして,歴史的にみて二番手の国は近代文明を十分に理解しないまま,一番手に無謀な挑戦をしてきたのです。

 中国がアメリカに勝利するときがくるとすれば,それは今のような体制のままではありえません。

 かつてのドイツや(戦争のときの)日本やロシアのような愚かなことはせず,これから100年くらいのスパンで,黙々と平和的に「近代化」をすすめていくことです。いつかは平和的に共産党の独裁体制も解体しないといけないでしょう。むずかしいことですが…

  そうすれば,もともと人口が大きな国ですから,おのずと「誰がみても世界最大・最強」になれるのです。しかし,対外戦争や内戦をおこして,それが長期化すれば,そのような可能性は当分は閉ざされてしまう。
 これは中国にとっても世界にとっても不幸なので,とにかくそうならないで欲しいものです。

(以上)
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