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2014年06月20日 (金) | Edit |
 東京・多摩からターミナル駅まで,片道約50分の電車通勤。
 あえて,やや空いている各駅停車に乗ります。
 そこでの読書は,毎日のたのしみです。
 この3~4週間で読んだ本で,印象深かったものをご紹介します。
 
 といっても,今回は1冊だけ,ちょっとくわしく。


●中沢弘基『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』講談社現代新書,2014

生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像 (講談社現代新書)生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像 (講談社現代新書)
(2014/05/16)
中沢 弘基

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 地球史や生命の歴史にかんする本は,かなり好きです。私の本棚の一画を占めています。きちんとした科学の知識がないので,読んでいて「よくわからない」と思うところもあります。しかし,「この世界の成り立ちを知りたい」という気持ちで読んでいます。

 私の本棚でいちばん多くを占めるのは「世界史」関係の本なのですが,「地球史・生命史」は,世界史の一部だと思っています。「世界史(人類の文明の歴史)に至るまでの長い序章」ということです。

 さて,この本は「生命誕生」にかんする新しい仮説を唱えたもの。
 最初の生命は,30数億年~40億年前に,太古の海で誕生した,というのが通説です。

 しかし著者が唱えるのは「最初の生命はまず地下で誕生し,その後海洋に出て,さまざまな種に分かれていった」というもの。生命誕生の時期は,やはり30数億年前。

 「生物有機分子の地下深部進化仮説」です。


 「何を突飛な」と思うかもしれません。しかし,読んでみると相当な説得力があると思いました。

 著者の中沢さんによれば,今までの生命誕生にかんする研究では,「海水の中で,単純な有機物から,生命の源になる複雑な有機分子が生まれるプロセス」が解明できていない,といいます。

 いくつかの仮説もありますが,実験室でそれを再現しようとしても,十分な成果があがらない。大量の水の中というのは,本来はさまざまな物質が「分子レベルでバラバラになりやすい」環境なのだそうです。複雑な有機分子ができるための,分子どうしの結合・融合が起きにくいのです。

 そこで著者が唱えるのが,「地下」という環境での「物質の進化」です。
 以下のような説明。

 まず,太古の地球には大量の隕石が降り注いだ時期があった(40~38億年前。これはほぼ定説となっている)。隕石の衝突で生じた高温の蒸気流のなかで,生命の源となる有機分子が海中で生まれた。

 この有機分子の中には水溶性で,「粘土」の粒子に吸着する性質のものがあった。それが海水中の粘土粒子に吸着していった(この粒子は,水を含んでいる)。

 有機物質の吸着した粘土粒子は,海底に沈殿・堆積。
 この堆積が重なっていくと,堆積の下のほうでは圧力によって,水分が圧力の少ない堆積の上部に逃げていく。つまり,「脱水」ということが起こる。
 また,地下深くなるほど,温度は上がっていく。

 地下の圧力,脱水,温度上昇――これらは有機物質が濃縮し,互いに結合していくのには好条件なのだそうです。
 このような環境で最初の生命は生まれたのではないか。

 では,地下で生まれた生命は,どうやって海洋へ出たのか?

 地下深い堆積層にある熱水は,一定のプロセスを経て海底に噴出することがあるそうです(温泉みたいな感じでしょうか)。原始の生命は,その熱水に運ばれて,海底へ進出したというのです。

 著者は「生命誕生に向け,具体的にどのような物質ができていったか」の仮説もうち出しています。

 そして近年,賛同する科学者たちが,以上のような「隕石衝突時」や「高圧の地下」と共通する条件を実験室でつくりだし,この仮説を支持する実験結果を得ている。

 「生命有機分子の地下での進化」という説を,中沢さんが最初に唱えたのは90年代のこと。
 当初はほとんど注目されませんでした。それはそうでしょう。「地下に堆積した粘土の中で最初の生命が生まれた」などといっても,簡単には受け入れられないでしょう。

 しかし近年,仮説を裏付ける実験結果が出てきたことで,注目されるようになってきたのです。

 著者はこう述べています。

《代謝や遺伝機能をすでに具備した「生物」が,比熱が大きくつねに穏やかな大量の水の中で進化したことは確かです。…しかし,だからといって,生命になる前の無生物の「分子」も,穏やかな水の中で「自然に」進化したとする根拠はどこにもありません。
・・・分子進化のそれぞれの過程には,それぞれに物理的,化学的,地球史的必然性があるはずです。20世紀末以降,新しい地球観が成立するまで,生命が発生した頃のダイナミックな地球の姿はほとんどわかっていませんでしたので,専門家でも「太古の海は生命の母」が固定感念となっ(たのかもしれません)》
(200~201ページ)

 ***

 「粘土」というものに着目したのが,この説のポイントでしょう。「粘土」には,親水性(水に溶ける)有機分子をよく吸着する性質があり,有機化合物間の化学反応を進める触媒的機能もあるそうです。

 じつは,中沢さんは「生物の専門家」とはいえないのです。もともとは物質・材料の性質についての研究者で,その分野では「大家」といえる実績のある人です。
 そういう人が,中高年になってから,「生命誕生」について研究をはじめました。そこで,「粘土」というものに着目した。

 また,中沢さんの視点には,「地球の進化と,生物進化の関連」をしっかり捉えようとしている,という特徴があります。

 生物学者は,地球という「無生物の物質」に関する視点は弱い傾向があるでしょう。しかし,本来は「地球環境」についての突っ込んだ理解がないと,生命の誕生や進化の謎は解けないのではないか。それは私のような素人でもなんとなくわかります。そして,「地球」を理解するうえで,「物質・材料」の専門家の視点は,有効なのです。

 ***

 私には,著者の説明の具体的なところを理解し検討する能力が欠けています。
 だから,この本の「仮説」をきちんと論評することはできません。

 でも,著者が専門の生物学者ではないとはいえ,一流の科学者であること,その仮説を支持する科学者たちがいて,実験的な解明をすすめているということは,たしかなようです。「生命は地下で生まれた説」は,「トンデモ科学」などではない,ということでしょう。「科学的議論に値する,それなりに有力な仮説」ということです。

 ところで,中沢さんの研究に触れて連想するのは,「大陸移動説」を最初に唱えた,アルフレッド・ウェゲナー(1880~1930)のことです。

 ウェゲナーは,じつは地質学者ではなく,気象学者でした。

 視野の広い気象学者だった彼は,ふつうの地質学者が目を向けないような自然環境についての多様な情報に関心を持ちました。たとえば「海を隔てた大陸の両岸で,同種の生物が存在する」といったことにも着目していました。それは,「大陸移動説」を発想する源にもなったのです(もともとひとつの大陸に住んでいた同じ種が,大陸の分裂・移動によって,別々の大陸にすむようになった)。

 つまり,大陸移動説は,「異分野出身の科学者による,専門の垣根を越えた研究」から生まれたわけです。そして,その発想が,「常識」を大きく超えるものだったので,当初はなかなか受け入れられなかった。

 中沢さんも,自身とウェゲナーが重なると思うのか,本書の冒頭で大陸移動説やウェゲナーについてかなりのページを割いています。

 中沢さんの仮説が,もしも十分な検証を経て「定説」となったら,すごいことです。

 「生命」にかかわるほぼすべての科学者が信奉してきた「生命は太古の海で誕生した」という考えが,覆されるのですから。「大陸移動説」的な衝撃があるわけです。

 そして,そのような説を日本の科学者が提唱している。
 もちろん,さまざまな検証をくぐり抜けて,「科学」として信頼できる,というところまでたどりつけばの話です。

 「30何億年前の地球で何が起こっていたか」なんて,「どうでもいい」といえば,たしかにそうです。
 でも,こういう「途方もない話」も,たまにはいいです。科学の醍醐味といっていいでしょう。
 通勤電車で,それをたのしませてもらったわけです。
 
(以上)
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