2014年07月27日 (日) | Edit |
 今月17日に,ウクライナ東部でマレーシア航空の旅客機が撃墜され,300人ほどの乗員乗客が亡くなりました。ウクラナイナの戦乱に巻き込まれたのです。

 テレビのニュースで,飛行機の残骸のなかに立つ,銃をもった兵士の映像がありました。それで,ある小説のことを思い出しました。
 伊藤計劃(いとう・けいかく)の『虐殺器官』(2007年)というSFです。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
(2010/02/10)
伊藤 計劃

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 私は,小説をほとんど読みません。しかし,この作品はSFファンの枠を超えて高い評価を得ていました。そこで,2010年にこの作品が文庫化されたときに,手に取ったのです。

 たしかに,現代の世界について考えるための情報や視点が,「SF」というかたちでみごとに料理されている。評判になるのもわかります。なお,作者の伊藤さんは残念なことに2009年に若くして病気で亡くなってしまいました・・・

 近未来。開発途上国では内戦や大量虐殺などが急激に増加している。
 主人公は米軍大尉クラヴィス・シェパード。
 海外紛争に介入する特殊部隊に所属する彼は,世界各地の内線や虐殺の影にいるとされる謎の男・ジョン・ポールを追ってチェコへ向かう。

 この小説の重要な舞台のひとつは,チェコです。
 それから,近未来において「サラエボ(旧ユーゴスラビア)で核爆弾が用いられた」といった話も出てきます。そのことが背景として重要な意味を持っています。

 東ヨーロッパが,未来の「紛争地域」として登場し,そこでの「核攻撃」という究極の「虐殺」が描かれているのです。もちろん,ユーゴの内戦などの現実の歴史をふまえてのことです。

 今回のマレーシア航空機撃墜という「虐殺」は,サラエボではなくウクライナでのことですが,おおざっぱにみれば同じ東ヨーロッパで起きたことです。

 「東ヨーロッパ」「虐殺」・・・そんなところから,私は『虐殺器官』を思い出したのでしょう。「残骸のなかの兵士」の映像も,主人公を連想させました。

 ***

 以下,配慮はしていますが,ネタバレになるところがあります。

 じつは,この小説の世界で内戦や虐殺が激増したのは,ジョン・ポールがしくんだことなのです。(なぜ,そんなことををしたのかは,立ち入りません)

 彼は,「社会において内戦・虐殺を引き起こす」ことを可能にする,ある「発明」をしました。

 「虐殺言語」なる,不思議なしかけです。
 もちろん,その中身についてはここでは述べません。
 とりあえず,一種の「ひみつ道具」だと思ってもらえばいいです。

 もちろん「絵空事」の世界です。現実的に考えれば「無理」な話です。
 でもSF的には一定のリアリティをもって,その恐ろしい「発明」は説明されています。

 ***

 しかし,そのような「SF的発明」など用いなくても,世界ではこれまでにさまざまな紛争が起こってきました。

 それは「一定の条件のもとで,内戦や虐殺は起こる」ということです。「ひみつ道具」ではなく,現実的な社会のあり方が原因だということ。

 では,どんな条件下で内戦や虐殺は起こるのか?
 
 たとえば,社会に対し,こんな「操作」を加えてはどうか。
 ここで,SF的な空想をしてみましょう。
 『虐殺器官』のような一流のSFには程遠いですが。

 あるとき,きわめて高度な文明を持つ宇宙人が地球にやってきました。
 彼らは少人数でしたが,あっという間に全地球を支配下におきました。

 宇宙人は,世界の人びとを2つに分けました。「支配する側」と「される側」です。
 「支配する側」に選ばれたのは,日本人・中国人などの「平たい顔」のモンゴロイド。
 宇宙人も「平たい顔」で,モンゴロイドに似ていたからです。

 モンゴロイド以外の白人(コーカソイド)・黒人(ネグロイド)などは,「支配される側」とされました。

 モンゴロイドは,宇宙人を後ろ盾にして君臨し,栄華をきわめました。ほかの人びとは虐げられたり弾圧されることになりました。

 しかしその後,宇宙人は自分の星へひきあげてしまいます。
 さあ,どうなるか。

 後ろ盾を失ったモンゴロイドの優位は崩れました。
 これまでの「恨み」をはらそうと,白人や黒人たちが立ちあがります。
 モンゴロイドも徹底抗戦。

 せっかく侵略者の宇宙人がいなくなったのに,地球人どうしの大戦争がはじまりました・・・・

 ***

 ずいぶんひどいことをする宇宙人です。
 でも,これに似たことが現実の歴史でもありました。

 最も似ているのは,アフリカのルワンダのケースです。

 現ルワンダの土地には,ツチ族・フツ族などが住んでいました。
 ここを植民地としたベルギー人は,少数派のツチ族を「支配する側」に選び,彼らを「支配の道具」として利用しました。1900年代前半のことです。

 欧米人が植民地を支配するとき,現地の少数派を後押しして支配の道具にするのは,よくあることです。多数派は,外国人の後ろだてがなくても国を支配できます。だから外国の勢力にとっては,やや扱いにくいのです。手なずけやすいのは,自分たちだけでは国を支配しきれない少数派です。

 また,ツチ族の鼻の高さや肌の色などがやや白人に近かった,ということも作用したかもしれません。

 そもそも「顔立ちや肌の色による民族の線引き」をおしすすめたのは,ベルギー人でした。その施策によって「ツチ」「フツ」の区別は,以前よりもつよく意識され,固定化されたのです。

 しかし,その後「ツチによる支配」に対しフツ族が反乱を起こし,優勢になります。
 ベルギーは,今度はフツ族に肩入れします。勝手なものです。1962年,ルワンダはフツ族を中心とする勢力によってベルギーから独立しました。

 フツ族中心で国家建設が進むなかで,ツチ族の多くが隣国へのがれたり難民化したりしました。

 その後の経緯は省略しますが,1990年代初頭に,ルワンダではフツ系の政府軍と,反政府のツチ系勢力の間で激しい内戦が起こっています。それにかかわる大量虐殺もくりかえされました。

 ベルギー人がやったことは,さきほど述べた「SF的空想」の宇宙人がやったことと同類です。

 ***

 「宇宙人」やベルギー人の行った,社会への「操作」を整理します。
 「内戦・虐殺」をひき起こす操作です。
 
①社会の中に,複数の異質な「民族・コミュニティ」をつくる。
 その場合,集団のあいだである程度勢力が均衡するようにする。

 なお,それぞれの「民族」はほんとうは「異質」でなくてもいい。
 人為的に無理やり線引きしてもかまわない。

②「民族」のあいだに「格差」をつくる。
 特定の集団にさまざまな特権をあたえることで格差はつくりだせる。
 
 なお,その国が資源に恵まれていると,格差は一層生まれやすくなります。資源からの利益は少数の有力者で独占しやすく,「特権」の財源になるからです。 

 内戦が起こる地域は,基本的に以上の「条件」を備えています。
 単純なことであり,「そんなことはわかっている」という人もいるかもしれませんが,より明確にしておくといいと思います。

 このような「条件」は歴史的に形成されてきたものです。
 もともとの民族や宗教の分布などに加え,利害関係のある大国の侵略や介入を通じて「内戦の前提」ができていった。

 具体的な経緯は異なりますが,パレスチナにおける英国は,ここでいう「宇宙人」の役割を果たしました。
 ウクライナでは,ロシアがそれにあたります。

 英国もロシアも,それぞれの土地で「異なる民族の集団」が成立するのを後押ししました。

 アラブ世界に「ユダヤ人の国」をつくることを後押しする。一方でアラブ人の建国にも手を貸す。さらに,ほかの列強と談合してアラブ地域を支配する画策もする。それが,英国の行ったことです。

 ロシアはというと,ソ連の時代にはウクライナを支配・占領し,とくに東部には多くのロシア人が移住した。そのことで,ウクライナ東部は国内においてとくに「異質」な地域となった。

 そして,民族・コミュニティ間の「格差」の存在。

 ユダヤ人国家・イスラエルの繁栄と,アラブ人との格差。とくに難民化した人びとは苦しい生活を強いられている。
 ウクライナ東部は資源に恵まれ,全般に西部(首都がある)よりも豊か。だから東部としては独立したい。資源の生む利益を西部と分け合うのではなく,自分たちだけで使いたい。西部としては,そんなことは許せない。

 *** 

 このような歴史にかかわった当事者たちには,『虐殺器官』のジョン・ポールのような意図はなかったはずです。もちろん,「虐殺言語」のような「ひみつ道具」も持っていません。

 しかし,後知恵でうがった見方をすると,まるで「内戦や虐殺を起こすツボ」をおさえて意図的に行ったかのようです。それだけのひどい「結果」が出ています。

 つまり,意図しないで「虐殺を起こすひみつ道具」をふりまわすようなことを,人類は行ってきたのです。それは今も続いています。 
 その意味で,『虐殺器官』の世界は,やはり「絵空事」ではない。 

 ではどうしたらいいのか? 
 ここではとても論じきれません。

 とにかく,「格差をどう扱うか」ということはカギでしょう。

 でも,「格差をなくせ!」と叫べばいいわけではないはずです。
 かといって放置するわけでもない。
 
 格差のうまい扱い方をあみ出さないといけない。
 20世紀の社会主義の実験は「私有財産」を否定する方向でこの課題に挑みましたが,悲惨な結果におわりました。宿題は21世紀に残されたということです。
 
(以上)
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2014年07月23日 (水) | Edit |
 先日の連休の最後の1日は,妻といっしょに家の中のもろもろの整理をしました。

 ごちゃごちゃしていたキッチンまわりの棚の中,押し入れの引出しの要らないものを捨てて,すっきり。
 机まわりのライトの位置を変えたり,収納の汚れていた部分を重点的に拭き掃除したりといった,前から気になっていたこまかいことも実行しました。

 10年ほど使って傷んでいたキッチンのごみ箱も,無印良品で新しいのを買って交換。
 少々具合の悪かったパソコンの調整も,メーカーのサポートに電話して聞いて,行いました。

 翌日は私は出勤でしたので,休みをとった妻がひとりで引き続き取り組んでくれました。
 玄関まわりの収納2か所の整理。傷んでいた寝床のシーツを買ってきて取り換える,など。

 このような「家の整理」を,「夏休みの宿題」として,これから週末に順次行っていくつもりです。

 ***

 数年前,家の中を徹底的に整理したことがあります。

 押し入れの奥までひっくり返し,紙切れ1枚1枚まできちんと仕訳して,多くのものを処分し,残りはしかるべき場所へ納めなおしました。

 当時は浪人(失業)中で,時間があったのです。数日ぶっ通しでその作業に取り組むことができました。
 やり終えると,非常にすっきりした気分で,元気が出てきました。

 あれから,そのような徹底的な整理はしていません。
 ここ1~2年は私も妻もやや忙しくなって,家の中のことが多少おろそかになっているところもあります。
 それを立て直そうということで,2人でやりはじめたのです。

 妻はこれから,自分の書道関係の資料を整理していくとのこと(書道教室で子どもや大人に教えている)。

 私も,本や資料・書類を整理したい,と思います。
 我が家は,古い団地をリフォームしたもので,リビング,書斎,玄関まわりにつくりつけの本棚があります。
 そこにあるものを,もう少し減らしたい。

 書斎と本棚

 玄関のあたり

 リビング本棚1

 リビング本棚2

 私の持っている本は,文庫や雑誌も含め6000冊前後のはずです。
 本格的な蔵書家からみればたいした量ではありません。私の知り合いにも,私より多く持っている人が何人もいます。

 でも,その程度の本であっても,「自分には十分に使いきれていない」と感じます。
 きちんと消化して,何らかのアウトプットに活かせるのは,持っている本のうちの何割かに過ぎません。「ただ抱えているだけで,なんにもならない」という本が,たしかにかなりあるのです。

 ある程度の年齢(もうすぐ50歳です)になって,「自分のやり方」「自分の関心」「自分にできること」が,最近ますますはっきりしてきました。
 すると,本棚を眺めていて「これは,自分には使えない」と思える本が,前よりもわかってくるのです。
 本以外の,ファイリングなどで抱えている資料や書類でも同じことが言えます。

 使えない・読み返す可能性のない本や資料は「ぜい肉」です。
 それを,もっとそぎ落として身軽にならなくては,という思いが,最近つよくなりました。

 この数年,1~2年に1回は200~300冊の本を近所の「ブックセンターいとう」に買い取ってもらっていました。
 そういう整理を,今年はもう少し踏み込んで行いたいものです。
 蔵書を2~3割減らして,より「使える」ものを本棚に並べておきたいと思っています。その他の資料は半分くらいには減らしたい。

 ***

 以上の「整理」をしている合間に,小松左京の『宇宙人のしゅくだい』(講談社,青い鳥文庫)という本を手に取りました。小松左京による子ども向けのSF短編集。

 宇宙人のしゅくだい

 この本のことは,いずれきちんと紹介するとして,今回目にとまったのは,石川喬司による解説で引用されていた小松の言葉です。

 終戦間もなくの時期,若い小松は生活に苦労したそうです。それでも熱心に読書や勉強を続けました。その時代を振りかえっての言葉。

《学生時代を送った戦後はまた,長らくお先まっくらの時代であった。わたし自身の生活習慣も,考えてみれば,みごとに一種の乱世型になっている。
 なるべく,身のまわりを軽くすること,いろんなことを,なるべく自分でもつかえるように,身につけ,あるいは頭に入れておくこと。とぼしいものを,できるだけ工夫して,多様につかうこと。そのためには,あらかじめ,できるだけ長持ちする,しかも信頼できるものを選ぶ習慣をつけておくこと》


 これは,生活でも読書でも使える考え方です。
 この言葉,しっかりとかみしめて,家の整理をしていきたいと思いました。

 私は,ほんらい多くのモノを持っているほうではありません。人より多いのは本くらいです。

 それでも,最近は身のまわりにぜい肉がついたと感じます(実際の自分のおなかのように)。
 やはり,もう少し身軽になりたいものです。
 理想は「いつでも引っ越し・夜逃げができるくらい」の感じです。
 
 今の時代は,終戦後の焼け跡の時代とはちがいます。
 でも,ある種の大きな変動や変化が,多くの人に影響をあたえるのではないでしょうか。

 今の社会は,以前よりも「将来」を描きにくくなっています。 豊かにはなったけど,成長期の頃のような「見通しの良さ」は,もうない。望む・望まないにかかわらず「暮らしを変える」ことが,いつあるかわからない。

 そんな社会では,「身軽」になることは,意味があるように思います。

(以上)
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2014年07月20日 (日) | Edit |
 今週末は,妻と休みを合わせてささやかな夏休み。
 遠出する予算もないし・・・ということで「身近な東京見物」をすることにしました。

 まず,木曜日の夜に,新宿のホテルで1泊。
 会社帰りの途中でホテルにチェックイン。シャワーを浴びて一休み。
 ふだんは1時間かけて通勤しています。これはラクだ。

 そのあと妻と新宿の街へ出て,食事をしてホテルへ戻る。
 「ここで泊まっている」となると,見慣れた街も少しちがってみえます。

 泊まったホテルは,超高層ビル街の中にあります。
 そんなロケーションですが,どういうわけか,下のほうの階に小さなプールがある。

ビルの谷間のプール

 このホテルは1970年代初頭に建てられました。
 「大きなシティホテルなんだからプールも必要だ」ということで,かなり無理やりにつくったのかもしれません(今の時代ならたぶんつくらない)。
 そのころは,周囲には超高層の建物はほとんどなかった。
 でも今は,ビルに囲まれて,どうも落ち着かない。

 そんなプールで,ひとり平泳ぎをする中年男性がいるのが,窓からみえました。
 平日の朝9時すぎ。いいなー。
 このプール,今も続いているということは,それなりの需要があるのでしょうか?

 ***

 泊まった翌朝。
 朝食は数分歩いて別のホテルへ行きました。
 眺めがいいのです。都心を一望できます。

 ブッフェ形式で1人2000何百円(料理は一般的だと思います)。
 ウチとしてはたいへん贅沢なんですが,たまには。
  
眺めのいい朝食
小田急センチュリーサザンタワー「トライベックス」  いろいろ並べた

 朝寝坊したうえにダラダラしてたので,店に入ったのは9時半すぎ。1時間くらいいましたが,最後はお客は私たちだけになっていました。

 ***

 朝食のあとは代々木駅からJRに乗って原宿へ。
 原宿にある,2つの大きな「近代」の文化遺産をみるためです。
 ひとつは,国立代々木競技場(第一室内競技場)。通称で「代々木第一体育館」ともいいますね。

国立代々木競技場その2
国立代々木競技場・第一室内競技場

 この建物は,何度もみたことがありますし,中に入ったこともあります。でも,あらためてじっくりみたいと思いました。

 東京オリンピックのため1964年に建てられた。丹下健三設計の「名作」といわれる建物。
 「日本の近代建築を代表するもののひとつ」といってもいいかもしれない。

 この建物は,日本の伝統建築を思わせる「屋根」を持っています。
 その屋根は「吊り構造」といって,巨大なケーブルによって吊り下げられている。
 吊り橋と同じ原理です。

屋根を吊るケーブル
屋根を吊るケーブル
 
 屋根が吊り構造で支えられれているので,大きな建物なのに室内には柱がありません。だから競技がよくみえるのです。

 この建物は,「伝統」を元にした造形を,当時としては最先端の技術でカタチにしたものなのです。

 これをみて 「カッコいい!」と思う人もいれば,「これみよがしでエラそう」と感じる人もいると思います。その両面が,この建築にはあります。
 
 でもこの建築は,ただの「これみよがし」とは一線を画しています。
 骨太で明確なコンセプトがあり,構造と一体の,練りに練った造形の美しさが,たしかにあるのです。
 近くでみると,その造形とボリュームの迫力に圧倒されます。
 上質の「これみよがし」です。

 この建物は巨額の費用を投じてつくられましたが,それだけの価値はあったと思います。「巨大な公共建築が輝いていた時代」の傑作といっていいでしょう。

 しかし,今はそのような時代ではない。
 1960年代の丹下健三のような精神で「どうだ,すごいだろう」という建物をつくってもしょうがないと思います。

 たとえば,1000何百億円もかけて新しい国立競技場をつくって何になるのか。
 そんなことを思いつつ,「代々木の体育館」をあとにしました。

  関連記事: 「リフォームの思想」とオリンピック

代々木競技場の街灯など
「モダン」な代々木体育館の街灯

 ***

 つぎに向かったのは,代々木の体育館のすぐとなりの,明治神宮です。
 ここは初詣のごった返しているときしか知らないので,平日の朝の静かなときに行ってみたかったのです。
 でも寝坊して,昼になってしまいました。

明治神宮

 昼になったとはいえ,平日のせいか,混み合っていることはありません。ほどよく人が集まっている感じ。

 外国の人が目立ちます。3人にひとりはそうなのでは,と思うほど。
 アジアの人,欧米の人,たぶんアフリカの人,そのほか私にはどこから来たか見当がつかない人・・・とにかく世界中から来ている感じ。

 たしかに,ここはいいです。
 すがすがしい感じに包まれます。「日本っていいなあ」という気持ちになります。

 だから,東京に来た外国の人には「明治神宮はぜひ」と思います。じっさい「定番」のスポットになっているのでしょう。

 あとは,デザインや建築に興味がある人なら,おとなりの代々木の体育館も立ち寄るといいでしょう。
 こちらは「観光スポット」にはなっていません。この日も見物している物好きは私たちだけでした。
 
 外国の人にかぎらず,日本人だって明治神宮や代々木の体育館は,訪れてみるといいと思います。とくに平日の静かなときがおすすめ。

 ***

 ところで,さきほど「原宿で2つの近代の文化遺産をみる」といいました。
 代々木の体育館が「近代」の遺産というのは,わかります。

 でも,明治神宮が「近代」というのは,どういうことでしょうか? 神社なんだから,「近代」ではなく「伝統」なのでは?

 明治神宮は,1920年(大正9)に創立されました。明治天皇(と皇后)が祀られています。
 大正時代につくられたというのは,神社としては新しい部類です。有名な神社であっても,出雲大社や伊勢神宮などとは,歴史や由来が根本的に異なるのです。

 この神社は「記念公園」としてつくられた,という面をもっています。明治天皇あるいは「明治」という時代を記念する公園です。

 明治神宮の森は,大名屋敷だった土地に,造園家たちが計画的に木を植えてつくりあげたものです。その意味で,近代的な「公園」のようにしてつくられた,といえます。

 しかし,「宗教施設」という側面が,もちろんあるわけです。
 純粋な「市民のための公園」,たとえばニューヨークのセントラルパークなどとは,その意味でちがう。いわゆる「憩いの場」ではない。だから,弁当をひろげてピクニック,というわけにはいかない。
 
 しかも「国家神道」という,政治的な意味あいのある宗教や「天皇制」ともかかわっている。
 そういう,重たい面も明治神宮にはあります。

 参道を少し外れると,こんな「深い森」の風景が。
 東京のど真ん中に,こんな世界がある。

明治神宮の森
明治神宮の森

高いところから見た明治神宮の森
朝食をとったホテルからみた明治神宮の森

 ***

 明治神宮をあとにすると,2時ころになっていました。
 時間があれば行こうと思っていたところがほかにもあったのですが,だいたい満足しました。
 渋谷へ出て遅い昼食をとったあと,興味のあるお店を少しのぞいて,帰りの電車に乗りました。

 40分ほどで自宅の最寄駅に到着し,今回の「旅行」はおしまい。

 東京というところは「多くのお金や知恵や労力の詰まった人工物」の宝庫です。
 明治神宮の森のような,一見「自然」に属するようなものでさえ,手の込んだ「人工物」なのです。
 
 東京見物のだいじなたのしみは,そんな「人工物」のすごさや素晴らしさを味わうことです。新しいものであれ古いものであれ,それを素直に味わえないと,東京はおもしろくありません。
 今回の「ささやかな夏休み」で,あらためてそう思いました。

(以上)
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2014年07月16日 (水) | Edit |
 もう過ぎてしまいましたが,7月3日は作家フランツ・カフカの誕生日。
 「7月の偉人」ということで,彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。

カフカ

発表できなくても,野心作をとにかく書いた

 フランツ・カフカ(1883~1924 チェコ)は,前衛的な作品で20世紀文学に多大な影響を与えた作家です。
 でも彼は,生前はほとんど無名でした。作家としては生活できず,保険会社に勤めながら,小説を書き続けます。会社から帰って夕食をとってから深夜,ときには明け方まで机に向かう毎日。
 しかし,作品の多くを発表できないまま,結核のため40歳で亡くなりました。
 遺稿となった小説(全作品約70編のうち本数では半数以上,分量的には大部分)は,のちに友人の作家の手で出版されました。
 そして,死後20年余り経って,哲学者サルトルなどの著名人が高く評価したことで,世界的に知られるようになったのです。
 発表できなくても,とにかく書く――それは,彼が無欲で謙虚だったということでしょうか?
 いや,むしろ「新しい文学をつくってみせる」という大きな野心が,彼を支えたのではないでしょうか?
 そうでなければ,挑戦的な質の高い作品を,何十編も書き続けることなどできないはずです。

『ダ・ヴィンチ解体新書vol.2人気作家の人生と作品』(リクルート,1997)所収の池内紀氏の発言に教わった。このほか,池内紀・若林恵著『カフカ事典』(三省堂,2003)による。

【フランツ・カフカ】
20世紀文学の重要な作家。その作品は「不条理」「疎外」「孤独」「不安」などの言葉で語られることが多い。たとえば代表作「変身」は,主人公が朝起きるとなぜか大きな虫になっている,という書き出し。
1883年7月3日生まれ 1924年6月3日没

***

 私は「就職に関する相談」の仕事をしています。キャリア・カウンセラーというものです。
 そこでたまにですが,作家志望の人にお会いすることがあります。相談の内容は「作家になるには?」ということではなく,「すぐには作家にはなれないので,まずは就職しないと・・・」ということですが。

 そのような方は2つに分かれます。
 新人賞などに応募するための作品を書きあげたことがある人と,そうでない人。
 圧倒的に多いのは「まだ書いたことがない」という人。でも,何か書かないことにははじまらないのです。
 
 さらに,「書き上げたことがある人」は「実際に新人賞に応募したことがある人と,そうでない人」に分かれます。 「応募したことがある」という人は,やはり少ない。小説を書きたいのであれば,デビューの方法は比較的はっきりしています。作品を書いて何かの新人賞に応募することです。

 私も何か書いて発表したり出版したいと思ってきました。
 思うようには書けていません。でも2,3冊分の原稿はなんとかまとまったので,それを出版社に持ち込みました。私の書くジャンルは,小説のような「新人賞」がないのです。なんのツテもない出版社でしたが,「電子書籍でなら」ということで出してもらえました。

 それなりに書くことを続けているつもりのオジさんとしては,じつにささやかな成果で,恥ずかしい気もします。でも,原稿が日の目をみたのはやはり「成果」であり,うれしいことです。

 とにかく,何か書いて完成させないことにははじまらない。
 でも,「これを書いてどうなるんだろう」という,発表のあてのない原稿を書きつづけるのは,たいへんです。
 たしかにカフカはすごい。

 私もカフカを見習って,今書いているのをなんとか完成させないと・・・
 深夜・早朝や土日に書くのです。「いい年して何をやっているんだ」と思うときもありますが,まあいいでしょう。
 
 ***

  「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
 その101話をまとめた電子書籍『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も発売中です(アマゾンKindleストア楽天Kobo,ディスカヴァー社のホームページなどにて販売,400円)
                     
四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
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2014年07月13日 (日) | Edit |
 ベネッセの「個人情報漏えい」の事件。
 「個人情報」というと,私はジブリの映画にもなった『ゲド戦記』(アーシュラ・K・ル=グウィン作)というファンタジー小説の世界を,なぜか思い出します。この作品はシリーズ化されており,第1作は1960年代末に書かれたもの。
 
 『ゲド戦記』の舞台は「アースシー」という古代・中世風の架空の異世界。そこでは魔法が科学や学問のような役割をはたしている。主人公の「ゲド」は,その世界のエリートである「魔法使い」の1人。

 アースシーでは,すべての人やモノに「真(まこと)の名」というものがあり,その「真の名」がわかればその人・モノに魔法をかけることが可能です。

 そこで,人びとは「真の名」をごく限られた身内以外には明かさず,「通り名(通称)」で暮らしています。ほかに「真の名」を知っているのは,子どものときに「真の名」をつけてくれた魔法使いだけ。

 主人公も,「ゲド」が本名ですが,ふだんは「ハイタカ」という通り名で世間をわたっているのです。

 ***

 アースシーにおける「真の名」というのは,私たちの社会の個人情報やパスワードみたいなものです。

 住所や職場を明かすのは,信頼できる相手に対してだけ。悪意のある相手にその情報を渡すと,迷惑や危害をこうむる恐れがある。
 相手の得体が知れない場合は,本名を明かすこともためらわれます。じっさい,ネット上では「本名」ではなく「通り名」を使うことも多い。

 高校時代(1980年ころ)にはじめて『ゲド戦記』を読んだとき,「本名をふせて暮らすなんて,奇妙な世界だ」と思いました。「真の名と,通り名の使い分け」という感覚をのみこむのに,多少の理解力が必要でした。

 でも,作品が書かれた当時は「奇妙」だったことが,今の世界ではかなり「ふつう」になっているのです。今の子どもたちがこの小説を読むときは,「真の名」「通り名」というニュアンスは,すぐにピンとくるはずです。

 アースシーの世界は,一見「古代・中世風」ですが,じつは現代的な個人主義の社会です。
 誰もが自分の本名(個人情報の基本の部分)を,近所の人にも,ほとんどの友人や親せきにも明かさず暮らすのです。魔法という「テクノロジー」のせいです。

 「自分」以外に対し「壁」をつくって,人びとが生きている。「自分」以外に安心できる場所が,めったにない社会。

 『ゲド戦記』の第1巻は,ゲドによる「自分さがし」の物語です。個人主義の社会で,少年期から青年期にかけてのゲドが,「自分は何者なのか」について理解を深めていく過程。
 
 ネタバレになるので述べませんが,その後の多くの小説や映画などで模倣される,いろんな要素がこの作品にはあります。だからこの作品は「古典」なのです。

 ***

 「個人情報」をしっかりと守りたいなら,アースシーのやり方を徹底することです。

 社会生活のなかで,本名を使うことを原則としてやめ,「通り名」を使うことにする。
 通り名は,複数持つことができて,職場用,コミュニティ用など,場面に応じて使い分ける。職場が変わったり,引っ越したりしたら,通り名を変えることにする。

 本名は,親子や夫婦など,ごくかぎられた「信頼できる範囲」にしか明かさない。他人に本名を明かすのは,きわめて例外的な「信頼」の証となる。

 本名や住所などの基本情報を知らせる相手は,役所や金融機関や郵便局などのごくかぎられた「信頼できる専門機関」だけ。まるでアースシーにおける「魔法使い」のような立場です。この専門機関には「本名」とあわせ「通り名」も登録する。

 これらの機関は「信頼に足る」ために,きわめて厳格な情報管理の義務を負う。個人情報のデータベースは,巨額の金塊や現金がおさまった大金庫か,放射性物質が保管されている場所のように扱われる。

 人びとは,「本当の住所」のほかに私書箱のような「仮の住所」を持つ。
 ほとんどの通信はネット上で行われるが,モノのやり取りをするときは「仮の住所」で受け取る。「仮の住所」を管理する機関に依頼すれば,「本当の住所」に転送してもらうこともできる。「仮の住所」を管理するのも,厳格な義務を負う「専門機関」である。

 それでも不安な人は,たとえば「仮の住所」から直接「本当の住所」に転送するのではなく,いったん別の「仮の住所」に転送して,そこから「本当の住所」に送ることにすればいい。

 一般的なサービスの利用・買い物・就職は,「通り名」で行うことができる。「通り名」による債務不履行などの問題があったとき,業者は当局に申請して,該当する人物の「本名」を確認し,請求や訴訟を行う・・・・・・

 ***

 このくらいやれば,個人情報は守られて,安心でしょう。

 もちろん「専門機関」がどれだけ信頼できるのか,という問題はあります。だから「専門機関」を徹底的に監督する制度や,義務違反や過失あった場合のきびしい罰則も必要です。
 
 このような社会になれば,多くの企業は「個人情報を蓄積して,顧客を囲いこんで・・・」などとは考えなくなるでしょう。
 「個人情報のようなめんどうな危険物は,できれば取得したくない」と考えることでしょう。

 企業への申込みをする際の記入シートに「本名や本当の住所を書かないでください。もし書いても,責任は持てません」という注意書きがされるようになるのです。

 以上は妄想であり,悪い「冗談」といえます。
 でも,今回の「ベネッセ事件」への騒ぎかたをみていると,社会は「アースシー」的な方向を真剣に模索しかねない,などとも思います。
 つまり「めったに本名を明かさず生活すること」が一般的な社会。
 とにかく,今の私たちは「真の名」を知られるのがイヤなのです。

 これからの世の中を考えるうえで「そういうこともあるのでは?」という問いかけをもってみると,何かがわかってくるかもしれません。
 
(以上) 
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2014年07月12日 (土) | Edit |
 身のまわりにある,「好きなもの」をこれまで何度か紹介してきました。
 たとえばリンナイ製のガスストーブとか。

 あるいは,ジョエ・コロンボというデザイナーによるフロアライトとか。
 あるいは,つよいこグラスとか。

 しばらくそういう「紹介」をしていませんでしたが,今日は久々に。
 今回は,イスをひとつ。
 私はイスが好きです。あまり高くなくて,でも美しく機能的なもの。

 インテリア好きの人なら,たいてい知っている「名作イス」的なものを何個かもっています。でも,1脚せいぜい4~5万円くらいまで。
 「高くてすばらしい」ものよりも「ローコストですばらしい」ものに胸がおどります。
 自分の財力が限られるせいもありますが。

 それでも興味のない人からみれば「高い」のかもしれません。でも,「4~5万円以内」というのは,本格的なデザインと技術でつくられたイスとしては「ローコスト」の部類に入ります。

 今回ご紹介するイスは,そんな「ローコスト」の傑作です。
 松村勝男(1923~1991)デザインの,天童木工の製品。
 最も安いモデルは2万円台。

 1982年に発売された製品で,今も買えます(「天童木工 PESCA」などで検索)。
 写真は,黒のビニールクロス貼りの「最も安い」タイプ。

天童木工PESCA

天童木工PESCA2

 このイスの魅力は,写真だとなかなか伝わりません。
 撮影者(私)の腕前のせいもあります。ただ,プロが撮った写真でも,やはりほかの「名作イス」のような「華」が感じられないのです。

 写真では伝わりにくくても,現物に触れるとその良さはわかります。
 小ぶりでかわいらしい感じ。
 そして,座り心地。

 このイスは背もたれの下のほうがくびれてカーブになっています。そこで弾力がうまれ,もたれかかると程よいやわらかさで受けとめてくれます。

 また,サイズがやや小さいのは,小柄な女性などにはぴったり。でも私のような標準より大きい日本人(体重80何キロ)が座ってもきゅうくつではない。たぶん,背もたれの弾力のせいで,姿勢の自由があるからだと思います。

 というわけで,素晴らしいイスです。

 そして,このような「高性能」をローコストで実現するために,さまざまな工夫がなされています。
 たとえば,きわめて少ないパーツで出来ている,ということがあります。

 裏返してみると,わかります。
 「背もたれ」「座面」「脚(4本ではなく2つのパーツにまとめている)」「座面の上に貼ったシート」・・・パーツはほとんどそれだけ。
 しかも,それらをおもにネジで止めている(これは作業としては比較的簡単)。

天童木工PESCA3

 松村は「ローコストで高品質」ということを,生涯にわたり追求したデザイナーでした。
 このイスには「ローコストチェア」という別名もあります。松村にとって,ひとつの集大成といえる作品です。

 「名作イス」というと,ミッドセンチュリー(1950~60年代)のものが特に有名で,1980年代につくられたこのイスは,取りあげられることが比較的少ないようです。雑誌などではあまりみかけない。

 でも,ミッドセンチュリーの「古典」をふまえつつ,さらに進化・洗練させたところが,このイスにはあると思います。そして,日本人デザイナーによる現代日本人のためのデザインです。

 そこで,多くのふつうの人(特別なインテリア好きではない人たち)の暮らしにも合うのです。カフェとか,飲食店のイスにもいいと思います(座面の色や材質のバリエーションも豊富なので,さまざまな色のこのイスが並んでいる空間なんて,ステキかも)。

 それでも「2~3万円もするのかー」と思う人もいるでしょう。
 でも,このイスは大事に使えば,20年は軽くもちます。
 デザインが古びてしまうこともないでしょう。

 私は8年ほど使っています。妻が食事のときに毎日座っていますが,まだぜんぜん傷んでいません。

 ていねいにデザインされ,きちんとつくられたイスほど,お買い得なものはありません。
 数万円で20年は使えて,私たちの毎日を確実に気持ちよくしてくれるのです。

(以上)
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2014年07月05日 (土) | Edit |
 前回の記事(今月の名言)で,哲学者ヘーゲルの言葉とされる「自由とは必然性の洞察」を取りあげたところ,読者の方から頂いたコメントに,つぎのようなお話がありました。

《 ヘーゲルはなんとなく僕にとって印象がよくないんです。僕自身がキルケゴールから哲学に入っていったということもあるでしょうし、なんとなく批判の対象になっているイメージが強く、今までその著作に触れることなしにきてしまいましたが、そういちさんはどのようにお考えでしょうか?
  もし、なにかおすすめの作品、ヘーゲルについてのなにかアドバイスございましたら、おねがいできないでしょうか。》


 コメントをくださったのは,ブログ孤独な放浪者の随想の著者hajimeさん。
 同ブログは,若い読書家である著者が,さまざまな古典を引用しながら思索していく,という記事がメインになっています。前回の記事で,私はヘーゲルのほかにデフォーの『ロビンソン・クルーソー』からの言葉も引用しましたが,これは同ブログの記事で知ったのでした。

 以下は,頂いたコメントに対する返信に手を加えたものです。

 ***

 キルケゴールに思い入れがあるとなると,たしかにヘーゲルは印象が悪くなりますね。
 両者の哲学は,同じ「哲学」といっても,全然別の学問だと思います。
 「昔のテツガクと今のテツガクの違い」といったらいいでしょうか。

*キルケゴール(1813~55,デンマーク)「ヘーゲル学派」的な抽象的な一般論を展開する哲学を批判し,自己の体験に基づいた主体的な思考を追求した哲学者。20世紀の哲学にも大きな影響を与えた。

*ヘーゲル(1770~1831,ドイツ)近代哲学を集大成した哲学者。その哲学は「客観的観念論」といわれ,この世界を「絶対精神の自己展開の場」としてとらえる理論を説いた・・・なんだそれは?という話ですが,「絶対精神」というのは,とりあえず非常に抽象化された「神」のようなものだとイメージすればいいでしょう。絶対精神はそのなかに「矛盾」(「矛盾≒対立」ととりあえず理解)を背負っていて,その矛盾をより高いレベルで統一・解決する方向で生成・展開していく。そのような運動・変化がこの宇宙や社会を貫いている,というのです。うーんたしかに抽象的です。


 キルケゴールの哲学は,乱暴な言い方をすれば「人生論を学問的・論理的に深く述べたもの」といえるでしょう。それが「今のテツガク」です。現代の哲学は,その扱う世界を「人生論」や「倫理学」,あるいは「論理学」などに限定しています。

 ところが,ヘーゲルの哲学は,もっと大風呂敷です。
 つまり「森羅万象の論理を究める」というのが,彼の哲学。
 これは「昔のテツガク」に属します。(「森羅万象の学」としての哲学,という見方は板倉聖宣さんの著作からのものです)。

 ヘーゲルは,いかにも「哲学」な感じの論理学などについて述べるだけではありません。彼の学位論文は「惑星軌道論」でした。『エンチュクロペディー』という著作では,電気学などの当時の「先端科学」についても論じています。そして,世界史や法学のような社会科学的な分野でも独自の理論を展開しているのです。
 
 そのような学問的な作業のうえに「世界についての一般理論」といえる彼の「論理学」の世界があります。

 **

 このような「昔のテツガク」の世界は,ヘーゲル以前から大きな流れとして長く続いてきたものでした。

 ヘーゲルより数十年前の大哲学者カントも,ヘーゲルと同様の取り組みをしたといえます。彼の学位論文は「星雲説(太陽系生成の理論)」でしたし,今でいう地理・歴史や法学や心理学などさまざまな学問分野をふまえて,彼の理論は構築されています。

  「近代哲学の元祖」といえる,フランシス・ベーコンやデカルトやジョン・ロックも,自然科学にたいする強い関心や素養がありました。
 たとえばベーコンは「科学技術を基礎とする産業国家」を構想しました。デカルトが数学や自然科学の領域を真正面から扱っていることは比較的よく知られています。ジョン・ロックは若いころは医学を学んでいます。

 そのような「森羅万象の学」の元祖は,古代ギリシアのアリストテレス(紀元前4世紀)です。
 岩波書店の「アリストレス全集」は1冊平均500ページほどで全17巻。論理学,政治学,経済学,心理学,力学,天文学,気象学,生物学,生理学等々を扱った論文集です。

 しかし,このような「森羅万象の学としての哲学」というのは,今は骨董品です。
 ヘーゲル以後(1800年代半ば以降)は,「科学」の時代になります。つまり「森羅万象の学」ではなく,「個別的・専門的な領域を究める学」の時代になるわけです。
 ヘーゲルは「昔のテツガク」の最後の巨匠といっていいでしょう。「昔のテツガクの総決算」的な存在です。

 キルケゴールの時代(1800年代半ば)になれば,ヘーゲルのような「森羅万象の学」の感覚で世界を解釈する「哲学」など時代錯誤になりつつあった,といえるでしょう。

 哲学者が個別科学的な領域で「ああだ,こうだ」といっても,科学研究がすすめばボロがいっぱい出てくるわけです。1800年代は,哲学的な学問を「過去」のものにしてしまうような,自然科学の成果がつぎつぎとあらわれはじめた時代でした。

 それなら,テツガクが生き残るにはどうすればいいか? 「人はいかに生きるべきか」的な,科学にはなりにくいテーマに,哲学の仕事を限定するしかないのです。

 キルケゴールは,そんな時代のなかで,哲学を「大風呂敷な森羅万象の学」から「学的(哲学的・理論的な)人生論」に再編した1人だと思います。「今のテツガク」をつくるうえで重要な仕事をした哲学者だったということです。

 **

 でも,ヘーゲル的な「森羅万象の学」って,私は魅力的だと思っています。やはり大風呂敷な魅力がある。
 なじめない人もいると思いますが,「これはこれでそういうものだ」と思ってみていただければいいと思うのです。

 南郷継正という思想家は,へ―ゲル哲学の感覚を「世界を手のひらに乗せる」(ようなものだ)と説明していました。キルケゴールに言わせれば,「手のひらに乗せて眺めて何になる」ということでしょう。「私たちは世界の中で生きているんだから,世界の『中』にいる人間の視点でものを考えるべきだ」というわけです。

 たしかにそれも一理あります。でも,たまには「手のひら」に乗せるような感覚で,この世界について考えてみてもいいのではないでしょうか。そこで得られるものもあるはずです。

 **

 ヘーゲル入門でオススメはつぎの2つです。もしよろしければ。
 でも,私も「入門」のままで終わっているのでしょう・・・
 
 『哲学史序論』岩波文庫  冒頭の「就任演説」だけでも。
 『歴史哲学講義 上・下』岩波文庫  長谷川宏氏による新しい感覚の翻訳で読みやすい。

  ヘーゲルについては,私は南郷継正さんの著作を通して入門したのでした。『哲学史序論』は,南郷さんが「ヘーゲル入門」として紹介していたのです。

 コメントいただいたおかげで,前から書いてみたいと思っていたことを書く機会となりました。ありがとうございます。またよろしくお願いします。

(以上) 
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2014年07月03日 (木) | Edit |
 もう7月ですね。そろそろ夏休みのシーズン。
 このところ月初めには,「今月の名言」というのを載せています。

【今月の名言】(そういちカレンダー2014より)

自由とは,必然性の洞察である。

ヘーゲル(ドイツ観念論の哲学者,1770~1831)

ヘーゲル

 ヘーゲルの言葉とされるが,じつはヘーゲルの発想を思想家エンゲルスがまとめたもの。
 「対象の性質や構造を知り,それに応じた働きかけをすれば,望むことを実現する自由を得られる」という意味。だが「自由とは必然性の洞察」というほうがテツガク的。
 コツをつかんで何かがうまくできたとき,なすべきことを行って結果が得られたとき,この言葉をつぶやいてみるとカッコいいかもしれません(^^;)

***

じつは先月は「今月の名言」をやらなかったので,今回はもうひとつ。

どんなに悪いことでも,そのなかに含まれている良いことを除外して考えてはいけない。またより悪いこともそれに伴っていることを忘れてはいけない。

デフォー(1660~1731,英国)『ロビンソン・クルーソー』より

無人島で

 難破して無人島に1人生き残った主人公の独白です。とにかく自分は今生きているのだ。

 この言葉はブログ孤独な放浪者の随想(hajime作)で知りました。若い読書家が,古典からさまざまな言葉や視点を紹介しつつ思索するブログです。
 私も『ロビンソン・クルーソー』は読んだことがあるのですが,この言葉はスルーしていました。
 困ったとき・つらいときには,この言葉を思い出すと,少しは冷静になれそうな気がします。

(以上)
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