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2014年07月13日 (日) | Edit |
 ベネッセの「個人情報漏えい」の事件。
 「個人情報」というと,私はジブリの映画にもなった『ゲド戦記』(アーシュラ・K・ル=グウィン作)というファンタジー小説の世界を,なぜか思い出します。この作品はシリーズ化されており,第1作は1960年代末に書かれたもの。
 
 『ゲド戦記』の舞台は「アースシー」という古代・中世風の架空の異世界。そこでは魔法が科学や学問のような役割をはたしている。主人公の「ゲド」は,その世界のエリートである「魔法使い」の1人。

 アースシーでは,すべての人やモノに「真(まこと)の名」というものがあり,その「真の名」がわかればその人・モノに魔法をかけることが可能です。

 そこで,人びとは「真の名」をごく限られた身内以外には明かさず,「通り名(通称)」で暮らしています。ほかに「真の名」を知っているのは,子どものときに「真の名」をつけてくれた魔法使いだけ。

 主人公も,「ゲド」が本名ですが,ふだんは「ハイタカ」という通り名で世間をわたっているのです。

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 アースシーにおける「真の名」というのは,私たちの社会の個人情報やパスワードみたいなものです。

 住所や職場を明かすのは,信頼できる相手に対してだけ。悪意のある相手にその情報を渡すと,迷惑や危害をこうむる恐れがある。
 相手の得体が知れない場合は,本名を明かすこともためらわれます。じっさい,ネット上では「本名」ではなく「通り名」を使うことも多い。

 高校時代(1980年ころ)にはじめて『ゲド戦記』を読んだとき,「本名をふせて暮らすなんて,奇妙な世界だ」と思いました。「真の名と,通り名の使い分け」という感覚をのみこむのに,多少の理解力が必要でした。

 でも,作品が書かれた当時は「奇妙」だったことが,今の世界ではかなり「ふつう」になっているのです。今の子どもたちがこの小説を読むときは,「真の名」「通り名」というニュアンスは,すぐにピンとくるはずです。

 アースシーの世界は,一見「古代・中世風」ですが,じつは現代的な個人主義の社会です。
 誰もが自分の本名(個人情報の基本の部分)を,近所の人にも,ほとんどの友人や親せきにも明かさず暮らすのです。魔法という「テクノロジー」のせいです。

 「自分」以外に対し「壁」をつくって,人びとが生きている。「自分」以外に安心できる場所が,めったにない社会。

 『ゲド戦記』の第1巻は,ゲドによる「自分さがし」の物語です。個人主義の社会で,少年期から青年期にかけてのゲドが,「自分は何者なのか」について理解を深めていく過程。
 
 ネタバレになるので述べませんが,その後の多くの小説や映画などで模倣される,いろんな要素がこの作品にはあります。だからこの作品は「古典」なのです。

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 「個人情報」をしっかりと守りたいなら,アースシーのやり方を徹底することです。

 社会生活のなかで,本名を使うことを原則としてやめ,「通り名」を使うことにする。
 通り名は,複数持つことができて,職場用,コミュニティ用など,場面に応じて使い分ける。職場が変わったり,引っ越したりしたら,通り名を変えることにする。

 本名は,親子や夫婦など,ごくかぎられた「信頼できる範囲」にしか明かさない。他人に本名を明かすのは,きわめて例外的な「信頼」の証となる。

 本名や住所などの基本情報を知らせる相手は,役所や金融機関や郵便局などのごくかぎられた「信頼できる専門機関」だけ。まるでアースシーにおける「魔法使い」のような立場です。この専門機関には「本名」とあわせ「通り名」も登録する。

 これらの機関は「信頼に足る」ために,きわめて厳格な情報管理の義務を負う。個人情報のデータベースは,巨額の金塊や現金がおさまった大金庫か,放射性物質が保管されている場所のように扱われる。

 人びとは,「本当の住所」のほかに私書箱のような「仮の住所」を持つ。
 ほとんどの通信はネット上で行われるが,モノのやり取りをするときは「仮の住所」で受け取る。「仮の住所」を管理する機関に依頼すれば,「本当の住所」に転送してもらうこともできる。「仮の住所」を管理するのも,厳格な義務を負う「専門機関」である。

 それでも不安な人は,たとえば「仮の住所」から直接「本当の住所」に転送するのではなく,いったん別の「仮の住所」に転送して,そこから「本当の住所」に送ることにすればいい。

 一般的なサービスの利用・買い物・就職は,「通り名」で行うことができる。「通り名」による債務不履行などの問題があったとき,業者は当局に申請して,該当する人物の「本名」を確認し,請求や訴訟を行う・・・・・・

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 このくらいやれば,個人情報は守られて,安心でしょう。

 もちろん「専門機関」がどれだけ信頼できるのか,という問題はあります。だから「専門機関」を徹底的に監督する制度や,義務違反や過失あった場合のきびしい罰則も必要です。
 
 このような社会になれば,多くの企業は「個人情報を蓄積して,顧客を囲いこんで・・・」などとは考えなくなるでしょう。
 「個人情報のようなめんどうな危険物は,できれば取得したくない」と考えることでしょう。

 企業への申込みをする際の記入シートに「本名や本当の住所を書かないでください。もし書いても,責任は持てません」という注意書きがされるようになるのです。

 以上は妄想であり,悪い「冗談」といえます。
 でも,今回の「ベネッセ事件」への騒ぎかたをみていると,社会は「アースシー」的な方向を真剣に模索しかねない,などとも思います。
 つまり「めったに本名を明かさず生活すること」が一般的な社会。
 とにかく,今の私たちは「真の名」を知られるのがイヤなのです。

 これからの世の中を考えるうえで「そういうこともあるのでは?」という問いかけをもってみると,何かがわかってくるかもしれません。
 
(以上) 
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