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2014年07月27日 (日) | Edit |
 今月17日に,ウクライナ東部でマレーシア航空の旅客機が撃墜され,300人ほどの乗員乗客が亡くなりました。ウクラナイナの戦乱に巻き込まれたのです。

 テレビのニュースで,飛行機の残骸のなかに立つ,銃をもった兵士の映像がありました。それで,ある小説のことを思い出しました。
 伊藤計劃(いとう・けいかく)の『虐殺器官』(2007年)というSFです。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
(2010/02/10)
伊藤 計劃

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 私は,小説をほとんど読みません。しかし,この作品はSFファンの枠を超えて高い評価を得ていました。そこで,2010年にこの作品が文庫化されたときに,手に取ったのです。

 たしかに,現代の世界について考えるための情報や視点が,「SF」というかたちでみごとに料理されている。評判になるのもわかります。なお,作者の伊藤さんは残念なことに2009年に若くして病気で亡くなってしまいました・・・

 近未来。開発途上国では内戦や大量虐殺などが急激に増加している。
 主人公は米軍大尉クラヴィス・シェパード。
 海外紛争に介入する特殊部隊に所属する彼は,世界各地の内線や虐殺の影にいるとされる謎の男・ジョン・ポールを追ってチェコへ向かう。

 この小説の重要な舞台のひとつは,チェコです。
 それから,近未来において「サラエボ(旧ユーゴスラビア)で核爆弾が用いられた」といった話も出てきます。そのことが背景として重要な意味を持っています。

 東ヨーロッパが,未来の「紛争地域」として登場し,そこでの「核攻撃」という究極の「虐殺」が描かれているのです。もちろん,ユーゴの内戦などの現実の歴史をふまえてのことです。

 今回のマレーシア航空機撃墜という「虐殺」は,サラエボではなくウクライナでのことですが,おおざっぱにみれば同じ東ヨーロッパで起きたことです。

 「東ヨーロッパ」「虐殺」・・・そんなところから,私は『虐殺器官』を思い出したのでしょう。「残骸のなかの兵士」の映像も,主人公を連想させました。

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 以下,配慮はしていますが,ネタバレになるところがあります。

 じつは,この小説の世界で内戦や虐殺が激増したのは,ジョン・ポールがしくんだことなのです。(なぜ,そんなことををしたのかは,立ち入りません)

 彼は,「社会において内戦・虐殺を引き起こす」ことを可能にする,ある「発明」をしました。

 「虐殺言語」なる,不思議なしかけです。
 もちろん,その中身についてはここでは述べません。
 とりあえず,一種の「ひみつ道具」だと思ってもらえばいいです。

 もちろん「絵空事」の世界です。現実的に考えれば「無理」な話です。
 でもSF的には一定のリアリティをもって,その恐ろしい「発明」は説明されています。

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 しかし,そのような「SF的発明」など用いなくても,世界ではこれまでにさまざまな紛争が起こってきました。

 それは「一定の条件のもとで,内戦や虐殺は起こる」ということです。「ひみつ道具」ではなく,現実的な社会のあり方が原因だということ。

 では,どんな条件下で内戦や虐殺は起こるのか?
 
 たとえば,社会に対し,こんな「操作」を加えてはどうか。
 ここで,SF的な空想をしてみましょう。
 『虐殺器官』のような一流のSFには程遠いですが。

 あるとき,きわめて高度な文明を持つ宇宙人が地球にやってきました。
 彼らは少人数でしたが,あっという間に全地球を支配下におきました。

 宇宙人は,世界の人びとを2つに分けました。「支配する側」と「される側」です。
 「支配する側」に選ばれたのは,日本人・中国人などの「平たい顔」のモンゴロイド。
 宇宙人も「平たい顔」で,モンゴロイドに似ていたからです。

 モンゴロイド以外の白人(コーカソイド)・黒人(ネグロイド)などは,「支配される側」とされました。

 モンゴロイドは,宇宙人を後ろ盾にして君臨し,栄華をきわめました。ほかの人びとは虐げられたり弾圧されることになりました。

 しかしその後,宇宙人は自分の星へひきあげてしまいます。
 さあ,どうなるか。

 後ろ盾を失ったモンゴロイドの優位は崩れました。
 これまでの「恨み」をはらそうと,白人や黒人たちが立ちあがります。
 モンゴロイドも徹底抗戦。

 せっかく侵略者の宇宙人がいなくなったのに,地球人どうしの大戦争がはじまりました・・・・

 ***

 ずいぶんひどいことをする宇宙人です。
 でも,これに似たことが現実の歴史でもありました。

 最も似ているのは,アフリカのルワンダのケースです。

 現ルワンダの土地には,ツチ族・フツ族などが住んでいました。
 ここを植民地としたベルギー人は,少数派のツチ族を「支配する側」に選び,彼らを「支配の道具」として利用しました。1900年代前半のことです。

 欧米人が植民地を支配するとき,現地の少数派を後押しして支配の道具にするのは,よくあることです。多数派は,外国人の後ろだてがなくても国を支配できます。だから外国の勢力にとっては,やや扱いにくいのです。手なずけやすいのは,自分たちだけでは国を支配しきれない少数派です。

 また,ツチ族の鼻の高さや肌の色などがやや白人に近かった,ということも作用したかもしれません。

 そもそも「顔立ちや肌の色による民族の線引き」をおしすすめたのは,ベルギー人でした。その施策によって「ツチ」「フツ」の区別は,以前よりもつよく意識され,固定化されたのです。

 しかし,その後「ツチによる支配」に対しフツ族が反乱を起こし,優勢になります。
 ベルギーは,今度はフツ族に肩入れします。勝手なものです。1962年,ルワンダはフツ族を中心とする勢力によってベルギーから独立しました。

 フツ族中心で国家建設が進むなかで,ツチ族の多くが隣国へのがれたり難民化したりしました。

 その後の経緯は省略しますが,1990年代初頭に,ルワンダではフツ系の政府軍と,反政府のツチ系勢力の間で激しい内戦が起こっています。それにかかわる大量虐殺もくりかえされました。

 ベルギー人がやったことは,さきほど述べた「SF的空想」の宇宙人がやったことと同類です。

 ***

 「宇宙人」やベルギー人の行った,社会への「操作」を整理します。
 「内戦・虐殺」をひき起こす操作です。
 
①社会の中に,複数の異質な「民族・コミュニティ」をつくる。
 その場合,集団のあいだである程度勢力が均衡するようにする。

 なお,それぞれの「民族」はほんとうは「異質」でなくてもいい。
 人為的に無理やり線引きしてもかまわない。

②「民族」のあいだに「格差」をつくる。
 特定の集団にさまざまな特権をあたえることで格差はつくりだせる。
 
 なお,その国が資源に恵まれていると,格差は一層生まれやすくなります。資源からの利益は少数の有力者で独占しやすく,「特権」の財源になるからです。 

 内戦が起こる地域は,基本的に以上の「条件」を備えています。
 単純なことであり,「そんなことはわかっている」という人もいるかもしれませんが,より明確にしておくといいと思います。

 このような「条件」は歴史的に形成されてきたものです。
 もともとの民族や宗教の分布などに加え,利害関係のある大国の侵略や介入を通じて「内戦の前提」ができていった。

 具体的な経緯は異なりますが,パレスチナにおける英国は,ここでいう「宇宙人」の役割を果たしました。
 ウクライナでは,ロシアがそれにあたります。

 英国もロシアも,それぞれの土地で「異なる民族の集団」が成立するのを後押ししました。

 アラブ世界に「ユダヤ人の国」をつくることを後押しする。一方でアラブ人の建国にも手を貸す。さらに,ほかの列強と談合してアラブ地域を支配する画策もする。それが,英国の行ったことです。

 ロシアはというと,ソ連の時代にはウクライナを支配・占領し,とくに東部には多くのロシア人が移住した。そのことで,ウクライナ東部は国内においてとくに「異質」な地域となった。

 そして,民族・コミュニティ間の「格差」の存在。

 ユダヤ人国家・イスラエルの繁栄と,アラブ人との格差。とくに難民化した人びとは苦しい生活を強いられている。
 ウクライナ東部は資源に恵まれ,全般に西部(首都がある)よりも豊か。だから東部としては独立したい。資源の生む利益を西部と分け合うのではなく,自分たちだけで使いたい。西部としては,そんなことは許せない。

 *** 

 このような歴史にかかわった当事者たちには,『虐殺器官』のジョン・ポールのような意図はなかったはずです。もちろん,「虐殺言語」のような「ひみつ道具」も持っていません。

 しかし,後知恵でうがった見方をすると,まるで「内戦や虐殺を起こすツボ」をおさえて意図的に行ったかのようです。それだけのひどい「結果」が出ています。

 つまり,意図しないで「虐殺を起こすひみつ道具」をふりまわすようなことを,人類は行ってきたのです。それは今も続いています。 
 その意味で,『虐殺器官』の世界は,やはり「絵空事」ではない。 

 ではどうしたらいいのか? 
 ここではとても論じきれません。

 とにかく,「格差をどう扱うか」ということはカギでしょう。

 でも,「格差をなくせ!」と叫べばいいわけではないはずです。
 かといって放置するわけでもない。
 
 格差のうまい扱い方をあみ出さないといけない。
 20世紀の社会主義の実験は「私有財産」を否定する方向でこの課題に挑みましたが,悲惨な結果におわりました。宿題は21世紀に残されたということです。
 
(以上)
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