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2014年08月02日 (土) | Edit |
 もう8月になりました。
 暑い日が続いて,たいへんですね。
 この1週間ほどは,生活や仕事のコンディションを整えようと,いろいろペースダウンしていました。
 ブログもお休みしておりましたが,再開です。
 「休んで,再開する」って,だいじなことだと思います。とくにブログでは。

 このところ月初めには,「今月の名言」というのを載せています。

【今月の名言】(そういちカレンダー2014より)

ぼくはきみの心のなかに実在している。
疑う必要はいっさいないさ。そうだろ。


岡本太郎(美術家,代表作「太陽の塔」「明日の神話」,1911~1996)

     君の心の中に

 今はもう会えない・大切なあの人も,私の心のなかに生きている。
 遠い時代のすばらしい人たちも,そう。

 8月はお盆で墓参りをしたり,終戦の日にさいして戦没者を悼んだり,亡くなった人のことを想う時期です。
 今回の名言は,それにちなんで。

 平野暁臣『岡本太郎』(PHP新書)の最後のページにこの言葉が掲げられていて,それで知りました。

 ***

 この言葉は,「亡くなった人を想う」だけでなく,「遠く離れていても」「今は会えなくても」という場合にもあてはまります。でも,「亡くなった人」の場合のほうが,しっくりくるように思います。

 岡本太郎は,私の年代(今40代後半)にとっては,子ども時代から「テレビにときどき出てくる,有名な芸術家の,ヘンなオジさん」としておなじみでした。でも,十数年前に亡くなりました。
 今回の「名言」は,「心のなかの岡本太郎」に話しかけられているような感じがします。

 岡本のような有名人は,簡単には死ねません。
 多くの人が,どこかで彼のことを想ったり,言及したりする。心のなかで「実在」し続ける。彼の作品や著作や映像をとおして,それが行われます。
 英雄や偉人やスターというのは,そういうもの。

 でも,ふつうの人たちだって,家族や友人がその人のことを,たまには思いだすものです。
 私も,3年ほど前に他界した父のことを,ときどき思います。
 母は,毎日のように思いだしているようです。

 妻は,子どものころいっしょに暮らしてかわいがってくれた,今は亡き田舎の祖父母(じっちゃん・ばっちゃん)のことを,しょっちゅう私に話します。飼っていた三毛猫のタマのことまで,よく話します。じっちゃん・ばっちゃん・タマは,彼女の心のなかに実在している。そうだろ。

 でも,いつか私の父のことも,じっちゃん・ばっちゃんのことも,思い出す人が誰もいなくなるときがくるでしょう。この人たちは,歴史に残る有名人ではないので,当人たちをじかに知る私たちが死んでしまえば,そうなる。

 そのときが,その人たちの「ほんとうの死」なのでしょう。
 でもそれまでは,私たちのなかに「実在」しているともいえるのです。
 
(以上) 
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