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2014年08月31日 (日) | Edit |
 8月も今日で終わり。
 8月は終戦の日にちなんで,戦争と平和のことを考える報道などに触れる機会が多い。そのなかで考えたことです。ほんとうはもっと早くアップすべきでしたが。

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 誰もが「平和は大切」というけど,戦争はなかなかなくなりません。
 それは,「平和」を求めるのと同じくらい強力な「正義」が,しばしば戦争と結びついているからです。
 何かというと,「世の中の不平等・格差を是正したい」という思いです。

 たとえば革命はしばしば内戦をともないます。そして革命とは,現存する「格差社会」をひっくりかえそうとする政治変革のことです。格差のピラミッドの頂点にいる人びとをひきずりおろす。そしてたいていは大義名分として「不当な格差を是正すること」をかかげます。

 あるいは,国際的なテロにかかわる勢力の多くは,欧米などの先進諸国と自分たちとのあいだの「格差」に怒っているのです。

 戦争(第二次世界大戦,太平洋戦争)の前夜である,1930年ころ(昭和戦前期)の日本は,今の日本よりもはるかに「格差社会」でした。

 当時の日本では,「成人人口の上位1%」にあたる高額所得者,つまりごくかぎられた富裕層が,全国民の所得の2割ほどを占めていました。この「上位1%シェア」は,今の日本(2010年ころ)だと,1割ほどです。

 しかも,その富裕層の所得の半分ほどは,金融資産からの利子・配当や,不動産からの地代・家賃などの,いわゆる「不労所得」でした。
 これに対し,今の日本の「上位1%」の所得では,不労所得は全体の1割ほどにしかすぎません。今の「上位1%」の所得の8割は給与所得です。つまり,不労所得ではなく,自ら働いて給与として得たものが,今の富裕層の所得のメインなのです。

 以上は『週刊エコノミスト』2014年8月12日・19日合併号の森口千晶(一橋大学経済研究所教授)のレポートによるものです。

 つまり,戦前の富裕層は,今よりも多くの富を独占し,しかもその富のおもな源泉は「不労所得」だったということです。
 
 そして,少数者がより多くの富を独占していたということは,貧しさにあえぐ多くの人たちがいたということ。
 たとえば,借金のカタに売られてしまう農家の少女がいる。
 農家の次男・三男にはうけ継ぐ田畑はなく,かといって都会に出ても職がなかなかみつからない。
 都会には,低い待遇でギリギリの生活をする給与生活者たちがいる。

 戦前の日本経済は未発達で,工場やオフィスで働く仕事はかぎられていました。「都会へ出れば何かの職がみつかる(それがあたりまえ)」というのは,戦後の高度成長以降のことです。

 戦前の日本は,一部の既得権を持つ人たちを除いて,生きるのが今よりもずっと大変だったのです。
 もちろん「今とくらべて」ということで,「さらに昔とくらべてどうか」ということはおいておきます。

 単純化していうと,少数の「持てる者」のほか,親からの田畑を引き継いだ者以外には,つねに「貧困」との闘いや「貧困」に落ち込むリスクが待っていたということ。
 その一方で,ばく大な「不労所得」で贅沢三昧をしている人びともいる。

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 このへんの,1930年(昭和5)ころの貧困・格差の問題と戦争の関係について,戦前を知るエコノミスト・下村治(1910~89)は,当時をふりかえって1960年代につぎのように述べています。

《当時の困難な社会,経済,政治の問題すべての根底のあったのは人口過剰という問題でした。(そういち注:ここでいう「人口過剰」とは,人びとに十分な職や富をいきわたらせることができないという「格差・貧困の問題」として理解するといいでしょう)》

《農村の生活水準の低さ,都市における失業問題,その失業者の帰農による生活困難の加重が,国民多数の心を圧迫した社会的,政治的な問題であり,そういう問題に押されて,歴史全体が思わざる方向に押し流されるという結果になったのです》

《つまり,当時の状況のもとでは,右と左を通じて,人口過剰の状態を,経済のメカニズムの中で内部的に解決することはできないと思ったわけです。資本主義体制を崩すことがその解決であると考えた人は左(社会主義的な方向)に行き,領土の狭いことが悪いのだと思った人は右(軍国主義的な方向)に走ったわけです。そして,この後者の考えがその後の日本の運命を決定的に左右することになったのです》


 下村は大蔵官僚出身で,池田勇人首相のブレーンとして活躍した人物です。この発言を私は原田泰『世相でたどる日本経済』(日経ビジネス文庫)で知ったのですが,戦前の社会の状況をじつに端的に述べていると思います。

 このような混迷の状態であれば,軍部が権力を握り,社会・経済を軍国主義的に統制していくという,一種の「革命」には,「正義」や「正当性」が生じてくるのでしょう。「不平等な格差社会を正す」という正義です。

 「こんな不平等な世の中,まちがっている!」という怒り,といってもいいでしょう。
 世の中を大きく変えることになる「戦争」を,歓迎する人もいたことでしょう。
 「日本の領土が大きくなったら,自分たちにも,何かいいことがあるのではないか」というわけです。

 そもそも,こうした「軍部による支配」をリードしたエリート軍人だって,戦前の「格差社会」のなかであえいでいました。
 つまり,昭和戦前期の若手・中堅の将校たちについて,「安月給の貧乏サラリーマンだった」という見方があります。

 この見方を,私は岩瀬彰『「月給百円」サラリーマン 戦前日本の「平和」な生活』(講談社現代新書)で知りました。
 岩瀬さんは,軍人の俸給一覧表や陸軍中尉の妻の手記などから,当時の将校たちの暮らしの厳しさについて述べています(あくまで「エリートの割には」という厳しさですが)。ある事例によれば,当時の将校は,同年代のエリート官僚とくらべて半分くらいの年収だったといいます。

 そして,岩瀬さんは「貧乏サラリーマンとしての軍人」という視点を,評論家の山本七平(1921~91)から得たのだそうです。山本の見方を岩瀬さんは,こう要約しています。

 《戦前の社会が軍人に対する見かけの尊敬を保ち,軍人にも高いプライドを維持させる一方で,待遇面では「明白な貧困が彼ら自身にあり,また彼らの目前にあった」という低レベルに放置していたことが,ニ・ニ六事件(日本が戦争への道を歩むひとつのきっかけになったクーデター事件)の青年将校始め軍人を心理的におかしくしていった要因のひとつ》

 なお,岩瀬さんの同書によれば,戦争に突入すると,軍人の給与・待遇は大幅に改善されたそうです。

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 「格差社会」への怒りが戦争を生んだ……少なくとも戦争へと国を導いたひとつの要素だとしたら,その結果はどうだったのか? 「格差の解消」という面でどうだったのか。

 最初のほうで引用した,森口教授のレポートを,またみてみましょう。
 
 終戦(1945年)を境に,「上位1%が社会の所得の2割を占める」という状態は崩壊します。
  「上位1%」が占めるシェアは,今よりも少ない8%程度になります。いっきょにそうなりました。

 富裕層の所得の大半を占めていた,利子・配当所得や,地代を中心とする不動産所得は,吹き飛んでしまいました。それらの所得のベースになっている,社会資本や土地への権利などが消えてしまったからです。戦災で失われたり,戦後の政治変革によって既得権が奪われたりした。

 敗戦の結果,戦争前夜に多くの人たちが苦しんだ「格差社会」は消滅したのです。

 ただし,その過程で何百万人もの日本人が亡くなったのでした。戦場となったアジア諸国にも多大な苦痛を与えました。

 「格差」への不満や怒りというのは,恐ろしいものなのだと思います。
 方向性をまちがうと,とんでもない負のエネルギーとなって社会に禍(わざわい)をもたらす面があるのではないか。戦前から戦争の時代にかけての日本の経験は,それをよく示しているように思います。

 それだけに「格差」の問題は,おろそかにはできない。
 この問題を,平和のうちに,民主的にうまく取り扱うことが必要です。
 これは,「民主的な意思決定による,課税と分配」によって行われることになるはずです。 (それ以外に何があるというのでしょう)

 でも,ほんとうにうまく扱えるのか?
 これについては,またいずれ。

(以上)
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