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2014年10月07日 (火) | Edit |
 もう1日の終わりですが,10月7日は物理学者ニールス・ボーアの誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西の偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。

 ボーアは20世紀の最も偉大な物理学者の1人。1922年にはノーベル賞も受賞しています。
 日本人3人のノーベル物理学賞受賞のニュースもありましたので,ちょうどいい機会です。

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ボーア

「大家」の義務

 「量子力学」の建設者,ニールス・ボーア(1885~1962 デンマーク)は,アインシュタインと並んで,20世紀を代表する物理学者です。
 研究業績は「同等」といってよい2人ですが,ボーアのほうがはるかにまさっていることがあります。
 それは,多くの弟子を育てたことです。
 アインシュタインは,ほとんど弟子をとりませんでした。一方,彼が所長をつとめるコペンハーゲン(デンマーク)の「ボーア研究所」には,世界中から物理学者が集まりました。そして,ボーアを中心にワイワイ議論しながら研究を進めました。そうして多くの人材が育っていったのです。
 20世紀なかばには,世界のおもな原子物理学者の何割かは「ボーアの弟子か孫弟子」という状況になっていました。「大家(たいか)」には,自分の仕事を進めるだけでなく,このように弟子を育てる義務があるのではないでしょうか。

西尾成子著『現代物理学の父ニールス・ボーア』(中公新書,1993)による。

【ニールス・ボーア】
現代物理学の重要な理論である量子力学(原子や素粒子などの,極小の世界の状態を説明する科学)の成立に大きく貢献した物理学者。ボーア研究所の自由な学風は,世界の物理学者に影響を与えた。
1885年10月7日生まれ 1962年11月18日没

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 「コペンハーゲンのボーア研究所に世界じゅうから科学者が集まって,ワイワイ議論した」と書きました。これはおもに1920~30年代のこと。

 当時のボーア研究所は,まさに黄金時代でした。そこには「コペンハーゲン精神」といわれる独特の雰囲気や文化がありました。ボーアが世界の科学者に示した,科学研究の精神です。

 それはある科学者によれば《要点として(1)別け隔てのない協力の精神,(2)型にはまらない自由な討議,(3)ゆとりとユーモアのある探究,といったところになる》のだそうです。(吉原賢二『科学に魅せられた日本人』岩波ジュニア新書)

 (1)~(3)とも,官僚的な組織が苦手なことばかりです。とくに「ゆとりとユーモア」は,大の苦手。

 ボーア研究所には,日本の若い科学者もやってきました。
 その1人で,のちに北大教授となった堀健夫(1900生まれ)は,ボーア研究所の様子をこうふり返っています。

《・・・ボーア研究所の雰囲気というのは,・・・日本における雰囲気とは全く違っておりました。コロキウム(討論)が盛んに行われるんですね。頻繁に行われる。何も日にちが決まっているわけじゃございません。誰かが話しをする新素材を持ち出したときは,直ぐボーア先生自身が・・・みんなを招集しておられました》

《また,その・・・議論の活発なことといったら・・・お互い無遠慮で,質疑・応答》


 「別け隔てのない精神」「型にはまらない自由な討議」ということです。
 そして,「ゆとりとユーモア」については,こんな話が。

《ボーア先生はいろんなことに知識の豊富な方で・・・例のツタンカーメンというエジプトの王様の墓の探検の話・・・一種の受け売りですけれども,とにかくおもしろおかしく我々に長い時間かけてその探検話をしてくださったのです》

《遊びの問題でも,いろんなことを我々に見せてくださった。例えばハンカチの両方を持って,これを離さないで結ぶことができるかという問題を出された。誰も考えつかない。そこで先生,こういうふうにして(腕をくんで)ハンカチの両端を・・・・・・そのほかいろんな遊びもやったことを覚えております》
(西尾成子『現代物理学の父 ニールス・ボーア』より)

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 ボーア研究所で学んだ日本人科学者の1人に,仁科芳雄(1890~1951)という人がいました。
 仁科は,「理化学研究所(理研)」の中心的な科学者の1人でした。
 理研は,大正期に民間主導で設立された科学研究機関です。とくに1920年代から30年代は,その黄金時代といっていいでしょう。

 仁科は,1920年代に欧米に留学し,1930年代以降は,理研のエースとして活躍しました。第二次大戦中には,陸軍の原爆開発の研究に携わり,終戦直後には理研の所長にもなっています。

   関連記事:理化学研究所のこと(STAP細胞のニュースに寄せて)

 当時の理研は,「コペンハーゲン精神の日本版」といえるところがあります。「本家」にはとても及びませんが,日本人がつくりあげた研究組織の傑作であり,「科学者の楽園」などといわれました。

 理研といえば,最近は「STAP」の件で注目されました。あれにかんする報道をみると,今の理研は「科学者の楽園」ということでもないようです。

 理研にかぎらず,現代の大きな研究所で「コペンハーゲン精神」というのは,非常にむずかしいことでしょう。
 その理想を維持していくことは,まず無理ではないかと。
 
 研究組織が「コペンハーゲン精神」にあふれたものであるためには,ボーアのようなリーダーが必要なのです。
 科学者としての圧倒的な実力を持ち,そして「コペンハーゲン精神」をつよく持っている人です。

 そのような人物が絶対的なリーダーであれば,そこに集まった人たちは,別け隔てなく自由な討議を行い,ゆとりやユーモアを忘れることもないでしょう。

 しかし,そんなリーダーはめったにいません。だから,コペンハーゲン精神はこの世界ではなかなか有力にならない・・・

 それとも,ボーア研究所の全盛期から100年近く経った今,コペンハーゲン精神は,少しはこの世界に浸透したのでしょうか? いくらかは浸透したのでしょうが,「まだまだ」という気がするのです・・・

 科学の世界だけではなく,「コペンハーゲン精神」的なものは,私たちの生活や職場のなかにもあっていいはずです。でもやはり,世間ではめったにみかけないものでしょう。だがしかし,自分のなかに少しでもこの「精神」を持っていたいものです。

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