2015年04月23日 (木) | Edit |
 前回の続きです。先週末,高校の先生方数名に招かれて,勉強会の講師を務めました。
 テーマは「これからの時代を生きるためのスキル・知識」。
 勉強会の背景や,参加者の方々の感想などについては,この記事のすぐ下の,前回の記事をご覧ください。

 また,前回の記事では,この時の勉強会でお配りしたレジメの前半を掲載しています。今回はその後半です。
 「本論」である,「8つのスキル・知識」についての説明です。

 「これからの時代を生きるためのスキル・知識」としてつぎの8つの項目があると,前回述べました。

 1.賢い機械=コンピュータといっしょに働くスキル
 2.読むための英語 ネットなどで英語の記事が読める
 3.実用的なわかりやすい文章が書ける
 4.制約のなかでも,生活を(それなりに)美しくできる
 5.お金(金融・会計)についての知識
 6.ざっくりと大きな流れを捉えた世界史  
 7.科学の本質についてのイメージ
 8.責任感のあるまじめさ・着実さ(基本的態度)


 1~4は「これができる」というスキル
 5~7は人生や社会について考えるための基礎知識(世界観のもとになる)
 8は基本的態度


 これらの項目は,
 ・抽象的・包括的になりすぎず,かといって細かくなりすぎず
 ・学校教育ではあまり力を入れていない
 ・しかし,適切なカリキュラムがあれば,原理的に習得可能(8.除く)
 ということを意識して打ち出しています。

 「抽象的・包括的になりすぎず」というのは,たとえば「生きる力」「問題解決力」「コミュニケーション力」みたいにならないように,ということ。
 
 そして,「この8つは大事だ」ということをお伝えする以上に,「考える刺激」にしていただければと思っています。自分なりに「これからの大事なスキル」のリストをつくってみるのもいいのでは。
  
 ***

勉強会「これからの時代を生きるためのスキルと知識」レジメ・続き

スキル・知識1 賢い機械=コンピュータといっしょに働くスキル

■3つのレベル
「英語」と並んで,このスキルが「大事だ」ということ自体は,誰も異論がないだろう。問題は,その内容をどうとらえるか。「コンピュータといっしょに働くスキル」には,つぎの3つのレベルがある。

 ①情報の消費のための端末を使える
 ②情報の生産・発信のための機器・システムを使える
 ③上記①②のシステムを作り出す・改善する・修理する


 多くのフツーの人に必要なのは,まず①で,それから②の初歩である。①は携帯やスマホやゲーム機を操作したり,パソコンでネット検索をしたりできること。②はおもにパソコンでワープロ・パワポ・DTPソフトのようなアプリケーションを使って,アウトプットができること。③は,ITの専門家・技術者の世界。 

■「②情報の生産」のスキルは自然には身につかない
 ときどき,これら(上記①~③)を混同している議論をみかける。例えば「今の若い人たちはゲーム機やスマホで慣れているから,ことさらにITの教育する必要はない」という意見もある。それでは②の教育はどうするのか? だからといって,コンピュータ言語などの③レベルが誰にも必要と考えるのは行きすぎ。

 ①は,今の時代はかなりの人が生活のなかで身につけている。しかし,自然に②を身につけているわけではない。大学生がワープロで作成した書類をみると,かなりの場合,基本操作ができていない。
 「コンピュータと働くスキル」とは,「コンピュータに手伝ってもらいつつ,コンピュータにはできない何かを行って成果を出せる」ということ。そこで,「コンピュータを補う何か」ができることが重要となる。


スキル・知識2 読むための英語

■興味のある分野の英文をなんとか読める
 「読む」「書く」「聞く」「話す」の全部をこなして英語でコミュニケーションするのは,たいへんハードルが高い。英語でのコミュニケーションのうち,最も初歩的で入りやすいのは「読む」こと。
 そして,英語を「読む」力は,今の時代はおおいに使いでがある。インターネットで大量の英文に手軽にアクセスできるようになったから。興味のある分野の記事をたどたどしくても読めたら楽しいし,世界が広がる。

 英語学習のとりあえずの目標は「興味のある分野に関する英文を,多少時間がかかっても読めるようになること」ではないか。もちろん,その先の英語力もあったほうがいいにきまっている。

■いろんなレベルなりに使える
 しかし,「とりあえずこれでいい」というレベルも自覚しておきたい。大事なのは,英語というのはいろんなレベルなりに「使える」ということである。就職の相談で「TOEIC600点じゃ,資格のうちに入らないのでは?」という話を聞くが,そんなことはない。たしかに「それでは足りない」という仕事はある。しかし,「600点でも(いや500点でも)とりあえずオーケー」という,英語を使う仕事もある。


スキル・知識3 実用的なわかりやすい文章が書ける

■重要なスキルなのに,実は学校では教えてくれない
 今の時代は,幅広い人たちが多くの文書を書くことを要求される。メールやSNSでのやり取り,就職活動,プレゼン,議事録,報告書,レジメ,レポート,システムに入力する記録……「実用的なわかりやすい文章が書ける」ことは,今の社会の重要なスキルになっている。しかし,実は学校教育ではあまり力を入れていない。

 国語や作文の授業は,あいかわらず「文芸」中心。ある種の凝った美文や芸術的な表現を追求することがメインで,「実用的でわかりやすい文章を書く」という視点は弱い。
 大学の授業で書かせるレポートも,「実用的な文章」のトレーニングにはなっていない。学術論文をお手本にしているせいではないか。学術論文というのは,多くの人からみれば,たいていはガチガチした読みにくい文章である。

■書くことが得意な人は少ない 
 書くことが得意な人は,じつは少ない。「パソコンが得意」「英語が得意」という人よりも少ないかもしれない。学校で「書くこと」の教育に力が入らない一因も,そこにある。「文章の書き方」を教えられる人が,教育現場にあまりいない。いたとしても,ほかのことで手一杯。

 数百~2000文字くらいの,一定のメッセージといくつかの情報で構成された,わかりやすい文章。それが不自由なく書けるとしたら,これから生きていくうえで,いろいろ得すること,楽しいことがあるだろう。書く力がアップすると,「読む」「聞く」「話す」も上手になる。


スキル・知識4 制約のなかでも,生活を(それなりに)美しくできる

■『暮しの手帖』を創刊した編集長・花森安治(1911~78)の言葉

 美しいものを見わける眼をもっている人は,どんなときでも,自分の暮らしを,それなりに美しくすることが出来る,幸せな人である。  
 (花森安治『灯をともす言葉』河出書房新社)

 これからの時代は,経済面などで多くの「制約」を抱えながら,しかし「美しい暮らしをしたい」という人が増えるのではないか。生活(衣食住)にかかわる,美しいもの,ステキなものについての情報が,世の中にはあふれている。私たちのデザインや美への感覚や欲求は,以前よりレベルアップしていくはず。

■価値観を柔軟にする
 しかし,経済の停滞や格差の拡大によって,思うような所得が得られない人も増えていく。だから,所得のなかで工夫することが大事になる。
 たとえば,ごく少ない・厳選されたモノだけで丁寧に暮らしていく。あるいは,以前は「つまらない」「安物」と思われていたようなものに,新たな価値や美を見出す。何がステキで良いものなのか,という価値観を柔軟にしていく。

 その対極が,ブランド好きのバブリーな価値観。これを追求するなら,少数の経済的成功者になることである。それができれば「バブリー」も楽しい。

 大事なのは,自分なりに「美しいものを見わける眼」である。それさえあれば,なんとかなる。しかし,学校教育は「暮らしを美しく」ということには,関心が薄い。政治家や官僚や企業の偉い人たちも,同様である(彼らの多くは仕事に忙しく,「毎日の・普通の暮らし」には無関心である)。


スキル・知識5 お金(金融・会計)についての知識

■「マネー教育」は必要だが
 従来の学校教育では,金融・会計についてはほとんど教えない。そこでいわゆる「マネー教育」の試みもある。しかしそれが,専門家(例えばファイナンシャル・プランナー)養成のミニチュア版だったり,「株式投資の模擬体験」に終始するような,応用的すぎるものであってはいけない。

 もっと根本的で,その重要性が広く認識されている知識があるので,それを教えるべき。例えば,「バランス・シートとは」「金融と実体経済の関係」といったことの基礎の基礎。それを学ぶことは結局,「企業とは何か」「経済とは何か」について知ることである。

■「金融」のパワーを理解する
 最近話題のトマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房,邦訳2014年)は,次のことを述べている。

・資本の成長率は,経済全般の成長率を上回る。このことは世界各国の長期統計から立証できる。
・そこで,富裕層に富が集中する「格差の拡大」は資本主義の必然であり,近年の世界的傾向となっている


 現代における「資本」とは,「金融資産(株・証券)」とほぼイコール。資本主義の経済は,金融資産を持つ者に有利にできている。今の世界で長者番付(資産ランキング)の上位を占めるのは,株式をおもな資産とする富豪である。

 ならば,普通の人たちもこのような「金融のパワー」を利用してよいのではないか。例えば,できる範囲で株式などの「成長が期待できる金融資産」に投資する。しかし,無知のまま投資を行うのは危険であり,勉強が必要。


スキル・知識6 ざっくりと大きな流れを捉えた世界史

■さまざまな文化を楽しむための基礎
 世界史の素養があると,この世のさまざまな文化や出来事を理解し味わう上で役に立つ。芸術に触れても海外旅行に行っても,多少の歴史的知識があれば,はるかに楽しめる。国際情勢に関するニュースを理解する上でも,世界史の知識は必須である。ニュースが理解できる,ということも人生を豊かにしてくれる。

 また,世界史をきちんと知ることで,社会全般についての見方も変わってくるはずだ。現代の(先進国における)政治・経済の制度が確立するまでの世界史の歩み。その困難な道のりについてイメージがあると,社会についてもっと建設的・現実的に判断できるようになるのではないか。
 つまり,現代社会の根幹をなす要素を根本から否定する,非現実的な思想(例えば「反科学」「無政府主義」)には,より懐疑的になるのではないか。

■世界史教育の混乱
 しかし,世界史教育は,あまりにも多くの国・地域やこまかな出来事について教えようとするあまり,混乱している。教えている先生でも消化しきれないくらいである。だから,読書家・勉強家のあいだでも,日本史に詳しい人はかなりいても,「世界史」に通じている人は少ない。

 これからの世界史教育では,教える内容を大胆に整理して,「ざっくりと大きな流れを捉える」ことをもっと大切にしていくべきである。


スキル・知識7 科学の本質についてのイメージ

■専門分化が進む科学の「本質」を押さえる
 科学の世界では今後,ますます専門分化や応用的な研究の蓄積が進むだろう。だから科学は,素人にはよりわかりにくい・近づき難いものになっていく。

 であればこそ,「科学的とはどういうことか」といった原点や本質を押さえることが必要である。そのためには,「現代の先端的な科学」を追いかけるのではなく,古典的・初歩的な科学について,まずしっかりと押さえること。それによって,「科学は仮説・実験を通して成立する」といった,科学の本質を知ることができる。

■「真理」についてのイメージ
 科学の本質がわかると,「真理とは何か」というイメージも明確になる。つまり「何が正しいか,真理であるか」は,仮説・実験によって初めて明らかになる,という感覚。これがあると,世の中に流布するさまざまなガセネタにひっかかりにくくなる。偏見や思い込みを持ちにくくなる。そのほうが,成功したり生きのびたりする可能性が高くなる。


スキル・知識8 責任感あるまじめさ・着実さ(基本的態度)

■「本当のまじめさ」が求められる
 これは「組織やシステムに守られるための免罪符」としてのまじめさではない。仕事の現場で,戦力として貢献するための「まじめさ」である。

 右肩あがりの,組織に余裕があった時代には,言われたことをこなし,決められたルールを守っていれば組織は評価してくれた。成果があがらなくても「決められた通りやっていたのだから…」という言い訳が通った。しかし,これからはますます組織に余裕がなくなり,本当の成果や貢献を,1人1人に求める傾向が一層強くなる。また,仕事がさらに複雑・高度になっていく。

 そこで,「責任感を持って,現場の問題に真剣に対処する」「コンスタントに着実に取り組む」という「本当のまじめさ」が重要になるだろう。

■優秀な看護師のような資質
 その「まじめさ」のイメージを,コーエンはこう述べている。

 労働市場で真面目さがとくに重んじられる業種が二つある。医療と個人向けサービスだ。医療の現場では医師以外のスタッフが大勢働いているが,そういう人たちは,きちんと手を洗い,カルテに正確に記載し,検査の数値を正しく読み取ってくれないと困る。要するに真面目でなくてはならない。(『大格差』39ページ)

 これは,いわば「優秀な看護師のようなまじめさ」である。「信頼できる人」「あてにできる人」といってもいい。このような資質は,昔から大切だとされていたが,これから一層価値を増すだろう。

 では,それをどうやって子どもや若者に身につけさせるのか? 管理や締めつけを厳しくすればいい,ということではない。本当の「まじめさ」は,やる気や志に支えられている。「締めつけ」では志は育たない。それを育てるのは,簡単ではないはずだ。

(以上)
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2015年04月20日 (月) | Edit |
 18日の土曜日に,ある勉強会で講師を務めました。
 このブログの読者の,学校の先生(40代男性)からお声がけをいただいたのです。
 その方はある地方都市の高校に勤務していて,地元の教員労働組合の分会の方々に「これからの時代を生きるためのスキルと知識」をテーマに話をして欲しい,とのことでした。このテーマは,当ブログで(未完ですが)何度か論じてきたもの。

 その先生によれば「これからの時代について考える機会が欲しい。そういう本質的なことを語りあう場がなかなかない」とのこと。そして「いろんな専門家が世の中にいるけど,近代社会の大きな流れから,それをふまえつつ団地リノベや〈ベランダでビール〉みたいなこまかいことまで論じているのが,そういちさんの特長だ」と言ってくださいました。

 以前から「講師いたします」の看板をかかげていた私にとって,願ってもない機会。よろこんでお引き受けしました。

 理科,社会,国語,情報,商業などさまざまな教科の先生方数名を前に,地元の商工会議所の一室で3時間ほどお話しをしてきました。年齢的には30~40代の,男女の方々の集まり。

 私がお話しするだけでなく,参加者の方々にもいろいろなご発言を発言いただきました。みなさま,長時間にわたる話に真剣に耳を傾けていただき,ありがとうございました。

 ***

 「これからの時代を生きるためのスキルと知識」という勉強会の内容ですが,こんなことです。

 技術革新や経済成長の停滞といった大きな流れのなかで,「格差」の広がりや,「中流」的なホワイトカラーの職の減少といったことがおきている。そのような時代では,たとえば「コンピュータと働くスキル」「実用的な文章力」「制約のなかで生活をそれなりに美しくできる」といった能力が重要になるだろう・・・

 今回お話しさせていただいて,こういうテーマは,やはり需要があると実感しました。

 「これからのたいへんな時代をどう生きるか」的な話は,昔からあります。でも,いよいよ本格的に「生き延びるには,どうしたらいいか」といった観点で,しっかりと考えていくべき時代になったのではないか・・・
 そんな感覚が,多くの人にあるのではないか。
 
 私の論じ方は,今回の主催者の方がおっしゃるように,扱う範囲が広いことが特徴です。話のレベル感もいろいろ。大上段な議論もあれば,身近な小さい話もある。
 これは話が散漫になる恐れもありますが,一方で「全体像」を描くうえでは役立つと思います。そして,個人にとってまずだいじなのは「全体像」ではないかと。人は生きるうえで,森羅万象のさまざまな面とかかわるのですから。

 この勉強会を通して,新たに考えたことがいくつかありますが,また別の機会に。
 今回の記事では,参加者の方々の感想と,勉強会でお配りしたレジメの前半をご紹介しておきます。
 
 ***
 
参加者の方々の感想

〇すごく作り込まれたレジメに本当に感動しました!  目の前の参加者の関心事に沿って話をしてくださったので,みなさん,自分のこととして脳ミソが働いたのではないかと思います。これはやっぱり(無料の)ブログでは得られません。私自身は 「〇○さんは自分の文章に自信を持っていい」とそういちさんに言われたことが一番の収穫でした。恥ずかしがらずに,格好つけずに,もっともっと文章を書こう!と思わせてくれました。面接などの就職指導のポイントを教えていただいたのも,いま悩んでいることだったので,本当に助かりました。

〇いま自分がやっていることに自信が持てず,毎日,自分は何をしているのか,何のためにこの仕事をしているのか,考えるだけで行動に移さない私にとって,そういちさんの講義は,自己目標設定の指標になる内容でした。行動に移せるように思えました。まずは8つのスキル・知識を私自身が身につけて・・・いや,真面目でありたいと思います。
                                                   
〇自分自身のテーマの一つが「イマドキの高校生が世の中の変化につぶされずにいかにやっていく方法をみにつけさせるか」ということなので,大変参考になりました。「教え込む」というより「気づかせる」というイメージでしょうか。
                                                    
〇大変興味深く聞かせていただきました。学校現場で日々悩むことが多く,なかなか本質的な話をする時間もありませんので,このような場をつくっていただいて,ありがとうございました。何を教えるべきか,どう教えるべきか,たくさんのヒントをいただいたと思います。また,今日は多くの本を紹介してくださいましたので,後日ぜひ読んでみたいと思います。
                                                 
***

勉強会でお配りしたレジメ(の前半)

これからの時代を生きるためのスキルと知識

講師:そういち
近代社会のしくみ研究家,キャリアカウンセラー。ブログ『団地の書斎から』主催。
著書に『自分で考えるための勉強法』『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァ―21刊,電子書籍)


1.タイラー・コーエン『大格差 機械の知能は仕事と所得をどう変えるか』

■賢い機械と働くことが得意か?
 「これからの時代を充実して生きるためのスキルと知識」を考える素材として,タイラー・コーエン『大格差』(NTT出版,邦訳2014年,原題「平均は終わった」)をとりあげる。
 テクノロジーの発達で,賢い機械(コンピュータ)が多くの人の職をおびやかしつつある。賢い機械にできる仕事の範囲は,これからもどんどん広がっていく。しかるべきスキルを持たない人は,就業の機会から締め出されてしまう時代がやってくるのではないか。コーエンはこう述べる。

あなたは,賢い機械と一緒に働くことが得意か,そうでないか?…あなたの技能がコンピューターを補完するものなら,あなたが職に就き,高い賃金を受け取れる確率は高い。しかし,あなたの技能がコンピューターを補完できなければ,見通しはおそらく暗い。将来は,ますます多くの働き手がこのいずれかに二分されるようになる。そう,平均は終わったのである。(同書6ページ)
 
 これからの技術革新の方向性と,それが未来の労働市場にどう影響をあたえるのか? 未来の労働市場で求められる資質は何か? 
     
大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか
(2014/09/11)
タイラー・コーエン

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■英語よりもお辞儀の仕方か? 
 この本を,先日友人に紹介した。高校の先生である彼が,つぎのように言っていたので,「これからの時代に子どもたちに何を教えたらいいか」を考えるうえで参考になると思ったのである。

私の同僚の若い英語の先生が,『英語なんてウチの生徒には役に立たない。社会で役立つ,お辞儀の仕方とか,礼儀やマナーをもっと教えないといけない』って言うんだよね。ちょっと理解できない…私は物理を教えているけど,教科をきちんと教えることは,これからの時代も意味があると思っている。(高校教師K・40代)

 私(そういち)も「英語よりもお辞儀の仕方だ」という考えには賛成しない。役に立たないのは「英語」そのものではなく,今の授業の英語なのかもしれない。英語の先生なら「目の前の生徒にとって役立つ英語は何か」を考えればいい。でも,「これからの時代を生きるために,教育で何を教えるべきか」について,これまでとはちがった考えが必要だという点には,かなり同意する。


2.これからの時代を生きるためのスキル・知識 一覧

 では「何が大事か」ということだが,その一覧を考えた。コーエンが『大格差』で述べていることと重なる部分もあるが,私なりの視点もある。

■これからの時代を生きるためのスキル・知識 8つ

 1.賢い機械=コンピュータといっしょに働くスキル
 2.読むための英語 ネットなどで英語の記事が読める
 3.実用的なわかりやすい文章が書ける
 4.制約のなかでも,生活を(それなりに)美しくできる
 5.お金(金融・会計)についての知識
 6.ざっくりと大きな流れを捉えた世界史  
 7.科学の本質についてのイメージ
 8.責任感のあるまじめさ・着実さ(基本的態度)


 1~4は「これができる」というスキル
 5~7は人生や社会について考えるための基礎知識(世界観のもとになる)
 8は基本的態度


 ※これらの項目の説明は,レジメの後半にある。次回の記事で掲載します。

 以上は,「生きる力」や「問題発見力」のような,広すぎる漠然とした概念にならないように,一定の具体性を備えるよう意識した。どれも原理的には,適切なカリキュラムを組めば,学校などで教えることができる(8.はやや難しいかもしれない)。

■このうち2つでも3つでも
 もし,「高いスキルをもった少数の人材」,つまり「エリート」をめざすなら,これではとうてい足りない。あるいは,それぞれの項目で本当に高いレベルを身につける必要がある。しかし,多くの人にとっては,この8項目のうち2つでも3つでもそれなりに身につければ,これからの時代を元気に生きるうえでおおいに役立つだろう。

 なのに,これらの項目の多くは,学校教育ではそれほど重視されていない。少なくとも,その重要性についてあいまいな言い方しかなされていない。あるいは,それぞれの項目で「大事なことは何か」について議論が混乱していたりする。「多くの人にとって必要なレベル」と「社会の先端を担う人材に必要なレベル」を混同していたりするのである。


3.「平均は貴重なものになった」という認識  

■「そこそこのホワイトカラー」が減っていく
 コーエンは「平均は終わった」と言う。未来において,世の中の働き手は,賢い機械(コンピュータ・人工知能)を補えるような高度のスキルや判断力を持つ少数派と,そうでない多数派に大きく分かれていく。「そうでない」人たちが,これまでのような「中流」でいられるだけの所得を得ることは難しくなる。

 近年の日本では技術革新(とくにIT関係)によって,従来の「中流」的な人たちのおもな職であった「そこそこのスキルで行う,そこそこ知的な感じのホワイトカラーの,安定した仕事」(そこそこのホワイトカラー)が減りつつある。

 これには,技術革新のほかに「経済成長の停滞」もかかわっている。経済の停滞が長く続けば,企業としては「比較的簡単な判断業務を行うだけの課長職」や「単純な事務処理をコツコツ行って年収数百万円の,正社員事務職」などを養う余裕はなくなる。さまざまな技術革新とあいまって,仕事の現場では「そこそこのホワイトカラー」を減らしてやっていくことが浸透してきた。

 それには「グローバル化の進展による競争の激化」も影響している。新興国の安価な製品に対抗するのに,生産性の低い高給のホワイトカラーを大勢かかえるわけにはいかない。

■「普通のOL」「公務員」になるのも,なかなか大変
 有名ではない中小企業の,おそらく若い女子を想定していると思われる「一般事務職」,つまり「普通のOL」の求人があったとする。それはたいてい「1人」「2人」の募集だが,そこに数十人以上の応募があることもしばしば。
 公務員をめざす若者も多い。公務員の世界には「そこそこのホワイトカラー」がまだまだ残っている。でも,これも今や難関。小さな市町村の役所に入るにしても,予備校通いをして筆記試験に合格し,相当な倍率の面接を突破しないといけない。

■これからも就職は「厳しい」
 これから,一定の好景気がやってくることもあるだろう。しかし,「ホワイトカラー」にとってのよき時代が再び訪れることはない。世の中の仕事の仕方が変わっていくからである。最近になって日本経済では一定の景気回復の兆しや雇用の改善がみられるが,事務系管理職などの「そこそこのホワイトカラー」の職は増えていない。

 これから当面の日本では,多少の「景気回復」があったとしても,「実感がない」と多くの人は言うはず。失業率や有効求人倍率などからみて「雇用の改善」があっても,人びとは「就職が厳しい」と言い続けるだろう。「かつての中流的な仕事や生活がなかなか得られない」ということであれば,そうなる。


4.「平均が貴重な時代」における対応の選択肢

■対応の仕方はいろいろある
 ことさらに危機感をあおったり,「こんな社会はまちがっている」とさかんに憂いたりするつもりはない。対応策はいろいろある。若い人ほど,選択肢の幅は広い。ここでは「政策」ではなく,あくまで「個人としての対応」に話をしぼる。

(対応の選択肢)
1.「少数の高いスキル」を持つ人になる。
 未来の労働市場が,少数の高いスキルを持つ人材とその他大勢に2極化するというなら,自分は「少数の高いスキルを持つ人」になれないだろうか? 具体的には,それぞれの分野で上位何パーセントかの人になるということ。若くて元気な人は,それを目指すことをまず考えればいい。これは「これからの労働市場」をふまえた「仕事論」において主流の考え方。
 
  これは気が進まない,あるいは「無理」という人は,以下の道がある。

2.「賢い機械が苦手な仕事で,人を雇う意欲のある分野」で少しでも納得のいく職をみつける。
 たとえばある種の接客・サービスなどは,このような分野にあたる。 

3.納得のいく職がどうしてもなければ,自分で「小商い」「スモールビジネス」を立ち上げる。
 自営業者になるということ。あるいは「将来,小さな起業をする」ことを意識して職を選ぶ。

4.「そこそこのホワイトカラー」として安定したいなら,今もそのような職がないわけではない。
 若い人は,それをめざすことも考えられる。ただし,それなりの戦略や努力が必要。今の親世代のように,漫然とした取り組みで「そこそこのホワイトカラー」になれると思わないこと。

5.中高年の人は,今現在「まあまあ納得」の安定した仕事があるなら,大切にしよう。

6.「一生真剣にやってきたい」ということがあり,それがなかなか職業や収入に結びつかないなら,「食えないアーティスト・文化人」として生きる道もある。

 今の社会はかなり豊かになったので,「食えないアーティスト」が貧乏しながら生きていく余地も,昔よりはある。でも,その道へ行くかどうか迷うようなら,やめたほうがいい。

■中流や平均を安易に求めない
 すべてに通じるのは「今までの中流や平均を安易に求めても,うまくいかないし,楽しくもない」ということ。「中流」や「平均」を求めてもいいが,「それは簡単ではない」というイメージを持ち,「それだけがあるべき姿だ」と考えないこと。「平均は終わった」とまではいかなくても,「平均は貴重なものになってきた」のである。その状況に適応することを,考えてみよう。村上龍のつぎの言葉は,参考になる。

…進路を考えるときに,どの方向が有利か,というような問いは,経済力や学力に恵まれた子どもや若者だけに許された限定的なものだ。だから,どの方向が有利か,ではなく,どうすれば一人で生きのびて行けるか,という問いに向き合う必要がある。(村上龍『13歳の進路』幻冬舎,5ページ)

(以上,つづく)
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2015年04月14日 (火) | Edit |
 今日4月14日は,ヘレン・ケラーの家庭教師アン・サリバンの誕生日です。
 そこで彼女の「四百文字の偉人伝」を。
 古今東西の偉人を,400文字程度で紹介するシリーズ。

 このシリーズは,単行本になっています。
 ディスカバー21という出版社から,電子書籍で出ているのです。
 100人余りの偉人の話が載っている本。

 偉人とは,私の定義では「それぞれの分野で著しい業績をあげ,歴史に名を残した人」のこと。「反面教師的に名を残した人」も含みます。

 電子書籍「四百文字の偉人伝」では,さまざまな価値ある仕事を成し遂げた人たちの様子や精神に,手軽に触れることができます。それぞれの偉人がかかわる,さまざまな世界への,ちょっとした入門にもなるでしょう。100余りの偉人の話に触れることで,「この世にはいろんなすばらしいもの,意義ある仕事,知るに値するものがあるんだ」という,視野の広がる感覚があるはずです。

 新年度がはじまったばかりの,「さあやるぞ!」という時期にぴったりかと思います。


四百文字の偉人伝四百文字の偉人伝
(2013/02/04)
秋田総一郎

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サリバン

その情熱が奇跡を育てた

 1歳のときの病気で視覚と聴覚を失いながら,高い教育を身につけたヘレン・ケラー(1880~1968 アメリカ)と,その家庭教師アン・サリバン(1866~1936 アメリカ)。2人については,ご存知の方も多いでしょう。
 障害のため何もわからず,わがままで手のつけられなかったヘレンと格闘し,人間として生きる基礎を教えたのはサリバン先生でした。
 では,6歳のヘレンにはじめて会ったとき,サリバン先生は何歳だったか知っていますか? 
 そのとき,彼女はまだ20歳でした。彼女は,貧しい家に生まれ,子どものときに失明寸前になって盲学校に通いました。のちに視力は回復し,学校を卒業すると,ヘレンの家庭教師として就職したのです。
 サリバン先生は,これといった学歴も経験もない「ふつうの女の子」だったのです。
 「先生」にあったのは,若さと情熱だけでした。でも,そのふつうの女の子の強い思いと行動が,「奇跡の人」を育てたのです。

瀬江千史著『育児の生理学』(現代社,1987)に教わった。このほか,サリバン著・槇恭子訳『ヘレン・ケラーはどう教育されたか』(明治図書,1973)による。

【アン・サリバン】
ヘレン・ケラーを育てた家庭教師。生涯ヘレンに付き添いながら,障害者への理解を訴える著述や講演を行った。ヘレンの自伝の翻訳には,『わたしの生涯』(岩崎武夫訳,角川文庫)などがある。
1866年4月14日生まれ 1936年10月20日没

     サリバン先生

(以上)
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2015年04月04日 (土) | Edit |
 ひさしぶりに経済のことについて書きます。
 アベノミクスで景気が今どうなっているのか,という話です。
(末尾に4月5日付記「安倍政権の目標について」もあります)

 アベノミクスが描いていたシナリオは,こんな感じでしょう。
 
 その1
 大規模な財政出動(公共事業など)で景気を刺激しつつ,
 金融緩和(金融の現場に大量のお金を送り込む)を行う。

 その2
 金融緩和は,株価の上昇や円安をもたらす(どうしてそうなるかは省略)。
 株価が上昇すれば,それで利益を得た人たちの財布のヒモは緩むだろう。

 その3
 円安は日本の輸出産業にとって有利に働くので,
 輸出増をもたらす(どうしてそうなるかは省略)。

 その4
 その後「成長戦略」もを打ち出していく(どんな戦略かは省略)。
 財政出動や金融緩和の効果とあいまって,企業の業績は改善する。

 その5
 業績が改善した企業は,今後のさらなる需要増も見越して,
 設備投資を増やすだろう。

 「もしも物価上昇が期待されれば,実質金利の低下が見込まれるので,
 借金をして設備投資をする意欲も高まる」という面もある(その説明も省略)。

 その6
 さらには雇用や賃金も増えて,家計も潤うはず。
 そうなると,多くの人たちが消費(買い物)を増やし,
 個人消費も伸びていく。


 個人消費はGDP(日本全体の総買い物額とイメージしましょう)の6割を占めています。
 つまりGDPの最も主要な部分。これが伸びて行けば,景気回復は軌道に乗ったといえます。「景気がいい」とは「GDPが順調に増えていく」ことです。

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 アベノミクスではまず「その1 大規模な財政出動と金融緩和」を行いました。
 そして「その2 株価上昇,円安」は現実になりました。
 株価上昇による利益を得た人やその周辺の羽振りがよくなる,ということも起こっています。

 しかし「その3 円安による輸出の増加」は,今のところ起きていません。
 少なくとも2014年いっぱいまでは,そうです。
 ただし,年末から今年にかけてわずかに輸出が増えているという統計も出ています。
 
 なぜ輸出がのびないのか?
 円安になると,円高のときよりも安い値段で輸出できるのに。安ければもっと売れるはずなのに。
 ひとことでいえば「日本の産業の活力が落ちている」ということなのかもしれません。

 ただし「日本の輸出は,今は高付加価値のものが中心で,そういう製品は価格の変動による影響を受けにくい(値段でなく品質・性能で売れているから)」という面を強調する専門家もいます。
 だとすると「日本の産業の高度化・成熟化」が,「円安でも輸出がのびない原因」ということになります。
 あるいは,「活力低下」と「高度化・成熟化」の両方の面があるのかもしれません。

 「その4 企業の業績回復」というのも,ある程度実現しています。
 大企業(資本金10億円以上)の経常利益の合計は,2年前とくらべて何割か増えています。

 問題は,そこから先です。
 「その5 設備投資の増」と「その6 雇用・賃金の増→個人消費増」は,ほぼ起こっていません。

 直近の「景気の底」といえる2012年10月~12月期と比較して,
 その後2年間のGDPのおもな項目の伸び率(年間あたり)は,つぎのとおりです。

 民間消費 マイナス0.01%
 民間設備投資 1.8%増
 公的資本形成(公共投資) 8.1%
 
 (日経新聞 2015年3月11日「経済教室」宮川努教授のレポートより)

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 「雇用・賃金の増加」については,去年の衆議院総選挙のころ,安倍総理が「この2年ほどで雇用が100万人以上増えた」と言っていました。たしかに,アベノミクス以降,求人の数は急速に増えました。
 しかし,増えたのはおもに非正社員の雇用です。正社員は十数万人減っているのです(ただし新卒などの若い人の求人では正社員ははっきりと増えている。しかし就職市場のほんの一部といえる)。
 さらに,増えた雇用の5割強は65歳以上の非正社員です。
 
 また,「増えた雇用がおもに非正社員」ということとも関連しますが,雇用者報酬(働く人たちが受け取る賃金の国全体の合計)は,増えていません。物価を計算にいれた「実質値」でみると,少し減っている。
 これでは消費に火は付かない。消費税を8%に上げたことや,一定の物価上昇という逆風もあれば,なおさらです。

 ただし,この2月には久々に非正社員が減り,正社員の伸びが大きかったという統計も出ています。人手不足の中,一部の企業で,スタッフの正社員化をすすめ人材を確保しよう,という動きもあります。これもまた一部の企業ですが,積極的な賃上げの動きもあります。また,さきほど述べたように「今年に入ってわずかに輸出が増えている」ということもあるわけです。

 まとめると,「この2年で,GDPの増加というかたちでの明確な景気回復はおきていない。しかし,一部に明るい兆しもある。だがしかし,それほど力強いものではなく,先行きは不透明」といったところでしょうか。「先行き」のカギとなるのは,多くの専門家がいうように,「設備投資」や「雇用・賃金」に火が付くかどうかということです。

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 つまり,現時点では企業はそれなりに利益をあげているのに,正社員の雇用を増やしたり,給料を上げたり,設備投資を積極的に行ったりということをしていないのです。もちろん,企業によってちがいますが,全体の傾向としてはそうなっている。
 そのぶん,企業は手持ちのお金(内部留保)を増やしています。

 どうしてそうなるのか。
 「グローバル経済のなかで新興国と競争するには,人件費を増やすわけにはいかない」「不透明な環境のなかでは,内部留保をしっかりと確保して,何かあったときに備えないといけない」等々の説明はできるでしょう。

 でも,根本にあるのは「リスクをとらない,安全志向」ということでしょう。
 人(とくに正社員)を増やすのも,設備投資をするのも,成長に向けてリスクを取ることです。
 それを回避して,現金や国債のような安全資産をため込もうとする。
 
 これは,ようするに「保身」ということです。
 企業の意思決定を担う人たちの保身。
 
 今の日本企業は,そういうスタンスの経営者や株主が主流であるということです。
 経営者側としては,「昔とは環境がちがう。今の時代の経営はむずかしいのだ」ということなのでしょう。
 たしかに,昔の右肩上がりのころとは環境が大きくちがいます。だから「今の経営者は無能だ」と決めつけるわけではありません。でも,「リスクが取れないでいる」というのは,現実だということです。

 企業のかじ取りをする人たちの「保身」の姿勢が,景気回復のボトルネック(妨げ)になっている。
 
 そう考えると,「景気回復が思うようにはすすまない」ことについて,「安倍政権がいけない」「政治がいけない」とばかり言えない気がするのです。
 企業の経営者やその周囲にいる,かなり大勢の人たちの意思やスタンスが,かかわっているのですから。
 
 「リスクを取らない経営者」を「それではダメだ,無責任だ」と批評することはできます。
 リーダーなんだから,リスクのある,大変なことに取り組んでもらわないと困ります。

 でも,「リスクを取りたがらない」のは,経営者だけの話ではないはずです。

 今の日本では,多くのふつうの人たちも,リスクを取るのはイヤなのだと思います。たとえば,若い人たちのあいだで公務員や公益法人が就職先として非常に人気が高かったりする。庶民がリスクを避けようとするのは当然ですが,その傾向が一層強まっているように,私は感じます。私たちの多くは,すでにかなりのいろいろな財産や権利や,あるいはそれらを手に入れる可能性を持っていて,そうした利益を失うことを恐れるようになっているのです。

 今の経営者の姿勢は,そんな日本人全体の様子を代表しているのかもしれません。

 「今の経営者はダメだ」というなら,私たちは自分の身近で「リスクをとって新しい何かに挑戦する人」がいたときに,応援しているでしょうか?
 じつは冷ややかにみていたり,非難や反対をしたりしていないでしょうか? 

 リーダーが選んだ「無難に,安全に」という路線を,私たちも支持していないでしょうか? 積極的に新しいことに挑戦する自分の会社の経営者を,「めんどくさい存在」として嫌っていないでしょうか? 
 そんなふうに,自問してしまうのです。

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(2015年4月5日付記・安倍政権の目標について)
 アベノミクスについて「大企業や金持ちに利益をもたらすばかりで,庶民の暮らしは悪化した。貧困や格差は拡大している。それがアベノミクス=安倍政権の本質であり,意図するところなのだ」という見方があります。「大企業や金持ち優先で,庶民・大衆はどうでもいい」のだと。

 それはちょっとちがうのでは,と私は思います。景気刺激などの経済政策は,たいていは大企業やお金持ちに有利に働きます。極端な社会福祉政策をとらず,自由主義的な経済運営のスタンスをとるなら,そうなるのです。資本主義というのは金持ちに有利にできています。そして「経済をうまく運営するには,基本的には自由主義しかない」という考えは,それなりに合理的で有力なものではないでしょうか? 私もその立場です。

 そして,安倍さんは「最初は大企業や金持ちに利益があるはずだが,それはやがて大衆にも波及するはずだ。アベノミクスによって,社会の多数派もハッピーになれるはずだ」と本気で思っているのではないかと,私はとらえています。
 
 なぜなら「大衆にも喜ばれる成果をあげること」が,彼の最終的な政治目標にとって,ぜひとも必要だからです。
 つまり,「憲法改正」を実現するには,大衆の圧倒的な支持が必要です。
 これまで以上に幅広い,深い支持が。

 そのためには,アベノミクスを成功させないといけない。圧倒的多数の人が「おかげで暮らしがよくなった,安倍さんに拍手!」と感じるようにならないといけない。

 人は,ときに不合理な目標を抱くこともあります。
 しかし,その目標を実現するための手段が,案外合理的であることも多いです。
 「憲法改正」という目標が「不合理」かどうかはおいておきますが,内外で反対の多い目標であることは事実です。
 安倍さんは,憲法改正という批判の多い最終目標を達成するために,「経済運営を成功させ,多くの人の暮らしを向上させる」という,じつにまっとうな中間目標を設定しているのだと思います。

 政治的な大目標を達成するために,経済政策を成功させる。

 そのようなケースで最も有名なのは,ヒトラーです。ヒトラーは大恐慌で混乱していたドイツ経済を,積極的な公共投資などで見事に立ち直らせ,失業を一掃したのでした。それが,ヒトラーの最初の大仕事でした。その成果をもとに,彼は独裁者としての地位を固め,侵略戦争を開始して,「ドイツによるヨーロッパ制覇」という,かねてからの大目標の実現に向け本格的に動き出したのです。ヒトラーは,政権の座につく以前には,経済政策にはあまり関心がなかったといいます。

 くれぐれも,安倍さんをヒトラーのようだと言っているのではありません。安倍さんは,もっと常識的な,現代日本の政治家です。でも,「自分の本来の政治目標を実現するために,手段として経済政策にまず力を入れる」ということが,有力な政治家の歩む道として,あるのだということです。

(以上) 
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