2016年06月29日 (水) | Edit |
 私たちは、ときどき「問題を一挙に解決したい」という思いにとらわれることがあるようです。
 「これを何とかすれば」というポイントがあって、それさえ片付ければすべてがすっきりする、と思い込んでしまうことがある。「一挙解決願望」とでもいいましょうか。

 たとえば「会社を辞めれば、すっきりするはずだ」「この人と別れれば自由になれる」などというのは、そんな願望の一種でしょう。 

 でも実際には、会社を辞めても、配偶者と別れても「一挙解決」とは程遠いことも多い。
 それどころか、辞めたり別れたりしたことの現実的なデメリット(たとえば経済的問題)が重くのしかかって、これまでとは違ったかたちであっても、やはり多くの苦しみを抱えたまま、ということになったり。こんなことなら、辞めるんじゃなかった、別れるんじゃなかった……

 じつは辞めたり別れたりする前に、もっとすべきことがある、というケースは多いはずです。

 会社で苦しみや不満があるなら、プライベートを充実できないか、会社の人間関係をもう少しどうにかできないかといったことです。劇的ではないけど現実的な対処を重ねて、いい方向にもっていけないものでしょうか?

 別の例だと、私は「団地の建替え」のことが浮かんできます。このブログは「団地の書斎から」というタイトルですが、団地暮らしの諸々のことも、テーマのひとつです。

 築30年、40年経った古い団地を壊して新しく建替える動きが、近年さかんです。
 その建替えには、住民の合意形成が必要です。その合意の根本にも「一挙解決願望」があるように思います。

 つまり、古い団地で暮らす人たちにとって、住居や暮らしのさまざまなことへの不満や倦怠感のようなものが蓄積されたとき、それを一挙に解決する方法として、建替えという選択肢が力を持つようになる。建替えてすべてを新しくすれば、さぞすっきりするにちがいない、自分の暮らしも生まれ変わるはずだと。
 
 しかし、私は実際に建替えた団地の事例をいくらか知っていますが、建替えによっても暮らしのいろんな問題は残ることが多いのです。
 
 たとえば「古い団地の我が家は、狭くてごちゃごちゃしていて、いやだ」と思っていた人が、建替え後の新しい住居でも「やっぱり狭くてごちゃごちゃしている」というケースは結構あります。建替えしても「一挙解決」とはいかなかったのです。それだったら、建替えで多大なエネルギーやコストを費やす前に、家の中を整理したり、ちょっとリフォームしたり、できることはあったはずなのです。

 たぶん、たいていの問題には、辞めたり別れたり建替えたりというような、取り返しのつかない劇的な手段を選ぶまえに、やってみるべき対処の仕方がいろいろあるのです。

 これは、英国での国民投票によるEU離脱のことを言っています。

 英国の人びとのあいだでは、ある種の「一挙解決願望」が大きな力を持っているのだと思います。
 移民さえいなければ、EUのさまざまな縛りさえなければ、いろんなことがよくなるはずだ。
 離脱してすっきりしよう。

 こういう思いを多くの人が抱いた結果が、今回の国民投票での選択だったのではないか。 

 でもおそらく、あとで英国民は「問題はちっとも一挙解決しない」ということに気がつくのではないでしょうか。
 そのときに、現実感覚で軌道修正できれば、まだいいでしょう。

 しかし、さらに極端に「一挙解決」を求める方向に行かないかという心配もあります。

 第一次世界大戦や第二次世界大戦は、「一挙解決願望」が暴発した、最大の事例です。

 このときは国民や指導者が、深刻な失業や不景気や、国際関係での緊張や苛立ちのような、さまざまな問題を「戦争」によって、いわば「世界をリセット」するような感じで一挙解決しようとしたのでした。このときには、たとえば「○○人さえいなければ、世の中はよくなる」的なメッセージが力を持ったのです。

 私たちは「一挙解決願望にご用心」ということを、ときどき思い出したほうがいいように思います。個人の小さなことでも、世界情勢についても。とくに、大統領選挙のときのアメリカ人には思い出してほしい。
 
(以上) 
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