2016年09月22日 (木) | Edit |
先週末にテレビをみていたら「○○に10万円あげたらこんな使い方された」(TBS)という番組をやっていて、ちらちらみてました。

「10万円あげるとしたら何をしますか」と、街角でいろんな人に聞いてみる。
多くの人は、旅行に行く、貯金する、何かの足しにしたい、などという。でも、おもしろい使いみちを考えている人がいたら、10万円をあげてそれを実行してもらう。

番組のなかでは数名の10万円をゲットした人が登場しました。

とくにおもしろかったのは、ベトナム人の、電気の通っていない村に住む若いお父さん。

その人は、ソーラーパネルと扇風機を買いました。LED照明とバッテリーはもっていたけど、不調で使いものにならなくなっていた。ソーラーパネルによって、LED照明も復活。ささやかだけど、10万円で電気のあるくらしを実現した、というもの。

途上国だと、そういうニーズや発想があるんだな。それに今の技術だと、10万円でパーソナルなかたちで「電気のあるくらし」を実現できる、というのもおもしろいと思いました。

ベトナムでは、ほかに「子どもの学費の足しに」とか「牛を2頭買う」と答えた人もいました。「自分より貧しい人にあげちゃう」なんて人もいました。

日本のケースだと、北海道の羅臼(らうす)という昆布の名産地に住む30代女性のケースが印象的でした。「地元の人も滅多に口にできない、最高級の昆布をたくさん買って、それを使った料理をお世話になった町の人にふるまう」というのです。この人は数年前に札幌から羅臼に移り住んだのです。

「自宅のアパートでプロジェクションマッピングをする(そのための機材を買う)」という東大生のケースも、なかなかおもしろかったです。

10万円あると、いろいろおもしろいことができるわけです。
ベトナムだと、10万円は日本の数十万円かそれ以上の重みがあるでしょうが。

そういえば私も、数万円から10万円で、旅行やふつうの買い物ではない、ちょっと楽しいことをしたことがあります。
「こども文庫」「家庭文庫」みたいなものをつくったのです。

妻が雑居ビルの1室を借りて小さな書道教室をしています。
その部屋に小さな本棚をしつらえ、子どもや大人が楽しめる本を並べたのです。メインの本棚は知人の建築家(寺林省二さん)がDIYでつくって寄贈してくださった。これを「そういち文庫」と名付けました。

そういち文庫の蔵書は、今は100数十冊といったところ。
すでに持っていた本を並べたりもしましたが、100冊くらいは新たに買ったでしょうか。ブックオフなどで安く買ったものもありますが、新刊を買ったものも多いです。少しづつ買い足して、今までで10万まではいかないけど、何万円か費やしました。

そういち文庫の本は、書道塾の大人や子どもの生徒さん(合計で20数人)が借りていきます。

文庫を開設したのは2015年3月でしたが、ついこのあいだ貸出ノート(ふつうの学習ノート)の1冊目がいっぱいになったので、2冊目のノートをつくりました。そういち文庫はそれなりに繁盛しています。これは、本好きとってなかなか楽しい遊びです。

 2015年8月のそういち文庫・本を増やした

 そういち文庫で本を読む帽子の子

「子ども文庫」「家庭文庫」を自分でやってみたい、でも今の私の経済力では無理、いつか将来は、みたいなことを述べているのを、インターネット上でみかけたことがあります。

たしかにそれぞれの事情というのはあるでしょうが、でも、とりあえずの「文庫」をつくるのは、たぶん数万円あればできるのです。今「数万円」がなかったとしても、貯めることのできない金額ではない。問題は「お金がない」ということとは、少しちがうような気がします。

私たちは「もっとお金があったら、○万円くらい手元にあったら、こんな夢を実現したい」と、ときどき考えます。
しかしその夢は、もともとイメージしているよりも、ずっと少ない金額でどうにかなるのかもしれない。

そんな発想はやはり大事なのでしょう。

たとえばこんなこともありました。
グレーザーというアメリカの物理学者は、1950年代に、素粒子研究に使う画期的な観測装置のアイデアを思いついたのですが、研究予算がなかった(大学などの理解を得られなかった)。そこで、自宅にあった古いラジオの部品などで、それなりの装置を組み立てました。そして、それを出発とした研究は高く評価されて、1960年にはノーベル賞を受賞したのでした。

やっぱり、「今はお金がないから、何もできない」というのは、もったいない考えではないかと。
もしも今手元に1万円しかないなら、それで何かできないか。

***

などと偉そうに書きましたが、これから私は10万円くらい使って妻と2人で小旅行に行ってきます。
おいしいものを食べたり、ごくありきたりなお金の使い方をしてきます。

行ってまいります。

***

最近本を出しました。

中心の移り変わりから読む 一気にわかる世界史(日本実業出版社刊)←こちらをクリック

2016年09月18日 (日) | Edit |
私は、世界史の本を書いたりもしていますが、この数年の生業(ナリワイ)は若い人向けのキャリア・カウンセラーです。就活にかかわる「最前線の現場」に多く接してきた、という自負があります。

とくに、中堅・中小企業の就職については、多くの求人などの具体的な情報をふまえた知識と経験があると思っています。ここは、大企業中心の今の「就活談義」のなかでは、手薄になっているところ。そして、社会の広い範囲や職業全体のなかでそれらの求人・仕事を位置づけることを意識してきました。それが、私の特長ではないかと。

また、私は自分のことを「社会のしくみ研究家」と称しています。世界史の本を書くのも、この社会、とくに「近代社会」というものをつかむための大事な作業のひとつです。

もちろんその「研究」は、私たちが生きてくうえで判断の役に立つ実用的・現実的なものでありたい。つまり、現場感覚を大切にしたい。しかし、単なるノウハウではないものをめざしています。

中心の移り変わりから読む 一気にわかる世界史(日本実業出版社刊)←最近出した本。こちらをクリック

  一気にわかる世界史・表紙

先日、就活生(就職活動をしている学生・それに近い年齢の若者)の親世代の方と、仕事を離れた場所で話しをしていて、「就職活動や、若手の社会人として活躍する基礎として、役に立つ資格は?」ということを聞かれました。

学生さんなどの多くの若い人には、もしも資格の勉強をするならば、つぎの3つをとくにおすすめします。

1.日商簿記3級
2.TOEIC500か英検2級、できたらTOEIC600
3.自動車免許(オートマ限定でよい)

あとは、資格ではありませんが、4.基本的なパソコンのスキル

ワードでレポートを作成したり、ちょっとした案内やチラシをつくれたりする。エクセルで簡単な表やグラフがつくれる。パワポで一応の資料がつくれる、といった程度。苦手な人も、できれば最低そのくらいは。もちろん、得意な人はパソコンやITのスキルはどんどん伸ばしておきましょう。会社ではすごく重宝します。

これは文系・理系、男女を問いません。もちろん理系・技術系の人は、専門の勉強が何より大事ですし、文系の人も自分の専攻をしっかりやればいいのですが、それ以外で何かというのなら、ということ。

なーんだ、と思うかもしれません。
そんなレベルはとっくに超えている、という人もいるでしょうが、そういう方はもちろんさらに上を目指してもらえば。

でも、この3つをもっている人は、どのくらいいるでしょうか?
私のみてきた範囲でも、「3つ」を全部もっている就活生の人は少ないです。

英語をよく勉強して、TOEICもかなりのスコアである人がいても、その人が簿記の資格も持っていることは少ない。逆に簿記2級やFP(ファイナンシャル・プランナー)の資格を持っている人が、「英語の勉強には手が回りませんでした」ということも多い。

それから、自動車免許をもっていない学生さんも結構います。都会の人はとくにそうです。男子でも少なくない。今の親世代の若いころのような車への強い関心やあこがれが、今の若い世代にはないのです。都会だと、交通機関も発達しているので、生活上の切実な必要もない。

上記の3つの資格+基礎的パソコンスキルは、今の社会で「よき働き手」になるうえで役立つものです。

たとえば簿記の知識は、会社のお金の動き(会計)を理解するための基礎です。
また、会社だけでなく、個人の家計や政府の財政も「簿記」をベースに理解することができます。

***

英語の有効性は、いうまでもないでしょう。
ここでいいたいのは、「まずは英検2級やTOEIC500を」ということ。

「そんなレベルでは、英語ができるうちには入らない」という話を、多くの人は聞いているはずです。「TOEIC500」じゃなくて、700でも800でも、「そんなものは通用しない」みたいに述べているのを、私も見聞きしたことがあります。

そのような「エリート志向」な話は、まずは忘れましょう。

だいじなのは、「社会・ビジネスで求められる英語にもいろいろなレベルがある」ということ。

国際会議で同時通訳をするための英語と、海外でそれなりの商談をまとめてくるという英語はレベルがちがいます。もちろん、前者よりも後者のほうが易しいです(でも、相当な高いレベル)。

そして、「海外の決まった取引先と、比較的定型的なメールや電話でコンタクトをとる」(たとえば海外取引における「営業事務」「貿易事務」などの仕事)「限られたシチュエーションで案内や接客をする」(海外からの客が多いホテル、店舗などのスタッフ)といった英語もあるわけです。これは「海外で商談をまとめる」よりも易しい。

こういう「比較的易しい英語の仕事」で新卒を採用する場合には、多くの会社が求める一応の英語力はTOEIC500~600といったところ。それに相当するものとして英検2級でも可、ということ。

それだけでは仕事の現場では通用しないだろうけど、かまわない。足りないところは、あとでおぼえてもらえばいい。そんなふうに企業は考えます。

また、「海外で営業することもあるから、英語がまったくの苦手では困る。でも、入社時にTOEICで最低600くらいあれば、あとは人物しだいだ」という会社もあります。

「海外ではある種の行動力や対応力が求められるので、その適性のほうが英語ができることよりも大事。英語は仕事をしながら向上させればいい」ということです。ただし、海外営業を前提にした採用だと「人物優先だが、TOEIC700くらいはあったほうがいい」という会社も多いですが。

この「海外営業」の話は、おもに中堅・中小企業の新卒採用でのことです。大手人気企業で英語がかかわる就職では、また話がちがってきます。TOEICでいえばもっとスコアの高い人がたくさん受けるので、「必要な英語力」の相場が上がってしまうのです。

しかしそこでも「一定の英語力は求めるが、それよりも人物重視」ということは、同じです。

大事なのは、「大手人気企業に入社したい」という就活生たちの「必要な英語力」の話に惑わされないことです。

くりかえしますが、「社会で求められる・使える英語には、いろんなレベルがある」ということ。
その下限の目安が「TOEIC500」「英検2級」ということです。

正確にいうと、「そのくらいの資格があれば、あとは現場での経験や個人の努力でなんとかなるだろう」と、仕事の内容によっては企業はみてくれる、ということです。

別の言い方をすると、「私は英語がまったくの苦手というわけではありません」ということを、そのようなスコアや資格で一応は証明できる、ということです。

***

自動車免許については、「仕事で必要なのか?」と聞かれたこともあります。
いわゆる「ガテン系」の仕事であれば当然必要だろうが、自分はホワイトカラー系の仕事を志望している、それなら車の運転は関係ないのでは?そう思う人もいるようです。

たしかに大企業のホワイトカラーの仕事なら、そうなのです。でも、中堅・中小企業の場合、営業職(ホワイトカラーの一種)はお客さんのところへ自分で会社の車を運転して行くことが多いです。その車に商品や見本などをのせていくこともよくある。業界を問わず、そうなのです。エンジニアや事務職(たとえば総務や経理など)でも、運転しなくてはいけないことがあります。

だから中堅・中小企業の場合、新卒の採用条件に「自動車免許」とあることは、少なくありません。

「自分で車を運転して、移動できる」というのは、「会計の書類が読める」「英語ができる」「パソコンが使える」というのと並んで、現代人としての重要なスキルです。

ただ、大企業だと自社や取引先がアクセスの便利な場所に多かったり、車を運転してくれる関係者が周囲にいたり、タクシーをひんぱんに使えたり、といった条件に恵まれていることが多い。だから、自動車免許が必須ということにはならないのです。しかし、中堅・中小企業はそういう環境ではない、ということ。

***

ここでの話のすべてにつながるのは、「大企業志向の就活でいわれていることに惑わされない」という点です。
別のいいかたをすると「エリートぶる、つまり見栄をはるのはやめる」「エリートぶっている人の話に惑わされない」ということ。

これは、「高いレベルで社会で活躍する」ということを否定しているのではありません。

「エリートぶっている」のではなく、ほんとうにいわゆる「エリート」の立場にいる人をみると、意外とベーシックな重要な知識の勉強を大事にしています。

たとえば、私の知り合いに科学技術行政にかかわる「キャリア官僚」の人がいましたが、文系なので自然科学の知識が弱かった。その人は若手のころ、科学の勉強をするために高校の理科の参考書を持ち歩いて必死に読んでいました。

その手のエリートといえば、最近読んだ金融・経済関係の本『真説 経済・金融の仕組み』の著者・横山昭雄さんは、名門国立大学出の元日銀マンで、米イェール大で修士号も得ている人です。その人が、本の「あとがき」でこんなことを述べています。

《最後に、もしもこの書を手に取っていただいている貴方が、学生あるいは社会人生活の新人であるなら、今のうちに、是非とも複式簿記の手法をマスターされること(とりあえず、日商簿記3級の資格をとっておかれること)を強くお勧めする。それは社会現象を・・・捉えるための素晴らしい技術である》

エリート日銀マンも、最初は簿記3級の勉強からはじめたのです。商業高校の生徒と同じようなテキストで勉強していた。あたりまえといえばあたりまえのこと。

そして、エコノミストとして日本経済を論じた本書(『真説 経済・金融の仕組み』)でも、金融の仕組みを説明・分析するための道具として「3級」レベルの複式簿記は、重要なもの道具として使われています。

私も、資格はもっていないけど、若いころなどに少しだけ簿記の勉強をしたので、この本の議論に一応ついていくことができました。そして、この本から「多くのエコノミスト・経済学者があいまいにしている大事な視点を得ることができた」と感じています。簿記はやはり「社会現象を捉えるための素晴らしい道具」です。

「エリート」さんも、高校の参考書や簿記3級のテキストで勉強しているのです。
多くの若い人が「簿記3級」「TOEIC500」をめざす勉強をするのは、じつにまっとうなこと。

たとえばTOEICが900の人でも、簿記を知らないなら、3級のテキストで勉強をはじめたらいい、と思うのです。
900のスコアをさらにアップするために英語を勉強するよりも、そのほうが全体的な能力の向上になるかも。

そのレベルをすでに超えているならともかく、そこにまだ達していないなら、そこからはじめる。
しっかりやれば、見返りは多いはずです。

***

以上は、ほかの資格の勉強を否定しているのではありません。
したい勉強があり、その分野に定評のある資格があるなら、どんどんやればいいと思います。

ただ「新卒の就職」という目的で、「費用対効果」や「汎用性(広く役立つ)」「多くの人に到達可能」「座学や教習所で誰でも学べる」ということならば、簿記3級、TOEIC500か英検2級、自動車免許の3点セットは、とくにおすすめです。

ただし、「資格勉強で得たスキル」が就職活動での企業側の評価に占める比重は、それほど大きくない、ということも事実です。

それよりも、いわゆるコミュニケーションの力とか、面接などで表現される「人柄」的なものなどの、ややつかみどころのない部分が大きく作用します。その問題には、ここでは立ち入りません。そのような「つかみどころのない部分」以外で、何か資格勉強をするならということで、今回は3つの資格のことを述べました。

また、あくまで新卒(大学、短大などの卒業年次か、卒業後2~3年くらい)の就職活動においてである、ということも念をおしておきます。「中途採用」「社会人経験者」の世界では、またちがってきます。また、くりかえしますが理系・技術系の場合は、専攻の勉強が何よりもまず重視されるわけです。

それでもこの3つの資格については、やはり学んで損はありません。もう若くない人であっても、です。その後の人生で、ほぼそのままスキルとして役立ったり、さらにレベルアップする基礎になったり、「学んでよかった」という可能性がとくに高いのです。

(以上)
関連記事
2016年09月10日 (土) | Edit |
この2、3回のブログにも書いたとおり、つい最近世界史の本を出版しました(『中心の移り変わりで読む 一気わかる世界史』日本実業出版社)。その作業の追い込みのこの何か月かは、世界史関係以外の本を読むことが減っていました。

しかし、このところは世界史以外の本を、以前に読んだものも含め、たて続けに読んでいます。これが楽しい。おもに、現代日本の社会・経済にかかわる本。

たとえば、吉川洋『人口と日本経済 長寿、イノベーション、経済成長』(中公新書、2016)、村上由美子『武器としての人口減社会 国際比較統計でわかる日本の強さ』(光文社新書、2016)を読みました。

どちらの本も「少子高齢化時代の日本、その中長期の未来」を考えるというもので、よく読まれているようです。

このほか、数か月前に読んで今回読み返した、橘木俊詔『日本人と経済 労働・生活の視点から』(東洋経済新報社、2015)にも、共通の問題意識があります。

吉川『人口と日本経済』の最もおもな主張は、「人口が減っても、その国の豊かさに深くかかわる1人あたりGDPが向上できればいい」「1人あたりGDPを向上させるのはイノベーション(技術革新やすぐれた新企画で画期的な製品やサービスを生みだすこと)。イノベーションこそがカギだ」ということです。

こういう主張は「あたりまえ」といえば「あたりまえ」なのですが、著者はケインズ経済学の研究などで知られる有名な学者。そういう権威がていねいにさまざまな経済統計を示し、マルサスやケインズのような古典的な大学者の言説も引用しつつ述べているので、「説得力や厚み」を読者は感じるのだと思います。「やっぱりそうだよね」と、再確認ができる。

村上『武器としての人口減少社会』も、「イノベーションこそが重要」という基本的な考え方に立っていると思います。

『人口と日本経済』との関連で本書を読むならば、イノベーションを起こし、そこから産業・経済を発展させるうえで有利なさまざまな条件を、日本人や日本社会が持っている、と述べています。そのことを、さまざまな国際比較統計などを用いて論じている。著者は大手の外資系証券会社を経て、現在はOECD(経済協力開発機構)の東京センター長を務める、とのこと。

一方、橘木『日本人と経済』は、やや関心が異なります。橘木さんは、小泉政権のころ(2000年ころ)「現代の日本で格差が広がっている」という分析が大きな話題となった、やはり有名な経済学者です(『日本の経済格差 所得と資産から考える』岩波新書、1998など)。

橘木さんのほかの本もあわせて読むと、橘木さんは「日本経済がイノベーションでさらにおおいに発展する」ことが可能だとも、またその方向の取り組みがとくに重要だとも考えていないようです。「格差」の分析を重要なテーマにしてきた学者としては、そうなるのでしょう。

「少子高齢化と日本の未来」に関し、橘木さんがとくに関心を持つのは、「日本がどんな福祉や社会保障の国となるべきか」ということ。つまり「成長」ではなく「分配」の問題。この本はおもに日本経済史について述べていますが、最後のほうの未来への展望を述べたところで、そのへんの議論が出てきます。

その選択肢は大きく3つある、と橘木さんは言います。①ヨーロッパ型の福祉国家、②アメリカ型の低福祉の自由主義国家、③家族や地域社会が福祉を担う、かつての「美しい日本」の在り方を再構築する。

今の日本は、①~③のどれにも明確に属さない、中途半端なかたちのようです。日本の福祉・社会保障の政策は場当たり的で、きちんとした構想に基づく制度の構築がなされてこなかったところがあるのです。

橘木さんがおしているのは、①福祉国家です。③「美しい日本」的な方向は、一部の「保守」が主張しているが、橘木さんによれば現実的ではない。ただし、福祉国家にも北欧型の「高負担・高福祉」もあれば、ドイツ・フランスのような「中負担・中福祉」もある。おそらく「中負担・中福祉」が現実的であろう、と。

また、北欧の経済をみるかぎり、福祉の充実がイノベーションを阻害することはないはずだ、とも橘木さんは述べています。

***

以上の3冊はあわせて読むと、「日本の中長期の未来」を考えるうえで意味のある視点や情報をいろいろと得られると思います。1冊だけでもいいのですが、「あわせて読む」のが、とくにおすすめです。

3人の著者は、それぞれ考えや関心がちがいます。しかし、どの人もペラペラの情報や言説を流すのとは異なる、「知識人」と呼ぶに値する人たちだと感じます。とくに、専門知識をしっかりと持つ知識人。どうせなら、そういう人の書いた本をちゃんと読んだうえで、社会のことを考えたいと思います。

この中の誰かの見解に全面的に賛成でなくてもいいのです。じっさい私はそうです。でも読むことで、自分も考えることができる。それが読書の最大の意義です。

では「私は何を考えたか」というと、特別にオリジナルなことを思いついたわけではありません。でも、今回ここでまとめたような「視点」を得たわけです。これは、今後の読書はもちろん、さらには自分の行動にも一定の影響をあたえるでしょう。それなりの「問いかけ」が私のアタマにできた、あるいは再確認された、ということ。

「これからの日本人に、ほんとうにイノベーションが実現できるのか?そのような活力がまだあるのだろうか?」「日本人は、①福祉国家、②アメリカ的自由主義、③美しい日本的社会のうち、どれを選択するたろうか?」「ほんとうにほかに選択肢はないのか?」「いや、選択肢を明確にもできないまま、このままズルズルいかないだろうか?」

「悪いシナリオで、イノベーションによる成長も、きちんとした福祉国家の構築もすすまなかった場合もありうる。そんな場合にそなえ、個人として何をしておけばいいのだろうか」……たとえば、そんなことを考えるわけです。

そして、アメリカ自由主義的な「自助努力」の発想で、個人として経済力を高めなくては、と考えたりする。あるいは、家族やそのほかの人間的なつながりをしっかりしていくことも大事だ、とか。やはりどちらも大事ではある。そうだとしたら、何をする……そんなふうに考えたのでした。

***

中心の移り変わりから読む 一気にわかる世界史←こちらをクリック

(以上)
関連記事
2016年09月04日 (日) | Edit |
つい先日発売した、私の著書

中心の移り変わりから読む 一気にわかる世界史←こちらをクリック
(日本実業出版社)

に対し、さっそく読者の方から感想をいただきました。
京都府の宮木新平さんからの感想です。昨日、メールをいただきました。

(宮木さんからの感想)
おようございます。そういちさんの本をゆっくりと読み進めています。今朝,ちょうど半分くらいの所まで来ました。知識と学力の不足している私でも大丈夫みたいです。

読み終わってからなんて言っていると,書きそびれてしまうかもしれないので中間報告的に,思いつたことを書いておきます。

一般的に知識が豊富にある著者は,ついつい細部にわたって知っていることを余さず書いてしまいたいものなのでしょう。しかし,この本はその辺りをぐっと我慢して,素人の気持ちをそらさない用に気を使って書いてくださっているのが伝わってきます。

高校の世界史の授業をイヤイヤやり過ごしていたけど,もう一度学び直してみたいという好奇心の残っている中高年の読者の期待にこたえる内容ですね。

そして,今現役の高校生で世界史の授業や教科書にうんざりしている人たちの向学心をよみがえらせるのにも役立ちそうです。そう言えば,緑と黒のインクを使った二色刷りのレイアウトも何となく学習参考書を意識したつくりになっているみたいですね。


たしかに、「書き込みすぎない」「初心者にとって読むのがイヤにならない情報量」というのは、つよく意識したところです。
たとえば、古代ギリシア史の有名な戦争で「ペルシア戦争」というのがありますが、それについての本書『一気にわかる世界史』の記述は、こうです。

 紀元前400年代(2500~2400年前)には、アテネを中心とするポリスの連合軍が、当時の世界で最大の国だったアケメネス朝ペルシアと戦争して勝利しています。「ペルシア戦争」です。
 といっても、ペルシアを征服したのではなく、攻めてきたペルシア軍をいくつかの合戦で撃退した、というものですが、当時のギリシアの勢いを示しています。
(57ページ)


ここは、教科書や一般的な概説書なら、この戦争の経緯や背景・個々の戦闘の経緯などまで書くわけです。しかし、それを行いながら「通史(太古から現代までを通した歴史)」を書くとなると、とにかく長くなってしまう。多くの年号や名称も出てくることになります。「歴史好き」はそれでいいのですが、そうでない人は疲れてしまう。情報量が多すぎて、全体像がみえなくなってしまう。

だから、本書では上記のような書き方の密度で「通史」を展開していきます。
簡潔すぎてもの足りないという面は当然あるでしょう。
しかし、まずは世界史の骨格・全体像を伝えることが、本書の目的です。

「全体像がみえてくる」「みえてきた感じがする」ことは、宮木さんがいわれる「向学心」のベースになるはず。
つまり「世界史って、知る価値があるんだな」という気持ちにつながるのではないかと。

本書を読んでくださった方、ぜひ感想をお寄せだください。
あるいはご質問も。本ブログでお答えします。
(このブログでご紹介する場合、ご希望や許可がないかぎりは、匿名です)

 ***

昨日、新宿の西口にあるブックファースト新宿店に立ち寄りました。
新宿は私にとって最も身近な繁華街で、その中でもよく行く本屋さん。
大きくて、しかも本のディスプレーや並べ方も新鮮な、刺激やたのしさにあふれた書店です。

「私の本が並んでないかな」と思って入ったのです。
そうしたら、ありました。それも、その書棚ではかなり目立つかたちで。
お店の「Bゾーン」という一画の「世界史概説」の棚。
(お店の方にお声がけして撮らせてもらいました)

 ブックファースト新宿店にて 
 書店に並ぶ『一気わかる世界史』

 『一気にわかる世界史』が並ぶ棚

表紙がみえる3冊のうち、まん中の「一気にわかる世界史」が、私の本。
この分野では実績のある著者(神野正史さん)の新著や、最近の世界史本のベストセラー(角田陽一郎さんの著作)と並んでいます。かけ出しの著者としては、ありがたい光景。

(以上)  
関連記事