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2020年05月12日 (火) | Edit |
今日5月12日は、フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910 イギリス)の誕生日だ。しかも生誕200年。コロナ禍の今、人びとの命と健康を守るために多くの仕事をした彼女のことを、ぜひ取りあげたい。(このブログでは過去にも取りあげたことがあるが、あらためて)

ナイチンゲールは何をした人だったのか? 多くの人を救った立派な看護師? 

それはまちがいではないが、不十分な答えだ。

ナイチンゲールは、看護という専門分野の確立者である。彼女以前には、看護という仕事は、専門知識や高いスキルを要するとは思われていなかった。「誰でもてきる」と誤解されていた。しかし、彼女が看護の現場でリーダーとして活躍し、さまざまな改革を行い、看護師を養成する学校を立ち上げ、当局や世論に働きかけたことによって、変わった。

ナイチンゲールが有名になったのは、クリミア戦争(イギリス・トルコなどとロシアの戦争、1853~1856)で、イギリス軍の野戦病院の看護婦長として活躍したときからである。当時の彼女は30代半ば。

彼女が派遣される前、スクタリ(戦場となったトルコの地名)の野戦病院の管理・運営はガタガタだった。不衛生な環境に多くの傷病兵が詰め込まれ、薬品その他の医療物資が不足していた。食事の質にも問題があった。このため、病院内では「本来は死なずにすんだはずの患者」が、おおぜい亡くなっていた。

彼女は病院の管理体制を立て直して、多くの兵士の命を救ったのである。彼女が率いる看護師チームは、病院内を清掃し、寝具や衣類を清潔に保ち、さまざまな医療物資を調達し、食事を改善した。この改革を、私たちが一般に「看護師の仕事」と思う患者のケアを行いながら、すすめていった。

しかし、この「立て直し」は、戦いの連続だった。イギリス陸軍という官僚機構との戦いである。

当初、陸軍当局は病院の管理に問題が生じていることを認めようとはしなかった。「物資は十分に行きわたっている」と言い張った。現場から「もっと物資を」と訴えても、積極的に動こうとはしなかった。いざ何かを調達するとなっても、陸軍の部署間のさまざまな調整や手続きが煩雑で、なかなか進まない。ナイチンゲールたちを敵視する、反改革派の妨害もあった。ナイチンゲールを誹謗中傷するウソだらけの「秘密報告書」が出回った。

しかし、新聞の現地取材や報道によって、世間は野戦病院のひどい状況を知るようになった。ナイチンゲールたちが求めるさまざまな救援物資を送るための「基金」がつくられ、多くの資金が集まった。ナイチンゲールも、いろいろ手配をして独自に物資を調達した。彼女は上流階級の出身で、政界や実業界に少数派ではあるが支援者がいたので、そういうことができたのだ。

しかし、そうやって寄せられた物資を、陸軍の官僚たち(一部の軍医も含む)は活用することを拒んだ。「物資は足りている」と言ってきた自分たちの体面を気にしたのである。せっかく届いた物資(栄養補給のためのライム果汁)が、1か月間まったく支給されないまま、ということもあった。これは、ライム果汁が「支給規則」のなかの項目に含まれていないためだった……

以上はほんの序の口である。ナイチンゲールのクリミア戦争における活躍では、切迫した現場での「腐敗し、硬直化した官僚機構との戦い」が延々と続く。

それでも、あの手この手でなんとか戦いを続けて、彼女は成果をあげていった。たんに「戦う」だけでなく、現場の医師たちとの信頼関係構築には、気を配った。現場での取り組みのほかに、政府高官の支援者と連携して、世論に訴えるさまざまなキャンペーンや権力者への根回しも行った。

また、環境の変化と死亡率の相関関係など、現場で起きていることの統計的分析にも力を入れている。のちに彼女は野戦病院の状況について、数値やグラフを駆使した詳細な報告書を作成・公表している。彼女は、こうした統計研究の先駆者でもある。

ナイチンゲールは、「白衣の天使」という表現などではとてもおさまらない、ものすごい人だった。今の世界には、「ナイチンゲール」がもっと必要なのかもしれない。

ただし、それは命がけの現場で献身的に働く医療・看護のスタッフという意味での「ナイチンゲール」ではないのだろう。そのような現場を支えるために戦う指導者としてのナイチンゲール、ということだ。

だから、医療従事者に限らず、政治家や官僚やそのほかのリーダー的な人が「ナイチンゲール」にぜひなってほしいし、誰かがならないといけない。そういうリーダーがいたら、私たちはぜひ応援していこう。でも、どこにいるのだろう?きっと、社会のあちこちのどこかで戦っているはずなのだが……

(以上)

参考文献
板倉聖宣,松野修編著『社会の発明発見物語』仮説社(1998)、長島伸一著『ナイチンゲール』岩波ジュニア新書(1993)、多尾清子著『統計学者としてのナイチンゲール』医学書院(1991)
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