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2013年05月01日 (水) | Edit |
前回,ヒトラーの「四百文字の偉人伝」だったので,ドイツの歴史の話を少し。

ヒトラー(1889~1945)という独裁者は,「ワイマール憲法」という憲法のもとで登場しました。この憲法は,はきわめて民主的な内容です。つまり,「国民が主人公」という考え方を徹底しているのです。この憲法では,国民投票や大統領公選のように,「国民が主体となって直接決める」ということが重要な位置をしめていました。

そこで,「民主的な憲法のもとであのような独裁が生まれたのはなぜか?」ということが,よく問題とされてきました。

それを考えるために,第二次世界大戦後のドイツの憲法の話をしましょう。これから述べるように,戦後のドイツ(西ドイツ)の憲法は,「成功」事例です。これと「失敗」事例であるワイマール憲法を比較するのです。
 
第二次世界大戦で敗れたドイツは,「西ドイツ」「東ドイツ」に分割されました。そして,「西ドイツ」は「自由主義」の陣営に,「東ドイツ」は「社会主義」の陣営に属することになりました。

その後1990年に東西ドイツが合併し,現在にいたっています。東ドイツの社会主義体制が崩壊したため,西ドイツに吸収合併されたといっていいでしょう。

戦後の西ドイツは,敗戦の焼け跡から,みごとな復興をとげ,発展していきました。

その西ドイツでは,1949年に新たな憲法である「ボン基本法」が制定され,その体制下で復興はすすめられたのです。

ワイマール憲法が,「独裁と戦争を生んだ」という意味で失敗におわったのに対し,ボン基本法は,戦後西ドイツの「復興と繁栄」に寄与したということで,「成功だった」といえるでしょう。

しかもそれは期待を大幅に上回る成功でした。

ボン基本法への期待が低かったことは,その名称にもあらわれています。つまり,「憲法」ではなく「基本法」というのです。

これは,敗戦でボロボロになった状態で,アメリカなどに押しつけられたさまざまな制約のもとでつくった,暫定的な「憲法みたいなもの」というニュアンスをこめているのです。

ところがこの「基本法」はうまく機能したわけです。1990年のドイツ統一後も,新しい憲法は制定されず,ボン基本法は「全ドイツの憲法」として,今も生きています。

なぜうまくいったのか? これについてセバスチャン・ハフナー(1907~1999)というドイツの歴史家がつぎのように述べています(『ドイツ現代史の正しい見方』草思社,瀬野文教訳)。

 (2つの憲法の)もっとも単純で決定的な違いはこうだ。つまりワイマール憲法を構築した人たちは楽天家であり,これに対して,(ボン)基本法の産みの親たちは悲観主義だったことである。……
 ワイマール憲法は,国民発案,国民表決を基本とし,大統領を国民投票で選び,国会も容易に解散することができた。つまり有権者の理性と責任に対してかぎりない信頼を置いたものだった。
 これに対して基本法の精神は,人間不信に貫かれていた。というのも,基本法の起草者たちはみないわば「大やけどした子供たち」だったからで,彼らは有権者の気分がいかに移ろいやすく,惑わされやすいものであるか,デモクラシーというものが制約のないデモクラシーによっていかにたやすく破滅の道を突き進んでしまうものか,わが身を通してよくわかっていた。
 
 …ワイマール憲法というのは,国民が惑わされることのない民主主義者で,分別ある模範的な市民であることを前提につくられていた。基本法は,たとえ惑わされやすく過ちの多い,不完全な人間のもとでも,ちゃんと機能する民主憲法であらんとし(てつくられていた)。


ハフナーのこのくだりを読んで思うのは,日本国憲法のことです。

ボン基本法と同じく,敗戦の焼け跡のなかで作られた憲法。日本もまた,この憲法のもとで復興・発展したのです。そして,やはり同じように,そこにはいっしゅの「人間不信」がある。

つまり,日本国憲法にも「惑われやすく過ちの多い,不完全な人間のもとでも,民主主義の体制が崩壊しないように」というスタンスがつよくあります。

たとえばよく議論されることですが,「憲法改正が制度的に非常にむずかしい」といったことがあるのです。

また,近年「ねじれ国会」のもとでクローズアップされましたが,「参議院の拒否権がつよく,衆議院の決定権に大きな制約がある」といったこともあります。

つまり,国のありかた・方針を決めるいろんな局面で,「行きすぎないように」という「ブレーキ」がセットされているのです。

日本国憲法をつくった人たちもまた「大やけどした子供たち」だったのではないでしょうか。でも,その「人間不信」は,戦後の日本の民主主義にとって重要な意味を持ったのかもしれません。

今日から5月。もうすぐ憲法記念日ということもあって,憲法のことをすこし考えてみました。
 
(以上)

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コメント
この記事へのコメント
日本国憲法が「人間不信」から生まれたという指摘はなるほどなと思いました。理想主義でけしからんという議論がありますが、
その裏には容易に人間を信用しない,権力の暴走を防ぐ仕組みがほどこされているんですね。確かに民主主義は突っ走ることが起こりえますから。
2013/05/07(Tue) 22:23 | URL  | 前田一幸 #-[ 編集]
 権力の暴走を防ぐ「仕組み」を意図的にほどこした,というのではなく,国じゅうが焼野原になるという,とんでもない現実を前にして,やむにやまれず「人間不信」なスタンスになってしまったように思えます。
 民主主義を高らかにうたいながらも,じつは民主主義と,それを担う国民を信頼していないところがあるのが,日本国憲法の特徴ではないかと思います。
 それはそれでよいのだとは思います。前田さんのいわれるように,民主主義は突っ走るところがあるのですから。でも,そこには社会を硬直化させる副作用もあるかもしれません。
2013/05/08(Wed) 21:35 | URL  | そういち #-[ 編集]
しかしボン基本法は50回近く改正されていると聞きます。
それも最初の改正は朝鮮戦争の頃、再軍備を認めるかどうか。
極東の遠い他人事の話を、彼等は自分達の問題として捉えることができた。
ドイツは大火傷をして人間不信に陥っても、決して前向きに生きることを放棄しなかったのです。

翻って日本はどうでしょう?
朝鮮戦争だの竹島問題だのと自分達が火の粉をかぶっている真っ最中だったというのに、
憲法改正の論議どころか再軍備すらごまかしと辻褄合わせで進めるしかなかった。
その後も何度も何度も機会はあったにもかかわらず、66年間思考停止したまま試行錯誤を放棄し続けてきたのです。

同じ人間不信でも、社交的なドイツと引き籠もりの日本とでは天と地ほども違いますよ。
あげくには改正のハードルを下げるハメに陥るなんて、日本人は自分達の力では憲法の改正もできないガキだと証明されてしまったようなものです。
マッカーサーは「日本民主主義の成熟度は12歳程度だ」と言ったらしいが、これは言われても仕方がなかったという事なんでしょうね。
2013/05/25(Sat) 09:17 | URL  | トール #-[ 編集]
Re: タイトルなし
 こんにちは。日本国憲法にかんしては,やや「子供っぽい(「引き籠り」的といってもいい)人間不信」があるように,私も思います。国としてのいろんな意思決定に「ブレーキ」を効かせすぎているところがある。非行をした「12歳」の少年を,いろんな規則や監視でしばって,2度と問題を起こさないように…という感じです。民主主義の理想をうたっているようにみえて,じつはあまり民主主義を信じていない。そのほうが,人権を守れると考えている。その方針が有効な時代もあったのでしょう。でも,そういうレベルは,そろそろ卒業してもいいのかもしれません。 
2013/05/25(Sat) 11:01 | URL  | そういち #-[ 編集]
ならどうやって民主主義が成熟できるのでしょうか。
民主主義がまだ成熟していなければ,どうやってそれをつくりあげていけるのでしょうか?なかなか悩みますね。
2013/07/31(Wed) 21:52 | URL  | 数雪 #-[ 編集]
Re: ならどうやって民主主義が成熟できるのでしょうか。
数雪さん,コメントありがとうございます。私は,日本の政治や民主主義は,問題だらけではあるけれど,また少しずつではあるけれど,前進はしていると思います。「政権交代」ということも,1990年代以降,3回はあったのです(93年細川連立内閣,2009年民主党,2012年また自民党に)。その都度,期待したり失望したりしてきましたが,そうやって経験していくうちに成熟していくのではないかと思います。あるいは,「ボン基本法」などということをテーマにした(この)ブログの記事を,「フツーの人」である私たちが書いたり読んだりしている,というのにも,時代の「前進」のようなことを感じます…
2013/08/01(Thu) 07:26 | URL  | そういち #-[ 編集]
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