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2013年05月11日 (土) | Edit |
1か月ほど前(4月14日,日曜日)の日経新聞の1面トップの見出しは,つぎのとおりでした。

景気 動き出す歯車
消費先行,投資カギ


この記事のリード文(要約)は,こう。

景気が浮揚してきた。円安・株高を好感して消費者は財布のヒモを緩め,企業は生産を増やし始めた。金融緩和,財政支出,成長戦略を柱とする安倍晋三政権の経済政策(アベノミクス)で成長力が高まると投資家は期待する。ただ,回復の持続力への懸念で企業は国内で雇用や投資を増やすことにまだ慎重だ。デフレ脱却に向けて超えるべきハードルは幾つもある。

このような状況は,今現在も続いているといえるでしょう。

アベノミクスの政策の柱はつぎの3つです。「三本の矢」などといっています。その目的は,「景気浮揚」にほかなりません。

1.金融緩和。経済の中で動くお金の量を増やす。
2.財政支出。公共事業を増やす。
3.成長戦略。政府が主導する産業・経済の活性化策。中身はまだはっきりしない。

このなかで,「目玉」といえるのは,1.金融緩和です。

「経済の中で動くお金の量を増やす」といっても,ほんとうはもっと説明が必要ですが,今回はいい加減にすませます。これはより具体的にいえば,「日本銀行が,銀行などの金融機関が持つ国債をより多く買い取るなどして,金融機関の手持ちの資金量を増やす」ことをさしています。ここで「お金」というのは,「現金・預金と,それに近い金融資産」のこと。なにかを買うときの支払い手段として,すぐに使える資産のことです。

そして,銀行などで手持ちのお金が増えれば,それがなんらかの形で経済の現場に流れていくだろう,と考えます。それが経済を活性化させるはずだ,と。

じつは,このような「金融緩和」は,これまでにも行われてきました。けれど,それをもっと大々的にやろう,というのがアベノミクスの主張です。そして,そういう考えの人を日銀総裁に据えました。

***

では,経済の中で動くお金の量が増えると,なんで経済が活性化するのか?

これについては,「マネタリズム」という,経済学上の考え方があります。それが,アベノミクスの金融緩和政策の理論的なバックボーンです(私はこれに疑問を持っていますが,とりあえず,この説の立場で説明していきます)。

そのキーワードは,「期待(予想)」です。

経済の中で動くお金の量が増えることで,人びと(消費者・企業)が,「将来は物価が上がるのでは」と期待・予想するはずだ。金融緩和によって,そういう認識を生み出す働きかけを行うのだ。

そんなふうに考えます。ではなぜ,金融緩和が「将来は物価が上がる」という予想を生むのでしょうか?

これは,「貨幣数量説」という考えに基づくものです。貨幣数量説とは,「物価水準は,(究極的には)経済全体で流通する貨幣の量で決まる」という理論です。流通するお金の量が増えれば,それは物価全般の水準を押し上げていく。

たとえば,国全体で100兆円の貨幣が流通していたとして,それが200兆円に増えれば,あらゆるモノの物価は上がるはずだ(どういう速度やプロセスで増やすかによって,どの程度上がるかは変わってくる)。

こういう考えは,いかにも原理的で,たしかな真理のようにも思われます。そして,かなり古くから主張されていました。1700年代の哲学者ヒュームの主張が,その「古典」です。

そして,「世の中全体も,この原理にもとづいて未来を予想するだろう」というのがマネタリズムの前提です。つまり,「世の中で流通する貨幣の量が増えていくので,これから物価は上がるだろう」と,多くの人が予想・期待するはずだと。

すると,どうなるか。「物価が上がる前に,買うべきものは買っておこう」と考え,行動しはじめるだろう。

個人なら,自動車や家などの大きな買い物を今のうちに。企業なら,設備投資を今のうちに。

こういうことが起こりはじめると,経済は動きだす。景気が浮揚してくる。そうなると,さらに人びとは「物価上昇」がおこるという予想を強めるだろう。そして,さらに「今のうちに買っておこう」ということになる……

経済の中のお金の量の増加 ⇒ 人々が物価上昇を予想 ⇒ 買い物・投資を前倒し ⇒ 経済活性化

金融緩和がどう景気浮揚に結びつくか,その「マネタリズム」的説明は,おおざっぱにはこんなところです。

でもこの説明は,私は正直いってよくわかりません。多くの疑問があります(その疑問については今回は立ち入りません)。
 
そういうと,こう思う人もいるかもしれません。
 
「でも,アベノミクスで金融緩和することになって,これからどこまで続くかはともかく,とりあえず景気がよくなってきたんでしょう?だったら,そのマネタリズムとか貨幣数量説とかの考え方が正しかったということなんじゃないの?」

たしかにアベノミクス以降,景気は上向いてきました。そして,それが「金融緩和」と結びついている,少なくとも「政府が金融緩和を強く打ち出した」ことと結びついているのは,私も認めます。

でも,金融緩和の政策が影響をあたえたのは,今のところ,広い範囲の人びとの「物価にたいする予想」ではありません。アベノミクスにいちはやく反応したのは,株式市場や為替市場などで取引をする人たちでした。
 
こういう「市場」に参加する人たちの感覚は,世の中の多数派とはちがいます。ある種の「雰囲気」とか,政権のメッセージなどに,敏感に反応するところがあります。

また,誰かが反応すると,それにすぐに追従したがるということもあります。要するに「ブームに乗りやすい」「付和雷同」なのです。

そういう「市場」参加者の「予想・期待」を動かすことには,アベノミクスはかなり成功したようです。金融緩和は,最近の円安を生みだしました(なぜそうなるのかのしくみについては,今回は省略)。

円安は,日本の株式市場で重要な位置を占める(日本企業の「顔」のような存在),大手輸出企業の業績を好転させました。円安は輸出企業に有利に働きます(このあたりも,今回は説明は省略)。

また一方で,金融緩和は最近の(日本の市場での)株高も生みだしました。そこには,円安によって輸出企業の業績が改善される見通しがでてきたことがあるでしょう。

しかしそれだけではなく,もっと抽象的な「期待」が,株式市場で生まれたということもあるでしょう。最近の日本の株高は,安倍政権の成立前後からはじまっています。

株価の上昇は,「資産効果」ということにつながっていきます。株式などの資産価格の上昇が,消費をうながすのです。

つまり,値上がりした株を売って儲けた人,売ってないけど値上がりで儲けた気分になった人の財布のヒモを緩めます。それが,消費拡大のきっかけになります。最近も,高級ブランド品や億ションなどがよく売れているといいます。

社会の一部であっても,景気よく買い物する人が出てくれば,より広い範囲の人の心理にも影響をあたえます。多くの人たちの財布のヒモも,いくらか緩んできます。居酒屋でちょっと高いメニューの売れ行きがよくなったりするのです。
 
以上のようなことが,今の日本の経済でおこっているようです。

そして,こういう「景気浮揚」は,アベノミクスが頼りにする経済理論(マネタリズム)の説明とちがうのでは,と思うのです。少なくとも,マネタリズムが最も強調しているロジック(人びとの物価に対する「予想」への働きかけ)とはちがうのではないか。

***

「アベノミクスで景気は良くなるか?」ということを,人と話すことがありました。よくある世間話です。

私の今の時点の考えは「その可能性は相当にある。でも,景気が良くなったとしても,アベノミクスが支えにしている経済理論の想定とはだいぶちがったかたちになるのでは?」ということです。

でも,経済政策ってそんなもんじゃないでしょうか。

つまり,経済学というのは,まだまだあやしいのです。自然科学のようなレベルにはいっていません。経済学者のあいだでは,物理学者や化学者の世界のような,共通基盤となる理論や前提が確立していません。

経済政策を決めるうえで導きの糸となる,確実な理論は存在しないのです。それが言い過ぎなら,確かなものはごくわずかだ,ということです。

だから,政府は「景気を良くするために,効きそうなことは,あれこれやってみる」というスタンスでもいいと思います。

アベノミクスは,一応それをやっています。たとえば,「金融緩和」の一方で,「財政支出(公共事業)」もやるというのです。公共事業に力を入れるのは,ケインズ政策的な発想です。つまり,「金融緩和」を重視するマネタリズムの経済学とは異なる学派の発想なのです。

こういう「効きそうなことは,いろいろやる」という政策をみていると,私は昔のある「実験」を思い出します。それは,1700~1800年代の「壊血病」の克服をめぐる研究です(以下,楽知ん研究所の吉村烈さんの科学史研究レポートを参照しました)。

壊血病は,ビタミンCの不足が原因で発生する病気です。身体のあちこちで内出血が起こったり,歯が抜けたりします。重症になると,死んでしまうことも多く,恐れられていました。

壊血病は船乗りに多い病気でした。新鮮な食べ物(とくに野菜・果物類)が不足しがちだからです。でも,今では常識である「ビタミン」などにかんする栄養学説は,当時はまったく成立していませんでした。そして,確かな理論のないまま,さまざまな治療・予防が試みられていました。

では,どんな「試み」がなされていたのでしょうか。たとえば「レモンを与える」「サイダーを与える」「硫酸エレキサーというものを与える」「海水を飲ませる」等々です。

そのなかでも,「レモン」の有効性はかなり確認されていました。でもレモンの何が効くのかについては,説が入り乱れていました。「レモンの酸が効く」という説も有力でしたが,「じゃあ酢はなんで効かない?」といった反論がありました。

「野菜も効くようだが,なぜだ?」といったこともありましたが,見当がつきませんでした。だから「野菜が効く」という説はマイナーでした。今の私たちは,「レモンのビタミンCが効く」ことを知っています。ビタミンCが含まれていれば,レモンにかぎらず,さまざまな食品(とくに野菜・果物)が効果あるわけです。

でも,1900年代になるまでは,科学としての栄養学がないまま,壊血病の克服のために,手さぐりでこのような試みや議論をしていたわけです。

今の経済政策も,この状況と似ています。たしかな理論のないままの暗中模索。

壊血病の研究では,そもそもの話として「レモンが効く」という現象的な事実を,多くの人が認めるようになるのだって,相当な紆余曲折がありました。

今の経済学でも,「金融緩和と景気や物価の関係」といった,「現象」のとらえ方からして,専門家のあいだで対立があります。「レモンが効く」かどうかさえ,はっきりしていない状態ということです。

そのような経済学や経済政策の状況を,私たちは知っておいていいでしょう。
 
でも,だからといって「なにもかもあてにならない」と斜に構えてもいけないと思います。「なんとか経済を良くしよう」という,今行われている社会的な試みを,真剣に見守ったらいいでしょう。

「真剣に」というのは,「いったい,何が効くのか」を知ろうとすることです。まずは「レモンが効いているのでは」というレベルから。さらに,それが「効いていくプロセス」についても,現象や事実を冷静にみていけるといいと思います。

とにかく,事実をみていきましょう。「アベノミクスはとにかくうさん臭くて,イヤだ」といった正義感のメガネや,「マネタリズムのような,権威のある経済学にもとづくから正しい」といった「机の上で考えた理論」のメガネは置いておきましょう。

(以上) 
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コメント
この記事へのコメント
 とにかく,事実をみていきましょう。「アベノミクスはとにかく胡散臭くて,危険だ」とかいった,正義感のメガネや,「マネタリズムのような,権威のある経済学にもとづくから正しい」といった「机の上で考えた理論」のメガネは置いておきましょう。

たしかに「正義のめがね」でみてしまいます。
私としてはとてもきな臭く思うからです。
でも経済の実験と考えればもう少し冷静になりますね。
私の予想は「景気は少しは良くなるが、ますます経済格差が広がるだとう」というのものにです。社会の構造が変化しているので
従来型の施策ではうまくいかないと思っています。
2013/05/11(Sat) 20:27 | URL  | 前田一幸 #-[ 編集]
 とっつきにくい話題に,コメントありがとうございます。まあ,とにかくムードや決まり文句だけで考えないで(考えた気にならないで),具体的に事実をみていきましょう。なぜ「きな臭い」のか,変化している「社会の構造」って何がどう変化しているのか,「従来型の施策」ってどんなもので,そうでない施策にはどんなものがあり得るのか,といったことも考えてみるといいかもしれません。
 それと,「ますます経済格差が広がる」としたら,本格的な景気回復はむずかしいだろうと,私は思っています。このあたり,また書きますので。
2013/05/11(Sat) 23:32 | URL  | そういち #-[ 編集]
こんにちは。

アベノミクスは今のところ上手くいっている様に思います。
自分のブログでも少しばかり書いたのですが、入ってくる情報でも景気が浮揚したような物が多く、人心に景気が良くなってると連想さています。
これは、人々の財布の紐を緩めるのに効果があると思います。

自分的には、情報統制もして効果を高めるべきとは思いますが、倫理とかの問題で難しいでしょうね。期待感がある分、マスコミが足を引っ張るような報道だけは止めて欲しいです。政権批判はいつもの事ですが、経済の事に関しては足並みを揃えてもらえると有難いのですけど。
2013/05/13(Mon) 18:54 | URL  | ケン・サン・ダーヨ #SFo5/nok[ 編集]
Re: タイトルなし
 こんにちは。「景気が浮揚しつつある今の状況はうさん臭い」という論調は,よく見聞きしますね。そして,今の状況の先に問題やリスクなどがあり得るというのは,たしかにそうなのでしょう。自分でこころがけたいと思うのは,その「よくない話」を具体的に知ろうとすることです。今おこっていることについて,正否を確認できるようなレベルで考えようとすること。
 ばくぜんと「うさん臭い」「こんなのはいつかダメになる」というだけなら,「人はいつか死ぬ」といっているようなものです。ずっと好景気が続くなんていうことはないです。来月か数年先かはともかく,今の景気拡大というのも,いつかは終わる。それで終わった時点で「ほら,いったとおりだ,好景気を(ばくぜんと)うさん臭いといった自分の見方は正しかった」といったところであまり意味はないと思います。
2013/05/14(Tue) 07:26 | URL  | そういち #-[ 編集]
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