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2013年06月11日 (火) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの23回目。

「勉強」というと,「試験のためにがまんしてするもの」というイメージもありますが,ここでいう「勉強」の目的は「自分のアタマで考えて生きていく」ということ。 それは,誰かに押しつけられてする勉強ではできないし,「教養を豊かにしよう」といった問題意識のゆるやかな勉強ともちがう…

このところ,学問とは,科学とは,宗教とはといった基本概念について述べてきました。とくに「宗教と学問(のちがい)」がテーマになっていました。こういう基本概念をおさえることは,「自分のアタマで考える」うえでだいじだと思っています。

今回からは,「科学とは」という話に入ります。もっとも肝心なところ。


学問は,「筋の通った説明」でおしまい。
科学は,その説明の真否を実験で確かめる。


「宗教と学問」のつぎは,「学問と科学」です。この本は一種の学問論ですから,「学問とは何か」ということを,はっきりさせておきたいのです。そして,学問や科学が追求する「真理」ということについても,述べておきたいと思います。

少し回り道でもこういうことは,初めのうちにきちんと押さえておいたほうがいいのです。

私の科学論は,科学史と教育学の研究者である板倉聖宣さんの著作から学んだものです(たとえば『科学と方法』季節社 1969,『科学的とはどういうことか』仮説社 1979など)。

板倉さんは,私にとってこの本で言っている意味での「先生」です。でも,私が一方的に著作や講演などを通して学んでいるだけです。このシリーズでは「板倉さんの著作や発言をもとにして書いた」ということがいくつも出てきますが,そこにまちがいがあれば,当然ながらすべて私の責任です。

さて,学問と科学は混同しやすいのですが,本当は区別すべきです。

「なぜだろう?」「これはどうなっているんだろう?」という問いかけは,学問も科学も同じです。問いかけに対し,「こうだから,こうなんだ」「これは,こうなっている」といった論理的な説明をあたえようとするのも同じです。

学問というのは,そういう一応筋の通った説明ができれば,それでおしまいです。ところが科学の場合,それでは終わりません。科学の場合,そういう説明は「一応筋は通っているけど,まちがっているかもしれない仮の説=仮説」だと考えます。

そして,実験や観察によって,その「仮説」の真否を確かめるところまで進むのです。

科学というのは,学問の特殊なかたちです。

科学とは,「仮説の真否を実験的に確かめる学問」のことです。科学は,とても慎重で疑い深いのです。

(以上,つづく)

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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
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