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2013年06月15日 (土) | Edit |
 日経平均株価は,この5月23日に大幅に下落(1143円安)してから,大きく上がったり下がったりを何度もくりかえしながら,この週末には,4月はじめの水準にまで下がりました。最近のピークだった1万5000円台から,1万2000円台に下がった。

 それにしても,その上がったり下がったりの様子はなんだかヘンです。

 米国の経済統計がこうだったから,安倍首相の発表した「成長戦略」がイマイチ,為替市場で円が高くなる動きがちょっとがあった……毎日発生する個々のトピックに対し,反応をくりかえしているわけです。

 統計でみる米国経済の動きも,首相が打ち出す政策も,円相場も,たしかに経済にとってだいじなことです。
 でも,1日ごとにビクビク反応するのは,やはり奇妙な光景です。
 しかしそういうことを,ずっと「市場」は続けています。
 なんだかバカみたい。
 「子どもの目」になってみたら,そう映る。

 これでは,多くの人にとって,株式とか株式市場,ひいては金融というものが「うさんくさい」と映っても当然です。嫌われ,バカにされても無理はない。

 でも,「株式」「株式会社」というのは,人類の偉大な発明です。
 株式は,ほんらいは「市場」で奇妙な売ったり買ったりを繰りかえすための素材として発明されたわけではありません。

 株式や株式会社は,「社会のより多くの人たちが,新しい事業をたちあげ,社会をつっていくための道具」として生まれました。1600~1700年代の,イギリス,オランダなどの西欧でのことです。

 「株式」という証券を発行し,多くの人から出資をつのって,会社をたちあげる――そのような株式会社というしくみがなかったら,「起業」ということはとてつもなく困難です。ささやかな事業ならともかく,工場や鉄道を建設したりするようなことはむずかしいです。

 だから,「株式会社」以前には,ある程度のスケールをともなった「起業」は,貴族や富豪のような特権階級か,そこに特別のコネがある者にしかできませんでした。

 それが,株式会社という制度によって,特権階級でなくても,一定の「才覚」があれば,起業できるようになった。
 これは,社会を大きく変えていきました。
 
 このへんのイメージを,少しでも伝えるための「読み物」を私は書いているので,いずれこのブログでご紹介したいです。
 その読み物では「株式とか株式会社って,建設的で,だいじなものなんだな」というイメージを伝えたいです。

 でも,たいていの人は,そういうイメージはあまり持っていません。忘れている,といっていい。
 それよりも,まず目につくのは,いかにも強欲な,「市場」のヘンな動きです。テレビや新聞では,おもにそれが報じられている。

 インテリとか文化的と言われる人の多くは,「市場」的なものにたいしとにかく懐疑的です。
 少し株式市場が活況になると,「あんなのはいずれダメになる」という人が多いです。そして,上昇相場が終わると(上昇相場というのは,たしかにいつかは終わります),自分の見識が正しかったことを確認するのです。
 こういうことが,ずっとくりかえされています。

 その一方で「市場」に参加して,とにかく毎日忙しい,金融のプロや一般投資家のような人たちがいる。

 こういう,「対極」にある人たちばかりが目立つ気がします。
 もう少しちがう立場というのはないのか。
 私は,それを模索しています。
 さきほど述べた「株式会社の建設的なイメージを伝える読みもの」を書いたのも,その「模索」の一部です。

(以上)
 
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