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2013年07月01日 (月) | Edit |
 「自分で考えるための勉強法」シリーズの31回目。
 このところ,「読書論」をテーマにしています。

 このシリーズの前回では,こんなことを述べました。

 読書には「自分の考えかたをつくる読書」と「知識を広げる読書」がある。
 どちらか一方だけにならないほうがいい。


 今回は「つくる読書」について。
 「何十回もくり返し読む」なんて,ちょっと極端なことを言ってます。
 かならずしも額面どおりに受けとめないで,まずは「〈これは〉という本はていねいに何度か読んでみよう」くらいに考えていただければいいのです。

 なお,文中に出てくる哲学者・三浦つとむについては,6月28日の記事で紹介しました。

 関連記事
   2人の極端な独学者 三浦つとむとエリック・ホッファー
   勉強法30 考えをつくる読書,知識を広げる読書


何十回もくり返し読む本が,一生に一冊は欲しい。

 たいていの本は拾い読みでいい。全部読む本は十冊に一冊です。
 でも,拾い読みだけで終わってはいけません。
 一生の間に,それこそ何十回もくり返して読む本に出会いましょう。

 そうでないと,あなたの頭はいくら本を読んでも,雑多な知識がつまっているだけになってしまう恐れがあります。

 すごい読書家で博識なのに,これといったアウトプットのできない人がいます。そういう人は,「くり返し読む本」に出会えなかったのです。

 私は二十代の前半に,哲学者の三浦つとむという人が書いた一冊を,くり返し読みました。『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書 1968)という本です。「論理的なものの見方・考え方」に関する本の一種と言えます。

 哲学の中に論理学という領域がありますが,「弁証法」というのは,その論理学のひとつの切り口です(三浦さんによれば,弁証法はそれ以上のものなのですが,一般的な説明だと以上のようなことです)。

 この本を――数字を言うのは恥ずかしいのですがあえて言うと――五十回くらいは読みました。尊敬する南道継正さんという先生が,くり返し読むことをすすめていたのです。

 南郷さんも若いころ,これをくり返し読んだのです。
 本がぼろぼろになるまで読んで,使用不能になるとまた同じ本を買ってきて,ぼろぼろにする。それを何回かくり返したそうです。

 私も真似をして,「読んでぼろぼろにする一冊目」のほかに,スペアの二冊目を買いました。でも,一冊目すら「ぼろぼろ」にはできませんでした。

 「極端なことを言っているな」と思うかもしれません。でも,受験の参考書だって,二~三回読んだだけでは頭に入りません。その人の思考のすべてをマスターしたいと思える先生の本なら,やはり相当くり返して読んだほうがいいでしょう。

「何十回も読んで,弁証法の思考は身についたのですか?」と聞かれると,「まだまだです」としか答えられません。

 でも,「考え方を学ぶ読書では,一回二回読むだけではあまり意味がない」というのは,よくわかった気がします。弁証法のような難易度の高い「大技」であれば,なおさらです。

 くり返して読むのではなく,ノートを取りながら読むという人もいますが,おすすめできません。
 ノートやメモを取るのは,忘れてしまいそうな個別的情報だけにしましょう。
 考え方を学ぶ読書の場合は,くり返して読むことです。ノートを取りながら一回読む間に,読むだけなら十回読めます。

(以上,つづく)
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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
今の若い世代に感じてほしい
そういちさん、こんにちは。
この前のエリック・ホッファー氏の言葉にもシビれましたが、今回の記事にはもっとシビれました。
この記事の内容は今の若い世代にぜひ、感じて、そして実行してもらいたいと思います。

それと同時に、シビれたのは、自分が最近まで本との出会いに
運命を感じてなかった証拠だと気付かされました。
最近まで、というのは、そういちさんがこの記事で書かれている
本の読み方が今の自分の読書方法に近いからなんですね。
(当然、全部の本がそうではありません)
正直、40過ぎでこの内容に気づくとは、はっきり言って遅すぎる・・・
せめてあと10年早くに、と思います。
遅れた時を取り戻すために必死になってはいますが。
こういう事を自分で書くと値打ちが下がりますね。
2013/07/02(Tue) 00:32 | URL  | たきやん。 #2HkoM2sc[ 編集]
Re: 今の若い世代に感じてほしい
 たきやん。さんこんにちは。ありがとうございます。
 「上達の筋道」のようなことは,たしかに若いうちから行ったほうがいいとは思います。私も,「もっとああしておけば…」ということが,たくさんある…
 でも,若いうちにセンスや環境に恵まれて,何気なく「いいやり方」を身につけた人のなかには,ちょっと環境や心境が変わると,何気なくその「やり方」を忘れてしまうこともあるんじゃないでしょうか。
 だから,年とってから,いろいろ踏まえて自覚的に気が付いたことに,よいところもあるのでは,と思うのです。
 それに,「賢くなるのに,遅すぎることはない」……このブログでリンクしている,hajimeさんの「孤独な放浪者の随想」というブログで,最近みかけたコトバです。デフォーの『ロビンソン・クルーソー』からの引用として紹介されてます。中高年には,ありがたいコトバ。
 最近このブログの「勉強法」シリーズでは,ハイトーンでキビしい感じのこと,エラそうなことを言っています。そのせいか,拍手などは少ないなか,声援をいただき,感謝です。
2013/07/02(Tue) 22:26 | URL  | そういち #-[ 編集]
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