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2013年07月12日 (金) | Edit |
 世界史の話は,このブログの柱のひとつです。

 世界史は,さまざまな,社会にかんする知識・学問の基礎になります。
 板倉聖宣さんという教育学者は,「世界史は,これからの時代では,読み書き・そろばんに並ぶようなだいじなものだ」ということをいっています。そのとおりだと思います。

 そんな世界史についての,私の考えを述べたもの。これから何十回か続けるシリーズの入口の話です。
*このシリーズの記事の大部分は2018年10月現在非公開としていますが、同記事をもとに2016年9月に日本実業出版社から『一気にわかる世界史』を出版しました。


「となり・となりの世界史」というコンセプト

盛りだくさんすぎる「世界史」

 それにしても,今の世界史の教科書はじつに盛りだくさんです。ぼう大な固有名詞や年代が出てきます。これを消化して世界史全体のイメージを描くのは,たいへんです。

 世界史教育は,あまりに多くの事件や地域のことを盛り込もうとしすぎています。そこにあるのは,「世界史」というひとつの物語ではありません。

 学校の教科書は,数本の異なるストーリーをつぎはぎして,無理やり一冊の本にした感じです。
 教科書以外で世界史のあらすじを述べた本の多くも,似たようことになっています。

 私は,社会科学や歴史にかんする教育・啓蒙を,自分なりのテーマとしてきました。そのなかで,世界史のわかりにくさを何とかしたいと,つねづね思ってきました。

 世界の人びととのつきあいが,ますます深くなっています。世界史はさらに重要な,みんなの知識になるでしょう。
 だからこそ,世界史がもっと「わかる」ものなればいい,と思います。

 そして,今や日本はそれなりに成熟した先進国になって,世界の先頭を行くようになりました。以前は先を行く欧米諸国の後を追いかけていればよかったのですが,最近はそうはいきません。そんな状況で,今の日本人はこれからどの方向に踏み出せばいいのか,迷っています。
 これからの日本がめざす方向を考えるうえでも,過去の人類の歩みを知ることは参考になるでしょう。

 以上が世界史の効用です。
 これはこれでいいのです。しかし,私にとって世界史は,まず何よりも「わくわくする,たのしい知識」でした。これも重要なことです。「それだけでは役に立たない」という人もいるでしょうが,「たのしさ」は立派な効用です。

 私が感じてきた世界史のたのしさを,どうにかしてお伝えしたいものです。

 
世界史を整理する視点

 「多くのふつうの人たちが世界史をみるうえで役立つ視点」というのを,これから述べていきたいと思います。
 つまり,この見方で世界史がすっきり整理される,というものです。それがほんとうにできれば,わくわくしてくることでしょう。

 「世界史を整理する視点」などというと,昔のことを知る読書家は,マルクス主義の「唯物史観」や,その他の「〇〇史観」「〇〇史学」のことを思い出すかもしれません。

 そして,「ああいう,ひとつの固まった史観や理論で歴史を解釈するのは,もう時代おくれだ」というのでしょう。
 
 しかし,私が述べたいのは,「史観」とか「理論」とかいうほどのものではありません。もっとベーシックな,素人っぽいことです。世界史の知識を整理するうえでの,コツや勘どころのようなもの。歴史にくわしい人からは,「なんだそんなことか」といわれてしまいそうな話です。

 しかし,だからこそ,一般の多くの人たちには役立つのではないかと思います。そして,その割にはきちんと論じられてこなかったことでもあります。

 多くの歴史家や理論家は,そんな初歩のことよりも,「その先」を論じたいものです。でも,それは多くの人のニーズとはちがうと思います。

 では,何を述べたいのか。それは,

 各時代の「中心的な大国の移りかわり」から世界史をみる

という視点です。

 つまり,こういうことです――世界の「繁栄の中心」といえるような大国・強国は,時代とともに移りかわってきました。そういう,時代ごとの大国・強国を主人公にして,世界史を描く。

 これはかなり古典的な世界史の書き方です。古くは1800年代の哲学者ヘーゲルなども,この線で世界史を論じています。
 でも,のちに「大国・強国中心の世界史」は,いろんな理由で(ここでは立ち入りません)下火になっていきます。
 最近の世界史は,「多様な地域の歴史を幅広く教える」というのがスタンダードです。
 そんな中,板倉聖宣さんという教育学者は,「中心の移り変わり」という視点で世界史をみわたす授業の構想を打ち出しました(「授業書〈世界史入門〉の構想」『仮説実験授業研究 第Ⅲ期4』仮説社,1994)

 各時代の「中心的な大国の移りかわり」から世界史をみる,という視点は,おもに板倉さんから得たものです。板倉さんは,私が「先生」と仰ぐ人です(本を読んで一方的に学んでいるだけですが)。

 「中心の移りかわり」で世界史をみる,というのは,今の時代は評判が悪いです。
 でも,今の世界史教育は,いろんな地域のことを「あれもこれも」教えようとしすぎて,わけがわからなくなっています。

 「中心の移りかわり」という「視点」を定めることで,もっとシンプルに世界史の大きな流れを描きだしたい。そのことで,多くの人にとって「わかる」「わくわくする」世界史にしたい。
 それが,板倉さんの意図したところだと,私は理解しています。

 私は,その視点をおしすすめて,自分なりに世界史の通史を書いてみたくなりました。
 板倉さんの仕事がありながらも,「自分ならこうしたい」というのがいろいろ出てきて,板倉さんの一読者ではいられなくなったのです。

 では,どういうふうに「おしすすめる」のか。

 それは,「中心の移りかわり」の地理的な位置関係にトコトン注目する,ということです。

 じつは,世界史における「反映の中心の移りかわり」には,こんな法則性があります。

 「新しい繁栄の中心は,それまでの古い中心の周辺から生まれる」

 それまでの中心からみて「となり」の地域から,つぎの時代の新しい勢力が生まれるのです。
 「となり・となり」で移っていく,といったらいいでしょうか。


「中心」の移りかわり

 たとえば,1600年代のヨーロッパで,繁栄の中心だったのはオランダでした。
 しかし1700年ころからは,それはイギリスに移りました。イギリスは,海峡をはさんでオランダのすぐとなりです。

 オランダの時代の前に最も繁栄していた国のひとつは,スペインでした。スペインは,オランダとは完全には隣国とはいえませんが,地理的に近い位置にあります。
 しかもオランダは,もともとはスペインに支配されていました。両国は密接な関係にあったのです。

 新しい中心が「となり」に移っていくことは,スペイン→オランダ→イギリスといったケースにかぎりません。世界史のどの時代にもみられます。

 3000年ほど前の世界で,西アジアという,今のイラク,エジプト,イラン,トルコなどの地域の進んだ文化をギリシア人が受け取り,その後新しい中心になっていったときも,そうでした。
 ギリシアは,西アジアの一画(トルコ)に隣接しています。西アジアは,世界で最も古くから文明が栄えた地域で,3000年前ころの世界では最も先進的な地域でした。

 一方,3000年前ころのギリシアはまだまだ発展途上で,「古代ギリシア」の有名な文化が花開くのは,その数百年後です。「発展途上国」だったころの古代ギリシア人は,西アジアの人びとに多くを学んで「文明開化」したのです。このことはこの数十年の歴史の研究ではっきりしてきました。

 こういう例は,世界史にいっぱいあるわけです。

 1000年余り前,ローマ帝国の遺産にイスラムの人びとが学んだときも,その後何百年かしてイスラムの人びとからイタリア人やスペイン人が学んだときも,同じようなこと――「となり」への中心の移動――がありました。

 当時のイスラムの帝国は,ローマ帝国(東ローマ帝国)に接していましたし,イタリアやスペインは,ヨーロッパの中ではイスラムの国ぐにと距離が近く,貿易などで接点が多かったのです。とくにスペインは,イスラムの国に支配されていた時期がありました。
 近代社会を築く前のヨーロッパは,かならずしも世界の最先端ではありません。過去にはイスラムの国ぐにのほうが「進んでいる」といえる時期があったのです。

 いきなりいろんな国や民族が出てきましたが,このへんのことはおいおいきちんと説明していきます。

 「となり・となりで繁栄の中心が移っていく」という現象は,今の世界でもみられます。
 たとえば,日本という「繁栄の中心」の周辺である韓国や中国の沿岸部,東南アジアに,経済的繁栄が広がっていること。これらの新興国の台頭には,やはり日本の影響があるわけです。

 これはまだ「中心が移る」とまではいっていませんが,「繁栄が,その中心から周辺へと広がっていく」ということが起きています。

 似たようなことは,ほかの地域でもみられます。
 ドイツなどの西ヨーロッパに隣接する,チェコやポーランドなどの東ヨーロッパ諸国,そしてトルコの経済発展。
 アメリカ合衆国の南に隣接するメキシコが,近年経済的に台頭してきたこと。

 「となり・となり」という視点は,過去の世界だけでなく,これからの世界をみるうえでも有効なはずです。
 

「となり・となり」でたどっていく

 私がこれからお伝えしていきたいのは,ようするにつぎのようなことです。

 世界史というのは,さまざまな国や民族が,
 過去からの遺産をリレーのように受け渡ししながら前進してきた。

 過去の遺産を受けとった人びとが,新しいものをそこにつけ加えて,別の人びとに手渡す。

 それが世界史ではくりかえされてきた。

 その「手渡し」は,接点の多い近隣の国や民族に対して最も濃い密度で行われるのがふつうである。
 だから,「となり・となり」で繁栄の中心が移っていく。

 こういう見方で,時代ごとの「繁栄の中心」を「となり・となり」でたどっていく。
 すると,世界史は一本のつながった物語になる。
 いわば,「となり・となりの世界史」。


 この「となり・となりの世界史」というのは,私の造語で,たいへん気にいっています。
 「となり・となり」という言葉は,板倉聖宣さんが「作文の一般的な技法」として,「となり・となり方式」で話題をつなげて展開していく(あれこれ構成なんか考えない)ということを述べていて,そこからとったものです。

 この言葉を,「世界史」に私はくっつけてみた。

 となり・となりの世界史

 このコンセプトで,新しい世界史が書けると思っています。
 この視点によって,世界史が一本につながる。
 「となり・となり」でつながっていくのです。
 「一本の・ひとつの物語」になれば,世界史はより多くの人のものになる!
 
 もちろんこれだけでは,説明不足ですね…なんだかよくわからない,という人もいると思います。
 また,「繁栄の中心」という見方そのものへの異論もあるでしょう。

 だから,これからきちんと述べていきます。「世界史は素人で,初心者だ」「学生時代に落ちこぼれた」「でも,知りたい」という人にぜひおつきあいいただければと思います。

(以上)
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コメント
この記事へのコメント
今の時代だからこそ必要
そういちさん、こんにちは。
自分も世界史には疎い人間です。

「中心の移り変わり」で世界史を見る、というのが
評判が悪い、というのは知りませんでした。
自分は歴史という学問は、過去の出来事から
学んだことを今の世に活かすものだと考えています。
そういう観点から、「中心の移り変わり」で世界史を
見る、というのはむしろ王道だと思っていました。

これから、そういちさんがどういう記事を展開していくのか、
非常に楽しみにしております。
2013/07/13(Sat) 00:25 | URL  | たきやん。 #2HkoM2sc[ 編集]
Re: 今の時代だからこそ必要
 こんにちは,コメント・励ましのお言葉ありがとうございます。
 私も「中心の移りかわり」で世界史をみる,なんて当たり前の「王道」だと思っています。
 でも,近年のインテリの傾向はちがうようです。「ここが中心」といってしまうと,ほかの国や民族を見下しているようで申し訳ない,と思うようですね。たとえば「今の世界の中心はアメリカだ」といったら,怒る人がいるはずです。あるいは自分の中にある「正義感」に怒られてしまう。
 でも,現実をみれば「中心」といえるような,ほかと比べて繁栄し,経済的・政治的・軍事的に優勢な国や地域があるのは,あたりまえのことだと思うんですが…。そして,それを認めることが,ほかの国や地域を貶めることになるとも思えません。
 だって,「中心」となる国や地域は,いろいろと移りかわってきたのですから。
 「中心」という視点がなかったら,「あれもこれも」になって,焦点の定まらない,わけのわからないものになってしまうはずです。わけのわからない「世界史」からは,「今の世に活かす」なにかをくみとることなどできないでしょう…
 このあたりの歴史観の基本,歴史の書き方の方法論は,これからの記事のなかでまた述べていきます。
 おつきあいいただければ,うれしいです。
2013/07/13(Sat) 10:10 | URL  | そういち #-[ 編集]
 中心の移り変わりを丹念に見ていけば現在がわかり,そして未来も見えてくるのですね。今後世界の中心は日本から移っていきます。これからの日本はどのような国づくりをしていくかそれは私たちが知恵を出し合っていかなければならないのですね。なにかわくわくしてきます。
2013/09/08(Sun) 17:37 | URL  | かずゆき #-[ 編集]
Re: 中心の移りかわりをみる
かずゆきさん,コメントありがとうございます。
>  中心の移り変わりを丹念に見ていけば現在がわかり,そして未来も見えてくるのですね。

 たしかに,「中心の移りかわりをみる」ことで,「現在」はよりわかるようになると思います。「こういうプロセスで今がある」というイメージができる。
 それで「未来が見えてくる」というところまでいけるのかは,わかりません。
 でも,未来についていろいろ考える手がかりにはなるでしょう,未来についての予想や推論の幅が広がっていくのでは,とは思っています。

 世界の「中心」が,今後欧米や日本からほかの地域に移っていくのか,という問題は,そのうち論じたいと思います。「今後世界の中心は…移っていく」とかずゆきさんは言われますが,たしかにそうかもしれません。一方「そう簡単に移っていくのだろうか,相当な時間がかかるのでは」という見方もあるでしょう。そのあたりを,「きめつけ」をしないで考えてみたいと思っています。
2013/09/08(Sun) 20:18 | URL  | そういち #-[ 編集]
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