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2013年07月13日 (土) | Edit |
 前々回の記事 「となり・となりの世界史」というコンセプト に,コメントをいただきました。「コメント欄」にあるのですが,ご覧にならない方も多いと思いますので,私の返信(大幅加筆)も含め,記事本文で紹介します。

 たきやん。さん(ブログ:たきやん。のBurning Heart)からのコメントです。

 今の時代だからこそ必要(byたきやん。)

 そういちさん、こんにちは。
 自分も世界史には疎い人間です。

 「中心の移り変わり」で世界史を見る、というのが
 評判が悪い、というのは知りませんでした。
 自分は歴史という学問は、過去の出来事から
 学んだことを今の世に活かすものだと考えています。
 そういう観点から、「中心の移り変わり」で世界史を
 見る、というのはむしろ王道だと思っていました。

 これから、そういちさんがどういう記事を展開していくのか、
 非常に楽しみにしております。



 私・そういちからの返信(大幅に加筆しました)

 こんにちは,コメント・励ましのお言葉ありがとうございます。
 私も「中心の移りかわり」で世界史をみる,なんて当たり前の「王道」だと思っています。

 そして,ふつうはそれが「王道」だとか,ひとつの「立場」であるという自覚もないのでは?
 日本史で,「奈良時代」とか「江戸時代」とかいうのは,奈良(平城京)や江戸を「中心」とみる発想があるのでしょうが,そういうのはごくあたりまえになっています。
 
 でも,近年のインテリの傾向はちがうようです。
 ふつうの人がとくに自覚せずに「あたりまえ」と思っていることに「ちょっと待て」というわけです。

 「ここが中心」といってしまうと,ほかの国や民族を見下しているようで申し訳ない,と思うようですね。

 たとえば「今の世界の中心はアメリカだ」といったら,怒る人がいるはずです。あるいは自分の中にある「正義感」に怒られてしまう。なにか「差別」しているように思ってしまう。(こういう発想は,私たちの道徳観念が進歩した結果でしょう)
 
 でも,現実をみれば「中心」といえるような,ほかと比べて繁栄し,経済的・政治的・軍事的に優勢な国や地域があるのは,あたりまえのことだと思うんですが…。そして,それを認めることが,ほかの国や地域をおとしめることになるとも思えません。

 だって,「中心」となる国や地域は,いろいろと移りかわってきたのですから。

 「文明のあけぼの」以来,紀元前の時代の大部分は,西アジア(今のアラブ地域)が最先進地帯であり,「世界の中心」でした。
 ギリシア・ローマがそうであった時代もありましたし,イスラムが「中心」であった時代もあった。そしてイスラムが中心だったころには,中国もそれに匹敵する存在でした。そのころは,ヨーロッパはイスラムにくらべれば「片田舎」でした。

 その後ヨーロッパが台頭してきますが,ヨーロッパのなかでも「中心」といえる地域は,イタリア・スペイン→オランダ→イギリスと移りかわっていきました。
 そして1900年代以降はアメリカ合衆国の時代となります。1900年代後半以降は,日本も,西欧やアメリカと並んで「中心」の一画を占めるようになりました。その日本を今は韓国や中国などの新興国が追い上げている…

 西アジア……ギリシア……ローマ……イスラムの国ぐに(と中国)……ヨーロッパ(イタリア…スペイン…オランダ…イギリス)……アメリカ(西欧,日本)

 このように「中心」はうつり変わってきています。

 これは,多くの国や地域に発展の可能性があるということです。
 また,どれほど繁栄していた国であっても,いつかは(あるいは何かあれば)衰退していくということでもある。

 つまり,多くの国ぐにには,つねに発展と没落の可能性があるということです。いってしまうと,あたりまえのことですが。
 であれば,「中心」を特定する発想は,肌の色で「差別」するようなのとはちがうはずです。「中心」などという状況は,移ろいやすいものなのですから。

 「中心」という視点がなかったら,世界史は「あれもこれも」になって,焦点の定まらない,わけのわからないものになってしまうはずです。わけのわからない世界史からは,「今の世に活かす」なにかを汲み取ることなどできないでしょう…
 このあたりの歴史観の基本,歴史の書き方の方法論は,これからの記事のなかでまた述べていきます。
 おつきあいいただければ,うれしいです。


                       *

 ところで「ブログでは,拍手などの反響と,その記事に注いだ時間や労力はかならずしも一致しない」ということがあるそうです。私も,ブログをはじめてみて「たしかにそうだ」と実感してます。

 30分で書いた記事が,わりと多くの拍手をいただけることもあります。
 一方,おそらく「万」の単位の時間がバックにある 「となり・となりの世界史」というコンセプト は,今のところは,あまり拍手がなかったりする。
 時間や労力をかけた文章にありがちな,「入りにくさ」のようなものがあるのかもしれません。
 
 でも,コメントをいただいたことで,熱心に読んでくださる方もいるのだ,ということがわかります。
 ひとつのコメントがあれば,「ほかにも同じように思ってくださる人がいるはずだ」と感じ,勇気づけられます。

 それでも,関心を持って下さった方がいたら,ぜひ拍手なりコメントなりいただれば,ありがたいです。

(以上)
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
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