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2013年07月24日 (水) | Edit |
 このブログで使っているアクセス解析で,「検索キーワード」というのがあります。「こんな言葉を検索して,このブログに来てくれた人がいる」というのがわかります。

 昨日の「検索キーワード」をみると,「ボン基本法とワイマール憲法」といった言葉が目立ちます。
 このブログの過去の記事に,これをテーマにしたものがあるのです。

 来訪者が1日に数十人ほどのこのブログで,昨日はそれが10件ほど。今日(朝6時台)みても,すでに同じようなことが5件。おとといはそうでもなかったので,昨日からの現象です。
 なぜでしょうか? どなたかがドイツの憲法のことを話題にされたのでしょうか?
 
 もしもそうだとしたら,その背景には今回の参院選の結果があるでしょう。
 つまり,「憲法改正」ということに,一定の現実性が出てきた。それで憲法の話が盛り上がっている…

 今回の選挙によって,憲法改正(改憲)を主張する自民と公明だけでは参議院の3分の2をおさえることができませんでしたが,みんなの党や維新といった,やはり改憲を主張する政党とあわせると,3分の2程度になりました(微妙なところですが)。
 そして,衆議院は自民と公明が3分の2以上をおさえています。
 
 私たちの憲法では,憲法改正の発議(国民投票で可否を問う)をするためには,衆参両院それぞれで総議員の3分の2以上の賛成が必要です。この「要件」をクリアできる現実的な可能性がでてきたわけです。

 ***

 そもそも,「憲法」って何のためにあるのでしょうか?

 一番の目的は,「国家権力の暴走やエラーを防ぐ」ということです。
 
 国家権力が暴走すると,大事なものが侵されます。

 それは「基本的人権」です。

 もっと抽象的に集約していうと,「幸福」あるいは「幸福を追求する権利」が侵される。

 国民の基本的人権や幸福が,国家権力によって侵されないように,国家に対しいろんな縛りをかけている。それが憲法の一番重要な部分です。

 「三権分立」ということは,そのためのシステムです。
 国の機構を立法・行政・司法に分け,立法や行政が憲法や法律に違反したら,司法がこれに「待った」をかけることができる。

 司法が判断の基準とする,最高のルールが憲法です。
 その憲法では,国民の基本的人権や幸福追求権が,「肝」になっている。

 日本国憲法には,「表現の自由」のような,いくつかの基本的人権を定めた条項があります。
 そして,それらの「人権」を抽象的に集約したといえる「幸福追求権」を定めた第13条がある(「すべての国民は個人として尊重される。また,生命,自由,幸福を追求する権利を持っている」とある)。

 この「13条」的なことがらを,いかにして守るか。
 
 そこで「憲法」というルールがあります。
 国家権力といえども,憲法を頂点とする「法」に従って行動しないといけない。
 憲法では,守るべき基本的人権を定めている。

 こういう考え方を「立憲主義」といいます。

 日本国憲法について考えるとき,この「立憲主義」の考え方や憲法13条の重要性といったことを,まずおさえないといけないと思います。
 でも,学校の授業やよくあるマスコミ的議論だと,第9条あたりから入ってしまうことが多いです。
 9条の問題はたしかに重要です(憲法にあることは,たいていみんな重要です)。

 でも,憲法の基礎や原理という観点だと,13条にくらべればやや「枝葉」なのです。

 ましてや「国の伝統を重んじる」「家族の絆を大切にする」「国歌や国旗」といったことの宣言(一部の「改憲」を主張する人たちが重視すること)というのは,もっと「枝葉」といっていいでしょう。

 もちろん,社会や文化の問題として,伝統も家族も国との向き合い方(愛国)も,きわめて重要なことです。それは当然です(ここはくれぐれも誤解のないように…)
 でも,「憲法」の主題とは,ちょっとちがうのではないか,ということです。

(以上)
  
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