FC2ブログ
2013年08月03日 (土) | Edit |
 先日(7月29日)麻生副総理が都内のシンポジウムで発言したことが,問題になっています。
 憲法改正についてナチス政権を引き合いにして,「手口を学んだらどうか」と述べたのです。

 発言の「問題」の部分は,具体的にはこうです(「朝日新聞デジタル」より。テレビのニュースで私も観ました)。

《憲法は,ある日気づいたら,ワイマール憲法が変わって,ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。》

 ひどい発言だと思います。全体の文脈がどうこう,というのはともかく,この箇所だけで非難されて当然です。選挙で圧勝して,気が緩んでいるのでしょうか。

 ところで,「本筋」からはややそれますが,この麻生発言で私がとくに気になったのは「…ナチス憲法に変わった」という箇所。

 え,ナチス憲法?

 「ナチス憲法」というのは,存在しません。

 第一世界大戦(1914~1918)でドイツは,敗戦しています。それに伴ってドイツでは,それまでの「ドイツ帝国」の体制が崩壊。新たに「ワイマール憲法」という民主的な憲法にもとづく「ワイマール共和国」の体制が成立しました。

 関連記事:ワイマール憲法とボン基本法

 そのワイマール憲法のもとで,ヒトラー(1889~1945)のナチス政権が誕生します。もともとナチスが政権の座についたのは,憲法に基づく選挙で勝利したからです。

 その後ヒトラーは,単なる「政権」ではなく,「独裁」の体制をつくっていきます。
 1933年にヒトラー内閣が誕生してしばらくすると,政治的決定のすべてをヒトラーに委ねることになる「全権委任法」という法律を国会で成立させました。
 これによって,ワイマール憲法は,事実上「死んだ」のでした。

 しかし,ナチス・ドイツでは,最後まで独自の憲法は制定されませんでした。

 つまり,「ナチス体制」というのはあっても,「ナチス憲法」というのはないのです。

 これは近代以降の有名な独裁国家のなかでは,「イレギュラー」といえるでしょう。

 ナポレオン(1769~1821)も,ソ連の指導者スターリン(1879~1953)も,中国の毛沢東(1893~1976)も,憲法を制定しています。
 
 しかし,ヒトラーはそれをしなかった。
 なぜでしょうか?
 
 ヒトラーの時代は,戦争の時代でした(ヒトラーは,それをはじめた張本人ですが)。
 なので,非常時のあわただしさのなかで,憲法制定までは手が回らなかった,ということもあるでしょう。

 でもそれ以上に,ヒトラーは「憲法をつくると,憲法によって権力者が拘束される」ということを嫌ったのではないかと思います。

 非民主的な国,独裁政治の国でも,しばしば憲法は制定されています。
 そんな国の憲法ではたいてい,基本的人権には大幅な制約がかけられ,独裁権力の正統性がうたわれています。
 ソ連の憲法などの,かつての社会主義国の憲法は,その類でした。

 そのような「独裁を正当化する憲法」であっても,きゅうくつだ。
 結局はいろんな手続きに縛られる。
 それよりも,「戦争という緊急事態のなかで,憲法が停止され,指導者に全権が委ねられている」という状態のほうが,ずっとやりやすい。
 「緊急事態」なら,めんどうな手続きとか,いろんなことから自由だ。

 おそらく,そんなふうにヒトラーは考えていたのでしょう。

 「憲法は(非民主的なものであっても),政府や権力者を拘束する」という,憲法の本質的なところを,ヒトラーは彼なりに理解していたのではないでしょうか?
 
 関連記事:憲法は何のためにあるのか

 このように,「ナチス憲法はなかった」ということは,じつは憲法の本質にかかわる話なのです。

 歴史上の独裁者のなかで,「憲法」の精神をもっとも強烈に否定した,ヒトラー。
 そんな人物の「やり口」を「憲法改正」の議論で,「学んだらどうか」などというのは,やはりトンデモ発言ですね……
 
 ところで,麻生さんは「ナチス憲法というのはなかった」ということを,ほんとうに知らなかったのでしょうか?ひょっとすると「ナチス体制」というべきところを言いまちがえたのかもしれませんが,まあ,どっちでもいいでしょう。

 なお,「ナチス・ドイツに独自の憲法がなかった」ということと,その意味について私がはじめて(明確に)知ったのは,20代の時に読んだ,セバスチャン・ハフナー著・赤羽龍夫訳『ヒトラーとは何か』(草思社,1979)という本からでした。ヒトラーについて考えるうえで欠かせない本のひとつです。
 さっき,アマゾンをみたら,今年1月に新訳が出てました(私が読んだのは,旧訳)。

新訳 ヒトラーとは何か新訳 ヒトラーとは何か
(2013/01/17)
セバスチャン ハフナー

商品詳細を見る
 
(以上)
関連記事
コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/10/26(Sat) 00:48 |   |  #[ 編集]
Re: タイトルなし
コメントありがとうございます。
「自分の信じることが正しいかどうか,どうしたらわかるか」ということですが,それは「実験的にものごとを確かめる」以外にはないのではないでしょうか?私は,この考え方を,このブログでもよくご紹介する板倉聖宣さんという学者の本から学びました。

「社会や歴史における真理をどうやって知るか」ということの入門書として,板倉聖宣『歴史の見方考え方』(仮説社,1600円,アマゾンとかで売ってます)はおすすめです。たとえば「江戸時代の農民は,おもに何を食べていたのか?」といった問題について,予想をたてながら,事実を資料やデータに基づいて確かめていく…そんな内容になっています(この予想と確認・検証の作業が,一種の「実験」なのです)。

「社会主義・資本主義」といったことについては,こう思います……だいじなのは,今の社会を成り立たせている最も重要で基本的なルールや原則は何だろうか,ということ。それをまずおさえることではないかと思います。民主主義の政治体制や,法に基づいて人権が守られること,人びとの活動の自由がおさえられていないこととか……私はそれを「近代社会の原理」と呼びます。ヒトラーの体制もソ連の社会主義も,このような「近代社会の原理」からの逸脱によって生まれた,と私は思います。

 このへんのことを考えるのに,たとえばトクヴィル(19世紀のフランス人)の『アメリカの民主政治』(上・中・下で講談社学術文庫など)という本があります。タイトル通り,19世紀アメリカのデモクラシーの実態を取材して考察したもの。でも,古典的な本で,読みにくくて長いです。

 もしよかったら,このブログのつぎのカテゴリー・記事のなかで興味の持てそうなものがあれば,何かお読みいただければ……

・「近代社会のしくみ」のカテゴリー(三権分立,憲法関連のほか,「近代社会を精いっぱい生きる」)
・「5分間の世界史」のカテゴリーにある「アメリカ合衆国の基本設計1・2」や「近代化とは模倣である」「トンデモなガンジー」など

 自分にとってのまとめも兼ねて,長々書きました……これからもよろしくお願いします。
2013/10/26(Sat) 20:11 | URL  | そういち #-[ 編集]
ボンヤリした質問に、丁寧に答えてくださって感謝感激です♥
予想と確認・検証。
めんどくさっ!!
でも、それしかないですね(*^_^*)

○○教なり、○○党なり、○○先生なり、盲信しちゃえば楽だし楽しいけど、その先は大抵悲劇が待っているってことはヒトラーが証明してくれました。
(盲信できる人の純粋さが眩しく、憧れも感じますが)

自分なりに世の中の仕組みを確認・検証すること=近代社会を精一杯生きることと心得て、今後の目標にしたいと思います。

私はの仕事は「ライフクリエーター」と「未来からの留学生受け入れ」で、一般的に「専業主婦」、「無職」とよばれる職種なのですが、「社会のしくみ研究家(見習い)」も加えてちゃってよいでしょうか?

2013/10/28(Mon) 16:06 | URL  | ピピネラ #eR1ha.nA[ 編集]
ピピネラさんへ
 ピピネラさんの投げてくださった「ボンヤリした質問(疑問)」は,私も大学時代から社会人になりたての頃くらいに抱いていたものです。
 そこがある程度(抽象的なかたちであれ)すっきりしてきたのは,30歳くらいからでしょうか……まあ,多くの人が抱く疑問とは思いますが。

 「世の中の仕組みを確認・検証すること=近代社会を精いっぱい生きること」というのは,まさに私が言いたかったこと。そのように丁寧に読んでいただき,うれしいです。

 社会で生きる私たちは,じつはみんなが「社会のしくみ研究家」なのだと思います。しかし,それなりに精いっぱい積極的に・意識的に生きていかないと,「研究」にはならないのでしょう……
 
 ピピネラさんが「社会のしくみ研究家」を名乗られるなら,うれしいことです。(「見習い」というのは要らないでしょう……それから「未来からの留学生受け入れ」というのは,面白い表現ですね)

 そして,私たちの住む「社会」とは,「近代社会」のことです。だから,「社会のしくみ研究家」というのは,「近代社会(のしくみ)研究家」という面があると思います。
 
2013/10/28(Mon) 22:25 | URL  | そういち #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック