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2013年08月31日 (土) | Edit |
 最近,このブログでは世界史関連の記事を多くのせています。
 
 世界史を「繁栄の中心が,ある場所からその近隣(となり)へと移っていく,そのくりかえし」という視点でみる「となり・となりの世界史」というコンセプトを打ち出したり,世界史の通史を,本1冊の数分の1の「2万文字」くらいでざーっとみわたす(「1万文字の世界史」)といったことをしてきました。

 今回は,本筋とは離れた「コラム」的な話題です。

                        *

 世界史のことを書いていて,ちょっと思うことのひとつに,

 「紀元前〇〇年って,わかりにくいなー」ということがあります。
 「歴史の授業は落ちこぼれた」という人に世界史の話をしたときにも,言われました。

 「最初の文明は,紀元前3500年ころのメソポタミアで生まれた」と書いてあると,「それはいつのことか」を読者は計算しないといけません。

 「紀元元年は2000年くらい前だから,それより3500年さかのぼるということは,今から5500年くらい前だ」

 こういうのは,じつにめんどうで,世界史の文章を読みにくくしている原因のひとつです。

 私が書く世界史の文章では,できるだけ「紀元前3500年(5500年前)」というふうに,「何年前か」をカッコ書きでつけていますが,抜本的な解決にはなっていませんね…

 そういえば,「〇世紀」というのも気に入りません。

 1900年代が「20世紀」って,ほんとにわかりにくいです。

 なんでこうなるかといえば,「0世紀」というのを設定しなかったから。
 西暦1年から100年までが「1世紀」です。
 で,西暦101年から200年までが,「2世紀」……うーん……

 ほんとうは,西暦1年から100年までを「0世紀」にすべきでした。

 さらにいえば,「西暦0年」というのも,設定すればよかった。
 そして「西暦0年~99年」を「0世紀」,「西暦100年~199年」を「1世紀」とすればよかったのに…

 このような「世紀」のわかりにくさは,たぶん,いろんな人が言っていることでしょう。

 私が世界史のことも含め,いろいろと大きく影響を受けた板倉聖宣さんという学者も,「世紀」というのは,今述べたようなわかりにくさがあるので,使いません。板倉さんの書く文章では,「20世紀」とはいわず「1900年代」といいます。

 さらに,世界史の年号関係では,もっとひどいのがあります。

 世界史の本には,たまに「前〇千年紀」というのが出てきます。
 たとえば「前2千年紀」というのは,いつの期間をさすと思いますか?

 「前2千年紀」は,紀元前2000年~紀元前1001年をさします。
 「前1千年紀」は,紀元前1000年~紀元前1年です。

 笑っちゃうくらい,わかりにくいですねー

 「紀元前」「世紀」「前〇千年紀」……これらには,たしかにいろいろ問題がある。
 でも,「慣習」として定着してしまったので,今さら変えにくい……

 しかし,年号にかんするさまざまな表記・表現は,歴史の時間軸というモノサシに刻まれた「目盛り」のようなもの。この目盛りが読みにくいのは,困ったものです。

                       *

 私は,今使っている「西暦」「紀元(紀元前)」などというのは,リセットできないかと「妄想」することがあります。

 「西暦」というのは,「キリスト教紀元」のこと。あの宗教の教祖イエスが生まれた,とされる年を基準にしているわけです(ただし,その後の研究では,イエスの誕生は紀元元年よりも数年さかのぼるとされています)。

 そんな特定の宗教の「紀元」なんてやめましょう。
 その意味で,ほかの宗教や民族の伝統に基づく「紀元」も,「西暦」のかわりにはなりません。

 じゃあ,どうしましょうか。

 「シュメール紀元」というのは,どうでしょうか。

 メソポタミア(今のイラク)で「最古の文明」とされるシュメール人の都市国家が栄えはじめた時点を,人類共通の「紀元」とする。

 でも,その具体的な「年」を特定することはできないので,そのおよその時期を「紀元」にしてしまう。
 切りのいいところで,「紀元前4000年」を「シュメール紀元0年」とする。

 だとすると,今年2013年は,シュメール紀元6013年です(4000+2013)。

 ペルシア戦争の開始(紀元前500年)は,シュメール紀元3500年(4000-500)。
 秦の始皇帝による中国の統一(紀元前221年)は,シュメール紀元3779年。
 西ローマ帝国の滅亡(西暦476年)は,シュメール紀元4476年。
 コロンブスの「アメリカ発見(アメリカ大陸付近への到達)」(1492年)は,シュメール紀元5492年。

 西暦に4000足しただけですが…(デーモン小暮閣下が,自称「1万50何歳」とか言っているのと似てます)

 でも,「シュメール紀元」でみると,それぞれの世界史上のできごとが,「文明のはじまり」の時代からどれだけの時間的距離にあるのかが,わかりやすいです。
 そのような「時間的距離」を,紀元前・紀元後にかかわらず,同一線上に並べてみることができるのです。

 シュメール人というのは,ルーツ・系統が不明で,何千年か前に滅びてしまいました。今の世界のどの民族からみても,はるか昔の「縁」のない人たちです。つまり,世界中からみて,かなり「ニュートラル」な存在。
 しかし,世界の文明の「元祖」である。

 そういう存在なので,世界史の「紀元」をシュメール人にもとめるのは,「公平感」があると思うのです。

 でも,「エジプト文明も最古だ」という人がいるので,黙っていないだろうな。「シュメールだけ祀り上げるな」というのでしょうね…

 インド人や中国人も黙ってないかも。
 「我々だって古い。我々を基準にすべきだ」とか言いそうだ。

 そして,世界中に「我々こそが,じつは最も古い伝統を持っている」という人たちがいるのかもしれない(日本にもいそうだ)……

 やっぱり,「シュメール紀元」,無理そうです(^^;)

(以上)
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
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