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2013年09月08日 (日) | Edit |
(まえおき)
 このブログでは,「となり・となりの世界史」というシリーズを続けています。
 世界史を「繁栄の中心の移りかわり」という視点で見渡していく,というものです。
*このシリーズの記事の大部分は2018年10月現在非公開としていますが、同記事をもとに2016年9月に日本実業出版社から『一気にわかる世界史』を出版しました。
 
 世界史には,それぞれの時代に「世界の繁栄の中心」といえるような地域や国があります。

 文明のはじまりの時代には,メソポタミア(今のイラク)とその周辺の「西アジア」が,文明の最も進んだ「中心」でした。その後,ギリシアやローマがおおいに繁栄した時代もあります。さらに「イスラムの時代」といえる時期もありました。
 そして,200~300年前にはヨーロッパ諸国が台頭して圧倒的になり,1900年代以降は「アメリカの時代」になりました。

 そして,このような「中心の移りかわり」には,「新しい中心は,それまでの中心の周辺の,比較的近い場所で生まれる」という法則性があります。

 「比較的近い場所」すなわち「となり」です。

 世界史における「繁栄の中心の移動」は,「となり」へ移っていく,ということがくりかえされてきました。「となり・となり」と移動がくりかえされてきたのです。

 今回は,近現代の「となり・となり」について述べます。 


となり・となりの世界史15

「となり」の欧米,アメリカ


日本に最も影響をあたえた欧米の国は?

 現代の世界をみるうえでも,「となり・となり」という視点は,やはりカギになります。
 現代の世界でも,「となり・となりの法則」は成り立っているのです。つまり,従来の「中心」の周辺に,新しく繁栄する国が出てくるということが,おこっています。

 たとえば,日本の繁栄がそうです。

 日本の発展の歴史には,「〈となり〉の欧米」であるアメリカが大きく影響しています。
 また,日本の繁栄は,「となり」にある中国,韓国などの経済成長に影響をあたえています。

 日本が世界の「繁栄の中心」のひとつになったのは,1900年代なかば以降のことです。

 くわしくいうと,1950~60年代にあった「高度経済成長」という急速な発展のあとの,1970年代からです。それ以降,日本は欧米の先進国と肩を並べる「経済大国」になったといえるでしょう。
 そしてそれは,明治維新(1868年)以来,「欧米諸国に追いつこう」として近代化をすすめてきた成果です。

 ではその「欧米諸国」のなかで,日本に対しとくに影響の大きかった国をあげるとすれば,どこでしょうか?

 それは,アメリカ(アメリカ合衆国)ではないでしょうか。


 その影響の「良し・悪し」ということは,とりあえずおいといて,ほかの国と比較しての「影響の大きさ」ということで考えることにします。すると,やはりアメリカではないでしょうか。
 
 アメリカは,じつは日本にとって最も近くにある,「となり」の欧米です。
 アメリカは,日本からみて太平洋をはさんだ向こう側にあるのです。ヨーロッパよりもずっと近いです。


 そもそも,日本が近代化への第一歩をふみだすきっかけは,幕末(1853年)にアメリカの4隻の軍艦=「黒船」がやってきて,外交関係を結ぶ「開国」をせまったことでした。
 当時の日本は,200年あまりのあいだ,欧米諸国とのつきあいを絶つ「鎖国」政策を続けていました(オランダだけは例外として関係を持っていました)。
 
 その後,徳川幕府が最初に外交の条約を結んだ欧米諸国は,アメリカです。

 また、幕府は1860年に,西洋型軍艦・咸臨丸(かんりんまる)でアメリカに使節を派遣しました。これは,鎖国をやめて以後はじめての外交使節団だったのです。咸臨丸には,勝海舟や若き日の福沢諭吉といった人たちが乗っていました。


アメリカの影響

 それから,あまり知られていませんが,明治初期には,日本人の留学先のトップはアメリカでした。アメリカに熱心に学ぼうとしていたのです。

 アメリカ文化の研究者・亀井俊介さんが引用する統計によれば,《明治元年から七年まで……五五〇人中二〇九人……の留学生がアメリカに行っており,二位のイギリスを断然引き離していた。》といいます。(亀井俊介編・解説『アメリカ古典文庫23 日本人のアメリカ論』研究社)

 そして,第二次世界大戦(1938~45)では,日米の全面戦争がありました。その結果,日本が完敗して6年間にわたりアメリカに占領されました。そして,アメリカの占領軍の主導で,さまざまな政策・改革が行われました。

 占領の時代がおわったあとも,アメリカは,日本に大きな影響を与えつづけました。

 音楽・映画・ファッションは,いうまでもありません。外交などの政治もそうです。自動車や家電の産業も,アメリカの模倣からはじまりました。スーパーマーケットもコンビニも,アメリカにあったものを日本に持ってきたのです。
 
 このようにアメリカの影響が大きかったのは,ひとつには1900年代が「アメリカの時代」だった,ということがあります。アメリカは,日本だけでなく世界じゅうの国に影響をあたえてきました。

 しかし,それだけではありません。さきほど述べたように,日本からみれば,アメリカは「最も近くにある欧米」です。
 日本とアメリカ(西海岸)は,太平洋をはさんで「となり」どうしの関係にあります。
 これは,イギリスとアメリカ(東海岸)が大西洋をはさんで「となり」どうしであるのと,同じようなことです。これにたいし,日本からみてヨーロッパは,はるかに遠いところにあります。とくに飛行機以前の時代には,そうでした。

 アメリカという,「となり」の中心的な大国から影響を受けた日本。

 このように,日本の繁栄についても,「従来の中心の近くから,新しい中心が生まれる」という「となり・となりの法則」が成り立っています。文明が「アメリカ→日本」というかたちで伝わっています。


ヨーロッパの影響も大きい

 もちろん,ヨーロッパも日本に大きな影響をあたえました。とくに1800年代は,イギリスが「世界の中心」といえるほどに繁栄した時代ですので,当然その影響が大きかったです(明治維新:1868年)。
 そして,ドイツにも大きな影響を受けました。

 日本人の留学先は,明治後半からはヨーロッパにシフトしていきます。

 先ほどの亀井さんの著作からまた引用すると,《明治二〇年代から,……外国のモデルとしてはヨーロッパ,特に新興帝国であるドイツが,政治および文化のあらゆる面で重んじられるようになった。逆にアメリカは,その共和制度や自由思想のゆえに危険視され,文化的にも軽視されるようになった》のです。

 そして,明治20~30年代には,留学先のトップはドイツとなり,次がイギリスで,アメリカは4番手になりました(以上,政府が費用を出す「官費留学生」についての統計による)。

 「なぜ,ドイツだったのか」を少し補足しておきます。

 明治時代の日本は,天皇という君主を頂点とする政治体制でした。アメリカは,君主のいない「共和制」でした。選挙で選ばれた大統領が国のトップです。「自由と平等」が重んじられ,君主や貴族といった「生まれながらの特権階級」に批判的な傾向が強かったのです。

 一方,当時のドイツは「皇帝」を頂点とする君主制でした。しかもそれは比較的最近になって成立した新しい体制で,その新体制のもとで急速に国の勢いを伸ばしていました。そこで,日本にとっていろいろ参考になると考えられたのです。

 しかし,ヨーロッパの影響が強くなった後もアメリカからの影響は続きました。とくに,アメリカが新しく「繁栄の中心」になった1900年ころ以降は,その影響はまた大きくなったといえるでしょう。

 電灯,蓄音機,映画,飛行機など,現代的な文明の利器の多くは,アメリカから入ってきたものです。明治末から大正にかけての,民主主義的な考え方が有力になった「大正デモクラシー」の時代には,アメリカは第一のお手本でした。


日本とアメリカの貿易

 以上の経緯は,たとえば日本の貿易(輸出入)のデータにもあらわれています。
 貿易をみるのは,それが多く行われていれば,「国どうしのつき合いが深く,影響を受けやすい」と一般にいえるからです。

 明治以降(昭和初めまで)の日本の輸出入額を,「アジア州」「ヨーロッパ州」「北アメリカ州」といった地域別の割合でみると,つぎのようになっています。
 南アメリカ,アフリカ,オセアニアなどのほかの地域は,ごく少ないので,省略です。

 表の数字を追うのがめんどうな人は,表はとばして,そのつぎの文章のところだけお読みください。

日本の貿易相手の地域別割合

●1875~79年(明治時代前半)
   (輸出) (輸入)
アジア 25   24%     
欧 州 46   68
北 米 29   7 

●1900~04年(明治後半)
   (輸出) (輸入)
アジア 43   45%     
欧 州 24   36
北 米 31   17 

●1925~29年(大正末~昭和の初め)
   (輸出) (輸入)
アジア 43   42%     
欧 州  7   18
北 米 44   31 


データ出典:安藤良雄編『近代日本経済史要覧 第2版』(東京大学出版会 1979)23ページ。

 明治の前半には,「ヨーロッパ」との貿易の割合が最も大きいです。近隣のアジアよりも多いのです。

 しかしその後(明治中ごろ以降),アジアの割合が増えていき,「ヨーロッパ」は減っていきます。さらに後には,「北アメリカ≒アメリカ合衆国」の割合も大きく増えます。

 この貿易額の推移は,これまでに述べてきた,「日本とアメリカの関係の深さ」を,おおむね裏付けていると思いますが,どうでしょうか?
 とくに,このデータからは「昭和の初期には,アメリカは日本にとって最大の貿易相手だった」ということがうかがえます。

 日本とアメリカは,1941~45年(昭和16~20)まで,全面戦争をしました。

 戦争というのは,険悪で疎遠な相手とのあいだでおきることもありますが,「関係が深い相手と,利害がぶつかっておきる」ケースも多いのです。
 つきあいが深いと,そのぶん対立が頻繁になったり,深刻化したりすることがあります。早い話,よく戦争になるのは,遠くの国どうしよりもとなりどうしです。

 具体的な経緯にはここでは踏み込みませんが,日米の戦争は,そのような「〈となり〉にある,関係が深い者どうし」の戦争だったのです。

(以上)
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
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日本とアメリカは,1941~45年(昭和16~20)まで,全面戦争をしました。
戦争というのは,険悪で疎遠な相手とのあいだでおきることもありますが,「関係が深い相手と,利害がぶつかっておきる」ケースも多いのです。
 つきあいが深いと,そのぶん対立が頻繁になったり,深刻化したりすることがあります。早い話,よく戦争になるのは,遠くの国どうしよりもとなりどうしです。
具体的な経緯にはここでは踏み込みませんが,日米の戦争は,そのような「〈となり〉にある,関係が深い者どうし」の戦争だったのです。

 確かに,今も日本とアメリカの関係は深いものがあります。
近い故に利害がぶつかったりしますね。そう考えると日本と隣りの国々と慎重につきあわないといけませんね。戦争を起こすことなくじっくりとですね。
2013/09/08(Sun) 17:20 | URL  | かずゆき #-[ 編集]
日本とアメリカ
 かずゆきさん,コメントありがとうございます。
 日本とアメリカというのは,ふだんあまり意識しませんが,「となり同士」なんですよね。くりかえしになりますが,となりの国とは,いろんなことがあって,なかなかすんなりいかないものです。アメリカは太平洋側のとなりですが,西のユーラシア側のおとなりも,そう。
 でも,おっしゃるように慎重に大事につきあわないといけない。多少のもめごとはあっても,トコトン関係が悪化しないように…
 ところで,アメリカという国は,西海岸は太平洋をはさんで日本と「となり」ですが,東海岸は大西洋をはさんでヨーロッパと「となり」です。つまり,アメリカ以外の世界の重要な地域の両方と向き合う位置関係にある。アメリカを中心とする世界地図(アメリカ人がイメージする世界)も思い描いてみると,いつもとはちがう視点が得られるかもしれません。
 
2013/09/08(Sun) 20:07 | URL  | そういち #-[ 編集]
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