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2013年02月13日 (水) | Edit |
「紙の発明」から考える

紙というすばらしい発明
今回は,「紙の発明と,その伝播」のことをとりあげたい。「発明」や「創造」ということを考えるうえで,よい材料なのである。

紙が発明されたのは,今から2000年前ころの,漢王朝時代の中国である。紙というのは,「樹や草の皮などからとれる植物の繊維をほぐして,一定の成分を加えた水にとかし,うすく平らにして固める」という方法でつくる。
 
紙以前にも,それに似たものはあった。5000年前ころのエジプトで発明され,ギリシアやローマでも広く使われたパピルスである。パピルスは,「パピルス草」という水草を薄く切ってタテヨコに二重三重に貼りあわせてつくる。

しかし,パピルスには,紙のように折りたたんだり,綴じたりするための丈夫さが不足していた。そこで,ギリシアやローマでは,「本」というのはパピルスの巻物だった。さらに,パピルス草という,エジプト周辺でしかとれない特殊な原料が必要なため,生産量に大きな限界があった。

一方,紙の製造にはこうした制約はなかった。紙の材料に適した植物というのはいろいろあって,その土地ごとに適当なものをみつけることができた。

このように,紙というのはすばらしい発明だった。のちには世界じゅうで紙がつくられるようになった。

紙の発明は一度きりか?
では,紙の製造法=製紙法の発明は,一度きりのことだったのだろうか? 「このくらいの発明は,別の時にほかでも(中国以外でも)行われた」ということはなかったのだろうか?

選択肢をたてて,あらためて考えてみよう。

紙の製造法=製紙法の発明は

ア.世界史上,中国で発明されただけの,一度きりのもの
イ.同様の発明が,ほかの場所でも行われた

 ***

紙の発明は,歴史上一度きりのものだった。今,世界でつくられている紙は,その起源をたどると,すべて中国での発明に行きつくのである。答えはア.である。

製紙法は,中国で広がったあと,周辺のアジアの国にも伝えられた。日本には飛鳥時代の600年ころまでには伝わっている。

それから,中国の西のほうにも伝えられた。西暦700年代にはイスラムの国ぐににも伝わった。1100~1200年代にはヨーロッパにも伝わった。この時点で,製紙法は世界のおもな国ぐににほぼいきわたった,といっていい。中国での発明から1000年以上かかっている。

たしかに,現代にくらべれば伝わり方はゆっくりである。しかし,価値のある発明だったので,着実に広まっていったのだ。

そして,製紙法がこのように普及するまでの1000年以上のあいだ,世界のどこかで,独自に製紙法が発明されることはなかった。本格的な発明というのは,めったにないことなのである。それよりも,すでにある発明を模倣するほうが手っ取り早い。そこで,世界じゅうの人びとは,独自に生み出すよりも模倣することで,紙をつくるようになった。

安全ピンという小発明も
こういうことは,製紙法のような大発明にかぎった話ではない。たとえば,「安全ピン」というものがある。名札などを胸につけるときに使うアレだ。

安全ピンは,1840年代にアメリカで発明された。それ以前には,名札などをとめるとき,まっすぐな針のようなピンを使っていた。とがった先端がむきだしで,ちょっとあぶない。これを改良したのである。

安全ピンは小発明,つまり「ちょっとした工夫」なのだが,便利である。そこで,世界中に広まった。

しかし,安全ピンは,その「発明」以前にもあった。今から2500年ほど前の古代ローマの遺物のなかに,安全ピンと同様のものが発見されているのだ。

このローマの安全ピンは,後世に伝えられることなく,消えていった。それが「再発明」されたのが,古代ローマの時代から2000年近く経った1840年代のことだった,というわけだ。

安全ピンくらいものは,それまでのあいだにどこかで発明されてもよさそうなのに,そういうことはなかった。小さなものであっても,意義のある創造というのはなかなかできないのである。なぜだろうか?

身もふたもない話だが,それは創造というものが,それだけむずかしいことだからだ。さまざまな努力や,一定の環境や,偶然などが重なってはじめて可能になる,一種の奇跡だからである。大きな創造ほど,そうだといえる。

 ***
 
ところで,「紙」や「安全ピン」くらいの発明が「世界史上(ほぼ)一度きり」だとすれば,もっと複雑で大がかりなものなら,なおさらである。

たとえば「産業革命」とか「近代科学」のような,複合的で巨大な創造がそうだ。これらが「なぜある時期のヨーロッパでだけ,生まれたのか?」などと問われることがある。でも,これだけの「大発明」となれば,あちこちで生まれるようなものでないことは,明らかではないか。

このように発明・創造というものが困難である以上,どんな民族や社会にとっても,すべてをオリジナルでつくりあげるのは,無理な話だ。

だから,発展への近道は,それまでに生み出されたものにまず学ぶことである。過去の遺産に学ぶ,あるいは自分たちよりも進んでいる人たちに学ぶ。

つまり,「先人の肩に乗る」ことがだいじである。

それが,「発明とその伝播の歴史」から得られる,最も重要な教訓ではないだろうか。

(参考文献)山田慶兒『技術からみた人間の歴史』(SURE) 山田氏は紙の発明と安全ピンの例を通して「発明のむずかしさ」を説いている。今回の話はそれを全面的に下敷きにしたものである。

(以上)
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
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