2013年10月10日 (木) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの55回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 今回の「とにかく完成させる」というのは,あたりまえに思うかもしれません。でも,「文章を相当書いている」という人でも,できていない場合があります。


短くても,とにかく完成させよう。

 あるとき――20代の終わりころ――部屋の整理をしていて,反省したことがあります。自分の書いた原稿が整理箱からいろいろ出てきたのですが,どれもこれも書きかけばかりなのです。

 何年も書き続けているのに,最後まで書いて一応でも「完成」となっているのは,いくらか長いものだと,ほんの数本しかありません。「これではいけない」と思いました。

 若いころの私は,力もないのに「大論文」を書くことばかり考えていました。書き始めると,最低でも原稿用紙百枚くらいかかりそうなものばかり書こうとする。そして,20~30枚のところで力尽きてしまう。

 いかに雄大な構想で書いていたとしても,完成していないことには人に見せられません。
 人に見せられない文章を書いても,意味がありません。

 私は,書きかけでも友達に無理やり読ませて感想を言ってもらっていましたが,友だちも迷惑だったことでしょう。

 ごく親しい人は別にして,人に読んでもらうには,完成させることです。

 完成させるには,どうしたらいいでしょうか?
 だんだんわかってきたのは,書こうとしている大きなテーマを,小さなテーマに分解していくことです。

 原稿用紙300枚の構想があったら,10~20枚のレポート20本くらいに分ける。1本1本を,独立した作品として書いていく。
 そうすると,結果として3本書いただけで力尽きても,完成品が3本残ります。その3本は,どれも人に読んでもらうことができます。

 最初のうちは,原稿用紙10~20枚の構想を,1本1000字くらいの断片に分けて書くといいでしょう。この本の1項目くらいの長さです。

 いや,「100字で1本」ということでもいいのではないでしょうか。ハガキ一枚分でひとつの作品です。世の中には,ハガキのような紙に短い詩や人生訓を書いて,道端で売っている人もいます。ツイッターの1回の投稿も,その長さの世界です。

 完成品ならハガキ1枚でも売り物になりますが,未完の大論文は,何にもなりません。どんなに短くてもいいから,とにかく完成させることです。

(以上)
関連記事
スポンサーサイト
テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
 「自分で考える勉強法」シリーズの55回目。 このところ,「文章論」について述べています。 今回の「とにかく完成させる」というのは,あたりまえに思うかもしれません。でも,「文章を相当書いている」という人でも,できていない場合があります。短くても,とにかく完成させよう。 あるとき――20代の終わりころ――部屋の整理をしていて,反省したことがあります。自分の書いた原稿が整理箱からいろいろ出て...
2013/10/14(Mon) 23:47:37 |  ろくろくさんじゅうろくa